───それはもしも。 有り得たとしたらきっと幸せな光景。 俺はいつまでも笑っていられるに違いない、そんな幻想の物語。 誰も消えることなく、誰も悲しむこともなく、誰もが傍に居てくれる。 そんな、幸せな夢だった。 目が醒めた時、それが現実であることを確かめようとして笑ったこと。 その全てが真実であることに泣いたこと。 その全てを幸せという名の形で呼ぶ世界に、俺は立っていた。 ───幸せを抱き締める全ての世界のコト───
ひとり暮らし。 俺はそんな言葉に憧れていた。 そのためにしてきたことは数えられるほどしかないが、それでも俺は頑張った。 主に勉強。 家庭教師や塾通い。憶えることは大半憶えた。 今日から高校生になるわけだが、ただの高校生ではない。 ひとり暮らしの高校生だ。 そう。 わざわざ実家から遠く離れた高校を受験。 それに合格したのだ。 つまり、ついに夢だったひとり暮らしが実現する。 もちろん、楽しいことばかりじゃないということは十二分に理解している。 だが、炊事からなにまで勉強、特訓した俺に恐いものなどない。 ───と、思いたい。 なんにせよ、これから大変だ。 今、俺は金持ちの叔父が買ったという家の前に居る。 買ったはいいけど使ってないとかで、俺が借りてもいいことになった。 了承を得るのは困難かと思いきや、簡単にOKが出た。 遥一郎「ふう……」 さて。 遥一郎「どうしてお前がここに居るのかな」 雛子 「……お兄ちゃんに付いてきたから」 ヒナは微笑んだ。 遥一郎「……俺はひとり暮らしがしたかったんだけど」 雛子 「それは無理じゃないかなぁ……フレアちゃんも一緒なんだよ……?」 遥一郎「うぐ……」 確かにハンディキャッパーとまでは考えていないが、 あいつを残してここに来るのは正直気が引けた。 だからフレアもここに連れてきたんだが…… フレア「…………?」 あまり状況を理解していないらしい。 でも俺と視線が合うと、にっこり微笑む。 雛子 「お兄ちゃん、これから頑張ろうね」 遥一郎「頑張るけどさ。お前はどうするんだ?」 雛子 「来る途中、何度もお話したよ……?     こっちの学校に通ってもいいってお母さんもお父さんも言ってくれたから……。     その代わり、わたしひとりじゃ心細いからお兄ちゃんに付いていけって……」 遥一郎「親父ぃ……」 そんなことを言うのは親父しか居ない。 俺はそこで折れざるをえなかった。 雛子 「ごめんね、お兄ちゃん……」 遥一郎「気にするな。俺だってお前が目に見える場所に居た方が安心する」 雛子 「お兄ちゃん……」 ヒナは幼い頃、階段から落ちたことがある。 幸い、嫌な予感がした俺が通学路中で引き返した時、倒れてたヒナを発見する。 すぐに慌てながらもなんとか救急車を呼び、ヒナは助かった。 初めてだったこともあって、救急車を呼ぶのは緊張した。 だけど助かったんだ……と思うのも束の間。 ヒナは記憶を失っていた。 何を話し掛けてもボ〜っとした状態で、ただ頻りに『お兄ちゃん……』と呟いていた。 俺はそんなヒナを見ていられなくて、その手を握って泣いた。 ……その時だった。 ヒナが初めて視線を動かして、俺のことを見た。 そして俺の手と繋がれている自分の手を見て。 『お兄ちゃんの手だぁ……』と、微笑んだ。 だけど現状はそういい方にはいかなかった。 俺が兄だと解っただけで、ヒナは何も思い出さなかった。 両親のことも、自分のことも。 ただ俺のことを兄と認識してくれただけだった。 ヒナはそれ以来、 両親の要望で検査の類に連れ回されるが……記憶の回復は一度としてなかった。 ヒナは学校などで友達を作る大事な時期に記憶喪失になってしまい、 それに加えて散々機械などのある部屋へ引っ張りまわされたことで人間不信になった。 そんな中で彼女が頼ったのは……他の誰でもない、兄である俺だった。 俺は誰に言われるでもなく、自分のありのままでヒナに接した。 その、今のところの結末がこの現状である。 一応は両親を両親と思うようになる。 だが、所詮は一応なのだ。 心の底から信頼はしていない。 だから俺は今まで、頼りないながらも精一杯教育係をやってきた。 その割に押しが弱いし気も弱いが……今となっては、もうこれがヒナだった。  遥一郎「まあ立ち話もアレだし、中に入ってみようか?」 叔父に貰った鍵を手に、訊ねてみる。 雛子 「……うん、お兄ちゃん」 フレア「………?」<こくこく> フレアは耳が聞こえないためか首を傾げていたが、やがて頷く。 一応ふたりの賛同を得て、俺は扉の鍵を開けた。 ギィッ、という音を立てたドアの先には───ホコリ地獄。 遥一郎「……あー……お前達、来てくれてありがとう」 雛子 「うん……がんばろうね、お兄ちゃん」 フレア「………」<……溜め息> 遥一郎「フレアぁ……溜め息はよしてくれ……。     俺もここまでとは思わなかったんだよ……」 項垂れるように言う。 実際項垂れたけど、この際そんなことはどうでもいい。 俺は鼻を摘んで中に入り、窓という窓を全開にした。 しばらく換気したあとにふたりを中に居れて、掃除が始まる。 新たな暮らしを目の前にして、初めてやることが掃除というのも変な気分だった。 ……しかも大掃除級。 遥一郎「よし、俺は二階から順に掃除をしてくるからふたりは下を頼む」 雛子 「うん、わかったよ、お兄ちゃん」 フレア「………」 フレアは不安そうに首を傾げている。 そこに雛子がフォローを入れ、ジェスチャーで知らせる。 ……下手だな。 フレアも訳が解らないようだ。 ふたりは下手なジェスチャーを精一杯し合って、次第に本題からズレて笑っていた。 ツッコミを入れようかとも思ったけど、俺はこいつらの笑顔は嫌いではない。 ということで……俺だけでもやっておくか。 うん、と頷いて家の二階へと上がってゆく。 一応掃除用具などは放置されていたので、手にはそれがある。 が。 遥一郎「……なんだこれ。二階は全然綺麗じゃないか」 呆れる。 階下の汚さはまさに国宝級ってくらい汚かったんだけど。 遥一郎「んー……」 でも廊下だけかもしれないな。 よし、部屋の中のチェックをしてみようか。 ガチャッ、とドアを─── 少女 「へう?」 遥一郎「………」 ……バタン。 閉めた。 遥一郎「……落ち着け、落ち着けよ遥一郎……今のは何かの錯覚だ……!     こ、ここは叔父さんに紹介してもらった場所であって、     誰かが住んでいるわけが……!」 深呼吸をして、再びドアを開けた。 で、その先には先ほどの女の子。 少女 「………」 遥一郎「…………誰アンタ」 少女 「強襲ですー!」 遥一郎「うわわっ!?」 少女はいきなり叫んだ。 そしてどこからともなくヤクザ者必携の匕首をズォオと取り出し───ってオイ! 少女 「殴り込みなら相手になるです……!     サクラのゴロメンツ、しかと受け取るです……!」 自分のことをサクラと言った少女が腰に力を溜めるようにして重心を下に落とす。 やがて サクラ「シャアァーッ!!」 奇声を上げて襲いかかってきた! ってうわぁちょっと待て! こんな訳の解らない状況下で殺されるのか俺!? 遥一郎「じょ、冗談じゃないっ!」 俺は咄嗟に部屋から離れて、そのドアを勢いよく閉めドパァン! サクラ「みうっ!」 …………ドシャア。 遥一郎「………」 勢いよく閉めたドアの先の方で炸裂音が聞こえた。 そして何かが倒れる音も。 やがてその場は静寂に包まれる。 遥一郎「………」 俺は呆れる心と緊張の面持ちでゆっくりとドアを開けた。 サクラ「…………きゅう……」 そこには目を回している少女。 俺はこっそりと匕首を没収してから彼女をつついた。 遥一郎「……まさか、拳銃までは持ってないよな?」 まさかなぁ。 遥一郎「でもこの部屋を見る限りじゃあ……なぁ」 部屋の中を見渡してみると、 ヤクザモンよろしくの張り詰めた雰囲気を醸し出す飾り物がギッシリだった。 遥一郎「……見なかったことにしよう」 俺はその部屋のドアを閉めて、他の部屋へ行くことにした。 ───…… さて。 隣の部屋だが───……流石に緊張するな。 でもここでずっとこうしてても意味がないし。 よし。 チャッ……と、ドアノブをゆっくりと回して中を覗く。 遥一郎「…………何もないな」 キチンと整頓されている部屋には、とくにこれといったものはなく。 ただ異様に気になる大きなダンボールが置かれていた。 遥一郎「……まさか、死体が入ってるとか……なぁ」 俺は恐る恐るダンボールに近づく。 雛子とフレアを呼ぼうかと思ったが、 あのふたりにこういうことをさせたり見せたりするわけにはいかない。 遥一郎「………」 ゴクリ。 自然に喉が鳴った。 ああ、これは怖いな。 緊張するよ。 学校の試験でもこんなものは味わったことはない。 さ、さあ……ご開帳……ゴトトッ! 遥一郎「うぅぉおおっ!!?」 目の前のダンボールが独りでに動く。 た、たまげました。 遥一郎「───ええい、ままよっ!!」 目を瞑るようにしてダンボールを開けた。 すると─── 少女 「………………」 遥一郎「………」 そこには少女が居ました。 まさか桃太郎ではなくダンボール太郎に会えるとは。 遥一郎「って、落ち着け……パニクってる場合じゃない」 そうだ、女の子だから太郎じゃないよな。 遥一郎「じゃなくてっ!」 本能がパニックになるってこういうことでしょうか。 ああ、まともな思考が働かんっ……! 少女 「ん……」 遥一郎「ッッ!!」 ざがしゃしゃしゃあああっ!! 滑るようにダンボールから距離を取る。 …………が、しばらく様子を見るも……ダンボールからの反応なし。 好奇心とは呼べぬものを振りかざしてそろそろと覗く。 と。 少女 「………」 遥一郎「………」 目が合った。 少女 「!」 途端、クワァッ!と見開かれる目。 やがてボピーィイイイッ!! 遥一郎「ぎゃあああっ!!」 頭の方から煙が吹き出た。 バ、バケモノ!? ゴソ……ゴソリ……。 ヒィイ!なんか目が光ってる!光ってる! まるでバンカーバスターをしたマキシマのようにノソリと起き上がる少女。 その姿は異様にして凄絶。 なんかよく解らんが……これだけは解る。 俺は……俺は今、恐怖しているッ! 少女 「………」 起き上がり、ダンボールから抜け出た少女は俺を見上げた。 じ〜っと見て……目を潤ませた。 途端ボピィイイイイイッ!!! 遥一郎「ひぇぇいっ!?」 再び頭から煙が! あ、いや……なんですか? なんか頭の機械から出たみたいです。 ポピッポピッと定期的に出るようになった煙に少しからず不安を覚えながら…… 遥一郎「……どうしてここに?」 訊ねてみる。 少女 「………………あの」 遥一郎「は、はいっ!?」 少女 「───あなたのお名前は……?」 遥一郎「……うおう?」 少女 「名前、です……」 遥一郎「………」 な。なんだ……!? 俺は一体、なにを試されてるんだ……!? でも訊ねられて応えないのは失礼だよね。 特に名前は。 遥一郎「穂岸遥一郎と申しますが」 出来るだけ紳士的に応えてみた。 少女 「穂岸……遥一郎さま」 俺の名前を口にした途端、ポ〜っと顔を赤くする少女。 そしてまたポピーィイ!と煙を出す。 ハッキリ言って怖かった。 少女 「わたしはノア=エメラルド=ルイードといいます。     ……穂岸さま。わたしを……あなたの傍へ置いてくださいっ!」 遥一郎「えぇっ!?」 置く……!? 傍に……!? それって…… 遥一郎「な、なんで……!?」 俺の質問にノアと名乗った少女は微笑み、俺に抱きついた。 ノア 「……あなたの使用人になりたいんです……」 上目遣いに俺を見るノア。 俺は─── ノア 「心配なさらないでください、使用人業には自信があります。     掃除などならわたしがこなしましょう。     孤立をなされるのならわたしにお手伝いを───!」 遥一郎「………」 よく話は聞いていなかった。 ただそのひとことに心が動かされた。 『掃除』。 今必要なのは掃除人員。 ならば……傍に居てくれる=俺の掃除を手伝ってくれる。 ───。 遥一郎「了承」 ポン、と肩に手を置いて微笑んだ。 ノアはその答えに顔を真っ赤にして俺に抱きついた。 ……正直抱きつかれる理由がよく解らなかったが。 まあ、掃除手伝ってくれるなら。 ───と、まあ。 この時の俺の脳はまだまともな思考を働かせてくれなかったわけで。 あとになって思考が働いた時、自分の愚かさに気づいた。 それを気づかせてくれたのが、ふたりのジトリとした視線だった。 …………。 遥一郎「………」 雛子 「………」 フレア「………」 サクラ「?」 ノア 「マスター、お待たせしました」 ノアが自分のティーセットで紅茶を淹れてくれた。 ……ちなみに俺の分だけ。 雛子 「……お兄ちゃん」 ギクッ。 …………恐る恐るヒナを見る。 そこには心底悲しそうな顔で俺を見るヒナが居た。 その隣でフレアも悲しそうな顔をしていた。 サクラは『?』と首を傾げたままだ。 先ほどの自己紹介の時に緊迫した世界は今も続いているのだが、サクラは変わらない。 ノア 「……あの、あなた、耳が聞こえないんですよね?」 フレア「………」<え?> 少し戸惑いながらも、俺が紙に書いてみせると、ゆっくりと頷くフレア。 ノア 「これをどうぞ。レインさまが作られた補聴器です」 ノアは小さな機械をフレアに渡す。 それは耳につけるようなもので、確かに補聴器という感じだった。 フレアは俺を見て、俺は頷いて見せた。 そして耳につける真似をしてそれを促す。 フレア「これでいいのかな……───!?」 フレアが驚く中、当然俺もヒナも驚いた。 ノア 「思考を読みとって、喋りたいと思う言葉のみを発言させる機能があります。     あ、安心してください。     声帯パターンも読み込みますので、あなた自身の声が出ます」 フレア「……これが、わたしの声……?」 初めて聞く自分の声に、フレアは驚いていた。 もちろん俺だって驚いている。 ……うん、いい声だ。 遥一郎「……質問いいかな、ノア」 ノア 「はい、なんなりと」 遥一郎「いや、そう畏まらないで。……さっき言ってたレインって人、何者なの?」 ノア 「レインさまですか?レインさまはわたしとサクラの教育係です。     天界で教会の神父を務めていらっしゃいます」 遥一郎「……その人がどうして、補聴器なんて渡してくれたのかな」 ノア 「以前、この頭の───アークというんですけど、この機械が暴走しまして。     わたしの耳が異常を起こしたことがあったんです。     耳が聞こえないのは喋れないことより不安なんですよ?     だからレインさまはこれを作ってくださり、     もしもの時のために持たせてくれたのです」 遥一郎「へえ……」 ノア 「耳が聞こえないと自分が何を喋っているのかも不安になりますから」 そうかも。 事実、フレアはとても安心したような顔で微笑んでいる。 雛子と抱き合ってぴょんぴょん跳ねまわる姿は見ていて微笑ましい。 ノア 「ああちなみに。レンタル料は一日10フロウです」 フレア「!」 フレアが驚く。 雛子 「……フロウって……?お兄ちゃん……?」 遥一郎「お、俺に訊かれても」 サクラ「フロウは地上円で言う千円です」 遥一郎「高ッ!」 ノア 「冗談ですよ」 遥一郎「そ、そうだよな」 ノア 「本当は1万円です」 遥一郎「増えてるっ!冗談ですかそれ!」 ノア 「ええ、冗談です」 にっこりと笑うノア。 ……自己紹介の時にサクラが言った通り、ノアは人を冗談でからかうのが好きらしい。 ノア 「わたしは使いませんから、あなたにあげます。大切にしてくださいね」 フレア「……ありがとう」 サクラ「感謝なんてしない方がいいです。次はどうからかうか思考中です」 ぼかっ! サクラ「みうっ!」 ノア 「黙っていなさいサクラ」 サクラ「うう……図星つかれたからって殴るのはジャイアニズムです……」 ノア 「なんとでもどうぞ。気にしなければ問題ありません」 サクラ「エセメイド……」 ぼかぁっ! サクラ「みうっ!な、殴ったです!問題ないんじゃなかったです!?」 ノア 「気にしたから問題あるのは当然でしょう。アーク」 ツキューンッ! サクラ「はうっ!」 ドシャア。 サクラが狙撃されて倒れた。 遥一郎「…………あの、それってただのヘルメットじゃないのか……?」 ノア 「アークは意思のある機械です。     主としてある機能の他にいくつかの要素がありますが、これもそれのひとつです」 遥一郎「……銃って機能なのか?」 ノア 「そればっかりはアルベルトさまに訊いてください。     この機能をつけたのはアルベルトさまですから」 遥一郎「……アルベルトって?」 ノア 「レインさまの兄、レイルさまのご友人にして、     天界を統べる天大神、チャリス=ジェス=ディオライツさまのご子息、     アルベルト=カルデリアス=ディオライツさまです。     述べた通り、遊び人のレイルさまのご友人でありますから……     性格は中々の遊び好きで、レイルさまに負けないほどのやんちゃ者です」 遥一郎「……えっとさ。そのレイルって人もキミの教育係を?」 ノア 「マスター、わたしはノアです。キミではありません。     ……ええ、そうですね。レイルさまわたし達の教育係です。     サクラには喧嘩意地と男気を、     わたしには人を振り回す方法を教えてくれました。     レインさまはわたし達に常識なものと礼儀などを」 遥一郎「………」 そっか。 さっきのノアの悪の片鱗はそのレイルって奴の所為か。 憶えておこう。 ノア 「マスター、紅茶が冷めてしまいます。冷める前にお飲みください」 遥一郎「え?あ、ああ、ごめん」 紅茶を一口。 うん、なかなか美味い。 遥一郎「……それでさ。これからどうするんだ?」 ノア 「なにが、でございましょうか」 遥一郎「これから。どこか行く宛てがあるのか?」 ノア 「わたしはマスターの従属者ですから。いつでも傍におります」 雛子 「…………お兄ちゃん」 雛子がショックの眼差しで俺を見る。 遥一郎「ご、誤解だっ!俺はそんなの了承した覚えたは!」 ノア 「不安でしたら先ほど二階で発言された言葉を再生してみましょうか?     録音しておきましたので」 遥一郎「ぐあっ!?」 ノアが頭の機械に触れると、ピッという音とともに先ほどの会話が再現された。 遥一郎「あ、あわわ……」 雛子 「……お兄ちゃん……っ……!」 遥一郎「ち、違う違う!俺はそんなつもりで言ったんじゃないって!」 フレア「与一さん……」 遥一郎「違うんだよフレア!誓って、俺はやましい気持ちなんて無かったんだ!     ただ掃除を手伝ってくれるって言うから!」 ノア 「言っておりませんが」 遥一郎「……そうでした」 悲しくなった。 サクラ「与一、観念するです。     言ってしまったからには責任とってサクラ達をかくまうです」 遥一郎「かくまうのかっ!?」 サクラ「実はサクラ達は賊軍に追われている『えーじぇんと』です。     この匕首は藤木組系花山組組長の花山さんからくすねてきた伝説的な」 ぼかっ! サクラ「みうっ!」 ノア 「意味不明なことを言い並べないでください」 サクラ「ノアだって冗談ばっかり言ってるです……」 遥一郎「あー、喧嘩はやめなさい」 ノア 「はい、マスター」 遥一郎「それからそのマスターって言うのも」 ノア 「お断りします、マスター」 ……無駄だってことは自己紹介の時に痛いほどに解ってましたがね。 遥一郎「とにかくここは叔父さんの家だし、     今日会ったばかりの……しかも女の子を置くわけにはいかない」 ノア 「……それはお暇を与えるということですか!?」 遥一郎「そ、そうじゃなくて……元からそういう関係じゃないって言ってるんだよっ!     頼むから人の話を妙な方向に捻じ曲げないでくれ!」 サクラ「帰る場所がないです」 ノア 「行く場所もないです」 遥一郎「……そんなこと言われたって……」 俺は頭を掻きながらヒナとフレアを見た。 雛子 「………」 ヒナは胸の前で拝むように手を組みながら、俺を不安そうな顔で見ていた。 フレア「……わたしは、恩を残したまま人を追い返すようなことは出来ません」 フレアは自分の考えをそのままぶつけてきた。 ……それはそうなんだけどな。 フレア「……与一さん。与一さんが思ったことを言えばいいんですよ。     わたしはそれがどんなことでも、付き合います」 遥一郎「……そうだな。解った」 俺はうん、と頷く。 そして真っ直ぐにノアとサクラに向き直り、言う。 遥一郎「出てけ」 ノア 「えぇっ!?ふ、普通こういう状況では住んでもいいと言うのでは……!?」 遥一郎「冗談だ」 ノア 「あぅ……」 感動の瞬間だった。 フレア「こういう状況で冗談を言うなんて、与一さんらしいですね」 遥一郎「俺だからな」 雛子 「からかうのはよくないよお兄ちゃん……」 遥一郎「からかわれたままで引き下がれないだろ?」 ノア 「う、うー……」 遥一郎「ということで、さっきまで使ってた部屋は好きに使っていいから。     俺とヒナとフレアも適当な部屋使うから。無駄に大きい家だから十分だし」 ノア 「は、はい……」 サクラ「与一、匕首返すです……」 遥一郎「ああ、これな。はい」 チャキッ、と匕首を返す。 思ったより結構重かった。 遥一郎「じゃあヒナ、フレア、自分が気に入った部屋を使っていいから見てくるといい。     俺は残りの部屋でいいから」 雛子 「そんな、一緒に見ようよお兄ちゃん」 フレア「そうですよ。ひとつの楽しみはみんなで楽しむ方が面白いものですよ」 遥一郎「うーん……」 雛子 「……お兄ちゃん」 遥一郎「…………解ったよ、行こうか」 ヒナの頭を撫でてやり、俺は立ち上がった。 サクラ「いくです」 ぼかっ! サクラ「みうぅっ!」 ノア 「あなたはこっちです。残っているキッチンの掃除を手伝ってください」 サクラ「あぅううう〜……!」 サクラがズルズルと引きずられてゆく。 まあ無視だ。 遥一郎「じゃあ、一階から見ていこうか」 雛子 「うん」 フレア「そうですね」 ふたりは微笑んで先に行く俺のあとをついてきた。 ─── さて。 遥一郎「……全部見て回ったけど……いい家だなぁ」 フレア「そうですね……不思議なものです。これだけいい家なのに移り住まないなんて」 雛子 「うん……叔父さま、仕事が忙しいみたいだから……」 遥一郎「それでヒナ、フレア、気に入った部屋はあったか?」 雛子 「………」 フレア「………」 遥一郎「?」 ふたりはなにも言わなかった。 気に入らなかったのかな。 遥一郎「俺は……そうだな、一階の一番奥の部屋だな」 雛子 「え……?もっと広い部屋があるんだからそこにしたらいいのに……」 遥一郎「いーのいーの。広すぎると疲れる」 実家の部屋はお世辞にも広いとは言えなかったし。 それがいきなり広い部屋にしたら息が詰まりそうだ。 置くものも少ないしな。 置くものと言えば、家から送った荷物が着くのは明日だったな。 それまでは食事とかはどこかで食うしかないが……なんとかなるな。 バイトでもなんでもすればいい。 遥一郎「じゃあ、俺はもう少し自分の部屋を掃除するから。     ふたりとも好きな部屋を選んでくれ」 雛子 「………」 フレア「………」 ふたりはやっぱり何も言わない。 ちょっと、よく解らなかった。 ───。 遥一郎「ふーむ、こんなものかな」 軽い掃除を終えた。 ノアの掃除は完璧だったようで塵ひとつ残ってなかったが。 こういうのは気分だ気分。 ……うん、陽も当たって、なんともいい場所だ。 遥一郎「はふぅ」 息を吐きながら寝転がる。 あー……暖かい。 このまま寝るのもいいかなぁ。 ………………ぐー。 ───。 遥一郎「……んぐ?」 目を開けると、そこは見知らぬ……って、そうか。 叔父さんの家に借りた家に来てたんだっけ。 遥一郎「……やばいな、もう暗いじゃないか」 俺はぐっと伸びをしてから起き上がり───ドサ。 ノア 「んう……」 遥一郎「………」 どうして俺が起きたらノアが倒れたんでしょう。 遥一郎「ていうか……うおっ!?」 寝ていた俺の周りにはヒナやフレアやサクラも居た。 ……何事? えーと、これは夢?ドリーム? パンパンッ! 遥一郎「……痛いな」 顔を叩いてみたが、とても痛かった。 ……落ち着こうか。 まずは水でも飲みに行こう。 Next Menu back