今はまだ幼い気持ち。 頼りないけれど育ってゆくその心は、どんなものよりもきっと輝いていた。 成長するからこそ続いてゆくものがある。 そのことを教えてくれた人が誰だったかは知らないけれど、 それを知るきっかけは確かにあった。 空へかける思いや不思議な気持ち。 それを教えてくれた人の顔が、今では思い出せない。 それはうっすらと消えたのではなく、突然に消えてしまったようなものだった。 蒼空はどこまでも遠く澄みきっていなければならない。 その言葉を最後に、俺の中から消えていった誰か。 もしもう一度会える時が来たなら、彼となら友達になれる気がした─── ───来襲。男たちの一日───
【ケース12:閏璃凍弥/スモーキーフレーヴァー】 ───……ああ。 そんなことを呟いて倒れた。 倒れたと言っても背にはベッド。 ボスンという音を立てて、俺は体を休めた。 鷹志の宿から帰っててからもう7日になる。 今日はもう休みなわけだが……まあ暇なのだ。 凍弥 「しかしアレだな。いつになったら帰ってくるんだ家の者どもは」 一週間……そう、一週間だ。 一週間経つのに誰も帰ってこない。 俺が帰ってきた時だってご丁寧に鍵がかかってて、 已む無く鍵穴破壊をして中に入ったのだ。 その破壊覚悟を決めるまで2日かかった。 それまでは柿崎の家に押し掛けて泊まらせてもらった。 2日も好き放題寝泊まった際に贈られた、奴の迷惑そうな顔が脳裏に焼き付いて離れない。 意外なことに柿崎の野郎、ゲームの品揃えが良かった。 それが悪いんだ。 俺は悪くない。 うむ。 凍弥 「………」 さて。 とうとうキレた柿崎に追い出されそうになって必死に抵抗して、 ついうっかりジョルトカウンターをキメて気絶に導いてしまった所為で、 俺は今こうして我が家へ戻ってきたわけだが。 思いっきり、やることがない。 さて……どうしたものか。 ルルルルル…… 凍弥 「おっと、はいはい今出ますよ〜」 がちゃっ。 凍弥 「ほい、閏璃」 声  『凍弥か?』 凍弥 「鷹志か?どした?」 声  『ガッコも終わって今日は休日。こんな日に遊ばない手はないだろう?』 凍弥 「実家の手伝いはもういいのか?」 声  『……勘弁してくれ。お前の家族の女ども、どうかしてるよ……』 凍弥 「俺の性格が変なのも頷けるだろ」 声  『いや、それは素だろ』 凍弥 「……時々ヒドイこと言うよな、鷹志って」 声  『まあまあ。それより……っと、客か?』 凍弥 「客?なんだ、今実家なのか」 声  『ああ。ちょっと呼ばれてな。こっちの用事済んだらそっちに直行するから』 凍弥 「何故に?」 声  『忙しさのあとはアンニュイな時間が欲しいんだよ。まったりさせろ』 凍弥 「ああ、まあ来る分には構わないが。なにも無いぞ?」 声  『安心しろ、最初から期待してない』 凍弥 「………」 声  『じゃな』 ブツッ─── 凍弥 「……………なんか性格変わったか?鷹志の奴」 うーむ、あんなにまったりを望む奴だっただろうか。 って……姉さんが居るからか。 確かに心休まらんな、顔知られてる分も余計に。 凍弥 「さーて?鷹志が来るっていってもまだ先だろうから……」 ルルルルル…… 凍弥 「……なんだ?なにが起きようとしているのだ……」 連続的に鳴る電話。 その後ろで蠢く黒幕……。 も、もしやコレは─── 留守電『ハイ、閏璃ザマス!』 凍弥 「うおっ!?」 思考にふけっていたら留守電に切り替わった。 情けないことに自分の留守電の声に驚いてしまった。 声  『なんだよ居ないのかー?あ、俺柿崎だけど。     もしその場に居るなら今すぐ出ろ』 凍弥 「………」 がちゃっ。 凍弥 「っと、はいもしもしっ?」 声  『んあ?ああ、凍弥かー?』 凍弥 「……なんだ柿崎か」 わざと今知ったように話してみる。 こういうのも悪くない。 声  『今鷹志から電話来たんだけどさ。お前の家で何やるって?     って、それよりも葉香さん居ないよな?』 凍弥 「姉さんなら鷹志の実家の宿で休養中だ。しばらくは帰ってこないだろ」 声  『グッジョブ!』 凍弥 「意味解らん」 声  『馬鹿は馬鹿なりに心でコンタクトだ。     意味が違っても心意気が伝われば問題ないんじゃないの?』 凍弥 「なるほど確かに。地獄に堕ちろボケ」 声  『……なに脈絡もなしに中傷してるんだよお前』 凍弥 「俺なりにお前への感動の気持ちを違う言葉で伝えてみたんだが。伝わったか?」 声  『……傷ついたが』 凍弥 「心のコンタクトは無駄に終わったな」 声  『お前さ、もしかして俺のこと嫌いか?』 凍弥 「面白いヤツだとは思うが」 声  『………』 声のトーンが落ちていった。 おお、傷ついとる。 声  『あーまあお前の戯言なんぞ気にしてたら立派な大人になれないな』 凍弥 「流石だポジティブシンキング」 声  『嫌味にしか聞こえないぞ。それで今からそっち行ってもいいんだよな?』 凍弥 「その前にひとつ聞かせろ」 声  『なんだ、A定食奪ったことまだ気にしてるのか?』 凍弥 「そういうお前だって真凪に当てられたことを逆恨みしてるじゃないか」 声  『……そんな昔のことは忘れた』 凍弥 「声が上ずってるぞ」 声  『気にしすぎだって。それでなんなのさ』 凍弥 「これから何が始まるんだ?」 声  『さあなぁ。俺の知る限りじゃあ俺とお前と鷹志だけみたいだし、     女っ気がないのはまあ確実だな』 凍弥 「俺はそっちの方が遠慮無しだからやりやすいが」 声  『……お前、あれで遠慮してるのか?』 凍弥 「どういう意味だそれは」 声  『幼馴染達とのこと考えてもみろよ、とても遠慮してるようには見えないぞ』 凍弥 「ばか、来流美は気が強いからぶつかって行っても五分五分だからいいんだよ」 声  『女子と五分五分って……それって自慢話にもならないぞ』 凍弥 「やかましい」 声  『はぁ〜ん……まあいいけどさ』 凍弥 「そんなわけであのふたりは除名。どうせなら男三人で虚しく休日を語ろう」 声  『語るのか』 凍弥 「おっとキャッチホンだ、切るぞ柿崎」 声  『え?あ、おい待てよ凍』 ブツッ。 凍弥 「……フウ、強敵だった」 さらば柿崎、キミのことは今すぐ忘れよう。 凍弥 「さぁてとぉおおお……」 ウゴゴゴゴと伸びをして立ち上がる。 うーむ、爽やかだ。 それでいて爽快だ。 尚且つ健やかに壮健。 申し分ない、最高のコンディションだ。 今なら反復横跳びで自己新記録が叩き出せそうだ。 よし、やってみようか。 ───ダッダダッ!ダッダダッ!ダッ─── 凍弥 「ダメだ、これはいかん。時間を計ってくれる親切な人が居ない」 それ以前にストップウォッチも無ければどの時間内にやればいいのかも知らん。 むう、冬の時間潰しには最適だと思ったんだが。 ……まあやる分には体も暖まって効率的だな。 ダッダダッ!ダッダダッ!ダッダダッ!ダッダダッ! ……ま、まだぞ……! まだ削れる!もっと機敏に!もっと素早く!優雅に!そして力強く! ダダッダッダダッ!ダッダダッダッ!ダダッ! 来流美「…………なにやってるのよ一体」 凍弥 「キャーッ!?」 お、俺の健やかなる反復横跳びの図が見られた! 凍弥 「人の反復横跳びを覗くなんて趣味悪いぞアホンダラ!」 来流美「あんたが勝手にやってたんでしょうが……。     それより開けてよ、入れないじゃないの」 来流美が窓をコンコンと小突く。 ベランダ伝いに来たんだろうが……これって不法侵入とは違うのか? 凍弥 「………」 来流美「凍弥?」 ……いやいや。 これから男衆で無意味に騒ごうって時にこんなマッスルレディーを入れたらいかんよ。 というわけで黙殺。 ダッダダッ!ダッダダッ!ダッダダッ!ダッダダッ! 来流美「……人を無視した上に反復横跳びって趣味悪いわよ」 ……まだ削れる筈だ。 早く……より早く! 跳ぶ感覚は低く短く! 凍弥 「ふはー!ふはー!」 ……やばい、結構ハマる。 この足の感覚をもっとこう…… 凍弥 「はー、はー、ぜー、ぜー」 あ、あと少しなんだ!あと少しでコツが……掴めません。 凍弥 「ふう、よし諦めよう」 はふーう、いい汗ぞ。 朝っぱらから白熱してしまった。 今度の測定が楽しみだ。 ……コンコン。 凍弥 「……人の感動と汗と涙の結晶たる瞬間を邪魔するな」 来流美「いいから開けなさいよ。退屈してたから話でもしない?」 凍弥 「しない」 来流美「…………また何か企んでるのね?」 凍弥 「人聞きの悪いことを言うな。     俺はただお前の陰謀を暴いて弱みを握ってやろうとしているだけだ」 来流美「十分人聞き悪いじゃない!」 凍弥 「悪くないぞ」 来流美「……一度脳医学の人に見てもらいたいわ、あんたの脳波」 凍弥 「奇遇だな、俺もそう思ってたところだ。     さぞかし微妙な周波数を出しているんだろうな、お前の脳」 来流美「わたしは正常よ」 胸を張るクルミサン。 どこからそこまでの自信が溢れてくるんだか。 来流美「それよりも凍弥よ。脳細胞の全てが屁理屈に使われてそうだからね」 凍弥 「俺の脳か。俺の脳には周波数なんてものは流れとらんぞ」 来流美「周波数って言ったのは凍弥でしょうが」 凍弥 「俺の頭からはな、     サイヤ人が大猿になれるほどのブルーツ波が発せられているんだ」 来流美「訳わかんないこと言ってないで開けなさいってば」 凍弥 「ダメネ、断る」 来流美「なんでよ」 凍弥 「これから鷹志と柿崎が来るんだ。男の熱い魂を語るのに女は要らん」 来流美「あっ、まさか如何わしいことするんじゃないでしょうね」 凍弥 「如何わしいのはお前の脳内だけだ。俺達でそんなことあるわけないだろが」 来流美「ぐっ……確かにそうね」 凍弥 「おーら散った散ったぁ。家に帰って寝てろ。終いにゃ堕とすぞ」 来流美「堕とすってなによ、もう……」 ブツクサ言いながら来流美が去っていった。 ……まあ確かに言われてみれば何をするのかがまるっきり解らないんだよな。 なんなんでしょうな、一体。 パンポーン。 凍弥 「お?柿崎かな」 部屋を出て階下へ赴く。 その間にもチャイムを鳴らす柿崎。 相変わらずせっかちなヤツよ。 俺は慌てず騒がずに受話器を手に取った。 凍弥 「誰だ」 声  『うおっ!?あ、ああなんだ、このマイクみたいなヤツか。     オレオレ、柿崎。入れてくれ』 凍弥 「山」 声  『へ?えー……か、川?』 凍弥 「貴様ゲリラか!」 声  『人聞きの悪いこと言うなよ!     いきなり合言葉振られたって解るわけないだろぉ!?』 凍弥 「そうだな、大人気無かった。じゃあ日本を走る電車の名前の全てを挙げろ」 声  『い、言えるかぁっ!!』 凍弥 「やっぱりゲリラか!」 声  『くっ……今すぐ殴りてぇ……っ!』 凍弥 「暴力はよくないぞゲリラ」 声  『イヤなあだ名つけるなよ!』 凍弥 「叫ぶな叫ぶな。ホレ、鍵穴にメンバーズカードを差し込めばドア開くから」 声  『そんなもんあるかぁっ!』 凍弥 「近所迷惑だ、黙れゲリラ」 声  『……母さん、俺、初めて殺意というものを覚えました……』 凍弥 「盛大に感謝しろ」 声  『するか!』 凍弥 「でさ、真面目な話は置いといて」 声  『真面目だったのか!?』 凍弥 「いちいち叫ぶな」 声  『叫ぶようなこと言ってるのはお前だろうが……終いにゃ泣くぞ?』 凍弥 「悪かった悪かった。今開けるから待ってろ。     ……ところで、ホントに知らんのか?」 声  『なにがだ?』 凍弥 「いや……これからの予定とか」 声  『計画実行して上手くいった試しがないんでな、もう計画実行はやめたんだ』 凍弥 「根気が無いのを何かの所為にするのはよくないぞ柿崎よ」 声  『大きなお世話だっ!』 凍弥 「解った解った、今開けるよ」 ガチャッ。 受話器を置いて玄関へ向かう。 そのままの勢いで玄関ドアを開け、柿崎の姿を確認する。 凍弥 「ようキッチョム」 柿崎 「最高の誉め言葉だ」 フフフと笑う柿崎。 キッチョムって誉め言葉だったのか。 驚きだ。 柿崎 「んー……やっぱり鷹志はまだか」 柿崎が玄関先の靴を見て言う。 凍弥 「お前は鷹志の靴まで憶えているのか。ストーカーはよくないと思うぞ」 柿崎 「そんなんじゃないって」 凍弥 「まあいいか、上がってくれ。姉さんは当分帰ってこないだろ」 柿崎 「そ、そかそか。それはなによりだ」 凍弥 「まったくだ」 共通して同じ人が怖いっていうのもアレだが、事実として脅威なのだからしょうがない。 柿崎 「何処行ってればいい?お前の部屋か?」 凍弥 「どこでもいい。トイレで人を待つのはどうかと思うが」 柿崎 「待つかっ!」 凍弥 「冗談だ冗談。俺の部屋でいい」 柿崎 「……最初から迎え入れようって気はないのかよお前は……」 凍弥 「そんなことしたら盛り上がらないじゃないか」 柿崎 「……解った、もういい」 凍弥 「な、なにぃ!?食い下がらないなんてお前らしくもない!     なにか悪いものでも食べたのか!?     賞味期限の切れた玉ネギとかキャベツとかレタスとか!」 柿崎 「な、なんで野菜ばっかりなんだ?     あー……そんなことはないから落ち着けよ、     食い下がったらお前の術中にハマるって俺なりに勉強したんだ」 凍弥 「しかし既に俺の術中にハマっているとは、柿崎は夢にも思わなかった」 柿崎 「縁起の悪いこと言うなよ」 凍弥 「縁起が悪いのか俺の術中は」 柿崎 「凶悪だな。武将で喩えるなら童卓ぐらいに悪いぞ」 凍弥 「武将で喩えるのか」 柿崎 「最悪が呂布だ」 凍弥 「俺としては童卓扱いされる方がよっぽど屈辱に感じるんだが」 柿崎 「……あのさ。いい加減部屋に行っていいか?」 凍弥 「おお、これはすまん。いくら柿崎だからって立ち話させていいわけないよな。     心置きなく空気椅子状態で聞いてくれ」 柿崎 「なおさら悪いわっ!」 柿崎が咆哮を放ったのち、階段を上がっていった。 うーむ、相変わらず面白いヤツだ。 なにが面白いって、術中がどうのと言いながら呑まれていることに気づかないところだ。 パンポーン。 凍弥 「お?鷹志かな」 聞こえたチャイムにドアを開ける。 由未絵「おはよ、凍弥くん」 凍弥 「………」 ……ばたん。 ゆっくりとドアを閉めた。 声  「ふぇっ!?と、凍弥くん!?」 凍弥 「人違いです、いやむしろ家違いです」 声  「凍弥くん、退屈だからかまって〜!」 凍弥 「来流美とでも遊んでろ!」 声  「……凍弥くんは?」 凍弥 「俺は用があるのだ、だからダメ」 声  「うぅ〜……」 凍弥 「いいから帰りなさい」 声  「……解ったよぅ……」 寂しそうな声とともに去ってゆく気配。 フウ、なんなんだ今日は。 柿崎 「鷹志か?」 凍弥 「いや、由未絵だ」 柿崎 「追い返したのか」 凍弥 「追い返したぞ」 柿崎 「別にいいんじゃないか?男男しいのもなんかイヤだぞ」 凍弥 「お前って脳内がピンク側なのか?」 柿崎 「それは俺の中で極論だぞ。     そういう話になったからってそっちに漕ぎ着けるなよ」 凍弥 「だな。これは失礼だ」 柿崎 「あ、そうそう、部屋にビデオとかあったけど見てていいか?」 凍弥 「ああ。せっかくだし俺も見るよ」 柿崎 「勝手に見られちゃマズイものでもあるのか?」 凍弥 「はっはっは、お前じゃあるまいし」 柿崎 「……お前には言葉で勝てない気がする」 凍弥 「そうか?」 談笑しながら階上に上がってゆく。 部屋に着いたところで適当にビデオを流し見てボ〜ッとした。 柿崎 「サンドロットか。意外なもの録画してあるのな」 凍弥 「そうか?」 柿崎 「少なくともお前のイメージじゃない」 凍弥 「……お前って時々ヒドイよな」 柿崎 「お前に言われたくない」 暗黙の了解というわけでもござんせんが、ニヤリと笑い合う。 そんな時、チャイムが鳴った。 凍弥 「今度こそ鷹志かな」 柿崎 「どうだろうな」 凍弥 「よし行け柿崎」 柿崎 「鷹志じゃなかったらどうする気だお前」 凍弥 「お前のためにレクイエムを歌ってやろう」 柿崎 「死ぬんか俺!」 凍弥 「仕方が無いヤツめ……俺が行ってこよう」 柿崎 「お前さ、ここが自分の家だってこと忘れてないか?」 凍弥 「それ忘れたらアウトだろ」 柿崎 「そ、そうだよな。お前が変なだけだよな」 凍弥 「お前も中々に変だぞ」 柿崎 「それだってお前ほどじゃない」 凍弥 「……前から思ってたんだがさ、俺ってそんなに変か?」 柿崎 「自覚が無いって幸せなことだよな、うん」 凍弥 「………」 そうかも。 柿崎のヤツが恐ろしいほどに真面目な顔で言うからつい納得してしまった。 凍弥 「参考までに聞かせてほしいんだが」 柿崎 「ん?なんだよ」 凍弥 「俺のどこが変かを教えてくれ」 柿崎 「どこがというよりむしろ存在自体が」 凍弥 「俺自体が!?」 そ、それってば俺が変態ってことですか!? 凍弥 「こっ……このヘモグロビンがぁーーーっ!」 柿崎 「ヘモ!?ってちょっと待て!お前が訊いてきたんだろうが!」 凍弥 「お黙れぃ!柿の具現体みたいなお前に変態扱いされた俺の気持ち、誰が知る!」 柿崎 「お、俺は変態とまでは言ってな───柿の具現!?     き、貴様俺の過去をえぐる気か!俺はそのあだ名の所為でなぁあっ!」 凍弥 「黙れ柿の恩返し!助けられたお礼に身を削って干し柿でも作ってろ!」 柿崎 「柿の恩返しぃ!?や、野郎ォーーーッ!!」 童話扱いされた柿が逆上して襲ってきた。 とかいいつつふたりともふざけているのは明白なのは、これこそ暗黙の了解だからだ。 結局殴り合うようなことはしないで、枕を投げ合っている。 いわゆるキャッチ枕だ。 柿崎 「………」 凍弥 「………」 ビデオをほったらかしにして枕を投げてはキャッチする。 言うまでもないと思うが暇なのだ。 柿崎 「……鷹志のヤツ、遅いな」 凍弥 「……そうだな」 既にさきほどのチャイムを忘れているのは流石だと思ってくれ。 俺達は他人のことにそこまで敏感に出来ていないのですよ。 もう自分のことで手一杯。 うん、それで行こう。 パンポーン!パポパポパンポーン! 凍弥 「お?おお、チャイムだ」 柿崎 「そうだな」 ……………。 凍弥 「鷹志のヤツ、遅いなぁ……」 柿崎 「なにをやっとるのだあのゴクツブシめが……」 パンポーン! 凍弥 「…………しつこいな、なんかの勧誘か?」 柿崎 「最近のセールスって怖いからイヤだよなぁ」 ───がちゃっ。 凍弥 「アンローフルインヴェイジョン!?」 柿崎 「聞いたよな!?今確かに勝手に玄関開けやがった!」 俺は柿崎と結託してベランダから抜け出た。 来流美の部屋を経由して家の外へ出た俺と柿崎は、 今まさに中を覗いている鷹志の背後へと……! 柿崎 「とったァーッ!」 凍弥 「なにぃ!?そやつは俺の獲物ぞ!」 鷹志 「ん?お、おぉおおおおおっ!?」 柿崎 「ポセイドンウェーブ!」 ブンッ! 鷹志 「おぉわっ!ちょ、ちょっと待て!なにを」 凍弥 「ピンポイント!シャイニングウィザードッ!!」 柿崎のラリアットを避けた鷹志に襲い掛かる。 ぬおお、これぞタッグプレイの真価ぞ。 鷹志 「だわぁっ!」 凍弥 「なにぃ!?」 しかしあっさり避けられる。 チィッ!思ったより反射神経が高ドグシャア!! 柿崎 「ギャア!」 凍弥 「あ」 鷹志 「あ」 鷹志が避けた俺の膝蹴りが、振り向いた柿崎の顔面に食い込んだ。 ああ、柿崎がスローモーションで倒れてゆく。 凍弥 「か、柿崎ぃぃいいいッ!」 その時、俺の頭の中には爆発に呑まれて消えてゆく柿崎速雄の姿が浮かんだ。 その時点で助けることは不可能だと確信した俺は間違いではないと自信を持てる。 マクロス万歳……ドシャア。 確信してる内に柿崎が大地に沈んだ。 凍弥 「………」 鷹志 「………」 なんだか料理に失敗して処理に困った主婦のような心境だ。 どうしたものか。 凍弥 「………」 鷹志 「………」 俺と鷹志は目を合わせて頷いた。 そして片方ずつ足を引っ張り、とりあえずは家の中に引きずってゆく。 その際、段差などで柿崎の顔がゴトッ、ゴトッと鈍い音を奏でたのは断固無視する。 鷹志 「お、おい……なんか引きずる度に血の跡が続いてくるんだが」 凍弥 「…………なんだか殺人を犯したようなイヤな心境だな」 柿崎を引きずった跡には血の道が出来ていた。 不安になって仰向けにしてみれば、鼻血が盛大に流れていた。 凍弥 「うおっ!?」 鷹志 「こりゃ怖い!」 どうやらゴトゴト鳴ってたのは鼻をしこたま打ち付けたからだということが解った。 鷹志 「おいおい……なんかヤバくないか? 凍弥 「ひとまず詰め物でもしとこう」 俺はまずその辺にあったタオルで柿崎の鼻血を吹き…… 鷹志 「凍弥、それ雑巾」 凍弥 「うおっ!?」 柿崎の鼻周りがちょっと黒っぽくなった。 鷹志 「……なんか泥棒ヒゲみたいだな」 凍弥 「同感だ」 頷いたあとにティッシュを適当に詰める。 鷹志 「……よし、仰向けにしとけばそこまで出てこないだろ」 凍弥 「そうだな。柿崎はここに放置決定として、どうする?」 鷹志 「どうするって……なにが?」 凍弥 「実際お前に攻撃を仕掛けるほど俺たちは暇してたわけだが」 鷹志 「暇だからって人に攻撃仕掛けるのはどうかと思うが。     ま、とりあえず柿崎が起きるまで待とうか」 凍弥 「そうだな」 案を出すなら人数多い方がいいしな。 凍弥 「問題は柿崎が起きるまで何をするかなんだが」 鷹志 「んー……確かに」 凍弥 「………」 俺は泥棒ヒゲの柿崎を見下ろす。 …………おお。 凍弥 「怪盗パーシモン」 鷹志 「……怪盗って言葉が似合わない顔だが」 凍弥 「同意見だ」 どちらかと言うと黒ヒゲ危機一髪って顔だ。 鷹志 「そもそも何故にパーシモン?」 凍弥 「あら?柿のこと英語でパーシモンって言うんじゃなかったっけ?」 鷹志 「…………俺に英語のことを聞くな」 凍弥 「どちらにしろ俺達には縁の無い知識だな。     勉強など出来なくても大人にはなれる」 鷹志 「子に教えることの出来ない親ってのもなんかイヤだけどな」 凍弥 「その分、お笑いを教えればいいじゃないか」 鷹志 「……ろくな親にならんぞお前」 凍弥 「お前に言われたくない」 鷹志 「その言葉、そっくりそのまま返すよ」 凍弥 「………」 俺ってこの言葉言われてばっかりだったから使ってみたかっただけだったんだが。 まさかそっくりそのまま返されるとは思わなかった。 せめて返さず受け取ってくれてもいいじゃない。 鷹志 「それでどうするんだ?」 凍弥 「ふむ」 1:あだ名をつける 2:トドメをさす 3:こんなところにマジックペンが!(油性) 結論:3 凍弥 「おお、こんなところに偶然マジックペンが!」 鷹志 「懐から出しといて言う言葉じゃないぞ」 凍弥 「馬鹿、俺がペンを持ってること自体が偶然すぎるだろうが」 鷹志 「……それもそうだよな。是非どんな経緯で持つことになったのか教えろ」 凍弥 「───……なんでだ?」 鷹志 「知りたいからだ」 凍弥 「いやいや、そうじゃなくて。どうして俺はペンなんぞ懐に?」 鷹志 「知らんよ」 凍弥 「…………ああ、そういえば柿崎が来る前に、     柿崎が来たら密かに落書きしようと思って持っておいたんだった」 鷹志 「……用途は変わらんわけね」 凍弥 「よし書こう、盛大に」 えー、まず額に肉は当然だな。 キュッキュッキュ〜、と。 鷹志 「おお、キン肉マンだ」 凍弥 「俺の中で柿崎の戦闘力が少々上がったぞ」 鷹志 「次俺な。えーと……」 きゅきゅ、きゅ〜……。 鷹志 「……ブッ……!」 描いてる途中で鷹志が噴出す。 一体何を描くつもりなのか。 きゅきゅきゅ……きゅっ。 凍弥 「ブフゥッ!ピ、ピエールだ……!ピエール髭だ……ッ!」 鷹志 「クハッ……!クッ……ブフッ……!!」 鷹志がヒゲと太眉毛と血管を描いた。 それが妙に似合っていてツボにハマッた。 凍弥 「プフッ……!クヒヒヒヒ……!」 鷹志 「はっ……チヒヒヒ……!」 ふたりして声を殺して笑う。 大声で笑わないのは、彼が起きたらこの遊びが終わってしまうという暗黙の了解だ。 凍弥 「ス、ステキだぜパーシモン……!せっかくだからキミをパンダに……!」 きゅきゅ……。 鷹志 「ぼふぉっ!だ、だめっ……!も、だめっ……!」 凍弥 「は、腹痛ぇ……っ!思いっきり笑いてぇっ……!」 腹を抱えて涙目になりながら次々に描いてゆく。 額には肉の他に『中』と『王』と『夭』と『M』と『にく』と『ママ』を追加した。 Mはアレだ、ドラゴンボールの魔人ブウ編の操られた者の額に出るアレ。 ベジータの額にバッチリハマってたんだよなぁ、アレ。 鷹志 「ア、アゴケツ忘れちゃいけなブハッ……!     クヒヒヒヒヒ……!!ダ、ダンディメン……!」 凍弥 「鼻の横周りに横線引いて……ごほぉっ!カ、カイジだ……!     くはははは……!カイジが出来た……!だはぁっ!だ、だだだめだ腹痛ぇ……!」 笑い、さらに笑う。 その衝撃が数分続いた頃。 柿崎 「ん、ん〜……───?」 凍弥 「!」 鷹志 「うわっ……!」 柿崎が目覚めた。 その瞬間、点いていた火が消えたように俺と鷹志は冷静になった。 楽しむことばかりで後のこと考えてなかった。 そして今度はどんな言い訳をしようかということばかりが思考をめぐる。 柿崎 「……?どした?」 凍弥 「………」 鷹志 「………」 気が気じゃなかった。 だって─── 凍弥 「ぶはははははははははっ!!はっ……ははははははは!!!」 鷹志 「かふははははははっ!はははは!うはははははは!!!」 笑いを堪えるのが大変すぎたから。 とうとう耐えきれなくなった俺と鷹志は盛大に笑った。 真顔で首を傾げる柿崎の顔が余計にツボに入って落ち着けたもんじゃなかった。 凍弥 「はー!はーっ!はー……ははははは!がはっ!はー、は……はははははは!」 鷹志 「や、やめろこっち向くなはははははは!うははははははは!!」 視界が涙で濡れる。 こんな感動、初めてだ。 ああもう、なんてものを……なんてものを見せてくれるんや柿崎はん……! 柿崎 「……な、なんだよこっち向くなって……なにかあるのか?」 柿崎が鏡へ近づく。 俺と鷹志はそれだけはと走り出したが笑いすぎで力が入らずにコケた。 柿崎 「な、なんじゃこりゃぁーっ!!」 ああっ、パーシモンに気づかれた! ヤバイ……ヤバイそ!顔を真っ赤にしながら迫ってる……! に、逃げなければ! 今の柿崎はいつもの柿崎じゃあ……ねぇぜ! 凍弥 「あははははははははは!!ブフッ……くひひははははは!!」 鷹志 「う、海坊主ゲフッ!グフッ!ぐっ……ははははははは!!」 その証拠にこんなにも面白い。 ああ涙が止まらん! サイコー、キミサイコー! 柿崎 「わ、笑ってんじゃねぇーっ!!」 凍弥 「うひゃーはははは!ス、スダコがキレたー!」 鷹志 「ひーっ!ひーっ!く、来るなー!はははははは!腹がよじれははははは!」 ああ、なんて楽しい休日でしょう。 ボカァここ最近でこんなに愉快な日を体験した憶えはありません。 ……さて、この2秒後に柿崎がキレるに至り……─── 修羅の如くボクラに襲い掛かる彼を魔人と呼んでも許される気がしました。 視覚で俺達を完全に魅了した彼の名は柿崎稔。 俺はきっとこの名を忘れないだろう。 ───そんなことを思いつつ、俺の意識は柿崎の容赦無い拳によって断たれた。 Next Menu back