それは昔の物語。

ぼくらはまだ幼くて、互いが互いであることすら知らなかった蒼い季節。

日常はとても楽しくて、ただ走っていられれば幸せだった。

その日、ぼくは自分の家からそう遠くない山を登って、

その先にある原っぱに初めて訪れた。

何かを期待していたわけじゃなくて、ただ純粋に……家に居たくなかった。

そんな理由で訪れたこの場所で。

ぼくは、とても大切な時間を過ごすことになる。

夕焼けに揺れる一本の大きな木。

その下で、ひとりの少年と出会った。

どんな経緯があったのかはもう憶えていない。

だけど、ぼくはその少年に、ひどく懐かしさを憶えた。

それは少年も同じようで、ぼくらが友達になるのにそう時間は要らなかった。

そりゃあ、最初は殴り合った仲なんだけど。

けれどもやがて、ぼくらはその大きな木の下で会うことが日課になっていた。

別になにをするわけでもない。

ただどれくらいぶりかに笑いながら、追いかけっこをしていた。

お父さんやお母さんに殴られるのもそう苦じゃなくなってきた。

我慢すれば、また明日、会えるから。

痛むお腹をおさえながら、ぼくはいつだって木の下に訪れていた。

笑ったのはどれくらいぶりだろう。

人と話したのはどれくらいぶりだろう。

楽しくて楽しくて、ぼくはとても幸せだった。

春も、夏も、秋も。

ぼくらは笑いながら追いかけっこをした。

だけど───冬が訪れた時。

彼は、もう二度と姿を見せなかった。

だけどぼくはずっと待っていた。

また、少年が笑いながら訪れるのを。

だっておかしいじゃないか。

ぼくらはまだお互いの名前も知らなくて、お互いの家も知らない。

何より、まだ『さよなら』も言っていない。

だから───

雨に濡れても構わなかった。

親に殴られても我慢できた。

だけど……時々に思う。

ぼくと少年が過ごした季節。

あれはこの世界から逃げ出したかったぼくの弱い心が創り出した夢だったんじゃないかと。

そう考えたらますます不安になって。

ぼくは少年と一緒に埋めたものを確認したくなった。

不安に押しつぶされそうになりながら、大きな木の下の土に手を伸ばして。

けれども───掘っていた手は、いつしか動かなくなった。

夢でもいい。

たとえそうだとしても、ぼくの記憶には確かにあの少年の姿があるのだから。

……掘った土をもう一度かぶせて、やがてぼくは少年を待つ。

この夕焼けの景色に揺られる世界の中で、ぼくは長い長い夢を見た。

それはとても大切な時間だった。

日常がこんなにも楽しいことを教えてくれた少年。

笑うことを思い出させてくれた少年。

希望を持つことを教えてくれた少年。

大切な思い出だけど───ぼくはもう疲れてしまった。

……その季節は、とても大切な季節だった。

日常はとても穏やかで、ただ───少年と走っていられれば幸せだった。

けれど……その夢は儚く壊れやすい硝子細工の夢で。

触れてしまえば壊れるのはあっという間だった。

やがてぼくは人形のようにお父さんに殴られるがままに、泣いていた。

殴られているから泣くんじゃない。

ただ、子供のぼくだったけど、それだけは納得出来てしまったんだ。

───ああ、ぼくは……なにかとても大切なものを、失ってしまったんだ、と───

そのことがただ悲しくて。

お父さんに殴られる体は大して痛みも感じないのに。

ただ、溢れる涙が止まらなかった。

───……そんな懐かしい夢を……いつか、見た気がする───












───物語(ものがたり)───
【ケース01:晦悠介/秋の物語】 ───……空を見上げていた。 相変わらずその空は穏やかで、 この世にある不満など知ったこっちゃないと言い張るような穏やかさを見せていた。 屋上に吹く風は気持ちいい。 嫌な思いを流してくれる。 俺はただ屋上の出入り口の上の屋根(と言えるんだろうか)に寝そべり、空を見上げる。 授業に出るのも面白くない。 出たとしてもまた、あの鬱陶しい目で見られるだけだ。 悠介 「───はぁ」 つまらないことで現実に戻される。 日常は穏やかなだけマシだということは解ってはいるのだが、 どうにもつまらないことが多い。 その場から飛び降りて、屋上を去ろうとする。 彰利 「よっ、少年。元気でサボッておるかね」 と、出入り口に振り向いたその場所に馬鹿が居た。 悠介 「お前こそどうなんだ」 彰利 「俺か?そりゃもう激しく元気壮健万事快調!     我に鬱は必要無い!故に我は有り!モハメド・アリ!」 悠介 「アホゥ、なにしに来たんだって訊いてるんだ」 彰利 「え?ああ、やぁねぇダーリン。それならそうと早く言っておくんなまし。     アタイったらひとりで舞い上がっちゃってハズカシイじゃおまへんの」 悠介 「お前もサボリか」 彰利 「相変わらずハッキリ言うね、キミ」 悠介 「そりゃあ、お前との付き合いは長いからな」 彰利 「そ、そんな……アタイとの付き合いなん───《ドボォッ!》───ゲブボッ!」 悠介 「いいから……!さっさと用件を言え……」 彰利 「わ、わぁったよ……!     わかったから喋り途中のボディブロゥはやめろって……!」 体を折って痛がる馬鹿。 その名を弦月彰利という。 彰利 「いいか悠介。これから言うことに驚くなよ」 悠介 「……善処する」 彰利 「絶対だぞ!?そして願わくば満面の笑顔で頷いてイヤァアアアアアア!!     無言で去っていかないで!アタイが何をしたっていうのYO(ヨー)
!」 悠介 「だーっ!ふざけてないでさっさと言わんか!」 彰利 「なんだよー、今日は付き合い悪いなぁ。あ、もしかしてあの日?」 ドゴォッ! 彰利 「ネーヴェ!」 悠介 「アホかっ!ていうかネーヴェってなんだ!」 彰利 「お前こそなんだこの!     いきなり殴るなんて紳士の風下にも置けませんことよ!?」 悠介 「紳士になった憶えはない!」 彰利 「あ、なら奇術師?」 悠介 「それは言うな……結構イタイ……」 彰利 「ハハハ、気にすんなって。     いい能力じゃないか、マジックショーで金もうけ出来るぞ」 悠介 「やかましい」 カラカラと笑う馬鹿な友人を無視して、屋上から 彰利 「待たれよ」 逃げられなかった。 悠介 「………」 彰利 「まあそうシケた顔するな。お話はこれからじゃて」 悠介 「なるべく手短に頼む……」 彰利 「任せろ」 悠介 「……どういう返事だ、まったく」 彰利 「悠介」 悠介 「ん?」 彰利 「俺と結婚を前提に───《マゴシャア!!》───ゴブボッ!?     な、殴ったな!?ゴリラにも殴られたことないのに!」 悠介 「当たり前だ!馬鹿かお前は!ていうかむしろ馬鹿!断言するぞこの馬鹿!」 彰利 「馬鹿……?この俺が……?……フッ、そりゃ最高の誉め言葉だ」 ドチュッ。 彰利 「キャーッ!」 彼の瞳に目潰し(サミング)がヒットする。 悠介 「すまん、お前には馬鹿ですら生易しい」 彰利 「恐縮です」 悠介 「………」 彰利 「ぬう、どうしたというのだ悠介よ。     今日の貴様には覇気が感じられん。ま、まさかニセモノ!?」 悠介 「誰がニセモノだ。……まあ、ちょっと考え事しててさ。     鬱になるときくらいあるわな」 彰利 「なにぃぃ……そんなことでどうするのだ強き友よ。     立ち上がれ!立つときは今ぞ!今を()いて他に───ないのかな」 悠介 「知るか!」 彰利 「なぁなぁ〜、悠介サンYO〜。     キミが暗いとアタイもボケ甲斐が無いじゃないのさ〜。     立ちあがりなさい、ね?悪いことは言いませんよ?     今なら契約得点で高枝切りバサミもつけますからさぁ」 悠介 「……それでお前、契約するって言ったらどうするつもりだ?」 彰利 「フッ!愚問!」 手を背中に回して、ズオォオと高枝切りバサミを……って待て待て! 悠介 「どっから出したそんなもん!」 彰利 「ハーイ、キョウハコノ、     『トゥァックァウェッダキィーリドゥァッサME(ミー)』ノショウカイネー」 悠介 「聞けこら」 彰利 「オォットォオ〜……ンハハハハ、マアソウアセルナヨダニエル。     コレノコトガキニナルナラ、マアキケヨコノヤロウ」 悠介 「誰がダニエルだ」 ていうかそもそも高枝切りバサミなんぞどうでもいい。 彰利 「エー…………………………………………?     トゥゥァックァウェッダキィィィィリドゥァッサMEィイイイイイッ!!!」 どっかから『ワーッ!』とかいう歓声が聞こえてきた。 多分幻聴だろう。 悠介 「説明はどうしたんだ!」 彰利 「アッハッハ〜ァ、ホレミロ、ヤッパキニナルンジャネェカコノヤロウ」 悠介 「───」 彰利 「ギャアアア!ボウリョクハイカンヨコノヤロウ!     ナグルナラコノハサミヲツカッテカラニコノヤロウ!     ダイタイキサマガゲンキナイカラコノヤロウ!     デモアイシテコノヤロウ!」 悠介 「コノヤロウって連呼するな!」 彰利 「いやまあ冗談はこれくらいにして」 ヒョイッとトゥァックァウェッダキィーリドゥァッサMEをフェンスの先に捨てる彰利。 彰利 「それよかさ」 ドチュッ! 声  「ギャアアアアアアア!!!」 彰利 「逃げよう」 どっかから───否、下の方から叫び声が聞こえた。 確認するまでもなく、トゥァックァウェッダキィーリドゥァッサMEが原因だろう。 彰利が足早に屋上のドアを蹴り開けて逃走。 俺もそれに習って逃走した。 ───……。 ……。 彰利 「FUUUM(フーーーム)、なんとスリリングなお昼前よ」 爽やかな朝の日差しを浴びるが如く、彰利はぐぅっと伸びをする。 こいつと居ると日々飽きることはない。 ないけど疲れる。 しかも思いっきり。 まあそれでも退屈しているよりは相当マシだった。 彰利 「悠介、これからどうする?」 悠介 「さあなぁ」 彰利 「ぬう、ハッキリしないヤツだな。……でも、そんなところもス・テ・キ♪」 ドボォッ! 彰利 「ボッスィーッ!」 最初に言っておこう。 こいつはホモじゃあなければオカマでもない。 ただの馬鹿だ。 確実に女好きだし、好きな女性も居る。 まあ後者は憧れにも似たものなんだろうけど。 彰利 「はぐぉぁはぁああああ……!!だ、だからボディはやめろって……!」 悠介 「やかましいっ!」 彰利 「んもう、冷たいのね。そんなところもギャアア!     嘘!冗談!好きだけど殴らないで!アタイのお腹には悠介の子供が」 ゴスンッッ! 彰利 「くほっ───」 顎に思いっきりナックルをキメた。 彰利が膝から崩れてゆく。 彰利 「───ッ!ま、まだぞ……!」 あ、持ち堪えた。 彰利 「お、俺にはまだやらなきゃならねぇことが残ってるんじゃぁ……!     雪子さんを落とすまでは……!俺は、俺は負けられねぇのよ!」 ドッ! 彰利 「はうっ!」 人中に一本拳を見舞ってやると、彼はドシャアと崩れ落ちた。 彰利 「ば、馬鹿な……この、俺がァァ……!」 悠介 「じゃ、俺は学食にでも行ってるから」 彰利 「なにぃ、購買ダントツNO.1の人気を誇ってやまない、     伝説の『ツナ焼そばパン』を放棄するというのか!?」 悠介 「する」 彰利 「なにぃ!?この臆病者め!俺様は貴様をそんなラ・マンに育てた憶えは」 ゴカァッ!! 彰利 「チャッピー!」 ズシャァア! 立ちあがろうとしていた彼にドロップキックをプレゼント。 見事に廊下を滑ってゆく。 彰利 「ゲフッ……!す、すまん……パトロンの間違い」 ドカァン! 彰利 「ギャーッ!」 倒れながらも顔を上げていた彼に低空ドロップキックを見舞う。 彰利 「───くっ……!わ、我は斯様なところで息絶えるというのか……!     まだ……遣り残したことが……!お……俺の……愛───が……は……」 ドサッ。 死んだ。 いや、多分すぐに復活するだろうけど。 悠介 「目が醒めたら学食。OK?」 …………返事が無い。 ただのしかばねのようだ。 ───……。 ……。 それは学食へ向かうときのことだった。 声  「ウォウOHきなノッポの古時計ィイイイエァアアアアッ!!     ウォオオオズウィイイイサンNOォオオオオオッ!!     時計ェ!時計ェーッ!!時計ィイイェエエエエエッ!!!!」 ヤツが目覚めた。 そしてダカダカと廊下を走る音。 声  「こら弦月!廊下を走るなッ!」 声  「あっ、すんません、すんませ〜ん……」 ……なんだかとても情けない。 そして再び駆け出す音。 声  「こら弦月!」 声  「お黙り!一度あることは二度あり、二度あることは三度ある!     その積み重ねで日常は成り立ってるンじゃいッ!     そげなことも知らんと、よく教師なぞやっておられるもンじゃい!     やーいハゲ!ハゲハゲハーゲーハーゲー!!」 声  「き、貴様ぁあっ!鶴本先生と言わんか!」 声  「鶴ピカハゲ本先生?」 声  「ゆっ……弦月ぃっ!生徒指導室まで来い!」 声  「ハハハハハ!俺様を捕まえられたら考えてやらんでもない!さらばだーっ!!」 声  「ま、待て!」 やがて近づいてくるふたつの駆け足。 彰利 「あーっ!ダーリン見ぃいいっけ!ラブリィイイイッ!」 曲がり角を曲がった彼はガコォンッ! 彰利 「ニーチェ!」 ドシャア……。 曲がりきれずに頭から壁に衝突した。 鶴本 「は、はぁ……!捕まえたぞ弦月……!」 はあ、まったくだらしないな。 あれくらいの距離で滝のような汗出しちゃってまあ。 あれでよく体育教師を名乗っていられるもんだ。 彰利 「な、何をする!離せ!ええぃ、離さんか!」 どっかで聞いたような言葉を叫んで暴れる彰利。 鶴本 「約束だぞ!捕まえられたら考えると言っただろう!」 彰利 「よし、考えよう。やっぱ嫌だ」 早ぇ……1秒も考えてないぞありゃあ……。 鶴本 「ふっ……ふざけるな!さあ来い!」 彰利 「あーれぇええええっ!!お待ちになってぇええっ!……え?」 悠介 「………」 目が合った。 彰利 「助けて悠介ーっ!」 で、案の定叫ぶ馬鹿者。 鶴本 「ん……?……ふん、晦か。なんだ?お前も来るか?」 悠介 「……誰が。冗談じゃない」 鶴本 「先生に向かってなんだその口の聞き方は!」 悠介 「別に、どうだっていいんじゃないか?     あんたにとって俺が不良としか映らないなら、結局俺は不良なんだろう?」 鶴本 「く……。及川のヤツもなんだってこんなヤツを庇うんだか……!     教師としての自覚というものがまったく無い!」 悠介 「……おい、どうしてそこで及川が出てくるんだよ」 鶴本 「うるさい、お前には関係のないことだ。     ……お前はお前で生徒としての自覚でも磨くことだな。     この学校にお前みたいな不良学生は相応しくないからなぁ」 悠介 「あんたに言われたらおしまいだな」 鶴本 「なっ───!なんだと貴様!」 悠介 「それと。俺の家族に手を出すなよ。     あんたの目に映って邪魔なのは俺だけなんだ。     若葉と木葉を巻き込んだりしやがったら……俺はあんたを教師として認めない」 鶴本 「認めないぃ……?ふざけるのもいい加減にしろよ。     お前が今、俺を教師として認めているとでも言う気か?」 悠介 「ひとこと言っておいてやるよ。     俺にとっての教師とクズとの境は、『殴るに値するかどうか』だ。     自分の視点での不良しか目の敵に出来ない内でも、まだ教師だって言ってるんだ。     ただし、俺の家族に手を出してみろ。     ……てめぇ、もう一度俺の顔見れると思うなよ……!」 鶴本 「……っ」 息を呑む音。 鶴本 「ふ、ふん!お前ひとりで何が出来るっていうんだ!」 彰利 「あ、そうそう。その時は俺も協力するから安心してくれハゲ」 鶴本 「なっ───」 彰利がキシシシシと笑う。 鶴本 「……そ、そんなことをすれば退学だぞ!?解っているのか!?」 悠介 「その時、お前こそ退職する体になってなきゃいいけどな」 鶴本 「ひっ……」 脂汗をかいて、少しおどおどする。 なんだかな。 こんなヤツにムキになるのも馬鹿らしいか。 悠介 「じゃあな彰利。頑張って説教くらえよ」 彰利 「ええ!?助けてくれないの!?」 悠介 「知らん。自業自得だろ」 鶴本 「ま、待て!お前……まだ俺を教師として見ているって言ったよなぁ?     ……お前も来い!今なら暴力も出来ないってことなんだろうからなぁ!」 悠介 「……うわぁ」 情けないなぁ……。 逃げ腰でそんなこと言われてもなぁ。 悠介 「あー、知らん。勝手にやっててくれ」 鶴本 「なんだと!?」 悠介 「さっき言っただろうが。教師とクズの境は殴るに値するか。     あんたを教師だって思ってても、言うこと聞くほどの道理なんて無いんだよ」 鶴本 「ぐっ……くうぅうう!来い!お前だけでも説教くれてやる!」 彰利 「え?お、俺?あー……ゆ、悠介!?俺とメシ食う約束は!?」 悠介 「知らん」 彰利 「ええっ!?そんな!一緒に食うって約束したじゃないか悠介!     あれは嘘だったって悠介!アタイを愛してくれるって悠介!     ずっと一緒って誓いあったじゃ悠介!悠介!悠介ーっ!」 悠介 「だーっ!連呼するなっての!」 彰利 「ツナ焼きそば!ツナ焼きそばをーッ!俺の青春を!死守してくれ!     た、頼む!ていうかもう頼んだ!約束やぶったらヒドイんだかんなーっ!     恨むぞーっ!恨むからなーっ!の、呪ってやるかんなーっ!うわーん!」 騒いでいた彼の声は生徒指導室の出入り口が閉ざされると同時に消え───なかった。 未だに騒ぎたてている彰利を無視し、俺は仕方なく購買に向かうことにした。 ───……。 ……。 ………………で。 悠介 「どうしてお前がここに居るんだ」 彰利 「え?あ、悠介じゃないか」 平然とした顔で購買の前に立っているは彰利サン。 先程、エロッパゲ鶴本に捕まったのは誰だったんだ。 彰利 「ハゲなら月奏力の幻奏の調べで」 悠介 「え?なに?」 彰利 「ッッ!!な、なんでもない!今のは忘れろ!いいな!?」 悠介 「……?なんなんだよ。あれの所為で聞こえなかった」 購買の喧噪を顎で促す。 彰利 「なんでもない。俺らも行こう。いざ、戦場へ!うぉおおらぁあああああっ!!」 彰利が『購買』と書いて『戦場』と読むに突っ込んでいく。 声  「おばちゃーん!ツナ焼きそばパンプリーズね!ご所望ですよー!     金が欲しいか……?ならばくれてやる……!     くれてやるから早く!早くー!イヤアアアアア!!」 声  「あぁっ!?弦月だ!」 声  「殴れ殴れ!」 声  「ギャッ!な、なにをするかっ!俺はただっ!」 声  「またツナ焼そば全部買っていく気だぞ!追い出せ!」 声  「ギャウッ!ギャウゥッ!こ、これ!肘は反則だぞ!ボクサーの風上にもおけぬ!     ていうか俺も普通の生徒ですよ!?     お腹を空かせて静かに訪れた小熊さんのように……否!     小熊よりも汚れの無い愛くるしい生徒ですよ!?」 声  「騙されるなみんな!小熊は人間からエサを貰ったら、     成長したときに人食い熊になるケースが多いんだ!」 声  「ゲェーッ!?なんてこと言いよらすばい!あんたさては俺に惚れてるな!?」 声  「なんでそうなるんだ!」 声  「よく言うだろうが!好きなヤツにこそ意地悪したくなるって!     ……うんうん、思春期だからねー。解るよウン。     でも俺の愛しい男はひとりでいい!断言するね!」 悠介 「ドサクサにまぎれて何言ってやがるーッ!!」 コパーンッ!と、投擲した上履きが唸る。 声  「ハオッ!」 声  「怯んだぞ!今だ殴れ!」 ゴスッ!ドカドカッ! 声  「いてっ!や、やめたまえ!勝負とは一対一が定石でしょう!?     男ならタイでマンなものであるべきでしょう!?あれ!あってー!!」 声  「甘いな弦月!購買の前では男女の区別などない!!」 声  「な、なにぃい!?それではうっかり女子の胸とか揉みしだいても許されると!?」 声  「アホかーっ!!」 どかぐしゃごすがすっ! 声  「キャーッ!冗談!冗談ですってば!やめっ!ゲブッ!やブボッ!」 やがて彼はその場に居た人々にストンピングを食らわされることとなった。 よせばいいのに、そんな状態で女子のスカートの中とか覗いて、 『OH!ホワイティン!』とか訳の解らないことを言って、トーキックとか食らってる。 ……まあ、こいつの作戦はいつも自爆的だが。 悠介 「………」 無言でツナ焼きそばパンを全部買う。 彰利の犠牲のお陰で購入は簡単だった。 声にした途端、気付かれてしまうだろう。 俺は無言で屋上へと向かった。 ……………… まあ案の定、昼の内にヤツが屋上に来ることはなかった。 ボロボロになった彼が訪れたのは放課後、空が暮れ始めてからだった。 彰利 「…………絶景だった……」 彼はそれだけを言うと、そこで倒れた。 まあつまりはこんなヤツだ。 ただではやられず、後悔なんて事を知らない。 見よ、この一点の曇りも無いこの馬鹿の生き様というか顔を。 むしろ誇りを持って大儀を成し遂げた漢の顔である。 こんなにボコボコでも凄まじく幸せそうだ。 悠介 「まったく……待ってたのに気絶することはないだろ……」 彰利 「なに、冗談だ」 シャキィインと復活する愚か者。 一体どういう身体構造してるんだこいつは。 悠介 「お前さ、どうしてそう回復力早いのよ」 彰利 「ハハハ、んなもん月生力でゲフゲフン!     うむ、実は回復するツボというのを知っているんだ」 中国五千年万歳ー!ウォー!とか言って万歳する彰利はやはり馬鹿だと思う。 それでもまあ……こいつほど心を許せる馬鹿は居ないわけだ。 悠介 「ほれ、ツナ焼きそば」 彰利 「おうサンキュネー。いやあ、これを手に入れただけで殴られた価値もあれば、     ホワイティンを拝めた喜びも増すというもの。ああ、なんてステキな日」 悠介 「……まったく呆れるよ、お前の行動力には」 彰利 「……ふむ、一度死んで人生やり直せれば吹っ切れられるかもしれないぞ」 悠介 「無茶言うな……。俺はまだ死ぬ気はないぞ」 彰利 「っははー、違いないー。でもネガティブよりはポジティブでしょう」 悠介 「その違いなんて俺には関係ないよ」 彰利 「そうか?まあいいけどさ。ところで」 キョロキョロと辺りを見渡す馬鹿者。 彰利 「今何時?」 悠介 「ん?そういや……」 こいつを待ってたから時間なんて解らん。 俺は時計を持たない主義だし。 彰利 「よし!俺が針になるから日時計だ友よ!」 悠介 「解るかそんなもん!」 彰利 「なにぃ、それでは時間が解らんではないか……ッ!     カップラーメンが延びてしまう!」 悠介 「良かったじゃないか、量が増える」 彰利 「まったくだ」 何気なく話に合わせてみたら、本当に背後からズオオとカップ麺を出す……ってオイ! 彰利 「今日はペヤングソース焼きそばですよー。     ヤングですよヤング!『ぺ』ってなんでしょう!?     ってどこが『焼き』そばやねーん!」 悠介 「………」 彰利 「あ、なんだよその目。焼そばだってカップに入った麺じゃないか」 悠介 「それはカップと言えるか?」 彰利 「言うね!俺は!絶対!」 悠介 「倒置法を使うな!」 彰利 「ぬおお、この夕日にあてられて、     俺はついにフェンス上から外界へとお湯を捨てるのであった」 バシャバシャバシャ…… 声  「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」 彰利 「あ」 悠介 「え?」 バッ!とフェンスから降りて俺に向き直る彰利。 そしてヤケに真面目な顔をしたのち 彰利 「逃げよう」 そう言って逃げ出した。 悠介 「ああもう!やっぱお前馬鹿!激しく馬鹿!」 彰利 「馬鹿じゃない!馬鹿と天才は紙一重なんだぞ!?」 悠介 「紙一重でもお前は馬鹿に属するわ馬鹿!」 彰利 「ひでぇっ!それが友に対する言葉か!?」 悠介 「言葉だ!」 彰利 「ゲェーーーッ!!な、なにさ!悠介なんて!悠介なんて……大好き♪」 ドン。 彰利 「オウ?」 ドガグシャゴシャベキガンガンガン! 彰利 「ジェーン!」 階段から転げ落ちた彼はやがてドシャアと落ち着いた。 しかし彼は動ずることなく起き上がる。 彰利 「ふっ、悠介よ。突き落としたのが俺じゃあなかったら殺人罪だぜ?」 悠介 「知ってる。だから落とした」 彰利 「うわっ!血も涙もねぇ!」 声  「こらぁああっ!お前らかぁあっ!」 彰利 「あらオイちゃん」 及川 「オイちゃんと言うな!ああもう……!熱かったんだぞ!?     まったく……お気に入りの服も小麦粉臭くなっちまうし……」 彰利 「体から小麦っぽさを醸し出すとは。いや、恐れいった。拙者の負けでござる」 及川 「………」 彰利 「まあそう睨まないでくださいなオイちゃん。     仮にも教師として、生徒の茶目っ気など目を瞑ってリンボーダンスして許して」 及川 「仮にもじゃなくて俺は立派な教師だ」 彰利 「嘘おっしゃいっ!」 及川 「おっしゃるかっ!」 彰利 「もうこの子ったら反抗期かしらったらチクショイ!     お父さん?この子を叱ってやってくださいよもう!」 悠介 「かしらったらってなんだ」 彰利 「ギャアもう!今ツッコむところはそこじゃないでしょ!?」 悠介 「お黙り!お前にツッコミどころが多すぎるからいけないんだろが!」 彰利 「なにおう!?表出ろこの野郎!」 悠介 「望まん」 彰利 「ええっ!?望むところでしょここは!」 及川 「落ち着け」 彰利 「断る!」 及川 「断るな!俺にお湯かけたのは誰だと訊いているんだ!」 彰利 「──────」 悠介 「──────」 彰利 「表出ろこの野郎!」 悠介 「望むところだ!」 ダッ! 及川 「あ、こらっ!待て!話はまだ終わって───」 彰利 「既望の月の夜にまた会おう!     あ、既望ってのは満月の次の月の形で、十六夜のことですぞ教諭〜」 及川 「それくらい知っとるわっ!ってそうじゃない!待て!」 彰利 「断る!」 悠介 「……ふむ、及川もあれで結構運動神経いいんだな」 彰利 「家系の身体能力に付いてこられるとは。     鶴ピカハゲ本より体育教師に向いてるな、こりゃ」 悠介 「あ、でも限界みたいだ」 彰利 「全速力で走ればああなるわな」 立ち止まった及川をほっぽって、俺と彰利は校門へ走った。 彰利 「ぬおお……なんともいい夕暮れよ」 やがて校門に辿り着くと大きく伸びて、ゆっくりと歩き始める。 彰利 「これからどうする?ウチ来るか?」 悠介 「いや、これから夕飯の用意しなきゃならん。このまま家に帰るよ」 彰利 「相変わらず妹思いだねぇ。その十分の十を俺に向けてくれれば」 悠介 「それ、全部じゃないか」 彰利 「あ、気付いた?」 そんな話をしながら帰路を歩む。 暫くして見えてきた分かれ道で彰利は笑って、 アディオ〜スとか言って別の方向に歩いていった。 なんにせよ変わったヤツだが、重いわけではないのでむしろ面白い。 悠介 「……晩飯、何にするかな……」 俺は俺でそんなことを考えながら、自分の帰路を歩むことにした。 ……………… ───ちなみに晩飯はカレーだった。 Next Menu back