───いつまでもやかましい人───
───。 うう、あの野郎……危うく泣くところだったじゃないか。 俊也 「悠介も大変だなぁ、あんなヤツと一緒に旅だなんて」 ほとほと呆れる。 そして感心する。 堪忍袋の緒が頑丈なんだろうなぁ。 俊也 「しかし……」 うーん、見渡す限りの野だな。 都会では絶対に見れない景色だ。 俊也 「……カメラがあれば絶対撮ってたのにな」 生憎、俺の家にはそんなものはない。 あったものは既に壊れて廃棄処分行きだし、その頃にはもう家庭崩壊は進んでいた。 だからカメラなんて買う必要がなかった。 家にカメラがないのはそういうことだ。 思いで作りもただの戯言にしかならない。 俊也 「……ほんと、いい景色だ」 こんな景色を見ていると懐かしさを憶えるのは何故だろう。 自分は今までこんな景色を見たことはなかった筈なのに。 それに自分は自然に歩いている。 まるでこの道を知っているかのような錯覚の中で。 まずおかしいことがある。 どうして夏純に出会う前、 あの木の下まで行く過程で『記憶の通り』に進むことが出来たのか。 俺はこの場所を知らないというのに。 ……これも、この場所の影響なんだろうか。 磁石も利かなければ電波も届かない。 何かが決定的に曲がっているような錯覚を覚えるこの場所の……魔術のような影響。 ここに辿り着いた途端、自分が感じたことは『子供に戻りたい』という気持ちだった。 子供である自分がそう思うのは変かもしれないけど、あの時俺は間違いなくそう思った。 その意味は多分、あれこれ考える必要もなかった、 『本当の意味での子供』に戻りたかったのではないだろうか。 俊也 「……ここを右に行くと、小さな橋のある小さな川───」 右を向けばそこにある橋と川。 水が澄んでいて、自然の中で泳ぐメダカを見たのはそれが初めてだった。 小川は陽の光を受けて眩しく輝いていた。 俊也 「───」 俺はなんとなく惹かれるものを感じて、靴を脱いで川に足を浸けてみた。 ……うん、暑い陽気には丁度いい冷たさだ。 そのままの状態で橋に寝転がると、そのまま空を仰いだ。 ───なんて綺麗な空だろう。 自分の家の周りじゃあこんな世界は見ることなんて出来なかった。 きっと夢に見ることすらなかっただろう。 澄んだ空気に澄んだ空、澄んだ水。 その全てが自分を包み込む感じ。 ……とても穏やか。 なんて、暑いのに涼しい世界だろう。 とても居心地がいい。 俊也 「……俺は───」 ざくっ。 俊也 「ギャーッ!!」 突然足に激痛を受け、慌てて足を庇う。 ───と、そこにおわすはザリガニ様。 ご丁寧にまだ挟んでやがります。 俊也 「……人がせっかくいい気分になってるところに……!」 こうなったらデコピンの一発や二発───ぽちゃん。 俊也 「あぁっ!逃げるなっ!」 指を構えた途端に逃げられた。 くそ、中々頭がいいんだなザリガニって生き物は。 俊也 「───よし、いつまでもここに居ても仕方ないな。散歩だ散歩」 勢いをつけて起き上がる。 ぐぅっと伸びてから周りを見渡すと相変わらずの野。 少し遠くの方に見える家と、その周りに立ち並ぶ雑木林。 自分がやってきた方向だ。 あそこに悠介や姐さんや夏純が居る。 あと変態も。 俊也 「……さて、どこに───って、こっちに行きたい気分だ」 ていうかもう体がそっちを向いてる。 ここは直感に任せようか。 無意味に頷いて、俺は体の動くままにどこかを目指して歩き始めた。 ───やがて、その場所に着いた。 俊也 「……ひどいな」 辿り着いた場所にはひとつの家があった。 家、といっても焼き焦げた、見る影も無い家だ。 もう随分と放置されているのか、ところどころが崩れてボロボロだ。 処理もされずに残ってるってことは、何かの意味があるのだろうか。 俊也 「……ん?」 今、あの家の中で何か動いたような……。 動物かなにか、か? 気になって近寄ってみた。 そして家の中を覗いてみると─── 夏純 「───」 夏純が居た。 俊也 「夏純……?お前、風呂に入ってたんじゃ───」 夏純 「………」 俺の声に無反応ともとれるくらいに、ゆっくりとこちらを向く夏純。 だけど何かがおかしいと感じた。 そう、目が違う。 明らかにさっきまでの夏純とは目が違う。 異常ともとれる悲しみを感じさせるその目に、 心が見透かされてしまうような錯覚を覚えた。 夏純 「───……」 だけど。 そんな錯覚を感じさせていたというのに、 夏純は俺の顔を見るととても穏やかに嬉しそうに微笑むのだ。 その笑顔は見惚れてしまうほどに綺麗だった。 思わず動けなくなってしまっていた俺の胸に、彼女は小さく身を寄せてきた。 そして俺の顔を見て、まるで長年会わなかった恋人と出会えたような笑顔で微笑んだ。 その目には小さな雫。 ……泣いて、いるのか───? 声  「ヨゥメェーンッ!」 俊也 「うわぁああわぁあああっ!!」 突然後ろからかけられた声に、しこたま驚いた。 俊也 「だだっっ、誰だぁっ!」 しどろもどろになりながらバッと振り向く。……と、彰利。 彰利 「はっはっは、俺様降臨」 俊也 「……お、脅かさないでくれ……」 彰利 「これでも紳士に登場したつもりだが。     普段の俺様なら間違いなく影刃で喉笛を掻っ切ってたぞ」 俊也 「影刃って……?」 彰利 「ホレ、あの時代劇とかで忍者がよくやるあれじゃよ。     口を押さえて喉笛を掻っ切るアレ。アタイは影刃と呼んでる」 俊也 「………」 彰利 「あら、お気に召さない?」 俊也 「それ以前の問題だ……」 彰利 「ところでメェ〜ン、こったらとこでなにさすてたんぞね?」 俊也 「真面目に話す気はあるのか?」 彰利 「野暮なこと言うなよメェ〜ン。そんなだからメェ〜ンは馬鹿なんだ」 俊也 「誰がメェ〜ンだ」 彰利 「な、なにぃ!?ウーメンだったのか!?」 俊也 「俺は男だっ!」 彰利 「だろ?焦らせるなよメェ〜ン」 俊也 「………」 どうしてこう人をおちょくるのが上手いのか……。 彰利 「で?何してたん?もしやこの焼けた家はメェ〜ンが……!?」 俊也 「こんな短時間でこんなに焼けるかッ!」 彰利 「そらそうじゃわ。そんじゃあ火事場強盗?」 俊也 「なにもないよ。こんな焼けた場所で何が見つかるって───あれ?」 振り向いた先には、もう夏純の姿はなかった。 俊也 「……夏純?」 彰利 「夏純ちゃん?どこぞね」 俊也 「え?い、いや……」 彰利 「なっ───てめぇまさかこんな離れた場所まで夏純ちゃんをお菓子で釣って、     誰も居ねぇことをいいことにあげなことそげなことを!?」 俊也 「してないしてないっ!」 彰利 「な、なんて羨ましいんだぁーっ!」 俊也 「してないって言ってるだろぉっ!?」 彰利 「き、貴様……!く、悔しくないからなっ!?     いきなりメェ〜ンごときに先に大人の階段上られたからって───     悔しくないんだからなぁあああああああああっ!!!??」 ずどどどどーっ! 俊也 「ああっ!ま、待てーっ!盛大に誤解したまま行くなぁあああっ!!」 風を撒き散らしながら世界新記録に挑む早さで視界から消える彼は何者ですか? 俊也 「もしや前世がベンジョンソンだったり……」 って、馬鹿か俺は。 俊也 「それにしても……夏純?居ないのかー?」 …………。 俊也 「……人から逃げるようなヤツじゃないと思うんだけどな。     あ、でも相手があの変態じゃあなぁ」 そんな理由でなら頷ける自分が怖い。 逼りつつあるな。 俊也 「さて、次行ってみますか」 ここでこうしてても仕方ないしな。 さぁ、次はどこかね俺の体よ。 俊也 「───オウ?」 先ほどまでの感覚も何処へやら。 体はすっかり落ち着きを取り戻し、どこかへ歩こうともしなかった。 俊也 「……なんだってんだ?一体……」 ううーむ、今日ほど自分のことが解らない日はないな。 これもあの連中の影響なんだろうか。 ああ、性格が変わりつつある自分が怖い。 俊也 「それじゃあ───帰りますか」 何か釈然としない気持ちを抱えながら、俺は姐さんの家を目指した。 途中、もう一度その焼き焦げた廃墟に向き直る。 俊也 「……なんだろな。なんか変な気分だ」 ───髪の毛を掻き毟る。 わしゃわしゃと掻きまわしても何も意味はなかった。 当然、その釈然とした何かが消えてくれるわけでもなく─── 俺はどこか嫌な気分のままで姐さんの家へと歩を進めるのだった。 ───……。 焚き火が燃えていた。 独特のパキペキという音を立てながら、枯れた小枝が燃えてゆく。 あたりは既に暗く、五人で焚き火を囲みながら雑炊をすすっていた。 佐知子「どう?おいしいでしょ」 彰利 「マズイ。食えたもんじゃない」 佐知子「普通そういうことを即答する!?」 彰利 「まずダシだ。ダシの味が濃すぎる。これではアクが強すぎて大味になる。     雑炊独特のさらりとした後味が来ない。     そしてこの味は───むう、鰹出汁の他に昆布を入れたのか。     だがどちらも煮詰めすぎて匂いが移ってしまっている。     海のもの同士ならば合うとでも思ったのか?     これでは香りが滅茶苦茶になって嫌らしいものになる」 佐知子「なっ───」 彰利 「馬鹿め、こんなものは雑炊とは呼べぬわ!     田舎に来てまでこんなものを食わされるとはな!     これだから食に招かれるのは嫌なのだ!     この程度の味でこの雄山を持て成そうなど片腹痛いわ!うわぁっはっはっは!」 悠介 「自分もよく解ってないくせにエラそうなこと言ってんじゃねぇーっ!」 ベチャア! 彰利 「ウギャア熱いーっ!な、なにしやがんのさダーリン!     人の顔にかけていいのは酒と水だけだって決まってんでしょ!?     それをこの雄山の顔に粥をかけるとは───!     貴様!この私の顔に泥を塗る気かぁっ!」 悠介 「泥じゃなくて雑炊だ」 彰利 「そうね」 妙な納得をしてカチャカチャと雑炊を食べ始めるふたり。 佐知子「……いい出来だと思うんだけど」 俊也 「うん、美味いよ」 悠介 「美味いな」 夏純 「♪"」 彰利 「チッ……これだから味のド素人は困る……。     こんなもの、この雄山に言わせれば猫まんまだ」 悠介 「海原雄山は人をド素人って言わねぇし舌打ちもしねぇよ!」 彰利 「山菜を混ぜるまではいい。だが考えてみろ。     こんなに味の強い野菜同士を入れ、海の出汁をたっぷりと取ってみろ。     それこそ味が滅茶苦茶になり、雑炊以外の何かになるのが関の山だろう」 佐知子「で、でもこうやって食べれば美味しいし」 彰利 「このたわけが!」 佐知子「たわっ……!?」 彰利 「貴様がここまで愚かな女だとは思わなかったわ!     いい出来!?食べれば美味しい!?それを決めるのは貴様の味覚か!?     客を持て成すことに手抜きを見せ、なにがいい出来だ!     ことの本質を忘れては美味いも不味いもない!     貴様は自分の舌を過信して客を忘れた愚か者だ!このたわけめが!」 佐知子「……あのさ、どうしてここまで言われなきゃならないの?」 悠介 「こいつの性格だ、気にしないでくれ。雑炊、美味いよ」 佐知子「美味しいわよね?そうよね……」 彰利 「馬鹿めが!うわべだけの言葉にぬか喜びしおって!」 佐知子「………」 ベチャア! 彰利 「あちぃっ!」 ベチャベチャ! 彰利 「あぢぢっ!熱いって!」 ベチャベチャベチャベチャ! 彰利 「わぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃ!!みんなして何すんのさ!」 悠介 「美味いって言ってるんだ。人の作ったものにいちいちツッコミ入れるな」 彰利 「だってダーリン!」 ベチャア! 彰利 「うぁぢぇぇえい!!」 悠介 「黙って食え」 彰利 「うう、解ったよう……」 ところどころを赤くした彼が泣きながら雑炊をすすった。 彰利 「泣きながら〜ご〜はんたべるぅと〜、なぜか美味しくない〜……♪」 悠介 「懐かしい歌うたってないで食えよ……」 彰利 「ムサシロードってさ、オープニングとエンディングの落差が激しかったよね」 悠介 「知らん」 彰利 「うう、切ねぇ……」 俊也 「………」 泣くくらいならやらなきゃいいのに……。 俊也 「あ、そうだ。なぁ夏純?」 夏純 「?」 口を止めて俺の目を真っ直ぐに見る夏純。 ……やっぱ、目が違うんだよなぁ。 でも一応訊いてみるか。 俊也 「暗くなる前さ、あっちの───焼き焦げた家に居たよな?」 夏純 「?」 俊也 「え?」 首を傾げる夏純。 その顔はまったくと言っていいほど話が見えていないようだった。 佐知子「俊也、あそこに行ったの?」 俊也 「う、うん……そうだけど、なにかあるのか?」 佐知子「……まあ、もう昔の話だしね。いいわ、教えてあげる。     あそこには昔、ふたりの男女とその子供が住んでたの」 ───姐さんの話はこうだった。 昔あの家にはふたりの夫婦が住んでいて、その間にはひとりの子供が居た。 他の人から見てもとても仲の良い夫婦だったらしい。 ところが、それもある日に終わりを迎える。 ある日、母の方が何かの拍子に足を痛めたらしい。 医者代わりだった老人が言うには足の骨にヒビが入っていたそうだ。 当然、絶対安静を言い渡された。 父は一緒に働いていた母を家に残し、ひとり仕事に戻った。 子供はどこかで遊んでいたらしい。 ───と、その時だ。 どこかから来た男女が珍しいからといってここらへんを見て回っていたそうだ。 後にも先にも、この村に車が来たのはそれが最後だったらしい。 男女は笑いながら騒音を撒き散らし、その景色を堪能していた。 やがて最大の原因。 吸っていた煙草をそこらへんに軽く捨てた。 それが、全ての原因だった。 偶然にも吹いた突風がそのタバコを合掌造りの屋根へと運び───その家は燃えた。 騒ぎを聞きつけた父親が戻ってくる頃には大部分が焼きただれ、 それでも彼は動けない妻を助けるために燃える家の中に駆けて行った。 ───そして、それがその男の最後の姿だった。 原因である男女はその様子を見て─── 『こんなワラみてぇなダセェ家で暮らしてると、いつ燃えるか解らねぇな』と笑い、 この村を去っていったらしい。 村人達は絶望した。 村の仲間が死んだのだ。 それも、どこかのチャラチャラとした小僧供の所為で。 だけどそれとともに気掛かりなことがあった。 ───子供はどこへ行ったのか。 村人の中には、燃えている家を見て立ち尽くしている子供を見た人も居たらしい。 だが、父親を探しに行くと言って走っていったきり、戻ってこなかったらしい。 ───……。 悠介 「ヒドイな……」 彰利 「ああ……何も雑炊を俺にかけることねぇじゃねぇか……」 悠介 「お前のことなんぞどうだっていい」 彰利 「うわヒデェ!」 俊也 「あ、でもさ。     どうしてそのチャラチャラしたヤツらの所為で燃えたって解ったんだ?」 悠介 「あ、それ俺も気になってた」 佐知子「実際に見た人が数人居たからよ。その中には子供の頃のわたしも居た」 俊也 「………」 悠介 「その子供っていうのは?」 佐知子「やっぱり行方不明。あれからもう随分経つわ。生きてたら奇跡よ……」 夏純 「……、……」 俊也 「───?」 まてよ……? もしあそこに居た女の子が本当に夏純じゃないとしたら……もしかして? 俊也 「あ、あのさ姐さん」 彰利 「メシが無くなったぞ」 佐知子「……ホント文句ばっかりねアンタって……!ワラでもかじってなさい!」 彰利 「ゲェーッ!?」 俊也 「………」 いや、まさかな。 行方不明だった子供が夏純に似ていて、しかもここに戻ってきてたなんて出来すぎてる。 忘れよう。 夏純 「………」 悠介 「うん?……そうなのか?」 佐知子「どうしたの?」 悠介 「いや、この娘が『自分とその子は友達だった』って言うから」 佐知子「え───解るの?」 悠介 「なんとなくね。     俺はこういう娘の言いたいことは目を見れば少しは解るつもりだ」 佐知子「ふうん……本当みたいね。そうよ、夏純とその子はよく遊んでいたわ。     とても仲が良かったの。でも───」 夏純 「………」 佐知子「その子が行方不明になったって聞いて、そのショックでね……。     喋れなくなっちゃったのよ……」 悠介 「……そっか」 ぽん。 夏純 「……?」 悠介 「……辛かったな」 夏純 「……、……」 悠介 「孤独の辛さは解ってる……辛いよな、本当に……」 悠介は夏純の頭を撫でながら今まで見せたこともないような穏やかな顔でそう言った。 そしてその顔が全てを物語っていた。 この人は本当に、孤独というものを知っているんだ、と。 どうしてそう思ってしまうのか─── この悠介という人物は、本当の意味で謎の多い男だった。 彰利 「おう、おう……辛かったろうね悲しかったろうね……。     だからアタイが慰めてやる。そして今すぐダーリンの傍から離れやがれ」 でもこの人ほどじゃないんだろうなとつくづく思う。 モシャアアアと景色を闘気で歪ませながら夏純を威嚇する彰利。 対して、そのままの状態で舌を出して、べー!と反発する夏純。 彰利 「キィイこの小娘ぇえええっ!!」 先に堪忍袋の緒が切れたのは彰利だった。 ていうか切れるの早い。 早すぎだ。 彰利 「ポッと出の辺境村娘がアタイのダーリンに」 ベチャア! 彰利 「ギャアチャア!」 悠介は躊躇することもなく彰利の顔に粥を放つ。 うーん、ほんとに容赦ないな。 彰利 「ふっ……貴様の熱い思い、確かに受け取ったぜ……?」 悠介 「思いじゃなくて粥だ」 彰利 「そうね」 再び座り、今度は汁をすするふたり。 どういう微妙さか、このふたりはこれはこれでバランスがとれているのかもしれない。 俊也 「───あ、あのさ姐さん」 佐知子「うん?あ、そういえばなに?さっき訊きかけたでしょう」 俊也 「え、っと……この村には今、ふたり以外居ないんだよな?」 佐知子「そうだけど……どうして?」 俊也 「あ、いや……あの廃墟に誰か居たような気がしてさ───」 ……咄嗟にウソをついた。 どうしてだかは自分が一番疑問に思ったに違いない。 佐知子「そう?その歳で幻覚見てたら将来が心配よー?」 俊也 「あっ、ひでぇ!そんなんじゃないって!」 佐知子「冗談よ冗談。早く食べちゃいなさい」 俊也 「あ、ああ……」 佐知子「返事は『うん』!」 俊也 「あ、えと……う、うん……」 佐知子「よろしい。……でもねぇ、そんな噂は聞いたこともないしね。     やっぱり見間違いかなんかだったんじゃない?」 俊也 「んー……」 夏純 「?」 俊也 「……そうだな、きっとそうだ」 彰利 「フフフ、その通りぞ。どうせ慣れない暑さに負けて幻覚を見たんザマショウ。     まったく情けない下郎ぞ」 悠介 「お前じゃあるまいし起きながら白昼夢なんて見るか」 彰利 「何を言う!俺はさっき確かに妖精さんを見たんだぞ!?」 悠介 「それで肥溜めに落ちてりゃ世話ないな」 彰利 「うっさいわい!キミには妖精さんの誘いが見えなかったのか!?     彼女はアタイに言ったのよ!?『誘おう!わたしの世界へ!』と!」 悠介 「リチャード=ウォンかよ。だからさ、それで落ちたら虚しいだけだろ」 彰利 「解ってねぇなぁダーリン!彼女は俺の愛を試したのよ!     なにせ物凄くムキムキマッスルなアマゾネスフェアリーだったし」 悠介 「どこの妖精さまだよそれ!」 彰利 「妖精差別だぞその考え方は。     俺は例えヒゲとスネ毛の生えた妖精さんでも……ごめんなさい嫌です」 なにがなんだか解らないが、彼は自分の言葉にショックを受けていた。 悠介 「まあその人影……か?それが本当だったらちょっとした心霊現象だな」 彰利 「だな。それが女だったら口説いてみせようホトトギス」 悠介 「お前さ、もっと日余のこと大事にした方がいいと思うぞ」 彰利 「なにぃ!?俺は粉雪以外を愛すことはしないぞえ!?」 悠介 「妖精に愛を試されて肥溜めに落ちたのは誰だ」 彰利 「はいはい俺〜♪って!改めて確認するなよ泣けてくるじゃない!」 悠介 「しっかし、土産をもっていってやれとは言ったけどさ。     こんな土産話ばっかりじゃ絶対泣かれるぞお前」 彰利 「泣いたら泣いたで俺が愛して慰めてやるのよ。ステキじゃない」 悠介 「好きなら嬉し涙以外流させるなよ」 彰利 「ぬおっ、ごもっとも……」 俊也 「まずそれが解らないんだけど」 悠介 「うん?」 俊也 「この変態に恋人が居るのがさ」 悠介 「そうだよな、そう思うよなぁ」 彰利 「クォックォックォッ、独り身の妬みは醜いのぅ」 ドゴボシャア! 彰利 「ブゲッ!」 ……ドシャア。 俺と悠介の拳をくらった彰利が沈んだ。 悠介 「まったく……どうしてこう人のムカツク言葉を選んで言うかねコイツは……」 俊也 「性格……じゃないかな」 悠介 「いや、ド腐れド根性だ」 佐知子「その男のことはもう放っておいて寝ましょう。     幸い、馬鹿は風邪引かないらしいから」 悠介 「インフルエンザにはかかったけどな」 佐知子「あらそうなの?」 悠介 「でも風邪は引いたことはないな。やっぱりあの言葉は正論だ」 俊也 「馬鹿は風邪を引かない?」 悠介 「そーそー。まるでこいつのためにあるような言葉じゃないか」 俊也 「まったくだな」 ふたりして頷く。 夏純 「…………」 悠介 「うん?ああ、眠いか?」 夏純 「……、……」 こっくりこっくりと頭を上下する夏純。 相変わらず悠介の足の間に座る夏純は見事に眠そうだった。 佐知子「うん、じゃあ眠りましょう。男衆、そっちの部屋使うように」 悠介 「了解」 佐知子「布団はまあ、一応寝る分にはあるから」 悠介 「ほい、りょ〜かい」 とたとたとた……。 隣の部屋へ歩く。 見れば、既に布団は用意されていた。 ドシャア! 彰利 「痛い!」 気絶して悠介に抱えられていた彰利が布団ではなく畳みに捨てられて唸った。 悠介 「ふう、これで一息つけるな」 俊也 「へ?一息ならついてたんじゃ」 悠介 「悪い。俺はどちらにしろ人と一緒に居ると落ち着けない性分なんだ」 俊也 「へえ……そうなのか?あ、じゃあ俺は?」 悠介 「どちらかというと女が苦手なんだ。男は───まあ、こいつで免疫がな」 ごすんっ! 彰利 「痛い!」 鋭いゲンコツが倒れている彰利の頭を襲う。 悠介 「でもなんだかんだいってこいつは俺の友達なわけで、     俺は世の中の歴史の動きに微妙な心を抱いているわけだ」 俊也 「それって運命とか?」 悠介 「俺は基本的に運命って言葉は信じてないよ」 俊也 「ふーん、なんでまた」 悠介 「ちょっとね、運命とひと波乱あったんだよ」 俊也 「ひと波乱?運命と?」 悠介 「特に、こいつがね」 ごすんっ! 彰利 「痛い!」 再びゲンコツが襲う。 悠介 「よし、この話は終わり。寝るか」 俊也 「ん?……ああ」 悠介は布団に寝転がって息を吐いた。 俊也 「……運命、ねぇ……」 俺も息を吐くと布団に寝転がった。 天井を見たまま、その景色をゆっくりと閉じていく。 その過程。 俺がここで目覚めた時の景色を思い出した。 ───俺を見下ろしている、寂しげな少女。 あの少女は夏純、だと思う。 だと思うのに、どうしてかその確信が持てない。 その原因は解ってる。 それは……あの冷たい目。 とても悲しそうな目だった。 それが何を意味しているのかは解らなかった。 そして、廃墟で会った時のあの穏やかな笑顔。 ……なんなんだろうな、一体。 悠介 「───悩むな。寝てしまえ」 俊也 「え?」 悠介 「俺はお前の言ったこと、信じるよ。本当なんだろ?あの話」 俊也 「どうしてそう思う?」 悠介 「それは秘密だ」 俊也 「なんだそりゃ……」 くっくと笑うと、悠介は目を閉じて眠りの体制に入った。 俊也 「───……」 ……そうだな、寝るか。 どうしたっていいや、今は。 …………ぐぅ。 ───ギシッ。 ……小さな軋みの音で目が覚めた。 俊也 「………?」 うっすらと目を開けると、目に映る黒い影。 影は元々黒いものなんだから、黒い影、と言うのも変かと思った。 キシッ、ズズッ……。 軋みはゆっくりと歩いているような音だった。 俺は影の正体を見ようと視線を動かそうとした。 のだが。 声  「クォックォックォッ……あげなべっぴんさんがおるのであれば、     夜這いしねぇ手はねぇべよ……グブブブブ……!」 視線を動かす前にそんな声が聞こえてきたからたまらない。 隣を見てみれば、悠介が眉間に手を当てて呆れかえっていた。 声  「い、いざ、禁断の世界へっ……!」 玄関を潜り、目を輝かせながら外へと消えてゆく彰利。 途中で止めるかと思った悠介も止めようとはせず、何かブツブツと言っている。 その声は聞こえなかったけど、最後の『弾けろ』という声は聞こえた。 と同時に 声  「ぐわぁあああああああああっ!!!!」 彰利の叫び声が聞こえた。 俊也 「な、なんだっ……!?」 小声で驚いた。 悠介 「よ、起きてたか」 俊也 「そりゃあれだけ大袈裟にギシミシ歩いてれば普通起きるよ……」 悠介 「だな。どうやらあの馬鹿、落とし穴に落ちたらしい」 俊也 「落とし穴?」 悠介 「最近の田舎は怖いなぁ、地面に突然落とし穴が出来るんだから」 はっはっはと笑うと、悠介は寝返りをうって寝る態勢を整えた。 俊也 「…………?」 な、なんだかよく解らんが───まあ姐さんとかに問い詰められるのも面倒だ。 このまま寝よう。 それか寝たフリだ。 佐知子「ちょっと!今の声なに!?」 悠介 「ぐー……」 俊也 「ぐー……」 佐知子「…………?あら?」 姐さんの声が聞こえたが、完全に無視した。 佐知子「あの変態が居ないわね。どうしたのかしら……」 夏純 「……?……?」 佐知子「あ、ううん、なんでもないのよ夏純。寝てなさい」 夏純 「…………」 とたとたと足音が離れてゆく。 その足音が二人分だということを確認してから、脱力感を含んだ溜め息を吐いた。 悠介 「悪いな、馬鹿者で」 俊也 「いや……悠介が謝ることじゃないだろ、この状況……」 悠介 「まああいつもそろそろ戻ってくると思うし」 俊也 「あ、そういえば落とし穴って?」 悠介 「んー……そうだな、アレだ。誰かが作っておいたんだろ。田舎だしな」 俊也 「…………?」 悠介 「それより……遅いな。そろそろ戻ってきてもいいと思うんだが───って」 ハッと真剣な顔になる悠介。 悠介 「ま、まさか懲りずにそのまま夜這いに……!?     あいつのことだから文句言いに戻って来ると計算したんだが……!」 俊也 「ほへ?なんで悠介に文句言いに来るんだ?」 悠介 「あいつが馬鹿だからだっ!ちょっと見てくる!」 素早く起き上がり、悠介は玄関へとガボシャーン! 声  「ぎゃぁあああああああああああっ!!!!」 ───オウ。 悠介 「……落ちた、な」 玄関前に立つ悠介が振り向いて呆れながら言う。 俊也 「落ちた、ねぇ」 俺もさながらに呆れる。 ああ、なんてお約束通りなヤツなんだろうか。 声  「ちょ、ちょっと何やってんの!?」 声  「やあババア、俺と一緒に精神の修行をせんか?     こうして肥溜めに落ちることによって涙を無くすんだ。     でも何度落ちても涙がと嘔吐と耳汁が止まらねぇ」 声  「まさかあんた───夜這いしようだなんて考えてたんじゃないでしょうね?」 声  「ババア相手にそんなことするか!みくびるな!」 声  「いっぺん死ねーっ!」 ボギャアア! 声  「ギャーッ!」 …………。 悠介 「…………寝るか」 俊也 「……そう、だな……」 語るに至らず。 完璧なまでに呆れ果てた俺達はそのまま寝ることにした。 ───が、しばらくして家の中に入るに入れず、 しくしくとすすり泣く声がじわじわと滲み出し始めた。 それに対して少々怒った悠介が外に出ていき、しばらくして彰利と一緒に戻ってきた。 彼は肥溜めに落ちたのがウソだと思うくらいに綺麗になって戻ってきた。 彰利 「うーむ、闇に乗じようとしたらいきなり落とし穴が現われて、     しかも這い出したら次の瞬間肥溜めだろ?俺もう悲しくなってさ」 悠介 「説明してないで寝ろ……もう勘弁してくれ……」 彰利 「おや、お疲れですな。どうしたんだい?     ていうかいつから穴以外からモノを創造出来るようになったのさ」 悠介 「卒業する前の頃の話だ、今更だから寝ろ。     そして疲れてるのはお前の所為だろうが。体力回復させたいから寝かせろ」 彰利 「ぬう、返す言葉もねぇや……たっぷりお休み。アタイが添い寝してブボッ!」 悠介 「おやすみ」 彰利 「うう……なにも殴らんでも……」 ブツブツと言いながらも、今度こそふたりはどっかりと布団に寝転がった。 俊也 「……うん、俺も寝よう」 俺も起こしていた体を布団に預けた。 ───そして目を閉じる。 …………ちなみに。 散々な馬鹿騒ぎの所為で眠気なんて吹き飛んでいたのは言うまでもない。 時計もない世界の中。 眠れぬ夜を過ごす羽目になった俺と悠介は彰利に殴りかかり、 そうしてリンチにされた彼の絶叫は姐さんまでも覚醒させ、 彼は三人がかりでボコられるハメになったとさ─── ああ、めでたくもない……。 Next Menu back