───魔獣(まじゅう)───
ゼノ 「貴様……!我と戦う気で居たとは思わなんだぞ……!しかも不意打ちとは……!     よくも我が顔に汚らしい靴などを投げつけてくれたな……!」 悠介 「違う!あのなぁ、この世界ではお前が死神だってことは禁句なの!     それ言ったら文化祭どころじゃなくなるだろうが!」 ゼノ 「ぬ……」 悠介 「とにかく!自分が死神だってことは言わないこと!───OK!?」 ゼノ 「……まあよかろう、今回は我の失態だったようだ」 ゼノがクククと笑いながら去って行く。 絶対、あいつを連れてきたのは失敗だった。 悠介 「ああ、いいいい……もう考えるのはよそう……」 頭を軽く振り、俺はその場から─── 女生徒「ねぇ聞いた!?さっき彩奈が空飛ぶ女の子を見たって!」 女生徒「聞いた聞いた!智子も見たらしいよ!?」 ……うわぁ、いや〜な予感……。 ま、まさかルナ……じゃないよなぁ? 女生徒「なんでもツインテールの女の子だったとか!」 どしゃぁっ! 女生徒「きゃあっ!?」 女生徒「なにっ!?」 ───ツインテールって……み、水穂……? 女生徒「あの……大丈夫ですか?」 悠介 「いや……なんでもないから……」 なんてことだ。 ついヅッコケてしまった。 悠介 「それじゃ、失礼……」 チャッと手を挙げて足早に逃走を図った。 ぬおお、なんてこった……! こういうのは彰利の役目だろ、ってそうじゃなくて……! くんっ─── 悠介 「お?」 ふと、引っ張られる感触。 振り返ると───………… 悠介 「…………どちらさまで?」 水穂 「ボクですよぅっ!」 悠介 「へ?……み、水穂ぉっ!?」 水穂 「髪解いたくらいで見間違えないでくださいっ!     この前ちゃんと見せたじゃないですかぁっ!」 悠介 「そりゃそうだけど……出る時はツインテールだったじゃないか」 水穂 「…………噂、聞きました?」 悠介 「噂って?」 水穂 「……空飛ぶツインテール……」 悠介 「ああ、なんかそんな話聞いたけど───ってやっぱりお前か!」 水穂 「あぁあ違うんですよぅ!ボクは被害者ですよぅ!     ゼノさんがボクのこと抱えながらここまで飛んできて、     しかも姿消したままで空飛ぶものだから、     ボクが飛んでるみたいに見えたらしくて───!」 悠介 「………噂は収まらずに広がる一方だからツインテールをやめた、と……」 水穂 「はうぅ……ボク、奇人でも変人でもないですよぅ〜……」 いや、そんな涙をだぅー……って滝のように流されても……。 悠介 「ああもう、泣かない泣かな───はっ!」 あ、危ねぇ! また頭撫でるとこだった! フゥ、オチオチ慰めの言葉もかけてやれねぇぜ……。 水穂 「どうして顎を拭って間一髪って顔してるんですか……」 悠介 「安心を得ていたんだ」 水穂 「うぅ……」 悠介 「でもまあ確かに家に帰るまでは髪はそのままの方がいいな。     いつ何処で空飛ぶツインテールの正体見たり!なんてことになるか……」 水穂 「……楽しんでないですか……?」 悠介 「全然そんなことはないぞ」 水穂 「うう……」 悠介 「ほら、せっかくのお祭り場なんだから泣くのはここまで。     遊んできなさい、滅多にないぞ」 水穂 「………」 悠介 「捨て子猫のような顔で見上げるな」 それは一種のペナルティですぞ。 出掛けた手を掴んで耐える。 ぬおお、こんなにも頭撫で好きだったとは。 水穂 「おにいさんは行かないんですか?」 悠介 「行くぞ。って言ってもうろついてみなきゃ解らんからまずは回る程度だけど」 水穂 「同行していいですか?」 悠介 「んー……あまりオススメはしないぞ?」 水穂 「?」 悠介 「どうして?って顔だな」 水穂 「はい」 悠介 「まず、俺はまだルナにもセレスにも遭遇してない。     ゼノとはさっき会ったが、また会わないとも限らないし───     なにより変態オカマホモコンを放置してきた。     まず間違い無くあの馬鹿は現われるだろう。     だけど一番の問題は彰利じゃなくて───」 ワァッッ!! 水穂 「きゃっ!」 悠介 「ッ!!」 な、なんだぁっ!? 歓声……!? 水穂 「なんでしょう……」 悠介 「……行かないことを提案する」 水穂 「えぇっ?ど、どうしてですか?」 悠介 「直感だ。まず間違い無く厄介事が起きてる」 水穂 「むー……あ、じゃあボクちょっと行って見てきます」 悠介 「なっ───ばかっ!やめろ!」 水穂 「〜♪」 俺の忠告も聞かずにてってけて〜という擬音が似合っていそうな走り方で去る水穂さん。 悠介 「ああもうっ!」 結局こうなるわけだ。 このまま逃走を図るのもアリだったというのに。 何を思ったのか、俺の体ってやつぁどうしてか走り出しちまった。 校舎裏を抜け、少し走ると人だかりが見えギャァアアアアアッ!! 男  「すっげー……なにアレ、何かで吊ってあるわけ?」 男  「知るかよ、でもすげーよな、ピアノ線とか見えねぇぜ?」 女生徒「誰……?あの人」 女生徒「さぁ……」 その場に居る全員が見つめる先の景色。 そこに、あの馬鹿は居た。 ルナ 「───……」 空中に、立つような感じで浮いている死神。 その様子を見るだけで、あれはルナではなくフレイアだと解った。 根本的に表情が違うのだ。 ルナは脳天気っぽい顔をしているが、フレイアは悲しさにも険のある表情をしている。 今の彼女が正にそれだ。 ルナ 「───?」 ふと何かに気付いたのか、フワリと移動を開始した。 ていうか───え? 俺の方、向いてないか? とか思うや否や、フレイアは突っ込んできた。 悠介 「どぅわっ!」 速度を緩めることなくおれにを抱き、地面から離れた。 悠介 「うわっ、ちょ───やめてくれ!俺は足場の無い高所恐怖症気味なんだっ!」 ルナ 「怖がらないで。離したりはしないから」 悠介 「解ってるけど恐怖ってのはハイそーですかって絶ちきれないのっ!」 ルナ 「……ふふ、臆病なのに気丈なところもそっくり……」 悠介 「似てる似てないは関係ないだろっ!とにかく降ろしてくれ!」 ルナ 「そうね。それじゃああそこの石の上にしようか」 悠介 「石?って校舎!?」 ルナ 「どうでもいいわ、名前なんて」 ヴオッ!! 悠介 「ひぃっ!?」 風が頬を撫でる───ていうか切れるって! これ切れる勢い!死ぬってマジで! だぁあああああ止まれ止まれ止まってぇええええええええっ! 地面が!潰れる!死ぬ!とまれ!おわっ!おわぁああっ! ルナ 「♪」 ブゥアァアッ!! 悠介 「───っ!」 地面スレスレで、その勢いは空へと登った。 あ、危ねぇ……! 鼻、掠ったぞ……!? ルナ 「はい、ここでいいわね?」 屋上に足を着く。 ああ、もう二度と空に飛びたくなんかないぞ俺は。 悠介 「……それで、何の用だよ」 ルナ 「うん?んー……フフフ、用なんて無いわよ」 悠介 「なっ───」 ルナ 「ウソウソ、冗談」 悠介 「………」 ルナ 「そう睨まない。久しぶりの感覚ばっかりだったから動きたかったの」 悠介 「……慣れてないってことか?」 ルナ 「そういうことになるわね」 悠介 「それってさ、     失敗するかもしれない急旋回に俺を巻き込んだってことにイコールするんだけど」 ルナ 「あれは自信があった。うん、あった」 目の前の死神はクスクスと笑う。 イカン、やっぱこの人ってルナとは根本が違う。 ふざけたことを言っているわりに、目が酷く冷静だ。 ……冷静にふざけてるなら話は別だが。 ルナ 「……空気、また汚れた?」 悠介 「さあ。昔っからこの空気で生きてるからな。違いなんて解らないよ」 ルナ 「そっか」 俺の隣に腰掛ける。 そして大きく空を見上げながらポテッと倒れた。 ルナ 「んー……いい天気」 悠介 「ひとつ訊いていいかな」 ルナ 「いくつでもどうぞ」 悠介 「うん……あんたの名前は?」 ルナ 「ゼノから聞いてるでしょ?」 悠介 「確認のためだよ」 ルナ 「そっか。わたしはフレイア=フラットゼファー。     一応、ルナちゃんの母親───ってことになるかな」 悠介 「ルナ……ちゃん……」 ルナ 「カワイく呼びたいし」 悠介 「……一瞬、言いようの無い殺気を感じたんだけど」 ルナ 「ええ、一瞬、意識を奪われそうになったわ」 ……外でも内でも壮絶なバトルやっとんのですかアンタらは。 悠介 「父親はやっぱり」 ルナ 「望月恭介。家系、望月の息子さん」 悠介 「好きだったのか?」 ルナ 「ううん」 悠介 「え?」 ルナ 「……愛していたわ」 悠介 「…………あのさ、ルナの顔でそういうこと言われると妙な気分なんだけど」 ルナ 「ヤキモチ?」 悠介 「いや、気色悪い」 ルナ 「───」 悠介 「うおっ!?」 一瞬、ルナ───いや、フレイアのコメカミに青筋が! 思いっきり殺気を感じたぞ今! ルナ 「あんまり迂闊なことを言わない方がいいみたいだけど?」 悠介 「今ので痛感した……」 二度と言うまい。 悠介 「それでさ、結局その……望月恭介はどうなったんだ?」 ルナ 「……殺されたのよ、ゼノに」 悠介 「え?」 ルナ 「わたしが恭介と一緒に歩きたい、     なんて言わなければこんなことにはならなかった。     ゼノは不安定な魂の恭介を狙って巧くそそのかして、それで……恭介を殺した」 悠介 「………」 ルナ 「わたしは怒ったわ。怒りで自分がどうにかなってしまうんじゃないかと思った。     辿り着き様に“闇薙の斬命鎌(ダークイーター)
”でゼノの片腕を切って、怯んだ隙に殺した。     いいえ、殺した筈だった。───でも生きてた。恭介の体を媒介にして……」 悠介 「原因不明の死亡だ、って聞いてはいたけど───そんなことが……」 ルナ 「もっと注意深くあるべきだった。     どうして恭介の遺体をそのままにしておいたのか……思い出すほど情けない」 悠介 「それは……」 ルナ 「……気にしないで、吐き出したかったし。     訊かれておいてなんだけど、訊いてくれて嬉しかった。     ───……それで、質問はこれで終わり?」 悠介 「ひとつだけ。……アンタ、強いのか?」 ルナ 「……言ったでしょ?ゼノを殺したって。大体の存在には負けないわよ」 悠介 「……どうして俺の知ってる女ってのはこう強いんだか……」 ルナ 「うん?なにか言った?」 悠介 「いや全然」 ルナ 「んー……まあ、いっか」 フレイアはクスクスと笑う。 そして真っ直ぐに俺を見つめて言った。 ルナ 「ねぇ」 悠介 「ん?」 ルナ 「ママって呼んで!」 ブフゥッ! ルナ 「わっ」 悠介 「な、何を言い出してんじゃいオラァーッ!」 ルナ 「だって、ルナとくっつけばわたしはホラ、ママじゃない?     一度言われてみたかったのよー」 悠介 「却下!大体俺がルナとくっつくだなんて誰が決めた!」 ルナ 「……娘は嫉妬深いわよ?」 悠介 「それが……?」 ルナ 「忘れた?あなたの命、ルナが握ってること」 悠介 「?」 ルナ 「……魂結糸」 悠介 「───ああっ!」 ルナ 「フラレたら切っちゃうかもねー。繋げておく意味がなくなっちゃうしねー」 悠介 「くはっ……!」 な、殴りてぇ……! 女じゃなかったら殴ってるぞチクショウ……! 悠介 「認めないし絶対言わん!誰が言うか!」 ルナ 「簡単じゃない、ママって言うだけよ?」 彰利 「ママーッ!」 ボゴッ! 彰利 「へぶしっ!」 ルナ 「さあ、スパッと言ってしまいましょう♪」 彰利 「ママーッ!」 ドボッ! 彰利 「いぶしっ!」 ルナ 「ほら早く」 彰利 「ママーッ!」 ガコォッ! 彰利 「ギャーァアア!」 ドシャア。 ルナ 「……なに?この馬鹿」 悠介 「俺に訊くな。こっちが知りたい」 彰利 「うう、聞いてよママー!ママがぶつんだー!     せっかく貴様の願いを叶えつつ隣人寮生の真似してたってのにー!」 悠介 「訳解らんぞ」 彰利 「まったくだ。そしてルナっち、暴走はいかんぞ暴走は。     いくら悠介がカワイくてキュートだからってママになりたいなんてけしからん。     そういうことは真のママであるこの俺の屍を越えてから言え」 ルナ 「全力で行くわよ?」 彰利 「ごめんなさい、勘弁してください」 悠介 「諦めるの早ッ!」 ルナ 「それにわたしはルナじゃなくて、母親のフレイアだから。     そこのところは気をつけてね」 彰利 「なにぃ、それじゃあ一言言っておくけどさ」 ルナ 「なに?」 彰利 「貴様どういう育て方しやがったんじゃいコラァーッ!     人のマイスウィートダーリンの魂を掌握するような真似しやがって!     世が世なら男塾名物油風呂でカラッと揚げたいくらいだぞ!?     俺の青春もなんぼのもんじゃーいっ!」 知るか。 ルナ 「だってわたし育ててないし」 彰利 「放置プレイ!?だからあんな捻くれた子に育ったんか……!     ママっちは知らねぇんだろうけどな、     ルナっちってばスラムでストリートファイトやって食い扶持稼いでるのよ……?     敗北した日なんてピンクチラシ張ったりして警察に連行されて……」 悠介 「そりゃお前だろうが!」 彰利 「バカヤロコノヤロオ!いくら俺だってそんなことするか!     せいぜいプードルの毛をバリカンで剃って羊毛だって言って売るくらいだ!」 悠介 「やりすぎだ馬鹿者ーッ!」 彰利 「なにをぅ!?これでも稼げてるんだぞ!?」 悠介 「大体スラムの話をしてんのにどうしてピンクチラシが出てくるんだよ!」 彰利 「スラムにも貼るところくらいあるだろが!電話ボックスとか!」 悠介 「あるか!」 彰利 「なにぃ!?そりゃ確かに無茶な話かもしれんが稼げてるんだぞプードルで!」 悠介 「お前犬なんて飼ってないだろ!?」 彰利 「グフフフフ、実は貴婦人の家に忍び込んでは地道に剃ってたのよぅ……。     犬は吼える前に俺の放屁(三日分を瓶に凝縮)で失神へと導き、     あとは闇に紛れて生きる妖怪人間の如く密かにショリショリと剃ったのよ……!     そしてそれは『プードルっぽい羊毛』として闇市場で7万で売れるのよ……!」 悠介 「嘘っぽいけど7万はすごいな」 彰利 「ペソだが」 悠介 「やっぱペソかよ!」 彰利 「ちなみに犬への失神手続きは、     クロロフォルムを使わないところが定式への挑戦だ」 悠介 「普通はクロロフォルムも使わねぇよ!     それよりも放屁で行ったことがまず馬鹿だ!」 彰利 「俺の放屁はレタスパワーを秘めているからな。安眠効果抜群だったんだろう。     見ろ、俺の放屁の前では伝説の気力を誇るゴキブリでさえグッドナイトだ」 ブリッ! ───パタッ。 悠介 「死んでる!思いっきり死んでるぞコレ!」 彰利 「このように瞬時に安眠できます。     害虫を眠らせて被害を抑える特殊散布剤『彰利の屁』。     特許価格の750円です。     が、今日は特別に一週間履きっぱなしの靴下もつけて750円!     これはお買い得です!ただし使用上の注意をよくお読みください。     ヘタすると安眠した後、永眠してしまうことになります。ていうか永眠します」 悠介 「やっぱ死ぬんじゃねぇか!」 彰利 「大丈夫大丈夫!ホラ、使用上の注意をよく読んで!     まずコルトパイソンを用意して、蓋を開けたと同時に自害します!これで最強!」 悠介 「うわぁすげぇ殺す気満々だーッ!」 ルナ 「騒いでるとこ悪いけどさ」 彰利 「わぁっとるわぁっとる、話が逸れてると言いたいのじゃろう?     ママって呼ばないから帰れだそうだ」 悠介 「テコでも言わん」 ルナ 「むー」 彰利 「さあダーリン!話が終わったんならちょっと来てくれ!」 悠介 「へ?な、なんだよ」 彰利 「按ずるより産むが易し!来てみれば無問題YOー!」 悠介 「いやっ……だから引っ張る───おわぁああっ!!」 ガチャァッ!バタンッ! ルナ 「………」 騒がしく屋上を去ったふたりを見送った。 というよりは驚いている内にさっさと行ってしまった。 ルナ 「───賑やかね、この時代は───」 小さく溜め息を吐くと、苦笑にも似た笑みを浮かべて─── わたしは、この穏やかな世界で彼と出会いたかったと呟いた。 ───。 彰利 「ヨゥメェーンッ!劇ってのはいつやるんだーい!?」 悠介 「女だろうが」 彰利 「ヨゥウーメェーンッ!劇ってのはいつ」 悠介 「言い直すなっ」 彰利 「だったらいちいちツッコムんじゃありません!」 連れ去られてからのことだ。 突然劇やってるらしいから見るべー!と叫んだ彼が俺を振りまわしつつ訪れた場所。 そこは体育館を使っているらしかったのだが、 なにやらトラブルがあるらしく遅れているらしい。 女生徒「すいません、もうしばらく掛かりそうで……」 声  「やっぱりダメだよ……怪我したんじゃ役が足りなくて───」 彰利 「役が足りんとな!?」 女生徒「え?」 彰利 「うっし、そういうことなら手伝おうじゃねぇの。     こちとら演技の程はもはや仮装大賞であっさり落選出来る腕前ぞ?」 女生徒「それってダメじゃないですかーっ!」 彰利 「馬鹿女郎!やる前からダメとか言ってどうする!     こういう時は団結して物事をこなしていくべきだろうが!」 女生徒「あ───そ、そうですよね!その通りです!」 彰利 「そうだその調子だ!やっぱ団結して物事を成し遂げることは浪漫だろ!     よーし女生徒よ!その調子で開始直後に『もうダメだーっ!』て叫ぶんだぜ!?」 女生徒「やっぱりダメじゃないですかーっ!」 彰利 「ああもう!違う違う!開始してから言うんだって!馬鹿にしとんのか貴様!」 悠介 「馬鹿にしとんのはお前だろうがーっ!」 ドゴォオンッ! 彰利 「ギャーオゥウウッ!!」 ドガッ!グシャッ!ゴロゴロズシャーッ! 彰利 「がぼっ、がぼっ……」 拳が唸りを上げたと同時にバウンドしつつ転がり滑ってスモーキーの真似をする彰利。 そんな彼に来客用スリッパを投げつけて良い音を鳴らした後に女生徒に向き直る。 悠介 「事情を話してみてくれないか?もしかしたら力になれるかもしれない」 女生徒「え?でも……」 彰利 「なに、遠慮はいらねぇ。大丈夫大丈夫、暮らし安心よ。     俺達にどーんと任せなさい。     この機に乗じて電話番号とスリーサイズとか、     その他を小一時間かけてじっくり訊こうだなんて微塵にも思ってないから」 悠介 「頼む、黙ってろ……。お前が言うと冗談に聞こえない……。     そして不条理な復活を果たさないでくれ……」 彰利 「なにをぅ!?あ、気をつけてね女生徒Aよ。     この男、こんな顔してるけど家じゃハーレム気取って6人ものオナゴをハベら」 ドボォッ! 彰利 「ハングァハッ!?」 悠介 「人聞きの悪いこと言うな馬鹿!」 彰利 「じょ、じょーくやがな……!     ジョ、ジョーク!ジョッ!ここはジョークアベニュー!」 女生徒「あの、実は王子役をする筈だった娘が指を切っちゃって……」 彰利 「無視でいきなり深刻問題かよ!って、指?なんでまた」 女生徒「えっと……ケジメをつけたかったそうです……ちょっと極道マニア入ってて」 彰利 「………」 悠介 「………」 顔を見合わせたのち、だはぁ、と息を吐いた。 どんな女だよまったく……。 女生徒「今はいつも一緒に居る娘が診てるらしいですから、それでいいんですけど……。     じつはその人が、お姫様役だったり……」 超微妙な顔つきで語る女生徒。 その顔はもうどうとでもなりやがれって感じだった。 悠介 「代役は?」 女生徒「いまからやってもセリフ憶えられませんよ。     べつに書割に傷つけたからってエンコ切りに走らなくても良かったのに……」 彰利 「マジで切ったの!?」 女生徒「未遂に終わりましたけどね。今度は痛みで失神しちゃいました……」 うわぁ……。 女生徒「もう……オジキ、ケジメとらせていただきやすです!じゃないってばぁ……」 だうぅー、と涙を流す女生徒。 彰利 「まあなっちまったもんは仕方あんめぇ。どれ、俺様が持ちなおさせてやろう」 女生徒「そうは言ってもですね……」 彰利 「王子様役が空いてるんだろ?姫さんには戻ってきてもらうとして───。     そして役交代で俺が姫になろう、譲れねぇ、姫は俺だ」 女生徒「ええっ!?」 彰利 「フフフ、俺の姫っぷりっていったら凄まじいぜ?     なんてったって鏡に問い掛ければ鏡が自ら崩壊を望むほどだ。     見ていてごらん?鏡よ鏡よ鏡さ」 パリーン! 女生徒「キャーッ!本当に割れてるーっ!」 彰利 「ちょっと待てコラ鏡この野郎!訊ねる前に自害ですか!?」 しかも姫というよりはそれを妬む魔女っぽい扱いだ。 彰利 「うん、まあそれは銀河の彼方へすっ飛ばすとしてだ。     どれ、ちょほいと台本見せてみ?チェックしてみよう」 女生徒「うー……」 嫌そうな顔をするも、女生徒は台本を渡す。 それに目を通す彰利の顔は真剣そのものだった。 彰利 「うむうむふーん、ふむふむほほー、へー、ふーん……───ボツ」 びりゃぁっ! 女生徒「キャーッ!?」 悠介 「うわーっ!なにトチ狂ってんだお前ーっ!」 満面の笑みを前に、分厚い台本は彰利の怪力によって裂かれた。 彰利 「甘い!ハッキリ言って甘すぎる!     こんな内容でお客様を持て成す気で居ただなんて、     素晴らしすぎて感動しつつ拍手喝采したくなるわ!」 悠介 「いいだろそれで!いいじゃないかそれ!」 彰利 「だめだ、ギャグがない」 悠介 「劇で笑いに走るヤツが居るか!」 彰利 「お馬鹿!舞台は人々の心を掴まなきゃいけないのよ!?     定式通りにやってってもねぇ!     感動させることは出来ても笑わせることなど無理よ到底!」 悠介 「感動メインの内容だっただろうが!」 彰利 「だめだ、ギャグがないなら俺は盛り上がらんし泣かん」 悠介 「くはっ……」 女生徒「………」 彰利 「なんなら少しだけでも見せてくれるかね?正直な感想をプレゼントしよう」 女生徒「───わかりました。わたしたちだって練習したんです。     それを否定されるのは費やした時間への冒涜です」 彰利 「よし、よく言った!」 女生徒「麻実、静香、手伝って」 麻実 「うん」 静香 「綾子、序盤でいいの?」 綾子 「うん。この人達が審査してくれるって」 達って……俺も!? 彰利 「───」 何故か彰利が同情にも似た、だけど誇らしげな笑顔で俺の肩を叩く。 なんか知らんけどムカツいた。 が、すぐにでも始めるそうなので忘れることにした。 ───そして、劇が始まった。 彰利 「おーいおいおい……おーいおいおい……」 悠介 「泣くの早ぇよ!ホントに始まったばっかだろうが!」 彰利 「ちくしょう泣かせるぜ……!やってくれたぜあの三人……!     でもギャグが無ぇからボツ」 悠介 「自分でやれって言っといて始まった途端にそれかい……!」 彰利 「もうアレだな、俺が舞台を作っちゃる。その名も美女と魔獣」 悠介 「おいおい、パクリはマズイだ───魔獣!?」 彰利 「そう。ある日、魔獣を産んでしまった美女が闇市場の売買人に魔獣を誘拐され、     それを取り戻すべくウェスタンラリアットとサミングのみで闇市と戦う物語だ」 悠介 「どんな美女だよそれ!」 彰利 「当然俺が美女を務めるわけだが」 悠介 「お前がやる時点で美女じゃねぇよ!」 彰利 「なにぃ!?その言葉、後悔することになるぞ!?     こんなこともあろうかとハリウッドの特殊メイク実行者を連れてきてあるんだ!     これで俺もあっという間に美女ぞ!?」 悠介 「………」 彰利 「んじゃ、いってきまーす♪」 自分勝手に話を進めた彼はとっとと物陰に隠れていく。 その先でなにやらゴソゴソと蠢き、10分くらい経った頃。 彰利 「おまたー!」 彰利は現われた。 綾子 「わぁ……!」 女生徒が歓声を漏らす。 確かにメイクのおかげか、随分女らしく仕上がっている。 彰利 「どーよ!この美しさ!もはや振り返って嘔吐する者なぞ皆無!     この顔立ち!付け毛で足したサラサラヘヤー!     そして何故か剃ってないスネ毛!どれを取っても絶世の美女ぞーっ!     非の打ち所の無いアタイって、つ・み・づ・く・り♪」 悠介 「いや剃れよスネ毛!」 彰利 「どっかに雄々しき部分がないとみんなが俺にホレちゃうじゃない」 悠介 「惚れるか!キモイわ!」 彰利 「まあまあ」 悠介 「……なぁ、この企画から降りていいか……?」 彰利 「だめだ」 ああ、やっぱり……。 断られることなんて目に見えていた……。 彰利 「じゃあまずは美女が戦う前に服を筋肉の隆起で破るシーンね?」 悠介 「入れるなよそんなシーン!客が泣くぞ!?」 彰利 「何を言う、土壇場になればどんな美女だってアグレッシヴになるもんだぞ?     ぬぅううん!爆肉鋼体ィイッ!」 モコモコ……ムキムキ……! 彰利 「ぬぉおおおおおおおおっ!!100%中の100%ォッ!」 ベリャアッ!ビリビリィッ!! 戸愚呂(弟)のような掛け声を上げて筋肉の隆起のみで服を破る目の前のバケモノ。 その時俺は、心底ここから逃げ出したいと思った。 彰利 「さあ、ここから幕のスタートだ」 悠介 「全然土壇場じゃねぇだろうがよ!!」 彰利 「実は開始した時には既に夫のマートンが借金残して夜逃げしたところでな。     第一章はそいつに保険金かけて始末するところから物語が始まるんだ」 悠介 「いやぁあああっ!なんかすっげぇ現実的だぁああっ!」 彰利 「ちなみに殺陣は血のりの代わりにセレス殿の吐血を使う。     とっても経済的でリサイクル精神も向上する良い方法だと好評です」 悠介 「満面の笑みで鳥肌立つようなこと言ってんじゃ───ホントに見せんでいい!」 彰利 「鬼は外ー!」 パーンッ! 悠介 「ギャーッ!!」 彰利 「フフフ、見よ。当たったら破裂するように細工されたビニール仕様。     これで鬼も一目散よ。ていうか泣いて逃げることだろう」 悠介 「どーすんだよコレ!服が血だらけじゃねぇか!」 彰利 「ノープロブレム!さっきはああ言ったが、その実は血のりだから」 悠介 「わぁ、ホントだ安心だー♪ってナルト混ざってるぞナルト!」 彰利 「そりゃあね、今日のこの日のために俺が吐いた血だし」 悠介 「やっぱ血じゃねぇか!殴らせろてめぇええっ!」 彰利 「はっはっは、ノリがよくなったねぇダーリブボゥッ!」 悠介 「代えの服なんて持ってないんだぞ!どうすんだよコラァッ!」 彰利 「イヤァア落ち着いてーッ!ちゃんと考えあっての行動だから勘弁プリーズ!     お姫様衣装があるらしいからそれ着ててくれ!クリーニングに出しておくから!」 悠介 「おのれはっ!また俺に女装しろってのか!?」 彰利 「役衣装なんて女装のひとつにも入らないだろうが!いいから着ろ!」 悠介 「ぐっ……!」 綾子 「あ、着付け手伝いましょうか?」 悠介 「……どうしてそんな嬉しそうに言うんだよ……」 綾子 「え?や、ははは……」 溜め息を吐いた。 長く長く吐いた。 そして覚悟を決めた。 もう一度なっちまえば諦めもつくだろ……。 ───そしてツッコミたかった。 いや、ツッコもう。 そうするべきだ。 悠介 「どうして化粧までするんだ」 綾子 「すいません、化粧の塗り方とかまだ練習中なんですよ。     だからここは練習に手伝ってもらえませんか?」 悠介 「………」 彰利を睨む。 すると彰利は満面の笑みで───いや、憎たらしい笑みで微笑んだ。 悠介 「……お前さ、もしかして最初っから仕組んでなかったか?」 彰利 「馬鹿な。そんな器用な男じゃねぇのよ俺ゃあ」 悠介 「そうか……?」 彰利 「そうだとも」 納得いかない状況の中でメイクは終わり、立ち上がるように促されると俺は立った。 彰利 「───!ひ、姫ぇええっ!」 悠介 「ハイヒールシュートォッ!」 ザキャァッ! 彰利 「ぐあぁあああっ!!」 ぶしーっ!と血が舞いあがった。 彰利 「ゲェーッッ!俺の顔がオリバのように!     ダーリンてめぇいきなり人の顔ハイヒールで蹴るなんて!     てめぇはアレか!?ヘクター・ドイルか!?」 悠介 「黙れ!冗談でも茶化すようなこと言うんじゃねぇ!     今度人のこと姫とか言ってみやがれ……!     冗談抜きで逝屠みてぇに消すぞコラァ……!!」 彰利 「うわぁキレる直前だァーッ!落ち着いてダーリン!勘弁!」 悠介 「……はぁ……なんだってこんなことに……!     やっぱ断っときゃよかった……!」 彰利 「まあまあそんな投げ遣りな口調にならんと。     いいじゃない、今キミってば輝いてますぞ?」 悠介 「精神面の問題じゃあっ!お前の精神と同等に考えるなボケ者ッ!」 彰利 「わぁ、不安定な心になってますなぁ」 綾子 「綺麗じゃないですか、似合ってま」 ギロリ。 綾子 「あ───えと……ははは……!」 悠介 「……なぁ、靴くらい来客用スリッパを持ってくればOKだったんじゃないか?     なにもこんなハイヒールなんて履かなくてもさぁ……」 彰利 「馬鹿野郎ダーリンこの野郎!     姫さんスタイルは生足が拝めない分、     見える部分に気を配るのがスタイリストの仕事だろうが!     それを『こんな』呼ばわりだなんて……!政府の回し者か貴様!」 悠介 「政府は関係ねぇ!ていうかいつからスタイリストになったんだお前は!」 彰利 「デビルメイクライをやったその時点でスタイリッシュに目覚めたんだ」 悠介 「意味が違うわ!帰る!俺はもう帰るぞ!」 彰利 「その格好で?」 悠介 「───」 ……本気で泣きたくなる瞬間って、こんな時なのかなぁ……。 そう思いつつ、俺はホロリと涙を 彰利 「さ、舞台を始めましょう!」 悠介 「流させろこの野郎」 彰利 「ダメじゃない悠介、ビッグをした後はちゃんと流さないと」 悠介 「そういう意味じゃないっ!」 彰利 「もちろんスモールでも流さないとダメだぞ?」 悠介 「人の話を聞けよ!」 彰利 「舞台使用時間はいつまで?」 綾子 「あと……2時間程度ですね」 彰利 「うっしゃ、急ピッチで進めよう。     行き当たりばったりの劇なんてスリル満点でこたえられんのぅ!     ってわけで、ノリとウケ狙いで言葉を選んで展開を進めていこう。     えー、ウェスタンラリアットとサミングという殺陣をするわけだから、     当然殺伐した物々しいバトルが展開されるわけだ。     だが男は俺と悠介しか居ない。女を殴るわけにはいかん。     リアリティを要求するためにマジで殴るから。     てなわけで───足りない男衆は俺が『四身の拳』でバックアップするとして」 悠介 「天津飯かお前は!」 彰利 「素人ならここで『残像拳』と言うところだが、     俺はそんなヘマをやらかすアマチュアじゃねぇのよ。     大体だな、残像拳じゃあ実体がないから大変じゃないですか。     倒れる仕種まで残像でやるとしたら俺の体力が持たねぇズラ」 悠介 「だからって四身の拳をやるかよ……」 彰利 「出来るわけねぇでしょ!?」 悠介 「だったら言うな!」 彰利 「というわけでこの企画は保留ぞ?」 綾子 「ええっ!?台本破っておいてなんですかそれ!」 彰利 「だーいじょうぶ大丈夫〜ン。     この千切れた台本をこう、このようにして……と。     あワ〜ン!あトゥ〜!あスゥリィィイイイイイイッ!!」 ギシャアア! 綾子 「キャーッ!?」 悠介 「おわっ!?」 彰利 「ホレ、これで元通りぞ?」 彰利が台本を見せる。 その台本は先ほどの物とは比べ物にならないほど……ていうかくっついてる。 綾子 「あ、あの……さっき顔が光りませんでした……?」 彰利 「はっはっは、おかしなことを言う娘ッ子じゃ。人の顔が光るわけあるまいて」 綾子 「で、でも確かに!」 彰利 「───そこまでだ。それ以上言うと……」 綾子 「───!」 彰利 「アタイ、アナタに恋してしまう♪」 ボギャア! 彰利 「デボイ!」 悠介 「お前ちょっとこっち来い」 彰利 「ギャア堪忍!許してダーリン愛してダーリン!     俺ってば別にダーリンのこと差し置いて恋をしようだなんてゲブボッ!     ゲェッ……喋り途中の人の頬を蹴りますか!?」 悠介 「いーから、こっち来い」 彰利 「ええっ……!?そっちは校舎裏……っ!?い、いけないわダーリン!」 ドボォッ! 彰利 「おっほぇっ!」 ガクッ……。 悠介 「そんじゃ、失礼しましたー!」 綾子 「は、はあ……」 ひらひらと手を振って別れを告げた。 その際にした笑顔が引きつっていたかどうかは自分の知るところではなかった。 Next Menu back