【ケース28:閏璃凍弥/ヒルデガーデン】

───いや、抜け出す以前に眠りそうだし……ここは俺が。

凍弥 「……解った」
由未絵「ホント!?やったぁ!!」
凍弥 「ただし」
由未絵「ふえ?」
凍弥 「抜け出すな。俺が迎えに行く」
由未絵「ふぇえ……!?そんな、危険だよぅ」
凍弥 「それをお前はやろうとしてるんだろ?お前に出来て俺に出来ないわけがない」
由未絵「うぅ〜……」
凍弥 「なんだよ、抜け出さなきゃいけない理由でもあるのか?」
由未絵「うぐ……そんなことないもん」
凍弥 「だったらその『うぐ……』はなんなんだ」
由未絵「な、なんでもないよ……」
凍弥 「……はぁ。とにかく、迎えに行くから。
    10時頃に行くから待ってること。OK?」
由未絵「……うー、解ったよぅ……」
凍弥 「よし、いい子いい子」

なでなで。

由未絵「はぅ……わたし子供じゃないよ」
凍弥 「知ってるよ。お前が俺の元から飛び立つ日は近い。
    高校卒業したらどうなるのかなぁ、俺達……」
由未絵「凍弥くん……?」
凍弥 「鷹志や柿崎とも別れることになると思うし、
    お前や来流美だってどうするかなんて解らない。
    鷹志は多分実家を継ぐことになるんだと思うし───
    柿崎は、あいつはあいつで『教師になって馬鹿どもと青春を過ごす』とか言うし、
    …………俺は───」
由未絵「………」
凍弥 「…………なんでもないよ。ほら、寝てろ」

もう一度頭を撫で、由未絵を寝かせた。

由未絵「……凍弥くん。わたしがどうして学校にって言ったか解ってる?」
凍弥 「さあな。話がしたいからじゃないのか?」
由未絵「……そうだけど、そうじゃないんだよ」
凍弥 「……そっか」

布団に横になる由未絵に掛け布団を掛けてやり、その額にかかった髪を手でといてやる。

凍弥 「じゃあな、大人しく待ってろよ」
由未絵「……うん」

俺は背中越しに手を振り、病室をあとにした。


───……。


……。

仕事場・鈴訊庵。
その洗い場に立ち、黙々と皿を洗う。
その途中、なんとなく気にかかり、来流美に声をかけた。

凍弥 「なあ来流美よ」
来流美「ん?なによ」
凍弥 「由未絵が入院してる病院ってさ。人員多いのか?」
来流美「んー……そうねぇ。今は人手不足だって言ってたわよ?
    わたしの親戚のお姉さんが働いてるんだけどね?
    バイト感覚でもいいから誰かこないかなーとか……
    って、どうしてアンタがそんなこと訊いてくるのよ」
凍弥 「憧れだったんだ……ナース服」
来流美「うえっ……!変態が居るっ……!」
凍弥 「冗談だよっ!真に受けるな!」
来流美「解ってるわよ。それで?どんな経緯でそんな話に発展したのよ」
凍弥 「うむ。数少ないのにあんな大きな病院で大丈夫なんかな〜って」
来流美「ああ、そうね。大きさの割に人が少ないっていうのも考え物よね」
凍弥 「うん……」
来流美「……なによ、何か考えごと?」
凍弥 「いやー……大変そうだなぁって」
来流美「そうね。あ、なんなら凍弥が行けば?憧れだったんでしょ?ナース服」
凍弥 「冗談だと言っている!それは柿崎の趣味だ!」
来流美「うわっ……!」

来流美の中で柿崎への信頼度が100%中49%下がった。
ありがとう柿崎、貴様の犠牲は無駄にはしないぞ……。

来流美「……って、騙されないわよ。どうせ凍弥の趣味なんでしょ……!」
凍弥 「なにぃ!?」

すまん柿崎、一瞬にして無駄になった。

凍弥 「それは違うぞ来流美よ。そもそもさっきのは冗談だと言っとるだろうが」
来流美「そうね。そうでないことを祈るわ」
凍弥 「祈る必要が無いと言っている……」
来流美「どーだか」

……チィイ、最近こいつねちっこくなったよなぁ。
違うと言ってるから違うと納得すればいいものを。
誰がこんな性格に導いたんだか……って俺か。
ああ、ミスったな……。

凍弥 「なぁ来流美よ」
来流美「なによ。言いたいことがあるなら一纏めにして言いなさいよね。
    何度も呼びつけないでよ」
凍弥 「そう言うな、唯一無二の幼馴染じゃないか」
来流美「それはそれよ。で、なによ」
凍弥 「赤外線スコープを持ってないか?」
来流美「あるわけないでしょっ!」
凍弥 「残念だ」

向こうは今、人員不足のため少数だ。
どんな仕掛けが俺を待ち受けているか解らんからな。
だが無いなら仕方ないな。

凍弥 「あー、眠いな」
来流美「そうねー……こうだらだらとやってると確かに眠いわ……。
    あ、そうそう……由未絵どうだった?」
凍弥 「どうだったって?」
来流美「気ィ利かせてやったでしょ?なんかあった?」
凍弥 「気ってなんだ?」
来流美「…………あんたまさか、
    わたしがあれだけお膳立てしてあげたのに一歩も進展してないの?」
凍弥 「だからなんのことだよ」
来流美「……もういいわ、凍弥に期待したわたしが馬鹿だったわ……」
凍弥 「何言ってんだ、お前が馬鹿なのは昔っからだろう」
来流美「うるさいわね!モノの例えよ!」
凍弥 「だから、例えじゃなくて事実だろ」
来流美「あーもういいから仕事しなさいよ!おばさま睨んでるじゃない!」
凍弥 「おっとこりゃいけねぇ。どんどん行くぞ」
来流美「御託はいいから」
凍弥 「ほいほいほいほいほいほいほい」

がしゃがしゃがしゃっ。ざばっ、ばしゃばしゃ。

来流美「あ、な───ちょ、ちょっと……」

ばしゃばしゃっ。
かちゃっ、がちゃがちゃ。

来流美「………」
凍弥 「さあ頑張れ」
来流美「…………や、やったろうじゃない……!」

来流美が一気に積まれた皿や蒸篭や箸や鍋をすすいでゆく。
俺は俺で、適当にやることを探しては暇を潰していた───


───……。


……。

───……。
さてと。
とうとうこの時が来たか。

凍弥 「……ふう」

仕事が終わってから数十分後。
俺は外に出て深呼吸した。
月並みだが懐中電灯を懐に仕舞い、用意の全ては完了した。
そのまま病院方面へと小走りに向かう。

………………。

…………む?
人影が来るな。
なんか今から病院に潜り込むとなると流石に誰の人影でも緊張するな。
人影は俺の横をジョギングのリズムで通り抜け───やがて戻ってきた。
……オイ。

声  「友か?そこにおわすは友か?」
凍弥 「この声───柿崎?」
柿崎 「おお、やっぱり友か、奇遇だな。なに?お前もジョギング?」
凍弥 「俺はちょっと別の用。しかし驚いたな、お前ジョギングなんてしてたんだ」
柿崎 「ああ。基礎体力だけはつけといて損はないからな」
凍弥 「確かに。しかし体育教師になるんじゃないんだろ?無駄じゃないか?」
柿崎 「ああ、でもそれは先の話だろ?
    そりゃ体育教師になるつもりはないが、基礎体力は大事だって話だよ」
凍弥 「安心しろ、解ってる」
柿崎 「……野郎……あ、ところでお前どこ行くんだ?」
凍弥 「んー……秘密だ」
柿崎 「銭湯の女湯か」
凍弥 「はっはっは、お前のロードワークと一緒にするなよこのエロジョガーが」
柿崎 「言い掛かりの上にさらりと中傷してんじゃねぇよ!
    大体俺はジョガーとか言われるほどジョギングしてねぇよ!」
凍弥 「俺のことは気にするな。とっとと帰れ」
柿崎 「だめだ、好奇心を抑えられない」
凍弥 「だめだ抑えろ」
柿崎 「なにぃ!?間を置かずに却下ってことは───何を隠してるのかね凍弥くん?
    俺にだけそっと聞かせてみろ」
凍弥 「なんのことかね?」
柿崎 「……喋る気無しか。それなら俺が予言してやる。
    この方向からして───わかった、病院だな?支左見谷だな?」
凍弥 「ちっ……そうだよ」
柿崎 「あらあらやっぱり。まあ安心しろ、俺は人の青春を邪魔する気はほとほと無い」
凍弥 「どうしてここで青春の云々が出てくるのか解らんが。
    ……まあ、せいぜい走るがいい」
柿崎 「引っかかる言い方だな……ま、いいけど」

柿崎はそれだけ言うとざっざっと走ってゆく。

犬  「ワォオオンッ!!」
柿崎 「ウヒョオオッ!?」

だが途中で犬に吼えられて絶叫していた。
どうやら心底驚いたらしい。
その証拠に、怒号しながら犬に吼え返している。
その声でその家のご婦人が起きてきて、犬にも勝る怒号を浴びせてきた。
柿崎がすくみあがった。
……行こうか。
これ以上、見ているのは酷だ……。
───最後にご婦人と言い争う柿崎の声と、水がバシャアと跳ねる音が聞こえた。
……どうやら水をぶっかけられたらしい。
風邪ひくなよ、柿崎……。


───……。


……。

───……かちゃかちゃ……。
……ここもダメか。
どこか開いてる場所は───っておわっ!?
突然、ライトが俺の頭の上を照らす。
あ、あぶね……!見回りか……!?
見れば、看護婦サンが見回りをしているようで、病院の中の方を歩いていた。
……開けてくださいなんて言えるわけないしな。
よし、どこか別なところを……って、もう一周してしまった。
これは……どこか破壊して侵入するしかないか?
壁を登るわけにもいかないしなぁ……。
……───ん?
待てよ?あの窓から出入り口の屋根に登って……おお、行けそうだな。
あそこが由未絵の病室だから……うむ。
中に入りさえすればあとは簡単だ。
中からそっと鍵を開けて逃走すればいい。
レッツハバナーウ!
がしっ!がしっ!
……うむ、申し分無い感触!行ける!
そう確信した時、窓に俺の靴の先がドカンと当たった。
───ヤバッ!
そう感じた瞬間、窓にライトが当てられた。
……俺は間一髪、出入り口の屋根に昇った。
おー、危ね。
まあここまでくれば十分だろう。
あとはスルスルと……ここだ。
俺はコンコンと窓を小突いてみた。
すると老人が振り向いた。

凍弥 「うおっ!?」

ば、馬鹿な……!
由未絵……お前、いつから老婆に……!?

老婆 「はっ……はひぃーっ!ま、窓の外に人影っ……!
    ワシを迎えにきたんじゃーっ!」

老人とは思えないスピードでナースコールを連打する老婆。
うおう、高橋名人も目じゃないスピードだ。
ちぃ、ここじゃなかったか!
だが幸いにして、この病室に看護婦が集まった。
あとは由未絵の病室に───っと。

凍弥 「由未絵?」
由未絵「………」

由未絵が窓から顔を出して手を小さく振る。
うわ、反対の方じゃないか。
俺は体を乗り出して窓の淵を掴み、内部への侵入を果たした。
うーむ、忍になった気分だ。
ニンニンでござるよ薫殿。

凍弥 「………」

……薫殿って誰だろ。

由未絵「凍弥くん、無茶苦茶だよぅ……」
凍弥 「無茶苦茶じゃないぞ。俺は計画的にあっちの病室に人を集めてだな」
由未絵「思いっきり『うおっ』て言ってたよ……?」
凍弥 「ぐあ……聞いてたのか」
由未絵「うん。声が聞こえたから来たのかな、って思ったら、
    違う病室の窓に貼りついてる人影があって……最初、オバケかと思ったよ……」
凍弥 「そうか。俺の演技力もハリウッドスター級だな」
由未絵「どう見ても普通に間違ってたよぅ……」
凍弥 「それが狙い目だったんだ」
由未絵「うぅ〜……」
凍弥 「さ、そんなことより、だ。どうする?
    わざわざ律儀にここまで来たが……。学校、行くか?」
由未絵「うん」
凍弥 「……うーむ、ここまで由未絵を突き動かすものはなんなのか……!
    次回、最強の敵!教室前に現れた魔王・パーシモン!……ごらん、あれ……」
由未絵「縁起悪いよぅ」

……柿崎は縁起が悪かったのか。
憶えておこう。

凍弥 「由未絵、面倒だから俺に掴まれ。飛び降りて逃げ出す」
由未絵「死んじゃうよぅ!」
凍弥 「飛び降りるっていっても出入り口のあの……や、屋根か?
    あそこに飛び降りるから大丈夫だ。石作りだから壊れる心配もない」
由未絵「……本気?」
凍弥 「アルティメット・マジモードだぞ」
由未絵「………」
凍弥 「俺を信じろ。きっと愉快な未来が待っているぞ」
由未絵「……───信じて、いいの……?」
凍弥 「うん?」
由未絵「……本当に、信じていいの……?」
凍弥 「何言ってんだ、当たり前だろ?
    俺がこういうことでお前に嘘ついたことがあるか?」
由未絵「………」
凍弥 「だから……。どうしてこういう肝心なところで目を逸らすんじゃいお前は」
由未絵「えーと……自分の胸に手を当てて聞いてみるといいよ?」
凍弥 「お、言うようになったな由未絵。どれ……」

言われた通り、胸に手を当てて自問自答を開始する。
が。

凍弥 「俺は無実だと断言してるが」
由未絵「わたしに言われても……」

どうしろと?
まあいいか。

凍弥 「ホラ掴まれ。誰かが来たら厄介だ」
由未絵「う、うん……」
声  「支左見谷さーん?どうかしましたかー?」
凍弥&由未絵『ッ!!』

がばぁっ!

由未絵「ひゃうっ!?」
看護婦「支左見谷さん?」
由未絵「あ、あの……怖い夢見ちゃって……」
看護婦「そうですか……大丈夫ですか?」
由未絵「は、はい、平気ですっ」
看護婦「はい、それではおやすみなさい」

つかつかつかつか……。
看護婦、撤収。

凍弥 「ふう。一時はどうなることかと」
由未絵「凍弥くん……いきなり布団の中に潜るなんて滅茶苦茶だよぅ……」
凍弥 「仕方ないだろ?
    ベッドの下は高さを調節する接合部分でいっぱいで潜り込めなかったんだ。
    だが安心しろ、紳士として靴を脱がずに布団に潜るようなことはしなかった」
由未絵「そういう問題じゃないよぅ……」
凍弥 「ぬう、今夜の由未絵は一味違うな。なにやら強い気を感じる……!
    学校で何しでかすつもりか知らんが、もう少し落ち着いた方がいいと思うぞ」
由未絵「……う、うん、そうだよね。落ち着かないと……」

由未絵がすーはーすーはーと深呼吸をする。

凍弥 「いや、べつに深呼吸までしろと言ってるわけじゃなくてだな」
由未絵「ふぇえ……どうしろっていうのー……?」
凍弥 「う、うー……掴まれ」
由未絵「うー……」

きゅむ。
渋りながらも俺に掴まる由未絵。
俺はその力を確認してから器用に出入り口の屋根へ飛び降りた。
うむ、さすが俺。
あとはこのくらいの高さならこう……

凍弥 「───よっとぉっ!」

ダンッ!

凍弥 「───ッ……!!」

ダメでした。
くほぉおお……!痺れる……!!

由未絵「わわ、大丈夫?凍弥くん……」
凍弥 「い、いいから急ぐぞ……!
    見回りに見つかったら俺は留置所で飯を食わなきゃならん」
由未絵「そこまでいかないよぅ……」
東亜 「いや、最近の日本は厳しいからな」

少々先のことを考えて公言した。
だが、あまり意味は無かった。

由未絵「……はい、凍弥くん」
凍弥 「…………?」

足の痺れと痛みに自然に屈み気味になってしまった俺に、由未絵が手を差し伸べる。

凍弥 「……由未絵」
由未絵「……うん」
凍弥 「悪いが俺には手相占いは出来ないんだ……他をあたってくれ」

スッパァーン!

凍弥 「ぐおっ!」
由未絵「そうじゃないよぅ!手を貸すから一緒に歩こうって言ってるんだよぅ!」
凍弥 「ぬおお……俺のドナルドマジックを逆に利用するとは……」
由未絵「……凍弥くん?年がら年中スリッパを携帯するのはどうかと思うよ……?」
凍弥 「馬鹿者、そんなことを言っていて、
    いつ柿崎みたいなエージェントに襲われるか解らんのだぞ?
    備えあれば嬉しいなと天地親父も言ってるじゃないか」
由未絵「馬鹿者じゃないもん」
凍弥 「ボケ者?」
由未絵「それは凍弥くんが言ってるだけだよぅ」
凍弥 「いや、お前は時々天然でボケだからな。
    馬鹿者の馬鹿をボケに変えただけのシンプルな呼び名じゃないか」
由未絵「すっごく嫌だよそれ……」
凍弥 「じゃあ馬鹿者」
由未絵「変わってないよぅ……」

話しながら歩いた。
夜だけどいい天気だな、とか思いながら見上げた空には星が見えた。
田舎とかならもっと星が見えたんだろうな、と呟くと、
由未絵が首を傾げて俺を見上げた。
俺はそんな由未絵の頭をぐりぐりと撫でると笑って見せる。
……なんだかんだで学生生活も残り僅か。
大学行くにせよ就職するにせよ暇人するにせよ、なにかしらの目標を持たないとな。
そんなことを考えながら、俺はのんびりと急ぐこともせず、学校へと向かうのだった。










【ケース29:閏璃凍弥/ピーターまっちゅりん】

───……。

凍弥 「さすがに暗いな」
由未絵「うん、そうだね……」

上履きを履くのも面倒なので、靴のまま入った。
もちろん砂などは払った。
靴と靴を叩き合わせて落としたのだが、
2回目に気持ちがいいくらいにコパァーンと鳴り、心臓が飛び出るかと思った。
教師に見つかるはヤバいしな。
俺は未だに胸のあたりを抑えて驚きから解放されていない由未絵を見た。
その片方の手は俺の手を握って離さない。

凍弥 「……あのな、子供じゃないんだから」
由未絵「は、二十歳まではみんな子供だもん……。
    二十歳にならないとお酒もタバコも含んじゃダメなんだもん……」

正論だが言葉に迫力が無い。
引け腰だ。

凍弥 「よくそんなので抜け出すなんて言えたよな」
由未絵「うぅ〜……驚いたのは凍弥くんの所為だもん……」
凍弥 「正論だ」

うむうむと納得する。
俺に手を引かれるような形で歩く由未絵は、
時折外の方を見ては『うやゃぁ……!』とか言っている。
『うや』ってなんなんだ?

凍弥 「っと、着いたぞ」
由未絵「ひゃうっ!?え、そ、そんな、わたしまだ心の準備が……!」
凍弥 「心の準備?怪談でもするのか?
    それなら任せろ、この学校に伝わる究極の怪談を話して聞かせよう」
由未絵「そうじゃないよぅ」
凍弥 「それはある夏の日の出来事だった。
    ふたりの男が夜、肝試しと称してテストのプリントを盗みに来たんだが」
由未絵「そうじゃないってばぁっ……!やめてよぅ……!」
凍弥 「こう、職員室の中で何かが蠢いてるんだよ、ズル、ズル……と。
    ふたりの男は恐怖しました。いったい何が……!?と。
    やがてひとりの男が怖いもの見たさでライトを手にしました。
    制止する友人の話も聞かず、
    男はライトを蠢く何かに当てたのです……。するとっ!!」
由未絵「きゃうぅうっ!」
凍弥 「……先に忍び込んでた柿崎がプリントを漁ってたんだって」
由未絵「………」
凍弥 「………」

なにやら急激に場の空気が重苦しくなった。

凍弥 「変だな……来流美にはウケたんだが」
由未絵「わ、わたし……冗談でも……怖い話、だめで……」

見れば、由未絵は涙目になりながら俯いていた。
あー……やってしまいました。

凍弥 「泣くなよ。そんなことじゃ強くなれないぞ。お前はもっと強くなれ」
由未絵「凍弥くん……」
凍弥 「そして来流美をなんとかしてくれ。あいつはもう女じゃない」
由未絵「……それは無理だと思うよ」
凍弥 「だよな……」

暗いが、月明かりが差す廊下。
その一端で、俺と由未絵は溜め息を吐いた。

凍弥 「じゃ、入るか」
由未絵「うん」

俺は教室の中に入ろうと思ったが、ふと思い立って由未絵を先に促した。

由未絵「んーん、凍弥くんが先に入って。そうじゃないと意味がないんだよ」
凍弥 「そうなのか?よく解らんが……。
    れでーはーすとというものを体感してみたかったんだが」
由未絵「レディーファースト?」
凍弥 「そう、それだ」
由未絵「……凍弥くん?」
凍弥 「うん?どした?」
由未絵「凍弥くんは……わたしをレディーとして見てくれてるの?」
凍弥 「いや、乳臭いガキ」
由未絵「!」

ガンッ!と思いっきりショックを受けたように後退る由未絵。
やがてその場に屈んで『の』の字を書き始める。
こんな由未絵は初めてだ。

凍弥 「じょ、冗談だよ……そこまで落ち込むな……」
由未絵「乳臭いって言われたぁ〜……。
    お父さんとお母さんに甘えたことなんて数えられるほどしかないのに……
    乳臭いっていわれたぁ〜……」

相当ショックだったらしい。
うーむ、こんな筈ではなかったんだがな。
こいつはこいつで両親に甘えられなかったことが結構悲しいらしいしな。
乳臭いは確かにひどかったか。

凍弥 「……悪い。そんなにショック受けるとは思わなかった……ごめん」
由未絵「いいよ……外見が子供っぽいっていうんだよね……。
    自覚してるからいいもん……」
凍弥 「そうか?胸は結構あるじゃないか」

キッ!

凍弥 「なんでもない、睨むな。そうだよな、大きければいいってもんじゃない」
由未絵「……と、凍弥くんは……胸が小さい娘の方が好きなの……?」
凍弥 「ほへ?ど、どうしたんだよ急に」
由未絵「………」

じー……。

凍弥 「……あのな、俺は胸が小さいだの大きいだのなんてどうでもいいんだよ。
    人としての形がどうのこうのじゃなくて、その人自体が好きかどうかだろ?
    ……まあ柿崎はビッグボインが好きらしいが」
由未絵「び、ビッ……!?」
凍弥 「うむ。あいつはああ見えて極度の嗜好特殊男なのだ」
由未絵「………」
凍弥 「まあそれはさておき。じゃ、先に入るぞ?」
由未絵「う、うん……」

俯きながらブツブツと言い始める由未絵の脇を通って教室へ。
由未絵よ……夜の校舎でビッグボイン……ビッグボイン……と呟くのはどうか思うぞ。
よし、これから柿崎のことをビッグボインと呼ぶことにしよう。
グッジョブ!

凍弥 「………」

それはさておき、教室の中は殺風景だった。
まあもともと使わない余分な机や椅子を安置しているような場所だ。
華やかだったら逆に怖い。
だが月明かりに照らされたその世界は中々に綺麗で、どことなく雰囲気を出していた。
……ドラマとかだとこういう場所で告白したりするんだろうなぁ。
まあ、俺には一生縁のない話だな。
どことなく苦笑して、窓際の椅子に座った。
見上げた空には満月。
かなりの快晴だ。
……まあ、夜なのに快晴って言うのも変だが、雲が無いってことは似たようなものだ。
小さく息を吐いてから出入り口を見る。
由未絵はそこで深呼吸をして、少し挙げた手をきゅっと握り、教室の中に入ってきた。
……なにをしでかすつもりなんだこいつは。
見当がつかん。
いつもなら大体行動は読めるんだがなぁ。
まあいいが。

凍弥 「ほれ由未絵、お前もこっち来いって。月が綺麗だぞ。団子が欲しくなる」
由未絵「とっ……!凍弥くんっ!」
凍弥 「うおっ!?な、なんだよ脅かすな!
    見回りに見つかったら厄介なのはなにも病院だけじゃないんだぞ!?」
由未絵「……っ……あ、あの……あのね……?」
凍弥 「…………?」

な、なんだ……!?
いったい何が起きようとしてるんだ……!?
由未絵からかつて無いほどの迫力が迫ってくる……!
こんなオーラ、来流美からも感じたことはない……!

由未絵「あの……っ……」

由未絵は段々と涙目になり、やがて俯いた。
俺はどうしたらいいか解らないことと、それよりもまず訳が解らないことで固まっていた。
だけど小さく息を吸うと、もう一度言う。

凍弥 「……由未絵、とりあえず座りなさい。
    言いたいことがあるなら落ち着いてからでいいから」
由未絵「………」

由未絵は俺の言葉にこくこくと頷くと、俺が机を挟んで向かいに置いた椅子に座った。
だが月を見ようとはせず、俯いたままである。
……今更気づいたが、由未絵の顔は相当赤かった。

凍弥 「由未絵、お前……顔赤いじゃないか。───もしかして何かの発作か!?
    階段落ちた時にヤバイところぶつけたのか!?」
由未絵「あうっ……そ、そうじゃないよ、そうじゃないの……!
    大丈夫、大丈夫だから……!お願い、聞いて……凍弥くん……」
凍弥 「………」

由未絵は胸に手を当てて深呼吸を繰り返す。
それはしばらく続いたが、やがて意を決したように真っ直ぐに俺を見た。
俺はそんな行為を繰り返した由未絵が少し可愛く見えたので、微笑みかけるように笑った。
途端。

由未絵「───っ!」

由未絵の顔がまた真っ赤になる。
……なにをしたいんだろうな、こいつは。
でも、アレだよな。
こいつはどんな形にせよ俺から離れることになるんだよな……。
大学にせよ就職にせよ。
鈴訊庵を継ぐならそりゃあ家も近いが、忙しくなることは確実だ。
……俺から離れて、どんな人生歩むんだろうな。
それで、どんな男と……───……男?
…………いや、なんだ?
なんか……男って思考が出てきた途端、ムカついてきた。
そういえば俺、どうして由未絵が他の男と一緒に居るのが気に入らないんだ?
妹だって思ってたから?
兄心だったから?
それで……あんなにムカつくのか?
───たとえば、だ。
俺以外の男の言うことをよく聞いて、
俺以外の男にあの笑顔を向ける由未絵が居るとしたら……

凍弥 「───!」

ダメだ。
ダメだダメだダメだ!
許せない、許可出来ない、殴り倒してでもそいつから由未絵を取り返す。
───じゃあそれはなんでだ?
それは……?

凍弥 「………」

ふと、月明かりに照らされながら顔を真っ赤にして、
一生懸命になにかを落ち着かせようとしている由未絵を見た。
こんな、純粋なやつを。
ずっと俺と傍に居たこいつを……誰かに渡す……?
いや、それは違う。
由未絵は由未絵だ、俺の所有物じゃない。
誰を好きになるのも勝手だし、どう行動するのも自由だ。
わざわざ俺がどうのこうの言う筋合いはない。
だが───それが、俺がこいつと一緒に居たいって気持ちだったら?
たとえば……俺がこいつのことを、好き、だったら───
ドクンッ!

凍弥 「……っ!?」

思考がそこに辿り着いた途端、俺の心臓が跳ねあがった。
まるでずっとその場にあったのに、
気づかなかったためにエンジンが掛からなかったもののように。
その鼓動はずっと昔から心の中にあったかのように、体中を駆け巡った。
……え?
じゃあ、俺って……?
もう一度、目の前の由未絵を見た。
途端───

凍弥 「っ……!」

顔が赤くなるのを感じた。
何故だか、突然由未絵が誰よりも可愛く見えた。
それは守ってやりたいという気持ちに変わり、
他の誰にも渡したくないという気持ちをも湧き上がらせた。
だけどそれは兄心とか親心とかの類じゃなく……確実な『俺自身』の気持ちだった。
もう間違い無い。
俺は、こいつが───

由未絵「あ、あのね、凍弥くんっ」

がたんっ。

由未絵「え?ど、どうしたの?急に立って……あ、待って、まだ帰らないで!
    わ、わたしね、凍弥くんに伝えたいことがあって……!」

由未絵は俺が立ったことで帰ってしまうんじゃないかと感じたらしい。
でも、大丈夫だ由未絵。
お前を放ってどこかに行ったりしない。

由未絵「あ、あのね、ずっと言えなかったけど、わたし……んっ!?」

俺は黙って由未絵を抱き締め、その唇に自分の唇を押し当てた。
……離したくない。
なにも言わなくていい。
もう、解ったから……。

由未絵「ん……!ん、ん……!」

驚いたのか、由未絵が抵抗した。
だけど離さない。
落ち着かせるように、抱き締めていた手で由未絵の頭を撫でてやる。

由未絵「………」

やがて抵抗は無くなり、由未絵は俺の背に手を回した。
……しばらくそのままでいたが、やがてどちらともなく離れる。

由未絵「………」

由未絵はポ〜っとどこか虚ろげな表情で俺を見ていた。
だが俺がもう一度抱き締めると、目を覚ましたように慌てだした。

由未絵「と、ととと凍弥くんっ!?わ、な、なにっ!?え!?
    い、いまわたし、凍弥く……き、きききき……!?」

由未絵は慌てる。
面白いほど慌てる。
だけどそれも全部ひっくるめるように抱き締めて、その耳元で囁いた。

凍弥 「……お前が好きだ、由未絵」

……その瞬間、由未絵は固まって動かなくなった。
だけどやがて震えだし、小さく泣き出した。

由未絵「……うん……うん……!わたしも……!
    ずっと、言いたかったけど……言えなかったけど……!
    わたし、凍弥くんが大好き……大好きだよ……!」

抱き締められるままだった由未絵は俺の背中に手を回して思いっきり抱きついた。
そして今まで我慢してきた涙を全部流すように、声を出して泣き始めた。
……今だけは思いっきり泣いてくれ。
明日から、俺がずっと守るから。
俺が絶対に幸せにしてみせるから……。
がらぁっ!!

凍弥&由未絵『!!』

真凪 「誰か居るんですか〜?」

…………。
俺は咄嗟に机の影に由未絵を引っ張り込み、隠れた。
だが、由未絵は泣き途中だったのでしゃくりあげている。
……うむ。

由未絵「───んっ……」

俺は由未絵の口を自分の口で塞ぎ、しゃくりあげる声を殺した。
由未絵はまた驚いたのか、震えている。
俺はそんな由未絵を引き寄せるときつく抱き締めた。
大丈夫だからな、由未絵……。
俺が居るから……。

真凪 「…………やれやれ、気のせいでしたか。
    確かに青春の香りがしたんですがね、あっはっはっはっは」

真凪はライトを振りながら教室を出ていった。
ご丁寧に『不純異性〜交遊〜♪ルルル〜』とか歌いながら。
……気づいてたなあの野郎。
俺はひとまずは安心して由未絵から離れようとした。
が、今度は由未絵が俺に抱きつき、くちづけをしてきた。

凍弥 「………」
由未絵「………」

月明かりの照らされる空き教室の中。
長かった、幼馴染というだけの関係は終わりを告げた。





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