────それは約束。 幼かったあの日、少女と交わした約束。 雪を見て思い浮かべるのは少女の笑顔。 俺はその笑顔が好きだった。 守りたいと思ってた。 だけど自分が無力であることを思い知らされて。 泣いちゃダメだとか……そんなことを思っていても。 ……俺はいつまでも、涙を止めることが出来なかった。
【ケース01:───/Prolugue】 ────見慣れた景色の中に立っていた。 いつか通っていた母校を背に、何処へゆく訳でもなくただその場に立っていた。 ふと見上げた、何処までも澄み切っている空。 雲ひとつ無い綺麗な青空だった。 だけど、俺はそんな空を見て泣いていた。 目の前にある現実が全てが夢だったらと、どれだけ願ったことだろう。 どれだけ、それを切望したことだろう。 俺はいつまでも笑っていたかった筈だ。 とても幸せだったから。 だから、いつまでも笑っていられると……。 いつまでも幸せでいられると……信じて疑わなかった。 ────現実。 なんて悲しい言葉だろう。 どんなに願っても、どんなに望んでも、大切な時間は過去でしかなかったんだ。 戻りたくても戻れない。 崩れてしまった夢を前に、俺は泣くことしか出来なかった。 だけど────時間がめぐり、空の景色が変わる頃。 俺は………………
───雪の降る街。まだ始まったばかりの未来───
【ケース02:閏璃凍弥/モーニグマイウェイ】 ……ぐー…… 朝である。快晴かどうかは知らんがとりあえず朝。 にも関わらず、俺はステキな二度寝へと移行しておりもうした。 そりゃもう朝といえば寝るに限る。 凍弥 「ん……」 ふと、薄く目を開ける。 凍弥 「………」 部屋の中はまだ暗かった。 凍弥 「……うん、まだ寝れるな……」 目を閉じて再び眠りにつく。 寝る時間が残っているというのは気分のいいものだ。 ───大した時間も経たずに、俺は夢の世界に旅立った。 そして、見た夢は……
【Side───夢】 暖かな日差しが差す学校。 誰も居ない校舎の中を歩いていた。 懐かしい思いを胸に、静かに教室のドアを開けると…… ……声が聴こえた。 とても暖かい声。 そして……悲しい声。 『こらぁ、遅いぞ?あまり女の子を待たせちゃいけないんだよ?  ……まぁ、それでも来てくれたんだし……うん、許しちゃおう!!』 凍弥 「……キ、キミは……?」 『……え?ねぇ……それ、誰に言ってるの?』 凍弥 「………」 『あらら………もしかして私?』 顔を確認しようにも光のせいで見えない。 でも……懐かしい声。 昔、無くしてしまった大切な何か。 『……そっか、忘れちゃったんだ……まぁ、しょうがないのかな……』 凍弥 「な、何を言ってるんだ?俺には何がなんだか……!!」 『いいよ。結果的にこの場所には来てくれたんだし。それに……───』 【Side───End】
『な、なにぃぃい!?朝か!?朝なのかぁあああああっ!!』 凍弥 「おわっ!?」 いつものようにルークン人形が騒ぎだす。 あ……朝……?こんなに暗いのに……? ぬう……これは一体……? ……ンマー、どうせ来流美が早めに目覚まし仕掛けて行ったんだろう。 カチッ。 『ギャァアアアアアァァァァァァァッ!!!!』 スイッチを押すと、断末魔の雄叫びを最後にオフになる。 凍弥 「……うるさい目覚ましだよな……」 布団に潜り込み、再び眠りにつく。 ……ぐー…… なんというか、あの夢の続きが気になったからだ。 見ておかないと永遠に後悔する。 そんな感じがして仕方が無かった。 ……しかし、見ようとして同じ夢を見れる人などこの世界に存在するだろうか。 凍弥 「……まず居ないな……」 仕方無く、俺は自由な夢の世界へと旅立った。 はァ〜ンあ、眠るという行為のなんと最強なことよ……。 ───……。 ……。 ……コンコン…… 声  「と、凍弥くん……起きてる……?」 ……ぐー…… コンコンコン…… 声  「凍弥く〜ん……寝てるの〜?」 ……ぐー…… 声  「あぁもうっ、どうせまた夜更かししたんでしょ!ちょっとどいて由未絵!!」 声  「う、うん……」 ガチャガチャ…… 声  「ん〜……カギがかかってるわね……」 ……ぐー…… 声  「あ、由未絵!ヘアピンある!?」 声  「え?持ってないけど……」 声  「……由未絵?今時の女子高生がヘアピンも持ってなくてどうすんのよ!!」 声  「来流美ちゃんだって持ってないくせに……」 声  「ぅぐっ……!!しょ、しょうがないわ!このハンガーを使うわよ!!」 声  「……ハンガー?それでどうするの?」 声  「ここをこうして……これでよし!そして鍵穴にカチャカチャと〜……!!」 カチャカチャカチャ……カチン!! 声  「よし!!乗り込むわよ!!」 声  「わわ!来流美ちゃんスゴーイ!!」 ……ぐー…… 声  「ほら!いつまで寝てるのよ!!」 ……ぐー…… 声  「凍弥くん、起きようよぅ……」 ……ぐー…… 声  「……中古車情報誌カーといえば?」 ……ぐー…… 声  「あははははははっ!!!」 声  「由未絵……笑ってる場合じゃないって……」 声  「だ、だって……来流美ちゃんが……」 ……ぐー…… 声  「あはははははははっ!!!」 声  「……凍弥……起きなさいって……」 凍弥 「うぅ〜ん、あと2〜3時間……」 声  「あのねぇ!こういう時、普通は『あと5分』とかでしょ!?」 声  「中古車情報誌カーといえば?」 ……ぐー…… 声  「ふくくっ……あはははははっ」 声  「由未絵……遊んでないで……」 声  「だって面白いんだもん♪じゃあ、ジャンケンで石を司る形は?」 ……ぐー…… 声  「あははははははっ!」 声  「……はぁ……」 声  「ちゅっうこっしゃ情報誌カーっといえば♪」 ……ぐー…… 声  「解った、解ったからやめて……」 声  「え〜?せっかくノッてきたのに……」 声  「のらんでいい!!」 声  「うぅー……」 声  「早く凍弥を起こさないとわたし達まで遅刻するのよ?」 声  「あ、それはヤだねぇ……」 声  「そ!解ったら手伝って!!」 声  「うん……それはいいけど、どうやって起こすの?」 声  「バックドロップ」 声  「…………え?」 声  「バックドロップよバックドロップ!!     ふふふふふ、一度やってみたかったのよ〜!」 声  「来流美ちゃん……本気?」 声  「本気も本気!アルティメット・マジモードよ!!     さささささ!!凍弥が起きない内に殺るわよ!!」 声  「……来流美ちゃんが……壊れた……」 声  「うふふふふ……覚悟はいいわね凍弥!!」 声  「わわわ、どうなっても知らないよ!?」 声  「大丈夫よ。わたしもどうなっても知らないから」 声  「え?逃亡するの!?」 声  「逃げるとは失礼ね。     私はただ、凍弥に愚痴られるのがイヤだからこの場から早々と立ち去るだけよ」  *世間一般では、それを『逃亡』といいます。 声  「さ、そっち側を持って」 声  「あうぅ……」 声  「いい?いくわよ?いっせーのぉ……でぇいっ!!!」 ブワ───ッ!! ドガグシャゴワシャゴキィッ!!! 凍弥 「ギャーッ!!」 由未絵「あわわ……やっちゃった……!しかも凍弥くんの首が変な方向に……!!     く、来流美ちゃん!どうしよ……う?く、来流美……ちゃん……?」 ドタバタドタバタズダダダダ……!! 階下で荒ただしく人が走るような音が聞こえた。 つーか……ぬおお……!!頚椎が痛い……!! 由未絵「あぁーーっ!?来流美ちゃぁあん!!!ひとりで逃げるなんてヒドイよ〜!!」 凍弥 「……だ、誰だ……!?我が眠りを妨げる奴は……!!!」 誰だもなにも、もう目は開いてるんだから正体なぞ一目瞭然なわけだが。 ともすれば俺は目の前の由未絵をギラリと睨んだ。 由未絵「あ、あはは……おはよ……凍弥くん……」 凍弥 「お前か由未絵ぇえええええええっ!!!!」 由未絵「わわわわ!!ち、違うよぉ!!来流美ちゃんがバックドロップしようって……」 凍弥 「協力すれば同じだボケ者!」 由未絵「うぅ〜……」 凍弥 「大体なんでこんな早くから起こしに来たんだ?まだ、こんなに暗いぞ?」 辺りを見やると、やはり暗い。 由未絵「凍弥くん……打ちどころ悪かったの?」 凍弥 「……なにがだ?」 由未絵「今の時間、見る?」 スッと出される由未絵の腕時計。 そして時間は…… 凍弥 「……8時……12分……」 ……ヒュオオオオオオオオオォォォォォ…… 窓は閉めきっているのに、何故か風が吹く。 凍弥 「……由未絵、この時間は正確か……?」 由未絵「うん」 凍弥 「……遅刻じゃないか……!!」 由未絵「ううん、まだギリギリ間に合うよ」 凍弥 「しかし……本当に8時12分か?まだ、こんなに暗いぞ?」 由未絵「凍弥君……あいかわらずぬけてるね」 とりあえず、お前に言われたらオシマイだな。 由未絵「こんなにカーテンで締め切ってたら暗いのは当然だよ」 凍弥 「……ははぁ、なるほどなぁ……」 つまり暗かったんじゃなくて、暗くしていたのか。 というかそれくらい理解しろ、俺。 凍弥 「よし解った。すぐ着替えるよ」 由未絵「うん」 パジャマを脱ぎ、制服を着ようと思ったが…… 凍弥 「………」 由未絵「………」 凍弥 「……なぁ、由未絵……」 由未絵「え?なに?」 凍弥 「俺、これから着替えるんだが……」 由未絵「繰り返さなくても解ってるよぅ。わたし、そこまでぬけてないもん」 凍弥 「裸になるんだが?」 由未絵「あ……」 そこまで言われて、ようやく気づく。 凍弥 「俺のビューティフルボディでも見たいのか?フンハァ!」 ビシバシィッ! 滑らかにポージングをする。 すると由未絵が真っ赤な顔になって手をパタパタと振る。 由未絵「わわわ、いやあのえっと、うぅ〜……」 やがて顔を真っ赤にして俺の部屋から出ていく由未絵。 凍弥 「まったく……」 支左見谷 由未絵という女は昔からああいう奴なのだ。 しっかりと話を聞くタイプなのだが、どこかぬけている。 しかも、ぬけている部分が普通の人とは違った物だから困る。 先程のように『そこまでぬけてない』と言っても、 肝心な部分がぬけている……そんな奴なのだ。 凍弥 「……これでよし!……っと」 パッと制服に着替え、玄関に行く。 凍弥 「よし、行くか」 玄関で待っていた由未絵と外に出る。 凍弥 「行ってきま〜す」 誰も居ない自分の家に向かって、恒例の一言。 凍弥 「まあ恒例かどうかは知らんが」 由未絵「え?なんのコト?」 凍弥 「なに、気にするな」 俺の両親は仕事好きで、暇があるとすぐ仕事をしに行く。 母さんが趣味で始めたパン屋は姉の葉香が経営している。 父さんはというと無類のゲーム好きで、 今まで買った数々のゲームはコレクションとして倉庫に封印されている。 凍弥 「そんなに仕事づくめでゲームなんかやる暇、あるのか……?」 多分、無いだろうな。 由未絵「ホラ、急ごっ?」 凍弥 「おお、解った」 そう言って走り出す。 途中、姉が経営しているパン屋に寄る。 朝メシ調達のためだ。 俺の家は両親が朝から晩まで毎日仕事なので朝食も食えたもんじゃない。 俺と姉さんは例にもれず料理オンチで、仕方なく朝食はここで済ませている。 今日もいつものようにお目当てのコロッケパンを手にしようと店に入る。 ……だが…… 声  「う〜ん、やっぱりこのサクサク感がいいのよねぇ〜♪」 先に店でパンを喰らう1人の女が居た。 凍弥 「来流美……」 朝、俺を起こしに来たもう1人の幼馴染。 そいつが店のパンを喰らいまくっている。 凍弥 「あぁっ!?お前、それは俺のお目当ての!!」 馬鹿な!俺のコロッケパンが来流美に滅ぼされてゆく!? いやそもそもどういう胃袋してたら滅ぼすまで食えるんだ!? 財政はどこへ!?ってそげなこと言ってる場合じゃないっ! 凍弥 「お前はクロワッサンでも食ってろよ!!」 来流美「は〜ほ。らっへほへおいひいんはほん(や〜よ。だってこれ美味しいんだもん)」 凍弥 「それは俺が毎日楽しみにしている物なんだぞ!」 来流美「へほうふふほうははふいへほ(寝坊する方が悪いでしょ)」 ……ゴクン。 凍弥 「あっ……!!!!」 その時、時間が止まった。 来流美は満足気な顔で、 俺の後ろにいた由未絵となにやら話をしている。 凍弥 「すまん、コロッケパンよ……俺がもっと早く起きていれば……!許してくれ……」 来流美「おおげさねぇ……」 由未絵「そうだよ凍弥くん。パンくらい別のを食べればそれで解決だよ」 凍弥 「姉さん……コロッケパンのストックは?」 葉香 「ああ、悪い。もぅ無い」 凍弥 「なぁっ!?何故!?」 葉香 「来流美が全部食ったよ。諦めろ」 凍弥 「んなぁっ……!!!!」 後ろを見ると、来流美が幸せそうな顔でこっちを見てくる。 凍弥 「こ、こいつ……!!」 由未絵「駄目だよ凍弥君。食べられちゃったんなら明日食べればいいんだよ」 凍弥 「この悲しみに耐えろと……?」 由未絵「うん」 おのれ……この苦しみが理解できてないな? 凍弥 「ならば!!」 俺は店に並べられたハムサンドに喰らいついた。 由未絵「あぁぁああぁっ!!わ、わたしのハムサンド〜!」 がつがつもぐもぐ…… 凍弥 「うぅうううううまぁあああぃいいッぞぉおおおおおっ!!!」 ゴシャアアア! 俺の口から輝く光が出───るわけがない。 由未絵「いやぁっ!やめて凍弥君!!全部食べないで〜っ!!」 凍弥 「ならぬ!」 由未絵がしがみついてきたが、無視して食う。 ムウウ……なかなか美味だ! 由未絵「うぅ〜!お願いだよっ!せめて1つだけでも……!!」 凍弥 「ええい!ならぬならぬ!」 たわけが!パンぐらい別のものを食べれば解決なのだろう!? ならば俺がどれを食おうが貴様には関係あらず! むぐむぐ……ゴクン。 由未絵「あ……」 凍弥 「ふぅ……ごちそ〜さん」 その時、由未絵の時が止まった。 由未絵「ふぇ……ふぇぇぇぇん……わたしのハムサンドがぁ……」 凍弥 「なに、気にするな。これで由未絵がクロワッサンを食えば一件落着だ」 由未絵「うぅ〜……」 来流美「あ〜!女の子泣かした〜!!」 凍弥 「元を正せばお前が悪いんだろう!!この馬の尻尾髪が!」 来流美「ポニーテールって言いなさいよ!」 由未絵「楽しみにしてたのにぃ……」 凍弥 「解った、解ったよ。学食で何かおごってやるから……」 由未絵「え……?」 凍弥 「だからもう泣くな……な?」 由未絵「……うんっ!」 来流美「うわっ!あの金にセコイ凍弥から『おごる』なんて言葉が出るなんて!!!     ……明日は台風ね、これは……」 凍弥 「黙れ悪の根源」 来流美「なっ……なんで私が悪なのよ!由未絵を泣かしたのはアンタでしょ!?」 凍弥 「その原因を作ったのがお前だろ」 葉香 「凍弥。どうでもいいが時間は平気なのか?」 三人 『あ……!!』 見事にハモッた。 だが、そんなことはどうでもいい。 凍弥 「勇気ある逃走!!」 来流美「あ!コラ待ちなさいよ!!」 由未絵「それじゃあわたしは……誇りある激走♪」 俺達は知りうる限りの近道を駆使し、ひたすら走った。 途中、由未絵が野良犬に追われること1回、 来流美が信号無視して年寄りに説教されること1回、 俺が見知らぬおばさんとラブチックな出会い(曲がり角で衝突)をすること1回。 神の用意した様々なトラップをくぐり抜け、朝の通学路を走る。 そして学校に辿り着いた時には、既に俺達は虫の息だった。 ───……。 ……。 おはようの一言で始まる朝。 それは日常の中の断片のひとつ。 友達と会話をして、ひとつひとつの日常を感じる。 だが、今はそれを感じたくもないほどに疲れていた。 ムハァ、これもまた神の試練? いつかその吠え面をチェーンソーで叩ッ斬りてぇザマス。 い、いや……それよりも……! 凍弥 「……っ……ハ……ハー……」 し、死ぬ……!!! 凍弥 「ゼ、ゼェー!ゼェー!!」 現在、季節は冬。 身も縮む寒さに町も普段より静かだ。 そんな時期に何故俺は汗だくになって机に突っ伏しているんだ? 答えは暑いからである。 といっても気温が暑いからではなく、純粋に体が暑いのだ。 あたかも障害物長距離フルマラソンを制覇したような錯覚さえも浮かぶ。 ……それは俺の2人の幼馴染も同じようで、机に突っ伏したままぐったりとしている。 凍弥 「なにが嬉しくて、寝起きに全力疾走など……!」 やはり、そう思わずにはいられない。 声  「よお、どうしたんだ?」 ふと、誰かに声をかけられる。 凍弥 「鷹志……」 俺に声をかけた主は俺の友人だった。 鷹志 「なんかあったのか?妙に疲れてるみたいだけど」 凍弥 「フフフ……そ、そう見えるか……?」 鷹志 「ああ見える。     あっちの方で霧波川も支左見谷もお前みたいにぐったりしてるしな」 凍弥 「いいだろう、お前にだけは俺の輝かしいロードを語ってやる……。     ハンカチを用意してせいぜい吼えているがいい……!     感動すること間違い無しの超一大スペクタクルぞ……!」 鷹志 「いつもの冗談はいいから早く言えって……」 凍弥 「簡潔にか?」 鷹志 「まあ、多少捻った方が面白味が上がるかもしれんが……普通でいい」 凍弥 「……犬に追われて全力疾走しながら信号無視した挙げ句、     年寄りに説教されて、おばさんと劇的な出会いをした」 鷹志 「……すまん、わけがわからん」 そりゃそうだ。 鷹志 「ま、それはそれとして、だ。そろそろ授業始まるぞ」 凍弥 「ん、ああ……解った」 俺はぐったりとした腕を動かして自分の机から勉強道具を─── 凍弥 「……んがっ……!!」 ……出そうとして思い出した。 ヤバイ、そうだった。 第1科目ったら……英語じゃないの。 俺は英語が苦手だった。 いや、『だった』では過去形だな。 ハッキリいって苦手だ。 それなのに英語担当の真凪美音都は何故か俺を目の仇(?)にしている。 凍弥 「すまん鷹志!リーダーの訳……」 鷹志 「トーテムポール一個で手を打とう」 凍弥 「あるか!」 鷹志 「交渉は決裂だな。諦めろ」 凍弥 「決裂以前に交渉にもなってないだろが!」 鷹志 「なにぃ、交渉=かけあい。かかわりあい。と、卓上辞典にも書いてあるぞ。     お前がああ言って俺がこう言った。コレ、かけあい。イコール交渉。OK?」 凍弥 「卓上辞典を携帯してるヤツに偉そうに言われたくないんだが」 鷹志 「そこをツッコムなよ」 凍弥 「いいからノートよこせ。なんならお前の知識をくれるだけでいい。     不服ならお嫁に来てもいいぞ」 鷹志 「いくかっ!お前いっつもワケ解らんよ!」 凍弥 「フフフ、屁理屈なら任せろ」 鷹志 「威張るなよそんなの……」 凍弥 「いいからよこせ、今すぐ」 鷹志 「手遅れみたいだぞ」 凍弥 「なにぃ馬鹿な!」 ズバァッと物凄い勢いで教卓を見る。 真凪 「え〜、では席に着いてください」 そこには確かにヤツが居た。 凍弥 「お、おのれ……俺への当てつけか……!?」 鷹志 「当てつけっていうか仕事だろ」 凍弥 「そこをツッコムなよ」 鷹志 「まあまあ。それじゃあ俺から友へのワンポイントアドバイス。     今日の授業、出された課題をやってきたって顔で受けてみろ」 凍弥 「何故?」 鷹志 「いいから、やってみろって」 そう言って、鷹志も自分の席に戻っていく。 課題をやったという顔……? つまり自信満々の顔をしていればいいんだな? 真凪 「え〜、では前に出した課題の訳を……」 俺はとっさに課題コンプリートフェイスを作った。 自信満々……自信満々……!! 真凪 「柿崎くん、キミにやってもらおうかな」 柿崎 「なにっ!?マジかよ!!」 真凪 「マジですよ。さ、やってください」 柿崎 「くそ……こんな筈では……!!!」 柿崎が何故か俺の方を恨めしそうに睨んでくる。 ナイス逆恨みだ柿崎。 鷹志の方を見ると、『まぁ、こんなもんだ』という顔をこちらに向けていた。 ……なるほど、俺をしつこく当てていたんじゃなくて、 ただ自信のない奴を見切る感じで当てていた訳か。 凍弥 「………」 そこまで考えた後、無償に悲しくなった。 つまり俺は授業中、自信が無さそうな顔をしていたわけだ。 凍弥 「……ハァ……」 いままでの苦労は一体…… 【ケース03:閏璃凍弥/ハラショウセルゲイ】 キ〜ンコ〜ンカ〜ン…… 凍弥 「キンコンカーン!?」 鷹志 「落ち着け!」 いきなりの独り言にツッコまれる。 凍弥 「なんて手の早い野郎だ……」 鷹志 「女に見境無いような言い回しはやめような。ツッコミが早いと言ってくれ」 凍弥 「間は大切だぞ」 鷹志 「別に極めたいわけじゃないって」 さて、気がつけば既に昼だった。 別に真凪の授業が終わってからず〜っと安眠してたわけじゃないぞ? ただ夢の世界へ旅立ってただけだ。 鷹志 「そういえばお前さ、もうちょっと授業聞いておいた方がいいと思うぞ」 凍弥 「そんなことしたら眠いじゃないか。キミは何かね?俺に恨みでもあるのかね?」 鷹志 「ないと思ってたのか?」 凍弥 「心当たりなら腐るほどあるが」 そんな会話をしながら俺は学食へと向かった。 鷹志は別口をあたるとか言って食堂とは別方向に歩いていった。 まあヤツの生き様にツッコミを入れていたら口が幾つあっても足りないな。 とか思っている内に学食。 そして券売機の前にズシャアと立つ。 フオオ、この瞬間がたまらん。 さて、何を食うか。 そんなことを考えている時だった。 声  「お〜い凍弥く〜ん」 ……と、俺を呼ぶ声が聞こえた。 確認しなくてもその声が由未絵だということはすぐに解った。 凍弥 「どうしたんだ由未絵、そんな息を吐き散らして。     ははぁ、地上の酸素を独り占めにしようって魂胆か。     いかんぞ由未絵、世界はお前だけのものじゃない。     それを叶えるならまず世界征服をだな」 由未絵「……会って早々に凄まじい話を展開させないでよぅ……」 凍弥 「……じゃあなんだ?」 由未絵「えへへぇ〜、何か忘れてない?」 凍弥 「俺はこう見えても記憶力はいいんだ」 由未絵「じゃあ覚えてるよね?」 凍弥 「知らん」 由未絵「あ〜!ヒドイよ〜!!何かおごってくれるって約束なのに〜!!」 ああ、あれか。 凍弥 「解った。だがなんとかならないか?そのポケポケとした喋り方……」 由未絵「え?だってわたしはず〜っと、この喋り方だよ?」 凍弥 「まあ別に悪いって言ってる訳ではないが」 由未絵「変……かなぁ……」 凍弥 「いや、お前らしくていいと思うぞ?」 由未絵「ほんと?そっかぁ〜、良かったよ」 何が良かったのかは知らんが……。 凍弥 「で、何を食う?」 由未絵「え〜と……」 凍弥 「よし、ウドンだな?」 由未絵「ヤ」 即答。 我が儘な奴め……。 凍弥 「カレーでいいか?」 由未絵「昨日の晩ご飯がカレーだったから……」 ……チィ……。 凍弥 「じゃあ……カツ丼食え」 由未絵「カツ丼……」 凍弥 「そうだな、何か悪い事して捕まれば」 由未絵「刑事ドラマ?」 凍弥 「ま、それはいいとして……」 由未絵「え〜と……さっぱりした物が食べたい」 凍弥 「レタス盛りか?」 由未絵「凍弥くん……」 凍弥 「冗談だ」 それより早く決めてくれ……。 由未絵「サンドウィッチ」 凍弥 「ん?」 由未絵「サンドウィッチがいい」 凍弥 「こんなところに砂魔女が居るわけないだろ」 由未絵「訳が解らないよぅ」 鷹志 「サンドウィッチ=砂漠の魔女。     だが昔の辞書ではサンドイッチはサンドウィッチと書かれていた。     まあようするにそれなりの辞書探査経験が無いと間違えられない間違いだな」 凍弥 「……居たのか」 鷹志 「いやいや、もう行くよ。そんじゃ」 手を振ってゴシャー!と走ってゆく鷹志。 何者だあいつは。 凍弥 「まあサンドイッチだな?よし、と」 『売り切れ中』 凍弥 「………」 由未絵「………」 凍弥 「よく見て選べ……」 由未絵「……ゴメン……」 普通気付くだろ……。 由未絵「じゃあ……A定食」 凍弥 「A定か、よし……あ……」 柿崎 「買わないなら先に買うぞ」 由未絵「あ……」 柿崎 「ここのA定、好きなんだよな〜」 柿崎が券売機に近づき、ジロジロとA定のスイッチを見る。 俺はそんな柿崎の肩をガシィ!と掴んだ。 凍弥 「待て、それは俺のものだ」 柿崎 「なにぃ、俺は昨日からこれを狙ってたんだぞ」 凍弥 「だめだ」 柿崎 「なにがだ」 凍弥 「お前のあとに買うというのが気に入らん」 柿崎 「どっかのいじめっ子かお前は!」 凍弥 「なに、すぐ済む。いいからその金を俺によこせ」 柿崎 「なんで譲る上に金まで譲らなきゃならんのだ。もういいだろ、買うぞ」 かしゃん、ピッ。 一瞬の隙をついて金を入れ、すぐさまにA定のスイッチを押す柿崎! 凍弥 「ぬお!?貴様!いつの間にそんなに手が早く……!」 柿崎 「妙な言いまわしするなよ……んじゃな」 柿崎が去ってゆく。 凍弥 「その後ろ姿はまるで、会社を解雇されたことを家族に言い出せず、     朝になれば出勤の真似事をするパパのようだった……」 柿崎 「もっとマシな比喩は出来んのかお前はぁっ!!」 凍弥 「だったら券を手に入れた者として、     もっとこう自信に満ち溢れた歩き方をしてくれ」 柿崎 「なんで食券くらいでそこまでしなきゃならないんだよ……」 凍弥 「ン」 券売機を指差す。 するとそこには『売り切れ中』の文字が。 柿崎 「……なるほど。でもだからって歩き方や迫力まで要求される覚えはないんだが」 凍弥 「前から思ってたんだよ。お前には何かが足りないんじゃないかって。     それさえ手に入れれば、柿崎は一度死んで生まれ変われるんじゃないかって……」 柿崎 「わざわざ『一度死ぬ』意味はあるのかっ!?」 凍弥 「落ち着けって。俺は前々から疑問に思ってたんだ。     漫画によくあるだろ、『俺は生まれ変わったんだ』ってキメ台詞。     けどな、俺はずっとあの言葉に疑問を感じていた。それが解るかね柿崎教授」 柿崎 「お前の感性なんぞ知るか。     というか知ることが出来たとしたらそいつはバケモノだ」 凍弥 「……お前さ、本人を目の前にしてそこまで言う?」 柿崎 「その言葉、普段のお前にそっくりそのまま返す。そもそもお前に言われたくない」 凍弥 「なにぃ、俺だってお前に言われたくないぞ」 柿崎 「ふっ、なんとでも吼えているがいい。     どちらにせよお前が欲しがっていたA定は俺の手の中だ」 凍弥 「黙れうどん粉!!」 柿崎 「わけわからん罵り方するな!!」 凍弥 「なんとでも吼えろと言ったのはお前じゃないか……お?」 くいくいっ。 制服を引かれる感触を感じて振り向く……と、そこには俺を見上げる由未絵が。 由未絵「凍弥くん凍弥くん、言い争ってても時間が無くなるだけだよ?」 凍弥 「む、確かに。そういうわけだ、うどん粉。今すぐ帰宅しろ」 柿崎 「うどん粉言うなっ!!大体俺はこれからメシだ!」 凍弥 「おー格好いいぞー、お前は本当に格好いいぞー」 柿崎 「適当に言葉返すなぁっ!お前今俺の話全ッ然聞いてないだ───おいぃっ!!     せめてこっち向いて話せぇっ!!」 凍弥 「落ち着け柿崎、お前の怒りはもっともだ。だから鷹志のヤツに復讐してこい」 柿崎 「お前以外の誰が俺を怒らせるかっ!」 凍弥 「……むぅ。時間無いぞ、A定が食えなくなっても知らんぞ」 柿崎 「───はっ!しまった!おばちゃんA定お願いねーーっ!」 柿崎が切羽詰った表情でカウンターまで駆けてゆく。 ……悪は去ったのだ。 凍弥 「さて由未絵よ。なににする」 由未絵「えっと……あ」 目の前で食券が買われる。 『あ』という言葉からしてそれが狙いだったのがなんとなくは解るが…… その次の瞬間に映し出されたのは、無情にも『売り切れ中』の文字。 凍弥  「チ、チィイ……!あれが最後だったのか……!」 由未絵 「うぅ〜……」 凍弥  「……よし、次だ」 由未絵 「トロ」 凍弥  「あるか!」 由未絵 「じょ、冗談だよぅ……」 凍弥  「牛丼でいいな?」 由未絵 「いやぁあああああ!!!」 凍弥  「……何故叫ぶ」 由未絵 「気分だよ」 凍弥  「早くしてくれ〜……」 由未絵 「じゃ、レタス定食」 凍弥  「よし」 おばさん「あ、レタス今きらしてるのよ〜。ごめんなさいね〜」 凍弥  「………」 由未絵 「じゃ、じゃあ……B定……」 おばさん「あ、ご飯、今ので最後だったわ〜」 凍弥  「なにぃ!?」 ご飯が最後だったって……おばちゃん、普通……学食ってのは昼からが勝負だろ。 だってのになんでご飯が終わると…… 凍弥 「……よし」 兎にも角にもご飯が無ければ始まらないというのなら俺にも考えがある。 俺はひとつの先にヒタヒタと歩み寄り、 そこで餓鬼がメシをむさぼるが如く食事をしている男へ視線を落とした。 柿崎 「んあ?って……凍弥?」 凍弥 「柿崎……由未絵の幸福のためだ。貴様のご飯を───俺に譲れ!」 柿崎 「話がブッ飛びすぎててわけわからん上に命令口調かよ!!」 凍弥 「ぐわっ!?」 ぐわー!と叫ぶ柿崎の口からお米スプラッシュが放たれる!! 凍弥 「馬鹿野郎なにもったいないことしてるんだ!     お百姓さまとお米の神様と農村の英雄『茂雄』さんに謝れ!!」 柿崎 「誰だよそのシゲオってヤツ!!     いいから失せろ!俺は今、A定の味を噛み締めてるところなんだよ!」 凍弥 「え……なにお前、A定好きだったのか?」 柿崎 「悪いか」 凍弥 「悪い」 柿崎 「根拠も無く否定するのやめろ!」 凍弥 「お黙り!いいからご飯を譲るのだ!ホレ、貴様が飛ばした米粒やるから!」 柿崎 「駆け引きにもならんわ!!」 凍弥 「ぬおお、この我が儘野郎め……!」 柿崎 「そういう言葉は鏡見て言えよ……」 凍弥 「解った、鏡に映ったお前を見て言えばいいんだな?面倒な注文するなぁ」 柿崎 「微塵にも解ってねぇ!!いいから失せろ!メシが不味い!」 凍弥 「うわひでぇ!普通そこは『メシが不味くなる』だろ!     ハッキリ言いすぎだぞお前!鬼か!?」 柿崎 「さっきも言ったがお前に言われたくない!!失せろ!」 凍弥 「ぬう……この勝負、預けておくぜ……。利子は一日一万円だ、忘れるな」 柿崎 「そんなもん預けるなよ!!」 柿崎をからかい終えた俺はヒタヒタと由未絵のもとへ戻った。 もちろん、背に柿崎の罵倒を浴びながら。 凍弥  「交渉は決裂した。あいつ頑固でさ」 おばさん「誰かのご飯使ってもこの娘が喜ばないだろう?      あんなこと言っちゃいけないねぇ」 凍弥  「大丈夫大丈夫、これでバランス取れてる方なんだ俺達。ほら見てみてくれ」 おばさん「?」 由未絵 「なに?」 さっきまで自分が居た場所を指差すと、スプラッシュさせた米をせっせと拾う柿崎の姿が。 凍弥  「……な?」 由未絵 「な?もなにも……柿崎くんが可哀相に見えるだけだよ……?」 おばさん「あの男の子の行動とあんたらのバランスになんの関係があるんだい」 凍弥  「なんのって………………さ、メシにしよう」 おばさん「逃げたね」 由未絵 「凍弥くん……」 凍弥  「そんな目で俺を見つめるな。由未絵、ホレ早くしろ」 由未絵 「う、うん……」 由未絵が券売機に向き直る。 視線をぐるぐると動かし、そして行き着いた先は───うどんだった。 幸い、売り切れ中のランプは点灯してない。 由未絵 「ウドン!!」 おばさん「今、ダシきらしててね〜」 凍弥  「………」 由未絵 「ゆで卵!!」 おばさん「卵、ダンボールごと落として全滅なのよ〜」 凍弥  「どうしろというのだ……」 由未絵 「……もぅ無いよぉ……」 おばさん「あらあら、そうかい」 凍弥  「まいったな……」 由未絵 「うぅ〜……」 凍弥  「……諦めるしかないだろうな……」 そう言って学食を出る。 由未絵「あ、待ってよ凍弥くん!!」 遅れて学食を出ようとした由未絵だったが、 腹を空かせて学食に駆け込んできた生徒達に邪魔をされて出るに出られない様子。 ───今こそ好機! このままはぐらかして、おごりのことは無かったことに! 俺は後ろを振り返らずに走った。 ありがとう由未絵……お前が残してくれたこの金、決して無駄にはしないぞ……! 声  「あーっ!待ってよ凍弥く〜〜ん!」 ああ、耳にゴミが! しまった何も聞こえん! なんて想像をして耳を塞ぎつつ走った。 学食が駄目なら俺にも考えがある。 ……買い食いだ(といっても喫茶店)。 俺は靴を持って裏口に回り、そこから喫茶店へ向かった。 フフフ、いつ見つかるか解らんこのスリルがたまらねェYO!! ───……。 ……。 ───さて、喫茶カルディオラ・昂風街支店へ到達。 早速中に入ってみると─── 凍弥 「ん……?」 見知った奴を発見した。 凍弥 「鷹志……?」 鷹志 「グワッ!?」 凍弥 「お前もここでメシか?」 鷹志 「もぐもぐ……ゴクン……ああ。学食、混んでそうだったからな」 凍弥 「確かに、散々だったよ」 鷹志 「ふ〜ん……もぐもぐ……」 凍弥 「自分で『もぐもぐ』とか言うの、やめような……。あ、ランチセット1つ」 横を通るウェイターに注文する。 この際、誰に頼むかなんてどうでもいい。 ウェイター「はい、かしこまりました」 メシ食えればいいからな。 鷹志 「……ランチか」 凍弥 「早いし安いし美味いからな」 鷹志 「まあそうだな、時間もあまり余裕無いしな」 凍弥 「ああ」 鷹志 「ところで学食では何も食わなかったのか?」 凍弥 「食券売り切れ続出。     多分俺のあとから来たヤツらもどこかで買い食い確定だろうな」 鷹志 「そっか。ま、いいけどな」 凍弥 「だな。しかし……待ってる時間って退屈だな……」 鷹志 「そ〜いや幼馴染はどうした?霧波川と支左見谷さ……」 凍弥 「来流美は知らんが由未絵は置いてきた」 鷹志 「そうか……なんで支左見谷は置いてきたんだ?」 凍弥 「いや、あいつと一緒だと世界新記録のスピードで見つかりそうだからな。     ……随分詳しく聞こうとするな。由未絵が好きなのか?」 鷹志 「馬鹿言うな!!俺には他に大事な人が!!」 凍弥 「へ……?居るの?お、お前に……!?」 鷹志 「……うぐ……お、俺の幼馴染だ……」 顔を真っ赤にして、そう呟く。 凍弥 「へぇ……で?なんて名前だ?」 鷹志 「郭鷺 真由美って名前……だけど」 凍弥 「ほぉ……で?好きなのか?」 鷹志 「ま、真顔でそういうこと聞くなよ……」 凍弥 「いや、気になるから……っと、きたきた」 俺の目の前にランチセットが置かれる。 凍弥 「いっただっきまぁ〜す!なァんてな」 カチャカチャ……もぐもぐ…… 凍弥 「……うん、うまい……」 しみじみと呟いてみる。 事実美味いんだから、それも当然なんだが。 ───ふと鷹志の方を見ると、食後のコーヒーを飲んでいた。 鷹志 「違いの解る男よ?俺……」 で、俺と目が合うと意味の解らない言葉を発してくる。 凍弥 「………」 当然沈黙。 鷹志 「ン〜……イッツァスゥィ〜トゥ♪」 凍弥 「そのコーヒーうまいか?」 鷹志 「おお、当然だ」 凍弥 「ブラックか?」 鷹志 「いや、どことなくパープルだ」 凍弥 「……それ、本当にコーヒーか……?」 鷹志 「コーヒー頼んだら来たんだ、コーヒーに決まってるだろ。     ……なんか、いつもと違う変な味だけどね」 凍弥 「そ、そうか……」 本人がそう言うならそれはコーヒーなんだろう。 コーヒー独特の香りがしないから変だとは思うんだが……まあいい。 ───……。 ……。 ………………かちゃん。 凍弥 「ふぅ、ごちそ〜さま」 鷹志 「おそまつさまでありんす」 凍弥 「鷹志……頭、大丈夫か……?」 とんでもないくらいに満面の笑みをしてよく解らん上にこいつらしくないことを言う、 そんな鷹志くんに激励?の言葉を贈る。 鷹志 「いやァ〜、ユラユラしてなさるのらぅ〜」 凍弥 「た、鷹志……?」 鷹志 「フォフォフォフォフォ〜♪い〜ぃ気分でふね〜?」 ……酔っ払ってる。 さっきのコーヒーか……? 鷹志 「ま、ま、ま、貴様もど〜でふか?一杯やりなされよ……」 夕焼けよりも赤い顔をした鷹志がズズイとコーヒーを奨めてくる。 さっきまで鷹志が飲んでいたコーヒーだろう。 で、俺はそのコーヒーの色と香りを感じて愕然とするのだ。 凍弥 「……これって……!!!」 …………ワインだ。 凍弥 「鷹志……」 違い……解ってないじゃないの……。 鷹志 「なんら?おぉぉお俺のコーヒーが飲めないんられろれらぁああああああ!?」 ……ガクッ……!! そこまで言って、鷹志は気絶した。 凍弥 「お、おい……!?こんなところで気絶するな!俺にどうしろっていうんだ!」 客の皆様が顔を赤くして気絶している鷹志と、この状況に困惑する俺を凝視する。 わぁ、俺ってば人気者!───じゃなくて! 凍弥 「あぁもぅ!!」 俺は会計をすませて(鷹志の分まで)店を出た。 ───……。 ……。 ─────が。 さすがに酔っ払いを連れて学校に戻る訳にもいかないので、 俺は近くの公園で休むことにした。 凍弥 「……はぁ……」 今日は厄日か? 今俺、金欠なのに…… 凍弥 「あとでちゃんと返してもらうからな……」 ぐったりと動かない鷹志にそう言ってみると、ソイツは突然にバッと起き上がった。 凍弥 「お、目ぇ覚めたか?」 鷹志 「………」 凍弥 「……鷹志?」 鷹志 「トォオオテムポォオルロマンスァアア!!!」 で……さらに突然、鷹志が走り出した。 鷹志 「オヒョヒョヒョヒョヒョ!!!ランデイング・フォビア・アンソロジー!!」 なにか訳の解らない言葉を絶叫しながら踊っている。 なにやら面白い見世物だが、知り合いと思われるのはすこぶる御免だった。 凍弥 「馬鹿やめろ!人が見てるぞ!?」 鷹志 「なんですと!?俺はもやしが嫌いだぁあああああ!!     秋刀魚と鮭と鮎を持ってこぉおおおい!!」 凍弥 「落ち着け!頼む!落ち着いてくれ!!」 鷹志 「おお!?あんな所に風呂があるぜよ!!レッツダイビング!!」 わけのわからんことを言った鷹志が噴水に向かって走り出す! 俺はそれを止めようと駆けたが───速ェ!! 普段のヤツからは想像出来ん速さッ───!! 凍弥 「ま、待てぇえええええ!!!!」 鷹志 「側方開脚屈身二回宙返り3/4ひねり究極腹筋大回転エビ投げエントリー!!」 鷹志がキュリキュリと回転しながら飛んでいく!! そしてゴバシャァアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!と腹から水に落ちた。 凍弥 「た、鷹志ぃ!?」 すぐに駆け寄って様子を見ると、鷹志がうつぶせの状態でプカプカと浮いていた。 鷹志 「ゴブボボボボォォ……」 凍弥 「……なにやってんだよ」 この寒い季節に水に飛び込むなんて……。 鷹志 「ほぎゃあああああああああああっ!!!!」 動かなかった鷹志だが、しかししばらくする奇声をあげて水から飛び出た。 鷹志 「どぅぁあああ寒い寒いぃいいいいいいい!!」 凍弥 「当たり前だ」 鷹志 「なんで俺、噴水の水に浸かってたんだ!?」 ……どうやら正気に戻ったらしい。 というか全てをお忘れになりやがっているらしい。 ここは友として正直に真実を話してやらねば。 凍弥 「実はお前は半魚人の末裔だったんだ」 鷹志 「いきなりブッ飛んだウソつくなよ!!」 凍弥 「河童だったんだ。皿を濡らさないと死ぬらしい」 鷹志 「死ぬかっ!!」 凍弥 「……お前が自分で飛び込んだんだよ」 鷹志 「なに!?嘘つけ!!     どうして俺がこんな真冬の噴水にダイブしなきゃならんのだ!!」 事実なんだが。 凍弥 「いいから戻るぞ?」 鷹志 「断る」 凍弥 「断るな馬鹿!!」 などと叫びつつ、時間を確認してみる。 凍弥 「ぐは……」 とっくに授業が始まっている時間だった。 鷹志 「うわぁ……酷い時間だなぁ」 凍弥 「エスケープするか?」 鷹志 「お前、バイトはどうするんだ?さすがにエスケープした後じゃ行きづらいだろ」 凍弥 「う……」 鷹志 「……行くか」 凍弥 「そうだな……」 鷹志 「……絶対に風邪引くな、こりゃあ」 凍弥 「自業自得だ馬鹿」 鷹志 「あまり馬鹿って言ってくれるなよ……」 俺と鷹志は学校に向かって歩き始めた。 どのみち怒られるのであれば無駄な体力は使いたくないからだ。 ……で、結局。 裏口から入るさまを教師に目撃され、たっぷり説教されたのは言うまでもない。 が、見事に耳から耳へと聞き流して、俺と鷹志はやり過ごした。 フフフ、我らを叱ろうなど、片腹痛い上に脇腹も痛いわ。 などとふざけながら時間は過ぎて、すっかりと今日は過ぎていった。 Next Menu back