───至らない気持ち。まだ蒼い夢の中の季節───
【ケース19:閏璃凍弥/ガガンボって嫌い】 …………さて。 通学路の丁度中腹に立ったあたりで鷹志が切り出した。 鷹志 「あ、そういえば凍弥、お前もう渡したのか?」 凍弥 「なんだよ急に。なんかあったっけ」 鷹志 「ほら、あっちで買った、おまも」 ドパァンッ! 鷹志 「ドフォーレ!」 鷹志が言わんとしたことが解った刹那、両手が塞がっている俺は鷹志に蹴りを入れた。 鷹志 「な、なにすんだよ!」 凍弥 「うっさい!まだだよっ!」 鷹志 「なんだよ……妙なところで奥手だな。今持ってるのか?」 凍弥 「……おう」 鷹志 「だったら今」 ドパァン! 鷹志 「ドフォーレ!」 この馬鹿っ……! 『今渡せば?』なんて言ったら誰に渡すものか悟られるだろうがっ……! 鷹志 「つぅぁ〜……だ、だから蹴るなよ……恥ずいのは解るけど……」 凍弥 「やかましい、いいから歩け」 鷹志 「あ、この鞄とか怪しそうだな」 凍弥 「やめぃ!」 ブンッ! 凍弥 「なにぃ!?」 鷹志 「ふはははは!そうそう食らう俺では」 ドパァン! 鷹志 「ドフォーレ!」 そうそう食らう彼であった。 鷹志 「いっててて……!やめろっつーのに……!     しっかしその慌て様から鑑みるに、ブツはその中か」 凍弥 「今日のお前、性格悪いぞ……」 鷹志 「俺のことは気にするなって、いいから渡しちまいなさいよ」 凍弥 「………」 鷹志 「ホレ、ここは言わば絶海の孤島!邪魔する者は皆無!否!正に絶無!」 凍弥 「お前ってそんな性格だったっけ……」 鷹志 「俺は精進する者の味方だ。性格の云々などは忘れたな」 凍弥 「ロクな大人になれんぞお前」 鷹志 「大きなお世話じゃあっ!」 しかしなぁ。 …………でもまあいいか、どうせいつかは渡すんだ。 俺は抱きかかえていた由未絵を降ろすと、鞄をゴソォと漁り出した。 えーと……おお、あったあった。 鞄から小さな袋を取り出すと、それを開けて中を探る。 由未絵「凍弥くん?」 凍弥 「待ってろ」 由未絵「う、うん」 小さな袋の中には買ったときのように3つの色の同じお守りと、色違いのお守りが1つ。 鷹志 「あ、色違いのやつな、渡すの忘れるなよ?」 凍弥 「え?なんでだ?別にどうでもいいような口ぶりだっただろあの巫女さん」 鷹志 「あのあと俺と柿崎呼ばれただろ?その時にいろいろ聞いたんだよ。     いいから勝負お守りと一緒に渡せ。お前だけの問題じゃないんだよ」 凍弥 「……?ま、いいけどな」 俺は勝負お守りと色違いのお守りを手に取って由未絵に差し出した。 由未絵「凍弥くん、これ……」 凍弥 「土産むぐぅっ!?」 鷹志 「プ、プレゼントだってさ!     いやー、珍しいよなぁ凍弥ー!お前がプレゼントなんて!」 由未絵「凍弥くんがわたしに……?」 凍弥 「むごー!ふごー!」 鷹志 「ほらっ、照れくさいみたいだから受け取ってやって!」 由未絵「………」 由未絵がほんのりと頬を赤くしながら、おずおずとそれを受け取る。 そして目を潤ませながらそれを胸に抱いた。 鷹志 「はい失礼」 凍弥 「ぷはっ!あ、いいか由未絵!それはみや───」 由未絵「あ、ありがとぅ凍弥くんっ!わたし、わたしずぅっと大事にするねっ!」 凍弥 「げ……、…………」 由未絵「うれしいよぅ、うれしいよぅ……」 …………何も言えなくなってしまいました。 だって友よ、こんな嬉しそうに目まで潤ませてる人に無粋なこと言えますか? いくら俺でもその辺の良識くらいはあるし……。 って、なんかホントにポロポロ泣いてるんですけど……!? 凍弥 「あっ、あ───ゆ、由未絵!?ご、ごごごめんな!     そんなものじゃなくてもっといいものにすればよかったなっ!」 鷹志 (…………なるほど、お兄さんねぇ) 凍弥 「なんじゃいオラァ!」 鷹志 「ノンノン、なんでもござーせんよ?     それより気づけよ。嫌だから泣いてるって顔か?」 凍弥 「うっさい!どうであれ俺は由未絵が泣くのは見たくないんだよ!     あぁーもう泣くな!泣くなよぅ!」 鷹志 (……こいつ、もしかして……     自分の気持ちを兄心に置き換えて誤魔化してるだけなんじゃないのか……?     ───それも置き換えてることまで無意識で、気づいてないんだろうな……) 凍弥 「なんか言ったか!?」 鷹志 「嬉し泣きくらい最後までさせてやれって言ったんだよ。     まったく、普段の余裕はどうした?」 凍弥 「だー!うっさいうっさい!」 あーくそっ!昔っからそうだ! こいつの笑顔が好きな分、泣かれるとどうしたらいいか解らなくなる! 昔っから傍に居た女の子なんて来流美だけだったから─── こういう弱さを見せてるやつをどう扱えばいいかがまず解らん! 鷹志 「頑張れ凍弥。俺はいつでも貴様のことを草間の影から見守っているぞ」 凍弥 「鷹志、それストーキング。しかも死んでる」 鷹志 「……だよなぁ。心霊追尾現象ってやつか」 どうあれ泣き止んでもらわねば……ああくそ、どうしろと……? 鷹志 「ホレ、そこで抱き締めてぶっちゅだ」 凍弥 「この大空に翼を広げたいなら手伝うぞ。俺の拳で空を飛べ」 鷹志 「ど、どうどう……落ち着け」 凍弥 「……由未絵ぇ、頼むから泣き止んでくれ……」 鷹志 「うーわー、凍弥が下手に出てる」 スッパァーン!! 鷹志 「はぶぅっ!?」 凍弥 「なに茶化しとんじゃいオラァーッ!!」 鷹志 「キレるな!お前キレたら無茶苦茶するからキレるな!」 凍弥 「だったらまず茶化すんじゃねぇ!堕とすぞコラ!」 鷹志 「うわーお、本気でキレる寸前だな……口調がツッパリよろしくの語調だ」 凍弥 「…………うー」 ぐすぐすと泣いている由未絵を見る。 泣きながら涙を拭おうともしない。 それは多分……お守りを持っているからだろう。 凍弥 「……泣くくらいならあげないぞ」 由未絵「ヤ!」 凍弥 「だったら泣くな。     このまま学校に行ったら涙の後が残って俺が怪しまれるじゃないか」 由未絵「だって嬉しかったんだもん……」 凍弥 「お守りくらいで大袈裟だって言ってるんだよ俺は」 由未絵「大袈裟じゃないよぅ……」 十分大袈裟だと思うんですが? 鷹志 「フッ……ガキが」 凍弥 「なんじゃいその悟ったような見下したような、とにかく微妙にムカツク顔は」 鷹志 「俺はもともとこんな顔だ」 凍弥 「相当嫌な顔してるが……それを認めていいのか?」 鷹志 「そうか?ああまあ、そんなことどうでもいいじゃないか。     とにかくお前は思考が子供すぎる。いっぺん頂を目指してみろ」 凍弥 「話が本題と5メートルほど離れてる気がするんだが」 鷹志 「なんだよその絶妙に現実的な数字。     っと、そろそろヤバイぞ、喋りながらでも進もう」 凍弥 「くっ、早起きで爽やかな朝になる筈だったこの日がどうしてこんなことに……」 鷹志 「日頃の素行が原因だな」 凍弥 「今日のお前明らかに変だぞ」 鷹志 「まあこんな日もある。そんじゃ行こうかぁ」 凍弥 「……由未絵?」 由未絵「うん、もう平気……」 凍弥 「ったく……平気じゃなくなるくらい泣くなよ……」 ぐいっ。 由未絵「きゃうっ!?」 凍弥 「動くなっ」 由未絵「う、うん……」 コシコシ……。 由未絵「あっ、やめてよ凍弥くんっ!袖で拭いたら服が汚れるよぅ!」 凍弥 「やかましい、俺はハンケチーフを携帯するほど良い子じゃないんだよ。     拭くのがこれしかないんだから我が儘言うな」 由未絵「うー……」 鷹志 「準備オッケー?」 凍弥 「いつでもこいだ」 鷹志 「よっし!各馬一斉にスタートォッ!」 鷹志が地面を蹴る。 俺もそれに習い、由未絵を抱きかかえて走った。 由未絵「お、降ろして凍弥くんっ!わたし自分で走れるよぅ!」 凍弥 「黙ってろ!舌噛むぞ!」 由未絵「う、うー……うー……」 申し訳無いような気まずそうな顔をして、由未絵は俯いてしまった。 だけど正直、由未絵は足が遅い。 それならいっそ学校の近くまでは俺が走った方が楽だろう。 由未絵「ねぇ、凍弥くん……」 凍弥 「はっ……はっ……な、なんだっ?」 由未絵「わたしね、凍弥くんの負担になりたくないんだよ……?」 凍弥 「知ってるよそんなことっ」 由未絵「だったらどうしてこんなことするの?」 凍弥 「負担じゃないからに決まってるだろうがっ!」 由未絵「凍弥くん……」 凍弥 「あーもう喋るな!息切れが早まるだろ!?」 由未絵「はうっ、ごめんね……」 凍弥 「謝りもするなっ!」 由未絵「う、うー、うー」 凍弥 「悩むなっ!」 由未絵「ふぇ……」 凍弥 「泣くのはもっとダメッ!」 由未絵「凍弥くん滅茶苦茶だよぅ〜!」 凍弥 「ぐはっ!ふはー!ふはー!ば、馬鹿な体力消費してしまった……!」 ああ、もう鷹志の姿が見えないな。 あいつって案外足速かったんだなぁ……。 俺も運動の類には自信があったんだけどなぁ。 ……いやいや、敗北なんぞは最後まで認めないぞ俺は。 いくぜ俺!限界120%開放ゥウウウッ!! 凍弥 「あ・そーれファァアアアイヤァアアアアアアアアアアアアッ!!!」 だだだだだだだだっ!! 由未絵「わわっ!と、凍弥くん!?転ぶよ怖いよ危ないよぅっ!!」 凍弥 「は……ははははは……はー!はー!はっ……ははははははははっ!!!」 まだ……まだぞ……! 限界には程遠し! もっとスピードを! だだだだだだだだっ!! ───あら、鷹志ちゃんはっけーん♪ ふはっ……ふははははは!追いつける!追いつけるぞぉおっ!! 唸れ俺の鼓動!たとえこの身が朽ち果てんともヤツにも勝る力を我に! 勝利を!名誉ある勝利を!祖国のために!……祖国?まあいいや、祖国のために! 凍弥 「フゥォオオオオオオオオオッ!!」 あと少し!あと少し!アト少シ!アト!アトアトアトォオッ!! 鷹志 「な、なにぃ!?」 凍弥 「───ゲフゥッ」 ああ……僕ァ満足です……。 ワイはヤツを抜いた……それでいいじゃないですか……。 無理が祟ったのか、足が突然爆笑を始める。 も、ダメ……。 い、否!せめて止まって、由未絵を降ろすまでは───! 凍弥 「く、くぃいいいっ!!!」 歯を食いしばって残りの力を足に。 根性でまず跳ねて、幅跳びの要領で着地して止まった。 ……そんなところで限界がきた。 ガクンッ! 由未絵「きゃうっ!?」 凍弥 「真っ白だ……真っ白に燃え尽きちまったぜ……」 膝から崩れ落ちてゆく。 ああ、足が棒のようだ……。 由未絵「凍弥くん!?凍弥くん!!」 俺が膝をついた時点で由未絵は俺の腕から降り、傍に屈んで俺の様子を見た。 鷹志 「お前無茶するなぁ、あんな距離をあの速度で走るか普通」 凍弥 「……膝が爆笑中だ」 鷹志 「ホレ、手ェ貸せ。立てるか?」 凍弥 「貴様の助けは借りん」 鷹志 「……なーにライバル視しとんのだお前は」 凍弥 「ほんのジョークだ。手を貸してくれ」 鷹志 「そのジョークでお前にどんな利益があったのかが気になるところだ……よっと」 鷹志が俺の手を引っ張り、立ちあがらせる。 凍弥 「おっとと……!」 鷹志 「本格的に爆笑してるな。歩けるのか?」 凍弥 「気を抜くとカクンっていくな。こりゃ怖い」 うーむ、無茶はするもんじゃないな、やっぱり。 とかなんとか思っている時だった。 柿崎 「友よ!いい朝だな!」 凍弥 「……なんだパーシモンか」 柿崎 「なんだはないだろ、なんだは」 鷹志 「パーシモンはもう否定しないのな」 柿崎 「無駄だと悟った。ところでどうしたんだ?こんなところで立ち止まって。     なんか面白い話か?って霧波川は?」 凍弥 「質問はひとつずつにしろ……っとわぁっ!」 突然足の力が抜けた。 俺は咄嗟に何かにしがみつき───そのまま倒れた。 やがてゴシャアという音とともに 柿崎 「ギャア!!」 という柿崎の声。 ……見れば、俺は柿崎の首に腕を回して倒れていた。 いわゆるブルドッキングヘッドロックという技だ。 ぬおお、まさか無意識にこんな技を出すなんて……。 お、俺の拳が血を求めている!? でも柿崎の血なんかいいや。 凍弥 「くっは……」 ぱんぱんっ! 足を叩いてみる。 痛覚は復活してきた。 これなら歩けはすると思う。 凍弥 「……ありがとうパーシモン……お前のおかげで俺、歩いていけそうだ……」 強敵に微笑み、俺は彼をほったらかしにして学校を目指した。 由未絵「わ、凍弥くん、鬼……」 鷹志 「歩けるならそれでいいんじゃないか?」 由未絵「そうだね、待ってよ凍弥く〜んっ」 ぱたぱたと追ってきた由未絵の頭をわしゃわしゃと撫で、彼女の困り顔を堪能した。 俺って結構イジメ好きなんかな……。 とか思いつつ、学生生活が再び到来した。 あー、はやく普段の生活に戻りたいですじゃ。 ……ええ、皮肉です。 ちなみに来流美はギリギリのところで降臨しました。 石化よりも無遅刻無欠席の方が大事だったようで。 さて。 真凪氏も来て出席もとったことだし……少し寝ようか。 ………………ぐう。 【ケース20:閏璃凍弥/で、またアレ】 ……………………オイ。 凍弥 「どうしてまた下校時刻なんだよ……」 朝からの記憶が全く無い。 またやってしまった。 出席とってたのは憶えているんだが。 しかしこれだけ眠って、移動教室がないのが珍しいな。 ……周りには例の如く誰も居ない。 なんか悲しいのぅ。 ま、いいか。 退屈な時間が潰れたって思えばオーライオーライ。 さっさと帰ろ。 ………………。 昇降口まで辿り着いたところで、誰かの声に呼びとめられた。 村里 「はっ、はっ……よ、よお閏璃」 凍弥 「村里か。どした?」 村里 「えーと……お前ってさ、支左見谷と仲良かったよな?」 凍弥 「ああ、それなりに」 村里 「あ、あのさー、これ……渡してもらえないか?」 頭を掻きながら村里が渡してきたのは手紙だった。 凍弥 「これは?……少なくとも、連絡網用の紙には見えないが。     ───そ、そうか!果し状か!」 村里 「野暮なこと訊くなよっ……!     男が誰かに頼む手紙っていったらあれしかないだろ……?」 ……はぁ。 凍弥 「……悪いけど、自分で渡してくれ」 村里 「はっ……!?なんでよ……」 凍弥 「伝えたいことがあるなら自分で伝えろって言ってるんだ。     他人任せに成就するものなんてタカが知れてるだろ」 村里 「それが出来れば頼んだりしないよ解るだろぉ〜っ!?な!?頼む!」 凍弥 「他を当たってくれ。俺は知らん」 村里 「なっ───おい!そりゃないんじゃないのか!?」 凍弥 「なにがだ?」 村里 「俺、お前を頼りに来たんだぞ!?それを」 凍弥 「……勘違いも甚だしいぞ。『頼って来た』んじゃなくて利用しに来たんだろ?」 村里 「……んだとっ!?」 凍弥 「どっちにしろ、自分で伝える気がないヤツの感情なんて知ったことか。     もう一度言うぞ、他をあたれ。幼馴染ってだけで俺を頼られても迷惑だ」 村里 「………」 村里は図星を突かれたのか、俯いたまま黙りこくった。 俺はそれを確認するとそのまま靴を履いて学校をあとにする。 …………来流美の言ってたこともやっぱり本当だったか。 知っていたことだけど、いざこうして来られると再度確信してしまう。 まったく清水のアホゥ。 お前が俺に頼んだりしたから後から後から来るんだぞ……! いつか鞄の中にパイソン(毒無し蛇)入れてやる……。 はーあ、まったく……。 由未絵はモテるのにどうして来流美には春が来ないかねぇ。 ……やっぱりアレか? 性格の差か? ……だな。 よし、難問も解けたことだし帰りますかぁ。 ───……。 ……。 ───……さて。 凍弥 「……なぁ、来流美?」 来流美「んー?なによ」 夜、鈴訊庵。 俺はバイトである仕事場の厨房の傍ら、食器洗いをしていた。 その隣で来流美が洗った食器の濯ぎと片付けをしている。 凍弥 「ちょっとした質問なんだけどな。     あ、真面目な話だ。俺が言うのもなんだけど真面目に聞いてくれ」 来流美「な、なんなのよ改まって」 凍弥 「………」 俺は由未絵が注文を取りにいったのを確認してから来流美に訊ねた。 凍弥 「いまさらだけどさ、由未絵って男子から人気あるのか?」 来流美「ほんと今更な質問ね……」 凍弥 「ってことは……やっぱりあるのか」 来流美「当たり前でしょ?わたしから見ても可愛いもの。     性格もいいし猫属性だし」 凍弥 「その猫属性っていうのはよく解らんが、そっか……やっぱりか」 来流美「凍弥がそんなこと訊いてくるってことは、なんかあったのね?」 凍弥 「村里居るだろ?隣のクラスの」 来流美「ああ、あの人ね」 凍弥 「あいつがね、俺に由未絵宛ての手紙を届けてくれってさ」 そう言った途端、来流美の眉がビクンッ!と動く。 来流美「……殴った?」 凍弥 「いや、さすがに」 来流美「殴りなさいよっ!     そんな他力本願で、告白する気もない馬鹿者なんて屠ってなんぼでしょ!?」 凍弥 「屠るのはマズイだろ……」 来流美「だったら堕としなさい!」 凍弥 「お前俺にそれ散々訳解らないって言ってただろうが!」 来流美「意味はなんとなく解るわよ!堕としなさい!」 凍弥 「と、とにかくっ!あいつはそれなりに人気があるってことだよな?」 来流美「そーよ。そう言ってるじゃない」 凍弥 「………」 来流美「なに?気になる?」 凍弥 「当たり前だろ?悪い虫なんかついたら面倒だろうが。     あいつが人の言うこと聞きやすいことを利用して悪巧み考える野郎どもが……!     由未絵にヘンなことしてみろ、それこそ闇討ちでもなんでもして堕としてやる」 来流美「…………おめでたいわねぇ」 凍弥 「よし、まずお前を堕とす」 来流美「うわっ、ちょっとよしなさいよ!今のはそういう意味じゃなくって!」 凍弥 「む?それならそう言え。……なんだ?めでたいって」 来流美「凍弥さ、由未絵が人の言うこと聞きやすいって言ったわよね?」 凍弥 「ああ。聞きやすいだろ?相当」 来流美「……はぁ。あんた……気づかない?普通……」 凍弥 「んお?なにがだ?」 来流美は意味深な言葉を呟いて俺を睨んだ。 来流美「あ、由未絵ー。ちょっとわたしにお茶くれなーい?」 由未絵「はう、はう……ごめんね来流美ちゃん、今忙しくって」 来流美「───」 トンッ。 凍弥 「な、なにをする貴様。いきなり肘鉄とは……まさかバイト先でバトルか?     お前がそんな非常識で血気盛んなガイだとは思わなかったぞ」 来流美「そーじゃないわよっ……!あんたも頼みなさいよ……!」 凍弥 「今忙しいって言ってただろ?普段から頑張ってるのにそんなこと言えるかよ」 来流美「いーから!」 凍弥 「……ったく……。由未絵ー、俺にお茶くれないかー?」 由未絵「い、今すぐ淹れるねっ!」 凍弥 「へ?」 来流美「…………どうよ」 凍弥 「どうって……」 由未絵「はい凍弥くんっ」 凍弥 「うおっ?お、おお、サンクス……」 ……なんだ? 異常なまでに早い反応でしたぞ? しかも来流美は断られたのに。 来流美「解った?誰の言うことでも聞きやすいわけじゃないのよ。     わたしでさえ即答で却下よ?こんな風にしてくれる相手は凍弥だけなんだから」 凍弥 「……お前、なにか由未絵に嫌われるようなことしたんじゃないのか?」 来流美「するわけないでしょっ!?あんたってどうしてそう捻くれてるのよ!」 凍弥 「生まれた頃からの習慣でな、言葉を信じる前に人を信じることに至れ。     ようするに信用出来る人の言葉以外は信用するなという掟があってだな。     ていうか虚しいなぁオイ。     俺のを淹れるついでにお前のも淹れてくれたらよかったのになぁ」 来流美「うっさいわね何気に傷ついてるんだから放っときなさいよ!     ていうか信用に至らないって、わたしって凍弥の何よ!」 凍弥 「バイオレンスツッコミファクター」 来流美「………」 おお、来流美が黙った。 ていうか呆れてる。 来流美「つまり……なに?     わたしは凍弥にとって暴力的ツッコミしか脳の無い存在だってわけ?」 凍弥 「ナイス英訳」 来流美「和訳よっ!だいたいどうして幼馴染だって言わないのよ!     用意してた言葉が言えないじゃない!」 凍弥 「そんなのつまらんだろ。未来は虚ろであるからこそ未来なのだぞ?」 来流美「今はそんな話してなーい!」 凍弥 「安心しろ、俺はしてる」 来流美「ぐくっ……!この……!」 由未絵「来流美ちゃん!お酒、熱燗で一本お願い!あ、おちょこ2つ!」 凍弥 「ご使命だぞ」 来流美「言われなくてもやるわよ〜っ!もうっ!なんだってのよ!」 来流美が荒れてきた。 くわばらくわばら。 触らぬ邪神に祟り無し。 来流美「よっと……まったく、どうして酒瓶ってこう長いのかしらっ……!」 ドボォッ! 凍弥 「おふぅっ!」 ドリフのコントよろしく、俺の脇腹に振り向き様の酒瓶がメリ込んだ。 か、角材じゃなくて何より……か? 来流美「あらごめんなさい。悪気は無かったのよ?」 ウソだ。 こいつ絶対狙いやがった。 触らなくても祟りがあるなんて、なんて嫌なやつだ。 邪神ってつけたのはあながち間違いじゃなかったようだ。 だが凶器を持ってる今の来流美に仕返しをするのは危険すぎるな。 いつかの仕返しとして大事に記憶に刻み込んでおこう。 時が来たら、それを開放して……クフフフフ、その時こそ貴様の最後ぞ……! 来流美「なに笑ってるのよ気持ち悪いわね」 凍弥 「………」 邪神よ、こういう中傷は許されるのですか? 邪神「当然の報いだボケ」 ……邪神め、質問から僅か0.3秒で俺を裏切りおったわ。 凍弥 「あ、ちょっといいか由未絵」 由未絵「はうっ!なになに凍弥くんっ!」 ……これでも遠慮して小声で言ったんだが、 由未絵は敏感に反応して小走りに俺の傍までやってきた。 来流美さんよ、こりゃあ猫っていうより犬ですぞ? 凍弥 「お手」 由未絵「はう」 ぽむ。 来流美「…………」 来流美が呆れている。 来流美「……由未絵、ほら。熱燗」 由未絵「はい〜。熱燗出まーす」 由未絵がぱたぱたと暖簾(のれん)の先に消えてゆく。 凍弥 「……犬だな」 来流美「……犬だわ」 ふたりして溜め息を吐く。 なんとなく彼女の未来が不安になってきた瞬間だった。 来流美「どう?いっそ凍弥が飼っちゃえば?」 凍弥 「激怒するぞ」 来流美「まあ聞きなさいよ。ハッキリ言って由未絵って凍弥にしか懐いてないじゃない。     それなら誰がどうとかは関係なく、凍弥じゃないとダメなんじゃない?」 凍弥 「俺とくっついて幸せになれるヤツが居ると思うか?」 来流美「………」 凍弥 「……そこで目を逸らすなよ……」 来流美「わ、わたしはべつに……ねぇ?」 凍弥 「哀れみの眼差しもやめやがれ。     ま、とにかくだ。俺みたいな屁理屈屋なんかよりよっぽどいいヤツが居るさ。     由未絵がそいつを見つけるまで、俺が見守る。それだけさ」 来流美「過保護ねぇ……」 凍弥 「なんとでも言え。いつか吠え面かかせてやる」 来流美「どういう経緯でそういう言葉が返ってくるのよ……」 凍弥 「あー、ほれ。食器来たぞ。無駄話終了」 来流美「むっ……」 それから無言で黙々と洗う。 まあアレだ。 俺と来流美ももう結構長いからな。 ちょっとの食器じゃあもう物ともしないことは事実だ。 仕事をしながら喋らないのは『聞き取り辛い』からだ。 食器のガチャガチャという音に加え、調理する音や客の声。 その上自分達まで喋ったら、さっきみたいに熱燗を頼まれた時に気づけないことがある。 となると、自然にアイコンタクトになるわけだ。 凍弥 「………」(なあ来流美よ) 来流美「………」(なによ) 凍弥 「………」(お前ってさ、好きなやつとか居ないの?) 来流美「………」(居ないわね。考えたこともないわ) 凍弥 「………」(だろうな) 来流美「どういう意味よそれっ!」 凍弥 「静かにしろっ!」 由未絵「来流美ちゃん、あんみつお願いしていいかな」 来流美「う……わ、解ったわよやるわよ〜……」 来流美が業務用冷蔵庫へ歩いていった。 凍弥 「しかし、嫌な込み方だな。客が切れそうで切れない」 由未絵「そうだね。でもガンバだよ」 凍弥 「………」 由未絵「ふぇ?」 凍弥 「由未絵ってさ」 由未絵「うん」 凍弥 「仕事が始まるとどことなく人が変わるよな」 由未絵「そうかな……」 凍弥 「ああ。なんていうかさ、シャキッとしてるっていうか……」 由未絵「よく解らないよ」 凍弥 「すまん、俺も言っててよく解らん。忘れてくれ」 由未絵「うん」 来流美「はいあんみつっ!」 がたんっ! 由未絵「………」 凍弥 「………」 来流美「はよ行きなさい」 由未絵「う、うん……」 パタパタ……。 来流美「あーもう、人にモノ作らせておいてイチャイチャですかー?     いいご身分ですねー凍弥ぁ?」 凍弥 「目が腐ってるんじゃないか?」 来流美「うわっ!いきなりヒドイ!」 凍弥 「ほんのちょっとくらい話する時間作ってやればいいじゃないか」 来流美「愚問ね。わたしはここに仕事しに来てるのよ?     それをアンタ、話だけで終わらせるわけにはいかないでしょ?」 凍弥 「どっかの姑みたいなこと言ってんじゃねぇ」 来流美「なんとでも言いなさい」 凍弥 「ブス」 ボギャア!! 凍弥 「ぶほぉっ!!」 来流美「いちいちムカツクわね……!なに?いっぺんお花畑見る……!?」 それは殺人だ。 凍弥 「お前がなんとでも言えって言ったんだろうが!」 来流美「だからってブスはないでしょ!?     それで黙ってる女が居るなら見てみたいわぁっ!」 由未絵「………」 凍弥 「……うおっ!?ど、どうした由未絵」 由未絵「喧嘩、やめて……」 凍弥 「あ、ああそっか。悪い、ちゃんとやる」 来流美「ごめんね由未絵」 由未絵「……うー」 ぱたぱた……。 凍弥 「……?なんか機嫌悪くなかったか?」 来流美「……なるほどねぇ」 凍弥 「なにひとりで納得してるんだよ」 来流美「べつに。ちょっと悪いことしちゃったわね」 凍弥 「なにがだ?……───はぁあっ!!     ま、まさか一週間前、柿崎が原因不明の腹痛に襲われたのはお前が!?」 来流美「違うわよっ!どうして由未絵の話から柿崎くんの話になるのよ!」 凍弥 「ああそっか、あれは俺がコーラック入りのコーラを飲ませた所為だったな」 来流美「……あんたって……」 凍弥 「そんな軽蔑の眼差しで見るなよ照れるじゃないか」 来流美「目が腐ってるんじゃないの?」 凍弥 「堕とすぞコラ」 来流美「まーまー。さっさと終わらせちゃいましょ。     そしたら由未絵と話してあげなさい。きっと喜ぶわよ」 凍弥 「…………?」 来流美はそれだけ言うと仕事に専念しだした。 よく解らなかったが俺もそうすることにして、皿をどんどんと洗ってゆく。 由未絵の機嫌の悪さはなんだったのかなぁ、とか。 そんな気の抜けるような心配事をしながら、やがて仕事は終了した。 ───…… 外に出ると、当然のように辺りは暗かった。 俺は目の前……というか外に出てすぐ視線の先にある我が家を見て伸びをした。 凍弥 「終了ーッ!俺にセンキュウ貴様にサンクス!共に唱えよ友情最高!」 来流美「近所迷惑でしょ、黙りなさいよ」 だが仕事終了の喜びの瞬間は来流美によって打ち落とされた。 くそ、ロマンの欠片も無いやつめ。 来流美「ところでどうするの?由未絵の部屋に寄っていく?」 来流美が鈴訊庵の二階を見ながら言う。 仕事していた時はそうするかとか思っていたものの、 なんか終わった途端に気が抜けてしまった。 凍弥 「いや、このまま帰るよ。ちょっとやっておきたいことがあるんでな」 来流美「へえ。なに?」 凍弥 「睡眠」 来流美「…………いつか刺されるわよ」 凍弥 「だ、誰にだ?」 来流美「柿崎くんに」 凍弥 「何故柿崎!?」 来流美「どうでもいいじゃない。言ってみただけだし」 凍弥 「……まあ、いいけどさ……」 来流美「それで?ホントに行かないの?」 凍弥 「行かないよ。そんなに夜遅くに来られても迷惑だろ」 来流美「……はぁ、あんたってホント鈍感ね……」 凍弥 「男は鈍感なくらいが丁度いいと真凪が言ってたぞ」 来流美「それがホントかどうかは置いておくにしても、     凍弥の場合は鈍感が行きすぎて愚鈍になってるのよ。     そんなのが丁度いいわけないじゃない」 凍弥 「やかましい、俺は俺のペースで歩くんだ。お前に心配される筋合いはない」 来流美「そうだけど……かわいそうじゃない」 凍弥 「誰が?」 来流美「……ん」 来流美がもう一度二階を見る。 そこには遠慮がちに俺達を眺める由未絵が居た。 俺は由未絵に向かってズビシィ!と親指を立てると、由未絵は小さく笑った。 凍弥 「む、覇気がないな。まさかまたあの馬鹿両親どもに苛められたのか……!?」 来流美「…………はぁ」 凍弥 「なんだよその溜め息」 来流美「いいわ、帰るんでしょ?ここで話し合ってたら余計に由未絵が悲しむわよ」 凍弥 「そうなのか?…………」 由未絵を見上げる。 その目は本当に寂しそうだった。 凍弥 「……なぁ、訊いていいか?」 来流美「なによ」 凍弥 「さっき由未絵の機嫌が悪かった理由、お前はどう見る?」 来流美「わたし達の所為でしょ?」 凍弥 「……なんでだ?」 来流美「自分で考えなさい」 凍弥 「ぬお……!お、おいこらっ!」 来流美「凍弥はそれを自分で考えなきゃいけないのよ。     そうじゃないと由未絵がかわいそうだわ」 凍弥 「うー……全然解らん」 来流美「いいじゃない、急げって言ってるわけじゃないもの。     凍弥なりに少ない頭で考えなさいな」 凍弥 「少ない頭は余計だが……よしヒント!」 来流美「ないわよ」 凍弥 「ヒント2!」 来流美「皆無」 凍弥 「クイズにならないだろうが!」 来流美「クイズじゃないわよ!」 そんな論争を繰り広げながら、俺達は自宅へ帰った。 といってもすぐ目の前なので、さっきの状態でももう帰宅状態と言えたのかもしれない。 時間がかかったのは馬鹿な話し合いをしていた所為だし。 ……俺は部屋に戻ってすぐに寝ようと思ったが、少し考えて窓を開けた。 凍弥 「由未絵ーっ!」 そして寂しげに部屋に戻ろうとしていた由未絵の後ろ姿に声をかける。 由未絵はすぐに振り向くと窓を開けて俺の名前を呼んだ。 ……光の逆光って言うんだろうか。 その所為であまり表情は伺えなかったけど、語調でなんとなく解った。 どうやら機嫌はいいらしい。 それはよかったんだが、今更になってなんの考えも無しに彼女を呼びとめたことに気づく。 仕方ないじゃないか、あいつの寂しげな顔なんて見たくないし。 えーと…… 凍弥 「おやすみ由未絵、また明日な」 とりあえずそれだけ言った。 来流美と話していた量に比べれば短かったが───それでも由未絵は微笑んだ。 それでなんとなく解った。 あいつは俺達と話がしたかっただけなのかな、って。 考えてみれば仕事場でも自分だけ注文や会計、料理を運ぶなどの仕事に追われ、 俺と来流美は皿洗いなどをしながらでも話し合ってた。 ひとりだけ仲間外れにされた気分だったんだろうか。 いや、もちろん俺にも来流美にもそんなつもりはなかった。 だけど由未絵にとって、それは理屈じゃなかったんだろう。 ……いや、止しておこう。 こんなこと考えても仕方が無い。 俺は由未絵じゃないんだから完全に解るわけがないんだから。 思考を回転させている中、ずっと微笑みながら手を振っていた由未絵に手を振り返した。 それだけすると、もう寝ろと言って俺は引っ込んだ。 ベッドに体を預けて深く息をつくと、由未絵の笑顔が浮かんだ気がした。 …………ってしまった! 鷹志に姉さん達のこと訊くの忘れてた! ……嫌な幕切れである。 Next Menu back