. SolitudeDiary
───SolitudeDiary-孤独日記-───
 0/分厚い日記と三日間の思い出 『そしてまた、わたしは独りになってしまった』 ───そう書いたとき、筆を持つ手がふるえた。 あっ、と小さく声をあげ、伸ばした手も間に合ってくれずにカタン、と筆が落ちる。 そのせいで、書き途中だった日記が止まってしまった。 ただ筆が落ちただけだというのに、 石造りの床ではねる音は、屋敷全体に響いたかのように大きく聞こえた。 けれどもそれが過ぎれば屋敷の中は静かなもので、 ついこのあいだまでの騒ぎがウソのよう思える。 そんな静寂が嫌で出るため息も、もう数え切れないほど吐き出した。 慣れていたはずのものが不慣れになることなんて、ないと思っていたのに。 まだまだ自分が知らないことは多いようで困る。 「はあ……」 書きかけの日記帳を押しのけて、机に突っ伏しながらのため息。 それだけで考えても、数えるのも面倒なくらいに吐いているに違いない。 それでも無気力になる自分をなんとか動かして、筆を拾い上げ、 日記帳を引きもどし、あとニ行で終わる日記に文字を連ねてゆくと…… あの三日間ことを記すためだけに用意された日記帳は用済みになってしまった。 用済みといっても、ただこれ以上書くことがないという意味での用済みだ。 分厚い日記帳にはまだまだ空白が残っている。 用済み……いや、必要がないのはこの余白のことだ。 すでに書きたいことは書いたため、 日記として使うことがわたしのなかでは不可能になっているのだ。 この日記帳にはあの三日間以外のことを書きたくない。 これはそれを記すためだけに用意したものなのだから。 「やだなぁ……どうしてこんなにボ〜ッとしちゃうんだろ……」 最後の文字が乾いた頃、パタンと日記帳を閉じた。 ソレを机の端に置いてから、 無駄に大きな机の奥に置かれている重要な書物らに目を向ける。 左から召喚魔術書、魔導魔術書、魔導式学、などと小難しい文字が並んでいる。 けれど、以前までは一番右端にあった『異界転移魔術書』は、もうそこにはない。 「……はぁ〜……」 今度の溜め息は長く、重いものだった。 余計に頭が重くなる。 そんな調子でふと見た鏡の中の自分は、ひどくなさけない顔をしていた。 自分の体から、万物に対する『やる気』が失われたようなひどい顔。 本当にひどい顔だ、こんなひどい顔の自分にはそうそう会えないだろう。 つ、と撫でた額には、読み方は解らないけど『漢』という字が消えずに残っている。 そんなものを見たら、怒りと同時に寂しさが滲み出てくる。 「……ああもうっ! やめやめ! こんなのわたしじゃないよ!」 うがーっと叫んで、顔をパンパンと叩いた。 でも次の瞬間にはため息。 まったく、随分と堕落したものだと呆れてしまう。 「……うー」 置いたばかりの日記帳を手に取り、シゲシゲと見つめる。 日記帳といっても、そこらにある魔術書と同じ装丁の、分厚く可愛げのない日記帳だ。 けれどもわたしにとっては『可愛げ』なんてものはどうでもいい。 起きたことを記すだけなら可愛げなんてものが必要だとは思えないし、 自分に必要なのはきっと、そんなものじゃない。 「……はぁ」 懲りずに出るため息に苦笑しながら、手に取った分厚い日記帳を開いた。 そこには、あの三日間の出来事が記されている。 時間にして見てみれば一日にも満たないかもしれないし、 罵倒と喧嘩ばっかりだったけれど、 『孤独じゃないわたし』でいられた三日間のことが。  1/弦月彰 ───俺、弦月彰は変わり者だった。 神と死神の魂を宿した『月の家系』っていう妙な血筋に産まれ、 人の身でありながら、人の身では考えられない能力を持っていた。 家系の特徴としての『薄く赤い目』や、 『人間離れした身体能力』が、人から離れた印象を否応もなしに自覚させる。 そんな、人間とは離れた存在の俺ではあるけど、誰がどう言おうが生粋の人間だった。 人と違うところといえば『創造の理力』と『月操力』という力を持っているくらいで、 目や髪の色のことをのぞけば、他はなにも変わりやしない。 全体を大雑把にオールバックにした頭は、 オールバックと呼ぶにはあまりにトゲトゲしいが、 混ざった魂のせいで変色しているなんてこともない。 時折に金と銀が混ざるものの、基本的には黒髪。 生まれついての身体能力に頼るのが嫌で鍛えた体は、 細身の割には多少の筋肉が出来上がっていて、 今まできちんと身体能力に対する他人からの疑惑を誤魔化してくれていたはずだった。 はずだったんだが、それとはべつのところで俺は、ある日を境に孤立した。 能力、なんてものは、持っていない人から見れば異端でしかなく。 ふと気づけば、俺は誰からも相手にされない、怖がられるような孤独な存在だったのだ。 その原因は『創造の理力』と呼ばれるものにあった。 頭の中に浮かべたイメージを物質化するなんていう、 普通じゃ考えられない能力を、俺は産まれ持った。 思い返せば馬鹿だった。そんなものを普通の人間に見せれば、 怖がられることくらいわかっていただろうに。 そんな能力を使えるってだけで、俺は周りから化け物扱い。 友達だと思っていたヤツらさえ、あっさりと俺から離れていった。 ……正直、今ではそれでよかったと思ってる。 そいつらとは結局、友達ではなく知人って程度の仲だったってことなんだろう。 けど、どんな力があろうが、俺が人間として産まれたことには変わりはない。 レタスとプロレスと時代劇と人をからかうことを愛する、どこにでも居る高校生だ。 けっして、どっかの世界の英雄だの魔物だの精霊だのの類じゃない。 人をからかうためなら口調だって雰囲気だって平気で変える、普通の人間だ。 そんな俺だからこそ、悩んでいるのだろう。 人間である俺が、漫画でよくあるような『召喚』をされたことについて。 ───最初に見えたのは石造りの薄暗い場所。 次に少女。 たとえるなら中学1、2年くらいの背格好の、小さな女の子だった。 およそ、学校の図書室を目指している最中ではお目にかかれない、 奇妙な格好をした少女が目の前に立っていた。 違和感を覚えたのはもちろん場所にもだけど、やがてそんなこともどうでもよくなる。 目の前の少女の格好が異様だったからだ。 特注で作らせなきゃ存在しえない、 黒魔術師みたいな黒い服……ゲームとかでよくローブとか呼ばれてるやつ、かな? と、海賊の船長が被っていそうな大きな帽子。 その下の、見るだけでもサラサラだと解る肩に届く程度の短くまっすぐな髪は、 真っ青な空を連想させるような青色。 格好、髪の色、場所……どれをとっても普通じゃなかった。 え、と……これ夢?夢だよな、こんな場所、校内にあるわけないし。 俺、たしか勉強のために図書室に向かってて……あれ? あっちが夢? にしては、学生服のままだし……どうなってんだ? いろいろ考えても答えは出ない。 だから結局はこうなった。こんな場面に向かい合うことになったら、 必ず一度はやってみようと思ってたこと……頬つねりを。 さあ、ギュギュッとつねってギャア痛い! ……ということは夢じゃないということになるのか? 彰 「………」 女 「………」 まず、お互いがしたことは沈黙。 何を言えばいいのかも解らない状況で発言することは、 どういうわけか抵抗があるものだ。 だが痺れを切らしたような声とともに、 俺達のあいだにあった沈黙状態は終わりを告げる。 女 「わたっ……わたしがあなたを呼び出したのよ! 言うことを聞きなさい!」 が、再び沈黙。 どうして俺が、 名前も嗜好も好物も年齢も知らない子供の言うことを聞かなければならないんだ? と考えたからなんだが……しばらく考えてみたものの理解にはいたらない。 しかしここで『なんのことですか?』とか言うのはあまりに無粋だろう。 少女もなにやら必死のご様子。雰囲気だけでも合わせるべきでしょう。 まあその、お子様の遊びと思って。 なにより人をからかうのは大好きでございます。 彰 「貴様か……我を呼び起こしたのは……」 女 「そ、そうよ!」 姿勢をビッと正し、威圧感を込めながら少女を睨んだ。 そのためか、少女は少しどもりを見せ、数歩下がる。 彰 「なんの用だ。この我を呼び出したのだ、それ相応の用件があるのだろうな」 女 「え? えっと……」 慌てはじめる少女。 俺は俺で、そんな少女を横目に、自分が立っている場所を見渡していたりする。 どう見ても日本に存在しているとは思えない部屋(?)を。 まるで魔術師が『フエッフエッフエッ』とか言いながら、 なにかを呼び出してしまいそうな場所じゃないですか。 ……いや、実際呼び出されたのか? 頭の混乱もそのままに、もう一度少女を見やる。 と、まだ慌てている少女が目に留まった。 えーと……まさか何も考えずに召喚されたのか? 俺は、このお子様のお遊びで召喚されたというわけですか? あ、いやいやいや……驚くところはそこじゃないだろ。 召喚ってなんだよ召喚って。 や、まあ、俺はその時その時の状況を楽しむのが趣味ですから、 召喚がどうとかはいいんですけどね? ゲームとかでよく知ってるし、世の中は楽しんだもの勝ちだと思うしさ。 ただこのあと、伝説の勇者様になれとか言われるのは勘弁だ。 いや、そもそもここはどこなんだ? ああ、考えがてんでまとまらない。 どうやら自分で思っているよりもずっと、俺は混乱しているらしい。 彰 「ぬう……おい小娘」 女 「は、はい!」 はい、ってキミ……仮にも召喚主でしょうが、もっと威厳を見せてくれ。 そう言いたいところだが、それを言って話をこじらせるのも…… 面白そうではあるがややこしくなりそうだ。 彰 「貴様まさか……用も無しに我を召喚したのではあるまいな」 女 「そ、そんなことないわよ! 失礼ね!」 そのわりにはどもっているのがとても気になるのですが? 彰 「失礼? 貴様……我に礼節を押しつける気か……!」 女 「えぇっ!? そ、そんなつもりは……」 出せる限りの殺気を含んだ(つもりの)目で、少女を睨む。 そんな行動に息を飲む少女。でも礼節はわきまえないとね。 自分で言っといてなんだけど。さあ、まずは自己紹介さ。 彰 「我が名は弦月彰。小娘、名乗ってみせろ」 女 「え? あ、わたしは、えっと……ミア=チェルシートンよ!」 突然の自己紹介に戸惑う少女───ミアは、やっぱりお子様らしい。 必死に威張ろうとする姿は見ていておかしくなる。 ……って、なに和んでんだ俺。 彰 「そんで? なに用じゃい。ていうかここどこ?」 ミア「え……?」 口調を普段通りに戻した俺に戸惑うミアは、まじまじと俺を見た。 そして……少しの間ののちに、やがて言う。 ミア「……あなた、本当に死神?」 彰 「俺だ」 ミア「訳が解らないわ。わたしは『死神なのか』って訊いてるの。    召喚主としての命令よ、答えなさい」 彰 「だめだ」 なにやら偉そうなので即答で断ってみました。 良識のない子供ってイヤよね。俺が言えた義理じゃないけどさ。 ミア「な、なによその態度! わたしは魔術師よ!? 召喚主に逆らうっていうの!?」 彰 「だとしたらどうだというのかね!?    その小さな体でなにが出来るというのかね!!」 踏ん反り返りつつミアを見下しながら、その頭を大きな帽子ごとポンポンと叩く。 ……おお、触り心地がいいぞこの帽子! まるで猫でも撫でているような感触だ! ミア「う、うぐぐぐぅううううっ!!!」 などと、帽子の感触とは思えない手触りに感動していると、なにやら激昂するミアさん。 ミア「もう怒った! 雷よ! この不届き者を成敗せよ! ブラストボルト!!」 よく解らん言葉を放ったミアさんは、俺に向けて片手を突き出した。 その途端、ミアの掌から青白い光が放たれバガァアアアアッ!! 彰 「ギャアアアアーーーッ!!!」 全身を火傷させんばかりの雷が俺を襲った───ってギャア痺れてる! 痺れてるよ俺! って状況把握してる場合じゃあありません! 死ぬ! 死んでしま───……ぎゃあああああああ!!!!! 気絶状態から復活し、ちょっぴり焦げて今が食べごろな俺は、 ミア……否、小娘に状況説明されました。 それがまた、くだらない理由すぎて呆れております。 彰 「つまり? 俺は貴様の魔術やら式やらの所為で、    この『空界』に召喚されたわけか?」 ミア「で、あなたはなんの能力も持たない地界の人間ってわけなの?」 小娘は見下したような態度でそう言った。 おのれ……仕返しのつもりか? ならば小娘の言葉は無視しよう。 彰 「地界ってのは俺達の住む場所のことだったよな? で、ここが空界」 ミア「そう。いくら地界の者だからって、五つの世界のことくらい知ってるでしょう?」 彰 「小娘、貴様はもっと小娘らしく喋るべきだぞ。無礼極まりない」 ミア「あなたに言われたくないわ」 にべもなく、あっさりと言われた。 文字通りの愛想のない態度……まったく可愛げの無い小娘じゃわい。 それならこっちも言いたいこと訊きたいことのみを口に出すようにしよう。 じゃないと話が進みそうにない。というわけでまずは…… 彰 「五つの世界ってのはアレだろ? 天界、地界、空界、冥界、神界のことだろ?」 ミア「へえ、知ってるんだ」 彰 「ま、俺の家の血筋は普通じゃないからな。そっちのことには詳しいんだ。    それよりもだ、なんだって俺を召喚したんだよ。召喚ってのはアレだろ?    魔物だとか精霊だとかを呼ぶものだろ? それがなんだって人間である俺を……」 ミア「うぐ……」 あ、言葉に詰まった。 その発言が自分の『魔術師』としての地位を脅かすものだと知っているのだろう。 魔術師としての定義なんぞ知りもしないが、なんとなくでも想像がつく。 彰 「そっかー、失敗したんでちゅかー」 ミア「子供扱いしないでよね! なによその喋り方!」 彰 「お子様語だ。お子様の貴様には十分だろう」 ミア「お子様お子様って……じゃああなたは何歳よ!」 彰 「十七。ちなみにもうすぐ十八だが」 ミア「フ、フン、なによ、わたしの方が年上じゃない……」 俺の言葉に視線を泳がせながら、虚勢を張る姿が実におかしかった。 無駄に張った胸が実に無駄になってる。 彰 「負け惜しみを……目が思いっきり泳いでるぞ」 ミア「そんなことないわよ!    わ、わたしはもう150歳にもなる高名な魔術師なの! 解る!?」 彰 「ウソつけこの野郎!    見栄張るなら自分のちっこい体を見てから言えボケ!」 ミア「うぐぐぐぅうううううううう!!!!」 バガァアアアアアン!!! 彰 「ウギャアアーーーッ!!!」 問答無用でした。 容赦の無い電撃がまた俺の体を焦がしてゆく中、俺はあっさりと気絶した。 そして目を覚ましていた俺を向かえてくれたのは、いつも通りの風景。 図書室の前であお向けに転がっていたらしい俺は、 なぁんだ夢かと小さくもらして日常へと埋没してゆくのであった……! ……なんて夢オチはなく。 ミア「……あのね、口には気をつけなさいよね。今度失礼なこと言ったら許さないわよ」 無情にも視界内に存在していた小娘が、横たわる俺を腕組みして見下ろしていた。 夢オチであってほしかったなぁ……ベタでもいいからそうであってほしかった。 だが言いたいことは言おう。 スカート着用のおなごが倒れている人のそばに立つもんじゃない。 彰 「おのれ小娘……! 一丁前に黒のパンツなんぞ穿きおって……!」 ミア「なっ! ば、ばかぁーーっ!!」 小娘が手に雷を込める。 だが俺はすぐさまに起き上がり、 彰 「刀が出ます!」 言葉を口にして、頭に浮かべたイメージを弾かせる。 刹那、俺の手には刀が創造され、 それを以って小娘の手から放たれた雷を消滅させてみせた。 ミア「え……? そ、そんな……」 小娘は心底驚いたのか、口を開けたまま俺を見ていた。 そして内心、俺も口を開けたままにしたい心境だった。 彰 「残念だったな小娘。地界人だってだけで俺を甘く見たのが貴様の敗因よ」 ミア「なんで───どこから刀なんて出したの!?」 彰 「イッツァ・マジック!」 ミア「ウソつかないでよ! あなた、ただの地界人じゃないでしょ!」 彰 「タコにも!(いかにもの意)」 俺は小娘の喉元に刀を突きつけ、そう言った。 その態度が気に入らなかったのか、小娘は口惜しそうに舌打ちをして俺を睨む。 ミア「あなた……何者?」 彰 「月の家系って呼ばれるところの子供さ。    さっき貴様は『死神か?』って訊いてきたが、あながち間違いじゃない。    月の家系には死神と神の魂が存在していてね、普通とは違うのさ。    簡単に死なないし、傷も治せるんだよ」 ミア「じゃあ、その刃物を出したのは……?」 彰 「『創造の理力』っていう能力だ。    イメージを物質化しちまう、人外チックな能力さ。    ま、どんな用があって召喚したのかは知らんが、俺を呼んだのは間違いだったな。    だからさっさと俺を帰せ。帰さないとヒドイぞ」 刀を突きつけたまま、再び小娘の頭をポンポンと叩く。いやはや愉快痛快! ミア「うう……子供相手に大人気無いわよ!」 彰 「馬鹿め、俺は人種差別はしないのだ!    そんなものは虚しいものだと幼い日に思い知ったんでね!    聞かせてやろうか! 聞くも涙、語るも涙のエピソードを!」 俺は幼少の頃、幼馴染で大人しかったおなごをからかっていて、 度が過ぎた所為でキレた彼女にボコられて無様に泣き、 人種差別という言葉を、己の辞書から抹消したあの日のことを小娘に話した。 ミア「完全に自業自得じゃない!!」 彰 「なんだとこの野郎!    あの日、クラスのみんなに笑われた俺の気持ちが、貴様などに解りますか!?」 ミア「解りたくもないわよ!」 彰 「お、おのれ小娘ぇえええ……! 刀を突きつけられていることを忘れたか!」 ミア「忘れてないわ。刺したいなら刺したら?    でも、あなたは自分の世界に帰れなくなるわよ?」 彰 「なんと! それはまことか!?」 ミア「ええそうよ。さあ、どうするの?」 小娘は勝気で、無い胸を張ってみせた。 イマイチどころか全く迫力が無いが……おのれ小娘、俺を脅迫する気か……! だが甘い! 甘いわ! 俺は貴様の震えに気づかないほど愚かではない! 彰 「ワーイ、俺コノ世界ガ気ニ入ッチャッタ〜♪ だから死ね」 ミア「え───えぇっ!?」 いったん刀を引き、勢いよく振りかぶる。 やがて小娘目掛けて一気に振り下ろす! ミア「やっ……やぁああっ!!」 ───ようなことは、一切いたしません。 刀を素早く鞘に納めて、頭を庇うようにして縮こまっている小娘を抱きかかえた。 ミア「え……?」 小娘は驚いたような顔をして俺を見た。 だが、これくらいで驚いてもらっては困る! 彰 「アルゼンチンバックブリーカーーーッ!!」 ギシィイイッ!! ミア「あうっ!?」 軽くてしょうがない小娘をさらに抱え上げ、 両肩に担ぐようにして、小さなその顎と足を固める。 おお、見事なまでのアルゼンチンバックブリーカーがここに! 彰 「さあ、俺を帰すと言え! 俺はこんな世界に用などないのだ!!」 ミア「うぐぐぐぐぐ……!!」 彰 「言え! 言わんと背骨が唸りますよ!?」 力を込めると、小娘の背骨と胸骨あたりがギシミシと……鳴るわけがない。 そんな音が鳴るくらい力を入れたら、ギシミシ鳴る前に折れるってもんだ。 ミア「けほっ! う、うう……!!」 彰 「ほほー、我慢強い娘ッコじゃあ〜! ではこちらも容赦せんぞ! フルパワーッ!」 さらに力を込めると、どこかがメキメキと……鳴ったら恐いね。 ミア「けほっ! げほっ! う、うわぁあああああん!!!!」 彰 「ややっ!? 泣いてしまわれた!」 こりゃいかん! 人種差別はしないが、泣く子供は苦手です! 俺は慌てて小娘を降ろしバゴォオオオン!!! 彰 「ギャアアアアア!!!!」 ……降ろした途端、小娘の右の掌から光弾が放たれました……。 しかもまた顔面に炸裂。 お、おのれ小娘……人の心の隙をついて妙な攻撃しやがるとは……───がくっ。 ───……目が覚めてから、俺は小娘と向き合って話を聞いていた。 彰 「……つまり? 死神を呼ぼうとしたのは契約したかったからだって?」 ミア「………」 こくりと、小娘は頷いた。 小娘が言うには、人が死神と仲良くなった例があったとか無かったとか。 しかも小娘ったらひとり暮らしなんですって。 だから死神でもなんでもいいから、傍に居てくれる誰かが欲しかったんだそうで。 って、待てよ? 彰 「おい、誰でも良かったなら、なんで俺を攻撃しやがったんだコラ」 ミア「失礼だから」 彰 「どっちがじゃい!」 自分のことしか考えてないなまったく。 俺も似たようなもんですけど。 彰 「まあよいわ、それではもう拙者には用はないというわけじゃな?    貴様にとって攻撃してしまうくらい失礼な存在なら、    今すぐ拙者を元の世界に帰しなされ」 時代劇のように場の空気を引き締めながら言い放つ。 時代劇っていいですよね。 ミア「やだ」 だが、その空気はあっさりと砕かれた。 彰 「即答!? 何故かね! 俺に用があるとでもいうのかね!?」 ミア「用は……無いけど……」 小娘は上目遣いで俺を見上げてくる。 だが小娘の本心は知っている……こいつ、俺を殺るつもりだ。 彰 「フフフ、上目遣いで可愛くみせようったってそうはいかねぇぞクソガキャア。    言っただろう、俺は人種差別はしねぇのよ」 ミア「そ、そんなんじゃないわよ!」 彰 「ウソおっしゃい!」 ミア「ウソじゃないもん!」 彰 「まあ! 『もん』ですって『もん』!    語尾にそげな言葉つけたって俺は惑わされねぇぞこの野郎!」 ミア「うぐぐぐぅううっ!!」 悔しさを露にした小娘の手から光弾が放たれる! 彰 「甘いわぁーーーっ!!」 だが俺はソレを拳でゴパァンと叩き落した。 ミア「そ、そんな……」 小娘絶句。超絶句。 彰 「クォックォックォッ……理解したかね、正義とはいつの世も勝つものなのだよ」 ミア「どこが正義よ! 笑いかたとかが思いっきり悪じゃない!」 彰 「馬鹿野郎! 俺が俺を正義って言やぁ正義なんじゃい!」 ミア「野郎じゃないもん!」 彰 「お? 一丁前に反抗するのかね? じゃあなんて呼ばれたいのかね」 ミア「え……よ、呼ばれかた……?」 彰 「個人的には『小娘』を推します。熱烈に」 ミア「………」 ひでぇ、無視された。 ていうか俺の言葉が届かないくらいに真剣に悩んでおります。 ぬうう……このクソガキャア、何を企んでやがる……! ミア「ミア!」 彰 「ウィ?」 何を思ったのか、小娘が叫んだ。 ご丁寧に手をパチンと合わせて。 ああ、こりゃああれだな、この世界での何かの舞いですな。 祭り好きの俺としては、覚えないわけにはゆくまい。 彰 「ミア〜ミアッミアッミア〜♪ ミアミ〜ア〜ミアミアミア〜♪」 俺は小娘の真似をして手をパチンパチンと鳴らしながら、 美し過ぎるほどの舞いを踊りボガァアアアアン!!! 彰 「ギャアアアアア!!!」 ……踊り途中だというのに、問答無用で光弾を撃たれた。 顔面に攻撃されるのは初めてじゃないが、 その顔面から煙が出たのは初めての体験だった。 これは貴重です。───って、そうじゃなくて! 彰 「なんばすっとよ小娘! いくら俺でも我慢の限界がございますわよ!?」 ミア「あなたがわたしを馬鹿にしたからでしょう!?」 彰 「俺はそんなことしてねぇ! なに寝惚けたこと言ってんだボケ!!」 ミア「あのね、わたしはあなたに『ミア』って呼べって言ったの! 解る!?」 彰 「さっぱり解らん! 貴様、小学校の授業受けて出直してこい!」 ミア「なによその『しょーがっこー』って!    だいたいどうしてわたしの魔術くらったのに平気なのよ!」 彰 「簡単だ。貴様がザコだからだ」 ミア「むっ……むきぃいいいいいっ!!!!」 彰 「ふはははは!! 悔しいかね!    悔しかったら俺を屠ってみろザコ! このザコ! ザコめ! ザコめ!」 俺は小娘を逆上させるダンス(さっきのミアミアダンス)を踊りながら、さらに罵倒した。 ミア「ほんっとに大人気ないなぁ! 今に天罰が下るよ!?」 彰 「馬鹿め! 俺は神なんぞ信じてねぇから天罰なんぞ怖くねぇんじゃい!    脅すならもっと真実味のあることを言ってみろザコが!」 ミア「あ、あなた自分の魂を否定する気!?    自分の魂には神が混ざってるって言ったじゃない!」 彰 「馬鹿野郎! ほんとに馬鹿だねキミは! よいかね小娘!    月の家系の魂には死神と神が流れているってのは、所詮先人が言ったことなのだよ!    そんなことを馬鹿正直に受け入れるだけでいいのかね!? 否ァ! 断じて否ァ!!    それにだね、先人が見たとしても俺は見てない! 故に信じぬ! 解るでしょ!?」 ミア「う……?」 俺は熱弁のために息を荒くしながら小娘に問いかけた。 だが小娘は首を傾げるだけだった。 彰 「貴ッ様ちゃんと聞いてなかったのか!? 吊るしますよ!?」 ミア「ちょ、ちょっと待ってよ……そんなにいっぺんに言われても解らないよぅ……」 彰 「グウウ……!!」 小娘は、ついさっきまでの覇気を無くしたかのように俯いた。 どうしたというのだこの小娘……ハッ!? まさかまた、俺に光弾をぶつけるチャンスでも狙っとるんじゃああるまいな……!! いや、そうに違いねぇザマス! さっきだって泣いたフリして俺に光弾ぶつけたザマス! この小娘、油断ならねぇザマスよ!! 彰 「………」 ミア「……? なんで距離とってるの?」 彰 「フフフ、貴様の魂胆なぞお見通しなのだよ小娘。    どうせ油断させといて俺に光弾ぶつける気なんだろ。    えぇーっ!? どうなんだい! 俺にはちゃーんと解ってんだからね!?」 俺はイジワルおばさんのように高らかに叫んだ。 だが小娘に哀れみを含んだ視線を受け、とてつもなく早とちりをしたことに気づいた。 彰 「これで勝ったと思うなよ小娘この野郎……」 ミア「なによ、その『小娘この野郎』って」 彰 「知らん、自分で考えろ」 ミア「うぐぐぐぐ……!!」 ほぉっほっほ、苛立っておるわ苛立っておるわ……! こうして怒らせれば俺に嫌気がさして、 さっさと元の世界───地界に戻す気になるだろう。 小娘のご機嫌をとりながらお願いした上で、元の世界に帰るなんて冗談じゃねぇ。 ミア「……そんなに失礼なことばっかり言ってると、本当に地界に帰してあげないわよ」 彰 「フフフ、そんな脅迫に負けるこの彰さまか。    威張るならもっと成長してからにするんだな」 ミア「───そう。じゃあ異界転移の魔導書、消しちゃってもいいよね」 彰 「異界転移? なにさ、それ」 ミア「あなたを地界に帰すために必要な魔導書。それが無いと、帰れないんだよ?」 彰 「なんと!?」 小娘が懐から分厚い本を取り出し、 儀式の照明代わりに使っていたであろう蝋燭に近づけ、燃やし始めた。 彰 「キャーッ!?」 小娘はあっという間に燃え始めた本を投げ捨て、 俺は奇声をあげながらその火を消しにかかる。 だがその努力も空しく、本は灰になった。 彰 「……ノ……ノォーーーッ!!!!」 こうなったら叫ぶしかございません。 なんてことでしょう、俺……帰れなくなっちゃった……。 彰 「お、おのれ小娘ぇええ……!!」 ミア「ふふーん、どう? わたしはやるって言ったらやるわよ?」 彰 「むおっ!? そ、それは!」 鼻で笑いながら、小娘が本を取り出す。 それはさっきの本にソックリな本でございました。 ミア「さっきのはニセモノ。でもこれは本物よ」 彰 「そ、それをよこしなさい!」 ミア「だめ〜」 彰 「おぉんのれ小娘ェエエエエッ!!!!」 べ〜っ、と舌を出しながら威嚇する小娘を前に、俺のハートは殺意に溢れていった。 ひどすぎですぞこの小娘……! 勝手に召喚しておいて俺の自由を奪い取るなんざ人のやることじゃねぇ……!! 彰 「いつか天罰が下るぞテメェ!」 ミア「わたしも神さまなんて信じてないも〜ん。あはは、バッカじゃないの〜?」 彰 「ギ、ギムゥーーーッ!!!!」 決めました! こいつ、本奪ったら絶対吊るします! そして自由を奪ったところで、油性ペンで顔に落書きしてやります! ミア「それじゃあお馬鹿さん? そろそろわたしの言うこと聞いてもらおっかなぁ」 彰 「だめだ」 ミア「あ、いいのかなぁそんなこと言って。本、燃やしちゃうよ?」 彰 「やってみろ。その刹那、貴様の未来が消滅すると知れ」 ミア「………」 彰 「………」 小娘の喉がゴクリと鳴った。 実は俺の喉も鳴りました。 だって強がりですもの。 ホントに燃やされたって、俺にも人としての信条ってモンがある。 他人の未来を消すことなど出来ようか。 いや、出来まい……。 ミア「燃やしちゃえ」 ボワッ! 彰 「キャーッ!?」 本が蝋燭に近づけられ、瞬く間に───嗚呼ァアアアアアアアア!! 俺の世界が燃えてゆくゥウウウウウウ! 彰 「死ねぇええええっ!!!」 俺は信条を八つ裂きにした上に心のポリバケツに便利に収納し、小娘に襲い掛かった! だが止まる。 ミア「……いいかな。これが最後だよ? わたしの言うことを聞くこと」 だって、その手には本が存在するんですもの……。 彰 「ぐ、ぐく……! な、なにが望みだ……!」 だから俺はそう言うしかなかった。 奪おうと思えば簡単に奪える。 だが、俺に魔術だのなんだのが使えるとは思えない。 つまるところ、結局こいつが協力してくれなければ帰れないのだ。 ミア「最初からそう言えばいいのよ、お馬鹿さん♪」 彰 「ゴッ……ゴゴギャアアアアアアア!!!!」 ───前略、おふくろさま。 俺こと弦月彰は、生まれて初めて人に殺意を覚えました。 喉が裂けんばかりの絶叫をしてなんとかその殺意を制御しましたが、 いつプッツンするか解りません……いや、むしろしたいです。 いつの日かその一線を超えてしまったら、 俺はこの地に骨をうずめることになるのだろうと思います。 ……どうかそんなことがありませんよう、なんとなくでもいいから祈っていてください。 かしこ───あなたの息子の絶世のナイスガイ、彰より。 ミア「なにブツブツ言ってるの?」 彰 「うるせぇボケ! いつか絶対吊るしてやるから覚悟しろテメェ!!」 嗚呼、俺はこのまま、 小娘にいいように使われる存在となってしまうのだろうか─── ちっとも信じてない神様に向けて祈ってみたが、 聞こえたのは俺の怒りのエンジン音のみでした。 Next Menu