───春夢(はるむ)───
風が吹いていた。 神社の周りには鮮やかな桜が咲き、陽の光を浴びて元気そうに揺れていた。 前を歩いていた彰利が神社の前に立ち、振り向きざまに言う。 彰利 「よっ」 なんでもない、馬鹿な行動。 ただそうしたくてしただけの行動だって解っている。 それでも俺はそれを望んでいたかのように同じようにして声を上げた。 それからしばらく黙っていた。 別に話すことが無かったわけじゃない。 言いたいこと、訊きたいことなんて数えればきりがない。 その中でたったひとつを優先して、俺は口を開いた。 悠介 「お前は……もう、俺が創造した存在なのか?」 訊きたいのはそういうこと。 答えの解っていることを訊くなんて馬鹿げているけど訊かずにはいられなかった。 彰利 「ん───まあ、そうだな。大体にしてこの体格だぞ?     それに一度死んでなけりゃあ『死んだ』なんて言えない」 ああ、やっぱり。 納得しながらも苦笑する。 彰利 「さて……」 彰利が俺に向き直って真剣な顔をする。 彰利 「訊きたいことはひとつだ」 その真剣さが、緩み始めていた俺の神経を固めた。 やがて、彰利の口が動く。 彰利 「───俺が居なくて、寂しかったかい?ダーリン♪」 途端にこの野郎は破顔し、そう言った。 その言葉に懐かしく、無意識に俺の体が動く。 それとともに神社に居た鳥が空へと飛び、その羽を揺らしながら去っていった。 目の前に居た彰利の体が跳ねるとともに、 その口から『ゲネファー!』という声が漏れる。 まったく、愉快だった。 こうしてまた会えたことには感謝するけど、 どうにもこいつとは抱き合って泣くような場面は似合わないから。 だから、殴っても殴られても。 俺達は大声を出して笑ったのだ。 それこそ何年も別れていた友人と、ひょっこりと街角で会ったかのように自然に。 ───攻防は続く。 お互いの喜びと悲しみへの怒り、そして無念を晴らすように殴り合う。 やがて手が痛み、顔が腫れてきたあたりで俺と彰利は倒れた。 彰利 「……土手の芝生じゃないのが残念かな。友情が芽生えない」 そう言って笑う彰利に、俺もつられて笑う。 悠介 「違いない」 一頻り笑ったあと、空を見上げながら疑問をぶつけた。 悠介 「お前が俺に殴りかかってきたの、初めてじゃないか?」 彰利 「ま、たまにはな」 でももう二度とやらんと言って、また笑う。 彰利 「はー……いい天気だなぁ……」 悠介 「そうだなぁ……」 そうやって空を見上げて、 いつかずっと昔にもこんなことをしていたんじゃないかと思う。 それは自分達が出会うもっと前。 偶然居合わせた子供が互いにいがみ合いながら喧嘩して。 それで、泣くことが格好悪いからと子供なりに意地を張っていた頃。 そう……どこかの広い草原で。 ぼくが、キミと友達になる前に。 悠介 「なあ……彰利」 彰利 「……多分、同じ考えだ」 気持ちがいいように晴れた顔。 そんな顔を横目に、やがて空へと視線を戻して。 俺と彰利はまた笑う。 悠介 「ところでさ、ひとつ聞き捨てならないことがあった気がしたんだが」 彰利 「ん?どんなことだ?」 悠介 「お前、いまようやく時空転移を成功させたんだよな?     だったらその前のゼノとの戦い、どうやって転移した?」 彰利 「未完成ながらにってやつだよ。戻ることは出来なくても道連れには出来る」 悠介 「無茶で自分勝手なのは相変わらずか」 彰利 「馬鹿お前、俺様からそれを抜いたら何が残る」 悠介 「威張るな馬鹿」 彰利 「───ぷっ」 悠介 「くっ……はははははっ」 笑う。 苦笑しか出来なかった自分が嘘みたいに自然に笑う。 それが特別に変だとは思わなかったけど、驚いていたことも事実だった。 彰利 「はははっ……あ、でもな。それを抜いても残るものがあるぞ」 悠介 「へえ、それは是非聞きたいな」 彰利 「ああ、それはな。俺のダーリンへの想いYO!」 悠介 「月鳴の」 彰利 「イヤアア待って!アタイが何をしたって言うの!?     自分に正直に生きたっていいじゃイヤアア!無視して去らないで!」 悠介 「……やっぱ、面白いよお前は」 晴れた気分。 晴れた笑顔で、俺は息を吐いた。 彰利 「……ちと悔しいな」 悠介 「なにがだ?」 彰利 「いや、俺の知らない落ち込んだ悠介を見れなかったのがちょっとな」 悠介 「お前な、何回死んでもその馬鹿は治らんのか?」 彰利 「フフン、馬鹿は死ななきゃ治らないとはよく言ったものだがな。     ンまっ、なんせ?この俺は筋金入りですから?百回死んでも治らんよ多分」 悠介 「威張るな!そんなもん!」 彰利 「まあまあダーリン。そんなこっちゃ強く生きれませんぜ?」 悠介 「激しく関係ないことを話に混ぜるな。……まったく、相変わらずだよな」 彰利 「なんザンスか、その目は」 悠介 「懐かしくも呆れた目だ」 彰利 「……変わったな、悠介」 悠介 「え───?」 気づけば、俺の顔を見て満足そうに微笑む彰利。 彰利 「あーあ、俺は来るべきじゃなかったかなぁ」 悠介 「な、何言ってるんだよお前」 彰利 「……なぁ、今───幸せか?」 悠介 「だから……何を───」 彰利 「答えてくれ、悠介」 ……嘘を許さない瞳。 それでもその瞳は穏やかで……それがどうしてか、儚げに見えた。 悠介 「───俺は───俺はなんて言ってやればいい?     命をかけてまで俺に未来を開いてくれたお前に……」 自分でも解っていた。 でも───答えは解らなかった。 情けない話だけど、同情するつもりはなくても心は人が思うほど単純じゃない。 悠介 「幸せだ、って笑ってやればいいのか?それとも……」 それとも、遠慮して。 いや、お前を忘れようとしていた俺を罵倒すればいいのだろうか? だけどそんな自分はいつだって好きになれなくて。 俺はいつだってそんな自分を捨てたくて仕方がなかった。 彰利 「───……相変わらず、やさしいんだな、お前は」 小さく、区切るように───あいつは言った。 彰利 「言うことなんて決まってるだろ?」 そして、笑ったのだった。 悠介 「あ───」 それで……全部解ってしまった。 こいつは十三夜の力の開花が成功したからここに来たんじゃない。 これは─── ……そっか。 どうして気づかなかったんだろう。 彰利 「……馬鹿だな。どうして気づいちまうんだよ……」 悠介 「………」 どうしてか、涙が出た。 だけどその理由を探そうとは思わなくて、ただ……ぼくは泣いていた。 ───それは昔の物語。 例えば時々に思う、蒼い季節にある思い出の欠片。 それは宝石のように綺麗で、だけどそれとは裏腹に、とても儚かった。 触れてしまえば。 ただそれだけで思い出の断片が汚れてしまいそうで。 ぼくは大切なものをずっと宝石箱の中にしまっておいた。 やがて存在すらも忘れてしまって、それでも自然に生きていた。 気づけばその場所には近づかなくなって。 ぼくはやがて大人になっていった。 思い出を捨てること。 何かを諦め、放棄することが大人になるということなら。 ぼくは大人になんかなりたくないって、口癖のように言ってたんだっけ。 それでもぼくは大人になっていた。 人の視線は冷たい。 それでもそれが気にならなくなったのは、彰利のお陰だってことも解ってた。 子供は子供。 互いが助け合いをしなければ何も出来ない。 大人もまた子供。 ひとりでは何も出来ないところはいつまで経っても変わらなかった。 徒党を組むことが正義だって言うんじゃないけど、 結局のところ、ぼくらはひとりじゃなにも出来ないんだって。 康彦さんや奈津美さんが死んだとき、解った気がした。 そして思った。 ぼくは人に助けられてばっかりだなぁって。 迷惑かけてばっかりだなぁって。 けど、それでも良かった。 自分を好きで居てくれる人。 自分を大切だと言ってくれる人が居れば、ぼくはぼくで居られると。 そう、信じて疑わなかった。 それでも……やがてぼくらは大人になる。 変えるつもりはなかった考えの根本が見えなくなってきて、 やがては人は変わってしまう。 それはどうしようもないことだと思う。 人は変わらなければ歩けない。 例えば歩けない子供はそのままで居て、歩くことは叶うだろうか。 変わらなければいけない。 なぜなら、自分が変わらないかぎり、自分は歩けないのだから。 背中を押してもらうのもいい。 励まし、助け合うのもいいだろう。 そうやって少しずつ自分を変えることで、人は歩けるんだと思う。 ───でもさ。 ぼくはそれでも思ったんだ。 どうしても変わりたくない時だって、きっとあるんだって─── ………… 涙が、石畳を濡らした。 嗚咽は小さくて、だけど声を出した途端に大声で泣いてしまいそうだった。 ……すべては夢。 それを理解した。 これが現実であってもなくても、自分の中ではそれが夢になることが解っていた。 そして、もう二度と思い出すことも無いんだと。 だからなのか。 俺は泣いていた。 あのとき別れを言えなかったのが悲しいんじゃない。 なにも言わずに消えたのが憎いんじゃない。 ただ、友達を忘れてしまう事実。 自分だけが憶えていた、たったひとつの思い出。 写真があってもその景色が動いてくれるのは自分の中の思い出だけだから。 写真を見ても、もう二度と『弦月彰利』という人物の名前が出ることは無い。 だからなのか。 ただ悔しくて悲しくて、自分でもコントロール出来ない心の悲鳴が嗚咽となって。 俺はやがて、大声を出して泣いた。 彰利の胸倉を掴んで、その存在を離さないように。 そんな俺を見て、驚きながらも笑っている彰利。 そして───なんの前触れもなく。 『弦月彰利』は……ぼくの中から消えた。    ただ小さな。              ほんとうに小さな声が聞こえた。 『俺のことは忘れて、今の幸せを追いかけてみろよ、親友───』 なぜだかわからないけど ぼくは地面に膝をついて 枯れることなく流れる涙を拭おうともしないで ただ、大きな声で─── 泣いた─── 泣いたんだ…………顔を涙でくしゃくしゃにして─── ───風が吹いていた。 静かな鳥達と、木が風に揺れて、互いの葉が奏でる自然の喧噪の中。 大切なものを無くした子供のように泣いているひとりの男を風が撫でた。 意味もなく、季節外れに舞い降りる雪が綺麗だった。 風は悲しみを受け止めるように桜と雪を舞い散らせ、それでも穏やかに流れていた。 ただ少年は、人が見たら滑稽でしかないように肩を震わせながら鼻水をたらして。 その涙の理由も解らずに泣いていた。 ただ、小さな音をたてて。 たったひとつ残された思い出が、その時代から消えた。 大切だった友達の写真は今日、誰にも気づかれずに見知らぬ誰かの写真へと変わった。 やがて、いつかは燃やされてしまうのだろう。 その少年はもう、この世界では『いらない人間』なのだから。 ───少年は理由を探す。 その涙の理由を。 けれども、いつか自分が嫌悪した人達のように、写真を見ても気づかない。 友達が居たという事実すら思い出せずに─── ───なぁ 悠介               ───うん? なんだよ ───もしさ 俺が居なくなったらどうする?               ───またそれか ───気にすんなよ 適当でいいから答えてくれ               ───そうだな ───ああ               ───言っておくが 泣かないぞ ───まあ そうだろうな               ───でも……悲しんでやる ───……それ 大差あるか?               ───ばか 涙ってのはその時にならないと出ないんだ ───そうか?               ───ああ そうだ ───ああ でも───               ───うん? ───ありがとう それで俺も頑張れる               ───? 変なやつだな ───生まれつきだ               ───違いない ───なぁ 悠介               ───うん? ───………………               ───なんだよ ───いや……なんでもない               ───……やっぱ変だよお前って ───はは 違いない               ───でもさ ───え?               ───その時が来て ───?               ───俺の中で お前が本当に大切な友達になってたら ───……               ───きっと、俺は泣くんだろうな…… それは……昔のことだった。 ぼくらはまだ何も知らない子供で、ただ元気に遊んでいられれば幸せだった。 ───春。 穏やかな陽の光にあてられて、ぼくらは追いかけっこをした。 転んでもすぐに起き上がって、ぼくは少年と笑い合った。 ───夏。 ミンミンとセミが鳴いていた。 陽の光は熱くて、だけどぼくらは追いかけっこをする。 汗をいっぱいかいて、笑いながら走った。 ───秋。 やがて涼しくなる景色の中で、静かに落ちる木の葉を眺める暇も無く。 ぼくらは追いかけっこをしていた。 静かに夕日が沈む頃、明日会う約束もしないで手を振った。 ───冬。 寒い季節。 雪を待ってみたけど、空は白く濁っているだけで、雪は降らなかった。 ぼくはただ、友達を待つ。 原っぱだったその場所で、たったひとりの友達を。 やがて夜になって、ぼくは後悔した。 明日会おうって約束すればよかったって。 でも、ここで待っていればきっと来るって信じてた。 ぼくは待った。 やがて春が訪れる、その日まで。 そして思う。 泣かなくなったのはいつからだったのだろうって。 涙が雨に払われるたびに、新しい涙がこぼれた。 それでも、ぼくは待っていた。 どこかの原っぱで、ずっと。 お父さんがぼくを殴りつけて、無理矢理家に閉じ込めても。 そのたびに抜け出て、ぼくは待っていた。 それを何度も繰り返して。 いつしか、ぼくは泣いた。 お父さんに殴られたのが痛かったからじゃない。 ただ、ぼくは─── なにか、大切なものを失ってしまったんだって気づいたから─── だから、泣いた日を最後に、原っぱに行くことはなくなった。 それでもお父さんはぼくを殴る。 ……ぼくはなにを求めていたんだろう。 殴られながら、そう思った。 血が出ても痛くなくて、ただ、溢れる涙がとても熱かった。 ……それから何度目かの秋の日。 お父さんとお母さんは死んだ。 ぼくは嫌いだったはずの両親のために泣いて。 もう二度とその『親』というものが動くことはないんだと知った。 自分は何が怖いか。 それがなんなのかを知ったのもこの時だった。 ぼくは、たったひとつの『なにか』を失うことが何よりも怖かったんだ。 あの日、友達が来なくなったこと。 お父さんとお母さんが死んでしまったこと。 そして……再会できた友達が消えてしまったこと─── ただ、悲しくて。 ぼくはずっと泣いていた。 ……やがて、ぼくらは大人になる。 それが自分をどんな風に変えた結果なのかは、もうぼくには解らないけど。 でも、ゆっくりと歩いていこう。 辛かったら立ち止まればいい。 泣きたくなったら泣けばいい。 そうやって一歩一歩歩いて。 そしていつか───また、誰かに手を振ろう。 今度はちゃんと指切りをして─── Next Menu back