. SolitudeDiary







 4/誰のために鐘は鳴る?

───パタン。
日記帳が音を立てて閉ざされる。
彰くんとの三日間を綴った日記帳は、自分にとっては宝のような思い出のひとつだった。
自分でも自分が相当の馬鹿だと確信している。
どうしてわたしを馬鹿にしたりしていた人との思い出が、こんなにも大事なのかと。
でも……その答えはとっくにわたしの中にあって、
しかも否定できないからこそ、わたしはわたしを馬鹿だと確信しているんだと思う。

ミア「……ふう」

彰くんを地界に飛ばしてから、わたしは一度だけ屋敷から出た。
けど、彰くんに連れられて村に下りたことが災いしたのか、
かつてわたしが流した噂にはオヒレがついてしまっていて、
とてもじゃないけど彰くんの言う『たったひとりの友達』は作れそうになかった。
それもこれも、彰くんがあの男の人に妙な脅迫をしたからだ。
おかげでわたしは『ひじきの魔女』と呼ばれ、村人たちに恐れられている。
どうせ恐がるくらいなら、もう少しまともな呼ばれ名で恐がられたかったのは事実だ。
結局あの日から、わたしが心を許せる人なんて現れていない。

ミア「彰くん……今なにしてるかなぁ……」

離れた場所の景色を見る魔術はあるけど、それはあくまで『離れた場所』であって、
世界自体が違う場所なんて見れやしない。
なにをしているか、なんて呟いてみても、虚しいだけだった。
もう一度、別の誰かを召喚をしてみようと思ったけれど……
彰くんほどになんでも言い合える人なんて、そうそう居ないだろう。
そんな風にいろいろと考えるあいだに時間は流れて───
彰くんと別れたあの日から一週間が経っていた。
たった一人で過ごす日々は長過ぎて、
たった一日が、とても長い時間に感じられた。

ミア「……孤独に慣れてたくせに、
   誰かと一緒に居たいだなんて思ったから……罰があたったんだ……」

ガタッ、と椅子に座ったまま机に伏せた。
なんの飾りっけもない机。
その上にあるものは召喚魔術が書かれた魔術書と、わたしの日記帳だけだ。
初めて書いた『日記』なんてものが、こんなに大事に思えたのはどうしてだろう。
この日記帳を見ていると、少し複雑な気分になる。
彰くんが空界に居た時間は三日間。
そして、わたしがこの日記を書いたのも三日間。
いまさら自覚したけど、わたしは飽きっぽい性格らしい。
日記は続けようと思ったけれど、結局三日坊主だったから。
ある意味で丁度良かったんだろうけど……
彰くんに空界に残ってほしかったのは、ウソなんかじゃあなかった。

ミア「……はぁ」

ゆっくりと息を吐くと、穏やかな眠気がわたしを包んだ。
わたしはそれに逆らおうとはしないで、ゆっくりと瞼をドゴォオオオオオオオン!!!

ミア「ひゃうっ!?」

瞼を閉じようとした刹那、大きな音とともに屋敷が揺れた。
衝撃は近かった。
だから屋敷の中だ。
もしかしたらまた、村人がわたしを追い出すために処刑人を呼んだのかもしれない。

ミア「もう……! この屋敷を壊す気なら、わたしだって許さないんだから……!」

わたしは村人から見れば魔女。
人を自分の実験に使って殺してしまう、恐ろしい魔女だ。
だから、そういう存在を消すための人が雇われるときもある。
現に、これが二度目だ。

ミア「魔導書は持ったし、魔石も持った……!」

一度目は弱い人だったから撃退できたけど───今回もそうとは限らない。
だから、準備は万端にしていかないと。
わたしは魔導魔術具を邪魔にならない程度に持って、部屋から駆け出した。
そして、長い廊下を走ろうとしたとき───

彰 「あいたたた……もうちょっと静かに転移できないのかね、この玉……」
ミア「───え?」

その廊下の先に、居る筈のない人が立っていた。

ミア「あ、きら……くん?」

自分の口から、か細い声がもれる。
その声を聞いたのか、彰くんがわたしを見た。

彰 「お───おお! 小娘!」

そして、わたしに向かって駆け寄ってきた。
また会えたことが嬉しいから走ってくれるのかと考えると、
いてもたってもいられなかった。

ミア「あ……彰くーーーん!!」

幻覚でもいい。
わたしは嬉しさのあまり、持っていたものを落としながら彰くんに向かって走った。
やがて───

彰 「ウェスタンラリアットォーーーッ!!!!」

ボゴシャアアアアアン!!

ミア「うきゅうっ!?」

身体を屈め、首を刈るように振られた彰くんの腕を中心に、
わたしが見ていた景色は回転した。
やがて視界が天井を映したとき、
思わず咳き込んでしまうくらいの衝撃とともに、わたしは廊下に倒れた。

ミア「けほっ! けほっ! な、なに……? なにするの、彰くん……」

この仕打ちのわけを訊くために起き上がった。
けど、見上げた先には怒り顔の彰くん。
嬉しさと困惑が頭の中を支配してる。
加えて背中を打った衝撃で咳まで出てて、上手く思考がまとまらない。

彰 「この小娘がぁーーっ!! 貴様いったい何をしおった!!」
ミア「なにって……なんのことだか解らないよぅ!」
彰 「時間のことじゃあ! 地界に戻ってから家に帰ったら散々怒られたわ!
   『一週間も何処に行ってたんだ』って!
   小娘! こりゃあいったいどういうことじゃい!!」
ミア「え? あ、あーーーっ!!」

そうだった。
たしか、地界と空界では……

ミア「う、ううう……」
彰 「白状しろてめぇ! なにか言うことあるべさ! えぇーーっ!? どうなんだい!」
ミア「ご、ごめんね彰くん!
   地界と空界では時間の流れが違って、こっちでの三日間が地界だと一週間なの!」

そう、地界と空界では時間の流れが違う。
かつて空界で起こった大戦の中、
とある衝撃が原因で、この空間世界に亀裂が走った。
それからというもの、
この世界は他の世界とは明らかに時間の流れが変わってしまったのだ。
時間が速まることもあれば、遅くなることもある。
今回はどうやら彰くんにとって最悪の方向に流れてしまったらしい。
三日間居てくれるって言われたとき、言うのをやめずにあのまま説明しておけばよかった。

彰 「な、なんだとぉーーーっ!?
   何故そげな大事なことを最初に言わなかったのかね!」
ミア「だ、だって……わたし、彰くんは解ってて三日間って言ったと思って……!
   あんなに偉そうだったし……!」
彰 「そんなの知るかぁっ! 俺はその所為で学校から留年決定を言い渡された上に、
   『こんな救いようのない馬鹿はいらない』って、家からも追い出されたんだぞ!?」
ミア「えぇっ!? そ、そんな……」
彰 「お前やっぱり粉骨砕身決定!!」
ミア「あ、あわわわ……! そんな、待ってよ……!」
彰 「待たぬ! すぐにでも吊るしてくれるわ!!」
ミア「やだぁああああああっ!!!!」

もしかしたら贅沢なことだったのかもしれない。
わたしは彰くんが空界に戻ってきてくれたことを喜びながらも、
どこかで美化されていたんじゃないかと思うあの三日間を懐かしんだ。

ミア「あ、で、でも彰くん!?
   ここに戻ってこれたっていうことは、あの玉使ったんだよね!?
   またここに来たいって思ってくれたんだよね!?」
彰 「フッ……なにを期待してるか知らんが、ハッキリ言ってやろう。
   俺は『小娘を吊るしたい』と切実に願ったらここに飛べたのさーーーっ!!」
ミア「えぇーーーっ!!?」

……やっぱり、どこか美化されていたのかもしれない。
彰くんに抱えられながら、そう思った。

ミア「ままま待って彰くん! あ、あのさ、家から追い出されてここに来たなら、
   ここに住んでくれるってことだよね!?」
彰 「たわけ、そんなわけねぇでしょう。
   俺は貴様に文句を言わなきゃ気が済まなかっただけじゃい。
   というわけで、とっとと帰せ」
ミア「そんなぁ……」
彰 「そんなもこんなもあるか! 帰せ!」
ミア「……うー」

つまり彰くんは文句を言うためだけに来て、
落ち着いてきていたわたしのモヤモヤを波立たせた、ということだ。
たしかに最初に時間のことを言わなかったのはわたしが悪いけど……
せっかくあげた水晶玉をそんなことのために使うのはヒドイと思う。
文句のひとつでも言おうと思ったけど、彰くんは帰せと急かすばっかりだった。

ミア「……わかったよぅ。じゃあ、本返して……」
彰 「───はい?」
ミア「『はい?』じゃなくて本だよ」
彰 「本って……なんの?」
ミア「なんの、って……わたしが渡した異界転移の魔術書だよ。持ってるよね?」
彰 「………」

彰くんが満面の笑顔のままに、汗をだらだらと流す。
その様子から見て───

ミア「もしかして……持ってこなかったの?」
彰 「ごらん、オリオン座が輝いてる」
ミア「おりおんざ、ってなに?」
彰 「……現実逃避くらいさせろよ……」

やっぱり、置いてきてしまったらしい。
と、いうことは───

ミア「やったー! また彰くんと一緒だー!」
彰 「まぁあああっ!! 待て待て待てぇえええい!! お、俺には俺の世界が!」
ミア「だって帰れないんでしょ? それならしょうがないじゃない」
彰 「待てって! なぁ小娘、魔術書なんぞ無くても帰すことくらいできるよな?」
ミア「あのね、彰くん?
   わたしだって転移魔術の式くらいなら、魔術書無しでも編めるよ?
   でも『異界転移魔術』の式は、魔術書がなくちゃ編めないよ」
彰 「……まさか、その異界転移の本っつーのが……」
ミア「うん、彰くんにあげた本だよ」
彰 「……写本とかは!?」
ミア「この屋敷には無いよ。たしかに空界の本だけど、大昔のものだから数が少ないの」
彰 「じゃあ俺、その数の少ない本を見つけるまで……」
ミア「うん、帰れないね」
彰 「イヤァアーーーッ!!!」

彰くん、絶叫。
両手で頭を押さえながら、ブンブンと振っている。
なんとなく楽しそうだけど、飛び散っている後悔の涙はホンモノだと思う。

彰 「俺のバカ俺のタコ俺のカス俺の天地崩壊級アルティメットボケ者ォーーーッ!
   ───ハッ、そうだ!創造の理力を使って創造すれば───
   って、どんな内容の本なのかイメージできねぇよ!」

彰くん、涙を撒き散らしながら早口言葉で自虐。
現実逃避が爆発して、暴走しているだけみたいです。
でも……うん、こんな彰くんだからこそ、面白いんだと思う。

ミア「これからよろしくね、彰くん」
彰 「よろしくとか言うな馬鹿ーーーっ!! 俺は帰るんだぁーーーっ!!
   旅に出て本を探してとっとと帰るんだーーーっ!!」

やっぱり叫ぶ彰くん。
今日はよく叫ぶなぁとか思いながら、その背中をポンポンと叩いた。
どちらにしても、彰くんが空界に居てくれることになって良かった。
騒ぎながら旅支度をしている彰くんを見ていると、そう思えた。

ミア「旅に出るにしても、空界の知識が無い彰くんを外に出すわけにはいかないよ」
彰 「子供か俺はっ!!」
ミア「だからね、少なくとも一ヶ月はここで勉強してもらわないと」
彰 「そんなに待てるか!
   一ヶ月もここに居たら、地界じゃ五ヶ月くらい経ったりするんだろうが!
   一日で済ませろ!」

さすがは彰くん。
無茶なことを平気で言う人だ。
でもいい加減に慣れないと、わたしの精神の潤いが枯渇してしまう。

ミア「いいよ? ざっと書物758冊分くらいの知識だけど……彰くん、覚えられる?」
彰 「出来るか馬鹿! 吊るしますよ!?」
ミア「わたしを吊るしたら、本を手に入れても異界転移魔術を使ってあげないよ〜?」
彰 「な、なんだと小娘! 俺を脅迫する気か!?」
ミア「小娘じゃなくて『ミア』! わたしのことをミアって呼ぶこと!
   そしたら異界転移魔術は絶対使ってあげるって約束してあげる!」

わたしのその言葉に、彰くんの行動がピタッと止まる。
やがて腕を組むようにして、顎に人差し指の第二関節を当てて考え込む。

彰 「…………なにかね? つまり貴様を名前で呼ぶと、俺は帰還を約束されるわけか?
   それは絶対に絶対か? 指きりでOKなんだな?」
ミア「うん、約束してあげる」
彰 「………(ニヤリ)」

彰くんは極上の笑みを浮かべると、わたしの小指に指を絡め、

彰 「指きりげんまんうそついたら針千本飲ます指きった!」

ブンブンブンブンブンブンズシャアと光速で指きりをした。
そして即座にわたしをガバッと肩に担ぐと───

彰 「よし吊るそう!」

元気に駆け出した。って!

ミア「わぁあっ!? ちょっ、彰くん!? なにを……!」
彰 「貴様、ミア! 呼べば俺、帰れる!
   吊るしちゃダメ、言われてない! だから、俺、お前、吊るす!」
ミア「吊るしたら魔術使ってあげないって───あぁっ!?」
彰 「フフフ、気づいたみたいだな小娘……もとい、ミア! 
   ミアと呼べば帰すと『約束』した時点で、貴様を吊るすことなど自由!
   さ〜ぁ吊るそう。吊るして、俺のこのセンチメンタルを払拭しよう」
ミア「逆にわたしが傷つくよ!」
彰 「大丈夫! 俺は痛くない!」
ミア「なっ───彰くんのばかぁーーーっ!!!」
彰 「へ? あ、ギャア! また光弾───」

ぼがぁああああああんっ!!!!

彰 「ウギャアーーーーッ!!!!」
ミア「え? わ、わぁあーーーっ!!」

ゴシャア!!

彰&ミア「「はうっ!!」」

……彰くんの顔に放った光弾が弾けて、彰くんはわたしを抱えたまま倒れた。
わたしと彰くんは、仲良く石造りの床に、顔から倒れることになった。

───結局、あの三日間のような駆け引きから、彰くんとの二度目の時間は始まる。
たぶんわたしは、彰くんが帰っちゃうまでは、
こうして自分の気持ちをぶつけていられるんだと思う。
それは『好き』や『嫌い』とかの感情じゃなくて───そう。
彰くんが言った、『たったひとりの親友』へ向ける感情に似てるんだと思う。
わたしの場合は『心を許せる人』だけど、それもきっと大差無い。
だけど思う。
もし『本』が見つかって、彰くんが帰っちゃうときが来たら、自分はどうするのか。
彰くんを帰して、またボ〜ッとする日々が訪れるのか。
それとも、嫌われてでも約束を破ってでも、彰くんを帰さないのか。
考えてみたところで思考は纏まらない。
それなら、その日が来るまでに目一杯楽しんでおこうと思う。
だからきっと、そのときが訪れるまで───

ミア「よろしくね、彰くんっ!」
彰 「なんと! 願ってまで吊るされたいと申すか!」
ミア「そういう意味じゃないよ!!」

その日常は記され続ける。
飽きっぽいわたしだけど、彰くんが帰ってしまうまでの思い出は残しておきたいから。
千年以上生きるわたしにとって、きっとその思い出は宝物になるだろうから。

───立ちあがったわたしたちは、お互いを見て驚いた。
やがてふたり同時に相手を罵倒したとき、お互いが鼻血を流していたことに気づく。
そしてわたしたちは初めて、ふたり一緒に大笑いをした。
きっかけはくだらないことだったけれど。
彰くんは変な顔で笑っていたけれど。





 ───わたしたちの笑顔は、きっと心からの笑顔だった。















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