時の流れは緩やかだった。 それは自分がそうあってほしいと願ったからなのか、 それともこの世界はもともとこういう世界だったのか。 答えは見つからなかったけど、俺は満足していた。 寝転がりながら見上げた空は蒼く、冬とは思えないほどに綺麗だった。 途切れた丘の上。 そこだけに広がる世界を前に、俺は目を閉じて夢を見た。 ……穏やかな、蒼い季節の夢を…… ───友よ。疑惑の……───
【ケース21:閏璃凍弥/友と僕らの冬】 キーンコーンカーンコーン。 開幕のベルが鳴った。 俺は今回こそ眠らずに閉幕を迎えようと、眉間に力を入れた。 柿崎 「友よ!ノートをよこせ!」 凍弥 「……いきなりだな。ていうか俺にノート借りに来るお前の真意がまず読めん」 柿崎 「いや、ノートだよノート。     授業範囲の見直しをしたいとかじゃなくてノートをよこせ」 凍弥 「……馬鹿かお前は」 柿崎 「馬鹿で結構。よこせ」 凍弥 「そんなことしたら俺が授業受けられないだろうが」 まったく何を言い出すのだこの馬鹿者は。 柿崎 「いいじゃないか、お前どうせ寝るんだろ?」 凍弥 「今日は寝ないと誓ったが」 柿崎 「その場限りのジョークを訊きたくて話し掛けたんじゃない、よこせ」 うおう、いつになく真剣な眼差しだぜ柿崎。 やつが……やつがついにやる気に!? ……だが思いっきり似合わないぞ。 凍弥 「友よ。ひとつ訊いていいか?」 柿崎 「なんだよ改まって」 凍弥 「お前こそ勉強なんてやらないんじゃないか?」 柿崎 「……フ。俺は生まれ変わったんだ」 凍弥 「なにぃ!?するってぇと一度死んだのか!?」 柿崎 「精神的にって意味だよ!殺すな!」 凍弥 「み、みんな……聞いてくれぇっ!」 俺は声を高らかに言った。 凍弥 「柿崎が……柿崎が死んでしまったぁああっ!!」 生徒 『な、なにぃいっ!?』 クラスメイツ……主に男子がなにぃと叫んだ。 その中には柿崎も混ざっていた。 柿崎 「勝手に殺すな!」 凍弥 「じゃあこの死亡確定誓約書にサインしろ。そうすれば勝手じゃなくなる」 柿崎 「でっけぇお世話じゃあ!どっから出したんだそんなもん!」 又野 「これ、少ないけど……」 生徒を代表して又野が封筒を渡してきた。 中には1円がぎっしりだった。 柿崎 「ホントに少なッ!!     てめぇら死んだ友人のために出す金が1円ばっかってのはどういうことだよ!」 凍弥 「死ぬ気になったか?」 柿崎 「なるかよ!って又野!物々しく葬儀始めてんじゃねぇ!」 又野 「それでは、ご友人の方からご焼香を……」 しーん………… 柿崎 「おぉおおい!友は!?友達は居ないのか!?」 又野 「ではこれで葬儀を終了します……」 柿崎 「泣くぞこの野郎!ま、マジで泣くぞぉっ!?」 チーン…… 柿崎 「鳴らしてんじゃねぇーっ!!殺すなぁーっ!」 又野 「柿崎……三度の飯よりキッチョムが好きな男だった……」 柿崎 「あ、それは許す。正論だし」 凍弥 「オイ」 それでいいのか柿よ。 なんて思っている時だった。 がらぁっ。 真凪 「はい、みんな席に着いてくださいね。ホームルームを始めまうわっ!?」 真凪がどっから出したのかが謎でしょうがない葬儀の小道具を見て驚いた。 ご丁寧に柿崎の遺影まで飾ってあるそれは、本物に勝るとも劣りまくる代物だった。 鷹志 「ああっ……柿崎……!     キッチョムに釣られてボクシンググローブをまともにくらって、     思いっきり歪んだあの時のお前の顔……忘れないぜ……」 柿崎 「忘れちまえそんなもん!」 真凪 「な、なにごとですかこれは……」 由未絵「あの、えっとむぐっ!?」 凍弥 「柿崎の葬儀です……。先生、どうかご焼香を……」 由未絵「むー……むー……」 真凪 「……そうだったんですか……。それでは失礼して……」 柿崎 「せ、先生!?おーい先生ー!?先生までやっちゃうのー!?おーいぃい!!」 チーン…… 柿崎 「鳴らすなっつってんじゃあー!!」 凍弥 「さようなら柿崎……お前が歩みつづけた歴史は1分だけ語り継がれるだろう……」 柿崎 「短すぎだろ!ってみんなも泣き真似やめれー!     こんな小道具まで持ってきてなんのつもり」 真凪 「それではホームルームを始めます」 柿崎 「アレー!?小道具は!?なんで消えてんの!?」 又野 「なにやってんだよ姉崎〜、さっさと座れよ」 柿崎 「しかも微妙に改名されてる!?って誰が姉崎だ!」 鷹志 「ほらみろ、だから『木市山奇』にしとけっていったんだよ」 柿崎 「陰口ならもっと小さく喋れぇっ!!」 凍弥 「いいから座れ柿崎。ホームルームが始まらないだろ?」 柿崎 「こ、このわらしゃあっ……!」 柿崎は力を溜めている。 真凪 「えー……、みなさん知ってのとおり、そろそろ実力テストがあります。     無理に上を目指せとは言いません、自分が出来る程度のことで頑張ってください」 浅宮 「せんせー」 真凪 「はい、なんですか浅宮さん」 浅宮 「先生はさかもっちゃんみたいに賭け事はしてないんですかー?」 真凪 「賭け事?坂本先生はそんなことをしていたんですか?」 緒方 「自ら望んでやってましたけど。ウチのクラス、倍率高いから」 美都 「馬鹿の集まりだからね〜」 真凪 「お金を賭けているんですか?」 美都 「はい」 緒方 「テストが近づくと燃えてたなぁ。無駄な努力だってのに」 真凪 「そうですか……」 さかもっちゃん、ヒドイ言われようだな。 でもまあ賭け事好きだったからな。 弱いくせに熱くなりやすいから……。 美都 「それで先生、どうするんですか?」 真凪 「うーん……キミはえっと……美都 明くんだったね?」 美都 「そうですけど」 真凪 「私は賭け事に弱いんですよ。昔から上手くいったことがなくてね」 又野 「あー、そういう人ほど一度勝つとハマっちゃうんだよなー。     さかもっちゃんがいい例だし」 鷹志 「あれは泥沼っていうんだと思うけど」 凍弥 「だな」 又野 「もし誘われて断れなかったら2-Dに賭けるといいっすよ。     あそこは確実性高いから。まあ賭ける人が多くて倍率低いけど」 真凪 「……ひとつ訊いていいでしょうか」 又野 「はい?」 真凪 「どうしてそういうことに詳しいんですか?教師内でやっている賭け事でしょう」 又野 「さかもっちゃんが頭を掻いて悩みながら独り言してましたけど」 真凪 「………」 あ、真凪が溜め息吐いた。 初めて見たな。 真凪 「そ、その話はもうやめましょう。どうあれ私は賭け事はしませんから」 又野 「懸命ですな」 緒方 「他の教員は金の亡者って話ですから誘われないように気をつけてくださいね」 真凪 「……出席をとります」 思いっきり疲れてるな。 気持ちは解る。 ─── やがて真凪は出席簿を片手に、教室を出ていった。 それから皆の者がざわ……ざわ……と蠢く。 柿崎 「で?眠くなったか?」 凍弥 「諦めてなかったのかよ……」 柿崎 「いいじゃないか、お前は何もしなくてもノートとってもらえるじゃないか。     そして俺は書くことで頭に叩き込む。人生これギブ&テイク」 凍弥 「それ以前にお前が信用ならん」 柿崎 「お前っていつでもヒドイよな……」 柿崎が悲しそうな顔をした。 凍弥 「……ま、いいか。今日も移動教室ないし、俺はまた寝かせてもらうよ」 柿崎 「お、センキュウ」 柿崎にノートを渡す。 柿崎はそれに目を通すと───呆れた。 柿崎 「……新品じゃないか」 凍弥 「一回も使ってないだけだ」 柿崎 「……ある意味すごいぞお前」 凍弥 「称えろ」 柿崎 「称えるかっ!」 凍弥 「崇めろ」 柿崎 「崇めもせんっ!」 凍弥 「そうか。それならもう俺は寝る」 柿崎 「…………まあある意味、途中から書くって気分じゃないから書きやすいが」 凍弥 「だろ?俺はそれを狙ったんだ」 柿崎 「解りやすすぎて泣けてくるぞ、その冗談……」 凍弥 「お前に泣かれても嬉しくない」 柿崎 「野郎……!……まあいい、一応礼は言っておく」 柿崎はそう言うと自分の席に戻っていった。 ……さて、寝るか。 俺は体を机に預けて睡眠を───……む? なんか今聞き捨てならん声が…… 声  「……だってなぁ、どうせまた支左見谷だろ?賭けになんねぇって」 声  「ばーか、ずっと続けてきたことを今更やめられるかよ。     つまらんテストを楽しくするにはこういう思考回路が必要なんだよ」 …………なんじゃと? 由未絵を使って賭け事だぁ……!? 声  「でもやべーんじゃねぇの?閏璃に聞こえたらうるさそうだぞ?」 声  「寝てる寝てる。     一年の時から一度も気づかれてないんだから心配事に入らねぇよ」 ……いや、落ち着け。 あんまり過保護になってどうするよ。 由未絵だっていつまでも子供じゃ 声  「あ、んじゃあ御手洗が隠し撮りした支左見谷の写真を賭けるってのはどうだ?」 声  「やる」 声  「お前って邪だな〜」 声  「ほっとけよ」 ……………………殺ス。 あの馬鹿ども……身の程ってもんを思い知らせてくれるわ……! 鷹志 「なんだまた寝てるのか……よく寝るなー」 起きあがろうとした瞬間、鷹志が俺の肩を抑えてそれを静止した。 鷹志 (……動くな。俺に考えがある) 凍弥 「───!」 鷹志……? 鷹志 (いーかげん俺らも我慢の限界だ。     あいつら毎度毎度ああやって女子をネタに賭け事やってるんだよ。     さっき柿崎がノート借りていっただろ?     あれは自分が一位になってあいつらの考えブチ壊そうって考えだ) 凍弥 (柿崎が……?) 鷹志 (お前、寝てばっかりだからな。それなら俺が、って考えらしいぞ) 凍弥 (……あの馬鹿) 鷹志 (で、考えってのはまずアレだ) 凍弥 (アレ?) 鷹志 (御手洗が女子のこと盗撮してるってのは本当だ。     中にはヤバイものも混ざってるらしい。この前お前、支左見谷と帰ってたろ?     あの時にどうして御手洗が支左見谷に声かけてたのか解らなかったけど、     どうやらこのテスト騒ぎが答えらしいな) 凍弥 (……オイ、お前あの時居たのか?) 鷹志 (今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ。まずは御手洗をツブすぞ) 凍弥 (珍しく熱くなってるじゃないか。なにかあったのか?) 鷹志 (あいつ、他の高校とかでも盗撮してるんだと。     俺さ、偶然前に写真を手に入れたってヤツに写真見せびらかされたんだよ。     そしたら……そしたらなぁああ……ッッ!!!!!) ギチッ、と鷹志の拳が硬く握られる。 鷹志 (真由美の写真がありやがったのさ……!!     しかもスカートがめくれてる時の……!     ……いいか、俺はお前がやらなくても御手洗をブッ潰すぞ……!!     止めるって言うなら止めてみやがれ……そん時はお前も敵だ……!) ……冗談じゃないほどに真剣な目だった。 だが俺だって我慢できるほど穏やかな感情なんざ持っていない。 俺は鷹志に小さく手を伸ばし、協力の証として握手をした。 鷹志 (実行は放課後だ。……それと頼みがある) 凍弥 (頼み?) 鷹志 (───今日の俺を橘鷹志と思うな) それだけ言うと、鷹志は自分の席に戻っていった。 …………怖いな。 そんな風にちょっと焦った。 正にその時。 美並 「きゃーっ!?柿崎くんが頭から煙を出して倒れたーっ!!」 …………柿崎が散った。 ありがとう柿崎、お前のその行為だけで十分だ……。 ……慣れないことはするもんじゃないな。 ───……。 ……。 ───……そして放課後。 鷹志は無言で俺の席まで来て頷いた。 俺はモヤモヤした気分と怒りとで眠れず、珍しく起きたまま閉幕を迎えた。 そして───ダンッ! 御手洗「ひっ……な、なななんなんだキミたちっ……!」 後者裏、鷹志が御手洗を壁に追い込んで手で逃げ道を塞いだ。 鷹志 「盗撮した写真、全部出せ」 御手洗「じょじょ冗談じゃないっ……!あれはぼくの大事なものだぁっ……!」 鷹志 「ぼくの───大事なものだ……?」 御手洗「あ、あれがないとぼくはだめなんだ!そうじゃなきゃ……ひっ!?」 ごがぁんっ!! 御手洗「ぎゃあっ!」 鷹志の拳が御手洗の頬を歪ませる。 鷹志 「……おい、今なんつった?おい……なんつったって訊いてんだよ!!」 御手洗「ひっ、ひぃいいっ!」 鷹志 「お前盗撮された人の気持ちを考えたことあるのか?     そんなことのために使われた製作者の気持ちを考えたことがあるか?」 御手洗「か、考えたさっ!だからキレイに撮ったよ!?ほ、ほらっ!キレイじゃないか!     ね、ねっ!?こ、これあげるから怒らないで……!」 馬鹿なことを言った。 今、御手洗は自分で自殺宣言したようなものだ。 ……差し出された写真。 それを見ただけで鷹志は拳を握り締めた。 が。 その中の髪の長い女の子の写真を見た時。 ───鷹志は本気でキレた。 御手洗「え?えっ……?や、やめろぉぉ……!ぼ、ぼくは悪いことしてないっ……!     や、やめて……!やめっ……がはっ!?」 鷹志 「──────」 鷹志は無言で御手洗を何度も殴った。 思いきり殴られた頬は時間を待たずに青アザとなり、それでも鷹志は止まらなかった。 御手洗「ひぎゃああっ!たっ、たすけっ……ぎゃあっ!     閏璃くんっ、たすけてぇえっ……!」 凍弥 「……条件。1、盗撮をやめる。2、写真をネガごと全部よこせ。     3、二度とこんなことするな」 御手洗「ち、誓うよぉっ!誓うからっ……あがぁっ!ひ、っ……た、たす……!」 凍弥 「───鷹志っ!」 俺は鷹志を羽交い締めにして止めた。 それでも鷹志は暴れる。 相当だ。 おそらく───こいつの言う真由美って人の写真があったのだろう。 鷹志 「───ッ!っくしょう!おいてめぇっ!」 御手洗「ひぃっ!も、もうやめて……!もうしないからぁあっ……!」 鷹志 「……チッ……!泣くくらいなら最初っからやるんじゃねぇ!」 御手洗「ううっ……うぅぁあああ……!」 鷹志はバツが悪そうにして御手洗から離れた。 ガシガシと頭を乱暴に掻いて苛立っている。 凍弥 「それで?ネガと写真は?」 御手洗「が、学校の現像室に……」 凍弥 「………」 御手洗「ほ、本当だよ……!もう殴らないでくれっ……!」 凍弥 「………」 鷹志 「………」 鷹志を見ると、小さく頷いた。 俺は御手洗を立たせて現像室へ連れ出した。 ───……。 ……話を聞くに、元々御手洗は脅されて盗撮をしたらしかった。 ようするに苛められてたってことだ。 『ぼくにとって大事なもの』っていうのも、それが無いと苛められるからだそうだ。 苛めてたのは我がクラスの宮治、そして隣のクラスの村里だった。 ……やっぱり、他人に自分の思いを頼むやつにロクなヤツは居ないわけだ。 清水が居なかったことには安心した。 あいつは人間的に嫌いじゃない。 御手洗「ああ……これでまた苛められる……」 凍弥 「そうされそうになったら俺達に言え。やつらに地獄を見せてやる」 御手洗「え……?」 凍弥 「その代わり、盗撮はやめろ。そんなことしてると余計に暗くなるぞ」 御手洗「………」 鷹志 「どうだかな」 凍弥 「た〜か〜し、もういいだろ?」 鷹志 「…………ふん」 荒れてるなぁ。 ああ、ちなみに。 どうして小学時代に別れた幼馴染がその写真の子だって解ったのか訊いてみたが。 前に写真を見せてもらった時点で面影と雰囲気でピンときて、 そいつに訊いてみたらすぐに名前が出てきたそうな。 男の間では有名な娘だったらしい。 そいつもその郭鷺真由美という娘が好きで、その写真を貰ったそうだから。 が、鷹志に実力行使で奪われる。 なにしやがると罵倒してきたそいつに鷹志はひとこと。 ───俺の花嫁だ。文句あるか? ……ええ、すごい言葉だったらしいです。 その男……A組の兼田はそう語る。 その形相、その威圧感に、彼は何も言うことが出来なくなったほどらしい。 御手洗「……ほら、これだよ……」 ……おっと、思考停止。 御手洗が写真とネガを渡してきた。 凍弥 「……なんだ、思ったより現像してないんだな」 御手洗「ぼ、ぼくだって好きでこんなことしてたんじゃないさ……。     ぼくはもともと風景写真が好きだったんだ……。     そ、それをあいつら……もっとキレイに撮れだとか……」 凍弥 「……カメラ持ち歩いてるってだけで利用したってわけか。     それで『キレイに撮ったよ』ってわけね……」 鷹志 「……気分悪いな」 凍弥 「同感だ」 御手洗「……殴られたのは痛かったけど……ありがとう。目が醒めた気分だよ……」 凍弥 「苛めの手口なんて大体解るから、次何か言われたら気にせず言え。     間違っても自殺なんかするなよ?そんなことしたら死んでも負け犬だ」 御手洗「……苛められたことがないから言えることもあるんだよ?」 凍弥 「そうだな。でも逆に苛められたことがないから言えないこともある。     無責任かもしれないけど、出来る限りはなんとかする。     まず言え。言ったら殴るとか言われてもだ。     逆にあいつらブチノメーションしてやるから」 鷹志 「その時は俺も手伝う。柿崎を巻き添えにして」 凍弥 「だな。お前、家は?」 御手洗「一丁目方面……」 凍弥 「近くだな。よし、これからは帰りと行きは俺と行こう。     ことごとくあいつらとの接触を防ぐ」 鷹志 「いいかもな。凍弥と居れば嫌でも暗い性格から脱出しなきゃならなくなる」 凍弥 「どういう意味だそりゃあ」 御手洗「……ありがとう」 凍弥 「礼を言われるのは慣れてないが……まあ謝られるよりいいな。     大事なのはポジティブシンキングだ。     都合の悪いことは全部柿崎の所為にしてしまえ」 鷹志 「お前ヒドイな」 御手洗「う、閏璃くんもイジメをしているのかい……!?」 凍弥 「フレンドとしての付き合いだ。その証拠にあいつも平然と落とし入れてくる」 御手洗「……それは友達って言わないんじゃ……」 凍弥 「友達さ。どこまでが冗談か解っててやってるからな。     冗談を冗談と思えないやつが、我らの世界ではダメになる。     いいか?俺達のことは『友』と呼べ」 御手洗「と、友……?」 凍弥 「そう、友よ!だ」 御手洗「友よ……」 凍弥 「もっと大きく!」 御手洗「とっ───友よぉっ!!」 凍弥 「……オッケイ。あとはその長い髪を切って……」 鷹志 「…………やっぱり俺にも噛ませろ。楽しそうだ」 御手洗「お、おもしろがらないでくれよぅ……」 鷹志 「そういう意味合いじゃないって。しこたま殴って悪かった。     お前の改造、俺もやってやりたいんだ」 御手洗「た、橘くん……」 鷹志 「ノンノン、友だ!」 御手洗「あっ……───友よっ!!」 鷹志 「そうそうその調子!」 鷹志がいい具合に熱くなってきた。 凍弥 「でもここじゃあ整髪は出来ないよな。えー……よし、俺の家に行こう。     姉さんが使ってる整髪バサミがある」 鷹志 「よし」 鷹志と一緒に御手洗を抱えて走り出す。 凍弥 「わっかめぇ〜!」 鷹志 「こんぶ!もずく!こんぶ!もずく!」 凍弥 「わっかめぇ〜!」 鷹志 「こんぶ!もずく!こんぶ!もずく!」 そして意味不明な言葉。 ……なんてことをしている時だった。 美都 「んあ?閏璃と橘じゃないかー。どうしたんだそんな急いで」 凍弥 「おう明ー。いやね、ちょっと御手洗クン改造計画をな」 美都 「どうするんだ?」 凍弥 「オタクイメージを払拭してやろうと思ってさ。これから整髪だ」 美都 「なんだよそういうことなら俺に言えよ。     こう見えて、俺は整髪とか得意なんだぜ?     他ならぬ凍弥ちゃんの頼みなら……聞いてあげなくもないワよ?」 ……時々こいつってオカマ入るよな。 あの口調が好きらしいけど、ふざけてるのかどうなのかがイマイチ解らん。 凍弥 「どうする?」 鷹志 「家帰る手間省けたじゃん」 凍弥 「だな」 美都 「そうそう。あ、じゃあこっちヨ、ワタシについてきてェ〜♪」 明が浜辺で駆けるカップルのように走ってゆく。 …………思いっきり行く気を削がれたが、行かないわけにもいかない。 凍弥 「行くか……」 鷹志 「ああ……」 こうして微々たる御手洗改造計画が始まった。 ───……。 ……。 ───………………ギャア。 俺と鷹志は声を揃えてそう言った。 ああ、べつに揃えようとして揃えたわけじゃないですよー? ただ……ただねぇ。 御手洗「ど、どうかな……少しはマシに、な、なったかな……?」 緊張しながらの御手洗の言葉。 あのボロボロだった眼鏡、恐ろしいほどに伸びてた髪、だらしなく少々伸びてた髭。 それを払拭してコンタクトにしただけで。 ここまで……ここまで化けるか御手洗 博樹……。 鷹志 「どうかな、ってお前……鏡見てないのか……?」 御手洗「う、うん……なんか美都くんが見せてくれなくて……」 凍弥 「……顔のアザ消えたら相当ですよコレは……」 鷹志 「だよなぁ……」 解らん。 どうしてこんな美形があんな方向に落ちてしまったのか。 鷹志 「もったいねぇ!」 凍弥 「うむもったいねぇ!」 鷹志 「いくぞ御手洗!凍弥の家へ!」 凍弥 「俺の家へ!」 御手洗「ええ?あ、うわぁああああ……っ!!」 震える声を出して御手洗は俺達に担がれた。 凍弥 「情けない声出すな!シャッキリしろもったいない!」 鷹志 「もったいない!」 御手洗「ぼくは御手洗だよっ……!」 鷹志 「今の段階ではお前は『もったいない』だ!嫌なら化けるんだ!」 御手洗「そ、そんなぁ……」 俺と鷹志は全力で駆けた。 息切れしても走る。 尚も走る。 ───やがて俺の家が見えてくる頃、鍵を開けて滑り込むように中に入った。 凍弥 「湿布湿布!あと水と氷とタオルと───」 鷹志 「ガーゼどこだ!?痛み止めと腫れ止めは!」 凍弥 「寝台の用意を!」 鷹志 「手術、始められます!」 御手洗「えぇっ……!?」 忙しない病院のように暴れまわり、俺達は御手洗をソファに寝かせた。 そして消毒や塗り薬や冷水に湿布、腫れ止めや痛み止め軟膏を塗りたくった。 凍弥 「橘二等兵、彼のアザはどのくらいで消えると見るか」 鷹志 「ハッ、おそらく二日程度ですサー!」 凍弥 「5秒で治せ」 鷹志 「無茶言うな!」 凍弥 「まあ、消えないよりはマシか。よかったな御手洗、二日で治るって」 御手洗「……ね、ねぇ閏璃くん……」 凍弥 「どした?」 御手洗「ぼくは……キミ達の友でいいのかい……?」 凍弥 「俺は構わん。その引っ込み思案を改良したらお前はもっといい男になる」 鷹志 「だな。その引っ込み思案と無駄などもりさえなければ」 御手洗「……が、頑張るよ……。     だから……ぼくのことは名前で呼んでくれないかい……?」 凍弥 「了承」 鷹志 「うわ、1秒だ」 凍弥 「それじゃあよろしくな、博樹」 博樹 「えぇ……?ぼくの名前、知ってたのかい……?」 凍弥 「あんまり人を甘くみるな」 鷹志 「それでも物覚え悪いからすぐ忘れるかもしれんが」 凍弥 「やかましい、いつからそんな面白い性格になったんだお前は」 鷹志が俺の質問にニヤリと笑う中、 俺は挙げられた御手洗……いや、博樹の握り拳にコツンと拳を合わせた。 鷹志 「ほい、俺も。今日から正式に、お前は『友』だ」 コツンッ。 博樹 「ありがとう……」 凍弥 「ホレ、くぐもった声禁止。ありがとう……じゃなくてありがとうだ」 博樹 「あ、ありがとうっ」 凍弥 「どもりも意識的に治そうとしてみろ。     思考ってのは習慣を記憶してくれるからな、すぐ直るさ」 博樹 「……頑張るよ。友のために……」 凍弥 「友のために!」 鷹志 「友のために!」 博樹 「は、ははは……あはははははっ……」 凍弥 「……なんだ、いい顔で笑えるじゃないか」 鷹志 「でも痛そうだぞ」 凍弥 「お前がしこたま殴ったからだろ……」 博樹は笑う度に顔の痛さに苦しんでいた。 だが、ここ数年、笑うなんて行為はしていなかったんだろう。 その分、まるで火をつけたかのように笑い始め、まるで笑い止む様子はなかった。 次第に腹筋の痛みを訴えた彼にタバスコを一滴含ませ、地獄を見てもらった。 ───幸い、それで彼の笑いは治まったのだった……。 【ケース22:閏璃凍弥/御手洗の冬】 ───……翌日。 俺は少し歩いた先に御手洗邸を発見する。 中々大きな家だ。 来流美と一緒にどんな仕事してるんだろうかとか、 そんなことを言い合ったことのある見覚えのある家だった。 来流美と由未絵に事情を話すと俺は呼び鈴を鳴らして反応を待った。 そしてしばらくして博樹が走ってやってきた。 博樹 「おはよう友よ!」 凍弥 「おう友よ!腫れ結構引いたみたいだな」 博樹 「昨日いろいろ塗ってもらったのが効いたみたいなんだ。     ああっ……こんな朝は始めてだよ……」 あれからのことだが、俺と鷹志は博樹に『友』としての喋り方を説明した。 それは夕方まで及び、俺がバイトに出ても鷹志が意思を引き継いだ。 その成果が今の博樹だ。 ところどころのどもりが消え、くぐもった声も出していない。 ……うむ、申し分無し。 来流美「ダレコノヒト」 そしていきなり真顔で……いや、どこか人形チックに訊いてくる来流美。 凍弥 「なに言ってるんだよ。御手洗じゃないか」 来流美「…………ウソよ……これは何かの悪夢……」 凍弥 「見たか?これがこいつの趣味なんだ」 博樹 「すごい趣味だね……」 来流美「そんなんじゃないわよっ!」 博樹 「うわっ!?」 凍弥 「はいはい怯えるな怯えるな。これはこいつのクセだから怯えることはないんだぞ」 博樹 「クセで怒鳴るのかい……?」 来流美「本気にしないっ!」 博樹 「うわっ!?」 来流美「……いちいち驚くのね。なるほど、御手洗くんだわ」 双方ともに納得したらしい。 それじゃあさっさと行きますか。 由未絵「あっ……凍弥くん」 凍弥 「ん?どうした?」 由未絵「ホラ、あそこ……」 由未絵が促すその先。 そこにふたりの鈴問生が居た。 いかにもって顔だ。 ていうか宮治と村里だ。 凍弥 「………」 村里 「………」 俺と村里は睨み合う。 俺は別に喧嘩するつもりはないが、相手が睨んだら睨み返すのが鉄則だ。 宮治 「おい閏璃、御手洗知らねぇ?」 博樹 「っ……」 気づかれていないのか、宮治が真顔で訊いてくる。 その宮治を恐れるように、博樹が俯くが─── 凍弥 「博樹?こいつこいつ」 宮治 「はぁっ!?」 村里 「……そんなわけないだろうが」 凍弥 「博樹、顔上げろ」 博樹 「ひっ……」 凍弥 「安心しろって、絶対守る。『友』の名にかけて」 博樹 「───……!」 ……博樹は勇気をもって顔を上げた。 それを見て宮治と村里が心底驚く。 宮治 「なっ……おまっ……!こんな顔だったのか!?」 村里 「あり得ねぇ……なんかの間違いだぜこりゃあ……!」 ちなみに。 博樹は間違いなく、宮治と村里よりもいい男です。 宮治 「お前ちょっとこっちこいよ。例の写真───」 凍弥 「待った」 宮治 「なんだよ閏璃、邪魔すんなよ」 凍弥 「写真てのは博樹に盗撮させたもののことか?」 宮治 「げっ……なんで知って───御手洗てめぇ裏切ったのか!?」 凍弥 「利用してただけのくせに何が裏切りだよ。     お前変なヤツだなぁ、日本語習い直せよ」 宮治 「う、うるせぇ!お前はどうなんだよ!」 凍弥 「博樹の友だ」 宮治 「はっ……どうだかっ……!」 博樹 「友さっ!」 宮治 「……あ?なに口答えしてんだよてめぇ……」 博樹 「うるさいっ!ぼくはもうお前達なんかに利用されない!     変わるんだ!邪魔させるもんか!」 村里 「御手洗、お前……」 村里が感心したような声を出す中、宮治がジリ……と距離をつめた。 ───その時。 由未絵「喧嘩はダメだよっ!」 ……そんな声が響きましたとさ。 村里 「え?あ……えっと……」 途端、村里がうろたえる。 ……え?なんですかその反応。 顔真っ赤にして……。 まさか、こいつ本当に由未絵のこと……? 村里 「わ、わりぃ宮治、俺降りるわ。前から気分悪ぃと思ってたんだ……」 宮治 「へ、へぇっ!?お、おいちょっと待てよ村里!お前俺を裏切るのか!?」 村里 「いや、目ェ醒めた。何調子に乗ってたんだか自分でも解らねぇけどさ。     結局お前も俺を利用してたんじゃん。     冷静になってみたら思い当たるところがありすぎだよお前」 宮治 「なっ……!」 村里 「……閏璃、すまん。あの時から反省してたんだが……でも解ってくれ。     恥ずかしくてお前を頼ったのは本当なんだ。     情けないけど俺、ああいうの書いたの初めてで……」 凍弥 「いや、俺も悪かった。お前の気持ち、ちゃんと考えてなかった。……さて」 ……ギロリ。 宮治 「う、うう……」 凍弥 「ひとりになったけど……どうする?」 宮治 「な、ナメんじゃねぇぞ……。俺はこう見えても空手やってんだ……。     お前らくらい簡単に……───あ……」 宮治が言葉を詰まらせる。 何故かって、目線の先のふたつの電柱から鷹志と柿崎が睨んでるんですもの。 宮治 「あ……えと……」 さすがに身の危険を感じたのか、覇気がなくなってゆく。 宮治 「チッ……勝手にしやがれ!」 一丁前な捨て台詞を吐いて宮治が走り出した。 俺達はそれを見送って小さく溜め息をついた。 ……まったく呆れる。 村里 「……悪かった、御手洗。お前にヒドイことした……」 博樹 「いいよ、もう。友が吹っ切れさせてくれたから気にしてないよ」 村里 「……でもこれからが逆に大変な気がするぞ」 博樹 「どうして?」 村里 「あいつらと付き合うってことは精神上疲れるってことだ……」 博樹 「……面白いじゃないか。ぼくは気に入ったよ」 村里 「…………イジメに耐えたヤツは言うことが違うねぇ……」 つんつん。 村里 「ん?なん───あぁっ!?」 由未絵「村里くん、喧嘩しないでくれてありがとう」 そう言って由未絵は微笑んだ。 ……一方、村里は恐ろしいほどに真っ赤になる。 村里 「あ、あのっ!支左見谷さんっ!」 由未絵「ひゃっ!?は、はい?」 村里 「じ、自分は一年の頃からあなたが───す、好きでしたぁっ!」 ───好きでしたぁっ!好きでしたぁ!好きでした!好きで─── ……世界が凍りつく中、ただそのエコーだけが聞こえた。 凍弥 「……へ?」 来流美「な……」 鷹志 「うおう」 柿崎 「ギョォウ」 博樹 「うわ……」 由未絵「……ふ、ふぇ……ふぇえ……え……?」 その場に居たみんなが驚いた。 そんな中で冷静に『時の声』を醸し出していた柿崎は無視するとして、いったい何が……? 村里 「勝手なこととは存じますが、是非この場でご返答をーっ!」 由未絵「ご、ごめんなさいっ!」 村里 「ぎゃあああっ!!」 あっさりフラレた。 しかも即答。 村里は傷ついた。 村里は精神に2000ダメージ!! 由未絵「あ、あの……わたし……」 村里 「い、いや……いいから……解ってたことだから……!     ふぐぅっ……く……うぐっ……う、うわぁああああああっ!!」 村里が泣きながら走り去っていった。 相当ショックだったらしい。 鷹志 「む、村里ぉおおっ!!」 柿崎 「村里ーっ!お前は漢だーっ!よく告白したーっ!     俺はっ……!俺はお前の姿を忘れねぇーっ!!」 村里 繁……凄まじい漢だった……。 柿崎 「あいつ……いい男になるぜ……」 鷹志 「ああ……。成長しろ、村里……。その時こそ、お前も友だ……」 勝手なことをぬかして黄昏てるふたりは無視するとして、だ。 あんなにあっさり断ったってことは……由未絵のヤツ、好きな男が居るのかな……。 …………なんだろ。 なんか胸のあたりがモヤモヤする。 ……うう、今朝、来流美の家から物色してきた生焼けロースが効いたか……? ゴロロ…… 凍弥 「はうっ!」 ビ、ビンゴ! どうやら胸焼けだったみたいっす! 凍弥 「す、すまん博樹!お前の家のトイレ貸してくれ!」 博樹 「うん、中に入って左をずっと奥に行くとあるよ」 凍弥 「助かる!」 俺は来た道を戻って御手洗邸に駆け込───……親御さんとか居るよな? これで入っていったら俺ってば…… 凍弥 「友よ!カモーン!」 博樹 「来てるよ」 凍弥 「うおう。中、入っても平気なのか?」 博樹 「うん、父さんも母さんも夜にならないと帰ってこないんだ」 凍弥 「そっか……それなら遠慮なく」 ───…… …………。 はふぅ、と溜め息を吐いた。 あれから大急ぎで学校まで走り、遅刻は免れた。 俺は例の如く寝ようとしたんだが…… 鷹志 「……なぁ。美都が言ってたんだが……」 凍弥 「なんだよいきなり」 鷹志 「聞けって。なんでもさ、まだ賭け事してるらしいんだよ。     写真の件は無くなったそうなんだけど」 凍弥 「……なんかムカツクな」 鷹志 「言っても仕方ないだろ?」 凍弥 「それはそうだけどな」 鷹志 「そこでだ。俺とお前と柿崎で順位を荒らそうってことになってさ」 凍弥 「荒らすのか」 鷹志 「俺達の中のひとりでも支左見谷を超えればいい。     ……無茶は承知だけどな、あいつらが気に入らない」 凍弥 「………」 鷹志 「どうする?柿崎は煙出しながら勉強してるけど」 凍弥 「…………オーケー、乗った」 鷹志 「ッシ。じゃ、今日からライバルってことで」 凍弥 「正々堂々、試合開始だ」 コツンと拳を合わせる。 ……なんか面白くなってきたな。 俺はその気持ちを少し顔に出しながら、柿崎を見ゴガシャアアン! 美並 「きゃーっ!柿崎くんがまた倒れたーっ!!」 …………まあ、ああはなるまい。 ───……。 ……。 ───……それから俺の勉強の日々が始まった。 今となっては由未絵は最強の敵。 あいつの手を借りずに自分を高めるには─── 真凪 「はい?ああ、勉強ですか。いいですよ、お手伝いしましょう」 ……これしかないわけだ。 真凪 「それにしても驚きですね。     閏璃くんは勉強をしない人だと教師の間でも有名なのですが」 うお、あんたらそれでも教師か? 正論すぎて言い返せないけど。 凍弥 「それでテスト範囲ですけど……」 真凪 「それは秘密です」 凍弥 「……ですよね」 真凪 「一応手元に過去問などもありますがね。テストで勝ちたい人でも居るんですか?」 凍弥 「勝ちたいっていうよりは……、……いえ、そうですね。勝ちたいです」 真凪 「訳アリですか……。でも教えられません」 凍弥 「そのつもりはないですって。     ただ、今の授業やったところで基礎知識が無いから訳が解らないんですよ。     そこのところをちょっと教えてやってください」 真凪 「……私は甘くないですよ?」 凍弥 「望むところです」 そうじゃなきゃ教わる意味が無い。 真凪 「そうですね……それじゃあまず、どのあたりまでが出来るのかを調べましょう。     時間、大丈夫ですか?」 凍弥 「ええ」 ───……正直、不安は無いと言えば嘘すぎて閻魔に舌抜かれるのを覚悟するくらいだ。 だけどこれも由未絵の…………ハハ、そうだな。 確かに過保護かもな。 でも、やるって決めた。 だから挫折は無しだ。 寄り道もしない。 俺自身、どこまで出来るのかも気になるところだし。 さ、いっちょ頑張りますかぁ。 ───……。 ……。 ───……一週間後。 来流美「ねえ、凍弥?」 凍弥 「……この部分にこれを代入……って、なんだ?どうしてこんな答えに……」 来流美「凍弥?」 凍弥 「つまるところ、Xが……」 来流美「凍弥っ!!」 凍弥 「小言なら後にしてくれ。お前の口から出る雑音を頭に入れる時間なんて無い」 来流美「……何度も訊いてるけどさ、それってなんのつもり?」 凍弥 「この方程式は……んー、これは一度勉強したな。思い出せ……俺は出来る……」 来流美「凍弥っ!」 凍弥 「小言なら後にしろって言っているだろう。     見ての通り、テスト勉強で忙しいんだよ」 来流美「…………マジ?」 来流美が引く。 が、そんなことを気にしている場合じゃない。 えーと……ごしゃああんっ! 美並 「きゃーっ!柿崎くんがーっ!」 もう柿崎が頭から煙出して倒れるのも恒例になっていた。 ……さて、ラスボスである由未絵はまず置いておくとしても、今の強敵は鷹志だ。 元々頭いいのに勉強してないってだけで赤点とってたヤツだ。 本気を出せば5位以内に入るのは容易いだろう。 俺も今なら自信はある。 だが問題は由未絵だ。 あいつに勝たなければならないとなると相当だ。 こんなもので満足してちゃいけない訳だ。 ……くそ、バケモノめ。 由未絵「凍弥くん、どうしたの最近……」 凍弥 「悪いな、勉学中だ。話はあとにしてくれ」 由未絵「う、うん……」 来流美「…………ちょっと凍弥?     わたしはどうでもいいけどさ、由未絵にまでそれってヒドイんじゃない?」 凍弥 「余裕無いんだ。頑張らなきゃならないんだよ」 来流美「そんなにしてまで何したいのよ」 凍弥 「クラスで1位になりたいんだよ」 来流美「へ……?ぷっ……あっははははは!なにそれ!なんの冗談!?あはははは!」 凍弥 「笑ってろ。俺は真面目だ」 来流美「は……」 ……来流美は口を開けたまま動かなくなった。 由未絵「凍弥くん……」 凍弥 「そういうわけだ。小テストが終わるまで、俺とお前は敵同士ってこと。     ……いいか、手加減したら本気で怒るからな」 由未絵「そんな……凍弥くんと争うなんて……」 凍弥 「悪いが取り消すつもりはない。俺も全力でいく」 由未絵「そ、そんなぁ……凍弥くん……」 それ以降、俺は言葉を出すことはなかった。 由未絵は寂しそうな顔をすると自分の席に戻り、座っただけで俯いて動かなくなった。 ……悪い、由未絵。 正直俺がお前に敵うわけないって解ってるけど、お前が手抜きしたんじゃ意味がないんだ。 もちろんただで負けるわけじゃない、最後の最後まで突っ走ってやる。 一位を狙っての挑戦だ……絶対負けられない。 ……男連中に俺に賭けるヤツが居るわけがない。 その大盤狂わせに呆れた時に裁いてやる。 鷹志 「……よ、戦友。調子はどうだ……?」 凍弥 「2キロ痩せた……」 鷹志 「そうか……俺も似たようなもんだ……」 ふたり同時に息を吐いた。 柿崎が頼りにならん今、俺達でなんとかしなければならない。 ……いや、案外もうそれは蚊帳の外なのかもしれない。 ただ、我らの願いは───打倒由未絵! そして己こそクラス最強の頭脳の持ち主だということを! そして失いかけていた『男の尊厳』を今こそ取り戻すためっ……! ばしぃっ! 鷹志 「……やってやろうじゃないか」 凍弥 「今の俺達に超えられない壁なんてないさ……決勝で会おう」 鷹志 「約束だ」 俺と鷹志は勢いよく拳を合わせて不敵に笑った。 小テストは明日だ。 復習も兼ねて、答えの見直しをしないとな。 ……ああ、ちなみに決勝というのはノリで出た言葉であって、テストとは関係なし。 Next Menu back