それは昔の物語。

人間に恋をした死神の話。

彼女は何を求めていたのだろうか。

ふと、そんなことを考えてみた。

けど、形として存在しない人の気持ちなんて、誰にも解らなかった。

ただひとりの青年を除いては。

青年は人より霊感があったらしい。

臨死体験をしてから、目に見えない存在を把握出来るようになってしまった。

つまり、死んで霊体になった時の能力を、そのまま自分の体まで持ってきてしまったのだ。

……理屈で言えばどうとでもとれるもの。

だけどそれは、あまりいいものではなかった。

その力が実体に宿る理由は簡単だ。

霊魂と身体の重なりが不安定なのだ。

つまり、何かの拍子ですぐに幽体離脱をしてしまう。

そんな厄介な身体だった。

そこらに徘徊する他の霊魂がそれを見過ごす訳が無い。

実体が欲しくて、青年の肉体を乗っ取ろうとした。

その度に青年は必死で抵抗し、体を持ち直す日々。

そんなことが何度か続いた時だった。

霊の奇襲が無くなった。

それを不思議に思った青年は空気に問い掛けた。

───なんだ、もうこの身体を諦めたのか?

そんな、挑発じみた言葉だった。

それが空気に溶けると、霊の奇襲の代わりにくすくすと笑い声が聞こえた。

その声こそ紛れも無い、死神の笑い声だった。



───そんな出会いがあってから。

青年は死神が霊から自分を守ってくれていたことを知る。

どうしてこんなことをと訊いてみても、彼女は仕事だからと微笑みとばした。

だけど、それはあってはならない日常だった。

一緒に居れば居るほどふたりは打ち溶け合い、いつしか恋に落ちていった。

だが、所詮は実体の無いモノと実体の有るモノ。

互いが相容れぬことは自らが一番知っていた。

それでも……その心には偽りは無かった。

そんな心を持っていたために、その恋も終わりを告げる。

───魂は死神にとって力そのもの。

その魂を狙った死神が不安定な魂を持つ青年のもとにやってきた。

どうやって魂を手に入れるか。

それは簡単なことだった。

その死神は青年にこう言った。

あいつと結ばれたいのなら、自分の魂をあいつに分け与えればいい、と。

人間の魂が自分の中にあれば、死神だって地に足を着ける。

それは、人間と同じ存在になれるということ。

……別段、それは嘘じゃなかった。

確かに死神は黄泉の住人。

黄泉では地に足を着けることが出来ても、その存在にとっての異界。

つまりこの世界で、地に足を着くことは叶わない。

それは人間がそうであることと同じだ。

人間はこの世界で地に足を着いているが、その世界から見放された時───

いわゆる死んだ時は、宙に浮いているといわれている。

真偽のほどは定かじゃない。

そこに確定の二文字は有り得ないだろう。

だから、そうしてその場所で生きる権利を得ている魂なら、それも不可能じゃない筈。

ならばどうするか。

簡単だ。

自分の魂を分ければいい。

だがどうやって?

その言葉は、死神によって掻き消された。

貴様が幽体離脱して、その魂の欠片をあいつに奪ってもらえばいい。

そんな言葉に惑わされ、青年は幽体離脱をした。

その甘さがいけなかった。

離脱した瞬間、青年の身体は死神に殺され、自分は本当の魂だけの存在になってしまった。

そして、死神に吸収されかけたその時。

死神は後から来た、青年が好きだった死神に消された。

だけど、もう遅かった。

自分の肉体は死んでしまっていて、身体に戻っても今度は魂ごと死んでしまう。

そう、告げられた。

だけど、これはこれで良かったのかもしれない。

死神はこの地上に足をついて、俺と一緒に歩きたいと言っていた。

それはつまり、キミが俺を吸収すれば……。

そう言ってみたが、死神は泣くだけだった。

本来死神には余計な感情は邪魔になるから封印されているそうなのだが、

なんらかのきっかけで、その蓋が開くことがあるらしい。

ようするに、彼女の場合は俺との出会いだった。

どのみち、このままでは消滅するだけだと説得して、俺は彼女の一部となった。

彼女は人間の能力を備える代わりに、黄泉の世界には行けなくなった。

……つまり、人間になったんだ。

それからの記憶は、もう無かった。

ただ……彼女は今、幸せだろうかと思い───真っ白な視界の中で空を見上げた。

その行為もなんとなくのもの。

上を向いたという感覚はあっても、その先は真っ白だった。

……そうか。

これが死ぬってことなんだ……。

何かに呆れるように溜め息を吐いた。

……幸せに、───

最後に愛した人の名前を口にして、真っ白な視界を閉ざした。

緩やかな眠気に身を委ねて、俺は静かに眠りについた。

目覚めることのない眠りに───











───胎動(たいどう)───
トントントン。 小さな音が聴覚を掠める。 目の前には味噌汁の具に使おうと用意した大根。 窓という窓からは穏やかな朝日が差し込み、今日の天気を教えてくれていた。 悠介 「………」 静かな音を発てて沸騰する鍋に、切ったものを入れてゆく。 しばらく煮込んだその後、味噌をゆっくりと溶かしてゆく。 別のコンロでは朝食のためのおかず。 朝はさっぱりしたものにかぎる。 油をあまり使わない料理を選び、ゆっくりと調理する。 悠介 「……ま、こんなもんかな」 出来あがった料理を皿に移して調理完了。 あとは…… 悠介 「よし、と」 似合わないエプロンを椅子に掛けると、廊下を歩いてゆく。 目的は……まあ、考えるまでもないが。 目的地に到着する。 『若葉の部屋』と『木葉の部屋』。 その襖に挟まれるように立つ。 とりあえず若葉からだな。 襖を開けて中へ。 悠介 「若葉、朝だぞ」 なるべく爽やかに起こしてやろうと思った。 今日はなんだか穏やかだったから。 別に騒ぎ立てる理由もなく、今日という日はやってきた。 だから、そのままでもいいじゃないかと思ったのだ。 悠介 「………」 毎日見る寝顔に、幸せそうな呼吸。 穏やかな物事は、些細なことから来るものだと思う。 いや、少なくとも俺はそう思っている。 悠介 「朝ご飯、出来たぞ」 くしゃっ……と髪を撫でる。 若葉 「んぅ……」 重そうに瞼を開いて、俺の顔を見る。 若葉 「あ……おにーさま……」 そう呟くと、安心するように若葉は眠ってしまった。 ……やれやれだ。 起こしに来た俺が、その相手に安心されて、尚且つ眠られてどうするんだろうな。 悠介 「まあ別に悪い気はしないけどな。若葉、朝だぞ。目を覚ませ」 言って、軽くゆする。 若葉 「にゃぁ……ぁ……」 それが余計に気持ちいいのか、くすぐったそうだけど幸せそうに眠る若葉。 悠介 「……手荒なマネはしたくないからな……仕方ない、先に木葉を起こすか」 その場から離れて、木葉の部屋に入る。 木葉の部屋は、あまり物が置かれていない。 あるとしたら机とベッド。 それと本棚くらいだ。 そんな部屋の中。 穏やかに差し込む陽の光を身体に受けながら、木葉は安心しきったように寝ていた。 それは縁側で眠る猫の見ているような、ゆったりとした光景だった。 悠介 「まいったな」 どっちも起こしづらい。 悠介 「……仕方ない」 あまり実力行使はしたくなかったけど……。 って、まだ何もやってない。 とりあえず…… 悠介 「起ぉっきろぉおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」 出来る限りの大声を見舞いする。 木葉 「………ん……」 幸せそうだった。 声ではダメなのか。 悠介 「くっ」 ペチペチ。 悠介 「起きろ!起きるんだ!」 頬を叩いてみる。 木葉 「……すー」 効果は得られなかった。 悠介 「………」 どうしてくれよう。 いや、ここで引いたらこいつら遅刻決定。 こうなれば! ぼかっ!! 木葉 「んっ……」 頭を殴ってみた。 普段手をあげないだけに、こういう行為は心が痛い。 木葉 「うう……痛……」 悠介 「……はぁ。頼むからそのまま起きてくれ……」 木葉 「……お兄様?」 悠介 「ああ、お兄様だぞ……って、それはいいからそのまま起きろ」 木葉 「ん……解りました……」 ベッドから出る木葉。 悠介 「どうして今日はなかなか起きなかったんだ?」 木葉 「んうぅ……実はあまり寝ていないのです……」 悠介 「なんでまた」 木葉 「若葉姉さんと月を見ていましたので……」 悠介 「………」 木葉 「お手数おかけしました、ごめんなさい」 悠介 「いや、改まる必要も謝る必要もないって。     いいから早く着替えなさい。時間、あまりないぞ」 木葉 「はい、わかりました」 頭を痛めながら、廊下へ。 月を見てたって……おいおい。 だから若葉も熟睡してるのか。 ……まいったな。 悠介 「若葉ー」 スッと襖を開ける。 と、 若葉 「え?」 悠介 「あ」 開けた先には着替えをしている若葉。 いつの間に起きたのやら。 というか、この状況はなんだろう。 やってはいけないようなことをしてしまったような空気の重さ。 思考とは別に、骨の髄が非難警告をしている。 ───と、いうわけで。 悠介 「ハトが出ます」 ポム。 胸ポケットから鳩を出してみた。 俺の特技だ。 何処から来るのかなんてものは解らない。 ただ、『ハトが出ます』と言って穴のあるモノに触れると、ハトが出る。 そんな、妙ちくりんな得意体質らしかった。 ……別に欲しかった能力でもないが。 若葉 「───」 若葉は唖然としている。 今の内に逃げるか。 そう思い、そっとその場を後に─── 若葉 「……おにいさま」 ぎくぅ!! トーンの低い若葉の声に、おそるおそる振り返る。 ちぃいっ!このままではイカンと俺の心理が轟き蠢き狂喜乱舞なさっている! かくなる上は!! 悠介 「おはよう若葉、今日もいい天気だね」 絶好のピクニック日和サ、と付け加える。 悠介 「それじゃあ」 そそくさと退室─── 若葉 「おにいさまっ!」 ……出来なかった。 悠介 「……はい、なんでしょう」 覚悟を決めて……否。 諦めて、若葉に向き直る。 若葉 「どうするんですかこのハト」 悠介 「……うん?」 予想外の質問に頭を傾げた。 ハト?ハトって……うん、ハトだ。 悠介 「野へ還そう」 窓を開けて、外へ飛ばした。 悠介 「立派に育つのですよ……」 ハンケチーフをひらひらと揺らし、別れを告げる。 悠介 「じゃあな、急がないと遅刻するぞ」 そして、この部屋にも別れを─── 若葉 「それはそれとして」 告げられなかった。 悠介 「……まだ、何か?」 若葉 「乙女の柔肌を見ておいて、ただで帰れるとお思いですか?」 悠介 「か、金を取るのか!?」 ボフッ!! 悠介 「うわっ!」 枕を投げられた。 若葉 「そういう問題じゃありません!     わたしをなんだと思ってるんですおにいさまは!」 悠介 「なんだ、って……ふむ」 なんだろう。 若葉 「もっと他に……その、やらなきゃいけないこととかありますよね?」 悠介 「………」 …………。 ピシャアン!! 悠介 「いぎゃあっ!」 ベルトで叩かれた。 若葉 「無言で一円玉渡されても困ります!     というよりもわたしの身体は一円程度の価値ですか!」 悠介 「ふむ、ならばいくら払えと」 若葉 「お金から離れてください!普通のことでいいんです!普通のことで!」 普通……ねぇ。 普通、女性を傷つけてしまったら(例え話だからな)……。 責任をとろう、なんて言ってなしくずしになって夫婦漫才? 意味解らん。 えっとつまり、そういうことなのか。 悠介 「式はどこで挙げようか」 若葉 「どういう思考回路を用いたらそこまで話が飛躍しちゃうんですか!」 悠介 「違うのか。まあ,とりあえず着替えろ。風邪引くぞ」 若葉 「───!!」 カァッと顔を赤くする若葉。 悠介 「? 熱でもあるのか?」 若葉 「な、なんでもありません!出てってください!」 悠介 「ああ、それはいいが」 若葉 「……もう、悪かったとか、それくらい言えないんですかお兄さまは」 悠介 「ん……ああ、すまなかった」 頭を下げて、部屋を出た。 トン。 後ろで音がする。 なんのことはなく、襖を閉めた音。 悠介 「………」 時々、自分が解らなくなる。 憶えていることは、極めて僅かなことしかない。。 両親が俺も合わせて家を燃やし、心中しようとしたこと。 誰かに助けられた俺はこの家に引き取られ、若葉と木葉に会ったこと。 その家主である康彦さんと奈津美さんが旅客機の爆発事故で命を落としたこと。 そして……自分がそれ以前の記憶を思い出せないということ。 つまり、どうして心中するようなことになったのか。 そして、それまで自分はどう生きていたのか。 それすら覚えていない。 いや……えているものもあるんだが、それはひどく曖昧なものだ。 昔、自分には大切な友達が居たこと。 名前も知らない大切な友達が居た……ただ、それだけのことを覚えている。 親が一家心中しようとしたことだって、康彦さんに教えてもらったことだ。 人は辛過ぎる過去を自分の内側に仕舞い、封印するということを聞いたことがある。 恐らく、俺はそれにあたるんだと思う。 それを答えとするならば、心中に至る両親の事情も頷ける気がした。 まあ、自分自身のことなのに思い出せない記憶だ。 一生知ることもないだろう。 とにかくここに来てからの俺は、とても暗いヤツだったと思う。 そんな家の事情を抱えている子供が、どうして笑っていられるだろう。 若葉や木葉とも会話をせず、ずっと塞いで生きていた。 だけど、それは小さなきっかけで変わっていった。 きっかけは、若葉と木葉が小遣いを使って買ってきた小さな本だった。 『サルでも出来る簡単マジックのススメ』。 それはつまり、僕のことを猿だって言ってるのか?と怒ったりもした。 だけど、そんなことはない。 ふたりは自分なりに考えて、俺と打ち解けようと頑張っていたんだ。 だけど子供だった俺はそんな考えが身体に行き渡るより先に、 怒鳴って部屋から追い出していた。 壁一枚の空間の先。 そこから聞こえる微かな泣き声が、今も胸を締め付けている。 後悔するということはつまり、こういうことだ。 あの時の自分にもっと相手を思う心があればと思った。 そしてしばらく経ったあと。 畳の上に一冊の本が落ちていたことに気がついた。 『サルでも出来る簡単マジックのススメ』。 再び見ても、相手を馬鹿にしているとしか思えないタイトル。 だけどずっと塞ぎこんでいた俺にとって、それは新しい興味でもあった。 気がつけばページをめくっていて、そして目に留まるものがあった。 ハトが出ます。 そういうフキダシを傍らに、シルクハットから鳥を出している男。 そういうフキダシがあるにもかかわらず、 鳩のマジックなど何処にも無かった。 尚更に馬鹿にされた気分になったのは言うまでもない。 だけど、やっぱり俺は子供だった。 壁に掛けてあった麦わら帽子を片手に、「ハトが出ます」と喋っていた。 するとどうだろう。 底の浅かった麦わら帽子から一羽の鳩が飛び出た。 俺は面を食らって、その場にしりもちをついてしまった。 鳩が元気に動いている。 これは夢だろうか。 そんなことを考えていた。 試しに壁を殴ってみた。 血が出た。 加減しておけば良かった。 痛む手を押さえ、転がり回りながら思った。 なにせ、壁がゴツゴツしている。 これを殴れば普通血が出る。 殴った時の音を聞きつけたのか、奈津美さんと若葉と木葉がやってきた。 いつも締め切ってあった襖は簡単に開かれ、三人が俺と鳩を見た。 俺はどう話したらいいかも解らなくて、 とりあえず麦わら帽子を構えて「ハトが出ます」と呟いた。 そして出てくる二羽目の鳩。 奈津美さんは驚いていたが、若葉と木葉は笑って喜んでくれた。 ……そう。 自分が変わるきっかけなんて、そんな些細なことで良かった。 ああ、こんな僕でも、誰かを笑わせたり出来るんだ─── 幼心にそう思えた時。 俺の頬を一筋の涙が伝った。 そして憑き物でも取れたかのように…… 俺は心の底から、大声をあげて泣いたんだ。 何を意地になっていたんだろう。 何を守りたくて、人の声を拒絶していたのだろう。 そんなことも理解しようともせず、ただそうやって泣いていた─── 悠介 「………」 それから俺は変わった。 俺を変えてくれたふたりのためにしてあげられることを探して、 康彦さんや奈津美さんが死んでしまった時もずっと側に居て。 兄だからとか、そういうことは考えなかった。 恩返しのつもりだったのだろうか。 ふたりを守りたいって気持ちと、悲しませたくないって気持ち。 それらが俺を動かしていた。 だけど俺に出来ることなんか何処にも無かった。 だから……ただ、側に居た。 ふたりが泣けば慰めて、ふたりが寂しいと言えば一緒に居て。 いっつもふたりして泣き出したりするから、いつも三人一緒に居た。 それというのも若葉と木葉は双子で、どこかで通じているらしかった。 例えば若葉が痛みを感じれば、 木葉もそれと同等では無いにしろ、痛みを感じる。 言うなれば、魂で繋がっているんだ。 俺が心配するのは、 事故にあったりしたらふたりとも死んでしまうんじゃないかということ。 それと……一方が恋心を抱いたとして、 つられて同じ人を好きになるのではないかということ。 とりあえず恋人の方が身がもたないと思う。 ……ちなみに俺のことを『おにいさま』と呼ぶのは家柄の所為だ。 康彦さんと奈津美さんは、優しかったけど口調に関しては厳しい人だった。 なんでも伝統ある家元らしく、資金面で困ることはまず無い所だった。 その分しつけも厳しく、俺も随分と恐れたりもした。 だけど……どうしてだろう。 それほど苦に思ったことはなかった。 今思ってみれば、俺はよっぽど実の両親にひどい仕打ちをされたんだな。 多分その所為で苦を苦と感じなくなっていたんだろう。 康彦さんと奈津美さんが亡くなってから、苦労が無かったわけじゃない。 伝統として続いてきた家元の主が死んでしまっては、 そこにあった日常はすぐに終わりを迎える。 そう思ってた。 思ってたのに……これはどうしてだったんだろう。 『わたしたちが死んだら、その全相続権を息子である悠介に与える』 そんな遺書じみた紙切れが発見された。 どうして義理の息子である俺に、そんなことをするんだろう。 わけがわからなかった。 ただ、その紙切れの裏に一言『ごめんなさい』と書かれていた。 嫌味を言ってくる親戚だか家元の家族なんかもいた。 そんなことを言われたって、俺だって何がなんだか解らなかった。 ただ……なんとなく理解した。 優しかったけど何処か怯えたような目で俺を見る義理の両親。 幼心に、ふと何かを確信したのかもしれない。 いや、幼いからこそ解ることが出来たんだ。 ああ、そうか。 この人達が───僕の父さんと母さんを追い詰めたんだ───。 だからその償いとでも言うように、僕を引きとって……。 それはどう言えば良かったのか。 絶望とでも言うのだろうか。 義理の両親のことは嫌いじゃなかった。 感謝することはあっても、嫌う理由なんてそれまで無かったのに。 そのふたりは結果として両親を殺したんじゃないか。 だけどそのふたりも結局事故で死んでしまった。 じゃあ、この理不尽な気持ちは何処にぶつければいいんだろう。 ふと、不安そうに自分を見ている双子を見た。 考えてみれば、この子達は俺に相続権を奪われた。 実の子が、養子とはいえ他人にその全てを奪われたんだ。 家も、金も、権利も、結果として両親さえも。 だっていうのに、ふたりは俺を見て今まで通りに微笑んでくれて……。 まるで本当の家族を迎えるように、俺の手を握ってくれた。 そして俺は涙した。 何を遠慮してたんだろう、と。 手を伸ばせばすぐにでも家族になれたのに。 相続権なんて関係なかった。 ただ、俺らは今まで通り、その景色に身を委ねていればよかったんだ。 だから、俺も歩き出した。 飾らないままで、俺は俺として……。 ……時間だけが過ぎていった。 怖いものなんてなかったあの日は遠く過ぎ去って、俺達はこの晦の家で暮らしている。 文句を言っていた家系のやつらも時間が経つと諦めて、事無きを得た。 後になって解ったことだけど、 元々康彦さん達はその代で晦の伝統を打ちきろうとしていたらしい。 その両親の手記によると…… 『これ以上の繁栄は意味を成さず、  全てを語らずに終わりを迎えようと思う』 そんなものだった。 そして、その先のページには全てが書かれていた。 やっぱり、俺の両親を追い詰めたのはふたりだった。 俺の一家は厄介者で、普段からいろいろと揉め事があったらしい。 が、所詮権力のあるものと無いもの。 始めは少しこらしめる程度の気持ちでやっていたふたりの行為は 俺の両親に予想以上のプレッシャーをかけていたらしい。 それもだんだんエスカレートしていき、 耐えられなくなった俺の両親は一家心中を図った。 でも……どうして俺だけ助かったのか。 消防士やレスキュー隊員には悪いが、 燃えている家の中に飛び込むなんてことをする人間がいるとしたら、 漫画やテレビの中くらいだ。 崩れてゆく家に入るのは愚かとしか言いようがない。 そんなことをすれば自分だって最悪、命を落としかねない。 だったら誰が? それは記憶に無い。 俺は近くの道路に倒れていたのを発見されたそうだ。 爆風で吹き飛ばされたとか思ってみても、 爆発音すら無かったそうだから。 ますます謎だった。 木葉 「お兄様」 悠介 「ん?」 聞こえた声に、現実に戻される。 悠介 「ああ、木葉か。どうした?」 木葉 「お兄様、若葉姉さんに何をなさったんですか?」 悠介 「何……って」 ぐは……!そうだ。 もし若葉が恥ずかしいとか思ったなら木葉にも伝わっているじゃないか。 悠介 「ん、いや、ちょっとその」 木葉 「のぞきでも?」 悠介 「誓ってわざとじゃないっ!」 木葉 「やっぱり……」 悠介 「ぐあ……」 どうしてこう鋭く育ってしまったやらぁ……!! 木葉 「お兄様、少しは気をつけてくださいね。     確かにこの家は広いですけど、     ここに住んでいるのはわたし達三人と春菜先輩だけなんです。     たった三部屋を気をつけるだけで事無きなど得られます」 悠介 「いや……うん」 木葉 「それと、入る前に声をかけるかノックをするかした方がいいですよ」 悠介 「うぐ……だってさ、     さっきまで寝てたのにいきなり起きて着替えしてるなんて、     誰も予想出来ないだろう?」 木葉 「わたしが起きた時点で思慮に納めるべきです」 う……確かに。 木葉 「まあ、まんざらでもなさそうですし」 悠介 「……へ?」 木葉 「いえ、こちらのことです。兄妹で遠慮なんて必要ないですしね。     わたしも機会があればお兄様の着替えを覗かせていただきますね」 悠介 「恐ろしいこと言うなっ!」 木葉 「冗談です。お兄様には嫌われたくありませんから」 悠介 「……別に気にしなくてもお前のことは好きだよ」 木葉 「妹として、ですよね?」 悠介 「さあ、どうだろね」 木葉 「お兄様?あまり節操無しがすぎると、     本当に好きになった人で苦労しますよ」 悠介 「へえ、例えば?」 木葉 「わたしが『この人はわたしの愛人です』とでも言いましょうか?」 悠介 「……冗談に聞こえないからやめろ」 そんな会話の中。 スッ、と襖が開く。 若葉 「人の部屋の前で何を言い合ってるんですか」 木葉 「若葉姉さん……」 悠介 「いや、なんでもない」 若葉 「ふーん……」 木葉 「な、なんですか」 若葉 「木葉ちゃん、ドキドキしてたでしょう」 木葉 「してません」 若葉 「隠しても無駄ですよ。ちゃんと感じとってましたからね」 木葉 「……っ」 若葉 「あ、赤くなりました。相変わらずかわいいですねー」 悠介 「若葉、お前も赤いぞ」 若葉 「あ、あれ?」 つまり、こういうことだ。 感情を感じ取れるのは便利だか不便だか謎である。 片方が恥ずかしくて顔を赤らめたら、もう片方も意味も解らず赤くなる。 見てて面白いが……何かと大変そうだ。 悠介 「ほら、そんなことはいいから朝食食べて学校行け」 若葉 「あ、それもそうですね」 木葉 「毎朝朝食を作ってもらって、申し訳ありませんお兄様」 悠介 「いや、だからさ。その畏まった言い方、なんとかならないかな。     なんだか兄妹って感じがしないんだよ」 木葉 「あの、だからいいんじゃ」 若葉 「こっ、木葉ちゃ───っ!」 何を思ったか、 木葉が何かを言い終える前にすさまじい速さで口を押さえる若葉。 ああ、と頷いたあと、木葉が深呼吸をする。 悠介 「あの……木葉?」 木葉 「なんでもありません、今の発言は忘れてくださいね、お兄様」 悠介 「忘れるもなにも、よく聞こえなかったんだが」 木葉 「それなら結構です。それじゃあ、行きましょうか若葉姉さん」 若葉 「はい、行きましょう」 悠介 「え?いや、ちょっと……おーい……」 俺から逃げるように、そそくさと消えてゆくふたり。 悠介 「なんだってんでしょ」 『あの、だからいいんじゃ』。 ……うむぅ。 途中まで言いかけた言葉がそれだとすると、つまりそれは…… 俺とは家族でいたくないと? 悠介 「………」 の、わりにはお兄様。 ますますワケが解らん。 悠介 「からかわれてるんカナ、俺……」 呟いて、ふたりのあとを追った。 …………。 ……。 春菜 「若葉ちゃん、木葉ちゃん、いってらっしゃい」 木葉 「はい、それでは行ってきます」 若葉 「行ってきます、春菜先輩」 悠介 「ふたりとも気をつけてな」 若葉 「お兄さまも停学中だからと、あまり怠けないでくださいね」 悠介 「毎朝朝食作ってるのは誰だ」 若葉 「あ……そうでした」 春菜 「ふふ……」 悠介 「先輩……笑いごとじゃないってば……」 春菜 「だって仲睦まじい兄妹愛の語らいだし」 悠介 「学校行ってる時でさえ朝食を作ってまでする語らいも、     どうかと思いますがね……」 春菜 「あ、それじゃあわたしが作ってあげようか」 総員 『それはダメッ!!』 春菜 「わ……」 兄妹揃って同じ言葉を言い放つ。 春菜 「どうして?忙しいんでしょ?」 悠介 「それとこれとは別なんだ」 若葉 「ええ、春菜先輩は掃除や洗濯などで忙しいでしょうし……」 木葉 「ここはやはり、お兄様に頑張ってもらいましょう」 悠介 「おい、さりげなく決定するな」 若葉 「ですがお兄さま?それでは朝食が……」 悠介 「俺がお前らに教えてやる」 姉妹 『え……』 悠介 「うん、そうだよなぁ。     なにも俺が毎朝頑張ることはなかったんだよ。     どっちかが上手くなれば片方も上達するし、うん。     当番制の家事って憧れだったんだよなぁ〜」 木葉 「意義ありです、お兄様」 若葉 「同じく、意義ありです」 悠介 「なんだよ」 木葉 「お言葉ですが、若葉姉さんは料理がヘタです」 若葉 「ぐっ……!木葉ちゃん?     そういう時は、連結してるんだから自分がヘタって言うべきよ?」 木葉 「結論は変わらないでしょう?」 悠介 「ああもう、やめろよふたりともっ!     解った、今はとりあえず学校行け。話は帰ってきてからだ」 木葉 「お兄様、今日は部活があるので遅くなります」 若葉 「お兄さま、今日は級友と約束がありますので」 悠介 「いい、帰ってきてから話すぞ」 木葉 「……どうあっても今の話、無かったことにはなりませんか」 悠介 「ああ、ならないな」 木葉 「……いきましょうか、若葉姉さん」 若葉 「そうですね、木葉ちゃん」 テクテクと歩き、石段を降りてゆくふたり。 悠介 「はあ……」 春菜 「大変だね」 悠介 「まあ、いつものことですから……」 春菜 「そっか……。あ、それじゃあわたしは買い物に行ってくるね」 悠介 「え?こんな朝っぱらに?」 春菜 「隣街の知り合いの喫茶店に用があるの。     それのついでということで、隣街で買ってくるから」 悠介 「……その距離の分、手とか疲れませんか?」 春菜 「あ……それもそうだね」 悠介 「……ま、まあいいか。いってらっしゃい」 春菜 「うん、悠介くんも、いってらっしゃい」 悠介 「え?」 春菜 「出掛けるんだよね?目を見れば解るよ」 悠介 「……そんなもんですか」 春菜 「うん、そんなもんだよ」 悠介 「……じゃあ、一応いってきます」 春菜 「はい、いってらっしゃい悠介くん」 悠介 「って先輩!学校は!?」 春菜 「……あ、そっか。忘れてたよ」 悠介 「先輩……」 春菜 「じゃあこうしよ。今日は試験休みということで」 悠介 「そんなもんですか」 春菜 「そんなもんだよ、うん」 そう言うと、先輩は出掛けていった。 それを見送ると、俺も部屋に戻って着替える。 別に学校があるわけでも仕事があるわけでもない。 気ままな暮らしと言えばそれで終わるようなものだけど、 そう言わないのは俺の生き方だ。 外出用の服に着替えて、家を後にした。 Next Menu back