───車椅子の少年のコト───
キッチンにつく。 俺は蛇口を捻って身を乗り出し、直接、その流れる水を飲んだ。 うん、消毒っぽいカルキ入りの水だ。 口周りを拭って部屋を戻─── 遥一郎「…………あ、どうも」 ───ろうとしたら、視線の先に人が立っていた。 俺は寝惚けた頭でペコリとお辞儀をする。 が、次に頭をあげたとき。 ……その人は居なかった。 遥一郎「───え?」 いま、居たよな? エ……? は、ははは……まさかなぁ。 えーと携帯携帯……。 ポケットに入れたままだった携帯電話で、叔父の家に電話をかけた。 叔父は元気な声で電話に出て、他愛ない会話を開始した。 が、俺はそれを遮ると、本題を問い出した。 ……そしたら。 この家、曰くつきの家なんだってー……ブツッ。 遥一郎「!?」 突然、電話が切れた。 遥一郎「お、叔父さん!?叔父さん!?」 …………うわぁ、なんか嫌な予感。 なんかどっかからクスクスって笑い声が聞こえてきたし……! 遥一郎「……いや、落ち着け、落ち着けよ俺……」 深呼吸をする。 大きく息を吸ってぎゃああああああああああ!! 遥一郎「が、がが……!」 深呼吸の流れの中、上を向いた途端。 天井に顔があった。 ソレは俺を見ると、口が裂けるほど微笑んだ。 遥一郎「───キャーッ!!」 俺は驚愕しながら逃走を謀った。 慌てて自分の部屋へ戻り、眠っている四人を見て安心した。 ノア 「……ん……マスター……?」 遥一郎「ノ、ノアッ!こ、この家には俺達以外に誰も居ないよな!?」 ノア 「………………いえー……長本さんが居ますよー……」 ぱたっ。 ノア 「……くー」 遥一郎「ね、寝るなーっ!長本さんって誰ーっ!?」 サクラ「長本さんは……壁抜け出来て、体が薄くて浮いてる人です……」 遥一郎「それって幽霊じゃないか!」 サクラ「違うです、長本さんです……」 ぱたっ。 サクラ「うにゃー……」 遥一郎「寝るなーっ!いやーっ!ひとりにしないでーっ!」 ノア 「うう……邪魔でしたら……消しますか?」 遥一郎「で、出来るなら是非っ!」 ノア 「かしこまりましたー……アーク」 キヒィイイー……───ィィイイン…… ノアの頭の機械が光り、部屋までもが光り始める。 い、いや……これは家自体が光ってる……? で、どこかから断末魔の悲鳴が聞こえて、その光は消えた。 ノア 「浄化……完了しました……。これで安心ですよー……」 ぱたっ。 ノア 「くー……」 ノアは再び眠りについた。 ……不安だったにも関わらず、もう長本さんが現れることはなかった。 俺は再び眠りパンポーン。 遥一郎「………」 呼び鈴……? こんな時間に……? ま、まさか長本さん……!? 俺は引け腰になりながら玄関へ向かい、ゆっくりと玄関を開けた。 男  「マルガリートゥァーッ!」 遥一郎「うわっ!?」 男  「どもー、レンタルボディーガードよりもCOOLな宅急便です」 ……元気な人だな。 何故かピザ屋のような服を着てるし。 男  「お荷物お持ちしましたぜ。さあ判子ギブミー。血判でもいいが」 遥一郎「……ハイ」 ポム。 財布に入れていた判子を押す。 男  「毎度どうもー!」 男は荷物を置いてから出ていった。 ……なんだったんだ? そりゃあ荷物が早く来る分には嬉しい限りだが。 ……まあ、いいか。 眠気も醒めたところで、俺は荷物を解くことにしたのでした。 その夜、整理をしたのは俺だけだったとさ。 ─── ───……翌朝。 何故かあったベッドやらなにやらを部屋に置き、整頓は終わった。 荷物の中に紛れていたベッドだが、叔父さんが送ってくれたのだと思い込む。 もしかしたら両親が送ったのかもしれないが……まあ、ある分には困らないわけで。 しかし……結局朝になってしまった。 昨日の昼に眠っておいてよかった。 徹夜は響くからなぁ。 遥一郎「うー、でも夜に動いたりすると、     いくら寝てあっても眠くなるよな……なんでだろ」 やはり夜は寝るものと、体の中に……その、ある種の摺り込みが入っているのだろうか。 人間って精神の生き物だからなぁ。 悪いとは言わないが、いいとも言わない。 さてと。 俺の部屋には何故かお姫さま達が寝てるし……リビングのソファで寝るか。 溜め息を吐きながらリビングへ。 そのソファに腰かけ、そのまま目を閉じるのだった。 …………つんつん。 声  「……眠ってるよね」 さわさわ。 ……うう、鼻がムズムズする。 声  「………………眠って、るよね」 …………きしっ。 なにかが隣に座るような感触をソファ越しに感じ、それでも寝る。 声  「………」 なにかは俺に寄りかかってきた。 ……誰ぞ?人の眠りを妨げになられるのは…… 遥一郎「………」 うっすらと目を開ける。 あくまで寝息は保持だ、なんでもなかったらまた寝るために。 この呼吸が乱れると眠気が一気に消えるのだ。 あとから来る気色悪い眠気など要らん。 このっ……!この眠気っ……! この眠気があってこそっ……!気持ち良く寝れるのだっ……! ……さて、カイジ語は忘却の彼方へ不法投棄するとして。 俺は視線を自分の肩へともってゆく。 するとそこには、俺の肩に寄りかかって幸せそうな顔で目を閉じているヒナの姿が。 …………なにか言おうかと思ったが眠いから流す。 状況に対応した行動が出来てこそ、日々の鍛錬と為り得るのですよ……。 眠いときには三度の飯より眠気が好き、 腹が減れば三度の昼寝より飯が好き。 それでいいじゃない。 …………ぐー。 ───…… …………眠れん。 あとから来たヒナの方が先に眠ってしまたようだ。 規則正しい寝息が聞こえる中、俺はゆっくりと移動した。 俺が移動する分、ヒナの体も傾いてゆく。 ……仕方ないな。 俺はヒナを抱きかかえると、適当な部屋を目指して歩き始めた。 ヒナ 「ん……お兄ちゃん……?」 廊下の中腹あたりでヒナが俺を見て呟く。 遥一郎「寝てていいぞ」 ヒナ 「…………うん」 ゆっくりと頷くと、ヒナは目を閉じた。 ……やれやれ。 ヒナはあまり慌てたりしないからいいよな。 マイペースなのか落ち着いているのか。 ───さて。 ヒナを適当な部屋のベッドに寝かせて、俺は伸びをした。 また起きたりするかと思ったが、ヒナは安心したような顔で眠っている。 安堵にも似た溜め息をついて部屋を出た。 ……さてと、学校は明日だから……今日は適当に過ごそうか。 まずは───どだだだだだっ!! サクラ「与一ーっ!もーにんぐですー!」 サクラが部屋の前に立っている俺を発見して走ってきた。 俺はそんなサクラを待ち構えてぼかっ!! サクラ「みうっ!」 殴った。 サクラ「な、なにするです与一……」 遥一郎「静かにしろ。ヒナが寝てるんだ」 サクラ「あうぅ……『しすこん』です?」 ぼかっ! サクラ「みうっ!」 遥一郎「ヒナは別なんだよ、俺が守ってやらなきゃダメなんだ」 サクラ「うう……」 遥一郎「ほら、こっち来い」 サクラ「あうぅう〜……」 ずるずるとサクラを引きずってリビングへ。 フレア「与一さん、いつ起きたんですか?」 リビングに行くなりフレアに訊ねられる。 遥一郎「ちょっと前だよ。長本さんに襲われてな」 サクラ「はうっ……!?な、長本さんにあったです!?」 遥一郎「会ったぞ。ていうかお前に説明してもらったんだが」 サクラ「してないです」 ……寝ぼけていたようです。 フレア「長本さん……?」 遥一郎「幽霊だ」 フレア「……幽霊ですか」 遥一郎「ああ。初めて見た……」 ノア 「消したのだから平気ですよ。さ、朝食にしましょう」 ノアが料理を用意してくれたようで、テーブルに並べてゆく。 遥一郎「っと……それじゃあヒナを起こしてこないとな」 フレア「わたしが起こしてきますよ。待っていてください」 にっこりと微笑むと、フレアは部屋へと歩いていった。 遥一郎「二番目の部屋だから」 声  「はーい」 元気な返事が聞こえた。 ……話せること、聞けることが嬉しいんだろうな。 俺もなんか嬉しかった。 遥一郎「ノア、ありがとうな」 ノア 「はい?ああ、いえ、食事の用意は使用人の勤めですよ」 遥一郎「違うよ、フレアのこと。……あんな嬉しそうなフレアを見たのは初めてだ」 ノア 「ああ、あの人のことですか。どのような関係なんですか?」 遥一郎「え?……どうって、幼馴染……かな」 ノア 「それだけですか?」 遥一郎「兄妹みたいな感じかな。ヒナが大変な時に一緒に居てくれたんだ。     感謝してもしきれないくらいに恩がある」 ノア 「……要注意ですね」 遥一郎「え?」 ノア 「なんでもありませんよ。さあ、朝食にしましょう」 ノアがエプロンを脱いで椅子に座った。 ……何故、わざわざ俺の隣に座るのかは解らないが。 と、少し悩んだ時。 フレアと、その後ろに目を擦る雛子がやってきた。 フレア「連れてきました」 雛子 「……おはよう、お兄ちゃん」 遥一郎「ああ、おはよう。よく眠れたか?」 雛子 「うん……」 ……いや、まだ眠そうだ。 そういえば朝はちょっと弱いんだっけ。 遥一郎「さて、それでは朝食を……って、それより顔洗ってきた方がいいな。     ヒナ、来なさい」 雛子 「はい……お兄ちゃん」 眠そうにするヒナを連れて洗面所へ。 …… まずヒナに顔を洗わせ、俺はそのあとでさっぱりした。 雛子 「……はふ、気持ち良かったぁ……」 遥一郎「ちゃんと拭いておけよ?今年の風邪はしつこいらしいから」 雛子 「はーい、気をつけまーす」 コシコシとタオルで顔を拭くヒナ。 その仕草が子供っぽくてなんとなく笑えた。 雛子 「どうしたの、お兄ちゃん」 遥一郎「なんでもないよ。ほら、早くタオルくれ。     いつまで水も滴るいい男にしておくつもりだ」 雛子 「あっ、うん、ごめんね」 ヒナがタオルを渡してくる。 俺はそれを受け取って顔をゴシャーと拭く。 遥一郎「よし、それじゃあ朝飯にしようか」 雛子 「うん」 洗面所を出て歩く。 ヒナは俺より先に出れるのに、 わざわざ俺のあとから洗面所を出て俺の後ろを歩いていた。 ……よく解らんが、昔っからそうだ。 悪いって言うつもりはないから気にしないけどな。 遥一郎「むはー、すっきりいたした」 リビングに入るなり、そんな言葉を発してみる。 その声にフレアがクスクスと微笑み、サクラは真似をするように復唱していた。 俺はリビングのドアから一番近い椅子に座って箸を構える。 ……と、何故かノアが俺を憎らしげに睨んでいた。 な、なんだ? 遥一郎「ど、どうかしたのかノア」 ノア 「……なんでもございませんっ」 ふいっ、と。 そっぽを向くノアの真意が解らず、俺は困惑するばかりだった。 結局座る位置は俺の両隣にヒナとフレア、 向かいの椅子にノアとサクラという位置付けになった。 遥一郎「いただきます」 俺がいただきますを言うとそれに習うようにみんなも言う。 そして料理を口に運び、咀嚼ゲフゥッ!! 遥一郎「ぐはっ!ごはっ!」 雛子 「───!」 フレア「……ぐ」 サクラ「………………!!」<ごぽっ……> 料理を口にした途端、それぞれがその顔に地獄絵図を上映する。 こ、これは……いままで一度たりとも味わったことのない……斬新……否、 これは斬新というか……とにかくマズイ。 味がよく解らないが……ひとこと述べるなら……マズイ。 勝手に滲み出る涙に濡れた視界で周りを見れば、 サクラが真っ青な顔で口を懸命に押さえていた。 俺は事情を察し、椅子から立ち上がってサクラを抱え、洗面所へ駆け込んだ。 ───しばらくお待ちください─── サクラ「…………お花畑の先に奈落の底が見えたです……」 のちに、彼女はそう語った。 しかも景色が始まったのはまず、奈落の底に落ちる寸前だったとか。 ……どういう料理だ。 遥一郎「ノア……料理に自信はあったのか?」 ノア 「はい?美味しいじゃないですか」 ノアは微笑みながらぱくぱくと料理を食べる。 ……そうか、味覚が違うのか。 遥一郎「ノア、これから料理作らなくていいから。出来れば二度と」 ノア 「えぇっ!?」 珍しく驚愕。 だが言うことは言う。 これはもはや生死に関わっている、恐ろしい料理だ。 ノア 「あ、あのっ、なにか至らないところが……!?」 遥一郎「いや、十分至ってるから。これ以上至るとこっちが別の世界に至りそうだから。     だから頼む、作らないでくれ」 ノア 「……?……?」 ノアは困惑の顔で……やっぱり困惑していた。 俺はそんなノアとサクラを見比べて、ひとつの疑問に突き当たる。 遥一郎「…………今までどういう食生活してたんだ?」 サクラ「食材をそのまま食べてたです……。     ノアが、作るべき人以外に作るようなことはしませんって言い張るから……」 遥一郎「……なるほど。……で、アレか」 俺は料理をヤケ食いするノアを見た。 あの小さな体のどこにあんなに入るのか……ドシャア。 あ、死んだ。 さすがに無理して食べていたらしい。 少し青ざめながら唸っている。 遥一郎「……胃薬あったかな……」 俺は荷物を漁って実家の薬箱から徴集してきた薬物を探した。 ……お、あったあった。 遥一郎「ノア、胃薬飲めるか?」 ノア 「………」 ダメだ、限界まで詰めたらしい。 これで飲んだらそれこそ胃が死ぬ。 と、そんなことを思っていた時。 その視界の隅でサクラが何かをいじっていた。 サクラ「イマンシペイト、やるです」 そしてそう言うと、キヒィンッ!と小さな音が鳴る。 篭手のようなものが輝いたと思ったら、数秒後にはノアが目を開けた。 ノア 「……不覚でした」 そう呟くノアは、もう苦しそうではなかった。 遥一郎「……何事?」 サクラ「自己紹介の時に説明したです。     人物パターンを記録して、それを解放するとその状態になるスグレ物です」 えっへんと胸を張るサクラ。 話が簡潔すぎて意味が見えないが、別に助かったならいいか。 あまり詮索するのもどうかと思うし。 …………さて。 遥一郎「……これからどうするか」 雛子 「お腹空いたな……」 ヒナが声をこぼした。 確かに満足に食えるものじゃあなかったため、腹は減っている。 そんなことを思っていたら、く〜……と、可愛い音が鳴った。 雛子 「!」 途端、ヒナの顔が真っ赤になる。 雛子 「あうっ、あうぅ、あうあう……っ」 遥一郎「た、確かに随分減っているようで……」 思わず笑ってしまう。 それによってヒナは涙目になり、俯いてしまった。 遥一郎「悪い悪い、お詫びにご馳走するから。     ……ノア、サクラ、料理の材料ってまだあるか?」 サクラ「無限にあるです」 そう言ったサクラがポシェットから次々と食材を出してゆく。 遥一郎「……すごいな、四次元ポケットなんて初めて見た」 サクラ「ポケットじゃなくてポシェットです」 遥一郎「どっちも似たようなものだろ?     あ、ああそれくらいでいい。あんまり出しても保存が利かないから」 サクラ「はう、了解です」 俺はサクラが出してくれた食材と睨み合う。 ……そして、間も無く料理は決まった。 遥一郎「ヒナ、もうちょっと待っててくれな。今作るから」 フレア「与一さん、わたしも手伝っていいですか?」 遥一郎「助かるよ。それじゃあフレアは玉葱切ってくれな」 フレア「はい」 雛子 「…………お、お兄ちゃん、わたしも手伝って……いいかな」 はい、と小さく挙手をするヒナ。 その刹那、麗しき血塗られた過去が思い返された。(注:『麗しき』は皮肉である) 遥一郎「挑戦したい気持ちは解るけどな……。     実家での自殺未遂事件、忘れたわけじゃないだろ?」 雛子 「うー……」 説明しよう。 自殺未遂事件とは、ヒナが料理を作ろうとしてことごとく指や手を切り、 出血多量であの世行きになりかけた事件のことである。 それ以来、ヒナは一度も包丁を握らせてもらえずに育ったという伝説だ。 そんなヒナが料理なんてやったら、見ているこっちが不安でしょうがない。 遥一郎「すぐ出来るから、待ってなさい」 ポンポンと頭を撫でる。 ヒナは少し残念そうに顔を俯かせたあと、こくりと頷いた。 遥一郎「それじゃあ頼むよフレア」 フレア「───承知!」 フレアが包丁を持った途端、目つきを変える。 ……今まで喋らなかったから解らなかったが……そうか。 頷いた時って『承知』って言ってたのか。 ……ああ、フレアは刃物を持つと人格が変わるんですよ。 まず玉葱を宙に放り、包丁を回転させて逆手に持ち、それを切り連ねる。 ばたたたたっ! 玉葱が千切り状態でボールの中に落ちる。 俺は次々と切る材料を知らせると、フレアは休むことなく切っていった。 俺は俺で料理を切ってもらった順に調理していき、料理を完成させていった。 ───…… 遥一郎「……うむ、なかなかの出来だ。どうだノア、美味いか?」 ノア 「……美味しいですね。どうやればここまで……」 ……あとで解ったことだが、 ノアは味オンチではなくてマズイ物以外食ったことがなかったようだ。 それが変に味覚に染みついてしまった末路が先ほどの料理だ。 そういう意味で考えれば、アレはまだ美味い方だったということになる。 ……考えるのはよそうか。 そしてノアをキッチンに立たせるのもよそう。 サクラ「かふかふかふかふかふかふ……けふっ!こほっ!けほっ!」 遥一郎「落ち着いて食べろ。死ぬぞ」 サクラ「ノアの料理じゃない限りは死んだりしないです」 ノア 「どういう意味ですかそれは」 遥一郎「まあまあ、食事中に喧嘩はいかんぞ。……ヒナ、美味いか?」 俺はゆっくりとご飯を噛んでいるヒナを見る。 ヒナは小食で、しかも食べるスピードが遅い。 雛子 「うん。美味しいよ、お兄ちゃん」 口の中のご飯を食べてから話すところも流石だ。 遥一郎「そかそか。結構でござる」 フレア「やっぱり与一さんの料理は美味しいです。     ……前から美味しいと言いたかったけど……あははっ、やっと言えました」 フレアは俺を見て微笑んだ。 出会った頃から、この笑顔は変わらない。 俺はなんだか懐かしい気持ちを溢れさせながら、ご飯をつつくのだった。 ─── 遥一郎「ごちそうさまでした」 一足先に食べ終わると、俺は箸を置いた。 ノア 「おそまつさまでした」 サクラ「……ノアが作ったわけじゃないです」 ドスッ。 サクラ「こふっ!……〜〜〜〜〜っ……!」 脇腹を地獄突きされたのか、患部を押さえて俯き震えるサクラさん。 遥一郎「ゆっくり食べてていいよ、俺はちょっと散歩してくるから」 雛子 「……うん、いってらっしゃい、お兄ちゃん」 遥一郎「ああ」 フレア「迷子になったりしないでくださいね」 遥一郎「はは、気をつけるよ」 ふたりに送り出されるようにリビングを出た。 そのまま玄関まで歩くと靴を履き、いざ───外界へ! ガチャッ、という音とともにドアが開くと、視界を貫くような陽光。 今日が快晴であることを再確認する瞬間であった。 遥一郎「んっ……ん〜〜〜……!」 その空の下、大きく伸びをして肩をほぐす。 さてと、何処へ行こうか。 ……って、まだ場所的に慣れてないし知らないから、 『何処』と確定めいた言葉を言うのは変なんだがな。 ……よし、まずは公園でも探してみますか。 街中のオアシス!街中の桃源郷!街中の理想郷! それ=公園!! ……うそです、そこまで美化なんかしようものなら俺ってスゴイです。 俺の中でオアシスって言ったら───人の手の届いてないサワヤカな森林とか? …………逆に自殺の名所っぽくてイヤだな。 ま、まあいいか。 まずは適当に歩こう。 ………… 公園はあっさり見つかった。 高台のようなものがあって、中々いい眺めの場所だった。 街を見下ろすように視界を動かせば、叔父の家がなんとか見える。 ……いい公園だな。 俺の実家の方の公園はこんな高いところはなかった。 ……なんとなく気に入って、俺はその場に腰を下ろした。 〜〜…… ───ん? なんか聞こえたな。 気の所為じゃなかったら、歌声みたいに聞こえた。 遥一郎「……あら、こっち側は学校なんだな」 聞こえた声に振り向いた先には、学校があった。 しかも……下り坂になっているその道の横にある立て札によると、 どうやらあの学校は俺が通うことになった高校らしい。 …………こんなところに近道があるとは。 ……なんて、得した気分になっている間にも歌は聞こえた。 聞いたことがある歌だ。 確か…… 声  「い〜つまでも〜……絶える〜ことなく〜……     と〜もだちで〜……いよう〜……」 ……そう、今日の日はさよなら、だ。 確実に聞こえた声の先を探してみると、車椅子に乗った男が居た。 男  「〜ゆ〜め〜……みぃて〜、き〜ぼ〜……おぉの〜……道を〜……」 …… 男&遥一郎『そ〜らを飛ぶ〜、鳥の〜ように〜……じ〜ゆうぅに〜、生きる〜……』 ───男が振り向く。 別に、邪魔しようとしたわけじゃなく、好きな個所だから歌っただけだ。 ……男はその綺麗な顔立ちをゆっくりと和らげるようにして笑った。 男  「この歌、好きかい?」 男はなんの警戒も無く訊ねてくる。 俺はその言葉にああ、と頷き、続きを歌った。 男もそれに重ねるように歌い、その歌が終わるまでいつまでも微笑んでいた。 ─── 男  「キミは変わった人だね」 歌が終わってから男が発した言葉はそんなものだった。 遥一郎「人は変わり者の方がいいんだ」 男  「そうかもしれない」 顔を見合わせて小さく笑い合う。 不思議なものだ。 ついさっき会ったばかりのこいつが、長年付き合った友人のように感じられて、 特に構えることもなく自然に話している。 男  「───ありがとう、僕に付き合って歌ってくれたのは外ではキミが初めてだ」 遥一郎「外?って、そうか。なんか変だと思ったら、お前……その格好」 男  「うん、病院から抜け出してきた。今ごろは大騒ぎだろうね」 遥一郎「……面白いヤツだな」 男  「僕はこう見えて、病院生活の方が長いんだよ。     既に生きてきた中の10分の9は病院生活だからね」 遥一郎「……そんなに体が悪いのか?」 男  「───」 男はフッと笑うと空を見上げた。 男  「空はいいね。特に思い入れがあるわけじゃないけど、僕は空が好きだよ。     病室の窓からいつも眺めてた。     風に流されるままに旅をして、僕の知らない世界をいろいろと見てきている。     最初は雲に憧れていたんだけどね。     雨や雪を降らせる時が雲にも感情があるみたいに感じて好きだった。     でも今は……鳥がいい。     風も悪くないけど、風は閉じ込められたら何も出来ないんだよ」 遥一郎「……もしかしてお前、ヘンなヤツか?」 男  「人は変わり者の方がいいんだよ」 クスクス笑い、俺の言葉を真似る男。 なんともおもしろいヤツだ。 遥一郎「でもさ、風もそうだけど……鳥だって閉じ込められたら何も出来ないぞ?」 男  「文字通り、篭の中の鳥だね。でも例えばこうは考えられないかな。     鳥はその中で何かを考えて、     後悔したり喜んだり、いろいろ思い返せると思うんだ。     風に意思がないって言いきるわけじゃないけど、     そんな考え方もプラス思考でいいんじゃないかな」 遥一郎「そんなもんかね」 男  「うん、きっとそんなものだよ。     ……もっとも、どちらにしろ閉じ込められるのは息が詰まるんだけどね」 どこか自嘲気味に笑うそいつは、車椅子を動かしてその場から離れた。 男  「ごめん、そろそろ戻るよ」 遥一郎「ああ、気をつけてな」 男  「あまり遠くないから大丈夫だよ。     こう見えて、もういろいろな病院に見放されているからね。     今は近くの小さな病院で療養中さ」 遥一郎「………」 冗談なのか本気なのか解らない言葉を言って、男は去っていった。 器用に坂を降りていくところを見ると、確かに相当慣れているらしい。 それはつまり、病院生活が相当に長いってことにイコールする。 ……いろいろな病院に見放された、か。 やりきれないなぁ……。 遥一郎「……今日はもう帰るか」 わざと呟いて、俺も坂を降りていった。 男とは反対方向の坂を。 振り向いてももう高台に阻まれて、男の姿は見れなかった。 俺はやっぱりやりきれない思いを抱きながら、帰路をゆっくりと歩いた───…… Next Menu back