───覚醒(かくせい)───
───いや、終わる筈だった。 終わる代わりに血が流れた。 加減というものを知らない力で突き飛ばされたのだ。 だけど、幸いにして───それで目は覚めた。 セレス「悠介、落胆させるなと言った筈だがな」 悠介 「……助かったけどさ……加減してくれよ……」 壁に衝突した拍子に腕を痛めてしまった。 神社の外壁もヘコんでしまった。 逝屠 「吸血鬼───まだてめぇが残ってやがったか……!」 セレス「……強い、な。魔を払う力に長けているようだ。     殺すことにも慣れているな?……楽しめそうだ」 セレスは笑う。 以前見せた、あのセレスだ。 セレス「貴様はすぐに消える。だが無駄だとは思うが名乗っておこう。     我が名はエドガー。エドガー=スティルライツァー。誇り高き吸血種である」 マントを広げると、セレスは目の色を変えた。 目の全体が鮮血のように赤く赤く変異し、それを見ているだけで吐きそうになる。 それはあまりにも、血を連想させる色だった。 逝屠 「十六夜逝屠。……殺人鬼だ」 面白そうに笑うと、ふたりはぶつかった。 確実に殺す気で、急所のみを狙う行動。 逝屠 「死ね!死ね死ね死ね死ねシネシネシネシネシネェエエッ!!」 セレス「───!」 ドンッ! セレス「……む」 逝屠 「ヒャッ───ヒャハハハハハ!もろいな!モロイモロイ!腕がトンダ!トンダァ!     何が吸血種だ!身体の作りは人間と大差無い!カワラナイなら殺すのは俺ダ!     叫べ!叫べェエエエッ!人間のように泣き叫んでミロ!!」 セレス「───阿呆が」 逝屠 「ヒャッ───!?」 ボゴンッ!! 逝屠 「ギィ───!?ギャアアアアアアアアアッ!!」 悠介 「…………ッ!」 力の差がありすぎる。 残った片手で軽く突き飛ばすように押しただけで、逝屠の胸がヘコんだ。 結果、血と嘔吐ブツを吐き散らした。 逝屠 「ゲハッ……!グ……!」 セレス「どいつもこいつも……。その程度の力で、それも一撃でわたしを屠る気か?     やはり格は違えど所詮は人間。     殺し慣れをしている貴様なら或いは、などと期待したわたしが愚かだった。     ───もういいだろう、死ね」 セレスの赤き目が、尚も変異する。 逝屠 「ギィイッ!」 殺されると悟ったのか、逝屠がシールドを張る。 が。 それは大きな炸裂音を出して、粉々に散った。 セレス「つくづく愚かな。己の唱えた言葉すら忘れたか。     貴様は確かに家系の輩とやらには強いだろう。     だが、所詮は純粋なる邪族には到底及ばぬ力よ」 ───話にならない。 彰利が敵わなかった相手が。 あんなに、あっさり……。 セレス「───さあ、どうする?殺したい相手が目の前に居るのだぞ?     動かないのか?腑抜けが……」 逝屠 「コッ───殺してやるコロシテヤル殺してェエエッ!!」 セレス「ほう、まだやるか。落胆させてくれるなよ、人間」 逝屠 「キエロ!俺の邪魔するヤツは消えろ!邪魔だ……邪魔だ邪魔だ邪魔だぁっ!     月鳴力よ!目障りなクソ吸血鬼を消しちまえ!」 ガカァッ! 姉さんを撃った時のように、空が唸る。 やがてその光りが雷鳴を呼び、セレスに直撃する! 逝屠 「ヒャハハハハハッ!死んだ!死んだ死んだ!     これで生きてたヤツなんて居ねぇ!     いくらテメェが強くたって魔の属性だってんなら別ダゼェ!?     ヒャァアハハハハハハハハハハッ!!」 悠介 「ッ……セレスーッ!」 間違っていた。 姉さんに落ちた光の比じゃない。 あれで手加減していたなんてどうかしている……! セレス「呼んだか、このわたしを」 悠介 「うわぁ生きてたーッ!?」 セレス「執るに足らん児戯にすぎん。わざわざ騒ぐな」 悠介 「児戯って…………」 なんか真面目に戦おうとしてた自分が惨めに思えてきた……。 逝屠 「…………な、……!?」 セレス「続きはどうした?これで終わりというわけでもあるまい。     それとも……懲りず、わたしを一撃で屠る気だったか?」 逝屠 「───なんなんだ……なんなんだなんなんだよてめぇぇえっ!!     邪魔すんじゃねぇ!せっかく楽しんでるのに邪魔すんじゃねぇ!」 セレス「戯言はいい。わたしを楽しませてみろ」 逝屠 「黙れ!俺に命令すんじゃねぇ!そんなヤツは消えろ!消えろォッ!」 呪言により力を解放したことで爆発的に飛躍した力を吐き出すように、 逝屠は力を込めてセレスに裁きの雷鳴を放った。 セレス「───!」 ガカッ───ガァアォオオオオオオオオオオオオオオンッッ!! 聴覚を潰すような雷鳴。 目を潰すような閃光を前に、俺は目と耳を塞ぐしかなかった。 威力だけならアルファレイドカタストロファーに近い。 だが───近い、という程度ではセレスは─── セレス「最初からそうしろ。わたしは力の出し惜しみをして敵う存在ではないぞ」 逝屠 「───!?」 明らかな驚愕。 俺だって鳥肌が立っている。 セレス「大層調べたようだが、わたしという存在を知らずに現われたのは愚の骨頂だな。     それとも、知っていて敵うとでも思ったか?     残念だが貴様も全力で戦う存在としての価値は皆無だ。     汝の存在、ゴミの前ですら霞む」 逝屠 「───……!」 ギリ、と。 歯のこすれる嫌な音が鳴った。 セレス「興が冷めた」 ───え? セレス「どれほどの者かと思えばまた腑抜けか。     つまらぬ、此度は眠らせてもらうぞ。せいぜい頑張るのだな、人間」 な……なにーっ!? ちょっと待てーっ! セレス「……?ここは……」 いやーん! なんて無責任なーっ!! 悠介 「セレス!右!」 セレス「!?」 ブオッ! セレス「なっ……!?なにをするんですかいきなり!」 逝屠 「コ……コロス……コロスコロス……コロロス……コロコロ……!」 セレス「な、なんですかこのキ●ガイは!」 悠介 「確認するより逃げてくれ!一撃でもくらえば致死ダメージだ!」 セレス「そういうことはもっと早く言ってくださいっ!」 ブンッ! セレス「はっ───!?」 ドガァアアアアアンッ! 逝屠 「ギイッ!?」 突然飛んできた光に、逝屠が怯む。 春菜 「よくもやってくれたわね……───このガキィイイッ!!」 悠介 「姉さん!?助かったのか!?───て、え?あの……」 春菜 「死ねぇええええええええええええええっ!!!!」 ガァオオオオオオン!! ゴガガガガガガガガッ!ズガァアアアアアアアアアアンッ!! セレス「きゃーっ!?ま、待ってください!せめてわたしが退避するま───あーっ!!」 バガァアアアンッ!ゴガガガガァアアンッ!! 悠介 「うわぁキレてるーっ!?」 ルナ 「波動娘はもう大丈夫、持ち直したみたいだから。     ただ、ちょっとキレちゃって……」 悠介 「……見れば解る」 春菜 「ふぅっ……ふぅっ……!殺してやる……殺してやるから……!」 いや……ちょっとヤバいんじゃないか……? 悠介 「なあルナ、姉さんおかしいんじゃないか?     帰ってきたさっきまでは普通だったじゃないか」 ルナ 「あれ?知らなかった?     さっきニュースで波動娘の家族が殺されてたって放送してたのよ?」 悠介 「なっ───そんな……って、え───!?」 話を他所に、姉さんの手に光が集う。 やがて左手のそれは弓の形を模り、右手の光は矢の形を模る。 悠介 「なんだあれ……あ、あんなの見たことないぞ……?」 ルナ 「うわ、すごい……派生型の能力開花だ……!わたしも初めて見るわ……!」 悠介 「開花ぁっ!?」 あ、あれが能力開花……!? こんな状況じゃなけりゃあもっと感激してたんだろうけど……! 悠介 「ていうか派生型って?」 ルナ 「開花には派生型と覚醒型のふたつがあるの。     派生型っていうのが自分の家系の月操力で新しい月操力を編み出すこと。     覚醒型っていうのが自分の家系の月操力じゃない月操力を編み出すこと。     今の波動娘は明らかに自分の家系の月操力からの開花だから派生型ってわけ」 悠介 「な、なるほど……」 ───知りませんでした。 なんて思っている内に、姉さんの手の弓矢が光の塊へと変貌する。 春菜 「───消えろォッ!」 キヒィンッッ! 聞いたこともないような澄んだ音が聞こえた。 まるで、鋭い音を出す笛のような風を裂く音。 逝屠 「無駄ダァッ!」 それを見て、逝屠が再びシールドを張る。 が。 バガァアアアンッ!! 逝屠 「ギャッ───!?」 シールドごと破壊し、逝屠の左肩に風穴を空けるように肉片が吹き飛んだ。 その肉片と血飛沫がシールドを染め、俺は思わず口を押さえた。 ───威力だけならアルファレイドカタストロファーより高いってことだ。 ルナ 「───いけないっ!波動娘ったら今ので力使い果たしたみたい!」 悠介 「!?くそっ!」 俺は倒れゆく姉さんを抱きかかえ、逝屠から距離をとった。 ルナ 「悔しいのは解るけど回復するこっちの身にもなりなさいよね馬鹿っ!」 悠介 「………」 そんなのは無理だろう……。 家族を殺された。 しかも犯人が目の前に居る。 冷静で居ろというのは無茶だ。 逝屠 「ギ……!オレノ……俺ノ肩……!!よくもよくもよくも!」 逝屠の目が、怒りによって変異する。 だらり、と垂れ下がった腕は、残った肉によって辛うじて肩にくっついている程度だ。 だというのに、間違っても勝てないという思考しか生まれない。 俺とヤツとの差。 それは───『相手を殺せる覚悟』の差だ。 俺にはそんなものは───ないッッ……! 逝屠 「どけぇっ!邪魔だよ人形ォッ!」 悠介 「くっ───!」 ざわっ─── 逝屠 「!?」 彰利 「誰が邪魔だって───アァ?」 逝屠 「な───!?バカナ!」 彰利 「おめェがトドメ刺しに来ねぇから     カッコよくカウンターするタイミング逃しちまったじゃねェか」 ───呆れた。 気絶したフリしてたのか。 逝屠 「───っ……!」 彰利 「さァ来い、続行(つづ)きだ」 しかも天内戦の独歩の真似してるし。 って、ことは───だ。 彰利 「来ねェならこっちから行くぜ!うらぁっ!」 逝屠 「!」 彰利が石畳を蹴る。 月操力は使わず、素手で行く気だ。 ああ、なんか予想出来てきた。 ていうか絶対やる。 逝屠 「シィッ!」 彰利 「甘いっ!」 カッ! 逝屠 「───!?」 彰利 「うっしゃあ!」 ああ、やっぱりやった……。 虎口拳だ……。 てことは、次は ザクゥッ! 逝屠 「カハッ───!!」 足先蹴り。 もう確実だ。 完全に愚地独歩の真似してる。 と、来たら次は風摩殺だ。 パンッ! 逝屠 「───!?」 ガコンッ、と。 逝屠の顎がだらしなく垂れ下がった。 顎、外れたな。 フィニッシュだ。 彰利 「一線を画す奥義!くらえ!六波返し!」 バチィッ! 彰利 「キャーッ!?」 ドシャア。 遊びすぎた彼が、裁きを受けて倒れた。 悠介 「アホーッ!お前アホーッ!」 彰利 「うげげげ……オイタが過ぎたようで……!あ、あとを……た、頼んだ……」 コトッ。 彰利の手が力を無くし、地に落ちる。 悠介 「ど、独眼鉄ーっ!」 彰利 「誰が独眼鉄だこの野郎!」 ガバーッ!と起きあがっての咆哮。 やっぱりフリだったか。 彰利 「って、あ、あら……!?か、身体がシビレてら……!」 逝屠 「───!…………ッッ!」 ガコッ! 彰利 「ゲェーッ!?外れた顎をくっつけやがったぁ!?     えーと……エラいぞ末堂、痛いんだヨアレは」 悠介 「いつまでも独歩の真似してる暇があったら戻ってこんかーっ!」 彰利 「動けねぇんだってのーっ!」 逝屠 「───死ネェッ!」 ドボォッ! 彰利 「があっ───ハァッ……!」 ザッ───ドザァッ! 腹あたりを殴られ、彰利はこちらまで吹き飛ばされた。 彰利 「ガハッ!グハァッ!い───つぅ……!ちったァ加減しろっての……!     ……すまん……マジで身体動かん……!回復までなんとか頑張ってくれ……!」 悠介 「……!」 彰利 「怯えるな……!守るんだろ……家族を……!     だったら泣かせたままで終わるな……!」 悠介 「───!」 彰利 「お前は確かに十六夜の子じゃないのは事実だろうよ……!     でも、家系の血筋ってのも確かだ……!     だったら、自分の力を信じてみろ……!」 悠介 「自分の力───」 ……俺の、力───? 彰利の言うことは確かに頷ける。 俺が十六夜の家系じゃないっていうのなら、俺はどこかの家系の子供だ。 その家系の力が引き出せれば───俺も力になれる。 だが─── 逝屠 「人形……!壊す……!コワス……!」 悠介 「言われたからっていきなり開花出来るワケねぇだろがァーッ!!」 彰利 「だったら家族ってのを見殺しにするのかお前は!」 悠介 「!!」 ───見殺しに…… 悠介 「する───……わけねぇだろうがぁあああっ!」 そんなことして生きて、いったい何処に幸せがある! 後悔を抱える人生なんてのはもういらねぇんだよ! 悠介 「殺せるモンなら殺してみやがれ!動ける人形の意地、見せてやる!!」 ───だが今はダメだ! 自分の力がどんなものかも予想なんてつかない! なら、俺に出来ることは─── 悠介 「これしか───ない!」 創造の理力だ! 馴染みなんて考えてる場合じゃねぇ! この創造に全てをかける! 悠介 「───」 イメージしろ……! 月操力の影響下にないモノで、ヤツを破壊出来るほどの力を! すぐに消えちまうのもダメだ! なら─── 悠介 「なら───」 ───寒気がした。 でも、それは強烈なイメージだった。 一か八かだ。 これがダメなら、もとより俺は生き残れない! 悠介 「…………っ」 ───二度と使えなくなってもいい。 意識不明になったって構いやしない。 だから───この戦いを勝ち取れる力を───! 悠介 「出でよ!ゼノ=グランスルェイヴ!」 ルナ 「うぇえっ!?」 彰利 「キャーッ!?」 ガカァッ! 身体の全てを吸い取られるような感覚を覚える。 成功は確かだ。 だけど─── 悠介 「うっ───ぐ、あぁあっ───……!」 意識が急激に遠退く……!! ゼノ 「───……ほう」 がっ!という衝撃。 それとともに、俺の体がゼノの片腕に持ち上げられる。 ゼノ 「愚かな男だ、我を復活させるとは。そんなに死にたいというのか小僧」 悠介 「───違う、な……!生きたいんだよ、俺は……!」 ゼノ 「……ならば。何故、我を蘇らせた。     そのようになることを知らなかったわけではあるまい。     それで我と戦う気でいたというのか?」 悠介 「お前と戦うのは俺なんかじゃねぇっ……!あそこの馬鹿だ……っ!」 ゼノ 「む……?」 ゼノが振り返る。 その死線の先に、目を血走らせた逝屠が居た。 ゼノ 「死の匂い……殺人鬼か。だが、騒ぐほどの強さとも思えぬ。     あれならば弦月彰利の方が強かろう、何を騒ぐ」 悠介 「相性の問題だ……!属性が悪すぎる……!」 ゼノ 「……それで、我が貴様のために戦うとでも思ったのか?」 悠介 「俺のためじゃねぇ!家族のためだ!口答えは許さねぇ!言うこと聞きやがれ!」 ゼノ 「───……」 ───……ゼノは目を見開いて、俺の首を締めている手に力を込めた。 悠介 「───ッ……!」 ゼノ 「貴様……!人間の分際で我に命令をするか───!」 悠介 「……するさ……!聞かねぇっていうなら意地でも消してやるまでだ……!」 ゼノ 「………───フン」 悠介 「───!?」 ドサァッ! 悠介 「がはっ……!がほっ!げほっ!」 ゼノ 「この腕は、貴様が再生させたのか」 悠介 「オマケだ……!がはっ……!」 ゼノ 「フレイア=フラットゼファーに斬られて以来、再生も利かなかったのだがな。     ……いいだろう、これは借りだ。晴らさねば我の気が済まぬ」 悠介 「ったく……!最初からそう言え……!」 ゼノ 「感謝するぞ、小僧。これで、弦月彰利と全力で戦える。が、その前に───」 ギパァッ! ゼノが目を完全に見開き、逝屠を見据える。 ゼノ 「邪魔者は、消さねばならぬだろう」 逝屠 「───死神か。それは俺のセリフだ。     弦月ごときに梃子摺るクズが、俺に勝つ気かよォ!」 ゼノ 「───慢心は身を滅ぼす。まあ、貴様は慢心をせずとも消える運命にある。     なに、すぐに終わる。抗わぬ方が身のためだ」 逝屠 「ほざいてろ馬鹿がぁっ!月鳴力ゥ!」 ガカァッ!ドガァアアアアアンッ! ゼノ 「───フン、冷えたこの世界には丁度良い熱だ」 逝屠 「な───!?」 ゼノ 「腕の再生を果たした我を以前の我とは思わぬことだ。     我が獲物を横取りしたその罪、万死に値する」 逝屠 「獲物ォ……?ああ、あの時のことか。     同じ死神を狩れなかったのがそんなに悔しいのか?」 ゼノ 「貴様ごときに、混血といえど死神が遅れをとる……。     そのような愚挙が許せんのだ……!     仮にも我が腕を断った死神の末。ヤツを屠るは我が誇りの帰還と同義!」 逝屠 「ごとき……!?てめぇ見下してんじゃねぇぇよぉっ!」 バチィッ!ガカァアアッ! ゼノ 「グッ───!?」 逝屠 「加減なんてしねぇぜ……!?コロシテヤル!死ネ!消エロ!」 退魔の裁きを流されたゼノが怯む。 そこにたたみかけるように雷鳴を落とす逝屠。 大きな雷鳴の音のみが響き、耳がおかしくなるかと思ってしまう。 逝屠 「ハァッ───ハァアッ……!」 ゼノ 「……少しはやる。だが、それでも弦月彰利には及ばぬ。     あの張り詰めた緊張感を齎すことなど、貴様には到底叶わぬな」 逝屠 「───!!ちくしょう……!なんで死なねぇんだよてめぇ!」 ゼノ 「余力は残させてもらうぞ。我の目には貴様などゴミにすぎん。     感情を手に入れた状態でヤツと戦えるのだ、     このような所で手を拱いているわけにもゆくまい?」 ぐいっ…… 逝屠 「アァッ……!?」 ブチィッ! 逝屠 「ア───アァアアアアアアアアアアアアアッ!!」 容赦無く。 一片の戸惑いも見せずに、千切れかけた腕を、ゼノは引き千切った。 鮮血が噴き出す。 月夜の下、その叫びは───怨念を吐き出す咆哮という例えが一番合っていた。 耳を塞ぎたくなるような、吐き気を促す叫び。 寒気が一気に身体の中を支配する。 その所為か、耐えていた何かが意識の糸を切った。 ───……ああ、意識が遠退く。 今度こそ、ダメ、かな……。 悠介 「───……」 薄れゆく景色。 そんな中で、俺はただ───今度は何日眠ったままになるのかと、苦笑した。 これでまた、若葉と木葉に心配掛けちまうかな……。 ───意思とは別に身体が傾き、意識が途切れる刹那。 その映像は、俺の中に映し出された。 男  「もう、あの頃には戻れないのかな」 悠介 「無理だよ。ぼくらはもう、あの時のような子供じゃない」 男  「子供かどうかなんて関係ないよ」 悠介 「そうかな」 男  「だって、ぼくはこのままででもお母さんとお父さんに会いたい」 悠介 「ぼくは会いたくない」 男  「どうして?」 悠介 「……ふたりは死んだよ。死んだんだ。     それがどういう意味か、ぼくらは知っている」 男  「そうだよ、会いたいんだ。だから……」 ───……一緒に、死のうよ─── 悠介 「ッッ!!」 目を見開く。 途端、汗がどっと出る。 ───違った。 あれは彰利なんかじゃない。 俺はあの目を知っている……! あいつはいつだって、親に会いたがっていた。 自分の力なら、簡単に殺せることを、俺の両親で試したのだから───! 俺とあいつの話はまるっきり噛み合ってなかった。 俺は目の前で本当の両親を殺されて、それが『死』だということを知っていた。 だからあいつが両親を殺そうとして家に戻ろうとした時、俺は会いたくないと言った。 俺は気が動転していたんだろう。 動転というよりはコワレる一歩手前。 そんな中で『お父さんお母さん』なんて、 あいつの口には似合わない言葉が出たから勘違いした。 俺は死にたくないと思い、あいつは殺したいと願った。 おそらく、両親を殺せば俺を道連れにして一緒に死ぬ気だったんだ。 だけど、世の中にはまだまだムカツクやつらが居ると知った途端─── ……ああ、そっか……幸せヅラして生きてる家系の奴らを殺すのもいいか…… って声が、聞こえてきた。 その時の顔が、今───鮮明に頭の中に浮かんだ。 その顔は───十六夜逝屠。 あいつの見下した笑いと同じモノだった。 ───ああ、なんだ。 人の人生を狂わせたヤツが、目の前に居るんじゃないか─── 俺はひどく冷静に笑った。 どうしてそんなヤツに怯えなきゃならないんだ。 腕をもがれ、自信に満ちた顔も焦りに変わり、 ただ叫びながら機械のように暴れるあいつに。 所詮人間。 死ぬ時は死ぬ。 だけど殺人するほど吹っ切れちゃいない。 だったら。 ───だったら、消してしまえ─── 頭の中で何かが語りかけてきた。 まるで、悪夢。 闇の蠢きを促すような矛盾の例えが、俺の中で渦巻く。 消せ。 消してしまえ。 お前にはそれが出来る。 悠介 「───っ……!」 吐き気がしてくる。 この闇を捨てたいと。 そう思うのも当然だ。 ああ、でも───どうせ捨てるなら。 あのイカレた機械にぶつけようか。 この、漆黒にも似た混沌の渦を。 ゼノ 「───どうした?もう終いか?」 逝屠 「ウルセェ!ウル……ウルセ……!ウルセェエエエッ!!     クダラネェ!クダラネェクダラネェ!ジャマダヨオマエ!キエロヨ!」 ゼノ 「……下らぬのは貴様だ。無駄な時間を費やすのは愚行。     さりとて、遊戯のない時間もまた退屈。故に遊んでやれば───。     人形はどちらか。今の貴様ほどその言葉に合う存在の數など塵にも満たぬ」 逝屠 「───謡ッテロ!馬鹿ガァッ!」 ゼノ 「───!」 逝屠 「弦月ィッ!テメェモ道連レダァアアアッ!!」 ゼノ 「───小癪ッ!」 悠介 「……見苦しい真似すんなよ、人形……」 逝屠 「アァッ!?」 ゼノ 「小僧……?」 逝屠 「なんて言った……てめぇ」 悠介 「機械人形、とっとと消えろてめぇは」 逝屠 「な───」 ゼノ 「……?」 逝屠 「なんだ、てめぇ……今なら勝てるとでも思ったのかよ……。     てめぇなんてなぁっ!この一撃で十分なんだよっ!」 ガカァッ! 悠介 「───」 バチィッ! 雷鳴を響かせ、落ちたきた雷が───頭上で消える。 逝屠 「あ……?な、なんだ……!?何故消える!?どうして人形を破壊しない!」 悠介 「詰まれてんだよ、てめぇは」 逝屠 「ふざけるな!俺の影みてぇなてめぇなんかに俺が追い詰められるかよ!     月鳴力!消せ!今度こそ───消しやがれ!」 悠介 「───喚くな。やかましいぞクズが」 逝屠 「な───!?」 悠介 「消えろ。ここで消える存在はてめぇ以外の何物でもねぇんだよ!!     いつまでもしぶとく喚いてんじゃねぇ!     その存在ごと、自分の歴史を抱いて消えろ!」 闇が広がる。 音も無く広がるそれは、正に漆黒。 全てを飲み込む黒とは、ここまで恐怖を齎すものか。 片腕の無い男は、目を変異させた男から噴出した闇に飲まれていった。 初めて真なる痛みを知った子供のように泣き叫びながら。 見ただけでも解る。 あれは本当の意味で消しているのだ。 身体のひとつひとつを蝕むように消してゆく。 だが、叫び声だけは消えない。 ただ奴は、景色の見えぬ孤独という名の漆黒に抱かれ、やがて消されてゆくのだろう。 なんという残酷。 これではどう足掻いても抜け出せぬ。 ───やがて叫び声も消えると、闇はその姿を消した。 ……辺りの景色が元の色を取り戻した時。 男の立っていた場所には血痕すら残ってはいなかった─── ───……。 静寂が訪れてからは、その場所からは死の匂いが消えていた。 ふと気付けば空の月は欠け、満月に近かったその面影を残してはいなかった。 悠介 「ルナ、大丈夫そうか?」 ルナ 「ん、この調子ならすぐ治るよ」 悠介 「そっか」 彰利 「ところでさ、どうなったんだ?あのイカレポンチ」 悠介 「その言い方はやめろ」 彰利 「ああ、いーのいーの。あんなキ●ガイヴォーイにはこれで十分だろ」 悠介 「それは同意見だ」 彰利 「そんで?どうなったん?」 悠介 「消したよ。二度と現われることはない」 彰利 「消した?……俺さ、途中からお花畑を観察してたから解らんのだけど。     なにがどうなったんだ〜い?」 悠介 「……はぁ。あのな、簡潔に言ってしまえばな?」 彰利 「ウィ」 悠介 「お前が言ってた『朧月』の家系の子供が俺だったってわけだよ」 彰利 「……はい?ワンモア」 悠介 「聞こえただろ?」 彰利 「…………ああ!何かの冗談!」 悠介 「どうやらマジだ。記憶が多少だけど復活したよ」 彰利 「…………う、うそだーっ!俺のダーリンがダーリンじゃねぇなんてーっ!」 悠介 「本質は変わらんよ。ああ、一応自己紹介でもしようか?」 彰利 「ニョォーウ!NONONONONONO!!そんな他人行儀な行事は結構!」 悠介 「本名言うだけだって。好きに呼んでくれていい」 彰利 「マイスウィートダーリン」 悠介 「それはダメだ」 彰利 「どうしろってのよダーリン!」 ウギャーァアアアと叫ぶ彰利。 こいつぁ既に変わる以前の問題だ。 悠介 「朧月和哉。それが俺の元の名前だ」 彰利 「カズヤ?ほへー、そうなん?」 悠介 「凄まじく興味なさそうに言うなよ……」 彰利 「俺には関係ないね!アナタはアタイの悠介YO!」 悠介 「───サンキュ」 ポン、と軽く肩を叩いた。 彰利 「───!」 ドシャア。 彰利 「お、おろっ……!?」 すると、彰利が倒れて尻餅をついた。 彰利 「な、なんだこりゃ……力が入らんタイ……」 それでもふざけるのは止めないらしい。 悠介 「………」 ───そっか。 そういえば本当に子供の頃、本当の親が言ってたっけ。 『わたしたちの家系の力は、月の力を蝕む力だ』って。 親父殿……父さんはこの力をムーンイーター……月蝕力って言ってたっけ。 いや、あの人はあの人でいい加減だったしなぁ。 カオス・エクリプスとか混沌なる月蝕とか、なんでも名付けるのが好きだった。 そのくせぶっきらぼうで、物事への執着はとんと小さな人だった。 悠介 「悪い、今の俺には近づかない方がいいみたいだ」 彰利 「な、何故!?」 悠介 「俺の本当の家系知ってるんだったら、能力くらい知ってるだろ?」 彰利 「ウィ?月蝕力だろ?それってば───ってそうじゃん!     月操力とか家系の腕力とかその存在自体も消しちまう力だったじゃん!     ゲェーッ!ゲェーッ!     そんなダーリンに育ってしまったというのなら、     俺はこれからいったい誰を愛していけばいいの!?     もうどうすることもできーんっ!今すぐ力を封印しろダーリン!     俺は貴様をそんな子に育てた覚えはないわよ!?」 育てられてないわい。 彰利 「ああまあ、それは気をつけりゃあいいんだろうけどさ。ところで───」 チラリと視線を横にずらす彰利。 彰利 「あいつ、どうすんの?」 彰利の視線の先には、当然とでもいうようにゼノが居た。 もともと地上に実態を持たない存在であり、 強烈なイメージとともに『必要だ』と鮮烈に弾けさせた理力は、 彰利の時と比べれば軽いものだった。 もちろん閉じかけた意識が持ち堪えられたのは奇跡以外のなにものでもない。 ゼノ 「………」 彰利 「うわ、めっちゃ睨まれとるよアタイ……!どうすんのよダーリン!     今攻撃されたら死ぬじゃない!     アタイ、さっき触られた拍子に力が底尽いたわよ!?     悠介がやるの!?でも月蝕力ってアレだろ!?家系以外に通用しないんだろ!?」 ドスッ。 彰利 「ウォキャアッ!?」 悠介 「やかましい」 彰利 「あうぅう……あうぅう……いきなり脇腹に貫手は勘弁プリーズ……」 悠介 「……ゼノ、これからどうする気だ?」 ゼノ 「弦月彰利と戦う。……と、言いたいところだがな。     今の貴様は弱体しすぎている。これでは楽しめぬことは目に見えて明らかだ。     ならば日を改めることこそ必然。故に───」 フッ、と笑って俺と彰利を見るゼノ。 なんだか最初の頃と随分イメージが違う。 ゼノ 「貴様の家に住まわせてもらおう」 悠介 「───は……?え?あ、なぁあああっ!!!?」 彰利 「なにぃぃいいいいいっっ!!!?」 ゼノ 「せっかく感情というものを手に入れたのだ。     それを育む場所として、これほど都合の良い場所など他に点在せぬ。     ならばそこで貴様の復活を待ちつつ生きるのは当然だろう?」 彰利 「───」 悠介 「───」 ドシャア。 ゼノ 「む?どうした人間。何を倒れる」 ───は、ははは……。 なんでこうなるんだよぉ……。 ショックと呆れる思考の中で俺は考えた。 結局俺は、こういうことに巻き込まれやすい体質なのだ、と───。 Next Menu back