崩れゆく穏やかな日常。 たったひとつだけ抜けてしまっただけで…… それは最初から崩れやすかったかのように、ボロボロになってしまった。 無くなってしまったそれは二度と取り戻せることもなく。 ただ無様に悲しむことしか出来ない自分が嫌だった。 ……そう、それは永い夢だった。 夢だけど夢じゃない、少女が望んでいた暖かい未来。 同じ学校に通って、寝坊して走って、クラス分けで驚いて。 そんな暖かい日々、暖かい日常を小さな幸せとして必死に望んでいた。 でも、夢にはいつか終わりが来る。 ……いつか目覚めなければいけない。 それが『日常』というものなのだから─── ───雪景の歌。約束という名の永遠と終わりの中で───
【ケース30:閏璃凍弥/流れる時の中の夢】 ───カチッ。 『な、なにぃぃい!?朝か!?朝なのかぁあああああっ!!』 いつもの様にルークン人形が騒ぎ出す。 凍弥 「ん……」 カチッ。 『ギャァアアアァァァッ!!!!』 スイッチを押すと断末魔の雄叫びを最後にオフになった。 俺はその目覚まし時計を見てあくびをした。 凍弥 「くあ……あぁ〜〜ぁ……」 息を吸い込む様に、大きく伸びをする。 凍弥 「……ふう」 目覚めは複雑な気分だった。 凍弥 「………」 最近、よく昔の夢を見る。 それは偶然なのか、何かの前触れなのか。 そんなことが解る筈もないのに考えてしまう。 声  「凍弥、起きてるか?」 ドンドンという荒々しいノックと共に、姉さんの声。 凍弥 「ん、起きてるよ」 声  「そうか、飯が出来た。起きて食え」 凍弥 「解った」 俺は布団から出て、制服に着替えて部屋を出た。 ダイニングに行く前に洗面所へ行き、冷水で顔を洗う。 凍弥 「ぐわ……!!」 予想以上に冷たい水に驚いた。 だけどそれに慣れると、別に最初ほどの冷たさは感じなかった。 凍弥 「ふぅ……」 顔を拭き、ダイニングへ。 凍弥 「おはよう、姉さん」 葉香 「ああ、おはよう」 台所では姉さんが使用したフライパン等を洗っていた。 葉香 「先に食ってていいぞ」 凍弥 「ほい、では」 朝食は少し焦げた目玉焼きとインスタント味噌汁。 それとご飯だった。 手早く済ませて席を立つ。 凍弥 「あれ?」 そこまで来て、あることに気づく。 凍弥 「今日、パン屋休み?」 葉香 「ああ、ちょっとな」 凍弥 「腰痛?」 ドゴス!! 葉香 「殴るぞ」 凍弥 「痛って……!もう殴ってるだろ……!!」 葉香 「いいからとっとと学校に行け」 凍弥 「了解……」 痛む頭を押さえながら玄関へ。 靴を履き、玄関のドアを開けようと腕を伸ばす。 カチャ。 凍弥 「あらっ?」 しかし、勝手にドアが開く。 由未絵「あれ?」 由未絵が居た。 凍弥 「……由未絵がこんな朝から……?」 由未絵「おはよ、凍弥くん」 凍弥 「……夢か?」 由未絵「失礼だよ凍弥くん……」 凍弥 「いや、冗談だけどな」 由未絵「本気の目だったよ……」 凍弥 「気のせいだろ」 由未絵「凍弥くんの事なら自信あるよ」 凍弥 「あるな!」 由未絵「言ってる事がメチャクチャだよ」 凍弥 「俺も由未絵の事なら自信あるぞ」 由未絵「わぁ、お互い様だね」 凍弥 「例えば───お前が早起きするなど不可能な事」 由未絵「……凍弥くん」 凍弥 「よって、これは夢だ」 スパァン!! 凍弥 「ハオッ!?」 来流美「目、覚めた?」 凍弥 「……ハイ、バッチリ」 由未絵「じゃ、行こ?」 凍弥 「ああ」 そして三人並んで歩く。 他愛ないやりとり。 他愛ない話をして。 ゆっくりと朝を歩いてゆく。 空を仰ぐと、眩しい陽の光がそこにあった。 そんな暖かな日常を歩いている。 ───でも。 こんな日常さえも夢である事に気づいたのは……いつのことだっただろう……。 ………… ───雪が降っていた。 ゆらゆら、ゆらゆら。 真っ白い空から、ゆっくりと雪が降っていた。 そんな空の下で少年と少女が無邪気に遊んでいる。 はしゃぎ声が空に飲み込まれ、やがて消えていた。 ふと、少女が少年に向き直り、言葉を繋いだ。 少女 「ねえ凍弥くん。幸せって何かなぁ」 少年 「幸せ?」 困惑顔で応える少年。 少女 「凍弥くんは何が幸せ?」 少年 「え……俺?えっと……そうだなぁ……」 少女 「うん」 突然の問いかけに戸惑いながらも、必死に考える少年。 少年 「トイレの紙があった時とか?」 少女 「下品なのはダメだよ……」 少年 「悪い、真面目に考えるよ。え〜っと……」 少女 「うん」 少年 「……そういう由未絵は?」 ひとつの疑問に辿り着き、問い返す少年。 少女 「え?わ、わたし?」 少年 「ああ」 少女 「え、えと……」 問い返されて悩み出す少女。 少女 「……お父さんとお母さんと話せること」 やがて、照れながら口を動かす。 少女 「それと……凍弥くんと一緒の時間」 少年 「なんだ、俺は2位か」 少女 「えっ……?そんなつもりじゃ……」 少年 「解ってるよ、ありがとな。     でもさ、本当にどうしたんだ?いきなり幸せがどうとか……」 少女 「うん、聞いてみたかったんだよ。凍弥くんの幸せを」 少年 「聞いてどうする」 少女 「わたしが出来そうなことだったら……」 少年 「だったら……?」 少女 「恩返し、したいんだよ」 少年 「礼が欲しくて遊んでるんじゃないし、多分ロクな幸せじゃ無いぞ?」 少女 「そんなことないよ!」 少年 「うわっ!?」 必要以上に大きく放たれた少女の声に少年が驚いていた。 その瞬間、雪が舞い上がった。 少女の微笑みを包み込む様に。 少女 「世界中の人にはね?きっと幸せになれる権利があるんだよ。     楽しいことをして、笑って、泣いて。     そんなことが昔あったなぁって思えたら───     きっとその時、わたしは幸せだと思うんだよ」 少年 「………」 綺麗な雪だった。 綺麗な微笑みだった。 まるで時間が止まったかのように、少年は少女を眺めていた。 少女 「そして凍弥くんにもきっと、幸せになる権利があるよ」 少年 「あ───……そう、思うか?」 少女 「うんっ!」 少年 「……そっか」 少女 「……世界中のみんなの人生が幸せに終わればいいのにね……」 少女は穏やかな微笑みをして、視線を空から俺に戻し、笑っていた。 俺は……そんな綺麗な景色に言葉を失っていた。 少年 「……ん?」 何か小さな笑い声のようなものが聴こえた気がした。 少年 「………?」 気のせいだろうか。 少女 「凍弥くん?」 少年 「えっ?」 振り向くと、すぐ目の前に少女の顔があった。 少年 「わっ……」 ドサッ!!! 少年は驚いて、無理に後退りしたせいで転んだ。 少年 「……っ……てぇ〜……」 少女 「だ、大丈夫?凍弥く……」 少女が手を差し伸べようとした。 でも、その手が途中で止まる。 少女 「あ……」 少年 「………」 前に手を払われた事を思い出したのだろう。 少年は申し訳無い気持ちを胸に、少女に微笑んだ。 少年 「手、貸してくれないか?」 少女 「えっ……?」 少年 「雪で足が滑るんだ」 少女 「え……?え……?」 少年の前には戸惑う少女がいた。 嫌われるのが嫌だったから、途中で止めた小さな手。 少年 「なぁ、早くしてくれ。ズボンが濡れる」 少女 「………」 やがてその小さな手がおずおずと動き、少年の手を取る。 少年 「ありがとう」 少年はその手を優しく包み、微笑んだ。 少年 「……よっ……と」 雪が積もった白い地面を蹴って立ち上がる。 少年 「ありがとな、由未絵」 少年はもう一度少女に礼を言うと、少女の頭を撫でた。 少女 「………」 ただ少女は、嫌われなかった事に対して泣いていた。 少年 「あ、ああもう……泣くなったら。大丈夫、嫌ってなんかないから……な?」 少女 「……うん」 雪が舞う季節……冬。 少女と一緒に路地を駆けていた。 寒い風が吹いて、手を擦り合わせて、そしてまた走る。 少年は少女の手をとって、葉を失った森を走った。 小さな目印を頼りに駆け抜けた。 やがて森の奥に見えてくる一筋の光。 冬の木々の隙間、頭上からこぼれる光とは違う眩い光。 それを頼りに駆け抜けた。 ───森を抜けると、そこには街の姿があった。 白い街。 真っ白に染まった街。 そんな景色と雪を見て、思い浮かべるのは少女の微笑み。 そして思い描く少女の暖かい未来。 ……永い永い時だった。 たったの18年。 でも、永いと言えた18年。 ひとつひとつの夢と未来を重ね合い、ようやくここまで辿り着くことが出来た。 風が優しかった。 木々が揺れていた。 雪が……降っていた。 いつしか幼馴染の少女も混ざり、日が暮れるまで駆け回った。 そんな夢のような日常。 もし本当に、これが夢だったら少年はどうするのだろう。 永かった時はたった一日の狭間に在った夢だとしたら。 ───そう、これは夢だ。 体に温もりを感じる。 風が寒くない。 雪が冷たくない。 ……でも。 少女の微笑みだけが暖かく、そして……悲しかった。 夢は必ず覚めるもの。 お母さんに起こされたり、目覚ましが鳴ったり。 あるいは……自然に目を覚ます。 目を開けると、そこは眩しかったり暗かったり。 そんな当たり前の日常。 そんな何処にでもあるような日常を求めた少女。 お母さんに起こされることを望んでいた。 目を開けば母の呆れた顔があることを望んでいた。 ───永い永い夢だった。 少女は少年と出会い、微笑みを知って。 そして元気に日常を駆けていた。 お母さんは起こしてくれなかったけど。 そこにお母さんの呆れた顔は無かったけど。 少女は微笑んでいた。 凍弥 「なあ由未絵……」 季節が何度も繰り返し、めぐっていた。 由未絵「ふぇ?なに?凍弥くん」 いつもの日常に身を包み。 凍弥 「お前、頭が毛玉だらけだぞ」 いつもの喧騒に囲まれて。 由未絵「えっ!?……わぁあぁっ!」 ふと気づくと季節はめぐり。 凍弥 「ぬいぐるみの海で寝るからだ」 暖かい陽の光が差し込む路地を駆けて。 由未絵「うぅ〜、だって暖かいんだよ、この寝方」 腕時計を見る度に騒いで。 凍弥 「暖かい以前の問題だ。いつか窒息するぞ」 近道を通って信号を待って。 由未絵「本望だよ」 やがて見えてくる学校に安堵の溜め息を吐いて。 凍弥 「お前なぁ……」 安心したら、次は予鈴に驚いて。 由未絵「だって……」 教室に入ると先生が居ないことに安心して。 由未絵「凍弥くんがくれたぬいぐるみだからね」 ただ、そんな日常を繰り返していた。 それが夢だと気づくとき、俺は泣くのだろう。 夢は過去。 この夢は少年と少女の過去。 もう、起きてしまった過去。 その変えることの出来ない思い出を、ずっと背負わなきゃいけない。 忘れることが出来るわけがない。 たとえいつか苦笑しながらでも笑って話せるようになったとしても、 それはずっと悲しい思い出のままなのだから─── ─── 少年は遅かった少女が気になって、病院に行こうとした。 どうせまた寝てるんだろうとか、普通通りの思考を思い浮かべて。 近道を思い浮かべて道を走った。 空を見上げるとちらちらと降り始める雪。 綺麗だな、と思いながら、昔、少女とした約束を思い出して小さく笑った。 雪が降るたびに笑っていよう。 そう言ったのは自分だ。 だけど後悔はしていなかった。 雪を見るとこんなにも自然に笑顔になれる。 それは多分───この雪を見ている限り、少女も笑っていると思ったから。 自分はあいつが笑ってさえいれば幸せだって思ったから。    ───でも。             現実はそうじゃなかった。 雪の降る街の中、少女が微笑んでいた。 信号に差し掛かる普通の景色だった筈なのに、 そこにあるのはその普通の景色とはかけ離れたものだった。 わけが解らなくて。 ただ、わけも解らず涙が出てきて。 彼女はそこに居るのに。 笑っていてくれているのに。 どうしても……そこに彼女が居るという実感が沸かなかった。 駆け寄って抱き起こしたけど俺を見てくれなくて。 ただ、力なく地面に落ちるその小さな手を見て─── ……俺は、生まれて初めて大声で涙した─── ───……。 ……。 ……壊れた日常。 なにもかもが虚ろに見えて、自分は今までなんのために…… 誰のために笑っていたのだろう、と。 そんなことを考えながら、その日常に流されていた。 抗う力もなく、ただ流される。 あの日から降り続く雪は儚くて。 嫌でも彼女の笑顔をが思い返された。 ……悲しい笑顔だった。 今まで幸せに感じていたものが、あんなにも悲しく感じるなんて…… 解らない。 解らない……。 どうしてこんなことに……。 そんな自問自答ばかりを繰り返し、だけど結局流されるままの自分。 時折、突然冷静になって、自分のしていることに対して泣いた。 ───解ってる。 自分が荒れていることくらい。 傍に居なければダメだったのは俺の方だったんだ。 ずっと一緒に居たかった。 それなのに、もう彼女は居ない。 これが現実だ。 いい加減、目を覚まさないと───。 だけど……約束くらいは守ろうか。 とても大変だと思うけど……。 せめて吹っ切れるまでは、そうしよう。 ───……。 ……。 ───その日から俺は、雪を見る度に笑っていた。 込み上げる涙をこらえて、必死に約束を守っていた。 涙がこぼれても拭うこと無く笑っていた。 だけど……雪が途切れる度に、膝をついて泣いていた。 ……夢を見ていたかった。 あの穏やかな世界の中で、ずっと幸せな夢だけを見ていたかった。 少女の微笑みを見て、微笑んでいたかった……。 いつか目が覚めた時、そこにはやっぱり悲しい笑顔しかなくて……。 そんな笑顔が悲しくて……。 約束の結末が悲しくて……。 雪を見る度に……情けなくボロボロと泣いていた。 ───……やがて目が醒める頃、静かな朝を迎えて。 いつも通りに行動して、誰も居ない家にいってきますと言って外に出た。 途端、世界は音を無くしたかのように静まり返った。 ……そう、街はざわめきを無くしていた。 自分が音を拒絶しているか、それとも元々こういう世界だったのに気づかなかったのか。 どうあれ、この静けさは辛かった。 学校へ続く小さな坂道を降りた先で、小さな風に吹かれた。 その風は自分には冷たくて。 風が吹く度に体が震えて。 震える度に……これが現実だということを実感した。 ……そんな現実が悲しかった。 ───……。 ……。 ……俺の身にあるのは絶望だった。 ひとりの幼馴染が眠りについた。 泣きたくなるくらい悲しい笑顔だった。 ……壊れたんだな、と実感した。 俺達が小さい頃から積み重ねてきた暖かい日々。 本当に長い年月だった。 そこにあるのが微笑みだったり、悲しみだったり。 一生懸命に積み重ねてきた微笑みの断片。 でも……壊れるのは一瞬だった。 ───昔、ひとりの少女がいた。 その子は不器用で、ちょこちょこともう一人の少女の後ろに隠れるように歩いていた。 あまり笑わない少女だった。 でも、ゆっくりと降り注ぐ雪を見た時、少女は初めて微笑んだ。 俺はそんな少女の笑顔が暖かく感じた。 それから俺は雪が降ると一緒になって笑っていた。 やがて少女は普段でも笑うようになった。 俺は純粋にそれが嬉しかった。 多分……好きだったんだと思う。 少女の笑顔が。 ある時、少女が言った。 『世界中のみんなの人生が幸せに終わればいいのにね』と。 俺はその言葉が好きだった。 彼女にもきっと、幸せな未来が待っていると信じて疑わなかった。 でも……今。 目の前にあるのが現実だった。 そして、その言葉を思い出した時……俺は泣いた。 みんなが居る前で。 父さんや母さんや姉さん、そして来流美が見つめる中。 男なのに…… 強がっていたかったのに……泣いたんだ……。 誰も何も言わなかった。 言葉なんて欲しくなかった。 ……涙が止まらなかった。 止めたくもなかった。 気づいてしまったから。 俺は少女が……由未絵が好きだったんだって…… 本当に好きだったんだって……気づいてしまったから……。 だから泣いた。 泣いていたかった。 誰も責めようとはしなかった。 みんなも泣いていたから……。 【ケース31:閏璃凍弥/目の前にある現実】 ───…………うんっ!約束だよ!! そう、全てはこの言葉から始まった。 ……いや、俺達が互いを認識出来た時、約束の歯車は回り出したんだ。 俺は運命なんてものは大嫌いだった。 そんな言葉一つで割り切れる人生を歩む奴が、この広い世界の何処に居る? 人の命は重い。 それが大切な人なら尚更だ。 だからこそ俺達は生きてきた。 先に進む事で未来は変わり続けるから。 俺達は『運命』なんてレールの上を馬鹿みたいに走り続けるガラクタなんかじゃない。 俺達は俺達の未来のために生きている。 そう信じて生きてきた。 それなのに……俺はそう思っていたかったのに……!! こんなのってあるかよ……!! 凍弥 「───っ!」 ───静かだった。 見えるのは滲んだ天井。 体を起こしながら目を拭うと、溢れるくらい大粒の涙。 重症だな、と思いながら制服に着替えた。 ……目が覚めて、これが夢だったらとどれだけ考えただろう。 でも……そこにある静寂が消えることは無かった。 鞄を取る時に、鞄につけてあるお守りが目に入って、目の前が霞んだ。 思い返される思いは楽しかったときのことばっかりで、 喧嘩した時のことなんか全然思い浮かばなかった。 ただ、同じ色のお守りふたつと色違いのお守りを握って、また、小さく涙を流した。 だけどその涙もすぐ拭い去り、部屋を出て階下へ降りた。 凍弥 「………」 ……日常は普通だった。 ただ、足りないだけ。 少女の笑顔が。 俺はムシャクシャするような感覚に襲われ、それを紛らわすかのようにテレビをつけた。 『───街で不幸な事故にあった支左見谷───』 凍弥 「───!!」 『警察署に現れた男性が、全てを話ました。  どうやら男性が車で走っていたところ、  少女が信号を無視して飛び出したため撥ねてしまい、  電話を探す為にその場を離れたと───』 凍弥 「………!?」 『最近の高校生等は信号を無視することに事故発生の───』 凍弥 「………ッ!!!!」 ガシャァアアアン!! 凍弥 「ふ……ざッ……るなぁあああ!!!」 ガン!!ガシャァッ!! 俺はテレビを殴り倒していた。 倒れたテレビの画面が大きな音をたてて、破片を散らす。 凍弥 「お前らに……!!お前らなんかに由未絵の何が……!!」 来流美「……何の騒ぎ……って───凍弥!?」 凍弥 「何が解るっていうんだぁあああッ!!」 来流美「落ち着きなさい!凍弥!!」 凍弥 「ちくしょう!!ちくしょうッ!!」 来流美「凍弥!!」 パンッ!! 軽快な音と共に、頬に痛みが走る。 凍弥 「───ッ!?」 来流美「こんなことして何になるっていうの!!少しは落ち着きなさいよ!!」 凍弥 「………」 来流美「凍弥……辛いのは解るけど、でも……」 凍弥 「……解ってるさ……」 俺はゆっくりと居間を出た。 凍弥 「こんなことしたって……由未絵はもう戻ってこないんだ……」 ……裁いてくれる人なんて居なかった。 由未絵を撥ねた男は結局、大した罪にはならなかった。 証拠が無かった。 周りには家も人の姿も無かったから。 結局、男の話を信じるしか警察に道など無かった。 何より、男は警察署に現れた事で信用を得ていた。 ……誰も裁いてくれなかった。 仕事ばかりで娘から笑顔を奪った親に何が出来る? 由未絵を知らないあいつらに何が出来る? ……何も出来やしない。 出来る訳が無い。 無理にしてもらいたくも無い。 でも……葬式の日、由未絵の家族は泣いていた。 うずくまって泣いていた。 娘の名前を何度も何度も繰り返し呼んで、泣いていた。 ……それはあまりにも遅すぎた愛だった─── 凍弥 「………」 制服を着て家を出た。 通学路をゆっくりと歩く。 静か……本当に静かだった。 この世界には自分ひとりしか存在しないような、そんな錯覚を覚える程だった。 やがて見えてくるパン屋。 中に入り、パンを見てゆく。 いつもハムサンドが在った場所。 そこにそれは無く。 俺はコロッケパンを手に取って支払いをして、店を出た。 それを食べて、再び歩き出す。 ……姉さんは何も言わなかった。 だから俺も何も言わなかった。 ───……。 ……。 教室も静かだった。 クラスのみんなが重苦しい空気を吸っていた。 鷹志や柿崎はなんとか場の空気を盛り上げようとしたんだが、 それはすべて空振りに終わっていた。 ……あいつら自身の元気もない。 それじゃあ何をやったところで─── 声  「なぁ見たか?例のニュース」 声  「そうそう、信号無視らしいじゃん。     学校じゃいい顔してたけど、やっぱり人の子だよなぁ。     あ……だけどよ、あんな夜に何の用だったんだろな。確か入院してたんだよな?」 声  「馬鹿っ!お前らちょっと黙れ!」 声  「あ?なんだよ橘、そんなの俺らの勝手だろ?」 声  「幼馴染が死んだんだぞ!?そんな話を学校でまでされて勝手なわけがあるか!」 声  「あ……わ、悪ぃ……」 声  「……大体、支左見谷は信号無視するような娘じゃなかったよ……」 声  「へ?だって実際……」 声  「………」 ───……。 ……鷹志が行かなかったら俺……どうしてたんだろ……。 体が唸りそうだった……。 殴り倒しててもそれが当たり前なくらい、意識が飛びそうになった……。 ……くそ……お前らにあいつの何が解る……。 好き勝手いいやがって……! 凍弥 「………」 ……時間は普通に過ぎていった。 まるで由未絵が眠りについた事を忘れさせようとするかのように。 でも、忘れることなんて出来る筈がなかった。 ───……。 ……。 時間がが流れると、少しは笑えるようになった。 鷹志や柿崎と話をすれば夢中になっていることもあった。 でも…… 鷹志 「それがさ、結構美味いんだよその店」 凍弥 「そんなに美味いのか?」 鷹志 「一言で言えば絶品!もはやプロの域!というわけで帰りに寄っていかないか?」 凍弥 「いいねぇ、なぁ由未絵、お前も───」 でも、悲しかった。 振り向いても、声をかけても、居やしない。 それ以上に……自分が情けなかった。 自分がいつまでも覚えててやらなきゃならない筈なのに……。 気が付くとさ……笑ってるんだ。 ずっと悲しんで生きていくって思ってたのに……。 お前が居ない世界でなんて、もう笑えないって思ってたのに……。 笑ってやる意味なんて……もう無かった筈なのに……─── あいつはもう……居ないのに……。  『何があっても必ず行くから』 俺の頭には、ただその言葉だけが流れていた。 だから俺は何度か約束の教室へと行こうとした。 でも、足が動かなかった。 体が悲しみを恐れているのが解った。 行っても誰も居ないから。 誰も居ないのが悲しいから。 だから俺は…… 来る筈の無い人を待つという『永遠』と、 忘れて新しい道を歩くという『終わり』の中で、『終わり』を選び…… 普通の時を生きていった……。 ───……。 ───桜が咲き、緑が溢れ、色あせ、やがて落ちてゆく。 季節の流れは今まで通りに緩やかだった。 学校を卒業して、当てもなく適当な大学に入って流れる日々は相変わらず。 俺はそんな日常の中で、同じ大学に行った鷹志に奨められてひとつのドラマを見ていた。 雪景の歌。 そういうタイトルだった。 それは再放送のドラマだった。 ひとりの少女がひとりの少年を好きになり、少年もまた、少女のことが好きなった。 でも実は少女は病気で、病院から学校に通っていた。 それを知っているのは家族だけだった。 しかしある日に突然、少年と話していた少女が発作に襲われ、倒れた。 何も知らない少年は慌てることしか出来なかった。 でも少女の苦しむ声を聴いた時、何をするべきかを考えて救急車を呼んだ。 けれど……救急車が来る少し前。 少女が少年に言った。 伝えたいことがあるから学校の空き教室で待っていてほしい、と。 そして次の言葉。 『何があっても必ず行くから』 ………少年は約束通り教室で待った。 何日も待った。 気がつけば一週間が過ぎていた。 それでも待った。 本当はすぐにでも病院に行きたかっただろう。 それでも待った。 やがて一ヶ月の時が流れた。 俺はこんな所で何をしているのだろう、と……少年は考えた。 あいつはどうなったのだろう。 そう考えながらも待ち続けた。 ……二ヶ月目のある日。 後ろから声をかけられ、振り向くとそこに少女がいた。 病院を抜け出して来たらしく、外着ではなかった。 そして少女は少年に想いを告げて、少年はそれを受け入れた。 ……由未絵は何を望んでいたのだろう。 今、画面では、いつか鷹志が言ったように静かなハッピーエンディングが流れている。 自分の気持ちにもっと早く気づいてやれていたなら、 由未絵は幸せな人生を歩めたのだろうか。 そう考えると涙が止まらなかった。 いつの間にか少女の微笑みは夢から消えて、俺も微笑むことが無くなっていた。 『幸せって何かな』 わからない。 わからないよ。 俺には幸せという言葉の意味がわからないよ……。 由未絵……。 【ケースEND:閏璃凍弥/約束という名の永遠と終わりの中で】 ───……時が流れた。 あれから色々なことがあったけど───今、こうして自分の人生を生きている。 街には人も増え、騒がしいばかりだ。 俺はもう学生ではなく、社会人だった。 毎日が忙しく、毎日が楽しくもあった。 そんなある日、友人からある事を聞いた。 なんでも、俺が通っていた高校が壊されるらしい。 人が増えたから大きく建て直すのだそうだ。 だからだろか───……気がつくと俺は学校の前に立っていた。 自然と足が動いたのだ。 凍弥 「………」 既に立入禁止の立て札があった。 だが俺は、校舎の中へと足を運んだ。 ……いい天気だった。 春の香りが世界中に溢れていた。 ひとつひとつ、思い出を確かめるように歩いた。 そして辿り着いた場所。 そこは……あの約束の教室だった。 悲しい笑顔が脳裏によぎり、目に熱い物が込み上げてくる。 凍弥 「……ッ……くそ……ッ!!思い出しちまった……!!」 もう忘れるって決めたのに……。 俺はやりきれない気持ちを無理矢理胸の奥に仕舞って、涙を拭った。 凍弥 「……」 いつまでも引きずるのが嫌だった。 だから俺は想いから決別する為に……そのドアを開け放った。 そしてそこに……ひとりの少女が居たんだ……。 少女 「こらぁ、遅いぞ?     あんまり女の子を待たせちゃいけないんだよ?     ……まぁ、それでも来てくれたんだし……うん、許しちゃおう!!」 凍弥 「……キ、キミは……?」 少女 「……え?ねぇ……それ、誰に言ってるの?」 凍弥 「………」 少女 「あらら……もしかしてわたし?」 顔を確認しようにも光のせいで見えない。 でも……懐かしい声……昔、無くしてしまった……大切な何か…… 少女 「……そっか、忘れちゃったんだ……。まぁ、しょうがないのかな……」 凍弥 「な、何を言ってるんだ?俺には何がなんだか……!!」 少女 「いいよ。結果的にこの場所には来てくれたんだし。それに……」 凍弥 「………」 少女 「昔から忘れやすいからね、凍弥は」 凍弥 「え……?」 その口調……来流美……? 少女 「なんて……ね。来流美ちゃんなら、こんな感じで言うのかなぁ」 凍弥 「なっ……!?」 光が隠れて現れた顔。 それは…… 凍弥 「由未……絵……?」 そう、由未絵だった。 由未絵「久しぶりだね、凍弥くん……。     あ……アハハ……背……伸びたね……。わたし、子供みたいだ……」 そこには、あの頃のままの由未絵が立っていた。 由未絵「でも……また会えて……よかったよぅ……」 目の前の少女は泣いていた。 それは再会の喜びなのか、 一緒に生きていられなかった悲しみの涙なのか、俺には解らなかった。 由未絵「凍弥くんヒドイよぅ……わたしずっとここで待ってたのに……」 凍弥 「……そんな……そんなことって……ゆ、由未絵……?」 由未絵「……うん」 凍弥 「───っ……由未絵っ!」 俺は由未絵に駆け寄り、その小さな体を抱き締めた。 ……暖かい。 春の陽射しの香りがする……。 ……もしこれが夢なら……どうか、ずっと醒めないでくれ……! 由未絵「凍弥くん……泣いてるの……?」 凍弥 「ごめん、ごめんな由未絵っ……!俺、俺っ……!」 由未絵「凍弥くん……」 凍弥 「俺っ……お前を、守ってやりたかったのに……!     俺……!くっ……うぅう……!ごめん……!由未絵ぇ……っ!」 由未絵「…………凍弥くん。謝っちゃだめだよ。わたし、謝られるの嫌いだな……」 由未絵は、いつか俺が言ったような言葉を口にして微笑んだ。 由未絵「もう会えない筈だったのにこうして会えたんだよ……?ね、喜ばないと……」 そう言って、由未絵は震える体で微笑んだ。 凍弥 「馬鹿……っ!お前だって泣いてるだろうがっ……!」 由未絵「……あはは……そうだね……」 由未絵は俺の胸に手を当てて、体を預けてきた。 俺はそんな由未絵を離したくなくて、ぎゅっと抱き締めた。 由未絵「……寂しいなぁ……もう痛みも感じられなくなっちゃった……」 涙を流しながら、由未絵は呟いた。 それと同時に───由未絵の体が透けて見えてくる。 凍弥 「あっ……ゆ、由未絵……?」 由未絵「……うん」 凍弥 「そんな……嘘だろ?嘘だよな?いっ……嫌だぞ俺は!もう消えるな!     ずっと俺の傍に居てくれ!俺、わかったんだ!やっと気づけたんだよ!     遅くなったけど───もうあの日には間に合わないけど!俺───」 スゥ─── 由未絵の体がどんどんと透けて、一瞬、その体を抱く俺の腕が見えた。 凍弥 「……ッ!だめだ……消えるな……!消えるなよぉ……!」 由未絵「……ごめんね。もう決まってることなんだよ……」 凍弥 「違うっ!決まってることなんてない!運命なんてものは無いんだ!     そんなの───!     認めちまったらお前は死ぬために生まれてきたことになるだろ!?」 由未絵「……違うよ。わたし、凍弥くんに会えてよかった。     たとえ少しだけしか生きていられなかったとしても、     凍弥くんが居る世界なら───     たったひとときの命でも、わたしはその世界を選ぶよ」 凍弥 「っ……!」 由未絵「……泣かないで、凍弥くん。わたし、凍弥くんの泣き顔見たくないよ……」 凍弥 「由未絵……!」 由未絵「………」 由未絵はやさしく微笑むと、だんだんと白く輝いてゆく。 凍弥 「由未絵っ!」 由未絵「……凍弥くん。嬉しかったよ、またお話出来て。     わたしが此処に居られる時間……。今日が最後の日だったから……」 凍弥 「最後って……!?」 由未絵「あの事故の後、わたしは死んじゃったけど……。     でもね?約束っていう想いが、この世界に繋ぎ止めてくれたの。     あの日から……今日まで」 凍弥 「なんで!なんで今日までなんだよ!!」 由未絵「ここ……壊されちゃうから……ここが約束の場所だから……」 凍弥 「そんな……!!そんなの俺がやめさせてやる!!     だから……だからもう消えないでくれ!!」 由未絵「……やさしいな……やっぱり……。     だから好きになっちゃったんだね……。     ありがとう凍弥くん……。最後に会えて嬉しかったよ……」 由未絵の周りにあった白い輝きが光となり、彼女を包んでゆく。 凍弥 「待って……待ってくれ!!俺はまだ……お前に何も言ってない!!     何も伝えてやってないんだ!!     俺っ……!遅すぎたけど……!俺、お前が───」 やがて真っ白な光は無数に散らばり、消えていった。 最後に一つの言葉を残して。 『大好きだよ……凍弥くん……』 凍弥 「……っく……うぅ……ッ……うわぁあああああああああああっ!!!!」 ……俺はやっぱり何も出来なかった。 少女の言葉が何よりも嬉しかった。 それなのに俺は泣く事しか出来なかった。 俺は何も変わってないんだと。 なにも出来なかった子供の頃のままなんだと。 そう思って、暖かな春の日差しが差し込む教室で泣いた……。 ───……夢を見ていた。 静かな夢だった。 そして……悲しい夢。 ひとりの少女がひとりの少年を好きになり、想いを告げられないまま眠りにつく。 それでも少女は少年を待っていたんだ……。 ずっと……ずっと……。 それなのに、その少年は悲しみを恐れて約束の場所に行かなかった。 それでも少女は待ち続ける。 たった一つの約束を信じ続けて。 そして少年は後悔したんだ。 すぐにでも行けば、今までずっと一緒に居られたのにと。 馬鹿だったんだ。 自分が傷つくのが嫌だった。 そんな,どうしようもなく馬鹿な少年の夢を見た……。 ───その少年はその日、別の……懐かしい夢を見た。 ひとりの少女と一緒に遊ぶ夢。 永い永い夢。 その時がずっと続いてほしかった夢。 暖かくて……悲しい過去の夢。 その夢の中、少女が言った。 少女 「世界中の人にはね?きっと幸せになれる権利があるんだよ。     楽しいことをして、笑って、泣いて。     そんなことが昔あったなぁって思えたら、     きっとその時、わたしは幸せだと思うんだよ」 少女は笑顔だった。 優しく暖かい笑顔だった。 そんな笑顔が辛かった。 でも…… でもな……? 次の瞬間…… 少女は……泣いたんだ……。 少女 「でも……私は……幸せに生きられたかなぁ……。     幸せに生きていられたのかなぁ……」 そう言って……泣いたんだ……。 ただ普通に生きて、普通に笑う。 そんな普通の幸せに憧れたひとりの少女。 そんな少女に何もしてやれなかったんだ……その少年は。 そして少女の笑顔をもう見ることが出来ないと解った時、 その少年は生まれて初めて、本当に心から泣いた……。 そんな……悲しい夢だった……。 ───……永い夢を見ていた。 夢の中で少女と街の路地を駆け回っていた。 なんて暖かく、懐かしい夢だろう。 ……そう感じた筈なのに、涙が止まらなかった。 そして今。 俺は見慣れた景色の中に立っていた。 いつか通っていた母校を背に、何処へゆく訳でもなく、ただその場に立っていた。 ふと見上げた空。 何処までも澄み切っている空。 雲ひとつ無い綺麗な青空だった。 だけど、俺はそんな空を見て泣いていた。 目の前にある現実が全てが夢だったら……。 どれだけ、そう願ったことだろう。 どれだけ、それを切望したことだろう。 俺はいつまでも笑っていたかった筈だ。 とても幸せだったから。 だから、いつまでも笑っていられると……。 いつまでも幸せでいられると……信じて疑わなかった。 ───現実。 なんて悲しい言葉だろう。 どんなに願っても、どんなに望んでも。 大切な時間は過去でしかなかったんだ。 戻りたくても戻れない。 崩れてしまった夢を前に、俺は泣くことしか出来なかった。 凍弥 「………」 ふと、空を見上げる。 その空はとても綺麗で、澄みきった蒼空だった。 雲が一つも無くて、広く透き通る蒼だった。 凍弥 「いい天気だ……」 そんな綺麗な空を見上げて、俺は泣いていた。 でも…… 凍弥 「え……?」 空から幾粒の白い結晶が、ゆっくりと降ってきた。 凍弥 「なんで……」 空には雲ひとつ無かった。 でも……雪が降っていた。 凍弥 「由未絵……?」 俺はその雪に暖かさを感じた。 空が泣いているんじゃない。 少女が……由未絵が……微笑んでいる……。 凍弥 「は……ハハハ……」 それは遠い昔。 ひとりの少年がひとりの少女と一緒に笑った過去。 凍弥 「ハ……ッ……ハハ……ハ……」 例えば、と考える。 思い出を繰り返し、思い出の中で泣けたら……それは幸せと呼べるのだろうか。 こうして自分が歩んでゆく先に、思い描いていた未来が存在するのであれば、 僕らは描いた未来と知らない未来、どちらを選ぶのだろう。 ……選ぶ必要なんて無い。 どんな未来を辿っても、思い出が残ることが幸せであると少年は気づいたから。 だから…… 凍弥 「ありがとう……由未絵」 だから俺達は生きている。 生き続けることで未来は変わるのだから。 それならば俺は精一杯生きてみよう。 少女の微笑みを信じて……。
───約束─── それはひとりの少女とひとりの少年がひとつの幸せを求めて、 小さな頃から少しずつ積み重ねていった普通の夢。 出会ったあの日からさまざまな季節がめぐり、 日常が壊れても笑っていられるのは……きっとふたりが互いの笑顔を望んだから。 ───そんな約束の言葉で綴られた─── ───ひとつの悲しい物語───
【Interlude───】 ───……途切れた丘の上。 この街を見下ろせる唯一の場所で、ふたりの男がひとりの青年を見下ろしていた。 レイル「……いいのかディグ。     リミット過ぎた人間の魂を具現するのって、天界じゃあ違法だぞ」 真凪 「構いませんよ。どちらも私の大切な生徒ですから。それに───」 レイル「それに?」 真凪 「私は賭け事は苦手ですが───そこまで嫌いではないんですよ」 レイル「……自分の首を賭けたバクチか?お前の考えることってデカすぎて怖いよ」 真凪 「あなたには負けますよ、レイル」 レイル「……ま、あいつらが辛い時に何も出来なかったからな。     それならあいつらの知り合いくらいは助けたいだろ?」 真凪 「ふふっ……知り合いの全てを救う気ですか?貴方は」 レイル「馬鹿言え、俺はそんなお人好しじゃないよ。     俺はアレだ、強い思いを助ける……一陣の風?」 真凪 「似合いませんね」 レイル「ほっとけ!」 真凪 「でも、そういう考えは嫌いではありません。     ……願わくば、閏璃くんが彼女の魂に気づきますように……」 レイル「……なぁ、あの学校のあそこの教室が重要なんだよな?」 真凪 「そうですが」 レイル「あ、なら俺、レインに情報操作させてあそこだけ抜き取るわ。     思い出の場所だっていうなら、あいつも手を貸すだろ」 真凪 「知り合いが全員犯罪者になりますね……」 レイル「構わん。俺はバクチ好きだ」 真凪 「……はいはい、お気の召すままに……」 ───……。 ふたりの男は微笑みながら空を見上げた。 ひとりはそのまま寝転がり、 もうひとりは見える筈もない大きな桜の木のある方向を見た。 やがてどちらともなく立ち上がり、空へ消えた。 ……それから、この街には変わった噂が流れるようになった。 暖かい雪の降る日、途切れた丘で強い思いを願うと、それが叶えられる。 そんなおとぎ話のような話。 だけどそんな噂とは裏腹に、 幼かったふたりのとっておきの場所に、誰かが訪れることはなかったという…… Menu back