それは昔の物語。

時の流れに身を任せながら、自身の力を思う。

自分の力が特殊なものだと知ったのは、兄が出来る前のことだった。

わたしが嬉しいと思えば彼女も嬉しがったし、

わたしが痛がれば、彼女もまた痛がった。

それは本当に『繋がって』いて。

不安や悲しみよりも、一緒の感覚を持ってくれることが嬉しかった。

けれど……時々に思う。

わたしか彼女、どちらかがどちらかの作り出した幻影なんじゃないか、と。

どんなに時間が経っても不安は不安でしかなくて、

いつか自分がこの世から消えてしまうんじゃないかって。

いつだって怖かった。

でも……そんな時。

頭を撫でてくれたのが兄だった。

……とても安らいだ。

この人と一緒に居たいと思った。

でも、わたしがそう思ったとしたなら、きっと彼女も同じなのだろう。

時折。

兄を取られてしまうんじゃないか、という不安にかられる。

それはなにをどう足掻こうとも、どうしようもない感情だった。

嫉妬とでも言うんだろうか。

いつか兄が誰かを好きになって。

それでも、わたしは傍にいられるんだろうか。

また、頭を撫でてくれるんだろうか。

泣いている時、泣きやむまで話をしてくれるのだろうか。

そんなことを思いながら、ずっと遠くの空を眺めている。

……風が、静かに音を立てていた。

遠くを眺めては、わたしはいつもの通学路を歩く。

隣には同じ顔をした彼女。

わたし達はくったくなく話をして、やがては帰ってくる。

その家の中が静かなだけ、わたし達は寂しかった。

そんなわたし達に兄が言う。

おかえり、と。

たった、それだけ。

でも、それだけのことがとても嬉しかった。

いつまでもこんな日が続けばいいなと思う。

それはきっと、心から思い。

どっちが影か、なんて関係無い。

きっとわたし達は本当の双子なんだと信じて。

そして、歩いてゆこう。

この蒼い空を見上げて。

───ゆっくりと、ゆっくりと。

たったひとりの姉妹と、たったひとりの兄と一緒に───……













───希望(きぼう)───
火が燃えている。 ゆらゆらと燃える火。 その場にあったものを飲み込むようにして、 その火はどんどん強くなっていった。 水穂 「………」 燃やしているのはボク、紅水穂。 燃えているのは……。 高崎 「水穂ちゃん、いいの?それ、大事にしてたオカルト本じゃ……」 傍に居た友人が言う。 水穂 「……フフッ……いいんですよ……。     こんなの、架空の恐怖でしかないって解ったから……。     ウフ、ウフフフフ……」 高崎 「水穂ちゃん……」 水穂 「恵ちゃん……ボクね、生き地獄を体感してきたんだよ……」 高崎 「生き地獄?」 水穂 「…………なんでもないです、ウフフ……」 高崎 「………」 水穂 「今日も一日ガンバガンバです。さ、行きましょうか」 高崎 「あ、待ってよ水穂ちゃん」 現実ではないものとの一日。 それは少なからずどころか、 凄まじいほどのダメージをボクに与えた。 結果、ボクは少なからず悟ってしまった。 書いてあるものでは、現実にある恐怖には勝てないと。 だからもう、あんな本は必要無い。 今なら先輩が遠ざけようとしてくれていたのが解る。 それを無視して走ったのはボクだ。 思いっきり後悔したけど、でも……。 水穂 「肝試しにはもってこいかもしれません」 生憎、ボクは諦めが悪いのだ。 怖いもの見たさが先行して、恐怖を押さえてくれる。 ……この状態で、だけです。 あそこに行けば誰もが叫び、泣き、帰りたくなることでしょう。 でも、そこがまた……。 うっふっふ……。 高崎 「み、水穂ちゃん?どうしたの?」 水穂 「……ハッ!」 どうやら口にでて笑ってたらしい。 いけないけない。 水穂 「あ、そうでした。     恵ちゃん、今日の予定のことなんだけど」 高崎 「え?う、うん」 水穂 「ごめんなさい、今日……都合が悪くなってしまいました」 高崎 「え……ど、どうかしたの?」 水穂 「えーと、晦先輩の家に用がありまして」 高崎 「つごぉっ!?」 先輩の苗字。 いや、『晦』だけならまだ大丈夫。 若葉さんや木葉さんの苗字でもあるから。 でも『先輩』とつけた時点で、彼女は大きく驚いた。 高崎 「み、水穂ちゃん!自分が何言ってるか解ってるのっ!?」 水穂 「解ってますよ。     恵ちゃんも一緒に来る?思ってたよりずっと面白い人だったんだよ」 高崎 「…………」 水穂 「あのような面白い人を放っておけようか。     いや、おけまい。反語」 高崎 「……水穂ちゃん、反語は別にいいから。     でも……本気?本気なの?あの晦先輩だよ?」 水穂 「ん〜……じゃあ訊くけど。     恵ちゃん、先輩の何を知ってますか?」 高崎 「え?そりゃあ……」 口篭もる恵ちゃん。 内心、ボクはちょっとムッとしていた。 何も知らずに嫌っている人。 ボクもそうだったんだと思うと、自己嫌悪にならざるをえない。 水穂 「ボク、もう気に入ってしまったんです。     そりゃ、階段登るのは疲れますが」 高崎 「………」 水穂 「それじゃあ、またです」 高崎 「あ、う、うん……」 手を振ったあと、別れた。 別にあんなイヤそうな顔することないのに。 楽しいんだけどな。 イヤだな。 ただハト出せるだけなのに。 …………。 ………………。 気づけば、石段の前に立っていた。 水穂 「……関門とはまさにこのこと……です」 ゴクリと息を呑み、その高さを凝視する。 登山初心者などなら、 『ゲェーーーッ!こんな長い階段など登れーーん!』 とか叫んでしまいそうな高さがそこにある。 でも立ち止まってなんかいられない。 ボクはおもむろに茂みのあたりの散策を始めた。 そして……。 水穂 「うっふっふ……ありました」 そこにおわすはロープさん。 変な言い方になったけどロープ。 これをくくりつけて……パチンと。 ハサミでもう一本のロープをなんとか切り、ボクは飛んだ。 水穂 「きゃぁああああああああああああああああっ!!!!!」 でも、これだけはどう足掻いたって慣れない。 それでもやがて、先輩の家が見えてくる。 というか、視界に掠めた時には既にマットに激突していた。 水穂 「いたた……」 しこたま、腰を打った。 これは痛い。 水穂 「あうぅ」 それでも歩き、玄関にたどり着く。 そしてチャイムを鳴らし、ひたすらに待った。 そして、その玄関がガラガラと開かれ…… ルナ 「あ、来た来た」 ……正気に戻った。 水穂 「え?あ、あれ?なんでボク、こんな所に……」 ルナ 「さ、上がって上がって」 がっしりと腕を掴まれ、身動きが取れない。 水穂 「ひやあぁあん!な、なんで!?どうしてっ!?」 ルナ 「あはははは、知りたい?」 水穂 「な、なにがですか?」 ルナ 「どうしてここに来てたか」 水穂 「…………知ってるんですか?」 ルナ 「うん。だってわたしが暗示かけといたからだもの」 水穂 「………」 ルナ 「あっはははは」 笑えなかった。 つまり……なんですか? わたしは魔法をかけられて、操り人形が如くこの場所に来てしまったと? …………。 水穂 「いやぁあああああああっ!!帰してくださいぃいっ!!」 ルナ 「ヤ。気に入ったから、ヤ」 水穂 「気に入ってもらえなくて結構ですーっ!     ヤだぁああああああああああああああああああっ!!!!!」 お先真っ暗だった。 闇夜に墨汁流しても目には見えないと言ったところ。 なんて言ってる場合じゃなかった。 逃げなきゃ。 逃げなきゃ死ねる。 水穂 「あーっ!あんな所で晦先輩が手を振ってますーっ!」 ルナ 「えぇっ!?どこどこっ!?」 水穂 「今ァッ!」 全身からみなぎる火事場のクソ力を駆使し、ボクは逃走した。 ルナ 「え?あぁっ!」 走れ!もっと早く!我、今、石の段を転げ落つるが如し! 走りながらでも石段を眺めていると鬱である。 なんでこんなに高いんですか畜生。 ルナ 「よっと」 水穂 「え?あわぁあああああああああっ!!」 景色が高くなってゆく。 なんてことだ。 捕まってしまった。 水穂 「あわ、わわわわわ……」 死ねる。 とうとうボクが死ねる。 ルナ 「さ、家で美味しい陰気が待ってるよ〜♪」 水穂 「陰気なんて食べられませんよ……」 半ば諦めかけていたその時!だった。 ルナ 「……うん?また誰か登って来たみたいね」 水穂 「え?」 眺めてみる。 でも、その姿は米粒よりも小さかった。 ルナ 「んー……ベニーと同じ服着てるわね」 水穂 「同じ服?」 …………なんだかとてもイヤ〜〜〜〜な予感がした。 水穂 「あ、ああ、えっと、きっと……その、春菜先輩ですよ、うん」 ルナ 「んー、波動娘とは違うわ。衿の色が違うもの」 水穂 「……な、何色ですか?」 ルナ 「だから、さっき言ったじゃない。ベニーと同じ服だ、って」 水穂 「ひぃいいっ!!」 予感的中! まま、まさか誰かが後を尾けてくれてた!? じゃなくて、尾けてしまっていた!? ルナ 「んん……ベニーちょっとゴメンね」 水穂 「え?あ、わわっ!なななにをっ!!」 ルナ 「ごめんね、ちょっと黙ってて」 水穂 「あうぅう……」 ルナさんがボクの額に自分の額を当て、目を閉じる。 ルナ 「………」 水穂 「………」 ルナ 「……えーと」 目を閉じながら、呟く。 ルナ 「高崎恵って、知ってる?」 水穂 「え?あ、はい。クラスメイトで大の仲良……いやぁああっ!!     も、もしかしてもしかするともしかしちゃったりするんですかぁっ!?」 ルナ 「うん、暗示状態だった時、ベニーが誘っちゃってるわね、見事に」 水穂 「うわわわ今すぐ帰さないとっ!」 ルナ 「んふふ〜♪」 水穂 「な、なんですかその楽しそうな微笑は」 ルナ 「……帰らせると思う?」 水穂 「………」 言葉を認識した途端、答えは出ていた。 無理。 思いきり遊ぶのだろう。 ルナ 「あはははは、そいじゃあ家で待ってよっか。     しばらくすれば来るでしょ」 水穂 「あぁああああっ!恵ちゃん!逃げて!逃げてぇええええっ!!     きっ……!来ちゃだめぇえええええええええええええっ!!!」 ……………………。 ………………。 …………。 悠介 「……うん?」 春菜 「あれ?どうかした?」 悠介 「いや……なんか今、とてつもなく悲痛の叫びが聞こえたような……」 春菜 「気のせいじゃない?」 悠介 「そうかな」 セレス「気のせいですよ。     それよりも、さあトランプを引いてください」 悠介 「……まあ、いいけどさ」 セレスが手にしているトランプを引く。 なんのことはない。 ただのババ抜きだ。 悠介 「ほい、あがり」 セレス「くあっ……!」 若葉 「ええっ!?もうですかっ!?」 圧倒的スピードであがる。 フフフ、ちょろいもんよ。 悠介 「悪いな」 木葉 「むむむぅ……お兄様、トランプを見せてください。     ちゃんと揃ってるんでしょうね……」 いきなり疑ってくる木葉。 悠介 「む、疑うとはヒドいぞ木葉。見よ!この揃ったカードの数々!」 セレス「う……っ、確かに揃ってます……」 若葉 「むぅう……相当に運が良かったんですね……」 春菜 「ちょっと待った」 悠介 「ぎっ……ど、どうした先輩」 ば、バレたかっ!? 春菜 「あれ〜?おかしいなぁ。     わたし、もう2回ほどキングが揃って、捨ててあるんだけどなぁ……」 悠介 「他人の空似だ。きっと髭が生えてないキングだったんだ」 春菜 「はい、木葉ちゃん」 パサッ、と自分のあがり札を木葉に渡す先輩。 木葉 「え?あぁーっ!!」 悠介 「ぐ……」 木葉 「お兄様っ!!これはどういうことですかっ!」 詰め寄る木葉。 ああ、怖い!怖いよマイシスター! 若葉 「木葉、どうし……あぁっ!キングが8枚もっ!?」 悠介 「い、いや違うぞこれは!実はクイーンなんだ!     クイーンが戯れに髭をギョオオと生やして!!」 木葉 「恐ろしいこと言わないでください!」 そんな怖いもんじゃギャアア!!確かに怖ェ!! 想像に浮かぶ代物はとても絵にして表現できるものじゃなかった。 悠介 「そういう木葉だって若葉と意識結合させてさっさとあがってたじゃないか!」 木葉 「うぅっ!な、なんのことですか?     わ、わたしにはなんのことだかさっぱり……」 とぼけて見せたが、それが命取り。 木葉は嘘をつくのが下手なのだ。 悠介 「思った通りかっ!少しはひねったらどうだ!」 木葉 「だ、だってそこの吸血鬼だって目を霧化して人のカード見ていって!」 セレス「ぐあっ!な、なにを吸血鬼聞きの悪いっ!」 悠介 「セレス、ちょっとその眼帯外してみてくれ」 セレス「いやですねぇ悠介さん、ちゃんとありますって。     これは勝負眼帯だって事前に話したじゃないですか」 悠介 「いや、いいから。     そういえばさっきから背中から視線を感じてたんだ。     今だって背後に目玉が浮いてるし」 セレス「幻覚です」 春菜 「あらら、まともにやってたのはわたしだけだったのかな」 若葉 「春菜先輩?光を屈折なさって、さっきから何を見ていたのですか?」 春菜 「はうっ!な、なんでもないよ、あはは……」 悠介 「結局全員イカサマしてたってワケか」 春菜 「悠介くんには言われたくないかなぁ。     悠介くんは創造すればすぐあがれたわけだし」 悠介 「うっ……いや、バレなければイカサマも戦術ということで」 若葉 「それもそうですね、     じゃあそう出来ないように今度は神経衰弱でも」 木葉 「いいですね、やりましょう」 悠介 「ちょっとストップ」 セレス「はい?どうかしましたか?」 木葉 「………あ」 若葉 「………う」 悠介 「若葉、どっちが勝つつもりだ?」 若葉 「ハイ、ここは怪しまれないように順当に取っていって……ぐあ」 春菜 「……あ、そっか、そういうことか」 セレス「?」 悠介 「ふたりで覚えれば楽だもんなぁ木葉?」 木葉 「はう……ひ、人聞きが悪いですよお兄様……」 春菜 「うーん、光を上手く使って、     目に焼き付ける方法でいこうと思ったんだけど」 悠介 「失明するからやめなさい」 春菜 「わ、そ、そうだね。危なかったよ」 悠介 「…………」 それでも先輩ですかアータ。 ルナ 「やっほー、ただいま〜」 ルナが戻ってきた。 悠介 「お、玄関行ってたわりには随分と遅かったな」 ルナ 「いや〜、珍客が来たからちょおっと、ね」 水穂 「先輩ぃいいぃぃぃ……」 悠介 「水穂ちゃんっ!?」 なんて命知らずなっ! 悠介 「あれほど忠告したのに……。どうして来たんだ」 水穂 「ボクがどうとかの問題じゃなかったんですよぉおっ!     ルナさんがボクに暗示をかけて、     ここに来るようにしてたんですぅっ!」 ルナ 「わっ、ちょっとバラさないでっ」 ごすっ! ルナ 「いたっ!」 悠介 「ルナ、ちょっとそこ座れ」 ルナ 「あ、えっと、もしかして怒ってる?」 悠介 「怒ってない、アドレナリンを分泌させてるだけだ」 ルナ 「怒ってるーっ!!」 悠介 「いいから座りなさいっ!」 ルナ 「いやっ!」 悠介 「……ふむ、セレス。そこにある紐、取ってくれ」 セレス「え?はい」 悠介 「これをこうして……と。うりゃ」 パサリ。 ルナ 「?」 ルナに向かって、先を結んで円形になった紐を投げた。 ルナ 「なにこれ?……ってヤバッ!」 悠介 「遅いっ!死神を封じ込める結界が出ます!」 紐が眩い光を出して、そこが封印される。 ルナ 「……あぅう、悠介ー、出してよー」 悠介 「ちょっとそこで反省してろ」 ルナ 「なによー。ちょっと呼んだだけじゃない」 悠介 「反省の色無しね。     聖水とドリアンの中身とすりおろしニンニク。どれがいい?」 ルナ 「うっ……ずっこいよ悠介ー!     わたし別に悪いことしてないじゃないっ!」 悠介 「おだまり。嫌がる人を巻き込むなって言ってるんだよ俺は」 ルナ 「そこが面白いんじゃない」 悠介 「面白くない」 ルナ 「ぶー」 ルナは拗ねてしまった。 まあすぐにでも機嫌が良くなるだろう。 水穂 「あぁっ!せ、先輩!大変なんです!恵ちゃんが!」 悠介 「……誰?」 若葉 「恵?高崎さんがどうかしたの?」 水穂 「今ここに向かって来ちゃってるんですよっ!」 春菜 「……まあ大変、お茶用意しなくちゃ」 ぼかっ! 春菜 「あうっ!……はたた……じょ、冗談だってば悠介くん……」 木葉 「そう、高崎さんが……。     それで、水穂?なにかマズイことでもあるの?」 水穂 「なに言ってるんですかっ!     こんな家庭事情見たら、余計に変な噂がっ!」 ドスッ! 水穂 「ぴぃっ!」 若葉 「水穂?人の家をつかまえて、     『こんな』とはなんですか『こんな』とは」 なんか今、思いっきり鳩尾にナックル繰り出してたように見えたんだが。 水穂 「う、うぇえ……ち、違うんです……。     今のは言葉のあやで……。だって、そうでも言わないと、     恐山もびっくりのここの人達は納得してくれな」 ドスッ! 水穂 「かふっ!」 木葉 「誰が恐山もびっくりですか、誰が」 若葉 「水穂?あなた随分と毒舌になったわね」 水穂 「い、今はそんなこと言ってる場合じゃ……」 若葉 「そんなこととはなんですかっ!」 木葉 「水穂、ちょっとこっちに来なさい。     ゆっくり話し合いたいわ」 水穂 「だ、だからそれどころじゃっ!恵ちゃん!恵ちゃんがぁあっ!」 若葉 「おだまり!」 水穂 「あぁああっ!恵ちゃん!逃げて!逃げてぇええええっ!!     地獄を味わうのはボクだけでじゅうぶ」 ドスッ! 水穂 「はうっ!」 ガクリ。 …………落ちた。 叫びも中途半端に。 流石にかわいそうだった。 悠介 「セレス、お茶の用意をしてくれ」 セレス「はい、悠介さん」 とたとたと、セレスがその場を離れてゆく。 そして、その行動に納得いかない人がひとり居た。 春菜 「……悠介くん、どうしてわたしをぶったの……?」 悠介 「すまん、状況は時には残酷な答えを出すものなんだ」 春菜 「頭がすご〜く痛いんだけど」 悠介 「お姉さんでしょう、我慢なさい」 春菜 「我慢できない」 悠介 「……どうして欲しいの」 春菜 「えーと、言うことをひとつ聞いてくれるってのはどうかな」 悠介 「却下。釣り合わない」 春菜 「ひ、ひどい……っ!女の子ぶっといてそんなこと言うんだ……」 ごすっ! 春菜 「あうっ!」 悠介 「ああごめん。なんか彰利が連想された」 春菜 「くあっ……!そんな理由で殴らないでよっ!」 ごすっ!ごすっ! 春菜 「あうっ!あうっ!」 悠介 「先輩?人の友人にケチつける気なら本気で怒るぞ」 春菜 「うう……男の子は女の子を守らなきゃいけないんだぞー……」 悠介 「悪いね、守りたいって思えなかった。     悪口言わないなら考えてやることもできるけど」 春菜 「……いいもん、無理にやってもらわなくても」 悠介 「ま、そうだわな。じゃあ、ルナの管理よろしくね」 春菜 「えぇ……っ?わ、わたしっ!?」 悠介 「他に誰か?」 春菜 「別にほっぽっといても」 悠介 「ダメ。簡単に逃げ出すだろうから。     ああ、逃げたら遠慮無しに月醒の矢を打っていいから」 ルナ 「あーっ!せっかく人が大人しくしてたのにそーゆーこと言う!?     逃げ出すつもりなんてなかったもん!     反省してたのに、それってヒドイよ悠介っ!!」 悠介 「うっさい」 ルナ 「う……うー……悠介が陰険になってくよぅ……」 春菜 「悠介くん、どうしたの?なんか今日、ヘンだよ?」 悠介 「………………どうもしない、なんでもないから」 春菜 「……嘘だね?」 悠介 「関係ないだろ、先輩には。     それこそ怒るに決まってる。誰にも話せないことなんだよ」 春菜 「………」 悠介 「ルナ、ごめん。お前が悪いわけじゃない。     どうしようもなかったんだ。自分の感情が制御出来ない。     あんな言い方するつもりは無かった。それだけは解ってくれ」 ルナ 「……ふ……ふーんだ。い、今更どう言ったって知らないわよ」 悠介 「……それもそうだな、じゃあな」 適当に切り上げて、俺はその場をあとにした。 …………。 春菜 「わたしに言えない……となると、ホモ関連か……。     まいったな、確かに怒っちゃうよ。     悠介くんが苛立つのも……無理、ないか……」 ルナ 「あぁあああああ……せっかくせっかくせっかくせっかく、     悠介が謝ってくれたのにぃいいい……。     わたしのバカわたしのバカわたしのばかぁあああ…………」 春菜 「仕方ないよ、言われ放題だったんだから。     そのまま許すっていうのも納得出来ないでしょ」 ルナ 「……わたしはね、この数年間、悠介を思いながら生きてきたのよ?     悠介に嫌われたんじゃ意味無いじゃない……」 春菜 「だったらどうしてあんなこと言ったの」 ルナ 「……………………かった」 春菜 「え?」 ルナ 「……………………かったの」 春菜 「聞こえないよ、もっと大きな声で」 ルナ 「もっと会話を伸ばしたかったのっ!!悪いっ!?」 春菜 「……馬鹿」 ルナ 「うるさいわね!解ってるわよぅっ!」 春菜 「200年以上も生きてるのに、どうしてそう不器用なの」 ルナ 「生きた時間は……関係ないわ。     こんな風に誰かを想うのなんて初めてなんだから。     経験したことのないものなんて、     どうしたらいいか解らないわよ……」 春菜 「へぇ……好きなんだ、悠介くんのこと」 ルナ 「初めは……そうね、親心みたいなものだったと思うの。     それから大きくなった悠介に会って、     それで色々やってる内に……その……。     す、好きだとかそういう感情なのかは解らないわよっ?     だけどなんていうか……傍に居ないと落ち着かないっていうか……」 春菜 「………」 まいったな、こんな死神初めて見た。 前に見た死神は感情なんてものはなかったんだけど……。 春菜 「あなたの母親……その人も、人間を愛したの?」 ルナ 「……んー……まあ、たまにはこういうのもいいか。     なんか話でもしてようか。ただし、あなたも話すこと」 春菜 「いいよ、それで」 ルナ 「別に逃げたりしないから、そのほうきと弓矢、仕舞ってくれない?」 春菜 「ごめんね、悠介くんに頼まれてるから」 ルナ 「うぅ……」 春菜 「まあまあ、別に逃げ出さなければ撃たないから」 ルナ 「……まあいいわ、もう……。確かに、わたしの母親も人を愛したわ。     結果、わたしが精製された。母親や父親の記憶を持ったまま……ね」 春菜 「えっとさ、父親ってどんな人だったの?」 ルナ 「……例えられる言葉が見つからないわね。     でも……そうねえ、あなた達と同じようなものよ」 春菜 「え?同じって?」 ルナ 「月の家系だったってことよ。     その当時は『家系』じゃなくて『末裔』って言っててね。     知ってるでしょ?300年前に死に絶えた家系のこと」 春菜 「───望月……!?」 ルナ 「……そう。そのひとり息子が、わたしの父親。     その男の不明の死っていうのが、死神と交わった罪よ。     馬鹿な男よ……。簡単に死神を信じたりするから……」 春菜 「………」 ルナ 「記憶が残ってたのは、多分……望月の『転生』の能力のせいでしょうね。     今となっては魔力を引き出すコードにしかなってないわ。     最近で使ったのは、悠介との二回目の契約の時と、     悠介の脇腹の風穴に無を『融合』させたのが最後。     安心して、悪用すら出来ない力だから。害ですらないわ。     さ、もう訊くことは無いわね?じゃあわたしが訊くわよ」 春菜 「……訊きたいこと先に言われると結構ショックだよ?」 目の前の死神に向かって悪態をつく。 実際、訊きたかったことは全て答えられてしまった。 ルナ 「訊きたいことなんて大体解るわよ。     それで……あの自称悠介の親友を嫌う理由ってなに?」 春菜 「……知って、どうする気?」 ルナ 「別に悠介に言うわけじゃないわ。知っておきたいだけ。     好奇心は高い方でね。謎は解明したくなるのよ」 春菜 「……じゃあ、悠介くんには言わないって約束できるなら」 ルナ 「あ、なんなら契約してやってもいいわよ?」 春菜 「滅ぼすよ?」 ルナ 「冗談よ。じゃあ……お願い」 彼女が話を聞く姿勢になると、わたしは深呼吸したあとに口を開いた。 Next Menu back