───変態(へんたい)───
おなご「ん……わたしは、一体……」 しばらく流し込むと、喉を鳴らしながら彼女は起きた。 なんといいますか。 で、だ。 この腕、どうしよう。 悠介 「ルナ」 ルナ 「うん?」 悠介 「あげる」 ルナ 「いらない」 悠介 「何故だ」 ルナ 「どうしろっていうの」 悠介 「俺が訊きたい」 ルナ 「でさ、悠介」 悠介 「ん?なんだよ」 ルナ 「その吸血鬼、なんなの?」 悠介 「……なんなんだろうなぁ」 吐血する吸血鬼なんて初めて見た。 って、いやいやっ! 吸血鬼自体、見るのなんて初めてだっ……。 おなご「助かりました、ありがとうございます」 極めて冷静に、静かにお礼を言う吸血鬼。 何事もなさそうで羨ましいね、まったく。 ……と、それよりもだ。 いつまでも『彼女』だとか『吸血鬼』だとかで認識するのもアレだ。 悠介 「……そういえばまだ名前を聞いてなかったか」 おなご「そうですね、失礼しました。わたしはセレスウィル=シュトゥルムハーツ。     セレスと呼んでください」 悠介 「セレスさん、ね」 セレス「呼び捨てで結構です。敬称は好きではないので」 悠介 「ん、了解。俺は晦悠介。で、こいつが自称死神の……」 ルナ 「自称ってなにさ!わたしは列記とした死神!     ……そりゃあ、ハーフだけどさ。     えーと、わたしはルナ=フラットゼファー。ルナでいいわ」 セレス「ルナ……ああ、あの異端死神。こんな所に居たんですか」 ルナ 「むっ……」 悠介 「知ってるのか?」 セレス「ええ、よく知ってますよ。     わたし達化け物側の者であれば誰でも知ってます。     人間を愛し、その魂を奪って人間になり、     その後は別の人間と契りを交わして子を産んだ。     完全な人間にも死神にもなれず、その狭間をうろついている死神といえば、     やはりこちら側の者で知らない者は居ないと有名ですよ」 悠介 「ハーフ……そうなのか?」 ルナ 「聞き捨てならないわ、今の言葉。取り消して」 悠介 「ルナ……?」 セレス「なにか間違ってますか?」 ルナ 「母……一応こう呼んでやるけど、彼女は人間の魂を奪ったわけじゃない。     人間の方がそれを望んだのよ」 セレス「それこそ馬鹿な話です。人間が魂の略奪を自ら望むわけがありません」 ルナ 「そう?魂とまではいかないけど、     自分から吸血鬼に血を与える人間が、間違い無くここに居るじゃない」 セレス「………」 ふたりの瞳が俺を捉える。 ルナ 「それに彼女は別の人間と契ったわけじゃない。     体に宿っていた人間の魂と自身の……死神の魂を融合させた。     そういう意味での契りだった。わたしにはそれが解る」 わたしの中に多少の記憶は残っているから、と続け、そして黙った。 セレス「記憶……? なるほど、そういうことですか」 悠介 「?……?」 何を言っているんだかさっぱりだ。 いや、大体は解るけどさ、こう……想像の中では。 で、なにが『なるほど』なんだろう。 セレス「解らない……そういう顔ですね」 悠介 「当たり前だ」 セレス「簡単なことですよ。     彼女自身が異端として産まれたのではなく、     彼女は異端を受け継いだ、ということです」 悠介 「………」 解らん。 セレス「いえ……やはり異端を重ねて産まれたようなものですか。     彼女は魂を異端として持って産まれました。     魂だけならひとつの異端。     ですが、魂だけでは人間側の魂が長くはもたない。     そこでもうひとつの異端の誕生です。     恐らく彼女……ルナの肉体は……」 ルナ 「………」 セレス「言ってしまってもいいですか?」 ルナ 「いいわよ、真実だもの」 セレス「……そうですか……そうですね、隠す意味もありません」 なにを言ってるんだかまるで解らない。 何がなんなんだ? 解るように説明してくれってば。 セレス「彼女の肉体は、親である死神の肉体そのものです」 悠介 「……親の……体?」 俺は馬鹿みたいに間抜けな声で問い返した。 セレス「彼女……ルナの言っていることが真実であって、     彼女が魂の契りをもって創造されたものなら……     そこに産まれるのは魂だけであって、肉体は産まれません。つまり……」 ルナ 「わたしは知らず知らずに創りだされ、魂と母の肉体をもって産まれ。     その結果、母は塵になって消えた。馬鹿な話よね。     わたしはそんなことに気づくのに50年はかかったわ」 悠介 「50年!?50年と言ったか今!」 ルナ 「ん?そうだけど」 悠介 「お前、今いくつだ」 ルナ 「……あのねぇ悠介?     女性に年齢を訊くのは禁句だってことくらい知ってるでしょう?」 セレス「298です」 ルナ 「こらそこぉっ!人の年齢あっさり言わないでよね!」 セレス「第一にあなたは人ではありませんし、     第二にその言葉は自身で肯定しているのと同じです」 ルナ 「あう……!」 馬鹿だ。 うん、馬鹿だ。 ルナ 「あ、言っておくけどね悠介。実体年齢は17なんだからね」 悠介 「別に訊いてないけど」 ルナ 「う……ちょっとそこの冷血吸血鬼!」 セレス「なんでしょう」 悠介 「うわ、否定すらしてない……」 ルナ 「あなたの年齢はどうなのよ!」 セレス「874です」 悠介 「うそっ!?」 ルナ 「ええっ!?年上!?」 悠介 「だって成長するって!」 セレス「ええ、成長しますよ。血を吸わなければ、の話ですが。     渇いてゆくにつれ、少しずつ成長します。     ですが、その成長も制御できますし、     血はそんなにまで必要じゃありませんから。     一度摂取すれば相当永くもちます。問題はわたしの体の弱さ……。     吐血に原因があるわけですが」 悠介 「そんなに長持ちするものなのか?その研究所にあったっていう血って……」 セレス「ええ、そこは製作者に感謝しなければなりません。     産まれたからにはわたしだって生きたいですから」 ルナ 「なによ、わたしのこと異端異端って言うクセに、     自分だってかなりの異端じゃない。成長する吸血鬼だなんて」 セレス「ええ、わたしも有名です。恐らく知らないのはあなたくらいなものですよ」 ルナ 「………」 セレス「………」 悠介 「あぁあぁぁ……」 部屋の中に強烈な殺気が充満する。 息が出来なくなるくらいの重く凍てつく空気が。 悠介 「あ、あのさあぁ、この腕、どうしよっか……」 ポソリと呟く。 すると殺気は霧散してくれて、俺はなんとか一息つけた。 セレス「……そうですね、どうしましょうか」 ルナ 「………」 セレス「この腕……どなたのですか」 悠介 「俺の」 セレス「……両腕ともついているようにお見受けしますが」 悠介 「ああ、生やした」 セレス「……人間……?」 疑惑の目で凝視された。 ああもう、俺だって自分が怖いんだから勘弁してくれ。 セレス「まあその話は置いておきましょう。     その腕、処理しても構わないんですね」 悠介 「え?あ、ああ」 セレス「それでは貸してください」 悠介 「? どうするんだ……?」 訳も解らず、とりあえず自分の腕を渡す。 で、何をするかと思ったら、彼女は腕に噛み付いた。 悠介 「うぇっ!?」 ルナ 「………」 そしてチューチューと残った血を吸っている。 悠介 「うわわわわ……」 みるみるうちに腕は干からび、そして灰になって消えた。 セレス「デリート」 悠介 「………」 ルナ 「………」 俺とルナは黙ったまま。 感想を述べよなんて宿題を出す奴が居たなら、迷わず殴るね。 悠介 「ど、どうやったの……?」 自分の腕が灰になってしまった。 黙っていたかったけど、そういう訳にもいかない。 セレス「血を吸って干からびさせ、吸血因子を送って吸血鬼化。     ですが腕だけの存在に再生能力なんてありませんから灰になります」 説明、終了。 わあ、ホントに吸血鬼だ……。 どこかで完全に認めてなかった部分が、うんうんと頷いて納得してしまった。 悠介 「……って待った!!それじゃあ俺も血を吸われたわけだから……!!」 セレス「ご心配にはおよびません。     わたしの場合、送ろうと思わなければヴァンパイアウィルスは流れませんから」 ルナ 「そのとき、あなたが送ろうと思わなかったって     安心できるわけじゃないでしょう?」 セレス「………」 ルナ 「………」 悠介 「はうぅ……!」 再び重苦しい沈黙。 誰か俺を助けてくれ……。 悠介 「あ……ちょっと待った。     また恐ろしいこと言わなかったか?」 セレス「言ってません」 悠介 「いや、そう否定されても困るんだけど……。     わたしの場合、って言ったでしょ」 セレス「わたし以外にもう存在しないから意味は無いんですけどね。     一定時間噛んでいないと流れない者や、噛んだ瞬間感染させる者。     他は自分の血を飲ませて感染させる者くらいです」 悠介 「……なるほど、確かに意味ないな」 ルナ 「………!」 セレス「………!」 悠介 「ん?どうかしたのかふたりとも」 ルナ 「悠介、誰か来る」 セレス「お客人……でしょうか。歩調音から察するに、男性ですね」 ここから足音が聞こえるって……どういう聴覚だよ。 ピーンポーン。 って、ホントに来てるし。 悠介 「……ああ、今度こそホントに配達屋かも」 ルナを横目に頷く。 ルナ 「なによ、ちょっとしたおふざけじゃない。     大体あの時のは悠介の方が悪いんだから。お札なんて貼って」 悠介 「さてと、出なくちゃな」 ルナ 「あー!無視した!」 ピーンポーン。 悠介 「はいはい、今出ますよー!」 玄関までの距離を走り、ようやく到着。 広いのも考え物か。 ちなみに神社はさらに石段を登った上にあるわけで、ここは家でしかない。 悠介 「はい?」 ガラッ、と玄関を開ける。 彰利 「よっ、元気にしてたか親友」 ピシャン。 閉めた。 悠介 「……ッ!!」 ヤバイ。 どうして奴がここに!! いや遊びに来たんだろうけど……ヤバイ! いやマズイ!!かなりマズイ! 家に女が居ることが奴に知られてみろ! どんなことになるか解ったもんじゃない! 彰利 「え……あれ?アイヤーーッ!!?こ、これ!なに閉めてんのさダーリン!!」 すぐ後ろから彰利の声。 おまけにドンドン!というかガシャガシャというか、そんな音を醸し出す玄関。 ええい、ノックは静かにするのが礼儀だろうが馬鹿者め。 とりあえずルナは見えないからいいとして、セレスが……。 彼女には隠れてもらうとして……あ、まずは鍵を閉めよう。 がしゃん、と。 彰利 「あ!おい!なにも鍵まで閉めるこた無いザマしょ!?     ここに登ってくるまでどれだけ苦労したか!って聞け!聞いてぇーーっ!!     何事も無かったように、     玄関ガラスにおぼろげに映るその姿を遠ざけないでぇーーーっ!!!」 さてと。 早速実行しないとな。 玄関と十分に距離を取ったことを確認して、俺は静かに走った。 悟られてはならぬ……! この悠介が停学をくらっているにもかかわらず、 自宅で女性と話していたことを……! 悠介 「ルナ!セレス!」 転げるが如し。 というか部屋に戻った途端、俺はコケた。 彰利 「美しいお嬢さん、俺と喫茶カルディオラに茶ァしばきにいきません?」 セレス「嫌です、冗談じゃありません」 彰利 「うわっ……そこまで言う……?」 悠介 「どうやって入ってきた彰利ぃいいっ!!」 彰利 「よっ、親友。上がらせてもらってるぞ」 悠介 「人の話を聞けよ!」 彰利 「ん?そこの窓が開いてた。無用心だぞお前。     しっかしなるほどねぇ、俺を入れたくなかったワケだよ。     こんなベッピンさんふたりとよろくしてたのか、ウハウハ気分全開か」 悠介 「お前と一緒にするな。     どうせこんな勘違いされると思ったから入れなかったんだ」 彰利 「まっ、冷たいお言葉!」 悠介 「それにこのふたりは……ってオイ!」 彰利 「ウィ?なんでショ」 悠介 「ふたりって言ったか?ベッピンさんふたりって」 彰利 「ああ言った」 悠介 「見えるのか?」 彰利 「いや、惜しい角度で見えない」 ボキャッ! 彰利 「はうっ!」 とりあえず遠慮無しに殴っておいた。 悠介 「あのなぁ!俺はスカートの中のことなんか訊いちゃいないんだよ馬鹿者!」 彰利 「いつになく乱暴ね、悠ちゃん。     まあ冗談は抜きにして。見えるよ、一応な」 悠介 「……そ、そうか……見えるのか……」 彰利 「ああ……雪原のような白」 メゴシャア!! 彰利 「ギャヤヤァッ!!」 言い終える前に俺とセレスの拳が唸りをあげた。 彰利 「お、落ち着け!話せば解るかもしれない!     落ち着いて!無言で殴り続けないで!」 悠介 「いや、死ね。魂狩られてしまえ」 彰利 「わ、わかった親友!お前の気持ちはよぉっく解った!     だからそのモーニングスターを仕舞ってくれ!!」 悠介 「おう?いつの間に」 どうやら心と能力がその意思を同じくしたらしい。 悠介 「まあ解ってくれたんなら」 彰利 「あ、ああ……お前がそんなに大変なことになってるとは思わなかった」 悠介 「ああ……」 彰利 「結婚しよう」 ごしゃっ。 俺は迷わずモーニングスターを振り下ろした。 彰利 「キャアアやめておねがい!ごめんなさいもうふざけません!!     だからモーニングは!星の朝はやめて!」 悠介 「ルナ、こいつの魂狩っちゃっていいよ。いや、むしろ狩ってくれ」 ルナ 「いやよ、こんな魂」 彰利 「わぁ、本人の目の前で結構ヒドイこと言ってる」 悠介 「セレス、こいつ灰にしちゃっていいよ。いや、むしろそうしてくれ」 セレス「不味そうだから嫌です」 彰利 「わぁ、菜食主義者でフレッシュミートなアタイに向かってなんて中傷」 セレス「中傷でへこたれるような人には見えませんが」 彰利 「そう言わないで、雪色の姫君」 セレス「一発殴っていいですか?」 彰利 「もう何発も無味無臭+無言で殴られてるけどかわいいから許す」 ごしゃっ。 遠慮無しに殴った。 彰利 「ぐふっ……ついに口の中にまったりとした鉄サビの味が……」 セレス「……随分余裕に見えます」 ルナ 「悠介……彼、本当に人間?」 悠介 「一応人間らしい」 彰利 「一応もなにもないぞ失礼な。俺は壮絶なほどにアレだぞ、人間なんだぞ」 悠介 「わかった、もう帰れお前」 彰利 「イヤァアアア見捨てないで!一緒に停学になった仲じゃないか!」 悠介 「一緒に、じゃなくてお前が道連れにしたんだろうがボケ者」 彰利 「だってあのハゲが俺の悠介に熱い視線を」 悠介 「だからって教師にバスケットボールを全力投球するな馬鹿」 彰利 「いや、なんか突然ドッヂボールをやりたくなって」 悠介 「お前、やっぱり人生を言い訳で生きてるだろ」 彰利 「そう誉めてくれるなよ。結構スリルがあるんだぜ?俺の物語。     江戸村に飛んだりおとうさんと呼ばれたり、自称武士のカスに斬り刻まれたり」 悠介 「………」 彰利 「わかった、俺が悪かった。だから無言で拳を構えるのはやめて」 どうもこいつが相手だと調子狂う。 悠介 「で?何か用があって来たのか?」 彰利 「ああ、かなり大切なことだ」 悠介 「うそつけ」 彰利 「……即答はひどいんじゃないの?」 悠介 「いいから、なんでここに来たのかを1字以内で述べよ」 彰利 「喋ることすらままならないじゃないか」 悠介 「それでいい。お前は喋るな」 彰利 「ひでぇ……それが遠い未来から戻ってきた親友に対する発言か?」 悠介 「なんのこっちゃ……って泣くな」 彰利 「泣いてない。     お前、自分がどういう状況下に置かれているのか解らないようだな」 悠介 「彰利と会話中」 彰利 「それは告白と受け取っておこう。     じゃあ言うけど、お前……この状況、若葉ちゃん達にどう説明する気だ?」 悠介 「………」 くるりと、ルナとセレスを見る。 悠介 「………はう」 彰利 「……な?悪いことは言わねぇ。バラされたくなければ俺と駆け落ちしろ!!」 ボゴシャア!! 彰利 「ギャアア!!もうごめんなさい!悪かったです!本格的に!俺が!!」 悠介 「えぇい倒置法使うなこのレタス!」 彰利 「な、なにぃ!?俺のことなら許せるがレタスの悪口は許せねぇ!」 悠介 「言ってないけど」 彰利 「よし許す」 メゴシャア!!! ごしゃっ!めしゃっ!!ボゴドゴッ!! 彰利 「キャアアごめんなさい偉そうにしてごめんなさい!     謝るから無言で殴り続けないで!愛が痛い!」 悠介 「いいからお前もう帰れ!」 彰利 「それは無理な相談だ。実は俺、家出してきたんだ」 悠介 「ひとり暮しのくせになんで家出するんだよ!」 彰利 「一度でいいからやってみたかったんですボブ兄さん」 ごしゃっ。 彰利 「あぉぅっ!!か、堪忍!堪忍してや兄貴分!     おいが悪かった!この通り!!謝るから無言で殴るなってば!!」 悠介 「失せろ馬鹿者!!」 ドゲシッ! 彰利 「ウヒョォッ!!」 ぴしゃん。 彰利を家から追い出し、窓と鍵と障子を閉めた。 彰利 「イヤアアア開けて!秋の風が僕を襲うの!寒いのYO!!」 窓越しに聞こえる声。 悠介 「やかましい!帰れこのこわっぱが!」 彰利 「こわっぱって……同い年!俺、キミと同い年なのよダーリン!」 ドンドンドン!! 悠介 「誰がダーリンだ!いいから帰れ!そしてここで見た出来事の一切を忘れろ!」 彰利 「俺とは遊びだったんだな!?     ひ、ひどいわこの越後屋!!金返せこの越後屋セロリ!!」 ダンダンダンダン!! 悠介 「えぇい窓を叩くな!!っていうか誰が越後屋セロリだ!」 ルナ 「ねぇ悠介、キリがないよ」 セレス「その意見には賛成です。この際です、無視しましょう」 悠介 「なるほど、いい手だ」 彰利 「なになに、なんの話?」 悠介 「……何処から涌いて出た彰利」 彰利 「そこの床下を開けることが出来た。無用心だぞお前」 悠介 「おのれ以外の何処のどなたが、     わざわざ蜘蛛の巣と埃まみれになりながら床下から涌いてくるんだ馬鹿者!!」 彰利 「俺だ」 悠介 「お前はなにか?多数居るとでも言うのか?」 彰利 「いや、ドッペルゲンガーさんがひとり」 どがしゃぁあああああああん!! 彰利 「ほぎゃあああああああっ!!」 障子と窓ガラスと共に、彰利が庭に敷き詰められた小石の海にザシャアと沈む。 彰利 「キャアア!婿入り前の大事な体が切り傷だらけに!     悠介!責任とって俺とハネムーン」 ボグシャアッ!! 彰利 「ぅぐぇっ!!」 そんな彼にドロップキック。 彰利 「ご、ごめんなさい……ホントもう、ごめんなさい……。     心から謝罪の言葉を貴方に贈るのでもう勘弁してください……」 悠介 「……はぁ」 軽く溜め息を吐くと、俺は倒れている彰利の上あたりで手で穴を作る。 悠介 「オキシフルが霧状で噴き出します」 彰利 「えぇっ!?」 ブシャァアアアと霧が噴き荒れる。 彰利 「ぎぃゃあああああああああっ!!!!」 彰利悶絶。 転がり、苦しみ、足をバタバタさせ、ゆっくりと静まってゆく。 その風貌は正に、台所の黒いランナーだった。 ガクッ。 彰利は気絶した。 悠介 「おお彰利、気絶してしまうとは何事じゃ」 まあ、ようやく静かになった。 ルナ 「……仲いいね」 セレス「……そうですね」 悠介 「俺が?こいつと?よしてくれ、そんなんじゃない」 ルナ 「だって悠介、彼と話してる時……わたしのことなんか忘れてたでしょ」 セレス「どうしてあなたは『わたし達』と言えないのですか」 ルナ 「うるさいわねこのネクラ吸血鬼。     そんな究極にどうでもいいことよりも悠介、彼とはどういう関係?」 悠介 「いや、ただの知人だよ」 セレス「ネクラ……今まで長いあいだ生きてきたけど     ネクラなんて言われたのは初めてです……」 ルナ 「なにブツブツ言ってるのよ」 セレス「館を訪れる人は皆、わたしを清楚とか大人しい娘と言いました……。     ですがネクラ……ネクラと言いますかあなたは」 ルナ 「感情の無い声で話してるからよ。     目も落ち着きすぎてて死んでるようにしか見えないし、     あなた本当は年齢サバ読んでない?     千年くらいは生きなきゃ悟るに至らないわよ」 セレス「………」 ルナ 「まあいいけど。どうせ874でもわたしにとっては     『おばあさん』や『ひいおばあさん』を超越して、既に『ミイラ』だし」 セレス「………」 ルナ 「ネクラ吸血鬼が嫌なら略してあげようか?ネッキーって。     ……って何処行くのよ悠介」 悠介 「争いの無い未来まで」 ルナ 「却下。さ、こっち来て」 悠介 「イヤアアアアアッ!!」 提案というか希望をものの数秒(ももたなかったけど)で却下され、 俺はルナに捕まり、怪しく空気や景色を歪ませているセレスに向かい合わされる。 や、やばい。 目の前の彼女は今や、かつての彼女じゃない。 『ヘロウ』なんて迂闊そのものな、 エセアメリカン語で声をかけた途端、首が空を浮きそうだ。 う〜ん、実に見事。 まさに殺戮機械と書いてキリングマシーンと読む。 なんてことが俺の深層意識の中で大好評放映された。 パンフレットをお忘れなく。 悠介 「た、たわぁあっ!盾か!?盾なのか!?」 ルナ 「そんな、死神じゃないんだからそこまでデスチックなことしないってば」 悠介 「お前は死神だろがっ!」 ルナ 「あ、そうだった。ま、いいじゃん。そ、問題無しよ全然まったく。     だってわたしハーフだし」 悠介 「い、いいから離せ!死ねる!俺が死んでしまう!」 ルナ 「だ〜いじょーぶだいじょーぶぅ。     ホラ、胴体八つ裂きにされても創造して再生すれば」 悠介 「その前に死ぬと言ってるんだ馬鹿者!!」 ルナ 「それなら八つ裂きにされないように盾になるようなもの創造してみたら?」 悠介 「はぁ!そうだ!」 盾……盾だ。 えぇと盾。 うーむ盾。 …………どんな。 第一その盾が俺と相性合うかどうかも解らないんだぞ。 創造した途端に気絶してたら八つ裂きしてくれって言ってるようなものじゃないか。 ていうかそもそも、どうして俺がこんな目に。 悠介 「争い、良くナイこと。やめる、いまスグ。話、スルベキ」 その前に争う必要も無いと思うので説得。 ルナ 「どうしてカタコトなの」 悠介 「張り詰めた怒りを持ってる相手に標準語で接すると余計緊張する。     だから、和ませる。これは人生経験の賜物」 ぶちり。 キャア、何かがキレる音。 彰利 「いやん、俺のワラジが」 悠介 「いつ起きた彰利」 彰利 「いやたった今。それより大変なんだ、俺のワラジの緒が」 悠介 「何処から持ってきた」 彰利 「こんなこともあろうかと常に携帯」 悠介 「すなっ!」 彰利 「まあまあ、そう言わずに。フンッ!」 びりぃっ! 悠介 「あ、おい!ちょっと待て!     なに人の服引き裂いて……ってどういう握力してんのさお前!」 彰利 「ああ旅の方、自分の服を裂いてまで……なんておやさしい……」 悠介 「『フン!』とか言って気合十分に裂いておきながら     『おやさしい』じゃねぇよ!」 彰利 「お礼に灼熱の如き熱さを誇るキッスを」 悠介 「やめんかこの馬鹿者!!」 ドパァン!! 彰利 「ぶべぃっ!!?」 裸足ならばバチィンッ!! と大きい音がなる筈だったムエタイハイキックが彰利の側頭部を襲う。 悠介 「お前という男はっ!     どうしてそう人のペースをぶち壊すようなことしか出来ないんだぁっ!」 ベチンッ!!ベチンッ!!ベチンッ!! 倒れそうになった彰利に、さらに攻撃を加える。 彰利 「ぎゃっ!えひゃいっ!むひょぅっ!     ごごごめんなさい!謝るから起き上がりコボシチョップはやめて!!」 ルナ 「悠介、悠介ってば」 悠介 「なんだよ、見ての通り今立てこんでるんだよ」 ルナ 「そう?じゃあ回れ右してみて。きっと考え変わるよ」 悠介 「? 右?」 くるり。 悠介 「……こんなことしてる場合じゃないね」 ルナ 「でしょ?」 見た先にはセレスさん。 口から、ごふぁぁああと白い息を吐き出している。 まるで温泉みたいな口だ……けどなぁ。 いくら秋とはいえ、気温は暖かいに属する。 と、いうことは、だ。 悠介 「……何度くらいだと思う?」 ルナ 「軽く見ても170度以上ね」 悠介 「170!?風呂の温度どころじゃないじゃないか!」 ルナ 「あ、噛まれたら火傷は必至よ。気をつけて」 悠介 「煽ったのお前じゃん!責任とれ馬鹿デス!」 ルナ 「馬鹿デスって言わないでよ。     すぐに横文字にしたがるのって日本人の悪い癖よね」 悠介 「馬鹿死神」 ルナ 「別に日本語版を許したわけじゃないんだから言い改めないでよね」 セレス「フゥウウゥゥ……!!アツイ……!カラダガ……ノドガカワク……!!」 ルナ 「……あちゃー、完璧にイッちゃってるわね」 悠介 「どうすんだよルナ!     相手はサバ読み予想が合ってたら千年生きてる吸血鬼だぞ!?」 ルナ 「あぁ、大丈夫安心して。打開策なら知ってるから」 悠介 「なにぃ!?知ってるなら」 言い終える前に、俺の口はルナの指に塞がれた。 ルナ 「教えてあげるから、もう一度契約して」 悠介 「なにを」 ルナ 「魂の契約。時間が経ちすぎてて、魂結糸(こんけつし)
が伸びてるみたいなの」 悠介 「ヤ」 即答。 ルナ 「契約が切れると悠介死ぬよ?それでもいい?」 悠介 「………」 死ぬの? え?な、なんで? 悠介 「死ぬ?俺が?なんで?」 ルナ 「じゃあここで問題です」 ジャカジャン! どこからか音が鳴った。 音のした方を見ると……ニヤリと笑う彰利が。 ルナ 「昔、ほんの小さな子供が燃え盛る家の中で奇跡的に生き延びました。     さて、それはホントに奇跡だったのでしょうか。     それとも助けた死神が魂の連結から力を送っているからでしょうか。     そして、その連結が途絶えたら少年はどうなるでしょうか。     あ、最初に言っておくけど魂は肉体とは違って治癒能力なんてないの。     そこのとこ、よぉっく考えてね」 悠介 「喜んで契約させてもらいます」 ルナ 「たいへんよろしい、じゃあ始めるよ」 悠介 「……え?あ……ぁぁぁ……っ!こ、こここ、ここ……で?」 ルナ 「え?」 セレス「クォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」 咆哮。 瞳を真っ赤に血走らせ、目の前まで迫った吸血鬼が吼えた。 ルナ 「あらら、こりゃ無理だわ。悠介、こっち」 悠介 「え?おぉぁあっ!」 ルナに手を引かれ、天井を通り抜け、そのまま空へと連れられる。 悠介 「おわぁあっ!死ぬ!死んでしまうぅぅっ!!」 ルナ 「もう、少しは信用してよね。     浮いたのは距離を置くためであって、転落死させようって考えじゃないんだから」 悠介 「………」 ルナ 「なに、その疑いの眼差しは」 死神だしなぁ。 ルナ 「ま、いいけどね。それじゃあ……頂上あたりまで行って落ち着こっか。     少し飛ばすよ」 言った途端、風を肌に感じた。 そよ風と呼ぶよりはまあ突風だが。 悠介 「でもさ、なんだってあんなに落ち着いてた人が、ああまで変わるんだ?」 ルナ 「他人と接する時間なんて無かったからでしょ。     つまり『怒り』の感情も初めてだから制御できないとか」 悠介 「『つまり』で始めたくせに『とか』ってなんだ」 ルナ 「怒るとシワが増えるよ」 彰利 「イヤン、彰利困っちゃう」 悠介 「……お前さ、何者よ……」 空を飛ぶ俺とルナの隣を、平然とした顔で飛ぶ彰利に疑問をぶつけてみた。 彰利 「いやいや、実はね、神社と社務所……つーかお前の家ね。     そことをホレ、このロープで繋いであったワケよ。     で、そのロープを体に結び、     一方のロープを切ると頂上の神社の方に設置した岩が滝坪に落ちて、     こうしてひっぱられると」 悠介 「その後のこと、考えてるか?」 彰利 「その後? ……俺は常に今を尊び敬っている」 悠介 「お前だしな。まあ想像してみれ」 彰利 「おう、予想なら任せろ。岩は滝壷に落ちている。     まあ妥当と呼ぶより当然と呼べる答えだ。     で、それに引っ張られてこうして飛んでいるわけだから」 悠介 「わけだから?」 彰利 「助けてくれ悠介。俺が大切にしている金のエンジェルあげるから」 悠介 「交渉は決裂だな。いい夢見ろよ彰利」 彰利 「早っ!見捨てないでデイジー!」 悠介 「お前やっぱりいっぺん輪廻転生してきた方がいいと思うぞ」 彰利 「死んでこいを通り越して輪廻転生!?ってギャア頂上!!」 悠介 「まったく……!ルナ!」 彰利を引き寄せ、ルナに叫ぶ。 ルナ 「はいはいっと……“異端の三日月鎌(ディファーシックル)”」 スッ、と鎌がロープを通過する。 音もなくロープは切れた。 ルナ 「もう……余計な手間掛けさせないでよね」 トン、と地面に降り立った。 彰利 「た、助かったぁっ!ありがと悠介!キミは恩人だ!     もう全てを奉げちゃうわコンチクショウ!ラブリィイイ!!」 悠介 「メリケンサックが出ます」 彰利 「ごめんなさい、冗談です」 ルナ 「ほらほら、馬鹿やってないで契約済ませましょう」 ぱんぱん、と手を叩いて場を仕切るルナ。 悠介 「ん、わかった」 ひょいとメリケンサックを彰利に向けて放る。 彰利 「え?お、おい」 悠介 「やる」 彰利 「……まあ!俺の指にぴったり!     婚約指輪なのね!お、俺様うれしい……っ!」 悠介 「手榴弾がぁ……っ!!」 彰利 「ひぃっ!出さないでごめんなさい!」 ルナ 「あぁもう!あなたちょっと邪魔!黙ってて!」 ガコォッ!! 彰利 「へぎゅっ!?」 ドサリ。 顎に気持ちのいい一発を受けると、彰利が糸の切れた操り人形のように倒れた。 ……神社に平穏が戻った。 ルナ 「じゃ、始めようか」 悠介 「始めようか、って……あれだろ?また拇印押せばいいだけだろ?」 ルナ 「んーん、今回のは魂結糸を濃くするだけだから。     同じ人との契約は違反なんだけどね。どうせ異端でハーフだし」 半ばヤケクソになっている気がしないでもない。 ルナ 「悠介、手をこう……こう翳して」 悠介 「こう……か?」 ルナ 「ん、そのままね」 そう言って、ルナは目を閉じた。 ルナ 「……我、今、闇の理を用いて汝と契約せん……。     我、月の末裔がひとりなり……」 すぅっ……と場の空気が重くなるのを感じる。 そうなると、自然と俺も目を閉じた。 ルナ 「影、混沌、歪、闇、深淵、死の理、暗転、無……。     その8つの盟約を連結の力とし、我と彼の者の魂を繋げよ……」 悠介 「………」 ……冷たい風が吹いていた。 本当に冷たいんじゃなくて、 それは不安に満ちているために冷たいと感じていた。 だけど考える。 あの時あの場所で、本当に冷たいと感じたのは…… 自分の心だったんじゃないかと。 そして今。 その懐かしい風が自分を包んでいる。 いつか感じたような風の調べ。 暖かくてやさしくて。 とても懐かしい風。 どうしてそう感じたのか。 ぼくはずっとその答えを探していた。 それはあの日から始まったこと。 自分の居場所を失った時。 自分に声をかけてくれた自分と同じ瞳をしたおねえさんが居た。 そのおねえさんはぼくを見て微笑んでくれた。 ぼくはそのとき、産まれて初めて『笑顔』というものに出会った。 今……思い返してみれば……。 その答えはもう自分の中で結論になるのをずっと待っていた気がする……。 ああ、そうか……。 この風が懐かしいと思えるのは……。 彼女が、ぼくと同じだからだ……。 ……彼女は言う。  「わたしを迎えてくれるかな」 そして、ぼくはその言葉に対して、今もはっきりと頷ける。  「……ああ。どんなことがあっても、出来る限り迎えてやるよ。だから……」 ぼく達はひとりじゃない。 それを互いで証明することが出来る。  「だから、お前も俺を迎えてくれよな」 それは、いつか感じたあの想いと一緒だった。 どんなことを言っても許される。 どんなことがあっても、いつかは笑い話になって笑い合える。 いつかぼくがそれを思い出せたら……  どうか、ぼくを………… ……ふと、意識が覚醒した。 ゆっくりと目を開けてみる。 だけど、その視界は滲んでいて、その場にある筈の景色を覆っていた。 ……涙……? 静かにそれを拭って、改めて前を見る。 悠介 「………」 その場に、信じられない光景が存在していた。 悠介 「……は……っ!!」 一体なんだというのだろう。 俺は驚く以外のことが出来なかった。 セレス「クォオオオオオオオオオオオオオオッ!!」 目を開いた先に居た…… というか目の前に居たのは真っ赤なお目々の吸血鬼。 悠介 (ていうか気づけよ俺!!) なんともシャレにならない状況が俺の目の前で。 いやもうホント俺の目の前で展開されている。 こんな状況、人間である俺にどう対処しろと言うのよ神よ。 とりあえず神への憎しみが10%増量した秋の昼模様だった。 Next Menu back