ひとつの思いが叶った。 長かったけど、ずっと気づけなかったけど、確かにあったその思い。 互いに好きだった筈なのに、 俺が気づけなかったために随分と遠回りなひとつのゴールを迎えた。 だけど彼女は微笑む。 俺はこんな笑顔を自分の手でずっと守っていきたいと思った。 スイッチが入るだけでこうまで変わる自分がおかしくて、家に帰ってから随分と笑った。 朝起きて、それが夢じゃなかったことを実感して、ふたりして笑った。 そして歩く。 道は、ここからが出発点だというかのように、無限に広がって見えた─── ───変わっちまったアイツ。青春とは如何に───
【ケース30:閏璃凍弥/エッカリーニョ】 『なにぃ!?朝か!?朝』 ガション! 『ギャッ!』 やかましい目覚ましにネリチャギを叩き込んで黙らせた。 騒ぐな、もう起きてる。 凍弥 「うーむ、いい朝だ。ごらん、こんなにもいい天気」 カシャア!とカーテンを広げ、窓を開けザァーーー…… 凍弥 「…………………………オイ」 雨が降っていた。 人が清々しい朝を迎えようとしてるのになんなんだよこの天気は。 凍弥 「フッ……そうか。神の野郎、俺を妬んでやがるんだな?」 ガカァッ!どがしゃああああんっ!! 凍弥 「うおぉっ!?」 雷が目の前に落ち、水溜りにハジケた。 咄嗟に顔を逸らしたから目が潰れることはなかったが……神め、本気か? がらぁっ! 来流美「ちょ、ちょっとなんの音よ今の!」 来流美が窓を開け放って周りを見る。 が、既に騒ぎは済んでいる。 凍弥 「よし来流美、あの水溜りを触ってみてくれ」 来流美「…………もしかして、あそこに落ちたの?」 凍弥 「うむ」 来流美「……うるさいわけだわ」 来流美が溜め息を吐く。 実際、俺も耳鳴りはしている。 でも水に散った電気ってたしか数分か数十秒で消えるんだったよな? もう大丈夫だろ。 声  「お……友よー!」 凍弥 「ん?おお、ビッグボインじゃないかー!風邪ひかなかったかー!?」 柿崎 「ビッグボイン!?」 声のした方向を見ると、外を歩くビッグボイン。 その手には大きく『阿修羅』と書かれた雄々しい番傘。 すげぇ、さすがビッグボインだ。 柿崎 「誰がビッグボインだこの野郎!」 凍弥 「あ、いや止まれビッグボイン!そこから先はまだ危ない!」 柿崎 「やかましい!もうお前の言うことなんぞ聞いてられるか!     今の俺は我が道のみを突き進む阿修羅ぞ!     誰にも止めることは出来ギャアアアアアアアアアアッ!!!!!!」 ビッグボインが水溜りに差しかかる頃、一瞬だけビッグボインの骨が見えた気がした。 すげぇ、エレクトリックサンダーだ。 しばらくしてビッグボインは救急車で運ばれていった。 ……確かにな。 人じゃないなら、誰かが止めたってことにはならなかったし。 俺は溜め息を吐いて身支度をした。 来流美も呆れながら顔を引っ込める。 さてと。 着替え終わった俺は階下へと降り、顔を洗って歯を磨いて決めポーズをとった。 凍弥 「へへっ……今日もきまってるぜ」 そして某ナイトゥルースの(略) 洗面所を出ると鼻腔を捻じ曲げる逆フローラルな香り。 姉さんが珍しく料理を作っている証拠だ。 となると、パン屋は休みか。 俺はどことなく覚悟を決めながらダイニングへ赴いた。 ……すると、ガリガリガリ……と妙な音。 葉香 「……チッ、またこびりついたか……。     これだから安物のフライパンは困る。     油無しじゃあ満足に卵を焼くことも出来ないのかお前は」 そう言ってフライパンをグニィイイと曲げてギャア!! 凍弥 「ね、姉さん待った!ていうかどういう握力しとるんですかアータ!」 葉香 「凍弥か。今このフライパンを料理してやってるんだ、邪魔するな」 凍弥 「フライパン料理してどうすんじゃい!あーあー、こんな曲げちゃって……」 葉香 「油が切れているとはいえ、卵すら焼けないソレが悪い」 んな無茶な……。 葉香 「……ん?凍弥」 凍弥 「ほへ?」 葉香 「…………なにかあったな?男の顔になっている」 凍弥 「へっ!?や、やー……気のせいじゃないかぁ?」 葉香 「……フッ、女か」 凍弥 「違うぞ」 葉香 「何も言うな、由未絵だろう?」 凍弥 「ぐお……」 バレてる。 葉香 「そうか、ようやくキメたか。避妊はしとけよ」 凍弥 「なっ……!ば、ばかっ!そんなんじゃぶほぉっ!!」 どがしゃーん! 俺の体がテーブルを撒き込んで倒れる。 葉香 「……姉に向かってばかとはなんだ」 凍弥 「し、失礼しました……」 ていうかそれだけでいきなり殴るのもどうかと思いますが……。 葉香 「ま、あいつは昔っからお前のあとを付いてきていたからな。     その意味をとっとと悟らなかったお前が馬鹿なだけだったんだ。     随分と遠回りをしたものだ」 凍弥 「大きなお世話だよ……」 葉香 「ホレ、餞別だ」 凍弥 「え?───っと」 姉さんが何かを俺に投げてよこす。 ……なんかいいな、こういうのって。 そういえば姉さんが俺にモノをくれるのってこれが初めてだよな……。 で、俺の手元にあるのは明るい家族計画ゴシャア! 凍弥 「違うっつっとろぉがぁ!」 葉香 「なにをする貴様、人の餞別を叩きつけるなど」 凍弥 「は…初めての贈り物がこれかーっ!?     感動した俺の心は何処に向けりゃいいんじゃあ!」 葉香 「子供を作るのは結婚してからにしろよ。     学生結婚を否定するわけじゃないが、責任がとれるようになってからにしろ。     だがさっさと作れ。成長して頃合をみたらわたしが貰ってやる」 うわぁ無茶苦茶言ってる上に目がマジだ! どうして俺の周りってこういうヤツばっかりなんだ!?(俺も含めて) 凍弥 「と、とにかく!俺と由未絵はまだそんなんじゃないんだよ!」 葉香 「接吻くらいはしたんだろう?」 凍弥 「ぐ……それは、その」 葉香 「したのか。最近のガキはマセてるな」 凍弥 「ガキって言うなよ……」 葉香 「……泣かすなよ。そういうのは綺麗事だけじゃないぞ。     本気にさせた責任ってのもある。お前はあいつの気持ちを受け止めてやれ」 凍弥 「姉さん……」 葉香 「母さん達にはわたしから報告しておいてやる。     だが……由未絵を捨てたりしたらお前、生きて敷居を跨げると思うなよ」 凍弥 「───……」 感動が一瞬にして凍りつく瞬間だった。 葉香 「まあもっとも、死んだところで跨らせないがな」 ……追い討ちでした。 ───……。 ……。 一応炊けていたご飯をおにぎりにして食べ、外に出た。 相変わらずの雨だが、天気に文句を言っても仕方が無い。 向かいの鈴訊庵の二階を見上げて溜め息。 由未絵はまだ一応病院である。 昨日、あれから病室まで運んだのだ。 由未絵を背負ってあそこまで昇るのは大変でした、ハイ。 凍弥 「……しかし、重症だな俺も」 朝に会えないだけでこうも鬱になるか。 あー、頭撫でたいなぁ。 抱き締めたいなぁ。 からかいたいなぁ。 来流美「……なに朝っぱらから唸ってるのよ」 凍弥 「む」 来流美だ。 ……仕方ない、こいつで代用してみるか。 凍弥 「来流美、ちょっと」 来流美「え?なによ」 ……なでなで。 来流美「なっ……な、なにすんのよ!」 凍弥 「…………」 ペッ。 凍弥 「チッ……クズめが」 来流美「クハッ……!     人の頭を勝手に撫でといて唾吐き捨てるたぁいい度胸じゃない……ッ!」 凍弥 「やかましい、寄るな。男臭が移る」 来流美「あたしゃ女よ!」 あー、やっぱり由未絵じゃなきゃいかんな……。 むう……。 来流美「……ほんとにどうしたのよ、ヤケに暗いじゃない。     ───あ、もしかして由未絵が居ないから落ち込んでるとか」 凍弥 「……その通りだよ」 来流美「なんてねー!そうよねー、あの鈍感凍弥がなにぃ!?」 来流美が男らしく叫んだ。 来流美「……ちょっとアンタ……いま、なんて言った……?」 凍弥 「やかましい、寄るな。男臭が移る」 来流美「そこまで戻らなくていいわよ!」 凍弥 「…………学校、ダルいなぁ……」 来流美「あ、ちょっと凍弥ぁー!?人の話聞きなさいよー!」 叫ぶ来流美を無視して学校へと向かった。 ……正直気分が乗らない。 ───……。 ……。 鷹志 「……それでさ。あいつどしたの?」 来流美「こっちが訊きたいわよ……。朝からこうなんだもの」 鷹志 「ふーん……おい凍弥〜」 鷹志が寄ってくる。 鷹志 「どうかしたのか?悩み事なら俺に任せろ」 凍弥 「ほっとけスダコ」 鷹志 「スダッ……!?い…いきなりすげぇ中傷された!」 …………あうー……。 まいった……まいったぞホント……。 この俺がこうもぐったりマイハートになるとは……。 気づかないことってのも案外、偉大な感情なんだなぁ。 気づいただけでこれだもの。 案外こうなることを予測して気づこうとしなかったのかもしれん。 ………………どーしよ。 これでも一度もエスケープはしたことがないんだが。 これ以上ボケェとしてるとどうかしてしまいそうだ。 凍弥 「───よし、エスケープだ」 来流美「へっ?」 鷹志 「と、凍弥?」 凍弥 「悩むことないよな。うん。今が旬だ」 鷹志 「おいおいおい、なにいきなりワケの解らんことを」 凍弥 「そんなわけであと頼む。じゃ」 だだぁーっ! 鷹志 「うお速ェッ!?」 来流美「なにしでかすつもりなのかしら……」 鷹志 「どうせロクでもないことだろ」 来流美「そうね……」 ─── 凍弥 「風を切る!キル!キルキルキルゥウウ!待ってろ由未絵ーっ!」 真凪 「うん?やあ閏璃くん。そんなに急いでどこに行くんだい?」 凍弥 「早退します!それじゃっ!」 真凪 「───昨日の夜」 ぎくっ。 動かしていた足が勝手に止まった。 やがてギギギギギ……と真凪氏へ視線を移す。 真凪 「……教室に戻る気になりましたか?」 凍弥 「……センセ、それ、脅迫……」 真凪 「いいえ、脅しです」 同じじゃあ! 真凪 「黙っていてあげますから、授業をサボってはいけませんよ。     それにそんなことをしても彼女は喜ぶ性格には見えませんが」 凍弥 「ぐっ……」 確かに。 俺が一方的に会いたいからって自分の所為で俺の勉学の邪魔してるって思うだろう。 それはダメだ。 真凪 「それに、もし一緒に居たいと思うなら───勉強はしておいた方がいいですよ。     彼女が大学に行くことにしたら、あなたの学力でそこに入れますか?」 凍弥 「うぐ……」 痛烈だ。 痛すぎる。 真凪 「前の小テストでいい成績がとれたじゃないですか。貴方はやれば出来ますよ。     ただ、頑張るには時間が少ない。それなら貴方が取る道はなんですか?」 凍弥 「………」 俺はあいつの傍に居たくて……。 でも、馬鹿のままでいいか? 解らないことだらけでいいのだろうか。 ……いや、なんか違うよな、それ。 …………よし、いっちょやってみようか。 凍弥 「……その勝負、受けて立ちます」 真凪 「いえ……あの、別に勝負を申し込んでいるわけでは」 凍弥 「そのニコヤカ笑顔をオモシロ笑顔に変えてやるから覚悟してろー!」 そう言って俺は教室へ駆け込んだ。 今度は違うから。 今度は由未絵と争おうってわけじゃないから。 だから……あいつと勉強をしよう。 それなら一緒に居られる。 向かう未来にも希望を持てる。 まだまだこれからだ。 ───やってやろうじゃないか! 俺は拳を握って大きく突き上げた。 それは、俺の決意の証だった。 ───……。 ……。 来流美「………」 鷹志 「………」 来流美「やっぱり変よね、今日の凍弥……」 鷹志 「だな……。いきなり飛び出ていったと思ったら戻ってきて教科書開いて……」 来流美「さっきさ、隣のクラスに問題集借りにいってたわよ……?」 鷹志 「うお……」 んー……思い出せ思い出せ。 一度理解した公式を忘れたままにするのは馬鹿だ。 ていうか数式なんて算数覚えりゃ十分じゃないか? こんなややこしいものを憶えんでも……いやいやいや!挫折と横着禁止! えーと……うー、うー……! だぁあっ!難しいっての! 鷹志 「ふーむ……なんかあったな、ありゃあ」 来流美「なんかって?」 鷹志 「さあ」 来流美「ん……あ、そういえば」 鷹志 「なにか知ってるのか?」 来流美「昨日の夜のことだけどね、凍弥が言ったのよ。     『憧れだったんだ……ナース服』って」 鷹志 「うわっ!?」 スッパァーンッ!!!!! 来流美「いたぁっ!」 凍弥 「黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって!何様だお前は!」 来流美「実話でしょ!?なんだってのよ!今日のアンタ変よ!?」 凍弥 「そうか?」 鷹志 「変だ、明らかに。お前がナースフェチだったとは」 凍弥 「それは違う!明かに違う!」 鷹志 「い、いや、いいんだ、お前がどんなヤツでも友だから、な?」 凍弥 「同情の眼差しで見るなぁ!」 来流美「それより。その奇行の意味を話してもらえるんでしょうね」 凍弥 「奇行って……」 そこまで言うか? ただ勉強してるだけじゃないか。 凍弥 「とにかく、お前らには関係ないことだよ。     知って得することでもないのに聞いたって意味ないだろ?」 来流美「構わないわ、話しなさい」 凍弥 「……鷹志?」 鷹志 「よきにはからえ」 凍弥 「……お前って妙なところで意味不明だよな……」 鷹志 「常時意味不明な奇行に走るお前に言われたくない」 うう……友達を友達と思わんヤツらめ……。 いや、俺も人のことは言えんが。 特に柿崎に対しては。 来流美「さ、言いなさい」 鷹志 「さあ」 凍弥 「ぬう……実は」 来流美「実は?」 凍弥 「……………」 どうしよう。 由未絵と同じ場所に行きたいからだなんて行ったらアレだよな。 絶対からかわれる。 こいつらはそういうヤツらだ。 鷹志は応援してくれるだろうが、来流美は違う。 ということでその場凌ぎ発動。 凍弥 「ね、姉さんに勉強しろと脅迫されて……。     前に1位とれただろ?それでさ、そのままの成績維持してみろって……」 来流美「………」 鷹志 「………」 だ、だめか……? ぽむ。 凍弥 「うお?」 だめかと思ったあと、来流美が俺の肩に手を置いて哀れみの表情をとった。 来流美「言い渋るわけだわ……」 鷹志 「災難だな、友よ……」 ……はふぅ、通じた。 でもどことなく悲しいのは何故だろう。 お前ら、そんな同情と哀れみを混ぜた顔で見るなよ……。 鷹志 「よし、それじゃあ俺も手伝うよ。なんだかんだで暇してるからな。     俺の成績も上がってお前も上がる。これぞギブ&テイク」 来流美「わたしは参考資料を先生からもらってくるわ。     過去問でも復習したら結構な知識になるでしょ」 凍弥 「お、おお……」 言ってみるもんだな……思わぬ収穫だ。 嘘も方便ってこういう時に使うのかね。 なんにせよありがたいことこの上無かった。 ───……。 ……。 昼になると俺は学食に訪れた。 券売機に群がる人垣に溜め息を吐きながら待っていると、 どこからともなくビッグボインが現れた。 体は大丈夫なのかと訊くと、 柿崎 「A定が俺を呼んでる……」 とだけ言って、人込みの中に消えていった。 まあ、無事でなによりだ。 歩き方がなんかゾンビみたいだったが。 俺は人垣が晴れるまでその場で待機し、人が散ってから券売機に近寄った。 が、その券売機の前で誰かが倒れてた。 柿崎 「………」 ビッグボインだ。 どうやらふらついていた所為で踏まれたらしい。 しかしその手には『A定食』とかかれた食券。 さすがだビッグボイン……いや、柿崎。 今こそお前を漢と認めよう……。 ……でも食えないのでは? 見れば、彼は男前の顔で力尽きていた。 凍弥 「……食券買えれば満足だったのかお前は」 なんか違う気がするが、まあいいか。 さーて、うどんでもすするかぁ。 ───……。 ……。 ───……キーンコーンカーンコーン。 キーンコーンカーンコーン……。 終業のチャイムが鳴った。 俺は鞄を引っ掴むとその勢いに任せて走り出す。 来流美「ちょっと凍弥!掃除当番!」 凍弥 「借りは返す!やっといてくれ!」 来流美「なっ───んもう!!」 駆けたことで離れた教室からがしゃん、という音が聞こえた。 どうやら来流美が掃除用具を叩きつけたらしい。 相変わらず乱暴なやつだな、って思いながら、俺はあいつのもとへと駆けた。 ……今ほど、人は変われるって思ったことはない。 今、自分はそれを実感している最中なんだと思う。 こういうのが幸せなのかな、って……そう思える。 昔、来流美が読んでいた少女漫画を見て、 その『恋』って感情が解らずに罵ったことがある。 実際、今こうして感じていても実感の沸かない形無きモノ。 だけどそれは確かにあって、今俺を突き動かしているのも確かにそれなんだと思う。 幸せってなんだろう。 昔、誰かに訊ねられた言葉を思い返した。 その時は解らなかったけれど、今の自分なら答えられる気がした─── Next Menu back