. SolitudeDiary






 2/ミア=チェルシートン

───わたし、ミア=チェルシートンは変わり者だった。
空界に存在する魔導魔術師の中でも最年少にして、
最年少に見合わない魔力と能力を身につけていた。
魔導魔術師っていうのは、
『錬金術』と『式』って呼ばれる空界特有の魔術を合わせて行う、特殊な魔術師のこと。
ようするに無機物などのモノに魔力を乗せた上に、式でそれを増幅させて使用する者。
ここで言う錬金術は金属を黄金にするのが目的のソレではなく、
式を組替えて魔力を変化させることが目的のソレである。
個人が持つ魔力は一定のものだから、それを式で変化させるのが空界の錬金術だ。

───魔導魔術に手を染める者は、その枷として『千年の寿命』を植え込まれる。
普通では有り得ない能力を手に入れるんだ、当然の代償だろう。
言ってしまえばソレは、
自分の体を魔術が使えるように創り変えるようなものなんだから。
物心つくまえに、わたしの中には『千年の寿命』が植え込まれていた。
気づいたときにはもう、千年以上を生きる者として生きていたのだ。

───わたしはその能力を、現在に至るまで高めてきた。
おかげで、今ではトップクラスの魔導魔術師だ。
でもそういう存在は決まって疎まれる。
『才能があったまでだ、ただのまぐれだ』と言われながら、わたしは生きてきた。
人の苦労も知らないで、勝手な人達だとよく思う。
けど、たしかにわたしの能力の成長は『異常』とも呼べるものだった。
自分でも気味が悪くなるものを、周りが気味悪がらない筈が無い。
いつしかわたしに近づく人は居なくなって、わたしは孤独を味わった。
親だった人までもがわたしを気味悪がり、わたしもやがて、人を信じなくなった。

……だから、それがどんな気まぐれだったのかが今でも解らない。
孤独になってから何年目かのとある日、
気がつけばわたしは魔方陣を描き、式を編んでいた。
そんな風に自分がやろうとしていたことに気づいたわたしだったけれど、
自分がどういうことを願っていたのかは覚えている。

『わたしと同じように、孤独を抱く存在に会ってみたい』

それが、わたしの心にあった全てだった。
わたしの小さな手でも一掴みにしかない、本当に小さな希望。
子供だったわたしが孤独を味わった痛みは、
わたしでも気づかない内にわたしを追い詰めていたんだと思う。
───そんな自分に苦笑しながらも、
やがて召喚を完了させた頃……わたしは唖然とするしかなかった。
わたしは死神なんて見たことは無かったけど、
目の前に居るのはどう見てもフツーの人だ。
死神なんかには見えない。
だけどその人は偉そうな声で応えたから、わたしは精一杯去勢を張った。
今思うととんでもなく恥ずかしいコトだ。
でも、前置きはこれくらいにしよう。

さっきも言った通り、わたしは孤独だった。
親にも見捨てられた、カワイソウなお子様だ。
だけど猫とやさしさを愛す、どこにでも居るような女の子。
けっして、魔術が使えるからって暴力的で高飛車な子供じゃない。
そんなわたしだからこそ考えているんだろう。
目の前でわたしを吊るすと言っている黒い服を着た男に、
どんな命令をしようかと……。




大きな屋敷の大きな部屋、大きな儀式の間で、わたしは男を見据えた。

彰 「惚れんなよ?」
ミア「惚れるわけないでしょ!?」

この男は命令される側になったというのに、
限りなく緊張って言葉が似合わない男のままだった。

ミア「最初の命令を言うわよ。いい?」
彰 「だめだ」
ミア「だめだじゃないでしょ! あなたには否定する権利なんてないんだよ!?」
彰 「なんと!? だったら『いい?』だなんて訊くんじゃありませんこの馬鹿!
   あんまり支離滅裂なこと言ってると貴様を粉骨砕身しますよ!?」
ミア「言葉の使い方間違ってる!」
彰 「間違ってませんよ失礼な! ……まあいい、とにかく気をつけることだな。
   俺は貴様を吊るしたくてウズウズしてるんだ」
ミア「そんなことしたら帰れなくなるって何度言わせたら解るの……」
彰 「あと2億回は言ってもらわんと」
ミア「真面目に答えないでよ!」
彰 「どうしろってのさアータ!! もうワケ解らんよ!」

ワケが解らないのはこっちのほうだ。
この人の言うことはいちいち滅茶苦茶だ。
要領を得ないうえに、人の思考の組み立てを破壊する。

彰 「チィ……」

そんな悪態を心の中に浮かべたとき、男が舌を鳴らして『埒があかない』と呟いた。

彰 「まあよいわ! 願いを言え! そしてそれが済んだらとっとと俺を帰せ!」
ミア「だめ」
彰 「ゲェッ!? ヒドイ! なんてヒドイ人! 即答はあんまりよ!?
   ちょっとは考えてくれてもいいじゃないこのデビル!」

帰られるのは困る。
だって、わたしの願いは……

ミア「いい? あなたは、この家でわたしと一緒に暮らすの」
彰 「え?」

わたしの言葉に、男はピタッと動きを止めた。
やがて頭を掻きながら言う。

彰 「や、まいったなオイ……俺と同棲してくれだなんて……」

男は激しく誤解していた。

ミア「そ、そんなのじゃないの! ただ一緒に暮らしてって言ってるのよ!」
彰 「ああ、解ってる解ってる、照れ隠しならしなくていいから。
   なんじゃい、貴様にもカワイイところがあるじゃないですか小娘」
ミア「違うって言ってるでしょ!?」
彰 「だが俺には幼女趣味はないんだ。
   というわけでキミの告白を受けるわけにはいかない……ごめんよ」
ミア「う───うきゃああああああああ!!!!!」

誤解されたうえに真面目にフラれた!
しかもこんな男に!
わたしは、目を閉じて大人びた断り文句を続けて言う男に向かって腕を振るい、
その顔面目掛けて光弾を放った。

彰 「だから貴様は俺のことを諦めて、さっさと俺を元の世界へ」

ドガァアアアアン!!

彰 「ギャーッ!!」

……ゴトッ。
顔面に光弾を受けた男は、糸の切れた人形のように、なんの抵抗もなく倒れた。

ミア「……あれ? ねぇ、ちょっと」

その様子にさすがに怖くなり、死んではいないかと突ついてみた。
……が、なんの反応も無い。
わたしは慌てて男を仰向けに寝かせて、心音に耳を傾ける。

ミア「───うそ!」

心音は無かった。
わたしは衝撃を受け、男を揺すり動かした。

ミア「ちょ、ちょっと! うそだよね!? ねぇ!!」

弱く動かして反応が無ければ強く動かして。
だけど反応が無い。

ミア「〜〜〜〜っ!!」

やがて本当に怖くなってしまったわたしは、より一層の力を込めて揺すり動かした。
その途端!

ミア「ひゃっ……!?」

ゴトリ、という音とともに、男の首がもげた。

ミア「ひやっ……ひやあああああああっ!!!!」
彰 「静まりなさい!!」
ミア「きゃああっ!!」

背後からの怒鳴り声。
わたしはもう、なにがなんだか解らなくなりながら振り返った。
そこには首がもげた筈の男が居て、わたしは泣き狂いそうだった。

ミア「いやっ……いやぁああ……!!」
彰 「なにが嫌じゃい! よく見てみぃ、ソレはマネキンぞ?」
ミア「えっ……?」

改めて倒れたソレを見てみると、それはカツラと服を着せられた人形だった。

彰 「フフフ、これぞ轟天弦月流奥義、スケープゴートぞ!」
ミア「………」

わたしはポカンとしながら、そんな言葉を耳から耳へ流していた。

彰 「……えーと、コメント無しですか?」
ミア「……あ、えっと……」

だめだ、頭が動いてくれない。
頭の中がパニックになったままだ。
でも……このままじゃだめだ。
この男に翻弄されちゃいけない。

ミア「こ、こんなの、どこから……」
彰 「ほ? ほっほっほ、声が震えとるぞ小娘ェ〜。
   もしかして腰でも抜けたのかねぇ〜?」

───ギクリ。

ミア「そ、そんなことないわよ!」
彰 「ウソおっしゃい! 他の誰もが騙されようと、この弦月彰!
   隠し事をしているヤツの目には鋭いのよ!」

まいったか、と続ける目の前の男に心底呆れる。
でも腰が抜けてるのは事実。
人を殺めちゃったのかと、本当に驚いたから。

ミア「うぐ……も、もし腰が抜けてるとしたらどうするっていうのよ……」
彰 「本を頂く」

キッパリと、男はそう言った。
その意味が頭の中に広がった瞬間、
人形の生死を確かめるためなんかに床に置いてしまった本へ手を伸ばした。
が───

彰 「クォックォックォッ……これだ。
   これさえ手に入れれば、もう小娘の命令など聞く必要もない。辛かったぜ……」

男は笑う。
けど、この男がいつわたしの命令を聞いたというのだろうか。
そんな思考を掻き消すように、男はなにかブツブツと呟き始めた。

ミア「あ───ダメ! 帰らないでよ! あなたが帰っちゃったらわたし、また───」
彰 「……ナニコレ」
ミア「え?」
彰 「なんて書いてあるか解りませんよ?」

男はわたしを見下したような態度をとる。
恐らく……それはわたしが書いたんだと思っているのだ。

彰 「……キミね、もっと字の勉強した方がいいよ……?」
ミア「なっ……ち、違うわよ! そこに書いてあるのは空界文字!
   考えてみれば地界人のあなたに空界文字が解るわけなかったわ!」

心配して損した。
自分が馬鹿みたいだ。

ミア「───あれ? ……心配?」

それはヘンだ。
わたしは人が信用出来なくなったから、完全な孤独を選んだんじゃなかっただろうか。
そりゃあ、同じ孤独を味わった人となら仲良くなれるんじゃないかって思ったけど……
孤独を知っている人がこんなに口やかましいだろうか。
……結論、召喚は完全に失敗だった。
孤独な人を呼ぶどころか、わけの解らない人を呼んでしまったのだ。

彰 「あーもう、せっかく手に入れたのにやっぱり読めないか。
   予想はしてたけど、なんだってこういう時の予想ばっかり当たるんだか。
   どうせなら宝くじの予想とかが当たってくれりゃあいいのに」

でも……わたし自身、こんなに人と喋ったのは久しぶりだった。
喧嘩のような言い合いでも、不思議と楽しんでる自分が居る。

彰 「でさ、小娘。俺が帰ったら、貴様はどうなるって?」
ミア「───え?」
彰 「言ってただろ、さっき。あなたが帰っちゃったらわたし、また───って」

……困った、聞かれてた。
そりゃああんなに大きな声で言えば聞こえない筈が無い。

ミア「べ、べつになんでもないわよ……」

なんでもないことはない。
これは事実だ。
わたしはなんだかんだ言って、この男のことが気に入ってしまったようだ。
だって……こんなに自分の気持ちを遠慮無く言い合えたのは初めてだったから。

彰 「あぁそうザンスか。ことと次第によっちゃあ、望んで滞在してやろうと思ったのに」
ミア「え……ほんと!?」
彰 「ウソだ」
ミア「───……」
彰 「で? なんだって? 言ってごらんよ小娘。
   俺が帰ったらどうなるって? えぇ〜?」
ミア「うっ……うぐぐがぁあああああああっ!!!」
彰 「へ? あ、ちょ、待───キャーッ!!」

ボガァアアアアアアアン!!!!
放った光が男の顔で爆発すると、男は膝から崩れ落ちるように倒れた。



ミア「だ、だからその……一緒に居てくれてもいいわよ?」

これが精一杯だった。
ちょっぴり焦げながら倒れてる男……彰くんに、この場に居て欲しいと思う。
でも言葉にできるのはここまでだった。
居て欲しい、なんて言ったら彰くんは突け上がるだろうし。

彰 「あぁ〜ん? 居て欲しいなら居て欲しいって言やぁいいんだよぉ〜」

……前言撤回。
言わなくても突け上がってる。

ミア「な、なによ! 嫌なの!?」
彰 「当たり前じゃあ! 今すぐ俺を地界に帰しなさい!」
ミア「なんで!? なんで嫌なの!?」
彰 「なんとなく!」

男は断言した。
もちろんわたしは呆れる。

ミア「……いいよ……本燃やしちゃうから」
彰 「この本を? やってみろ……取り戻せるものならばな!」
ミア「わたしが指を鳴らしただけで燃えるけど?」
彰 「……お前汚ぇぞ!!」
ミア「形勢逆転、だね? どうする〜?
   彰くん……こう呼んであげるけど、
   彰くんさえ良ければ、燃やさないであげてもいいけど〜」
彰 「ク……クズが! 地獄に落ちろこのロリ馬鹿日誌!」
ミア「ロ、ロリバカぁっ!? よく解んないけど今すっごく馬鹿にしたでしょ!!
   もういいよ! 燃やしちゃう!」
彰 「きゃああああああやめてぇえええええっ!!
   あっしが悪ぅございましたぁああああっ!!」

あれだけ威張っておきながら、あっさりと泣きついてくる彰くん。
……プライドっていうものが無いのかな……。

ミア「それじゃ、もう一度訊くよ?
   彰くん、帰りたかったらわたしと一緒にここに住みなさい」
彰 「こ……このクズが! そりゃ結局俺を帰す気がねぇってことじゃねぇか!」
ミア「え……?」

そんなことない。
わたしはちゃんと、彰くんを帰してあげるつもりだ。
……帰す? いつ……?

彰 「やっぱりそうか……。なら……三日後に俺を帰せ。それまではここに住んでやる」
ミア「三日間? それって地界での……ううん、
   これだけ威張ってるんだから、時間のことくらい知ってるよね」
彰 「時間? なんだよそれ」
ミア「なんでもないなんでもない。それより……ほんと? 一緒に居てくれるの?」
彰 「住まなきゃ納得してくれないんだろ? しょうがねぇでしょうが。
   だから約束しろ、三日後にはちゃんと帰すって。
   俺にだって俺の生活ってもんがあるんだ。
   ていうか卒業という名の『明日』を懸けたテストがあるんだよ。
   このままじゃ留年だ」
ミア「彰くん……あ、彰くんも約束してくれるよね?
   三日間、この屋敷に居てくれるって」
彰 「『約束』は守る。俺という男を甘くお考えでないよ?」
ミア「じゃあ指きり。わたしは指きりした約束は破らないから」

わたしはスッと小指を差し出した。
指きりした約束は守る……それはわたしの信条だ。
だから滅多なことじゃ指きりの約束を持ち出さないし、
守れると確信する約束ごと以外じゃ約束自体を持ち出さない。
こんなことを今でも心に留めてるなんて、我ながら馬鹿だとは思うけど。
それでも守りたい信条くらい、わたしにだってある。

ミア「ほら」
彰 「うむ」

なにかを考えていたのか、なかなか指を出さない彰くんを促す。
まさか地界人は指きりも知らないんじゃ、とか思ったけど───
彰くんはようやく自分の左手を上げて、
なにを思ったのかわたしの親指を親指で押さえた。

彰 「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10! うっしゃあビクトリー!!」
ミア「指相撲じゃなくて指きり! なに考えてるのほんと!」
彰 「ちょっとした冗談じゃないか。
   ホレ、ゆーびきーりげーんまん、うーそつーいたーら……吊るす。ゆ−びきった!」
ミア「ちょっ……ヘンなルールつけないでよ!」
彰 「黙れ! 言っておくがな小娘!
   ここに居る間の俺の目的は、あくまで貴様を吊るすことだ!
   それを忘れず、せいぜいこの三日間、吊るされんよう注意するのだな!」
ミア「な、なにそれ! そんなこと言ってると本を燃やすわよ!?」
彰 「オォ? できるのか小娘。これを燃やせば貴様は俺を帰すことができなくなるのだ。
   それはつまり、貴様は『三日後に俺を帰す』という約束を果たせなくなる。
   指きりした約束は破らない、って言ったの……誰でしたっけ?」
ミア「あっ!」

やられた! どうりでなかなか指を出さないと思ったら!
人の決意の裏で、こんな悪知恵を働かせていたんだ!

彰 「ふはははは! まんまとしてやったわ! ンマッ、今後ともよろしくな、小娘」

凄まじく見下した態度でわたしの頭をポンポンと叩く彰くん。
帽子の上からでも解るくらい、その叩き方は失礼なものだった。

ミア「う、うぐぐぐぅうう……!! 彰くん性格悪いよ!」
彰 「なんとでも言うがよいわ! 小娘に実権握られたままで三日間過ごせるもんですか!
   己の最低限の自由を確保するためならなんでもしますわよあたしゃあ!」
ミア「ぐ、ぐぐうう……!!」

……こうして、わたしと彰くんの生活は始った。
大きな屋敷の中で、たったふたりで暮らす。
相手が男というのも問題だけど、幼女趣味は無いって言ってたし……でも複雑。

彰 「ところで小娘よ。貴様、それが普通の口調?
   俺ァその時の感情でコロコロ変わるが」
ミア「え? あ……」

虚勢を張るのに使ってた言葉を、いつの間にか忘れていた。
やっぱり彰くんは人の思考を破壊する。
そんな考えが態度に出ていたのか、彰くんは呆れた顔になって言った。

彰 「なんと……今まで猫被ってやがったのか」
ミア「言葉の使い方間違ってるってば!」

しかも言ってることがいちいち的を射てない。
猫被りっていうのは普通、自分をいい方に見せることを言うんじゃないだろうか。
あれ? じゃあ自分を優位に見せようとしていたわたしは猫被りでいいんだろうか。
うう……やっぱり本を読むだけじゃ得られない知識ってたくさんあるみたいだ……。

彰 「ええい黙れ! 高飛車だと思わせといて実はパーフェクト小娘だったとは!
   内心ビビってた俺が馬鹿みたいじゃねぇザマスか!」
ミア「しょうがないよ、彰くんって馬鹿だし」
彰 「な、なんだと小娘ぇーーっ!!」
ミア「そっちこそなによ!
   人のこと小娘小娘って! ミアって呼べって言ったでしょ!?」
彰 「黙れ小娘! 貴様なぞ小娘で十分だロリ馬鹿日誌!」
ミア「ろっ……う、うきゃあああああああっ!!!」
彰 「な、なにぃ!? かつてない力が小娘から溢れ出してギャアアアアアアア!!!!」

彰くんの顔に光弾を何発も放ち、その光が弾けたと同時に、彰くんの絶叫が響いた。
やがて、巻き起こった煙を裂くようにして、彰くんが倒れる。
───結局、一緒に住むことになって初めての喧嘩は、わたしの勝利に終わった。



ちく、たく、ちく、たく……

ミア「…………」

ちく、たく、ちく……
揺れる振り子を眺めている。
時の流れが遅ければ、って思ったのはこれが初めてだ。

ミア「……彰くん、まだ起きない……」

放った魔術の当たりどころが悪かったのか、
彰くんは気絶したまま起きなくなってしまった。
屋敷の中は、さっきまでの騒ぎがウソのように静まり返っていた。
そうなってみて、改めて思う。
何も出来ないなら、ひとりで居たときと変わらない。
これなら怒鳴り合ってるほうがずっと楽しい。
自分の思ったことを言えるって、こんなに気持ちのいいことだったんだって……。

ミア「もう……朝になっちゃうよ……」

せっかく遠慮なんてしないで物事を言える人が現れたのに。
肝心のその人は、召喚した夜からずっと眠りっぱなしだった。
明後日の夜には帰ってしまうというのに、なにも出来ないなんて嫌だ。

ミア「彰くん……起きてよ……あき、ら……」

彰くんの目覚めをまだかまだかと待っていたわたしも、さすがに限界。
眠くて仕方が無い。
……もういい、寝てしまおう。
彰くんが起きれば、きっと起こしてくれるだろう……




───……で。

ミア「あれ? あれ……?」
彰 「お目覚めかな? 小娘……」
ミア「あ……彰くん、どうして逆さまなの?」

目の前に居る彰くんは何故か逆さまだった。

彰 「ノゥッ! 違いますよ小娘。逆さなのは……貴様の方だ!」
ミア「え?」

ズビシィと指を指してくる彰くんを見て、目をパチクリ。
そして足が痛いと思って見てみると、天井からぶら下げられた縄に縛られてる足首。

ミア「……彰くん、もしかして」
彰 「吊るした」

やっぱり!

彰 「馬鹿め……俺の前であげに無防備に寝るなど。
   吊るしてくれと言ってるようなもんじゃぜ……?」
ミア「どんな状況でも吊るしてくれなんて言わないよっ!!」
彰 「お黙りやがれ小娘。
   さて……一日が経過したわけですが、どんな気分でございますか?」
ミア「え? 一日って?」
彰 「ごらん、オリオン座が輝いている」

彰くんが窓の外を指で示すと、その先はもう真っ暗だった。

ミア「そんな……ひどいよ彰くん! どうして起こしてくれなかったの!?」
彰 「馬鹿め! 俺は早く帰りてぇのよ!
   ……というのは建前で、気持ちよく寝ているおなごを起こすなど、
   一介の男子高校生にできようか……」

絶対にウソだ。
先に言ったのが本音だ。

ミア「それじゃあ一介のこーこーせーっていうのは寝てる女の子を吊るすものなの?」
彰 「いかにも!」
ミア「うそつかないでよ!」
彰 「クォックォックォッ……なんにせよあと二日。
   昨夜召喚された俺が帰れるのも明後日の夜ということだ……。さて」

きゅぽんっ。
妙な音とともに、彰くんが何かを何かから抜いた。

彰 「油性ペン〜♪」

ちゃららら〜、と音が鳴った。

ミア「なにそれ……何処から出したの?」
彰 「フフフ……言ったよね、小娘。俺はちと普通の人間じゃあねぇのよ。
   そんな俺には自分を孤独に追い詰めた『創造の理力』って能力がある。
   なにも無い場所から自分のイメージを創っちまう能力さぁ!
   おかげで地界じゃあバケモノ扱い。別に馴れたけどね、あと少しで高校も卒業だし」

ヒタヒタと近づいてくる彰くん。
なんだかすごく嫌な予感がする。

彰 「解るでしょ? かったるくも居心地の悪い学校を卒業するためには、
   テストで失敗するわけにゃあいかないのだよ。
   だがしかし! ここには勉強道具が無い! 一刻も早く帰らねば!
   でも約束ですし、三日間はここに居る。しかァし!
   こうしている間にも胸に込み上げるモヤモヤは、消えてはくれないんですよ。
   だからこうして愉快なことをしてストレス発散をね?」
ミア「な、なにするの……?」
彰 「いえね? 顔にいたずら書きでもしてくれようかと」
ミア「なっ……やめてよ! そんなことしたら許さないよ!?」
彰 「そのザマでどう許さないというのかね!
   ほっほっほ、ほぅれ、そうこう言っておる間に───出来あがり!」

喋りながら、わたしの額に何かを書く彰くん。

ミア「ひどいよ彰くん! どうしてこんなことするの!?」
彰 「……楽しいから?」

疑問系。
そんなもののために吊るされたりいたずら書きされたりする方の身にもなってほしい。

ミア「───っ……彰くんのばかーーーっ!!!」

わたしはカッとなって、吊るされながらでも両手に魔術を込め、
彰くんの顔に向けて放った。

彰 「な、なにぃ!? かつてない力が───ってまたかいぃいいいいいっ!!!!」

どがぁあああああん!!!





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