───……それは昔の物語。

わたしは親に捨てられてからずっと、孤児院で生きていた。

孤児院での暮らしはとても寂しいもので、

その中でもわたしは誰とも仲良くなろうとはせずに、ずっと虚空を眺めていた。

偽りの空。

虚ろであるその空には何もなく。

ただ、自分はどうしてここに居るのか、などという自問自答を繰り返していた。

……そんな時だ。

孤児院に人が来て、わたしを見て微笑んだのは。

そしてわたしを引き取りたいと、そう言った。

どうしてわたしだったんだろう。

この多くある孤独な人垣の中で、どうしてわたしを選んだのだろう。

そう思い、わたしは彼女に訊ねた。

するとその人は穏やかに笑って、こう言った。

『本当の孤独を背負ってる人は、解るつもりだから』と。

───その人は、弦月 浄子(ゆみはり きよこ)と名乗った。

わたしが浄子さんに連れられて向かった場所には、

男の人───弦月 宗次(ゆみはり そうじ)と、ひとりの少年が居た。

少年はわたしと目が合っても微笑もうともせず、ただじっと、わたしの目を見ていた。

名前は弦月彰利といった。

それが彰利と───わたし、日余粉雪との出会いだった。



彰利は無愛想な子供だったと思う。

なにに関しても無関心で、これといって自分からやろうと思うモノは何もなかった。

孤児院に居た子供の方がまだ元気があった。

それくらい、当時の彰利には覇気がなかった。

彼はいつだって何もない空ばかりを見ていた。

そして。

そんな彼が以前の自分とダブッて見えた。

声を掛ける気になったのは、確かそんなことがきっかけだった気がする。

わたしは彰利に声をかけた。

けど、予想通りに返事は返ってこなかった。

そうなってみて初めて、自分が自分で行動を起こしたことに驚いた。

何かに興味を持つことなんてなかった自分が、自分でも気づかない内に興味を持った。

それはどういう偶然か。

わたしは自分に呆れながら、それでも彰利に声をかけた。

───結局、日が暮れるまで彰利は一言も喋らず、こちも向かずに居た。

ただ、浄子さんに呼ばれると、彰利は反応した。

それが、わたしには少し悔しく思えた。

彰利は今でこそ言うマザコンとかではなく、純粋に母親を大切にしていた。

その気持ちが解るまで、わたしにはそう時間は要らなかった。

……父親、弦月宗次はとても嫌な男だったから。

自分の目的のためにならなんでもするという、最低の男だった。

そして、そんな物事のためになら平気で妻を役立たずとか言う。

そんな、非道いヤツだった。

幼心に彰利が彼女を守ろうとした理由が解った。

本当に、自分以外の全てはゴミ同然にしか見ていなかった。

あまり感情を見せない彰利だったけど、父親が嫌いなことだけはすぐ解った。



彰利が初めてわたしと話をしてくれたのはそれから二日後のことだった。

何気なく『友達は居ないの?』と訊いたら、『名前も知らない親友がひとり居る』と。

無愛想にそう答えた。

そして『さよならも言えないまま、別れることになった』とも。

その親友の少年は、何も無かった自分と真っ直ぐに向き合って、

初めて自分の八つ当たりにも似た感情を受け止めてくれた人だったらしかった。

ようするに殴り合ったのだ。

そうして腹を割って話して、お互いに気を許し合った。

彰利は言う。

初めての友達がアイツで良かった、と。

そんな話をして以来、彰利も少しはわたしと会話をしてくれるようになった。



───それからどれくらいの年月が経ってからだろうか。

わたしと彰利は今と同じくらいに話すようになっていて、

違うものがあるとすれば年齢と体の大きさ。

そして、わたしの口調くらいだった。

わたしはいままで友達なんてものが居なかったし、

生まれ持っての引っ込み思案な性格も手伝って、あまり上手に喋れる方じゃあなかった。

彰利が言う『おしとやか』というのは、つまりこの時のわたしだ。

それはまあどうでもいい。

とにかく時間が経つのは早いもので、わたしと彰利はその日、別れの挨拶をしていた。

彼の何処を好きになってしまったのは、自分自身、一番疑問に思っている。

そんなわたしがその引っ込み思案だった時に告白なんか出来る筈もなかった。

それでも、自分で言うのもなんだけど一途なつもりだった。

別れるのが嫌で、泣いたりもした。

そんな思いが手伝ったのかヤケクソだったのか。

わたしは彰利に『どんな女の子が好き?』とか訊いた。

今思えば恥ずかしいことこの上ない。

それにそんな中途半端な質問じゃなくて、もっとハッキリ言ってしまえばよかったのに。

とにかく、わたしは彰利にそう言ったのだ。

すると彰利は『気が強くて芯のしっかりした子がいい』と言った。

そして『粉雪みたいにおどおどしてない子がいい』とも言った。

さらに『カワイくてスタイル抜群なら言うことない』とまで言った。

とどめに『そんな娘ッコに育ったら、喜んで告白してやるぜよ?』と言った。

それは、小学生の言う言葉だろうか。

今でも自分の耳を疑う。

でも、好きだから。

悔しいけど好きだったから、わたしは指切りをして、そして頑張ることにした。



……彰利が帰る前。

わたしは、浄子さんの知り合いの家に預けられた。

わたしも彰利の影響で、その頃には前より明るい子にはなっていたので、

それほど問題はなく、すぐにそこの人たちとも打ち解けた。

そんな暮らしの中。

どうしてか、思うことは彰利のことばかりだった。

そうして生きてきて、今。

わたしは、もう一度会えたこのお馬鹿さんを嫌いになれなかった自分が、少し情けない。

そう思いながら、自分のことには鈍感で、

他人のことばかりに動いているお馬鹿さんは嫌いではないのである。

だから、まあ。

結局のところ、わたしはそんな自分もさほどは嫌いではないのだろう。

でも悔しいから認めてあげない。

───だから、いつか絶対言わせてやるんだ。

人との約束も忘れた、このお馬鹿さんに───











───文化(ぶんか)───
───小鳥のさえずりが聞こえた。 そんなことで意識はゆっくりと覚醒していったのだが…… 今のは本当に小鳥のさえずりだったのかと、疑問を抱く。 だが、意識がハッキリしていくと、何を馬鹿な、と頭を振る。 悠介 「……寝惚けてるな、絶対」 今気がついたが、私服のまま寝ていた。 どうやら考えごとをしたままオチたらしい。 起きあがって体を捻ると、バキベキと良い音が鳴った。 悠介 「さて……」 顔洗って、朝メシ作るかぁ……。 そんなこんなで、今日も朝を迎える俺でありました。 …………。 悠介 「よし、朝メシはこんなもんか」 最後に焼いた魚を皿に移して、ひと段落とばかりに息をつく。 うん、いい出来映えだ。 悠介 「味は……よし。さて、そろそろ来る頃か」 ルナ 「ゆーすけー」 ほら来た。 ルナ 「ね、ね、出来た?出来たの?」 悠介 「出来たぞ。先に座って待っててくれな」 ルナ 「いえす!」 ズビシとポーズを決めて、壁抜けをして視界から消えるルナ。 彼女の狙いは言うまでもなく、焼き魚のお供、大根おろしだ。 うーむ、どこが気に入ったのか、相変わらず解らん。 ───考えても解るようなもんじゃないな、あいつの感性は。 忘れよう。 はいデリート。 悠介 「よしっ」 皿をテーブルまで運ぶ。 皿を置いて、今度はご飯の盛りつけのために台所に戻る。 ご飯は既に炊きあがっており、炊飯器を開ると白米がほんわかと湯気をあげた。 悠介 「むう、今日もご飯が頂けることを、お百姓さまに感謝」 ガラにもなく手を合わせて拝む。 たまにはこんなこともあっていい。 ルナ 「なにやってるの?」 悠介 「拝んでたんだ。全知全能なる我らがお百姓さまに」 ルナ 「全知全能じゃないでしょ」 悠介 「なにを言う、出所も出生も解らん神よりはよっぽど最強だぞお百姓さまは。     彼ら彼女らが居なければこうして米を頂くことすらままならん。     神はなにもしちゃくれないさ。何かするのは人間。     神ってもんは人間が作り出した架空の存在だよ。     拝んだって米は食べられないし、喉も潤せないさ。     まあ結局のところは誰かに頼らなきゃ生きていけない人間が作り出した、     最初の模造品ってとこだろうな、俺から言わせてもらえば。     俺が信じるとしたら、俺の傍に付き纏うようになった馬鹿死神のことくらいだ」 ルナ 「それ、誰のこと?」 悠介 「お前以外に誰が居る」 ルナ 「むぅう……」 悠介 「ほい、せっかく来たんだからこのご飯、向こうに持ってってくれな」 ルナ 「………」 ルナは微妙な表情をしたあと、やがて盛られたご飯を運んでいった。 俺はそんなルナの様子を見送っていたのだが─── ルナ 「♪」 テーブルに乗った大根おろしを見た途端、顔を緩ませる。 単純なヤツだ。 悠介 「ルナー、それが終わったらみんなを起こしてきてくれー」 ルナ 「えー?」 悠介 「えー、じゃないっ!いいから行くっ!」 ルナ 「……ぶー」 口を尖らせるルナ。 そんなルナに助言を贈る。 悠介 「ルナー、先に起こすのはセレスか水穂にしとけ。あとあと楽だぞ」 他はダメだ。 あてにならん。 起こしても他の連中を起こすことに協力してはくれないに違いない。 いや、断言する。 絶ッッ対に手伝わないッ! むしろ無視して先に朝食をむさぼって、 起きてこなかったヤツを罵倒するくらいの勢いはあると、俺は確信するのだ。 それは予言にも似たもの。 俺、今とっても神々しい。 悠介 「って、彰利か俺はっ!」 自分のとった行動に顔を赤くする。 あー、今この場に誰も居なくてよかった。 声  「…………み、見たぞ……!我は見たぞ、ダーリンの恥ずかしい一面……!」 ふはははは、と笑い声が何処かから響く。 や、ヤバイ。 よりにもよって、アイツに見られた……! 悠介 「ど、どこだ!何処に居やがるっ!」 声  「ふはははははははははは、何処を見ている!」 不敵な笑い声は、台所全面から聞こえてくるような効果をもたらしていた。 くっ!どうする!? 危機迫る状況の中、俺は─── 1:告白する 2:愛を創造する 3:ピンナップマグを創造する(クラース=F=レスターさんのアレ) ぐあああっ!冗談じゃないぞこんな選択肢! 恥ずかしいじゃないかっ! 却下だ却下! 悠介 「───」 無視しよう。 鼻歌なんぞを唱えながら、俺は朝食の支度を続けた。 声  「あ、あれー!?無視ですか!?うわぁ切ねぇ!!」 耳に雑音が入るが、それでも無視した。 さてと、あとはドガァアアアアアアンッ!! 声  「ギャーッ!」 ……。 声  「あ、あれー!?更待先輩殿じゃねぇザマスかーっ!     ていうか何故撃つの!?俺様はただダーリンのギャアアアッ!!」 ばこぉおおおおんっ!ぼごぉおおんっ!! 炸裂音が響き渡る朝。 ただ、彰利の声だけが響き渡った……。                       ───完─── 彰利 「イヤアアアッ!こんな終わり方なんてあんまりでしょう!?」 彰利が現れた。 悠介 「人のモノローグにツッコミ入れる元気があるなら安心して撃たれてこい」 彰利 「うわぁん人でなし!アタイのことが邪魔だってのーっ!?」 悠介 「邪魔だ。準備が出来ない」 彰利 「ゲゲェーッ!?断言されちゃったわアタイーッ!     ちくしょーっ!いつか存分に愛してやるから憶えてやがれーっ!?」 捨て台詞を吐き、助走もつけずに台所の窓をブチ破って彼は外界へと逃亡した。 途端ドガァアアアアアアアアアアアンッ!! 声  「ギャーヤヤァアアアッ!!」 炸裂音とともに、奇妙な絶叫が聞こえた。 なんなんだ、ギャーヤヤって。 声  「先輩殿落ち着いて!もう誤解も解けたじゃない!     どうして!?どうしてアタイを邪険にするの!?どうせなら車検に入って!     ていうかもうワケ解らん!どうして車検が!?」 自分にツッコミをしながら逃げている彰利が容易に想像出来た。 が、無視した。 ていうか姉さん、起きてたんだな。 どがぁあああん!どがぁああん!ごばぁあああんっ! 声  「ギャア!ギャーヤヤ!ギャヤーッ!!ギャーーー───…………」 叫び声が遠ざかる。 やがて静寂が訪れると、満面の笑みで姉さんがやってきた。 春菜 「おはよ、悠介くん」 悠介 「……おはよ」 なにやら疲れる。 俺は毎度お馴染みというかのように半笑いで息を吐き、最後にお茶を用意するのだった。 学校へ到着した。 朝だというのに賑わいは尽きることなく校舎の中から溢れ出る。 まあ俺は相変わらずで朝の行事などは彰利とともにすっぽかしたが。 そんなこんなでようやく文化祭の火蓋は切って落とされた。 彰利 「ふふふ、来たぜ来たぜ来たぜ〜ィェ!俺はこの時を待っていたー!     今日〜はな〜んの日?フッフゥ〜ゥ♪     知れたこと!文・化・祭の日ぞォオオッ!     ゼノとの戦いにおいて、この一周年を迎えるためにどれほど自爆したか!     ああくそう、思い出しただけで視界が滲んで鼻水も止まらねぇ……!     しかぁし!我ァついに未来を築いたのよ!もう誰にも負けねぇ!最強!」 彰利が吼えていた。 それはもう、嫌なくらい吼えていた。 で。 彼は『冷やかしにいきましょうダーリン!』とかいいつつ、ひとりで走り去っていった。 やがて聞こえてくる悲鳴に俺は走り、その場に辿り着いた。 『おばけ屋敷』 そんな看板があった。 そして中からは女性の悲鳴ばかり聞こえてくる。 ……あの馬鹿。 悠介 「なぁ、ここに彰利来なかったか?」 男  「……来たよ」 男はそっけなく話す。 こういう時くらいハッキリ喋れっての……。 ……いや、それはこっちの勝手な都合か。 引き離したのは俺だ。 声  「ギャアアーッ!」 どしゃあっ! 中に入ろうとした途端、彰利が追い出されてきた。 彰利 「な、なにをなさるの!?」 上屋 「なにをなさるのじゃねぇ!客なら客らしく普通にゴールを目指せ!     女性客に手ェ出すんじゃねぇよばかっ!」 ぴしゃんっ! 閉め出されたようだ。 彰利 「……あ、ダーリン」 悠介 「なーにやっとるんだお前は」 彰利 「フフフ、ちょっとな。     女体の神秘について議論を考えるあまり、うっかり手が出たんだが。     見事に触る前にビンタの嵐だ。彼女、世界狙えるぜ」 そんなこと、真顔で言われてもなぁ。 彰利 「まあいいコテ。俺はこれから二年の教室に行こうと企んでるんだが」 悠介 「企むな、普通に行け」 彰利 「ごもっともだ。で、行こうと思うんだけどダーリンは?」 悠介 「そうだな、何処に行こうか」 彰利 「あ、屋上ってのは無しだぜ強き友よ。俺はそんなの許さないぞ」 悠介 「……先読みをするな」 彰利 「ああ!?本気で考えてたのダーリン!     そんなのお祭り騒ぎ好き会員No.一億飛んで37564番の俺が許さねぇぞ!」 悠介 「べつにお前の許可など欲しくはない」 彰利 「なにぃ、もっともな意見だ」 だったら『なにぃ』とか言うなよ……。 悠介 「じゃあ俺は……しゃあない、つき合うよ」 彰利 「そ、そんな!アタイと付き合ってくれだなんて……!     そりゃあアタイはダーリンのことを、     骨の髄から末代に至るまで呪えるほどに愛しているけどってギャア!?     ダーリン!?ダーリンが消えた!?こ、これが噂に名高い神隠し!?     ちくしょう神この野郎!ダーリンを返せぇえええええええっ!!」 ───暴走した彰利を無視して、俺は一年の教室へと足を運んだ。 まあ、見るだけで入ったりはしない。 つまらないものだが、まあ見て回る分には相手の気分も損ねたりはしない。 新一年生が入学してきた当時はべつに、 これといって避けられることがなかったのも事実だ。 が、噂ってのは人が居れば居るだけ広まるのは早い。 入ってきた新一年生に二年三年が言いふらすのは時間の問題だった。 で、まあ。 体育祭の時のようなことが起こったわけだ。 まあ別に拍手が欲しかったわけじゃない。 だが、純粋に楽しみたかったのも事実だ。 あんな、周りを暗くするために競技に参加する奴なんて居るわけがないだろう。 悠介 「───いかんいかん」 頭を振る。 どうにもひとりになると考え事が多くなるよな、俺って。 しかもネガティブ系。 これはいかん。 ───よし、若葉と木葉と水穂の様子でも見に行くか。 悠介 「……となると、二年なわけだ……」 彰利に遭遇する確率が増えた。 で、絶対遭遇するんだろうな。 まず間違いないと思う。 あいつは裏をかく男だが、俺が現れて欲しくないと思った時には必ず現れる男だ。 こればっかりはあいつは裏をかかないだろう。 悠介 「………」 小さく息を飲み、二年の教室を目指した。 …………。 で、二年の教室を視界に留める。 ───右良し、左良し。 状況確認をしたのち、妹達のいる教室へと入った。 彰利 「いらっさいませー♪」 ………………………………ほらみろ。 彰利 「あらお客様?     なにを予想は寸分の狂いもなく的確に当たったけど、     どうせならハズレてほしかったと思うのは俺のわがままだろうか、って顔を?」 悠介 「……心を読むな」 彰利 「お客様、俺様は神じゃねぇからそげんこつは無理ばいばってんでございます」 悠介 「そして日本語を喋れ……」 彰利 「あ、お客様?ただ今大変混み合っておりますので、     貴様さえよければ個室で俺様がたっぷりとお相手を勤めさせて頂きますが?」 悠介 「いらん。それに座る所はあるじゃないか」 彰利 「幻覚でございます」 満面の営業スマイルでたわけたことをぬかす目の前の彰利。 悠介 「おい彰利……」 彰利 「お客様、俺様は彰利ではなくウェイターだぞですこの野郎でございます。     二度と間違えるんじゃねぇぞですこの野郎でございます」 悠介 「………」 だとしたらさっさとこんなウェイターなどクビにするべきだな。 彰利 「お客様、お席へ案内します。どうぞこちらへ」 悠介 「………」 案内されるがままに席に座る。 彰利 「ご注文がお決まりになりましたら、俺様をお呼びください。     他の誰かを呼んだら雑巾の絞り汁でコーヒー作るから覚悟しろでございます」 営業スマイルでお辞儀をして、華麗に歩いてゆく彰利。 ……まあいい。 さてメニューだが…… コーヒー ¥50 コーラ  ¥50 オレンジ ¥50 適当に見る限り、大体は50円らしい。 悠介 「………」 なんの気なしにメニューの裏を見る。 レタス  ¥37564 長ネギ  ¥59224 万能ネギ ¥オープン価格 高っ! しかも何気にレタスが皆殺しで長ネギが極潰し!? ていうかオープン価格ってなんだよ万能ネギ! 彰利 「ご注文はお決まりになられやがりましたんでしょうかこの野郎でございます」 悠介 「呼んでねぇ」 彰利 「な、なにぃ!?」 悠介 「まあいいや、コーラくれ。瓶のままで。ああ、蓋は取らなくていい」 彰利 「……当店では蓋を取ることが義務付けられています」 悠介 「じゃあ何も混ぜるな」 彰利 「………………」 汗がだらだらと溢れ出る。 悠介 「あ、すまない、ちょっとお手洗いに行ってくる」 彰利 「お便所でございますか」 悠介 「黙れ」 彰利 「どうぞどうぞ、それでは用意しておきますえ」 おきますえ、ってなんだ。 頭を掻きながら教室を出た。 そしてトイレの横を全速力で駆け抜ける。 ああ、まったく。 どうして俺が逃げなくちゃならないんだ。 頭を痛めながらも階段を上って、廊下の先の方にある物置のような場所に隠れる。 悠介 「……はぁ」 やっぱりゆっくりと見物も出来ないか。 楽しいのか迷惑なのか。 いつもなら『まあいいか』とか言うところだが、今日はそんな気分じゃなかった。 ああ、疲れる……。 ……さて、そろそろガキッ……。 悠介 「うん?」 後ろの方で音が鳴った。 振り向いてみるが、古びた用具入れと壊れた金庫があっただけだった。 悠介 「………」 まあ、軋んだんだろう。 随分サビてるからな。 俺は溜め息を吐いてその場をドカーンッ! 彰利 「ダァアアリィイインッ!!」 悠介 「ギャッ───ギャーッ!」 サビていた用具入れから彰利が飛び出した。 彰利 「ギャアもう大袈裟に叫んじゃってもう!     アタイに会えたのがそんなに嬉しかったのかーい!?」 悠介 「いや、落胆した」 彰利 「ギャアア!いきなり冷静にツッコまれてもアタイ困惑しちゃうワ!     くそう!この切ない思い、どうしてくれるのダーリソ!」 悠介 「どうもするかっ!」 彰利 「なにぃい、そりゃヒドイぜ悠介。ボクとキミとの仲じゃないか。     例えるなら俺達の絆は一致団結した家族よりも深く、     出すのを忘れて一ヶ月ぬか漬けられた漬け物よりもどっぷりと染みこんで」 悠介 「お前の例えはいっつも訳が解らん」 彰利 「それは違うぞダーリン。     訳が解らんのは俺が放つ例えではなく……この俺の頭脳YO!」 悠介 「……それは、お前が自分をアホだと認めたってことか?」 彰利 「アホチガーウ!ミー!イコール、バカネーーーーィェーーーーッ!!」 ワァアーッ!と何処かから歓声が聞こえた。 彰利 「んもう、ちゃんと『街角での出会いと衝突!     湯煙伝説殺人事件・家政婦は見なかったけど俺は轢かれた!』で言ったでしょ?     アタイはアホではなく馬鹿だと」 悠介 「湯煙と家政婦は関係ないんじゃないか?」 彰利 「フフフ、そうとも言えん。だって……女の子だもん♪」 悠介 「話に脈絡を持て。真面目に話す気がないなら俺は行くぞ」 彰利 「なによもう、もうちょっと付き合いよくしておくんなまし?」 悠介 「やかましい。大体、いつの間にここに来たんだお前は」 彰利 「え?なんのことだ?俺はずっとここでダーリンの来訪を待っていたんだが」 悠介 「……若葉の教室でウェイターやってただろうが」 彰利 「なにを言う。俺はそんなに暇じゃないぞ?」 悠介 「………」 ───今度こそ、まあいいや。 気分がどうのこうのなど、こいつには通用しないことを再確認した。 悠介 「……適当に見て回るよ、俺は」 彰利 「アタイも行く!」 悠介 「勝手にしろ……」 彰利 「な、なにぃいいい……!?     するってぇと勝手にダーリンを襲ってもいいブッファッ!!」 悠介 「いいわけあるかっ!」 彰利 「え〜?だってYO、ダーリンが勝手にしろって言ったんじゃんかYO」 悠介 「そういう意味で言ったんじゃない。     一緒に来るなら勝手にしろって意味で言ったんだ」 彰利 「んもう……言葉にしなきゃあ気持ちは伝わらないのYO……?     そんなことだから、めくるめく愛に街角で衝突しないのYO?」 悠介 「俺は俺で適当にやる。家族以外に大切だと思うものなんて稀少だ」 彰利 「……それってファミリーコンプレックス?略してファミコン?」 悠介 「いろんな意味で危険な略し方をするなよ……」 彰利 「くにおくんは名作だった」 悠介 「そんな話はもういいから、早く行くぞ」 彰利 「愛々査〜」 彰利が仲間に加わった。 彰利 「キミの背中は俺が守る」 そしてなにやら訳の解らんことを口走った。 彰利 「背中に及ばず、頭とかも守るぞ」 しかも続きがあったらしい。 彰利 「下半身とかはもう、命にかけて」 ボギャアッ!! 彰利 「ギャアア!」 悠介 「おぞましいわっ!!」 彰利 「ゲフッ……!くっ、さすがはダーリソ……!     俺が見初めただけのことはあゴガッ!」 悠介 「……黙れ」 彰利 「い、いえっさ……。だが安心してくれ友よ。ていうか愛しい人よ。     いやむしろ愛人?恋人?ドミトリィ・チェレンコフ?     ああもう例えて言いたい言葉が多すぎて困っちまうYO!     どうしてくれるんじゃいダーリン!ええーっ!!?」 悠介 「自問自答でキレるな!ていうか誰だよドミトリィ・チェレンコフって!」 彰利 「そこんとこだが、俺にも解らん」 だったら言うなよ……。 彰利 「サーッ!何処に行こうかダーリソ!」 悠介 「お前が騒がない世界」 彰利 「そりゃ無理だ」 悠介 「野郎……」 彰利 「そんなに見つめないでダリーン。アタイったら照れちまう」 悠介 「ダリーンってなんだ」 ジョリーンみたいでなんか嫌だ。 彰利 「ジョリィ〜ンジョリィ〜ンジョリーン!ジョッッリィイイ〜ヒヒィイイン!!」 悠介 「やかましいっ!」 彰利 「まあまあ、そんなつれないこと言わないで。仲良くいきましょう?」 悠介 「俺的にはお前が騒ぐ所為で俺がツッコミにまわっている気がするんだがな」 彰利 「フフフ、そいつぁ違うぜ悠介。     ダーリンの場合はツッコミよりは無視が多い」 悠介 「それもそうだが」 彰利 「うっしゃあ解決!さあ行こうダーリン!」 悠介 「おわっ!お、おい彰利!」 彰利 「時間は待っちゃくれねぇのよ!そうと決まれば善は急げだー!」 彰利が俺の手を掴みつつ、大激走する。 ああ、くそう……なんか俺って文化祭には引っ張られてばっかだ……。 ───ズシャア! 彰利が止まった。 彰利 「よっしゃあここにしましょう!」 教室の前で彰利が吼える。 その教室には『占いの館』と書いてあった。 悠介 「胡散臭そうなんだが」 彰利 「まあまあ」 悠介 「……わかったよ、入ればいいんだろ?」 彰利 「そうそう。ノリよく行こうよこんな日くらい」 悠介 「……それもそうだな」 ていうかそもそも、こいつが馬鹿をやらなければ俺は普通で居られる気がするんだが。 彰利 「ごめんよぅ!」 ガラッ!とドアを開け、中へ入る彰利。 ていうか占いの館に入る時にその掛け声はどうかと思う。 彰利 「あ、おねえちゃん!熱燗と焼き鳥よろしく!」 ボゴォッ! 彰利 「ギャア!」 悠介 「静かに入れんのかお前はぁあ……ッ!」 彰利 「だ、だって」 悠介 「弁解なんて聞く気はない。いいから入れ」 彰利 「いいパンチだったぜ?」 悠介 「わぁったわぁった」 彰利 「うわぁ、すげぇ投げ遣り」 渋々と前へ進む彰利。 やがて占い師の風貌をした人を確認する。 占い師「ようこそ、占いの館へ……」 ぼそぼそと喋る。 雰囲気ってやつだろうか。 占い師「なにを占いましょう」 彰利 「当然、アタイとダーリンの恋愛運YO!」 悠介 「こいつを黙らせるにはどうしたらいいかを占ってくれ」 占い師「………」 あ、困ってる。 悠介 「ああ、今のはナシだ。この先、俺らの未来に厄介事がないかを占ってくれ」 彰利 「あ、そりゃいいや。     そうすればアタイとダーリンが結ばれた後も安泰かどうかわかボォッホォッ!」 悠介 「そんなわけで、よろしく」 占い師「わかりました。では───」 彰利 「では?」 占い師「まず、あなた方の血液型を教えてください」 彰利 「うお?なんかいきなり素人っぽい質問になったな。まあいいや」 悠介 「俺はA型で───」 彰利 「俺がホンコンB型」 それはウィルスだ。 占い師「それでは次に、星座を」 星座ね……。 さっきがさっきだったからどうせ昔お馴染みのアレだろうな。 ギョウザとか銀座とかオリオン座とか、それ系のことを言うんだろうなぁ。 ……まあ、いいか。 悠介 「俺はかに座。で、こいつが」 彰利 「モナリ座」 悠介 「モォッ!?」 占い師「───それでは……」 ああ、すっげぇ疲れてる。 俺も裏をかかれた。 まさかモナリ座とくるとは予想もしなかった。 占い師「おふたりとも、手を拝借願えますか?」 悠介 「ああ、はい」 彰利 「だめだ」 悠介 「話が進まないだろが!」 彰利 「なにぃ、俺はこの目の前に置かれた水晶で何をしてくれるのかと期待して」 悠介 「いいから手を出せ」 彰利 「……仕方ないなぁ」 渋々と手を出す。 それを軽く掴み、占い師はなにやら動きを止めた。 悠介 「?」 彰利 「………」 占い師「……占いの結果を言ってしまってよろしいでしょうか」 彰利 「言ってもらわないと占いにならんだろ」 悠介 「だな」 占い師「平穏は訪れます。     しかし、その前に大きな障害があなた達を襲います。……まずあなた」 悠介 「俺?」 占い師「あなたには過去が襲いかかります。     自分自身でさえ憶えの無い過去があなたを襲う像が見えます」 悠介 「俺が知らない俺の過去……?」 彰利 「あ、俺は俺はーっ!?」 占い師「あなたは……」 彰利 「お、おう!」 占い師「わかりませんね」 彰利 「なにぃ!?」 キッパリと解らないと言われた。 彰利 「詐欺だぁっ!金返せこの野郎!」 払ってない払ってない。 占い師「道々、気をつけてください。以上で結果は終わりです」 彰利 「なんですとー!?てめぇそのフード上げて顔見せろチクショー!」 悠介 「あーあハイハイ、また今度来ような〜?」 彰利 「ああくそダーリン!離してダーリン!」 暴れる彰利を引っ張り、俺はなんとかその場から脱出した。 彰利 「なんだってんだいチクショウ」 そして彼はぼやいた。 悠介 「真面目に答えなかったからだろ?」 彰利 「だって手の内さらすみたいで癪じゃないか」 悠介 「占いくらいでそんなこと言ってどうするんだよ」 彰利 「むう」 悠介 「さてと、次は何処に行く?」 彰利 「そうじゃのぅ、映研行ってみる?」 悠介 「ウチにそんなんあったっけ……」 彰利 「映研かどうかはしらんが、自作映画出してるところはあったぞ」 悠介 「そか。そりゃ見ておかないとな」 彰利 「よし決まり!そうと決まればレッツラゴー!」 彰利が再び俺の手を掴んで走った。 そしてあっと言う間にその場へ。 彰利 「ここだな」 悠介 「自作映画……恋愛モノか。こういうのって大抵がそうな」 彰利 「選べるジャンルなんてタカが知れてるだろ。そんなものぞ?」 悠介 「それもそうか。じゃ、入るか」 彰利 「おう」 ガラッ。 彰利 「おお、暗い」 中に入って早々、彰利が感激した。 彰利 「ねぇちゃんポップコーンよこせー!」 ぐしぃっ! 彰利 「あだぁっ!」 悠介 「お前は何か……?     まさか入るたびにそんなネタ引っ張るつもりじゃあるまいな……」 彰利 「……ま、まさか、だろ?」 どもった。 図星だったらしい。 悠介 「そんなことはどうでもいいから普通に見よう。     そんなに馬鹿みたいに騒いでると体力もたないぞ」 彰利 「フフフ、俺に体力の云々や常識の範囲など無意味ぞ」 なにを自信満々に語ってるんだか……。 俺はもう気にしないで映画を見ること専念しようと決心を固めた。 結論から言うと、映画は面白くなかった。 在り来たりすぎて新鮮さが皆無だった。 というか、近くに非常識だけど愉快な馬鹿が居ると、展開に贅沢になってしまう。 彰利 「へう?(訳:オウ?)」 彰利がポップコーンを頬張りながら俺を見る。 悠介 「いや、なんでもない」 彰利 「ほうは?(訳:そうか?)」 悠介 「食ってから喋れ」 彰利 「ははへほ(訳:任せろ)」 もぐもぐ……ごくん。 彰利 「で、どうかしたか?」 悠介 「なんでもないって言ったけどな。まあいいや、次は何処行く?」 彰利 「んー……」 悠介 「適当に出店もどきにでも行くか?」 彰利 「あ、そういや俺達のクラス、何やってたっけ」 悠介 「知らん。微塵にも興味がなかったから内容すらも解らん」 彰利 「実は俺も。まあ間違ってもメイド喫茶はやってないだろうな。     もしやってたら俺はその場を壊滅させるぜ?」 悠介 「どうして。好きなんじゃなかったのか?」 彰利 「ハンッ!素人が作るメイド服様など、タカが知れてるのよ!     そんなテラテラとしたパチモンのような服、俺が直々に粉砕してくれる!」 悠介 「服は粉砕しようがないと思うが」 彰利 「例えの話だよダーリン。だが、あながち間違いはないかもしれん。     氷結させて破壊するも良し、焼き払うも良し、作り直すも良し。     粉砕出来ないならこの歴史から消滅させてやる」 悠介 「そこまでするか」 彰利 「するね!絶対!俺は!」 悠介 「倒置法使ってないで、次行く場所を考えろよ」 彰利 「むう、そうじゃのう……若葉ちゃんとかの教室ってなんだったっけ」 悠介 「喫茶店だっただろ。お前、ウェイターやってただろ?」 彰利 「失礼な、俺はそげなもんやってねぇザマス」 悠介 「ああハイハイ、喫茶店だったぞ。そしてお前なんて存在は居なかった」 彰利 「うわー、ヒドイ言い方。     世が世なら中傷問題として取り上げて、俺が自殺するぞ」 悠介 「自殺しても亡者の如く蘇るだろ」 彰利 「どうせなら不死鳥の如くって言ってよダーリン……」 悠介 「いいからいいから。昨年に習って、まずは甘味処を責めてみようか」 彰利 「まずはもなにも、既に」 悠介 「だぁらっしゃい!いいから行くぞ!」 彰利 「なんだかんだ言ってダーリンたら乗り気じゃないの」 悠介 「ん……まあ、そうかもな」 彰利 「おっしゃあ、そういうことなら俺も行こう」 悠介 「来るな」 彰利 「ええ!?行くぞって言ったじゃない!」 悠介 「冗談だ」 彰利 「ど、どっちが冗談なの!?行くぞって言ったのが嘘なの!?     それとも来るなって言ったのが嘘なの!?」 悠介 「行くぞ」 彰利 「よっしゃあ任せろお供します!」 彰利が走り出した。 彰利 「さあダーリン!甘味処は何処なの!?」 悠介 「いや……それは俺が知りたい。ていうか今年、あるのか?」 彰利 「………」 悠介 「………」 いきなり躓いてしまった。 彰利 「……ぶらつこうか」 悠介 「……だな」 ……はぁ。 出る溜め息は同時だった。 Next Menu back