それは昔の物語。
 
今でこそ振り返ることが出来る、その過去を思う。
 
たとえその資格が既に自分の中から消えてしまっていたとしても、
 
それを思い返すのは『悪』じゃないと思った。
 
そんな……あの日と変わらぬ秋の夜空を見上げて思う過去。
 
それは今でも自分の中で血にまみれていて、
 
自分はその先に見える子供を虚ろいだ視覚で眺めていた。
 
今だからこそ解ることもある。
 
その時だからこそ沸き起こる感情がある。
 
想いがあるからこそ……相手の傷すらも解ってあげられる。
 
でも……時々に思う。
 
自分はなんのために産まれたのか。
 
疎まれることにはいつまで経っても慣れなくて、自分はいつでもひとりぼっちだった。
 
悲しい、という感情。
 
寂しい、という感情。
 
そして……孤独や痛み。
 
暖かい感情は無かったの?と、自分で自分に問い掛ける。
 
その言葉に、自分は『あった』と答えた。
 
……今だからこそ……思い、振り返ることの出来る想いがある。
 
それは一体どんな感情だったのか。
 
それをいつ、どこで無くしてしまったのか。
 
自分の中で、まだ子供だった自分が、その答えを必死で探していた。
 
いい思い出だけを独り占めして、

いつまでもその景色を繰り返して笑っている子供の頃の俺。
 
なにがそんなにおかしいのか。
 
自分はもう、そんなことすら思い出せないでいた。


 
……血が、目の奥にこびりついて、その色を景色に投影した。
 
赤く染まった世界で、自分は血に塗れた子供をぼう、と眺めている。
 
自分の利き腕が真っ赤に染まっていて、石畳はポタポタと音を立てていた。
 
これは……誰の血だろう。
 
そう思って、過去の記憶を引きずり出す。
 
そして……その答えが見つかったとき、自分は笑った。
 
なにが……そんなにおかしいのか。
 
自分はもう、そんなことすら思い出せなかった……。
 
やがて聞こえてくる足音。
 
自分と、子供を見るその目。
 
ぐったりと倒れている子供に、泣きながら傍に走り寄る子供。
 
そして……自分を睨むその目。
 
…………。
 
笑いたくもないのに、笑いが止まらなかった。
 
泣きたかったのに。
 
そんな目で見られることが辛かったのに。
 
口から漏れるのは嗚咽じゃなくて……ただの、狂ったような笑い声だけだった。
 

…………もしかしたら。
 
そう、考えたことがある。
 
でもそれはもう過去のことで、今の自分にはそれが夢だったという事実しかない。
 
目の前で、唯一自分に接してくれていた母親を殺され、
 
皆はそれを『役立たず』と言った。
 
ただ、それが許せなかった。
 
気がつけば自分は全てを否定していて、目の前には親の亡骸と、
 
血の海で横たわる子供の姿だけがあった……。
 
…………。
 
それから、自分の存在は消滅した。
 
皆が決めたことだ。
 
自分の存在を知っているのは少数の人間だけで、既に帰る家も無かった。
 
心の中に居るふたりの自分は冷たく、自分の中はからっぽだった。
 
けど、そんな自分に声をかけてくれた人が居た。
 
きっとそれが……自分の中に新しい何かを作るきっかけだったのだろう。
 
それが嬉しくて、自分は本当に久しぶりに、自分の意思で笑った。
 
……でも……いま。
 
その笑顔が、思い出せないでいる……。
 
 









 
───暴走(ぼうそう)───
悠介 「あぁあああああっ!!」 久しぶりの教室に入るなり、俺は叫んだ。 何があったかとかいう前に、クラスのみんなの視線が痛かった。 しまった。 なにを今更などと自分でも思えてしまうが、 結局、月の末裔のこととか、うやむやになってた……。 悠介 「……ま、いいや。帰ってからでも訊ける」 小声で納得すると、自分の席に……ってオイ。 なにやら異様な光景を目の当たりにした。 悠介 「なんたるユーモアセンス、俺を動揺させるとは」 といってもここ最近になって動揺の連続だが。 悠介 「花……だよな、どう見ても」 卓上に花瓶詰めの花。 縁起でもない。 っていうか生きてるって俺。 悠介 「彰利」 彰利 「よう、奇遇だな親友!元気してる?」 どうやらこいつにも及川のお呼びがかかったらしい。 悠介 「どういう冗談なんだ今回は」 彰利 「華道の心得」 悠介 「だったら生け花くらい挑戦してみろ」 彰利 「微妙に中途半端の方がいいって思ったんだけど。     気にいらなかったんなら俺から貴方に暖かい春の味を」 パァン! 彰利 「キャーッ!」 とりあえず俺から『張る』を贈っておいた。 彰利 「あぁん……もう、なにも紅葉が出来る程に思い切り張らんでも」 悠介 「及川は?」 彰利 「まだ来てない」 まあ、ここらはいつも通りだ。 そしてそろそろ…… 声  「……おい、あのふたり停学中じゃなかったのかよ」 声  「ああ、今日アレがあるだろ?文化祭のさ」 声  「……ったく、なんだって来るかねぇ」 声  「まったくだよ、弦月のヤツも、あんなヤツと居てなにが楽しいんだか」 ま、これも普段と変わらない。 彰利 「………」 相変わらず、彰利は俺の悪口を聞きつけると怒気を含んだ顔つきになる。 でもまあ……無理に嫌われる必要なんてないだろう。 幸い、彰利の能力はクラスには知られていないし。 彰利 「……なぁんか、シラケちまったなぁ……」 静かな。 だけど、鋭く刺すような怒りを身に宿して、彰利が言う。 彰利 「なぁ、ハト以外にも出せるんだったよな?」 悠介 「ああ、一応」 彰利 「オーケー。じゃあちょっと耳貸してくれ」 悠介 「うん?」 ムチュ。 ドゴォッ!! 彰利 「おふぁっ!!」 悠介 「なにしやがんだこの馬鹿者ッ!!」 ドゴッ!メゴッ!ミゴッ!ペキャッ!! 彰利 「なにって、いてっ!話をいてっ!     しようと思ってギャッ!でもキミの頬がギャッ!     ついムチュリとギャウゥッ!!イヤァァアやめて殴り続けないで!」 悠介 「はぁっ、はぁっ……!!」 彰利 「うう……また口の中に鉄の味が……」 悠介 「そのままでいいから話せ」 彰利 「うう……仕方の無い。     さて、ここに取り出しましたるは輪ゴムです。     で、だ。物体を出すと疑われるから、『衝撃』を出してくれ」 悠介 「こうか?」 ドゴォッ!! 彰利 「むひょうっ!ち、ちがっ……!     お、俺があいつにシュートヒムしてから……!」 悠介 「あ、悪い」 彰利 「まあでも、衝撃が出せることが確認出来た。     じゃ、行くぞ。上手くコントロールしろよ」 悠介 「おまえもな」 彰利 「安心しろ、俺はこうみえても小手先の器用は天下無双ぞ。     なんならお前は目を瞑っててもいいぜ」 悠介 「…………」 彰利 「あ、お前その目は疑ってるな?     よぅし、いいだろう。そんな表情もカワイイ僕の悠介に、     俺がここに今誓いのキッスを」 悠介 「スタンガンが出ま」 彰利 「無駄口たたいてごめんなさい、でもどうか俺を信じてハニー」 悠介 「ハニーじゃないけど、解った。     正直な話、目を瞑ってた方が集中できるんだ」 彰利 「クォックォックォッ……そうじゃろそうじゃろ。よし行くぜ……」 妙な笑いを漏らしながら構える彰利を見て、俺も集中する。 彰利 「じゃあ、行くぞ。3、2、1……シュートヒム……!」 彰利が小声で叫ぶと、その形をイメージする。 飛んでいる輪ゴム。 輪ゴムだ……。 そして、思いきり人を殴ったような『衝撃』だけを創造。 そのイメージを一気に……!! ドガンッ!! 声  「あ」 へ? イメージを弾けさせた途端、彰利が妙な声を出す。 なにやらイヤな予感を抱きつつも、目をあけると…… いや、なんか怖くて開けられなかった。 声  「先生!?先生!!」 声  「大変だー!教室に入ってきたオイカワが突如倒れたぞー!!」 声  「きゃーん……どうしたのかしらぁ〜ん……」 最後のは彰利の声だった。 とどのつまりは彰利がミスしたということになる。 目、開けときゃよかった……。 …………。 ……。 しばらくして、オイカワが戻ってきた。 退院おめでとう。 ……保健室だけど。 予測するに、輪ゴム自体がオイカワと距離をとっていたため、 衝撃のクリティカルヒットは免れたらしい。 及川 「えー、では。文化祭の出し物を決めるわけだが……。     学級委員長、前に出て指揮をとってくれ」 委員長「はい」 委員長の榊くんが前に出る。 榊  「え−と、それではまず参考までに、皆さんの意見を聞きたいと思います。     何か提案があればどうぞ挙手を」 彰利 「ハーイ!ハイハイハイハイハイ!     俺様、もうとってもステキな案提出!泣いて喜べ男衆!」 榊  「なんでしょう」 彰利 「メイド喫茶」 榊  「退場」 彰利 「なにィ!?男のロマンより体裁を守りやがった!     男の風下にも置けねぇ!っていうか退場!?却下も待たずに退場なの!?」 ピシャンッ!! 彰利が締め出された。 榊  「はい、他にはありませんか?」 声  「定番のおばけ屋敷は?」 声  「喫茶店もやはり捨てがたい」 声  「だよな?やっぱりそう思うよなぁ!というわけで提案!」 榊  「……いつのまに入って来たのですか弦月くん」 彰利 「そこの通風孔が開いてた。無用心だぞ委員長。     で、提案なんだけど聞く気あるの無いの?」 榊  「どちらかと言えば聞きたくありませんが」 彰利 「そかそか、じゃあ言うな」 榊  「人の話をどう捉えてるんですかキミは」 彰利 「細かいことは気にしません。で!メイド喫茶ァーッ!!」 パカァンッ!! 彰利 「キャーーーッ!!!!」 黒板消しを投げつけられた彰利が再び締め出された。 榊  「芝宮さん、通風孔の鍵を閉めてください」 芝宮 「了解」 カチャリ。 榊  「……ふう、それでは本格的に決めたいので挙手を……」 声  「はい」 榊  「はい、飯崎くん」 飯崎(しゃりざき:愛称=シャリ)がゆっくりと立つ。 シャリ「メイド喫茶がいいかと」 榊  「……だから、いつの間に、何処から入ったんですかキミは」 偽飯 「え?あれ?バレちった?」 榊  「悪ふざけがすぎますよ弦月くん」 彰利 「馬鹿な……完璧な変装だったのに……」 『変装』というよりは『変そう』だった。 実に変だったし。 彰利 「あ、ちなみに窓が開いてたから。無用心だぞ委員長」 榊  「出ていてください!!」 ドグシャズザァアアーーーッ!!! 彰利 「ズイホォーーッ!!!!」 榊  「みなさん、教室を密閉状態にしてください」 声  「了解……」 彰利が締め出され、窓やらなにやらが全て閉ざされてゆく。 榊  「それでは、意見を聞きたいと思います」 声  「あ、委員長」 榊  「なんですか籾くん」 籾  「飯崎は?」 榊  「…………」 ……数秒後、飯崎捜索活動が行われた。 そして数秒後、シャリは掃除用具入れの中でノビていたのを発見される。 榊  「えーと、保険委員は……」 神野 「あ、俺」 シャリが連れていかれる。 悠介 「………」 なんかもうワケわからん。 榊  「埒があかないので票で決めます……」 榊は疲れている。 …………。 ……。 結局、票はバラついたものの、喫茶店に落ち着いた。 それを聞いて納得出来なかったヤツが、もちろん一名いる。 彰利 「なんだよー!なんで喫茶店やるのにメイドはダメなんだよー!」 なんか無茶苦茶言ってる。 彰利 「悠介!こうなったら革命起こそうぜ!     メイドに燃ゆるこの漢魂をやつらにぶつけるんだ!ねこ耳は譲れねェ!     いいか!文字で書くと……こうだ!」 『ねこ耳』 悠介 「………」 彰利 「ひらがなァッ!!     『ねこ』の部分をひらがなで書くことにこそ誉れ誇れる意義がある!     『耳』の部分をカタカナにするのも捨てがたいが───     あ、ごめん!やっぱカタカナがいい!えーと……」 『ねこミミ』 彰利 「どうよ!───キャアアアステキ!もう最高!愛してる!」 悠介 「お前もう帰れ……」 彰利 「メイドさんにねこミミは必須よ?忘れないでねハニー」 悠介 「しつこいって!」 彰利 「チィ……流石の強き友も波に乗れぬか……。     ここは俺が頑張るしかないのだな……」 悠介 「ヘンなことだけはしてくれるなよ。     停学の上塗りなんて冗談じゃないからな……」 彰利 「ねえダーリン、一蓮托生って」 悠介 「知ってるけど知らん」 彰利 「なんだよー!こんな時くらいノッてくれたっていいじゃんかよー!」 悠介 「もういいだろ、決まったんだからさ。     ふつ〜〜〜〜ぅに喫茶店でもやろうや」 彰利 「だ、ダメだ!俺には堪えられネェ!     喫茶店を!せっかく喫茶店を催すといふのに!     どぎゃんしてメイド喫茶じゃなかとっ!?」 悠介 「しつこいってばさ。大体、衣装とかは」 彰利 「衣装違う!!メイド服言う!!横文字と漢字のハーモニーぞ!?     さあメイド服言う!サン、ハイ!」 悠介 「………」 彰利 「サン、ハイ!」 悠介 「………」 彰利 「なんで復唱しないの!!」 悠介 「ああもう、うっさい」 彰利 「ゲ……ッ、ゲエーーーッ!!!う、うっさいって……!     我が盟友にうっさいって……!こ、心の友がうっさいって……!」 悠介 「じゃ、俺は若葉と木葉に声かけてから帰るから」 彰利 「あ、待った。     こんなこともあろうかと弁当作ってきてあるんだ。     屋上で仲良く食そうじゃないの」 悠介 「……メイド喫茶とメイド服の話をしないと誓えるなら行く」 彰利 「………」 悠介 「………」 彰利 「もちろんだ」 悠介 「今の間はなんだ」 彰利 「俺の愛と情熱と涙の瞬間」 悠介 「じゃあな」 彰利 「ちなみにさっきの答えな。衣装は俺が作る」 悠介 「………………」 彰利 「そんな顔しなくたって、ちゃんとお前の分の衣装も」 悠介 「いらんッ!」 彰利 「えー……絶対似合うと」 悠介 「却下!」 彰利 「……わかったよ、じゃあ屋上で待ってっから。     なるべく急いで来てくれよー」 手をひらひらさせて去ってゆく彰利。 まあ、朝は食してなかったからありがたいけど。 ……溜め息をひとつ。 それから若葉達が居る教室を目指す。 ちなみに言うと、若葉と木葉は皆に嫌われるどころか好かれている。 ダメな義兄とは大違いだ。 ……やがて見えてきた1年の教室のドアに手をかけ、中を覗く。 悠介 「わか……」 声をかけようとして、思いとどまる。 んー……。 若葉は読書、木葉はなんかボーッとしてる。 で、その手が組まれているのに気づく。 組まれた指は、隙間という名の『穴』が存在しているわけです。 ともなれば。 俺は頭の中でハトの羽根をイメージして弾けさせた。 悠介 「………」 あ、気づいた。 若葉のところに向かっていって、なにやら話している。 あ、目が合った。 なんてことをしている時だった。 声  「す、すいませぇええええん!!     どどどどいてくださいぃいっ!あ、危ないですよぉおっ!!」 背後から聞こえる悲鳴にも似た声とドタバタ音。 悠介 「え?ってうおぉおおおっ!!」 振り向いた目の前にはダンボールの雪崩れ。 なにかで防ごうとしたけどイメージが間に合うわけもなし。 腕で頭や目をかばって巻き込まれる。 ぐしゃぁっ!ドカドカッ!! ころころころ……。 ダンボールに巻き込まれ、最後にガムテープが転がるのを見た。 悠介 「いっつぅ……」 打った後頭部をさすりながら立ちあがる。 若葉 「おにいさま……!」 若葉が慌てて走ってくる。 その隣には木葉。 木葉 「怪我は……見受けられませんね。よかったです」 若葉 「水穂、気をつけなさい」 水穂 「ご、ごめんね、若葉さん……悪気は無いんですよ……」 照れ隠しをするような感じで、頭をコリコリと掻く女の子。 悠介 「っと……」 ちゃちゃっとダンボールを抱える。 水穂 「あ、そんな悪いです!」 悠介 「いいっていいって、こんな所に立ってた俺も悪いんだから」 水穂 「……はぁー……」 何やら関心の意が込められていそうな息を吐かれる。 水穂 「あの、若葉さん。     さっきおにいさまって言ってましたよね。もしかしてこの人が噂の……?」 若葉 「ちなみに……」 ワシッ、と若葉が水穂と呼ばれた女の子の頭を鷲掴みする。 そしてぐるぅりと振り向かせ、極上の黒い微笑みを贈り…… 若葉 「噂を信じる気でしたら、わたしも容赦しませんよ……?」 水穂 「は、はう……っ!!そ、そんなことしませんよっ!     う、噂は噂でしかないですから、ボクはそんなことっ!」 若葉 「たいへんよくできました」 言って、若葉の鷲の手が水穂と呼ばれた娘の頭から離れる。 水穂 「あぁあ……あ、自己紹介が遅れました。     ボク、紅水穂といいます。     晦若葉さんと木葉さんはボクの師匠のようなものでして」 ワシッ! 水穂 「う、嘘です……ボ、ボクが勝手にそう思ってるだけですぅ……」 悠介 「若葉、本人悪気なさそうだし」 若葉 「おにいさまがそう言うなら……」 スッ、と離される鷲の手。 水穂 「はぅう……助かりましたぁ……」 悠介 「俺は……って、知ってると思うけど、ふたりの兄で、晦悠介っていう者だ。     あ、でもな、俺とはあまり親しくしない方がいい。     周囲からヘンな目で見られるし、居心地も悪いだろう。でも妹ふたりとは仲良く」 ペぺんっ! 悠介 「あたっ」 若葉と木葉がノートで俺を叩いた。 若葉 「おにいさま……」 木葉 「なんですかその自己紹介は……」 若葉 「自己紹介をしているのに親しくしない方がいいとは何事ですか」 木葉 「いつも思っていましたけど、お兄様はもっと周囲と打ち解けるべきです」 若葉 「そうです。どうもおにいさまは自分の力がどれだけ素敵なものか、     まるで解っていないみたいですね」 木葉 「やってみてくださいこの場で」 悠介 「反論を許さないイングラムトークは構わないが、その注文は承服できないな」 木葉 「何故ですか」 若葉 「どうしてですか」 悠介 「ステレオ効果で喋るな」 若葉 「水穂」 木葉 「水穂」 水穂 「はい?」 若葉 「おにいさま、どう見えますか」 木葉 「あなたから見て、どのような男性に見えるのですか」 水穂 「あ、あの……ですね。     噂で聞いたほどだとか、そんなことが浮かびますけど、     なんだ普通の人じゃないですか。噂ってアテになりませんね」 にこやかな顔。 水穂 「あ、えーと……」 悠介 「悠介でいい」 水穂 「は、はい……それではゆう……」 ギロッ! 水穂 「……先輩、って呼ばせて頂きますぅ……っ!」 悠介 「ふたりとも、あまり威嚇するな……」 木葉 「お兄様を名前で呼ぶなんて許しません」 若葉 「そうですよ、わたしだって名前で呼んだことがないのに」 木葉 「若葉姉さん、そういう問題じゃありません」 若葉 「木葉ちゃんだって名前で呼んでみたいとか思ってるじゃないですか」 木葉 「そっ……そんなことありません」 若葉 「最初のところ、声が裏返ってましたよ」 話がちっとも進まん。 姉妹 『水穂!』 水穂 「は、はいっ」 姉妹 『あなた結局噂を気にしてたんですね!?』 水穂 「は、はい!?」 悠介 「こらこら、ヤツ当たりするな」 木葉 「お兄様が普通の人なのは当たり前です!」 悠介 「木葉……話を聞け……」 若葉 「おにいさま!」 悠介 「ん?」 若葉 「……やっちゃってください」 悠介 「…………なにを」 木葉 「ハトです!」 若葉 「ハトなのです!」 木葉 「もう!水穂なんか恐怖のどん底にッ!」 悠介 「こらこらこらぁっ!何をトチ狂っとるか馬鹿者共!!     お前ら言ってることがさっきと全然違うじゃないか!」 木葉 「変わりません!むしろ素敵に驚かすべきです!そのハトで!」 若葉 「さあ!」 ぼかっ! 若葉 「はうっ!」 悠介 「さあ!じゃないだろ!お前らな、俺がこの能力でどれだけ苦労したかっ!」 若葉 「はう……あうぅうう……」 木葉 「はぅ……うぅううう……」 何やら雲行きが怪しくなってきた。 とりあえず痛覚は木葉にも伝わっていることになるんだが……それはつまり。 若葉 「おにいさまが……おにいさまがぶったぁあああああああああっ!!」 木葉 「ぶったぁああああああああっ!!」 突如泣き出すふたり。 ああもう、幼児化がこんな時に……っ! 悠介 「落ち着け木葉!お前はぶってないっ」 木葉 「ぶったぁああああああああああっ!!」 悠介 「アブドラ・ザ」 木葉 「ぶったぁああああああああああっ!!」 むう、なんて面白いやつ。 って、こんなことをして遊んでる場合じゃなかった。 悠介 「ごめん水穂ちゃん!ちょっとこいつら宥めてくるから!」 水穂 「え?あ、あの、ふたりともどうしたんですか?」 悠介 「時々幼時退行して俺を困らせるんだこいつら!     しばらくすれば落ち着くから担任には上手い言い訳お願いな!」 水穂 「えぇっ!?ボ、ボクがっ!?」 悠介 「キミの未来が幸多からんことを!ハトが出ます!」 ポムッ。バサバサバサ……。 水穂 「きゃああああああああっ!!     ……え?え?ハ、ハトさんが何も無いところから……?」 悠介 「というわけで、是非嫌ってくれ!アディオス!」 ───……。 ……ふたりを抱えたセンパイが廊下を駆けてゆく。 すごい力だなぁ……。 水穂 「………………なんだ」 噂で聞いてたものとは大違いだった。 そりゃ、びっくりしたけど…… 水穂 「……面白い人じゃないですか」 ボクはそう思えた。 水穂 「ハトさんに罪はありませんよね」 肩にとまっているハトを見ながら呟く。 むしろ平和の象徴とも呼ばれているわけだし。 水穂 「今度……遊びに行ってみようかな」 時々、若葉さんと木葉さんにも誘われていたわけだし。 うん、いいかもしれない。 でもその前に……。 水穂 「……このハト、どうしたらいいんでしょうか……」 目の前の問題が、小さく鳴いて首を傾げる。 試しに窓を開けて、出るように促してみる。 でも肩から動こうともしなかった。 水穂 「あうぅ……どうしよう……」 陽の光が差し込む窓の傍。 ボクは廊下で少し涙ぐみながら、しばらくハトと格闘した。 ………………。 …………。 ……。 なんだかなぁ、この状況。 若葉 「………」 木葉 「………」 どうして俺、動けないかな。 悠介 「なぁ若葉。離してくれないかなぁ」 若葉 「やだ」 悠介 「なぁ木葉」 木葉 「やだ」 悠介 「………」 ふたりが久しぶりに幼時退行した。 かれこれ3年ぶりくらいになるか。 ショックなことがあると、稀に子供のような性格になってしまう。 二重人格、ってわけじゃないんだけど、同じくらい厄介だ。 今の状況はというと、若葉が左腕。 木葉が右腕と、それぞれが抱き着いて離れない。 校舎裏で、はぁと溜め息を吐く。 えーっと……。 彰利のヤツに行けなくなったって知らせないとな。 んー……。 ……適当なものが思いつかないな。 よし、せっかくだから鼻の穴から出してやろう。 彰利の鼻の穴から『悪い、行けなくなった』という言葉が出ます、と。 よし、弾けろ。 悠介 「…………」 声  「───…………ギャアアアアアアアアアアアァァァァァ…………!!!! 」 少しして、なにやら叫び声が聞こえた。 まあ鼻から声が聞こえりゃ誰でも叫ぶ。 悠介 「……でさ、何がやりたいのかなキミ達」 若葉 「おにいちゃんと結婚したい」 悠介 「またか……前回から進歩してないなぁお前……」 木葉 「おにいちゃん」 悠介 「木葉はなんだ?」 木葉 「結婚」 悠介 「……いいかふたりとも。     二重結婚すると重婚という精神犯罪に」 若葉 「♪」 木葉 「♪」 悠介 「聞いちゃいないなふたりとも」 溜め息を吐いて、指で穴を作る。 悠介 「毛虫が出ます」 好きではないが今は必要。 その念を思いきり頭の中で反射させて、イメージを弾けさせる。 姉妹 「!!」 バッ!と飛び退く若葉と木葉。 悠介 「今!」 俺は落ち着かせていた腰を上げて走り出した。 若葉 「!」 木葉 「!」 途端、ふたりにタックルされて、ごしゃぁっ!と地面に情熱的なキッスをかます。 悠介 「ぶはっ!ぺぺっ!」 砂ジャリを吐き捨て、腰にしがみついたふたりを見る。 若葉 「………」 木葉 「………」 哀願の眼差し。 この俺に何を哀しく願うというのキミ達。 悠介 「とにかく結婚はダメだ」 若葉 「えー」 木葉 「このは、結婚がいいな」 悠介 「………」 毎度毎度、厄介なことこの上無い。 前回は若葉とは結婚もどき、木葉とはママゴトもどき。 それで落ち着いた。 ……が、今回はふたりとも結婚がどうとか言ってるし。 さすがの俺も、偽とはいえ重婚は出来ない。 ……彰利ならやりそうだけど。 悠介 「……結婚以外になにか無いのかお前ら……」 若葉 「結婚したらホントの家族になれるんだよね?」 木葉 「わたし達、おにいちゃん好きだもん」 悠介 「………」 幼児モードだとホント素直だよなぁ。 悠介 「……ハトが出ます」 ハトを二羽創造して、ふたりの頭の上にとめる。 水穂ちゃんに贈ったハトみたいに、 『主人に忠実+必要なとき以外は肩から離れない』のオプションはない。 若葉 「わぁ……」 木葉 「ハトだぁ」 ふたりの注意が逸れる。 それを見計らうまでもなく、俺はふたりに言った。 悠介 「心配しなくても俺はお前らを兄妹だって思ってるし、大好きだよ」 そして、ポンとふたりの頭に手を置き、撫でる。 若葉 「……あ」 木葉 「………」 ふたりが目をパチクリさせる。 やがて嬉しそうに頷いたあと、目を瞑った。 悠介 「……おい、どうかしたのか?」 若葉 「……おにいさま?」 木葉 「あれ……お兄様、ここ……」 悠介 「若葉……木葉……」 どうやらふたりとも納得してくれたらしい。 ほう、と胸を撫で下ろす。 悠介 「気にするな、アレだから」 最後にふたりの頭を撫でたあと、改めて立ちあがる。 若葉 「………」 木葉 「………」 悠介 「じゃあ、俺はちょっと用があるから」 チャッ、と片手を掲げ、俺は足早にその場をあとにした。 …………。 若葉 「………」 木葉 「……姉さん、顔赤い……」 若葉 「木葉、顔真っ赤……」 若葉 「………」 木葉 「………」 姉妹 『はぁ……』 ふたりで大きく息を吐き、背中合わせに座りこんだ。 フと見上げた空は青く澄んでいる。 若葉 「…………授業どころの状態じゃありません……」 木葉 「……帰りましょうか、若葉姉さん……」 若葉 「……そうですねー……」 しばらく待ってみたけど、灼熱している顔は一向に収まらなかった。 仕方なく、わたしと木葉は帰宅することにした。 ……………。 …………。 ……。 しくしくしくしく……。 誰かの泣き声が聞こえた。 しくしくと泣くのは不可能と思える今日この頃。 そうなると相手はあいつしかいない。 彰利 「しくしくしく……」 ドアを開けて、屋上に出てみる。 その景色の先の、隅の方で泣いている彰利。 悠介 「よっ、どうした彰利」 彰利 「あぁっ!ゆ、悠介っ!」 声をかけるなり、彰利は駆けてきた。 なんとなくイヤな予感がしたので身をかわすと、 彰利が俺の立っていた場所の空を裂き、転倒した。 彰利 「ぐぁ……ど、どうして避けるのマイハニー……」 悠介 「怖かったからだ」 彰利 「コワイことなんてないのに……」 悠介 「それより遅くなって悪い。飯食おう」 彰利 「な、なによ今更!俺様とは食せないんでしょ!?ほっといてよ!!」 悠介 「それもそうだな。じゃ」 手をひらひらさせて、俺は屋上を 彰利 「イヤァアアア!!」 悠介 「ぐはっ!」 後にする前に、叫びながらのタックルをくらう。 彰利 「す、少しくらい詮索してちょーだい!     死ぬ時は一緒って誓いあったでしょう!?」 悠介 「なーにを寝ぼけたこと言ってんだよ!     俺がいつ、どこで、誰とそんなこと誓いあった!」 彰利 「……それは……そう。今から7年前の、秋の日だった……。     俺様とあなたは木漏れ日溢るる木の下で、     互いのラヴをイヤァアアア無言で去って行かないで!」 悠介 「もういい、購買でパンでも買って食うわ……」 彰利 「お待ちになって!     そんなパンよりアタイの弁当の方が天下無双に美味ですわよ!」 悠介 「そうか、じゃあな」 彰利 「キィイイッ!!どうして逃げるのよ!     ……! そ、そう!そうなのね!?アタイが怖いのね!?」 悠介 「怖い」 彰利 「アイヤー!?じょ、冗談だったのに的中!?」 悠介 「………」 俺は走って逃げ出した。 彰利 「なにィ!?させるかぁああああっ!!」 それを阻止せんとして彰利が飛び付く。 が、俺はその攻撃をひらりとかわした。 彰利 「ホキャーッ!!」 結果、彰利は階段からドカカカカァアアッ!!と落ちた。 階段下でピクピクと動いている彰利。 さすがにヤバイか?とも思ったものの。 悠介 「…………まあ、こいつが死ぬわけはないが」 腹が減っていたので無視することにした。 彰利 「………」 なんと!彰利が起き上がり、仲間にしてほしそうにこちらを見ている! 悠介 「いいえ」 頭の中に響く言葉の『仲間にしますか?』の疑問すら無視して言い放った。 彰利は寂しそうな顔をして……襲いかかってきた。 悠介 「ああもう!なんなんだよお前は!!」 長尺スリッパを創造して、距離を置きながらコパンコパンと殴る。 彰利 「イヤァアア!せっかく作った弁当が無駄になるなんてイヤァアア!」 悠介 「彰利……」 ふと、頭に蘇る記憶。 心に染み入るような感覚を胸に、俺は…… 悠介 「フラッシュグレネードが出ます」 イメージを膨らませ、彰利に向かって投げた。 だって腹が減ってるんですもの。 今は記憶より飯だ。 カランカラン……。 彰利 「まあ、なにコレ。あ、アタイへのプレゼン」 ガカァアアアッ!! 彰利 「キャーッ!!」 彰利が近づいた途端、フラッシュグレネードが炸裂する。 彰利 「あぁ〜〜〜目がぁあ〜〜……目がぁあ〜〜〜……」 ムスカくん、キミは英雄だ。 悠介 「さーて、め〜しめしぃ、っと……」 彰利を置いて、さっさと購買に行くことにした。 ………………。 …………。 ……。 購買は人で溢れかえっていた。 悠介 「………」 こりゃ無理だ。買えないって。 悠介 「仕方ない、久々に学食にでも行くか……」 購買の前を通り過ぎ、学食を目指す。 こんなことなら若葉と木葉を誘っときゃ良かった。 悠介 「まあ悩んでも仕方ない。     さて、懐かしきカツ丼でもいってみますか」 Next Menu back