───消える過去の風景───
───。 俊也 「……あ」 悠介 「目、覚めたか?」 俊也 「いう……っ!?」 悠介 「ん?ああ、この体か。いよいよもって消えかかってる。まいったなこりゃ」 いつの間にか気を失っていた俺が見たものは、体が透けている悠介と彰利だった。 彰利 「どうすんのさ悠介。このまま消えたりしたら、みんな本気で泣くぞ?」 悠介 「黄泉の方でルナに殺され直すかもな」 彰利 「苦笑してる場合じゃないって」 悠介 「だなぁ」 ど、どこまで冷静なんだこいつら……。 俊也 「あ、あれ……?さっきの死神は?」 悠介 「帰った。自分まで消えるのは嫌だと」 彰利 「どこまで正直なんだあいつは……」 俊也 「………」 悠介 「で?どうするかねこの状況」 俊也 「え?」 悠介 「いやぁ、ちょっとまいってるんだ。体がまったく動かない」 俊也 「体が……?」 彰利 「SO……狂おしいほどにストップムービング」 悠介 「体が消えた影響かどうかは知らんけどな」 俊也 「……あ、れ?夏純と姐さんは……?」 悠介 「消えた。……いや、移動したんだろうな。俊也、あれ、見えるか?」 俊也 「───あ、あれは───まさか!」 促された視線の先。 そこにはあの時と同じ炎があった。 遠くの景色に揺れる赤い世界は、俺にあの頃の記憶を─── 俊也 「でもなんだって急に───!?」 悠介 「まあ順当に考えて───     お前がこの村を訪れることが終わりの引き金だったってことだろ。     行ってくれ。俺達は動けないからお前が行くしかない。     この世界がどう動いてるかは知らないが───     もし変えられるなら、この世界の未来だけでも変えてやってくれ」 俊也 「───……解った!」 言って、走った。 この世界で過去の出来事を変えることが出来ても未来が変わるだなんて思ってない。 でも、気休め程度でもいいから、この世界が続くのであれば変えたかった。 ───そしてなにより、俺は家が燃えたあとの結末を知らない。 恐らくそこに、この村にあのふたりしか居なかった理由があるんだと思う。 ───燃える家が目の前に映る。 火は治まることを知らず、ごうごうと燃え盛って───とても近寄れる状況じゃなかった。 俊也 「夏純ー!サチ姉ぇーっ!」 声を張り上げる。 あの夢みたなものを見たあと、俺は自然に『サチ姉ぇ』と言ったことに気付く。 妙な気分だったけど、今はそれどころじゃない。 ほんとにここに居るのか───!? ……いや、居ないとおかしいんだ。 少なくともサチ姉ぇはこの状況を見ていた筈なんだから。 どこかに───どこかに居る筈……居た! 俊也 「サチ姉ぇ!」 佐知子「え───?と、俊也っ!あんた無事だったの!?」 俊也 「へ?無事って───そりゃこっちのセリフだ!     なにやってんだよこんなところで!」 佐知子「なにやってんのじゃないわよ!     美香子おばさんを助けるために義人おじさんが中に入っていっちゃったの!     わ、わたしどうしたらいいか解らなくて!」 俊也 「美香子───義人……?違う、違うよサチ姉ぇ……。     その人達……父さんと母さんはもう死んだんだ」 佐知子「なに言ってるの!今入っていったばっかりなのよ!?」 俊也 「やめてくれ!もう何度も同じこと繰り返さなくていいんだよ……!     ぼくは……僕は戻ってきたから……。ここに、帰ってきたから……!」 佐知子「………」 俊也 「この世界は俺達が作ってしまった世界なんだ。     たしかに穏やかで平穏が続いてくれる、いい世界だよ。     でも……最後にはこうして悲しみがある。     そんなものはもう、乗り越えなきゃならないんだ」 佐知子「俊也……とし…………!?あ、あれ?俊也!?な、なによこれ!」 俊也 「サチ姉ぇ?」 佐知子「サチ姉ぇ?って……それじゃあんた……俊也!?俊也なのね!?」 俊也 「お、落ち着け!言ってる意味が解らん!」 佐知子「ああっ……やっぱり生きててくれたんだ……!     この大馬鹿っ!人がどれだけ探したと思ってんの!」 俊也 「え……?」 ……なんなんだ? しっちゃかめっちゃかだ……。 佐知子「───……そう。そっか。     それじゃあもう、こんな世界は終わらせなきゃいけないわね」 俊也 「サチ姉ぇ……?」 佐知子「ありがとね、帰ってきてくれて。ずっと来るのを待ってた。     まあ辛くて長くて、自分だけじゃまともでいられなかったけどね。     繰り返して繰り返して、泣きたくなるくらいに繰り返して───     それでね、ある日、夏純が教えてくれたんだ。     ……わたしの中には子供の頃のままのわたしが居るって。     そのわたしはずっとこの家の前で泣いてるんだって……」 俊也 「………」 佐知子「わたし、嫌なこと全部その子に押し付けてさ、笑ってたの。     だってそうしたら、俊也が帰ってきたときにも笑っていられたでしょ?     でも───もう、ひとりぼっちにさせないから。     悲しみを受け入れて、幸せを分かち合うって決めたから。     ───俊也、強く生きなさい。     もしまた会える日が来たら、子供扱いするのをやめてあげるから」 俊也 「サチ、姉ぇ……?」 佐知子「澄夏が待ってるの。わたしも行かなきゃ」 それだけ言うと、サチ姉ぇは…… 俊也 「なっ───サチ姉ぇぇえっ!!」 サチ姉ぇは……燃え盛る家の中に飛び込んだ。 俊也 「何考えてんだよ!死んじゃったら……!     自分から死んじゃったら運命なんて変えられないじゃないか!」 無意識だった。 俺は彼女のあとを追い、その家の中へと駆けた。 俊也 「くぅっ───!?」 炎が跳ねる。 本当に意識の世界の中なのかと思うほど、その炎は熱かった。 俊也 「サチ姉ぇーっ!……サチ姉ぇ!」 その炎の中に、サチ姉ぇは居た。 倒れてきた柱に押し倒されたその体は、ところどころ火傷していた。 俊也 「サチ姉ぇ!なっ……なに考えてんだよぉっ!」 佐知子「…………ねぇ、俊也?運命って……信じる?」 俊也 「───信じない!そんなものが決めた世界なんか歩かないよっ!」 佐知子「……うん、わたしも。……情けないなぁ、澄夏だけでも救いたかったのに。     わたしね……あの時逃げたんだ……。     俊也を探してこの家の中に走っていく澄夏を置いて。     でもね、無駄だった。村全体に火が燃え移って、結局村は全焼したわ」 俊也 「いいからっ……もういいからっ……!喋らないでくれ……!     お願いだよサチ姉ぇ……!サチ姉ぇ死んじゃうよ……!」 佐知子「……無駄よ。もう解ってるでしょ?わたしだって解ってる。     もう、我慢してないと血でも吐いちゃいそうなんだから……」 俊也 「そんな……!せっかく会えたのに……!」 佐知子「泣き虫ねぇ……。いいのよ、あの頃よりは満足してる。     ……わたしさ、時々解らなくなってたんだ……。     わたしは俊也の帰りを待ってたのか……それともそれは建て前で、     こうやって少しの運命の抵抗をしてみたかったのか……。     結局澄夏は助けられなかったけどさ、でも……なんか嬉しいんだよ……」 俊也 「サチ姉ぇっ……!しゃ……ちゃ……ダメだよ……しゃべっちゃ……だめ……!」 佐知子「……ああ……かみさま……。     こんな、幸せな夢、を……見させて、くれて……あり……が……───」 ………… 俊也 「サチ姉ぇ……?」 ───…… 俊也 「あ───ぁぁああ……あぁああ……っ……あぁあああああああっ!!!!!」 ───大声を上げて叫んだ。 喉が破れそうになるくらい、破れてもかまわないくらい。 でも、とても不思議だけど……涙は流れなかった。 目を閉じて眠るサチ姉ぇはとてもやさしい笑顔で、それがとても悲しいというのに。 どうして僕は泣けなかったんだろう。 訳も解らず、ただ抑えきれないくらいの悲しみが僕を襲う。 だけど泣けない。 泣いちゃいけない。 泣くにはまだ早いんだ。 サチ姉ぇが言ってた。 ここにはまだ澄夏が居る。 だから泣いてなんかいられない。 俊也 「……強くなるからっ……!俺、強くなるからっ……!     だから、どこかで会ったら……     俺のこと、子供扱いでもいいから、誉めてくれ……!」 それだけ言い残して、俺は家の奥へ走った。 やがて後ろで大きな音が鳴った時。 僕は堪えきれず、涙を流した。 でも、さよならは言わない。 いつかきっと会えることを信じてる。 だから、今は振り返らない。 俊也 「っ……すみ……澄夏ぁーっ!」 嗚咽混じりの情けない声で叫んだ。 それでもいい。 せめて彼女だけでも救いたかった。 ……サチ姉ぇは『夏純』じゃなくて『澄夏』と言った。 どうして彼女の名前を知っているのかは解らないけど、今はそれを考えてる暇はない。 俊也 「澄夏ーっ!澄夏ぁーっ!」 叫んでも無駄だってことは解ってる。 この火事の中では思うように動けないし、彼女は喋れない。 だから俺が探すしかない。 そんなことを思っていた時だった。 直感とでも言うのだろうか。 彼女は間違いなく俺の……僕の部屋に居ると確信し、僕は走った。 火をくぐりぬけ、やがて見えてきた部屋の先。 そこに───彼女は居た。 俊也 「澄夏!」 澄夏 「───……」 俺の声にゆっくりと振り向き、彼女は微笑んだ。 ああ、あの頃となにひとつ変わっちゃいない、やさしい笑みだ。 よかった、まだ助かる───! 俊也 「澄夏、掴まって!ここを出る!」 澄夏 「───……」 俊也 「え───?」 澄夏はただ、首を横に振った。 わけが解らない。 どうして?と訊いてみたら、彼女の口は『サチ姉さんが待ってる』と動いた。 そして俺をやさしく押し、逃げて、と……悲しそうに微笑んだ。 俊也 「そんなこと出来るわけないだろ!?お前も一緒だ!」 澄夏 「───……」 澄夏はただ首を横に振る。 そんな澄夏の意思を無視して、俺は彼女の手を引き─── 俊也 「え───?」 澄夏 「………」 澄夏の手を掴んだ俺の手は、そのまま通り抜けた。 澄夏 「……、……」 澄夏はそんな事実にどこか諦めたように微笑むだけだった。 そして、小さく頭を下げた。 俊也 「謝るなっ!あやま───謝るなよぉ……っ!どうして謝るんだよぅ……!     逃げるんだ……!一緒に行くんだっ……!一緒に……帰るんだっよぅ……!」 涙が止めど無く溢れる。 拭っても拭っても視界は滲むばかりで、もう澄夏の表情も見えなかった。 だけど───僕の胸に。 彼女は小さく体を預けて言った。 『こんな幸せな夢を、ありがとう』、と。 やがて天井が大きく音を立てた。 その瞬間、彼女は笑って───僕を、突き飛ばした。 ───涙を散らしながら叫んだ。 男の子だったのに、微笑んだ彼女を前に、大声で涙を流して…… やがて大きな音を立てて全てを飲み込んだ景色を前に、ただ泣くことしか出来なかった。 ……強くなりたかった。 目の前に少女を守れるくらい。 せめて、それくらいの強さが欲しかった。 守れると思ってた。 それなのに……なんて、僕は無力なんだろう……。 俊也 「運命ってなんだよ!死ぬことで運命に逆らってもしょうがないじゃないか!     死んじゃったらなんにもならないじゃないか!     わからないよ!どうして───どうして笑ってられたんだよぉ…………っ!」 わからなかった。 この世界も、自分の気持ちも、彼女たちの気持ちも。 俺はただ泣きながら、黒く染まってゆく世界を滲んだ視界で眺めていた。 赤から黒に変わってゆく世界。 気付けばゆっくりと景色は変貌していって。 ようやく涙を拭えた頃、そこは見知らぬ場所と化していた。 辺り一面は焼け野原だった。 黒くない部分などないと言えるほど。 空を見上げれば暗かった筈の空は眩しいほどの蒼空。 そこで悟った。 夢は、終わったんだと。 声  「……終わったのか?」 聞こえた声に振り向くと、そこには悠介と彰利が居た。 彰利 「───な〜んだったんだろうなぁ……」 悠介 「……そうだな」 俊也 「………」 全てが幻であったかのように、そこには村など存在していなかった。 昔、確かにここには村があって、その中のひとつの家が火事になったりもしたらしい。 だが廃墟があるわけでもなく、ただその村があった筈の地面は今もうっすらと黒く…… 雑草も生えないで、ただその村の面積の分だけ荒地は存在していた。 ……三人で同じ夢を見た、というのもおかしな話だ。 その跡地を見ているのが辛くて、俺達はその場に背を向けた。 悠介 「これからどうするんだ?」 俊也 「……帰るよ。あいつら、笑ってたから。     ここで俺がやることなんて、もう何も無いよ」 悠介 「……そうか」 気まずいような雰囲気が流れる。 ふたりはどうしてかこういう雰囲気にはなれているようで、黙っていてくれた。 だけどその沈黙さえも息苦しいことを、ふたりは知っているんだと思う。 彰利 「……あー……えっと……あ、そ、そういやもう電波は届くんかな」 俊也 「……ああ……どうだろ。やってみるよ……」 彰利 「……おう」 どこか無理矢理に話題を出した。 沈黙は辛い。 俺は携帯を片手に、電波が届くかどうか自分の家にかけてみた。 そして繋がった途端に切る。 俊也 「───……うん、届く。結局あの世界だけの何かがあったってことかな」 悠介 「強い思念が残ってて、それがどういう経緯か───     部分的に過去を見せるような空間を作っていたんだろう。     その空間に俺達は足を踏み込んでしまって、俊也の記憶とリンク。     子供じゃなく、それ相応の歳をとった姐さんや夏純の姿を投影した。     ───なんて、仮説ならいくらでも出せるけどな。     結局この世界で一番強いものってのは人の思い出なんだってことだろ。     いい思い出でも悲しい思い出でも、     それを本当に大事に思ってるならそれは残るものさ」 彰利 「よっ、詩人!」 悠介 「茶化すな」 彰利 「なーに言ってんだよ。     いっちゃん最初の日にババアと話して、大体のことは掴んでたんだろお前」 俊也 「え……そうなのか?」 悠介 「おかしいって思ったのがあの村自体だ。     人が居なかったってのにどの家の中にも生活感に溢れてた。     出払っていたわりには全然帰ってもこない人達に、     それを変とも思わない姐さん。それに、夏純は───」 俊也 「………」 悠介 「……結局、あれは夢の中みたいなもんだったんだな……。     俊也が最後に見たのは自分の家が燃えている姿だけで、     その火が全ての家に燃え移ったことは知らなかった。     その実、村は全焼。さっきまで話していた姐さんや夏純は……」 ……俺の記憶が創り出した幻影に過ぎなかった───。 だけど、俺は覚えている。 あの悲しそうな顔の夏純と、元気な夏純。 そして……帰ってこなかった俺に対して、笑みを浮かべて迎えてくれた夏純─── その抱きつかれた感触、引っ張られた感触。 その全てがこの腕に残っている。 これが、幻影だったというのだろうか……。 彰利 「そいでさ。どうして姐さんと夏純ちゃんだけだったんかね。     思い出ん中なら他の人も居てよかっただろ?」 悠介 「……あのふたりが一番強く俊也の帰りを待ってたってことだろ?     それだけあのふたりはあの村に思い残しがあったってことじゃないか」 俊也 「………」 彰利 「……世の中って解らんことだらけだな……。     家系と関係のないところでこんな体験するとは思わなかった……」 悠介 「言っても始まらないだろ、それは」 彰利 「そりゃそうだけど……ああ、もったいねぇ。     あんなにかわいかったのになぁ、夏純ちゃん」 悠介 「青いなぁ、お前は」 彰利 「なっ、なにが?」 悠介 「ははっ、いいや。なんでもないよ」 彰利 「?」 悠介はクックと笑いを噛み殺した。 そして何かを思い立ったのか、俺の顔を見て言った。 悠介 「悪い、ちょっと携帯電話貸してくれないか?」 俊也 「ん?ああ、ほら」 どこか屈託無く話す悠介に携帯を渡す。 ……慣れているかどうかはこの際問題じゃない。 どういうわけか。 彼の話のペースに影響されたのか。 悲しい気持ちが少しは薄れてくれていた。 悠介 「サンキュ。ちょっと家に電話し掛けてみる」 彰利 「おお、そういや旅に出て以来、全然音信不通だったしな」 悠介 「まあまさかいろいろと問題が起こったりなんてことはないだろうな」 彰利 「そりゃそうだ。なにせ俺が居ねぇ」 俊也 「……どうしてそういうことばっか自信持って言えるんだよ……」 やがて自然に苦笑する。 微笑むことは出来なかったけど、それでもいいと思った。 悠介 「えーと、家の電話番号は───っと」 ───カタカタカタ。 悠介 「……よし。………………もしもし?あ、水穂か?って、おわぁっ!?」 離れていても聞こえるくらいに大きな声が悠介の耳を襲った。 悠介 「い、いやっ、悪かった!こっちも大変だったんだ!     あ、いやっ!そうじゃなくて!あぁあだから違うんだって!泣くな!」 彰利 「よっ!女泣かせ!」 悠介 「うるさいっ!あ、違う違う!お前に言ったんじゃ───違うっての!     いいから落ち着───水穂?って、おわぁっ!?」 再び聴覚に咆哮を受ける悠介。 悠介 「ル、ルナか?あ、ひ、ひさしぶなにぃ!?     だ、誰が諸国漫遊ナンパの旅に出たって!?……え?なに?彰利から手紙が?     それにそう書いてあったって?……ほ……!ほほぅ……!!」 メキメキと青筋を震わせながら彰利を満面の笑みで睨む悠介。 かなり怖いものがある。 悠介 「え?誰か引っ掛けたかったから魂結糸切ったのか、って?     んなわけあるかっ!彰利の言うことなんていちいち信じるな!     あ、そ、そりゃ手紙も出さなかった俺も悪いけど───って、……おい彰利。     ここに来るまでに一度も村にも街にも行かなかったのに、     どうして手紙送ってんだお前は!」 彰利 「いやー、実は届ける日付を指定出来る郵便屋がありまして。それで」 悠介 「こ、このやろっ……!───え?……いや、こっちの話だ。     …………ルナ?おい、ルナ?……え?あ、ああ……セレスか?     え?いや落ち着いて話してくれって。こらルナッ!邪魔するな!     ───ああもう拗ねるなっ!そういう意味で言ったんじゃないっ!     それで、どうしたって?……ふんふん……って、はいぃ!?     姉さんが倒れたって!?な、なんでまた!     ……は?料理の味見で食中毒……?あ、あの馬鹿者ども……」 電話している悠介はなにやら異様にオモシロかった。 なんて愉快なやつだ。 百面相もいいとこだ。 悠介 「それで若葉と木葉はどうしてる?───え?なに、聞こえないんだが」 携帯に耳を寄せる。 どんな話になってるかは謎だが、なにやら真剣らしい。 悠介 「あ、また水穂か?あ、だ、だから落ち着いて───ってちょっと待った!     い、いまなんて言った……!?…………ああ、ああ……そ、それで……?」 真面目な顔つきになり話に釘付けになる悠介。 もう、隣で何故か太極拳をやっている彰利なんて無視だ。 ───が。 突然、ゆっくりとこっちを向いてドバーッ!と滝のような汗を出した。 彰利 「うおおぉっ!?ど、どうした悠介!なんか面白いぞ!?」 悠介 「………」 彰利 「愛?なに?聞こえんぞ?」 悠介 「………………って……」 彰利 「ウィ?なんザマスって?」 悠介 「わ……若葉がグレて……ホントに番長になったって……」 彰利 「へ───……?」 ───。 …………若葉? 誰?と聞こうとした瞬間、彰利がNO!と叫ぶ。 彰利 「うわーお!マジですか!?」 悠介 「ど、どどどどうしよう!?わわ若葉がっ!若葉がっ!」 彰利 「あわわわわ!?いやどうするったってあの若葉ちゃんが!?ウソだろ!?」 悠介 「水穂がそう言ってるんだよ!あいつがウソつくかぁっ!     しかも……しかも木葉がそれを影で操ってるって……!     あぁああっ!なぁにやっとんのだあいつはぁああっ!!」 彰利 「ぎゃあああっ!なんてこったぁ!どどどうする悠介!」 悠介 「かっ……帰るしかないだろぉ!?ほっとけるかよっ!」 彰利 「よ、よしっ!あっちの方で隠れて飛ぶぞ!あ、じゃあなグレゴリ男!     貴様と過ごした日々、なかなか面白かったぞ!」 俊也 「最後の最後までグレゴリ男言うなよっ!」 悠介 「悪いっ!急用が出来た!それじゃあっ!携帯サンキュ!本気で助かった!」 俊也 「っと!あ、ああっ!なんだかんだで楽しかった!ありがとなっ!」 彰利 「アディオスグレゴリ男ーッ!」 俊也 「とっとと失せろ馬鹿野郎がぁーっ!」 彰利 「うわぁヒドイ送り言葉!」 悠介 「早く行くぞ!気になりすぎて落ち着かん!」 彰利 「オーライ!」 悠介 「っと───おい俊也ー!」 俊也 「ん?どしたー!?」 悠介 「あんまり考え込むなよー!?希望ってのは案外近くにあるもんだからなー!」 俊也 「……?ワケわからーん!」 悠介 「気にすんなー!それだけだー!」 俊也 「あ、ああー!わかったー!」 悠介 「それじゃあなー!」 悠介が大きく手を振った。 その隣で何故か半ケツを振る彰利。 く、くはっ……最後の最後までなんて屈辱的な野郎だ……! やがてずどどどどー!と視界から消えてゆくふたり。 俊也 「………」 ……はぁ、騒がしいヤツらだったなぁ。 溜め息を吐いて、広い蒼空を見上げた。 その空はあの空間での空とは違い、真っ青な空を見せてはくれなかった。 でも、まだまだ捨てたもんじゃない。 ───それを、俺は証明したい。    他の誰でもない、自分自身の可能性で─── 小さく拳を握る。 腐っているより前を見る。 悠介が教えてくれたものだ。 俺はあの言葉を忘れない。 出会えたことを感謝する。 そしていつか、俺も家を出て旅に出よう。 両親が義理の親だって解ったからじゃない。 俺はやっぱり、自立してもっと世界を見るべきだって思ったから。 卒業して仕事して───そして、準備が出来て出発できたら─── また、あいつらに出会いたいな。 ───……べーんべーんべべーんべーべ・べーべべーべべ〜ん……。 携帯から嫌味たっぷりの曲が流れる。 これは───ってしまったぁ! そういえば俺、タツの家に行くっていって───あぁあああああっ!! ピッ。 俊也 「も、もしもし?」 声  『出やがったぁあああああっ!!トシてめぇ今どこに居る!?』 俊也 「タ、タツか?」 声  『他に誰が居る!お前なぁ!大変だったんだぞ!?     お前んチのおふくろさんから電話し合って、     息子が遊びに行って迷惑かけるかもしれませんがー、とか言ってきてよぉ!     そんな言葉をかあちゃんが受けとっちまった所為で誤魔化せなかったし!     それからお前全ッ然来ねぇし!捜索願いまで出て……っ!』 俊也 「捜索願いぃっ!?ちょっと待て!二日、三日程度で大袈裟じゃないか!?」 声  『なに寝惚けたこと言ってんだよ!     お前にウチ来いって言ってからもう一週間だぞ!?』 俊也 「───はい!?」 んな馬鹿な! だ、だって俺、あそこで二日しか─── って、確かあそこって時間の歪みの中にあったんだよな? ───ま、まさか……時間の流れが違ってた……とかぁ!? 声  『いいかっ!?一度しか言わねぇぞ!?───さっさと帰って来い!!』 ブツッ! 俊也 「………」 まいった。 やっぱりご丁寧に時間は経っているらしい。 あそこで過ごした日々は確かにあって、俺はその時間分生きている。 だったらアレは間違い無く現実だったんじゃないだろうか。 夢なんてものじゃなくて、確かな─── 俊也 「……っと、今からなら走れば電車間に合うよな。     おふくろ心配してっかなぁ……!」 罪悪感を抱きながら俺は走り出す。 不思議と足取りは軽かった。 辛いこと悲しいこと、そして嬉しいことや楽しいことを背負い、俺の時間は進んでゆく。 ───そう、まだまだこの退屈な時間とやらも捨てたもんじゃない。 退屈がどんなものに化けるのかは俺にはまだわからないけど、 それもやっぱり自分の行動次第だ。 だったらやってやればいい。 確かに尊敬だけじゃ憧れには辿り着けない。 だけど努力の過程でなら、それに見合ったものが必ず手に入ると信じてる。 だから───足を止めて、その景色に手を振った。 やがてもう一度足を弾かせて、その場から走った。 満足なお別れも出来なかったけど─── でも、どうせするならお別れよりも感謝をしたかった。 こんな俺を待っていてくれてありがとうと。 ……遠く滲んでゆく景色に頭を下げた。 途端、澄夏の顔が頭に浮かんで、耐えきれずに涙がこぼれた。 そして思う───  ───俺はきっと、この夏の体験を決して忘れないのだろう。     たった数日の間で自分の心を変えてくれたあの夢を忘れない。     懐かしい景色と新しい思い出を与えてくれたこの季節を忘れない。     そして俺は、彼女の笑顔を───決して、忘れない─── Next Menu back