それは昔の物語。

俺達がまだ中学の時の話だ。

当時の俺達は今と比べてやっぱり大した変わりもなく。

どちらかと言えばこの頃の自分が居たからこそ今の自分があると言える。

そんな蒼の時代で、俺達はそれなりに馬鹿をやっていた。

その時は当然彰利も生きていて、俺はこんな未来も知らずに生きていた。

こんな風に無気力になりながら空を見ていると……時々、思い出すんだ───。

彰利が居て、なにひとつ欠けることのなかった、そんな……昔のことを───……












───名残(なごり)───
人には物事を信じられなくなる時ってのがある。 今の俺が、それにあたる。 彰利がこの世界から───俺以外の記憶から消えてしまってからもう一ヶ月が経つ。 そんな中で俺は神社の古ぼけた賽銭箱の前の小さな階段に座って、ぼ〜っとしていた。 認識しようとする心が自分の中に生まれれば生まれるほど、俺は腐ってゆく。 それが自分でも実感出来るほどに、俺は堕落していた。 こんな自分がだらしないとか情けないとか。 そんなことを思う気持ちでさえも腐っていて、 とにかくまともな思考なんてものは働かなかったって言える。 声も漏らさず、溜め息をも吐くこともなく、俺はゆっくりと空を眺めた。 落ち込んでいる自分が馬鹿に思えるほど綺麗な、その夕焼けを……─── ───雷の音を聞いて目が醒めた。 意識が瞬間的に覚醒して、 目を開けて場所を確認した頃にはもう、雨音が聴覚を掠めていた。 辺りを見渡せば、そこはもう当然と言うまでもなく、自分の部屋だった。 悠介 「あー……」 今更ぼやけた意識が襲ってきて、俺は情けない声をあげながら時計を眺めた。 4時49分。 妙な時間だ。 こんな時間にどうしろってんだ神さまよ。 仕方なしになんとなく乾いた喉を潤すために部屋をあとにした。 ……………… ───ゴトッ。 それはどこから鳴った音だろうか。 いや、間違う筈もなく、台所の方からだった。 悠介 「……泥棒?」 声に出して喜んだ。 最近、つくづく刺激の無い日常に飽きていたところだ。 そんなときに、こんな時間に台所から物音が聞こえる。 お(あつら)え向きってやつじゃないか。 ───物音は冷蔵庫の方から聞こえた。 必死になって咀嚼する音が、音を無くした台所に不気味に響いている。 そしてその開かれたままの冷蔵庫の明かりに照らされた後ろ姿に、 俺は手加減することなく蹴りをブチかました。 どかぁっ!!ぐしゃっ! 彰利 「キャーッ!」 男は悲鳴をあげた。 なんのことはない、彰利だ。 彰利 「な、なんばしょっとね!?     もうちょっとでスプーンを呑むところだったじゃない!」 手に持ったカップアイスとスプーンを見せる変態。 彰利 「医者は匙を投げるって言うけどさ、俺は今飲み込むとこだったよ!     世界初に成り得た偉業ぞ!?どうしてくれる!」 悠介 「………」 彰利 「……あの、ダーリン?」 ドゴッ! 彰利 「ヘンリーッ!?」 悠介 「………」 彰利 「な、なにをなさるの!?無言で人様の顔を殴るだなんゲブボッ!     ……ッ!ゲ、ゲホォッ!ゴーッホ!ゴホォッ!」 悠介 「…………キミね、どうして人様の家に入って冷蔵庫漁ってくれてんのよ」 彰利 「あ、あぁぁぁああぁあぁぁっ!!     き、聞いてくれ友よぉおっ!話せば長くなるんだが」 悠介 「ならいい」 彰利 「え?」 悠介 「長くなるなら話さなくていいって言ってるんだ」 彰利 「え?え?も、もしかして以心伝心?     アタイの心がダーリンの心と愛のリンクを……?」 悠介 「話さなくていいから、とりあえず殴らせろ」 彰利 「ああんやっぱり愛のリンギャアアアアアアアアアアアアッ!!?」 逃げ出す彰利に食器棚から取り出したおたまを投擲し、怯ませた。 悠介 「はーぁ、まったく期待させてくれちゃって、残念だなぁ」 彰利 「あ、あああああの……ダーリン?     どうして指をゴキベキ鳴らしながら近づいてくるの?」 悠介 「それはね?お前を殴るためさ」 彰利 「ああああ……ああ、ああああ、ダ、ダダダダーリン?     どうしてそんな引きつった微笑みのまま近づいてくるの……?」 悠介 「それはね?お前を殴るためさ」 彰利 「ああああああっ!ゆゆゆ、悠介ぇっ!」 悠介 「殴るためだっ!!」 彰利 「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」 その朝……まあ、朝としておこう。 その朝に、彰利の悲鳴が晦の家に響き渡った。 幸い、若葉と木葉が起きてくることはなかった。 俺はしくしくめそめそと奇妙な声で泣きじゃくる彰利の前に座り、 とりあえずは事情を聞くことにした。 悠介 「で?どうしたんだ?」 彰利 「うぅう……そのお言葉、アタイが汚れる前に聞きたかった……」 悠介 「たわけ、お前は性根が腐ってるからそれ以上汚れようがない」 彰利 「うわヒデェ!純真無垢で今が食べごろの俺様に向かってそこまで言う!?」 悠介 「寝言は寝て言え。お前のどこを見て純真無垢って言葉が出てくるんだ」 彰利 「ダーリンがアタイの硝子細工のハートにそっと触れてくれれば、     全身の毛根から太平洋を埋め尽くすほどの純粋無垢がゲル状で溢れ」 悠介 「今すぐ出ていけっ!」 彰利 「そ、そんなっ!アタイを捨てるの!?むしろ不法投棄!?     神が許しても市役所が許さねぇぞダーリン!」 悠介 「お前は粗大ゴミか!」 彰利 「うふん、アタイ今日からこのぼったくりバーで働くことになった、     その名も粗大五味子(そだい ごみこ)よん」 悠介 「血ヘド吐くまで殴っていいか?」 彰利 「ごめんなさいもうしません」 彰利が姿勢をビッ!と正す。 こういう時の彰利は決まって真面目だ。 彰利 「悠介、話……聞いてくれ」 悠介 「いちいち許可とるな。遠慮する仲か」 彰利 「……それもそうだな。じゃあスパッと言うぞ」 悠介 「ああ」 彰利 「悠介……これを受け取ってくれ」 悠介 「ん?」 彰利が懐から小さな包みを取り出した。 彰利 「開けてみてくれ」 悠介 「ん……ああ」 カサカサと包みの梱包を解いてゆく。 そして出てきたものは─── 彰利 「───悠介、結婚しよう」 指輪だった。 悠介 「ってアホかーっ!」 ボゴシャッ! 彰利 「ギャアア!!」 指輪の入っていた箱を彰利の顔面に投げつける。 悠介 「お前馬鹿!激しく馬鹿!凄まじき馬鹿!     男に婚約指輪渡す男が何処に居る!?」 彰利 「お前の目の前にッ!!不服なら俺が世界初になってやろう!     そして幸せになろう!ふふっ、今夜は寝かせな」 ボゴシャア!! 彰利 「つぶつぶーーーっ!!!!」 ナックル一閃。 思いっきり殴ってやると、彰利の頬が三角形っぽくヘコんだ。 悠介 「あーもう寝てろ!お前は寝てた方が世界のためだ!」 ドカバキベキドゴ!!! 彰利 「キャアア!殴らないで殴らなゲブボッ!ほんの気持ちだったんギャア!     ていうか世界平和!?俺が寝ることで世界が平和に!?     そりゃアンタ!どの勇者さまよりも最高の役割じゃないですかっ!     お、俺のグッズが売れたりするの!?」 悠介 「遺言はそれだけか」 彰利 「ま、ままま待て!こんな遺言ヤだーっ!!言い改めさせて!?ね!?」 悠介 「激しく却下」 彰利 「ギャーッ!訊ねる行為が意味を成さねーっ!     あ、あ!俺の遺言は遺されるの!?     遺されるなら言いたいことや書きたいことが!」 悠介 「なんだ」 彰利 「悠介……たとえこの身が滅びようとアタイは四六時中キミを見守っているよ。     そう……食事中でも入浴中でも就寝中でも入浴中でも入浴中でも」 ズパァーーーン!! 彰利 「ぶべぇええーーーっ!!!!!」 骨身に響くほどのビンタが炸裂した。 悠介 「お、お、お前には死すら生易しいわっ!」 彰利 「おう当然よぅ!こちとらそう簡単にゃあ死ねねぇ体で出来てンのよ!」 悠介 「簡単に死ねない体……?どういう意味だ?」 彰利 「……三ヶ月だって……」 悠介 「……はい?」 彰利 「来年の春にはダーリン、お父さんに」 悠介 「激しくアホーッ!」 ドゴォッ! 彰利 「ギャア!」 ゴスッ!ゴスッ! 彰利 「イ、イヤァッ!やめて!アタイのお腹にはダーリンの子供が」 ジョパァン!!! 彰利 「イベイッ!!?」 しなりを加えた顔面水平蹴りがキレイに決まった。 悠介 「まだ言うかこのたわけっ!」 彰利 「名前は……男の子だったらロドリゲス。     女の子だったら……ロドリゲス子なんてのはどうかしら?」 悠介 「そのロドリゲスに掛ける情熱はなんなんだ……」 ていうか殴られながら平然と喋るあたり、こいつは殺しても死なないんだと思う。 彰利 「フッ、一息で表せば……俺がこの生涯を悠介に捧げたことによって日々募ってゆく     愛のパワーの集合体とも言えそうで言えなくも無いが紙一重でゴンザレスに負けて     しまいそうな名前なんだがそれでも俺に勝ったら15ポイントくれるゴンザレスよ     りもロドリゲスを愛したい小春日和の午後かな」 悠介 「訳解らん上にキッチリ一息で言うな」 彰利 「つまりさ、雪子さんが居なくなっちまった」 悠介 「はい?」 彰利 「雪子さんがね……。     ボクちゃんを置いてあなたの知らない世界に旅立ってしまったの」 悠介 「え───それってまさか、雪子さんが死───」 彰利 「え?なんか教師の仕事の都合で住む場所変えるって。     ……なに?『雪子さんがし』って」 悠介 「……………………」 彰利 「え?え?なに?どうして指をゴキベキ鳴らすの!?」 悠介 「はっはっは、いやいやまあまあ……殴らせろ」 彰利 「えぇぇっ!?さっき散々殴ったじゃない!     ───ハッ!も、もしかしてダーリンたらSのケが!?」 悠介 「いっぺん死んでこおおおおおおおおぃっ!!」 ドガグシャベキャゴキガンガンガン!! 彰利 「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!」 語るに至らず。 彼は二度目の絶叫をこの家に響かせた。 そんなこんなで、夜はやがて更けてゆくのであった。 ───。 よく解らんがバスに乗っている。 いや、乗っている理由は解っている。 だが納得いかないことはある。 彰利 「ダァァアアアリィイイイッヒヒィーーーン!!」 どうして俺の隣が彰利なんだ。 そりゃあ他の誰かになるよりかは遥かにマシなんだが。 彰利 「オヤツは300円以内に収めてきた?バナナはオヤツに入る?     歯は磨いた?男も忘れずに磨いた?アタイを愛してくれてる?」 悠介 「うるさい」 彰利 「はっはっは、照れやがってチキショウ。     しかしそんなキミが愛しくてたまらん。     いつか襲ってしまいそうな自分が怖い。いやむしろ愛しい。     こんな気持ちを無に出来るだろうか。いや!出来まい……。反語」 悠介 「あのな、何度言わせる気だ。寝言は寝て言え」 彰利 「ハハハ、相変わらず悠介はその言葉が好きだなぁ。     父さん、耳にオクトパスだよー。クラーケンも捨てがたいが」 ……俺達は今、修学旅行中である。 中学でのいい思い出になってくれるかは解らんが、 まあこいつが居る限りは飽きることは無いのだと思う。 昨日の騒ぎもなんのその、彰利は相変わらず元気だ。 彰利 「しかしワクワクするね。     昨日なんてこのトキメキが胸を締め付けて眠れなかったワ。     も、もしかしてこれが恋……?アタイ、修学旅行に恋をしてしまったの?」 悠介 「存分に愛してやれ」 彰利 「あ、なに?さっきからムッツリしちゃって。     ……あ、あーあー!いやだわアタイったら野暮ったい!     そう……そうなのね?表には出さないけど、     そんなにアタイのことを愛してくれていたなんて」 悠介 「うわー、彰利、見ろよ、あそこに農家があるぞー」 彰利 「無視すんなこの野郎!!     中途半端でもいいからとりあえずツッコんでくれよダーリン!     ダーリンったらぁっ!んもう!」 ドス。 彰利 「こはっ……!」 悠介 「俺は今風景を楽しんでるんだ、邪魔すんな」 彰利 「くっ……!下から30度の角度で水月に拳を叩き込むたぁ……!     て、てめぇ……シロウトじゃねぇな……!?」 悠介 「あー、はいはい、いいから黙ってろバカ」 彰利 「うう……せつねぇ……」 藍田 「弦月ーっ!なにか芸しろ芸ーッ!」 彰利 「うっしゃあ任せろーッ!」 がばぁっ!と立ち上がり、投げられたマイクを受け取る。 彰利 「ていうかなんでバスやねーん!     中学にもなったら電車とかでいいでしょーっ!?」 真田 「たまにはこういうのもいいじゃないか、ねぇ運転手さん。     先生はこういう旅が好きだぞ〜」 運転手「そうだぞ少年〜!バスはいい。バスはいいぞー!     貸し切ってしまえばもう、騒ぎ放題だからなー!」 彰利 「───そうか!そういう解釈があったか!おいさんイカシてるーっ!」 生徒 『オオォーーーーッ!!』 彰利の声で生徒が咆哮する。 うーむ、ここまで場の空気を掴みやすい人種も珍しい。 彰利 「えー、それでは!運転手のおいさんも暖かい言葉で迎えてくれたところで!     不肖!弦月彰利!───脱ぎます!!」 真田 「ばっ───何を考えているんだ弦月っ!」 彰利 「お黙り日溜り吹き溜まりーッ!!バスの中では無礼講!これ常識ぞ!?     真田センセもハジケてしまって結構!そして俺は元々ハジケてる!     ああ!俺、今とっても輝いてる!」 彼はとても嬉しそうだった。 で、本当に脱ぎ出す彰利を生徒数名が押さえつけ、 ふらつきながらもリンチした後に彰利がしぶしぶと歌い出した。 彰利 「男ォーーーーーーーーーーーッ!!     それがぁ〜〜〜〜っ!男の〜〜〜〜〜〜ッ!!     生きる〜〜〜〜〜〜ッみぃいいいいぃちぃいい〜〜〜〜〜んぁ!!」 藍田 「バスで演歌歌ってどうするアホーッ!」 彰利 「な、なにぃ!?演歌をバカにする奴ァ俺が許さねぇぞ!?」 丘野 「そうじゃなくて!歌うならちゃんとした演歌歌えドアホ!」 彰利 「むぅ、俺が作曲した『男道』じゃ満足いかなかったか。     それでは……脱ぎます」 ドゴォッ! 彰利 「キャーッ!」 ドカガシャベスボス! 彰利 「お、お客さま!モノを投げないでください!     ていうか誰だチョコボール投げたの!美味かったからもっとくれ!」 悠介 「…………」 ああ、景色がゆったりだ……。 彰利 「ダーリン!一緒に歌いましょ!?」 悠介 「知らん、俺は寝る」 彰利 「……顔にラクガキされたくなかったら俺と歌え」 悠介 「いきなり脅迫に入るなバカ!」 彰利 「馬鹿おまえ、悠介に正攻法が通じるか。     脅迫してでも俺はアナタと歌いたいのYO。解って、アタイの想い」 悠介 「知らん」 彰利 「うわヒデェ!あっさりキッパリ否定しやがった!     キィイ!乙女の純情をよくもーっ!」 藍田 「漫才はいいから歌えーっ!」 彰利 「歌いましょダーリン。雰囲気壊すの嫌いでしょ?」 悠介 「……わかったよ、けどちゃんと歌えるヤツにしろよ」 彰利 「まーかせて。ここはシンプルに童謡でいこう」 悠介 「そこまでやらなくていい。俺だって最近の歌くらいは知ってる」 彰利 「ホォ、流行には見向きもしないダーリンが」 悠介 「そこまで解ってるなら茶々いれるな」 彰利 「はっはっは、わぁってるよ。     流行とかじゃなくて、自分が好きだから聴いてるだけだろ?     そんじゃいっちょ歌いますかぁあっ!!」 生徒 『オオーーーッ!!』 彰利 「俺と悠介のデュエットで贈る珠玉の歌!聴いてくれ!『めだかの学校』!!」 ───……もちろん、この後に彰利がモノを投げられたのは言うまでもない。 ───そんなこんなで京都。 悠介 「……どうして京都なんだ……」 小学の時も京都だった記憶がある。 彰利 「まあまあまあ、いーじゃないのさ。     それだけ見るものも減って、自由時間が増えるってもんさね。     よし悠介、木刀買おう木刀。黒檀仕立ての木刀とかってあるかなー♪」 キャアキャア言いながら店の中に入ってゆく彰利。 元気だ。 これ以上無いってくらい元気だ。 彰利 「おばちゃーん!これちょうだい?」 近所の駄菓子屋に駆け込む少年のような純粋な言葉で店のおばさんに駆け寄る彰利。 店員 「はい、五千万円ねー」 おばさんも、さながらに返す。 彰利 「ゲェエエエーーーーッ!!!な、なんて高いんだーっ!!」 で、突然素で返す彰利。 そんな彼にボディを一発ドムッ!と。 彰利 「オブゥム!」 悠介 「お騒がせしました……」 彰利 「ま、待つんだ悠介……!俺はまだ木刀を買っちゃいねぇ……!」 悠介 「どうして木刀にこだわるんだよ」 彰利 「殺意がこのヘンからなァ……クックック、どォしようもないンだ……!!」 COSMOSのマルボロの真似をしてる彼の脇腹にドスッと貫手(ぬきて)
を進呈。 彰利 「おひゃあっ!な、なーにさらすんじゃいダーリン!」 悠介 「普通に買えっ!店員さんに迷惑かけるな!」 彰利 「いつも明るく楽しく陽気に元気に壮健!それが俺の座右の銘ぞ!?     そんな生易しい生き方なんぞが出来ようか!いや出来まい!反語!」 悠介 「お前なんて『愚者も一得』で十分だ」 彰利 「愚者も───なに?」 悠介 「『たとえ愚か者でも、たまには名案を出すもの』って意味」 彰利 「なにぃ!?俺様が愚か者!?」 悠介 「ぴったりだと思うが」 彰利 「…………返す言葉もねぇや……」 そう言った彼は悲しそうだった。 彰利 「刑事さん……俺ぁ木刀を買おうとしただけなのに、     どうしてこうまで言われなきゃいけなかったんでしょうね……」 悠介 「お前が悪い」 彰利 「ああんもう!言うと思ったわダーリンのアホーッ!」 悠介 「あーほら、さっさと木刀買え。次行くぞ」 彰利 「あ、あっ、待て待て!買うよ!買うから待て!     これが無けりゃあ隆正にアバンストラッシュ教えられないじゃない!!     あ、おばちゃん、これ金ね」 店員 「足りないよ」 彰利 「ふっ、釣銭はいらねぇ」 店員 「足りないって言ってるんだよ」 彰利 「ぬう、ごめんよ。ツケといて、名前は晦悠介で」 ゴンッ! 彰利 「アウチ!!」 ゲンコツ一閃。 悠介 「お前はなにか!?俺を困らせてそんっっなに楽しいか!?」 彰利 「もう最高!生き甲斐というか癖になりそうよ!?」 ガンッ! 彰利 「アウチ!!」 ゲンコツ一閃。 悠介 「ちょっとそっちの裏ッ側に来い!性根叩き直してやる!」 彰利 「あああっ!ど、どうして木刀を握る手に力がこもるの!?     殴るんだったらアタイ、悠介の手がいい!     素肌と同じ弱酸性で洗ってそうなそのスベスベのお手々で」 悠介 「おばさん、これ不足分です」 彰利 「無視!?」 店員 「はい、まいどあり」 彰利 「毎度なんて買っちゃいねぇや」 ゴンッ! 彰利 「ギャアア!」 悠介 「来い!」 彰利 「イヤアアアア許して!     同じ『こい』ならアタイ、『来い』より『恋』がギャアアアアア!!!!」 俺はこいつが叫ばないように、持ってきたタオルで猿ぐつわをして黙らせた。 彰利 「ハァハァ、ドゥァ、ドゥァーウィンのふぁおひ(ダ、ダーリンの香り)……!!」 悠介 「うぎゃあぁあああああっ!!」 ゴガンッ! 彰利 「オブゥム!」 悠介 「あーもう!どうしてお前は人の嫌がることにだけは天才的なんだ!」 猿ぐつわを外して彰利の顔面に投げる。 彰利 「っと、別に嫌がることをしてるつもりはないんだが。     ようするに俺の最大級愛情表現が悠介にしては嫌がらせになってるわけだ」 悠介 「……縁、切っていいか?」 彰利 「離婚届ならここに」 悠介 「お前なんぞと結婚した憶えはないが」 彰利 「大丈夫、俺が自分の名前を『彰利子』にして婚姻届を提出しておいたから」 悠介 「お前それ犯罪じゃねぇか!」 彰利 「任せろ」 悠介 「威張るな!」 彰利 「まあ冗談だ、そういきり立つな。怒るとシワが増えますことよ?」 ムホホホホホと笑い、彰利が木刀を構える。 彰利 「あーあ、流石に黒檀は無かったか。こんなんじゃ軽いんだよなぁ」 家系の腕力に少し苦悩する男が、 俺の目の前で木刀をブヒョヒョヒョヒョンと振り回している。 まるで小枝扱いだ。 彰利 「あ、そうだ。いっちょやってみますか」 悠介 「うん?」 彰利 「まあま、まぁ〜ま。まずは見てみなさいな」 笑顔で木刀を逆手に構える。 彰利 「アバーンストラーッシュッ!」 なにやら懐かしい言葉を放って彰利が木刀を振る。 するとドカーンッ! 通行人「ギャーッ!」 通行人が吹っ飛んだ。 彰利 「あ」 悠介 「あ」 やがて通行人はゴロゴロズシャアと転がり、いつしか倒れてぐったり夢気分。 悠介 「ア、アホーゥ!なにやってんだよお前!あの人に何か恨みでも」 彰利 「とんずらぁああーーーっ!!!」 ズドドドドドド!!!!! 悠介 「だぁーーーっ!ひとりでさっさと逃げやがったぁあっ!」 ていうか何!?今の何よ! 悠介 「……い、いや!今は奴をとっ捕まえることだけを考えて然り!」 だが頷いた時には彰利はもう居なかった。 それとともに景色の奥で奴の姿が見えた。 悠介 「逃すかーーっ!」 それに習うが如く。 俺も地面を蹴って走りだした。 ていうか相変わらず足速いなおい! と思ったら人込みに呑まれて走れなくなったようだ。 悠介 「死ねーッ!」 大きく振りかぶり、靴を投げた。 ゴパァンッ! 彰利 「ハブォッ!」 怯んだ隙に間合いを詰めて襟首を掴み、その場を後にした。 彰利 「ボ、僕ァ逃げたンじゃアないぞッッ!?走りたかッたンだッッ!」 ガコォ! 彰利 「おひゃあ!」 微妙に顔を揺らしながら叫ぶ彼の顎を打ち抜き、 靴を拾ってからその場を後にした。 ───……修学旅行先・旅館。 彰利 「ふはーぁ、やっぱり冷めたメシ食してもあまり美味くないなぁ」 ぼやきながら食堂を後にする。 彰利 「なんていいますかね、あたしゃこういう所でこそ、ラーメンを食したいよ」 麺をすする真似事のようなものをして笑う彰利。 恐らく本音だろう。 俺もそうだが。 彰利 「さてと……もうこんな時間になってもうたんじゃけんど……。     悠介、これからどうする?」 悠介 「さぁな。風呂にでも入ればいいんじゃないか?」 彰利 「お目が高い。ここの風呂は露天風呂!もうなんて言ったらいいのか」 悠介 「何が言いたい」 彰利 「俺は逃げも隠れもしねぇ。だから言おう。……覗くぜ、俺ァ」 ゴバドガァンッ! 彰利 「〜〜〜ッ!!」 思いきり叩き伏せるように殴った。 彼がバウンドしたようにも見えたが、細かいことは気にしない。 悠介 「で、なんの話だっけ?」 彰利 「……ゲ、ゲフッ……!ダ、ダーリン……いつからそんな乱暴に……。     アタイ……今日は散々殴られてばっかり……」 悠介 「たわけ、人様に迷惑かけるなって言ってるんだ俺は」 彰利 「の、覗きたいならひとこと言ってくれれば……」 悠介 「言うか」 彰利 「そうね」 平気な顔をして立ち上がる彰利。 やっぱりバケモノ級のタフネスだ。 彰利 「でもすまないねぇ。こればっかりは男の浪漫だ。     カタカナではなく、こう……漢字で……なぁ?」 悠介 「いや、わざわざ説明しなくていいから」 彰利 「そう?残念ねぇ。まあそんなわけで、誰が止めようと……俺はやる」 悠介 「………」 彰利 「あれ?激励してくれないの?」 悠介 「……ガンバレよ。是非とも捕まってくれ」 彰利 「任せてダーリン。その暁にはダーリンにそそのかされたって高らかに叫ぶから」 悠介 「すなっ!」 彰利 「あははははは、軽いジョークぞ。そんじゃ、用意して行きますか。     おッ風呂〜がオ〜レを〜待っている〜♪っとくらァ」 ───何度でも言おう。 彼は元気だった。 ──────。 彰利 「はぁ〜あビッバノ〜ン!」 スパァーン! 彰利 「ギャオゥッ!」 悠介 「静かに浸かれ」 彰利 「もう、いつからそんなに騒ぎ嫌いになったのよ!     あの敷居?の向こう側には若いオナゴが居るでによう!?」 悠介 「でによう!?ってなんだ。訳がわからん」 彰利 「俺もだ。だが、耳を澄ませてごらん?聞こえるでしょう、あの若々しい声が。     ああもうたまらんね、今すぐ飛び込みたい気分さ」 悠介 「そうしたいならさ、どうして俺と一緒の時間帯に入るんだよ。     ひとりの方がやりやすかっただろうに」 彰利 「俺の勇姿を見ていてほしかった。……それだけさ」 悠介 「そうかそうか。よーし、とりあえず殴らせろ」 彰利 「え?いや、どうしてそうなるの!?イヤァアアア!」 そうしてお湯で塗れたタオルを振りかざしたその時! 声  「あれー?弦月くん、来てるのー?」 突如、向こう側から声が聞こえた。 彰利 「あ、……えー?俺、田辺だけどー」 一瞬、心底驚いたような顔をした彰利だったが、声色を使って誤魔化す。 およそ本人としか思えないほどの声質だった。 声  「あ、田辺くん?」 当然というか、女子はあっさり信じたらしい。 彰利 「クックック、チョロイものぞ……」 悠介 「アホゥ……」 彰利 「今の声はB組の日余粉雪(ひあまり こゆき)だな。     彼女の身体には前々から興味があったのよダーリン」 悠介 「俺……いま心の底からお前と縁切りたいと思ったぞ」 彰利 「なにをおっしゃる。俺は純粋なる男の化身だから妄想なんぞは自由なの。     むしろそんなものに見向きもしないダーリンの方がサヴチックというか」 悠介 「………………」 彰利 「冗談です、ごめんなさい。     でも日余サンてば顔も一級だし体の凹凸も最強じゃないッスか。     女として憧れちゃうわよアタイ」 悠介 「お前の場合は変態の域と言うんだ」 彰利 「日余が変態ってこと?」 悠介 「お前がだ」 彰利 「………」 悠介 「泣くな」 彰利 「な、泣いてなんかないもん!」 声  「あ、あのさぁ田辺くん」 彰利 「!」 悠介 「!」 彰利 「な、なんだよ」 やはり声色を使う彰利。 声  「田辺くんって、男子全員と仲良いよね?」 彰利 「任せろ」 ズパァン!! 彰利 「ギャッ!!」 お湯を吸収したタオルが彰利の頬を痛打した。 声  「田辺くん?」 悠介 (アホォ……!何を言うつもりだ……!) 彰利 (わ、悪い……!ついクセで……!) 声  「どうかしたの?」 彰利 「あ、いや、なんでもないんだ。そ、それでそれがどうかしたのか?」 声  「え、あ、えっと……さ。D組の男子とも仲……良いんだよね?」 彰利 (D組ったら……俺達のクラスじゃないか) 小声で話し掛ける彰利に、俺も頷く。 声  「えっとさ、そ、それで……」 悠介 (おい……!なんか話がヤバくなってきたぞ……!) 彰利 (馬鹿!真剣に話してくれてるのに『急用思い出した〜!』なんて言えるか!     それに、も、もしかしたらもしかするかもしれないじゃないのダーリン……!) 悠介 (……お前なぁ) 声  「その……晦くん、とかとも、仲良い、のかな」 彰利 「!?」 悠介 「───」 彰利 「……………………………………」 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……と、彰利がゆっくりと振り向く。 彰利 (ダ、ダダダダーリン………………アタイというものがありながら……!!) 声を殺すことを忘れていないところは流石というべきか。 声  「あの……田辺くん?」 彰利 「え?いや、仲は良いよ。うん、親友というか家族にすら近い存在だ」 声  「そ、そうなんだ……」 それならその凝視はなんなんだ。 思いっきり憎しみこもってるぞ。 彰利 (お前さ、いつの間に日余のヤツをオトした?     コトと次第によっちゃあただじゃあおかねぇぞ色男) 悠介 (日余さん……?なんか……あったかなぁ……) 彰利 (こ、この野郎!忘れるほどにあらゆる女生徒を手篭めにしてるのか!?) 悠介 (ンなわけあるかっ!このっ!) ズパァン!! 彰利 「ニーチェ!」 声  「きゃっ……!ど、どうしたの……?」 彰利 「ゲフッ……いや……ははは、哲学者だよ哲学者!ニーチェって知ってるだろ?」 声  「あ、そ、そっか」 彰利 (後できっちり問い詰めるからなダーリン……!!) 悠介 (…………) なんかもうよく解らん。 彰利 「そ、それで……いう……晦がどうかしたのか?」 声  「……えぇっ!?あ、えっとその……好きな娘とか居るのかなって……」 ギシャアッ! 悠介 (睨むな!俺が悪いわけじゃないだろっ!?) 彰利 (黙れこの野郎!幸せ者はみんなそう言うんだ!羨ましくなんかないからな!) だったら何故泣く。 怒るよりも俺の心内とかも考えてもらいたいんだけどなぁ。 彰利 「あ、もしかして晦のことが好きとか?」 声  「───ッ!」 息を殺したような驚き。 彰利の顔が般若の形相へと変化してゆく。 彰利 (今ならまだ許してやる。彼女をどうやってオトした) 悠介 (知らないって言ってるだろが!大体知ってどうする気だ!) 彰利 (今後の参考にするに決まってるじゃない!     そんなテクがあるなら絶世の美青年の俺なんかウッハウハぞ!?) ……どうしてこうハッキリ言えるんだろうか。 彰利 「それで、晦のどこが好きになったの?」 何故、俺を睨みながら言う。 声  「好き?あ、ううん、そういうのじゃないよ。     でも気になるところを強いて上げるなら……孤独なところ、かな」 彰利 「孤独?弦月がいっつもべったりなのにか?」 自分で言うか、この野郎。 声  「……そっか、田辺くんには解らないか。     ……晦くんはね、一応クラスのみんなの中には居るんだけど、     確実に溶け込んではいないの。それってつまり、孤独ってことだよね?」 彰利 「……そう……なるかな」 声  「それなのに周囲のことばっかり気にかけて、自分のことはその次になってる。     でも……なんとなくね?中学校卒業したら、その全てを捨てちゃう気がする」 彰利 「全て?」 声  「えっと、気にかけているものを気にかけなくなるってことかな。     たぶんね、高校進学の時は最後までどこを受けるかを伏せて、     みんなが決めた中から誰も行かない場所を選んで……そして、孤独を選ぶ」 彰利 「………………」 彰利は彼女の言葉を聞いて、顔を真っ青にした。 まるでそれが真実であることを確信するように。 彰利 「ど、どうして……そう思うんだ?」 声  「……聞きたい?」 彰利 「……聞きたい」 声  「…………ふふふっ、秘密♪     ところで田辺くんさ、弦月くんのことも詳しい? 彰利 「『馬鹿』ナリ」 声  「あははっ、それは可哀相だよ」 彰利 「いいや、ヤツが死んでもきっと、誰も悲しまんよ。     馬鹿には馬鹿なりの最後が相応しいナリ。     例えば……誰かの未来のために死ぬとか、ね」 彰利がどこか呆れたような口調で言う。 自分で何を言ってるのか、って思ったけど……その顔は本気だった。 声  「……最低だね田辺くん。人の人生を死ぬとか言うなんて」 彰利 「アンタにゃ解らんさ。     どれだけの希望を持ってたって、壁ってものは崩し辛いから壁なんだ。     ……弦月にとっての壁は大きすぎる。ただそれだけだ」 声  「それでも最低だよ。信じられない。     ……わたしそろそろ上がるね。のぼせないように気をつけてね、最低さん」 彰利 「…………」 彰利はどこか険しい顔つきのまま、 やがて物音が無くなるまでその場で微動だにしなかった。 Next Menu back