───悪夢。家族計画が齎した怒り───
【ケース31:閏璃凍弥/グランバザール】 やがて病室に辿り着く頃……彼女はゆっくりと微笑んだ。 俺は昔からその笑顔が大好きで、彼女を笑わせるためなら自分が道化でもいいと思えた。 そんなことまでしたのに自分の気持ちにはまったくの馬鹿で。 散々振りまわしてようやくあいつを受け入れられた。 まったく、人生というものは解らない。 どういうきっかけでこんなことになるのかもまるで見当もつかない。 だけど……うん。 きっと俺は間違えた選択はしなかった。 いつも微笑んでくれたらいいと思っていたけど、それは間違いだ。 俺はこいつに、俺にこそ微笑んでいてほしい。 由未絵「凍弥くんっ」 凍弥 「よっ、由未絵。来たぞ」 由未絵「うん、いらっしゃい」 凍弥 「ということで勉強教えろ」 由未絵「ふぇっ!?」 由未絵のベッド脇にある台に勉強道具一式と過去問に加え、問題集をゴシャアとばら撒く。 由未絵「すごい……これ全部やるの?」 凍弥 「過言ではない」 由未絵「わけわからないよ……。でもどうして?」 凍弥 「ん……」 由未絵には本当のこと話しても大丈夫かな。 ……いや、こいつは来流美に弱いからな。 脅されたら言ってしまいそうだ。 凍弥 「実はな、姉さんに成績の維持をしろと脅されて」 由未絵「葉香さんに……?ふぇえ……大変だね」 凍弥 「うむ……」 葉香 「そうか、それは大変だな」 凍弥 「そうそう大変……どぉおおおおわぁあああああああああっ!!!!!!」 がたがたどしゃああんっ!! 凍弥 「ね、ね、ねねね……姉さんっ……!」 葉香 「呆れたな。男の顔になったかと思えば陰口か。しかも……誰が脅したって?」 由未絵「え?」 凍弥 「うわわっ、馬鹿!なにもここで言うことぶっほぉっ!!」 どがらがしゃぁああん! 由未絵「きゃああっ!凍弥くん!」 葉香 「……馬鹿と言うなと言っている」 凍弥 「ソ、ソーリー……」 葉香 「まあ大方、     由未絵が目指す大学がどんなところでもいいように勉強しているんだろう?」 由未絵「え───?」 凍弥 「だ、だから言うなって───!」 由未絵「凍弥くん……」 由未絵が目を潤ませながら俺を見上げる。 その顔はとても嬉しそうだった。 葉香 「阿呆が。言わなきゃ伝わらないことをわざわざ隠す馬鹿が居るか。     好きなら好き同士、隠し事をしてどうする」 凍弥 「お、俺は驚かせたくて……」 葉香 「そこから誤解が生まれることもある。気を回しすぎだお前は」 凍弥 「うー……」 確かにそうかも……。 うう、恥ずかしくて顔上げられん……。 由未絵「凍弥くん……わたし、凍弥くんと一緒に居られるの……?居て、いいの……?」 凍弥 「な、なに言ってるんだよお前は……。そんなこと今更言うことじゃないだろ……」 なんのために俺が勉強してると思ってるんだよ……。 由未絵「でも無理しちゃ嫌だよ?     わたしならお母さん達にも好きな場所に行きなさいって言われてるから……。     それに、もし出来るなら来流美ちゃんや、     橘くんや柿崎くんとも一緒に居たいし……」 凍弥 「由未絵……」 ああくそ……なんていうか俺……俺……! なにひとりで空回りやってたんだろ……。 そうだよ、決めるのは俺ひとりじゃないんだ。 望めば、どこまでもあいつらと馬鹿は出来るし、由未絵とだって……! 葉香 「あー、雰囲気出してるところ悪いが」 凍弥 「………」 由未絵「あ、な、なんですか?」 葉香 「もう時間なんでな。わたしはもう帰るとする」 凍弥 「だったら何も言わずに気をきかせて帰れよ……」 葉香 「餞別がある。そうもいくまい」 そう言って、姉さんが由未絵にモノを投げパシィッ! 凍弥 「ねええええさん!本気で怒るぞ!」 葉香 「避妊は大事だぞ」 凍弥 「うっせぇ!とっとと帰れ!」 葉香 「やれやれ……怒りやすいとハゲるぞ。バーコードな父にだけはなるなよ」 凍弥 「大きなお世話じゃあ!」 姉さんは手を軽く挙げて去っていった。 凍弥 「ったく……!たまに現れるとロクなことしないんだからな、姉さんは……!」 由未絵「……凍弥くん、明るい家族計画ってなに?」 凍弥 「し、知らなくていい。解らなくていいから。     お前の口からそういう言葉が出ると心臓に悪い……」 由未絵「?」 あーくそ……無駄な体力使ったな……。 由未絵「うん、いいけど……ね、それよりも勉強しよ?     ずっと病室に居たから、凍弥くんと一緒になにかしたかったんだよ」 凍弥 「あ、ああ……」 俺は由未絵に促されるままに参考書を開いた。 由未絵「わぁ、結構難しいのやってるんだね」 凍弥 「だよなぁ。佐藤のを借りてきたんだが……あいつ、東大にでも行くつもりか?」 由未絵「東大ならもっと難しいよ」 凍弥 「うお……」 信じられん。 凍弥 「あ、ところでな?由未絵……」 由未絵「なに?」 凍弥 「お前さ、高校卒業したらどうするつもりだったんだ?」 由未絵「ふぇ……?」 凍弥 「ほら、鈴訊庵継ぐとか大学行くとか、いろいろあるだろ?」 由未絵「……うん。わたしね、一度相談したんだよ、お父さんとお母さんに。     そしたらね、鈴訊庵を継ぐのは婿をもらってから。     それ以外は好きにしなさいって。フリーターになっても構わないって」 凍弥 「そこまで放置か……」 由未絵「わたしね、思うんだよ。確かにお母さんたちは厳しくなったけどね?     こうして好きにしなさいって言うのって、きっと簡単に言えることじゃないよ。     もしかしたら……わたしに自由をくれてるのかもしれないって思うんだよ……」 凍弥 「考えすぎだ」 由未絵「あははっ、うん、凍弥くんならそう言うと思った」 凍弥 「む……」 由未絵「でもね、その自由のおかげで凍弥くんとこうして話せてるんだと思うの。     もし中学の時にお母さん達が上の学校を目指しなさいって言ってたら……     ───どうなってたと思う?」 凍弥 「それは……」 考えたくないな。 確かにそうだ。 由未絵「お母さんはわたしが嫌いなわけじゃないんだよ、きっと。     だから、わたしもその言葉に甘えることにしたの。     だから───わたしは、凍弥くんに……ずっと連れ添います」 凍弥 「由未絵……」 由未絵「わたし、おっちょこちょいだから……支えてくれる人が居ないとダメなんだ。     でもね、それは誰でもいいわけじゃないの。     信頼できて……それで、この世界で一番好きな人。     そんな人とずっと一緒に居られたら、わたし……きっと強くなれるから」 凍弥 「………」 ……今、目の前の少女は前を見ている。 俺と違って流されるままではなく。 俺にはそんな彼女が眩しく見えて……気づいたら、抱き締めていた。 由未絵「わっ……」 凍弥 「………」 そっか……そうだな。 子供だったのは俺の方か……。 子供とかガキだとか言われた意味がようやく解った。 俺も前を見よう。 今のことばかりじゃなくて、しっかりと、俺と彼女の未来を─── 凍弥 「由未絵………」 由未絵「凍弥、くん……」 ……目を閉じて、キスをした。 こんなにも愛しく、こんなにも強くなった幼馴染に。 巣立っていったと思った雛鳥が成長を遂げて戻ってきた感覚だ。 こんな不意打ち、考えてもみなかった。 こんなにも気づかされることがあるなんて。 来流美「やっほー由未絵ー!お見舞いに来たわよー!」 凍弥&由未絵『ッッ!!』 がたがたっ! 来流美「……あら?」 凍弥 「え、えーと……とどのつまりはXとは柿崎であるわけで……」 由未絵「この方式に柿崎くんを代入して……」 来流美「……あんたらどんな勉強してんのよ……」 訊くな!俺だって解らん! 来流美「で、やっぱりここに来てたわけね、過保護さん?」 凍弥 「うるさいよ。そんなんじゃない」 来流美「あんたねぇ、いい加減親離れさせてやりなさいよ。     凍弥がぐずぐずしてるといつまで経っても由未絵に彼氏が出来ないじゃない。     ねぇ?由未絵だってそう思うでしょ?」 ……なるほど、今なら理解出来るな。 来流美はいっつも遠回しにこういうことを言ってきてたのか。 ていうかなんで今日に限って直球? 由未絵「あ、あのね、来流美ちゃもがっ……」 凍弥 「なんでもない」 来流美「凍弥には訊いてないけど。なに?由未絵」 由未絵「ぷはっ、わたしね、凍弥くもがっ……」 凍弥 「なんでもない」 来流美「……なにか隠してるわけ?」 凍弥 「隠してないぞ。お前が学食で昼メシ食い損ねて腹空かせてることなんて」 来流美「なっ───喋ったの!?」 凍弥 「喋ってない喋ってない」 来流美「こンガキャーッ!!」 凍弥 「なにぃ!?ぎゃああああっ!!」 来流美が襲いかかってきた。 俺は逃げながらも由未絵に『喋るな』とモールス信号を出す。 しかし当然のように通じなかった。 由未絵「えっとね、わたし……凍弥くんと付き合うことになったの」 来流美「─────────…………へ?」 来流美が固まる。 来流美「あ、ご、ごめんね由未絵……最近わたし疲れてるのよ……三馬鹿トリオの所為で。     もう一回言ってもらえる……?」 由未絵「うん。えへへ……何度でもいいよ」 由未絵は顔が緩んでいる。 よほど言いたかったらしい。 ……うむ、その顔も撫でまわしたいくらいに可愛く見えた。 由未絵「わたしね、凍弥くんの彼女になったの」 来流美「な───……」 ギンッ!! 凍弥 「うおっ!?」 来流美「なにが───なにがあったァーーーッ!!」 来流美が物凄い剣幕で俺の胸倉を掴む。 来流美「変だ変だと思ったらそういうこと!?     由未絵が居なかったから寂しくて学校でボーゼンとしてたわけ!?」 由未絵「え……?」 凍弥 「ばっ……!わざわざ言うことじゃないだろが!恥ずかしいだろ!?」 来流美「否定しないの!?クゥッハァーッ!わたしに内緒でなんてことを!     いつ!?いったいいつからなの!?」 凍弥 「それが……実は柿崎に口止めされてて……」 来流美「柿崎くんは関係ないでしょぉっ!?」 凍弥 「じゃあ企業秘密だ」 来流美「『じゃあ』ってなによ!いいから言え!こと細かに!鮮明に!」 ぬおお、なんて雄々しさぞ……! 今のこいつなら世界狙えるぜ……! 由未絵「えっとね、昨日の夜だよ」 凍弥 「ギャア!言うなって!こいつがまた暴走するだろ!?」 由未絵「……だめ……?」 凍弥 「う……」 ああっ、そんな目をするなぁっ! 俺はその泣きそうな目に弱いんじゃあああ!! 来流美「……んふふふ〜♪ゆーみーえ?昨日の夜、いったいなにがあったのかなぁ?」 凍弥 「柿崎が犬に吼えられたあと、オバンに水ぶっかけられてた」 来流美「ウソはいいわ。凍弥は黙ってなさい」 ……実話なんだが。 由未絵「えっとね、学校の空き教室まで行ったの。そこでね……」 来流美「そこで?」 由未絵「………」 来流美「…………?」 由未絵「え、えへへへへ……」 来流美「な、なによそのとろけるような笑顔……!     ……え……?ま、まさかあんたら……!?     夜の学校でいくとこまでいっちゃったの……!?」 凍弥 「いくかこのボケ!」 由未絵「わたしが告白しようとしたらね、凍弥くんがキスしたあとに、好きだ、って……」 来流美「!!」 あ、固まった。 来流美「キ、キ……?凍弥が……?あの、凍弥が……?しかも、自分から好きだ、って?」 やがてガタガタと震え始める来流美。 来流美「貴様ァアアアッ!わたしの由未絵を汚しやがってぇええっ!!」 凍弥 「な、なにぃ!?」 来流美「よくもよくもおのれぇえええっ!汚しやがって汚しやがってぇええっ!!」 凍弥 「ぐわああっ!や、やめえろ来流美!ぐ、ぐる……ぐびをじべるだ……!」 おお、この頚動脈を的確に絞める行為……間違い無い、確実に殺しにきてやがる! 凍弥 「おぢづげ、ごど……!ざびんぐ!」 トチュッ。 来流美「キャーッ!?」 凍弥 「げほっ!がはっ!はーっ、はーっ!し、死ぬかと思った……!」 来流美「う、ううう……うー……由未絵……わたしの可愛い由未絵がぁああ……」 由未絵「来流美ちゃん……」 来流美「由未絵……」 由未絵「凍弥くんにヒドイことしないで」 来流美「!!」 ヨロッ……。 来流美が後退るように傾く。 やがて 来流美「ちくしょおおおおお!!おのれおのれこのゴクツブシがぁあああっ!!」 凍弥 「キャーッ!?」 今度は涙を流しながら首を絞めてくる来流美。 なんだかんだでこいつも由未絵を溺愛してたからなぁ、気持ちは解るが…… …………あ、お花畑だー………… ぼがぁっ! 来流美「ふぎぃっ!?」 蝶々を追いかけている中、来流美の声で目が醒めた。 あ、あぶねぇ……逝きかけたぞ……! 由未絵「凍弥くんにそんなことする来流美ちゃんなんか……嫌いだよ」 来流美「!!」 よろっ……。 来流美が後退るように傾く。 やがて 凍弥 「うりゃっ」 ドゴォッ! 来流美「はうっ!」 ……ドシャア。 襲いかかろうとした来流美にカウンターを極めた。 凍弥 「……次に目が醒めた時、正気に戻っていることを願うよ……ほんと」 倒れてピクピクと痙攣している来流美に合掌する。 そして俺と由未絵は見つめ合い、先ほどの続きをするかのように顔を寄せて…… 鷹志 「よーう支左見谷ー、凍弥来てるかー?ってああ、居た居た」 ……ていうか知らなかったな。 俺達の周りにはこんなにも邪魔者が居たのか。 凍弥 「あー、ちょ、丁度よかった鷹志。この問題の解き方、解るか?」 鷹志 「ん?なんだよ、そんなの支左見谷に教わればいいだろ?」 凍弥 「そうだよなぁ。じゃあ帰れ」 鷹志 「うおっ!?俺今来たばっかだぞ!?」 凍弥 「ええいしのごの言うな!戦力にならんなら用は無い!来流美を担いで帰れ!」 鷹志 「うわぁ、お前って無慈悲だよな……。     ていうかどうして霧波川、床に倒れて痙攣してるんだ?」 凍弥 「ちょっとジョルトカウンターの練習をしてたらキレイなのがはいってしまってな」 鷹志 「恐ろしいことするなよ……」 凍弥 「だから帰れ」 鷹志 「うおっ!?話に関連性が見つからんぞ!?どこらへんが『だから』なんだ!?」 凍弥 「やかましい、勉強教えてくれるのかくれないのか」 鷹志 「あー、すまん。これから親父達と会う約束があるんだよ。     ほら、前に話した幼馴染がさ、卒業したら帰ってくるっていってな?     なんか大袈裟なことになってるんだけど、     俺の実家の旅館に喫茶店造って経営するからその話がどうって」 鷹志が少し困り顔で言う。 凍弥 「へぇ……なるほど、大袈裟な話になってきたな」 鷹志 「でもそれが実現すれば、真由美がそこで働くことになるんだよ。     俺にとってはこれほど嬉しいことはないぞ。あー、早く会いたいなぁ」 凍弥 「そうか。ノロケはいいから去れ」 鷹志 「うお……少しくらいシンクロしてくれたっていいだろ?」 凍弥 「気持ちが解るからこそだ。お前もシンクロしろ」 鷹志 「?よく解らんな。ああまあ、お前が解らんのは前からか」 凍弥 「だろ?だから去れ」 鷹志 「解った解った。霧波川はどうしたらいいんだ?」 凍弥 「担いで持っていってナイル川にでも投げ捨ててくれ」 鷹志 「真顔で無茶言うなよ……」 それでも来流美を担ごうとする鷹志。 鷹志 「……なぁ、なんか誤解されそうなんだが。     俺は真由美以外の女に触れる気無いんだけどなぁ……」 凍弥 「そこまで潔癖かい」 由未絵「はうぅ〜、気持ち解るよ橘くん〜……」 鷹志 「だよなぁ、好きな異性以外には触れたくないよなぁ」 由未絵「うんうん」 鷹志 「ってわけで悪い、霧波川の処理は俺には無理だ。     潔癖とか言われても出来ないもんは出来ないってことで納得してくれ。じゃ」 鷹志が小走りに駆けてゆく。 ……ちぃ、逃したか。 俺は苦笑しながら由未絵を見た。 もう、雰囲気がどうのの問題じゃなくなっていた。 凍弥 「それじゃ、バイトがあるからまた明日な。……邪魔ばっかり入って悪い」 由未絵「そんなっ、凍弥くんの所為じゃないよ。     それに気にしないで、わたし……幸せだから」 凍弥 「……そっか」 由未絵は見ているこっちが視線を逸らしてしまうくらい幸せそうな顔で言った。 俺はそんな由未絵を撫でると、そのまま頬に手を当ててキスをした。 由未絵「ん……」 ……怖いくらいに好きだ。 どうしてこんな感情に気づけなかったのかが不思議でしょうがないくらいに。 由未絵という彼女の、その全てが愛しい。 うん、ボケ者なところも大好きだぞ。 もう……とにかく好きだ。 言い表せないくらいに。 無茶苦茶にしたくなる衝動を抑えるのに必死になるくらいに。 だけど俺はきっと、そうしない。 こいつが悲しむのは見たくないし……元より、こいつを大事にしたい。 俺は壊れ物を扱うくらいにやさしく、由未絵とのくちづけを繰り返した。 看護婦「支左見谷さーん、検診の時間ですよー」 凍弥&由未絵『ッッッッ!!!!』 がたたんっ!ごしゃっ。 来流美「むぎっ!!」 凍弥 「あ」 慌てて離れた瞬間に来流美を踏んでしまった。 ぬおお、なんたる偶然。 決して狙ったわけじゃないぞー? 偶然だぞー? そこにお前が居ると解ってた上での犯行だなんて、とんでもないぞー? そんなアイコンタクトも虚しく、青スジをブチブチと鳴らして立ち上がる来流美サン。 凍弥 「は、話し合おう……俺、話し合い大好きだなー……」 来流美「……ふしゅる……ふ……ふしゅる……ふ、ふしゅ……」 イヤァアア! なんか人語を理解してない純野生的なオーラを感じるんですけどーっ!? 来流美「ツガァアアアアアアッ!!」 凍弥 「うおっ!うぉわぁああああああああっ!!」 俺は窓の方へ逃げ、その窓を開けた。 凍弥 「じゃ、じゃあな由未絵!また明日!」 由未絵「えっ!?凍弥くんまさか」 凍弥 「とーぅ!」 ───だんっ! 窓からジャンプして石の屋根に降りる。 フフフ、野生め……ここまでは追ってこれま───ギャアア!! 来流美「オォオオオッ!!」 ダンッ!! 凍弥 「うおっ……うぉおお……!バ、バケモノーッ!」 来流美「グゥォオオオオオッ!!!」 すっかりキレて暴走しきった来流美サンから俺は全力で逃げ出した。 止まったら死ねる気がする。 夕暮れの病院の前。 俺と来流美の絶叫が響きわたった……。(といっても来流美のは奇声にも似た雄叫び) 【ケース32:閏璃凍弥/愛】 ───……。 仕事場・鈴訊庵。 凍弥 「うーお……そうか、今日は外か……」 ああちなみに、外っていうのは文字通りの外ではなく、 注文を聞いたり料理を運ぶ方のこと『外』を言う。 それとは逆に、皿や蒸篭を洗う方を『中』と言う。 なんにせよ……ああ、明日まで会えないんか……。 堕落したなぁ俺も。 来流美「……なんかさ、由未絵の病室に行ってからの記憶が無いんだけど……」 幸いなことに来流美はあの一件を忘れてくれたらしい。 しかし何故か俺と由未絵がくっついたことだけは憶えていて、祝福してくれた。 もう訳解らんよこいつ。 来流美「でも……凍弥と由未絵がねぇ。世の中解らないわね」 凍弥 「なんだよ。なんだかんだ言って応援してくれてたんじゃなかったのか?」 来流美「そうなんだけどね。実感沸かないわよ」 来流美は何が気に入らないのか、うーん……と考え込んでる。 来流美「ねぇ、告白はどっちからなの?やっぱり由未絵から?」 ……さっき、ここで俺からって知らせたらキレたんだよな? い、いや、キスって部分か? 凍弥 「その、一応俺からだけど」 来流美「えっ!?うそっ!あの凍弥が!?」 凍弥 「本人目の前にして『あの』とか言うなよ」 来流美「だってねぇ……とても信じられないわよ。あ……でもいいわ、それで?     その場の勢いでキスとかしちゃったわけ?」 凍弥 「お前、よく平気で人のプライベートに首突っ込めるよな」 来流美「なによー、いいじゃない……幼馴染の特権ってことで聞かせなさいよー」 凍弥 「…………はぁ、したよ」 来流美「わー、やっぱり?で、どうだったの?レモンだった?」 凍弥 「妙に気にするのな。なに?お前俺達のこと調査してるのか?」 来流美「そう」 うお、否定しないのか。 わざと嫌味な言い回ししたのに。 来流美「気になるわよ、女として」 凍弥 「雄々しきデバガメ精神じゃないのか」 来流美「ブツわよ」 凍弥 「やめろ、脳髄が吹き飛ぶ」 ちなみに来流美が手にしているのは木の棒だ。 こんなもので殴られたら危険ですよ。 しかも来流美の握力で殴られたら……おお怖い。 来流美「まああれね。ファーストキスはレモンの味とか、ひと昔前に言ってたでしょ。     なんか気になるじゃない?そういうのって」 凍弥 「気持ちは解らんでもないが。そうだな……」 んー…… 凍弥 「いや、よく解らなかったな。     ファーストキスの味を覚えてるのって案外難しいと思うぞ。     本気で好きだからキスして、そんでもってその時はなんか頭真っ白になってさ。     そんな状態で、味がどうのなんて感じられるわけがない。     あんなものはお前……アレだ、遊び半分でする者共のセリフだ」 来流美「どことなく喋り方が年寄りくさくなってるわよ」 凍弥 「後半、愚地独歩を意識してみました」 来流美「無駄に知識が広いわよね、凍弥って。ほかのことに気を回せばいいのに」 凍弥 「他のことって?」 来流美「ほら、例えば……そろそろ由未絵の誕生日じゃない?」 凍弥 「ああ」 来流美「なにかいいものでもあげるとか」 凍弥 「んー……」 来流美「そうね、例えば世界にひとつしかないようなものとか」 凍弥 「無茶言うなぉお前」 来流美「やっぱり無茶よね。そんなのがここらへんにあったらすごいわ」 凍弥 「そうそう、そんなの探してる暇があったら、     バイトで稼いだ金で何か買ってやった方が喜ぶ」 来流美「うんうん」 凍弥 「さてと……そろそろ終わりの時間だな。片付け始めるか」 来流美「そうね」 コサッ。 来流美「あら?なんか落ちたわよ」 凍弥 「え?なに?」 来流美が何か、落ちたものを拾ってシゲシゲと見た。 それは───うわああああああああっ!!! ヤバイ!これはヤバイ! 来流美の髪の毛がザワザワと……! 来流美「と───凍弥ッ……?     明るい家族計画って……どういうことかしらぁあああ……ッッッ!!!!」 凍弥 「い、いやっ、これは姉さんがっ……!」 来流美「へぇっ……!?なに……っ!?     世界にひとつしかない自分をささげるつもりだったのォ……ッ!!!!     すごいわねぇ……!うふふ……うふふふふふ……ッ!!!     すごいからいっぺん死ねぇええええっ!!!!」 凍弥 「ギャッ!ギャアアアアアアアッ!!!!姉さんのアホーッ!!」 むしろ捨てずに持ってた俺が馬鹿でした。 由未絵に投げられた餞別をキャッチして、そのままポケットに入れた俺が愚かでした。 ああ、無情。 その夜、俺は体中の痛みに苦しみながら寝るハメになったのは涙必須の実話である……。 【ケース33:閏璃凍弥/愛(再)】 ───……キーンコーン……。 チャイムが鳴る。 明日には退院できるという由未絵の電話を受けた俺は上機嫌だった。 僭越ながら……不肖、この閏璃凍弥───しばらく由未絵離れ出来そうにありません。 好きになってしまったものは仕方が無い。 来流美「由未絵、明日で退院出来るのよね?」 凍弥 「………」 来流美「なによー、誤解だって解ったんだからもういいじゃない……」 凍弥 「しこたま殴っておいて言うことはそれだけか……」 来流美「凍弥が悪いんじゃない、ちゃんと説明しないから」 凍弥 「1秒でも話を聞こうとした瞬間があったか!?     無呼吸打撃に近い連続攻撃してきたくせに!」 来流美「……面目ない、わたしとしたことが自我をコントロール出来なくなるなんて」 凍弥 「あー……顔がヒリヒリする……」 今朝鏡で見たが、顔は結構な腫れ具合だった。 容赦なさすぎの一撃一撃が確実に効いていたのだろう。 ……虚しい。 柿崎 「……一日見ない内に男の顔になったな」 凍弥 「哀れみの表情で言うなよ……」 余計に悲しくなった。 柿崎 「まあまあ。大丈夫なのか?結構腫れてるみたいだけど」 凍弥 「……腫れはヒドイが、そこまで痛みは無い。お前の方こそ大丈夫なのか?」 柿崎 「あー、大したことないって言われて、病院は出てきたし」 凍弥 「そうなのか」 柿崎 「支左見谷の方はどうなんだ?     さっき病院に行ったとき……あ、一応精密検査受けることになって、受けたんだ。     その帰りに一度病室覗いてみたんだが……えらく寂しそうだったぞ」 凍弥 「───!あ、会ってきたのか?」 柿崎 「いや……なんか声かけられる雰囲気じゃなかったよ。     なんかベッドの脇にあるテーブルに乗っかったノート抱き締めて泣いてるの。     そんな中に入れるか?俺は無理だ」 凍弥 「………」 由未絵が……泣いてる? そんな…… 来流美「ちょっとどういうことよ凍弥……アンタ達、上手くいってないの?」 凍弥 「んなわけあるか……。もしそうだとしても原因は邪魔ばっかりするお前らだ」 鷹志 「ほえ?なんの話だ?上手くいってないだのなんだの」 柿崎 「……ははーん?さては凍弥、お前とうとう支左見谷とゴールしたんだな?」 凍弥 「なっ───!」 鷹志 「そうなのか!?馬鹿!なんでもっと早く言わないんだよ!     知ってたら見舞いなんてお前に全部任せたのに……ったくぅ!     あーほら、掃除当番は俺が代わっておいてやるからさっさと行ってやれ!」 凍弥 「鷹志……」 鷹志 「友の情けだ。柿崎も手伝ってくれるそうだし」 柿崎 「なにぃ!?俺がいつそんなこと」 来流美「わたしも手伝うわ。文句ある?」 柿崎 「きょ、今日はダメなんだ!今日は見たいテレビがあるんだよ!」 鷹志 「それなら……」 柿崎 「あーダメダメ!なんて言われようがダメだぞ」 鷹志 「A定で手を打とう」 柿崎 「任せろ」 即答だった。 鷹志 「満場一致だ。ホレ、早く行け」 凍弥 「あ、ああ、悪いっ」 俺は小さく頭を下げて走り出した。 鷹志 「…………あの凍弥が頭下げたぞ……」 来流美「よっぽど大切な存在になったのね……。大事にしてやりなさいよ……」 柿崎 「オラ貴様らサボってんじゃねぇ!A定が俺を待ってるんだぞ!」 鷹志 「……こいつは相変わらずだな」 来流美「ま、柿崎くんはこっちの方が面白いわよ」 鷹志 「確かに。じゃ、始めますかぁ」 ───……。 ……。 凍弥 「由未絵っ!」 俺は病室に入るなり、彼女の名を呼んだ。 由未絵「凍弥くん?わぁ、凍弥くんだぁ」 その声に笑みをこぼす由未絵。 ……その笑顔が、今朝は泣き顔だったと柿崎は言う。 我慢してるのか……? それとも、俺と会えればそれでいいのか……? なんにせよ、俺はまだ由未絵を守りきれていないんだと痛感した。 ……正直、自分が情けない。 凍弥 「…………由未絵、泣いてたのか?」 由未絵「えっ……え?ど、どうして?」 ……明かな驚き。 それはそうだ。 俺は泣き顔を見たわけじゃない。 凍弥 「目の周り。少し赤い」 由未絵「うそっ、ちゃんと鏡見たのにっ!」 凍弥 「……ああ、ウソ」 由未絵「あっ……うぅ〜……」 凍弥 「どうしたんだ?何か辛いことでもあったか?」 由未絵「え……?う、ううん、泣いてたのは本当だけど、悲しかったからじゃないよ。     こうして凍弥くんがわたしのためにここに来てくれるのって嬉しいもん」 凍弥 「え?じゃあどうしてだ?」 由未絵「嬉しかったんだよ。わたしのために凍弥くんがいろいろしてくれることが……。     わたしとのことを考えてくれる凍弥くんのこと考えてたら、嬉しくて……。     それで、教科書抱き締めて泣いちゃった、あはは……」 凍弥 「………」 由未絵「凍弥くん……?あ、あっ……ごめんねっ!?     わたし、教科書汚すつもりはなかったんだよっ?     ただ、本当に嬉しくて、それで、それで……     凍弥くんの教科書見てたら凍弥くんの顔、思い出せて……」 由未絵は必死に弁解する。 俺が黙っていたから、怒っているのだと思ったんだろう。 ……そうじゃない。 俺は……こいつが俺とのことで嬉し涙を流してくれることが嬉しかったんだ。 心がいっぱいで、詰まってしまうほどだった。 だから何も喋れなかった。 声を出したら……俺まで泣いてしまいそうだったから。 由未絵「凍弥くん……凍弥くん……?ねえ……何か言ってよぅ……!     わたし、凍弥くんに嫌われたくないよぅ……!」 ……ばか。 ほんと、なんてばか……。 凍弥 「泣くな、ばか……。嫌いに……嫌いになるわけないだろうが……!」 ぎゅっ───! 由未絵「あっ……」 自分のために泣いてくれる人が居る。 それはどれだけ嬉しいことだろう。 俺は……俺はそれを、この少女に教えてもらった。 なんでだろう……とても嬉しかった。 好きでいてくれてるって実感出来たからだろうか。 それとも……こんな俺に感謝してくれる人が傍に居るからなのか。 答えは出なかったけれど……俺は─── 由未絵「凍弥くん……?え……?凍弥くん……泣いて、るの……?」 凍弥 「───っ……」 まったく訳が解らない。 彼女の言葉に心を打たれたのかどうかはまるで解らなかったけど、 俺の目からは涙が溢れていた。 その理由を、俺は……不思議と探す気にはならなかった。 だけど、もしこの暖かい涙を流させてくれている人が居るとしたら。 それはきっと、今この腕の中にある彼女なんだろう。 俺は……そのことがとても嬉しかった。 だからその時思った。 もっと強くなりたいって。 どう強くなりたいかなんて考えなかった。 由未絵を守れるだけの力が自分にあればいい。 それだけを、ただ願った。 凍弥 「……約束、しようか」 由未絵「え……?」 凍弥 「俺は……お前を必ず幸せにしてやる。     不幸っていうのがどんなものか忘れてしまうくらい……。     ずっと、由未絵だけを愛していく……」 由未絵「凍弥くん……」 凍弥 「支えてもらわなきゃダメなのは俺も同じなんだ……。     そして、それは誰でもいいってわけじゃない。     ……俺が初めて好きになって、     初めて大切にしたいって思えたお前じゃないと……ダメなんだ」 由未絵「……うん」 凍弥 「俺と……ずっと一緒に居てくれるか?」 由未絵「……あはは……もちろんだよ……。凍弥くん、いまさらだよ……」 凍弥 「はは……そうかもな」 由未絵が目を潤ませながら、小指を出した。 俺はその小指を自分の小指を絡ませた。 由未絵「ゆーびきーりげーんまーん」 凍弥 「うーそつーいたーら」 由未絵「ハーリセーン本のーます!」 凍弥 「ハリセン本!?」 由未絵「ハリセンのカタログ」 凍弥 「飲めん!」 由未絵「ほら、千切って飲めば」 凍弥 「飲めん!」 由未絵「だからいいと思うんだけど……」 凍弥 「せめてタバスコ1ダースくらいでだな……」 由未絵「妙に現実的な刺激だね」 凍弥 「だからいいんだと思うが」 由未絵「そうだね、それじゃあ───ゆーびき〜った♪」 由未絵の指が俺の指から離れる。 俺はそんな些細なことで寂しさを覚え、本当に重症であることを悟る。 前の俺って偉大ですな……。 い、いや、馬鹿すぎるっていうのか? とにかく、もう以前の俺を思い出せない。 フフ……変わってしまったよダニエル、俺……変わってしまった……。 由未絵「ダニエルって誰?」 凍弥 「なにぃ!?貴様どうやって我が心を!?」 由未絵「口に出てたよ?」 凍弥 「ぬおっ」 ……しかも結構隙だらけのようだ。 凍弥 「ダ、ダニエルというのはだな、俺の脳内に住まうトニーの友人で、     常にケロッグコーンフレークで力をつけているから最強なエージェントなんだ」 由未絵「はう……ごめんね凍弥くん、訳が解らないよ」 凍弥 「俺もだ……」 ぬう、お得意の屁理屈もロレツが回りきらん。 凍弥 「あ、あー、今のはアレだ、別にハズしたわけじゃないんだぞ?」 由未絵「あはは、うん、知ってるよ。凍弥くんいっつも笑わせようとしてくれるから」 凍弥 「ぐあ!?」 実はいろいろ気づかれてました!? 何も知らなかったのって俺だけ? だからガキだ子供だと言われてたんですか!? 凍弥 「くっ……なんなんだこの手の内を全て読まれて、     凡骨だのなんだのと言われて怒ることしか出来ないデュエリストの気分は……」 由未絵「意味不明なのに設定が細かすぎるよ……」 確かに。 ぬおお、笑いが取れない! 元から笑いが取れるようなことをしていたかが問題だが、それ以上に取れない! 今なら俺の傍で顔を赤くして言葉に詰まってた時の由未絵の気持ちが解る……。 も、もしかして立場逆転しておりますか? 凍弥 「………」 由未絵「?」 きょとんとして首を傾げる由未絵。 ……それはない、よな? 愛しき者とはいえ、このボケ者と立場が逆転に、なんて…… 由未絵「凍弥くん……?どうかしたのかな……難しい顔してるよ?」 凍弥 「俺の顔は砂丘のジグソーパズルで出来ているんだ」 由未絵「わぁ、難しそうだねー、ってそうじゃなくてね?」 凍弥 「俺の顔はファミコンの『タッチ』をクリアするより難しいと近所でも有名だ」 由未絵「わからないよぅ」 凍弥 「残念だ」 ……どうしましょう。 言葉に詰まった。 うーむ……よし、勉強だ。 勉強に走るとしよう。 凍弥 「由未絵、ちょっといいか?」 由未絵「ふぇ?」 ───……。 Next Menu back