───予感(よかん)───
───気づくと、俺は屋上に立っていた。 悠介 「……?」 確かに俺は学校から出ようとしていた筈なのだが。 ふと気づいてみれば、そこは屋上だった。 フェンス越しに外界を眺めてみれば、そこではキャンプファイヤーの灰が飛んでいた。 そこまでしてようやく、今が夜だということに気がつく。 悠介 「……大丈夫か、俺」 自分の脳内に心配を憶える。 続いて頭を振り、頬をぴしゃんぴしゃんと叩いてみた。 だが言ってしまえば、 屋上に立っていることに気がついてからは意識はハッキリとしている。 こんなことをしたところでなにがどうなるわけでもない。 ……いよいよもってボケたか、俺。 まあいい。 解らないんだから、なんの情報もないのに考えるのは愚行だ。 声  「なぁ悠介」 悠介 「ん?」 聞こえた声に振り向く。 悠介 「え───?」 そこに居たのは、彰利と─── 声  「なんだよ、彰利」 ───俺……!? 悠介 「な、なんだよこれ……」 声が自然にこぼれた。 ……夢、か? あ、はははは、そうだよな、夢だこりゃ。 ていうか───これって、昨年の文化祭、だよな? いやその前に俺って確かに家に帰ろうとしてたよな? いつ寝たんだ? そんな疑問を抱きながらも、目の前の俺の彰利は話を進めていく。 今度こそ、大丈夫だ。 そう言うと、彰利は立ち上がった。 やがて屋上の扉を開けて、この場所から俺とともに去っていった。 …………。 悠介 「………」 その景色を眺めながら、この世界が確かにゼノと戦う前のことだと認識する。 この風も、あの炎も、この空も。 全てがあの日のままだ。 悠介 「───うっ!?」 ドクン、と。 心臓が高鳴った。 その瞬間、景色が歪む。 歪んだ景色は全てを飲み込み、そののちにカタチを作ってゆく。 やがて景色が落ち着いた時。 その景色は、神社へと変貌していた。 悠介 「ルナ───?」 その場にはルナが居た。 神社の前でその佇まいを見上げ、ぼ〜っとしている。 そのルナが何かの気配に気づいてバッと振り向いた。 途端、ルナが何かに貫かれた。 血が、その場に弾ける。 その衝撃にルナが倒れた。 それから大した間もなく、ヤツが現れた。 ゼノ=グランスルェイヴ。 夜の闇に解けこむような姿を、月明かりに照らしていた。 ───そんな風景に違和感を憶える。 今の攻撃はなんだろう、と。 ゼノと戦った時、あいつはあんな攻撃をしてこなかった。 むしろ……あれは退魔系の、しかも月操力……!? そして、あの光……いや、雷撃は───月鳴力……? ……ばかな。 でも確かに、放たれたものとゼノが現れた場所は違っていた。 ───もしかしたら。 そう、思った。 あそこには辿り着いた俺達以外にも、誰か居たんじゃないだろうか、と。 そうやって呆然としている間に、景色が爆ぜた。 彰利のアルファレイドカタストロファーが景色を破壊させた。 その中。 なにか青白い半球の光が見て取れた。 見てみれば、そこには確かに誰かが居た。 一瞬見えたその顔は彰利に似ていた。 が、すぐにその景色も見えなくなる。 やがて光が消えた時。 その人影は消えていた。 巻き込まれて死んだのか、それとも─── ………………。 悠介 「……ん?」 目を開けた。 その先に見えるのは彰利の顔。 彰利 「オウダーリン!目ぇ覚ましてくれたのねー!?」 悠介 「彰利……?」 彰利 「すまねぇダーリン……急にキャッチボールしたくなって、     ついつい硬球をダーリンの後頭部めがけて全力投球しちまったい」 悠介 「……?」 後頭部を撫でたらでっぱりを感じた。 たんこぶだ。 彰利 「まあでもごらん、キャンプファイヤーが始まったぜ?」 悠介 「………」 ようするにキャンプファイヤーを一緒に見たいとかそういう理由で、 帰ろうとした俺の後頭部に硬球投げて気絶させたってのか。 どうりで寝た憶えがないわけだよ。 でも…… 彰利 「ギャアア偶然だったのよー!アタイに悪気は───って、アレ?ダーリン?」 いつもの調子で怒ってもこない俺を見て、彰利はきょとんとした。 悠介 「……なあ、彰利」 彰利 「え?あ、あい?じゃなくて、どした?あたりどころ悪かったか?」 悠介 「ゼノとの戦いの時さ、俺達以外、誰か居たか?」 彰利 「……どした?ほんとに。     あんな状況見た人が居たならニュースでも勃発するだろ」 悠介 「……そう、だよな」 そう。 そうだよな。 よっぽどのことがない限り、黙っていることなんてしない筈だ。 ……それが、普通の人間であるなら。 彰利 「さ、踊りましょうダーリソ。     断ったらダーリンの湯のみに天然100%青汁を練りこむぞ」 悠介 「………」 彰利 「…………ダーリン?あの……ダーリン?」 悠介 「………」 彰利 「ダァアアリィイインッ!無視すんじゃねィェーーーッ!!」 悠介 「……彰利!」 彰利 「うおっと!?」 悠介 「イヤな予感がする!神社に戻るぞ!」 彰利 「え?え?ダ、ダンスは?」 悠介 「そんなもんコトが済んだらいくらでも踊ってやる!」 彰利 「なにぃ!?マジかい!?」 悠介 「あとは───姉さん!」 俺は前の方でキャンプファイヤーを見ている姉さんに気づくと、声をかけた。 春奈 「え?あ、起きたんだ、悠介くん」 悠介 「姉さん!神社に戻るぞ!」 春奈 「ど、どうしたの?何か急用でも」 悠介 「イヤな予感がするんだ!」 春奈 「───ん、解った。神社に行けばいいんだね?」 悠介 「ああ!それと若葉と木葉には教えないでくれ!     なんとなく───あいつらは連れていきたくない気がする!」 彰利 「悠介……?なんなんだよ」 悠介 「俺にも解らねぇよ!けど急がなきゃいけない気がするんだ!」 彰利 「悠介……」 悠介 「先行ってる!」 俺は困惑する彰利と姉さんを置いて、先に走り出した。 なんなんだ、この嫌な予感……! 自分じゃない自分が何かを必死に叫んでるような─── 悠介 「自分じゃない……自分……?」 『あなたには過去が襲いかかります。  自分自身でさえ憶えの無い過去があなたを襲う像が見えます』 悠介 「自分自身でさえ憶えの無い……」 ───馬鹿な、偶然だ。 あんなこと言われたから気になるだけだ。 占いなんて、元から信じちゃいない。 悠介 「くっ───!」 交差する思考を振りきれず、だけど振りぬく手足を止めることはしなかった。 声  「悠介!乗れーっ!」 悠介 「っ!?」 聞こえた声に振り向くと、そこには車に乗った彰利と姉さんが。 その車が俺の横に止まり、彰利がドアを開けた。 彰利 「早く乗れ!急ぐんだろ!?」 悠介 「いいけど、これどこから……」 彰利 「おやさしい馬鹿者がキャッツカード持ってイチャモンつけてきたから借りた!」 悠介 「………」 彰利 「呆れるより先に乗れ!今の俺様は一味違うぜ!?」 悠介 「わかった!急いでくれ!」 彰利 「任せろ!いくぞ!」 春菜 「お願いだから安全運転でね!?」 彰利 「断る!いっくぜぇえええっ!!シューティングスター号!」 ガルルルルルルル……!ガォオオオオン!! 彰利 「だぁあーっ!うっせぇ!どういう改造してやがるんだこの車!」 悠介 「わぁあああ馬鹿!前見ろ前!」 春菜 「いやぁああっ!無免許で捕まるのも衝突して昇天するのも     事故で病院に担ぎ込まれるのもいやぁあああっ!!」 彰利 「ふふっ、安心しろ。免許くらい持っている」 春菜 「え?そ、そうなんだ」 彰利 「任せてくれたまえ。メイド服聖作免許、メイド服を愛する会の免許、     メイド服洗浄免許に加え、メイド服への愛を唱える者免許も完備だ」 悠介 「それが車を運転している現状のどんな役に立つんだ!」 彰利 「なにぃい、俺様がこれらの免許を手に入れるためにどれだけ苦労したと」 春菜 「どんな苦労したって言うの」 彰利 「うむ、インターネットでこの免許を販売している場所を見つけてな。     なんと、ひとつ2万円で譲ってくれたのだ」 悠介 「お前それ騙されてる!絶対騙されてるぞ!」 彰利 「馬鹿な!メイド服好きに悪いヤツなど居るか!」 悠介 「お前がまず悪だ!」 彰利 「ゲーッ!?悪って言われたーっ!」 悠介 「8万も使ったのか!アホか貴様!……いや、馬鹿だったな」 彰利 「うう……冗談なのにそこまで言うなんてヒドイじゃない……」 悠介 「お前がメイドの話を言うと、冗談でも冗談に聞こえないんだよ……」 春菜 「そうそう、ただでさえ冗談が実体化したような人間なのに、     いざ唯一真面目な分野で話されるとね」 彰利 「ふたりともひでぇぜ!?俺様だってメイド服様を冗談のネタには」 春菜 「前見て運転してってば!」 彰利 「どぅぁああああまらっしゃい!     先の見えない現在だからこそのスリルをなんとする!」 春菜 「議論結構だから前見てぇえっ!」 彰利 「悠介!」 悠介 「なんだ!」 彰利 「……コレ、なに?」 悠介 「………?」 春菜 「………」 解らん。 考えてみれば、我ら家系の一族は車は知っていても内装なんて知らんのだ。 ましてや、どれがどの役割を果たしているのかも謎だ。 彰利 「これがブレーキでこれがアクセル、これが…………?」 カタカタと踏んでは、手元近くにある棒をいじる。 ───ガコンッ! 彰利 「うおっ!?」 ギャキキキィイイイイッ!! 悠介 「ぎゃああっ!!」 春菜 「きゃあああっ!!」 彰利 「おおお!これが噂に名高いドリフト!?」 悠介 「チャレンジしてないで神社!神社に行け!俺達の命がある内に!」 彰利 「うっしゃあ任せろ!今のでコツを掴んだぞ!これでいつでも事故れるぜ!」 悠介&春奈『真面目に運転しろぉおおっ!!』 流石に殴るわけにはいかず、叫ぶしかなかった。 ───キキィッ! 車が止まる。 ドアを開けて降りると、すぐそこに神社への石段があった。 悠介 「ロープを!」 彰利 「ああぁあ待った悠介!     そのロープってば設計上、ふたりまでしか飛ばしてくれん!」 悠介 「なにぃ!?」 春菜 「そんな!」 彰利 「ど、どうする!?」 悠介 「……彰利」 彰利 「え?え?なに?なんでふたりして慈愛に満ちた瞳でアタイを見るの?」 悠介 「がんばれ。お前ならイケる」 彰利 「ゲェーッ!?そりゃあ俺にここを登れってことですか!?」 悠介 「お前ならだいじょぶだいじょぶ〜」 彰利 「軽く言うなーっ!ていうかそれならせめて俺の目を見て言えコラダーリン!」 悠介 「わかったよ、じゃあ姉さんと一緒に先に行っててくれ。俺もすぐ行く」 彰利 「ええっ!?そんな……!     うっかりあげなとこそげなとこ触っちゃったらどうしよ」 ドボォッ! 彰利 「エボリィッ!」 悠介 「悪い、俺と彰利で先に行く……」 春菜 「う、うん……」 彰利 「うっしゃあ行きましょダーリン。アタイと愛のパイルダーオン!」 ドゴォッ! 彰利 「アイボリィッ!」 悠介 「それじゃあ、そこまで急がなくていいから」 春菜 「嫌な予感がするんでしょ?頑張るよ」 悠介 「……取り越し苦労だったら、何かおごるよ。ごめん」 春菜 「いいからいいから。ほら、いきなさい悠介くん」 悠介 「ああ。彰利、頼む」 彰利 「おうよ!もう二度と離れなくなる程に愛と勇気と怨念こめて縛ったらァな!」 悠介 「怨念は込めるな!むしろ愛もいらん!」 彰利 「なにぃ、勇気だけでどう立ち向かえと」 悠介 「いいから急げってば!」 彰利 「アイアイサー!愛々サー!南の島にはアイアイさー!」 ヒィンッ! 彰利が月切力でロープを切る。 と同時に景色が一瞬のように流れた。 悠介 「おぉぁあああっ!!」 彰利 「ダーリン怖い?ね、怖い?     どーなのダーリン?アナタの悲鳴、もっと聞かせて」 悠介 「喋るな!舌噛むぞっ!」 彰利 「なにぃ、偶然に噛むくらいなら自らの意思で噛むぞ俺様は」 悠介 「死ぬだろ!」 彰利 「ハハ〜ン!ゼノが死んだ今、アタイを死へと導ける者が居ようか!     いや居まい……!反語」 悠介 「反語はいいから着地の準備をしとけ!」 彰利 「えー!?なにー!?」 悠介 「ちゃーくーちーのーじゅーんーびー!!」 彰利 「蛇口の呪運日ー!?蛇口の呪い系な運勢なんて知るかーっ!!」 悠介 「聞こえてるんだろうが!マット無いんだから上手く切れよー!」 彰利 「な、なにぃ!?アタイとマットプレイがしたいと!?」 悠介 「アホォーーッ!!」 ブワァッ!! 悠介 「あ───」 彰利 「オウ?」 視界がひらけた。 神社が景色に映る。 彰利 「え?あ、お、おわぁああああっ!!」 ふざけていた所為で月切力が間に合わなかったようだ。 悠介 「馬鹿!早く切れ!って、ああもう!くっ!このっ!     ───なんで解けないんだよぉっ!!」 ロープを解こうとしても異様なほどに硬く、ビクともしない。 悠介 「ぐあああああっ!解けろぉおっ!ほどけろよぉおおっ!!」 やがて神社を越え、滝壷へと─── 悠介 「い、いやぁあああっ!!」 彰利 「ぬおおおお!げ、月切力!」 ヒィンッ! ようやく身体が思考に追い着いたのか、彰利がロープを切った。 が……時、既に遅し。 悠介 「ギャア!」 彰利 「ギャアア!」 滝壷目掛けてまっしぐら。 ああでも、確実に崖にぶつかりそうだな。 悠介 「───彰利!」 彰利 「ヘァア!?」 悠介 「ヘアアじゃない!いくぞっ!」 彰利 「い、いくらオイラでも空は飛べやしねぇ!」 悠介 「ファイトォオッ!!」 彰利 「え!?あ、い、いっぱぁあああ───」 悠介 「3564発」 彰利 「え?」 彰利の腹に足を着き、それを踏み台にして思い切りジャンプした。 彰利 「ギャア!」 ドンッ!という感触とともに身体が跳ねる。 俺は崖から生えた木を掴み、事無きを得た。 彰利 「イヤアアア!ダーリンが3564発って!     見殺しって言ったぁああああああああああっ!!     ヒドイやダーリン!ダーリンの馬鹿!馬鹿ぁあああああああっ!!     でも愛してブゥォッホォッ!!」 叫びながら、彰利が崖に激突した。 やがてパラパラと崖のカケラを落としながら、彼は滝壷に落ちていった。 そんな彰利の最後を眺めつつ、俺は崖を上って神社へ向かった。 悠介 「………」 夜の神社はひっそりとしている。 さっきまで明るいキャンプファイヤーを見ていたからだろうか。 なんだか……やけに暗く感じた。 悠介 「………」 ぐるりと辺りを見渡す。 別になにかがあるわけでもない。 悠介 「取り越し苦労、かな」 ……まあそうだよな。 俺が嫌な予感がするからって何かがあったら予知能力じゃないか。 悠介 「でも、一応ルナの様子見てからだな。     ゼノの時みたいに倒れてるのは勘弁だぞ……」 石段を降りて、家へと向かった。 と、なにやら騒がしい声が聞こえた。 声  「…………ァアアアアアアアアアアッ!!」 何かの叫び声が神社へ向かってくる。 その叫び声に混じって、べつの叫び声も聞こえた。 そして、それらの声の中にルナの声が混じっているように聞こえた。 悠介 「……ルナ!?」 声は間違いなくこちらへ向かっている。 動くよりも待っていた方が良さそう─── ルナ 「ガァアアアアアアアアアアアッ!!」 猿  「キキィイイッ!!ウィキィイイイイイッ!!」 ルナ 「ガァアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」 猿  「ウキャーッ!!ウィキキャーッ!キャーッ!!」 悠介 「………」 俺の前に現れたのは……キレているように見えるルナと、大根を持った猿だった。 大鎌───ディファーシックルを振りまわして猿を追っている。 雲から顔を見せた月が彼女を照らした瞬間、その目が血走っていることに気づく。 ありゃあ……本気だ。 がしぃっ! 猿  「ウキャーッ!!キャキャーァアアアッ!!ウキャァアアアアッ!!」 猿が捕まった。 ルナ 「グルルルルルル…………!!」 ヤバイ。 キレた所為で言語回路が野生化してる。 その殺気を感じたのか、力を無くしたようにポロッと大根を手放す猿。 ルナ 「ガッ!?」 ごしゃあっ。 大根が、石段のカドにぶつかり、見事に割れた。 ルナ 「…………ッ!!」 プルプルと震えている。 ルナ 「ガァアアアアアアアアアッ!!!」 猿  「ウキャーッ!キャーキャー!!ギャーッ!ギッ……ヴギャーッ!!」 悠介 「だぁあっ!ストップストップ!絞め殺す気かっ!」 ルナ 「!!───あ……悠介……」 ぱっ。 猿  「ウキャーッ!!」 がさっ!がさささっ! 猿が解放された途端に全てを振り絞るように走って行った。 ルナ 「だいこんが……わたしがいっしょうけんめいそだてただいこんがぁ……」 うるうると涙を溜めながら大根を愛おしそうに拾い上げ、カタカタと震えている。 どういう死神ですかアンタ……。 悠介 「ル〜ナっ」 ルナ 「うぅ……」 悠介 「また作ればいいだろう?」 ルナ 「ゔぅ〜……」 口を糸口のようにして閉じながら、だう〜…と涙を流すルナ。 見てて面白い。 悠介 「その大根は俺が貰うからさ」 ルナ 「………」 悠介 「それとも、落ちて割れたからって捨てる気か?」 ルナ 「…………っ!!」 頭をブンブンと振る。 悠介 「───俺の方も気のせいだったみたいだし。じゃ、家に帰るか」 ルナ 「………」 悠介 「………」 無言で立ち上がり、俺に大根を渡すルナ。 悠介 「ありがとう」 言って、それを片手で持って、空いてる手で頭を撫でてやった。 ルナ 「………」 ルナは気持ち良さそうに目を細め、されるがままになっていた。 そんな時。 ジャリッ。 悠介 「!」 足音とともに殺気を感じる。 ───どこだ!? いや───それより…………気のせいじゃなかった!? 悠介 「…………っ!」 ルナ 「……悠介?」 悠介 「ルナ、感じるか?」 ルナ 「え?…………あ」 ルナも気づいたらしい。 どこだ……!? どこから……! ザリッ。 悠介 「!!」 ルナ 「悠介、上っ!」 悠介 「ああっ!」 俺が降りてきた石段から、確かな足音が聞こえた。 ざりっ。 ざっ、ざっ。 ゆっくりと、足音と殺気が石段を降りてくる。 その姿は月明かりを後ろから浴びていて、黒い塊のようにしか見えなかった。 頭の輪郭からはビラビラとした何かが、石段を降りる度に揺れている。 びしゃっ。 ずちゃっ。 ざっ。 ざりっ。 奇妙な音を鳴らしながら、ついにそいつは声を上げた。 彰利 「ダァアアアアアアアリン!!     俺様を突き落としといて何イチャついてんじゃい!おぉっ!?」 悠介 「………」 ルナ 「………」 ……彰利だった。 ビラビラとした何かはワカメだった。 悠介 「って!なんでワカメ被ってるんだよ!」 彰利 「滝壷に落とされたからでしょう!?」 悠介 「滝の水に野生ワカメがあるかぁっ!!」 彰利 「俺も驚いた。まさか滝壷の中に竜宮城があるなんて」 悠介 「ねぇよ!」 彰利 「なにぃ、玉手箱だって貰ってきたんだぞ」 言って、ズオォと箱を見せる彰利。 ルナ 「たまてばこって?」 彰利 「フフフ、いい質問だツナっち。玉手箱とはな、日本文化の産物だ。     日本には童話などの昔話があってだな、     これはその中に出てくるひとつだ」 ルナ 「ツナじゃないってば……」 彰利 「ちなみにこれを開けると煙が出てだね。それを浴びると歳老うのだよ」 ルナ 「へー……そんなものがあるんだ」 悠介 「信じるな信じるな……」 彰利 「なにぃ!?これは本物ぞ!?とくと見よ!そして煙を浴びるがいい!」 ゴパァッ! 彰利が蓋を開ける。 と、白いモヤモヤがモハァアア……!と溢れ出した。 ルナ 「わわっ……!」 ルナが飛び退く。 どうやら本気で信じているらしい。 悠介 「慌てるなルナ。大体、歳老うって解ってるのに開けるわけないだろう。     彰利を見てみればすぐ解るよ」 ルナ 「あ、そっか」 声  「ウギャーッ!」 悠介 「うおっ!?」 ルナ 「なんか叫んでるけど」 煙を思いきり浴びた彰利が何やら叫んでいる。 そんな時、風が煙を晴らした。 ルナ 「!!」 悠介 「ぐは───!」 その瞬間、老いた彰利の顔が見えた。 ルナ 「ゆ、ゆゆゆ悠介っ!どうしよう!わたし、さっきちょっと煙浴びちゃった!」 悠介 「落ち着け」 ルナ 「わ、わたしもあんな風になるの!?」 悠介 「ならんならん」 彰利 「……ホッホッホ……ルナさんや」 靴を履いているにもかかわらず、ヒタヒタという音を出しながら彰利が近づく。 彰利 「あなたもこの煙を浴びるとええ……。     ていうか浴びろ。そうでないと、儂ゃあ貴様をニンニク浸しにするぞい」 ルナ 「ゆ、悠介ー!なんか脅迫気味に無茶苦茶言ってくるよー!」 ルナが煙を恐れて俺の背中に隠れる。 彰利 「ホッホッホ……儂のダーリンの背中なんぞに隠れおって……。     憎たらしいったらねぇわいこの小娘がぁーーーっ!!」 バガァアッ!! 彰利 「ランブリィイイッ!!」 ギュルギュルギュルギュルドシャァアアッ!! 彰利 「ゲ、ゲフッ……!ほんの冗談ですがな……」 空を舞って、地面に激突した彰利の顔に亀裂が入っていた。 亀裂といっても、被っていたマスクが剥がれただけだ。 彰利 「うう……ヒドイわ……!ただ手品を披露したかっただけなのに……」 春菜 「あ、悠介くん」 悠介 「姉さん。早かったな」 春菜 「そうかな、結構時間かかった気がするんだけど」 彰利 「無視かよ」 春菜 「それで……なにかあった?」 悠介 「いいや。どうやら取り越し苦労だったみたいだ」 春菜 「あらら、そうなんだ」 悠介 「ああ。約束通り、何かおごるよ」 春菜 「ふふっ、ごちになります」 姉さんは微笑んで、軽くお辞儀した。 彰利 「ああっ、俺も俺もーっ!」 悠介 「メイド服免許に8万も使うヤツにおごる物など無い」 彰利 「あれは冗談だって言ったじゃない!ダーリンたらヒドイ!     って、さっきからヒドイって言ってばっかりじゃないのアタイ!     こ、これが伝説のマインドコントロール!?ダーリンてめぇいつの間に!」 悠介 「言い掛かりをつけるな」 彰利 「グホホホホ、こうして少しずつ追い詰めていって、     そしてついにはアタイのモノになるように脅して」 悠介 「そういうことは心の中で言え……」 彰利 「だめね。それは。絶対。アタイは心を閉じることなどしねぇのよ」 悠介 「少しは隠すべきだぞ、お前の場合」 彰利 「でさ、話は元に戻るんだが」 悠介 「ほんと脈絡ないよな、お前」 彰利 「だってさ、そうでもしないと疑問が晴れないじゃないの」 悠介 「まあそうだが。で?なんだよ」 彰利 「ああ、結局さ、悠介の嫌な予感ってどんなものだったんだ?」 悠介 「………」 彰利 「アタイじゃあるまいし、だんまりザマス?」 悠介 「いや……あのさ、今日占いの館に行っただろ?」 彰利 「行ったねぇ。なんかよく解らん内容だったけど」 悠介 「それでさ、なんかアレなんだ。それの所為かどうかは解らないんだけどさ」 彰利 「アレなのか」 悠介 「アレなんだ」 彰利 「母さん、今夜は赤飯だ!」 姉さんに向き直って、いきなり叫ぶ彰ドボォッ!! 彰利 「ゴォッハァッ!!」 ざしっ……。 彰利が脇腹を抑えて膝をついた。 彰利 「み、見事な脇腹打ち───だぶはっ……」 ごしゃあっ。 死んだ。 春菜 「悠介くん、アレって?」 悠介 「…………なんか、心がザワついてる。理由は解らないけど、ザワついてる」 春菜 「心?」 悠介 「占いしてくれたヤツが言ったんだ。     『俺自身さえ憶えのない過去が、俺を襲う』って。     偶然だとは思うし、こじ付けだとも思う。     でもさ、確かに自分のまったく見当のつかないイヤな予感は───」 春菜 「うーん……普通はこれから何かが起こるからっていう見当はつくけど……」 悠介 「だめなんだ。これっぽっちも見当がつかない」 彰利 「それは恐らく予知能力の一環だろう」 悠介 「出たなノスフェラトゥ」 彰利 「俺は不死じゃねぇわよ!死ぬ時ゃ死ぬって!     だからもっとアタイにやさしくしてダーリン。     報酬ははずむわよ?そして今夜は寝かせねぇ」 悠介 「寝言は寝て言え」 彰利 「ギャア!また言われた!     あー、でもさ。イヤな予感ってのは的中するもんじゃよ。     あっしとしてはどうしていきなり気になりだしたのかが謎ですぜ旦那」 悠介 「どうしてって、そりゃ……」 ……妙な夢を見たから。 なんて、散々騒がせておいて言えるだろうか。 彰利 「はっは〜ん?さては妙なドルィ〜ンムを見て、それで触発されたんだな?」 悠介 「言葉は奇妙だけど妙なところで鋭いよな、お前って」 彰利 「え?あらやだ、なに?もしかして正解だったの?     キャア!ご褒美ちょうだいダーリン!一発で当てましたで賞でも!」 悠介 「賞品が手元に無いんだ。鉛玉でいいか?」 彰利 「そんなベタベタな!せめて『くす玉』くらいにしてくれよ!     そしてそれを割ると『彰利クン、彼女居ない暦18年おめでとう!』とか!」 悠介 「……それで、いいのか……?」 彰利 「いいわけあるかオラァッ!」 悠介 「キレるな!」 彰利 「んもう、結局取り越し苦労で終わったんだから、     わざわざそんなに深く考えることないでしょう!?     そんなことを気にするから励まそうとしてアタイが自滅するんじゃない!」 ……それはお前が悪いだろ。 彰利 「とにかく!もう家に戻りゃんせ?     夏の名残は残ってても、秋の夜風は骨身にしみるぜよ?」 悠介 「何語だ」 彰利 「落語」 悠介 「帰れ」 彰利 「だから帰ろうって言ってるじゃない!」 悠介 「わかったわかった、じゃあ姉さん、帰ろうか」 春菜 「そうだね」 彰利 「あ、俺も俺もー!」 悠介 「お前は他所の子だろうが」 彰利 「泊まる!」 悠介 「帰れ!」 彰利 「だ、大丈夫だって!カメラなんて仕込まないから!     第一、もう持ってないって!ホラッ!」 彰利がその場で跳ねてみせる。 ごしゃあっ。 悠介 「………」 彰利 「………」 春菜 「………」 その途端、カメラが落ちて砕けた。 彰利 「ギャアア!高かったのに!」 悠介 「……おい、これはなんだ」 彰利 「カメラじゃないことは確かだ」 悠介 「思いっきりカメラだろうが!」 彰利 「これがカメラですって?とんでもない!     いいですか?評論家の俺様から言わせてもらえばですねえ。     これはキュゥィヤァアゥミェルゥァアアンヌぞ?」 悠介 「発音変えただけで、結局カメラじゃねぇか!大体最後の『ンヌ』はなんだ!」 彰利 「ッチィ……!これだから発音愛好会を侮辱する者供はッッ!     帰れッッ!貴様の顔などずっと見ていたいほどに愛らしいわッッ!!」 悠介 「日本語喋れ馬鹿者!」 彰利 「アイキャンスピークジャップァヌィ〜ンズ!」 バガァッ! 彰利 「トゥロイツァーッ!?」 悠介 「帰らないならそこで野宿でもしてろ!」 彰利 「そんな殺生な!キミと俺様の仲じゃない!」 悠介 「………」 彰利 「カメラはキミに預けるから。な?」 悠介 「……はぁ、解ったよ、好きにしろ」 彰利 「ええ!?それなら今日はダーリンと一緒に寝るー!」 悠介 「やっぱ帰れ」 彰利 「いやぁん冗談よ!」 何度も言うようだが、こいつと居ると退屈はしないが疲れる。 なんにせ取り越し苦労だったんだから良しとしようか。 さあ、晩はどうするかねぇ……。 ───老婆のような思考をよそに、俺は空を見上げながら家を目指した。 Next Menu back