───PastMemories───
───季節はめぐる。 あれから二年、自分の新しい歴史の中に訪れた懐かしい夏の季節。 俺は両親と散々話し合って、怒られもして泣かれもして、あの家を出た。 ……不安でもあった『真実』は俺から問いただした。 それが泣かれた原因。 やっぱり俺は彼らの実子ではなかった。 子供を産めない体質だったおふくろが孤児院で預かったのが俺だったらしい。 その孤児院の人の話では、俺は煤だらけの服を着て─── 泣きながら『お父さん、お母さん』とだけ言って、道を彷徨っていたそうだ。 間違いなく俺は本当の父を探しに行ったきり、道に迷って彷徨ってたってわけだ。 そんな俺を保護し、おふくろに連れてこられるまで世話になった、と。 情けない話だが、それのおかげで俺はこうして生きている。 ……そして、怒られた原因。 それは─── ………… …… 竜太 「お前やっぱアホだわ」 俊也 「そう言うなって。これでも一大決心だったんだぞ?親父にも散々怒られた」 竜太 「しっかしねぇ、女に会いたくて旅に出るなんて誰でも怒るっての。     いつの間に知り合ったんだ?あの時か?あの二年前の行方不明事件の時」 俊也 「そんなところだ」 竜太 「否定しないんか。へえ……で?美人か?」 俊也 「俺の中では、世界の誰よりも」 竜太 「うぅわっ……歯の浮くセリフを……!」 俊也 「はは、いいじゃないかたまにはさ。……じゃ、行ってくる」 竜太 「ホントにいいのか?送っていってもいいんだぞ?」 俊也 「ふっ……」 竜太 「な、なんだよその悟ったような笑いと髪を払うその手は」 俊也 「先人の言葉でこういうのがある。     旅ってのは歩いてこそだ、ってな。気持ちだけもらっておく、サンキュな」 竜太 「あっ……ったく、気をつけていけよー!?     また行方不明になったら笑ってやっからなー!」 俊也 「大きなお世話だーっ!」 笑いながら手を振った。 そして歩きだす。 ───あれからのことだ。 俺はあの村の事件に関してのことを調べまくった。 タツに『お前、トシの皮をかぶった別人だな!?』といわれるほどの勉強っぷりだった。 そんな中でやはりあの事件は実際に起こっていて、村は全焼したのだそうだ。 だけど、気になることふたつがあった。 ひとつは───まあ、俺のことだ。 村が全焼した日に煤だらけで発見された俺は、その村の人じゃないかと書かれていた。 知らない間に新聞に載るほどの有名人だったとはと苦笑したものだ。 そしてもうひとつ。 それは、俺が今から会おうとしている人達のことだ。 住所が解っただけで、今どうしているのかは知らない。 ───そう、彼女達も奇跡的に助かっていたんだ。 あの時、悠介は言った。 思いほど強いものはない、と。 だとしたら、それは人の生死に関わらず残るものであって、 あの世界は彼女達の思いと子供の頃の俺の悲しみが作り出したものだったのでは……。 俊也 「───……」 俺が煤だらけで発見された次の日、別の場所でふたりの女の子が発見された。 彼女達も煤だらけで、やっぱりその姿は記事に載っていた。 そのふたりの姿を見間違える筈もなく─── 俺はこうしてひとり、彼女達の住む場所へと歩を進めた。 憶えていなくてもいい。 ただ一目、自分自身の目で彼女達の姿をもう一度見たかったから。 ───だけど─── ───……声が聞こえた。 『ずっと意識不明のままだ』と。 俺はその声に上ずった言葉で否定を促した。 だけど帰ってくる言葉は───無慈悲だった。 俊也 「───……」 訪れた場所は病院だった。 彼女達は保護されたのち、どこかの家に引き取られたらしいのだが─── ある日突然倒れ、それ以来目を覚まさないのだという。 その家に辿りついた俺が聞いた言葉はそんなことだった。 そして俺は病院に居る。 ふたりは植物人間の状態が何年も続いているらしい。 ───俺は無理を言って彼女達が眠る部屋へ入れさせてもらった。 そして見下ろす。 あの元気だったふたり───サチ姉ぇと夏純を。 俊也 「……二年ぶり……サチ姉ぇ、夏純……」 声をかけた。 だけど当然返事はない。 悲しさを抑えきれないままに、気を紛らわせたくて窓を開けた。 すると、景色の中の木々を揺らした風が、部屋の中へと訪れた。 俊也 「───」 一瞬、馬鹿みたいにドラマのような展開を信じて振り向いた。 だけど───そんなことはある筈もなくて…… 俺は椅子に座って、ひとりで話し始めた。 俺があの村から街に出て、どんな生活をしてきたのか。 どんな人生を歩んできたのか。 そして、あの世界から帰ってきてからの二年間、どう生きてきたのか。 俊也 「……俺さ、卒業してからがむしゃらに仕事したんだ。     あのふたりみたいに旅がしたかった。……悠介に言われたからじゃない。     純粋に思いっきり無茶をして、俺が見える程度の壁に当たってみたかった」 カーテンが揺れていた。 穏やかに吹く風は収まることを知らず、それでもゆるやかに俺達の頬を撫でる。 俊也 「でもそれが案外楽しかったんだ。おかしいだろ?     人生つまらないことだらけだ、なんて思ってたのにさ。     俺はまだ、自分の人生ってものを満足に歩けてなかったんだ」 ほんとに笑っちまう。 どうしてこう後悔ばかりが多いのか。 俊也 「……まったく、ふたりともどんな夢見てるんだかな」 ふたりの顔は微妙に笑顔だった。 本当に植物人間状態なのかと問い詰めたほどだ。 俊也 「………」 風に揺れた夏純の髪をそっと元に戻す。 その際、コツッと振れた額。 ……なんとなくやさしい気分が溢れてきて、小さく撫でた。 俊也 「……サチ姉ぇ、夏純、また来るよ。     あんまり面会時間の猶予を許されてないんだ」 カッコつかないセリフを残して、その場を立った。 最後に夏純の頭を撫でて、やがて─── 俊也 「……またな、ふたりとも」 くんっ─── 俊也 「……っと、服が引っかか───……」 ……風が吹いていた。 俺は以前より伸びた髪の毛の前髪が少し視界を遮るのも気にかからず、 ただその服の先を見ていた。 夏の気配がたっぷりと溢れてゆくこの部屋で。 俺は初めて───誰かのために嬉し涙を流した。 俊也 「かっ───か、夏純……?」 呼吸しかしなかった人のカタチ。 その手がしっかりと、俺の服を摘んで離さなかった。 やがてうっすらと開いてゆくまぶた。 その目が俺を見て───小さく涙をこぼした。 夏純 「………」 目にいっぱいの涙を溜めて嬉しそうに手を伸ばして。 夏純が、見下ろす俺の頬に触れた。 その手に俺の涙が弾ける。 ……嬉しかった。 『嬉しい』という感情がこんなにも涙を誘うということを、自分は初めて知った。 だから俺はその『嬉しい』を伝えたくて、彼女を抱き締めガラァッ。 看護婦「朝月さん、そろそろお面会時間がきゃああああああっ!!!??」 うわっ!? 看護婦「ちょ……な、なにをしているんですか!     その子は絶対安静患者できゃああああああああっ!!??起きてるーっ!!     せ、先生!先生ーーっ!!」 散々騒ぎながら、看護婦さんはドタバタと走り去っていった。 佐知子「うるさいわね……なによいったい……」 俊也 「サチ姉ぇっ!」 佐知子「俊也……?って……わたしいつの間にこんなところに……?     あれ、夢……?でも……」 俊也 「は……ははは……は……」 夢じゃない。 あれは夢じゃなかった。 佐知子「って、なによ。なに泣いてるの?」 この瞬間こそが夢なんじゃないかと錯覚を憶えるほど。 それほど、俺は嬉しかった。 喋りたくても声が出ない。 嗚咽があとからあとから溢れ出してくる。 声  「ほ、本当かねっ!彼女達が目を覚ましたというのはっ!」 声  「はい、間違いありませんっ!」 どたどたどたどた…… 声  「な、なんだキミは!そこを退きたま───な、なにぃ!?ぐわぁああああっ!」 声  「先生っ!?あ、い、いや……きゃあああああっ!!」 俊也 「───?」 廊下から悲鳴が聞こえた。 それから少しして、いつの間にか閉められていたドアがノックされる。 俊也 「は、はい……?」 ガラァッ!がしゃんっ! 俊也 「うわっ!?」 戸式のドアは一気に開かれた。 が、その先には誰も居ない。 俊也 「な、なに……?」 声  「よっ、元気にしとるか少年」 俊也 「ひぇええっ!?」 後ろから聞こえた声に慌てて振り向く。 俊也 「だっ、誰───え?」 彰利 「俺様降臨、超降臨」 俊也 「彰利っ!?」 佐知子「あ、あんたっ……!ちょっと!これはどういうことよっ!」 彰利 「ようババア、またこうして会えるとは思わなかったぜ?」 佐知子「こ、この……!」 彰利 「久しぶりだなグレゴリ男、壮健そうでなによりだ」 俊也 「……変わってないな」 彰利 「まあよ。いやー、あのルヒドってやつにいろいろ訊いたらたまげたね。     こやつらまだ生きてるって言うじゃない。     だからせっかくだからってグレゴリ男が来た日にと待っていたのよ」 俊也 「悠介は?」 彰利 「………」 俊也 「いや、どうして目を逸らすんだよ」 彰利 「実はさぁ、あれから家に帰った途端、家族全員に強制保護されちゃってねぇ。     がんじがらめに拘束されたあと、たっぷりと説教くらってた。     問題はそこからだ。グレた妹を正すためにすぐに学校行ったんだけどな?     ……まあ、会った途端に若葉ちゃんが泣き出してそれは落着。     寂しさを紛らわすための行為ってのが解ったんだけど、問題は木葉ちゃんだ。     徹底的に懐いてたからなぁ。     どうやら寂しさで言えば若葉ちゃん以上だったらしい」 俊也 「名前言われたって解らないよ」 彰利 「ようするに妹だ。そんなこんなで学校全体を巻き込んだバトルが開始された。     って言っても力は使わなかったけどな。     木葉ちゃんの話術で巧みに騙された生徒たちが我らに牙を剥いたのだ。     で、そこで悠介がキレたわけ。意見があるなら徒党組んでんじゃねぇー!って。     そこでビンタですよ。ええ、渇いた音が鳴りました」 俊也 「うわぁ……」 彰利 「そしたらもう泣くわ泣くわ。だがしかし、そこで木葉ちゃんがMに目覚めてな」 俊也 「待て待て待て!話が飛び過ぎだ!」 ていうかこいつが現われただけで感動の場面が台無しじゃん! 彰利 「まあそれは冗談だが。一応それで落着したんだけどな。     それからは悠介がまた黙って旅に出ないように監視されててな。     そこで俺だけが来たってわけだ」 俊也 「大変だな……」 彰利 「あ、そうそう。言伝を頼まれている」 俊也 「ど、どんなだ?」 彰利 「ファッキューメェーン!」 俊也 「うそつけっ!」 彰利 「てめぇ俺との再会は喜ばなかったくせになんだその顔は!     やっぱり俺はノケモノか!?それともボケ者か!?」 どちらかと言えば後者だな。 彰利 「まあそげなことはどうでもいい。えーとだな。     幸せなら幸せな時に出来るだけ思いっきり笑っとけ、だとさ」 俊也 「……あのさ、もしかして悠介ってあの別れた日、     夏純やサチ姉ぇが生きてること知ってたのか?」 彰利 「あー、そうらしい。道理で『青いなぁ』なんて言うわけだあの野郎。でも好き」 夏純 「………」 彰利 「いやーん!そんな軽蔑な眼差しで見つめないで夏純ちゃん!」 佐知子「……夏純?あ……そっか……」 彰利 「どうしたババア」 佐知子「なんでもないわよ……!」 騒ぐ彰利とサチ姉ぇを見る。 あの時、彰利がサチ姉ぇのことを『佐知子さん』と呼んでいたのは何故だろうか。 ちょっと疑問が残ったけど、まあいい。 彼もああいう雰囲気ではふざけないってことだろうか。 俊也 「お前には引きとめる人も居なかったのか?」 彰利 「馬鹿言え!俺だって大変だったんだぞ!?     あのあと粉雪にどれだけ泣かれてどれだけ服を掴まれて動けなかったか!     丸々二日は一緒に行動することになったわ!まあ嬉しかったが。     しかし風呂にまで一緒に付いて来た時はさすがに驚いた。     そんな、まだ早いわアタイ達、と言って軽やかにかわしたが……ちょっと惜しい。     それより問題なのがゼノですよ!     粉雪が落ち着いてから悠介の家に言ったらいきなりですよ!?     我と戦えェエエエエエエエエエエィッ!!って!生きた心地がしなかったわ!」 俊也 「ゼノって?」 彰利 「……耳貸せ」 俊也 「?」 彼に耳を寄せると、小さく死神だ、と言った。 俊也 「どうしていきなりそんなヤツに襲われるんだよお前は!」 彰利 「いわゆる人徳ってやつだ。     俺からは目が眩むほどのカリスマと耳汁が常時霧状で溢れてるんだ。」 俊也 「怖いわ!」 佐知子「怖いわね」 夏純 「……、……」 こくこく。 彰利 「うわヒドイ!それがプレゼントを持ってきてやった人に対する言葉!?」 俊也 「プレゼント?そっか、お見舞いかなんかか?」 彰利 「フッ……そういうことだ。貴様にはもったいないくらいだがな、ババア」 佐知子「殴らせなさい」 彰利 「お断りだ。えーとだね。どうせ今起きあがることも大変だろ?     だから治しにきたのさ。それがプレゼント」 佐知子「治す?どうやって」 彰利 「これを食らえ。アンパンマンの顔のかけらだ」 佐知子「いらないわよ!」 彰利 「なにぃ!?産地直送だぞ!?もぎたてだぞ!?     バイキンメェーンと戦っている最中の活きのいいアンパンマンの顔を!     そんな最高なところでブチャアと千切ってきたんだぞ!?     まああまりの突然のことにギャアアと叫んでたし、     そのあと例のごとく力が出なくなってボコボコにされてたが」 アンパンマンなら知ってるが……ギャアアと叫ぶようなキャラじゃなかった筈だ。 彰利 「しかし驚いたね。     アンパンマンの世界に何故かキン肉マンビッグボディが居てさ。     食パンに眼鏡かけて『食パンマン』と言ってる彼となら友達になれる気がした。     それでホンモノの食パンマンが現われたら現われたで、     昇技・人体頭破をやってたし」 俊也 「将棋?」 彰利 「ウィ?いや、昇技・人体頭破。     闘将!拉麺男に出てたビッグボディもどきが使ってた技だ。     なんだ、そんなことも知らんのか。まだまだツッコミ役としては不出来だな」 俊也 「なりたくないって」 彰利 「残念だ。それではとくと見よ!我が能力の奇跡!フェイスフラーッシュ!」 ギシャアアアア! 佐知子「きゃーっ!?」 夏純 「!?」 俊也 「うおっ!?」 突如、彼の顔がシャイニング。 それが治まる頃にはサチ姉ぇに張り倒されていた。 佐知子「驚かせるんじゃないわよ!あんた何者!?」 彰利 「フッ……自分の体の異変に気付かないか?」 佐知子「え───?あ、……動ける……?」 彰利 「フフフ、我にかかればこのようなこと。造作もねぇザマス。     てなわけで、確かに贈ったからな、プレゼント。     あ、それとこれは悠介からだ。手作りケーキだそうだぞ」 佐知子「へぇ……元気にしてる?」 彰利 「見て解らんのか、俺はいつだって元気だ」 佐知子「あんたのことじゃないわよ」 彰利 「なにぃ、違うのか。まあそうじゃね、元気ですよ。     最近ちょっとやつれてる気がするけど」 佐知子「そう、機会があったら会いに来て、って言っておいて」 彰利 「だめだ」 佐知子「断るところじゃないでしょここは!」 彰利 「はっはっは、それではな。達者で暮らせよ」 キヒィン! 夏純 「!?」 佐知子「き、消えた……!?」 俊也 「……さて、ケーキでも食おうか?」 佐知子「驚かないのね」 俊也 「一応詳しいことは聞いてるからね。それよりサチ姉ぇ、食えそう?」 佐知子「お腹が空いたわ。頂こうかな」 夏純 「!"」 ───やがて、三人でケーキを食べ始めた。 いろいろあったけどこうしてまた出会えたことを、あの夢に感謝する。 ……だけど、不思議だった。 あれ以来、澄夏の名前はただの一度も出なかった。 あえて避けてるのか、それとも……彼女自体があの夢自体だったのか。 今となっては解らないけど、俺は実際過去であの娘に会ったから。 俊也 「なぁ、サチ姉ぇ」 佐知子「うん?」 俊也 「澄夏、どうなったのかな」 佐知子「澄夏?……誰、それ」 俊也 「え……?」 サチ姉ぇはただポカンとしてそんな言葉を言った。 わけが解らなかったのに、何故だかどんどんとツジツマが合ってゆく。 彼女が自分の存在を彼女達の記憶から消したのか、 それともあれは都合のいい夢物語でしかなかったのだろうか。 いつか夏純が望んだように彼女の中には妹が居て、その思いが俺とサチ姉ぇの意識とリンクして俺の過去の記憶ごと『澄夏』を創った。 それはあの夢の中でだけで、この現実に存在しているわけもなく─── だけど俺の心には確かにぽっかりと穴が開いていた。 もしかしたら、なんて。 そんなことを考えて、俺は首を振った。 そっか、気付かなかった。 俺、あいつが好きだったんだ─── 苦笑して、夏純の頭を撫でた。 そして言う。 『妹が居るとしたら、どんな子がいい?』と。 その言葉に彼女は微笑んだ。 ───そして、返ってきた言葉は、あの夏の頃と同じ言葉だった─── Menu back