例え話の中にある、幾つもの世界。 それは人の数だけ無限であり、かと思えばとても頼りなく、ちっぽけな物だった。 それに気づいたのは自分の生い立ちの先を考えた果てだと彼は言った。 だけど例え話は嫌いではないと笑う彼を、俺は強い人だと思った。 ───まだ蒼い季節の中。 俺はこの大きな空の下、ただ退屈な時間に身を委ねては。 友達や家族との小さな会話で笑っていた。 例え話の世界の幅に気づいた彼のように、 俺がそんな小さな微笑こそが幸せであることに気づくのは…… ……きっと、まだまだ先─── 自分が老人になって、その蒼い季節を思い浮かべた頃のことなんだろうと。 そんなことを思い浮かべて、小さく笑った。 ───篭の中の飛べない鳥のコト───
───入学式当日。 俺は学校の校門を跨いで少しだけ遣り遂げた気分を味わっていた。 これでひとり暮らしだったら最高だったんだろうな、 とか思って苦笑するのにももう慣れてしまった。 さてと。 校門を通ったところで、妙な案内板があることに気づく。 それによると……どうやら新入生は体育館に集まれとのこと。 頭をちょっと掻いて、俺はそれに従うことにした。 ─── 散々迷って辿り着いた体育館には、既に大勢の新入生が居た。 体育館はそのひとりひとりの小さな喧噪で賑わっている。 校長?「わしが高ノ峰高等学校校長!神凪獣狼であるーっ!!」 で、その賑わいを剛打せんような絶叫で、校長らしき人の自己紹介。 ……耳が痛いな。 校長?「貴様らよくぞこの高校に入学した!     これより洗礼の儀式として高ノ峰高等学校名物『苦事備鬼』を開始する!」 『苦事備鬼(くじびき)』? な、何故? ざわ……と辺りがどよめく。 校長?「貴様らーっ!静粛にせんかーっ!」 うおっ!? ……いきなりの大声に生徒達は押し黙った。 校長?「あー、まずはその横にある水を飲め。     わしも鬼ではない、ここを探すのに疲れただろう」 遥一郎「……?」 よく解らんが喉は乾いていたので飲み干す。 ……うん、なかなか美味い。 校長?「飲んだ者からクジ引けーィっ!!もたもたするなーっ!」 …………ここって……学問の基礎を教えるって有名な高校だよな? 変だ。 なんか変……ん? 男  「う、う……?ああああ……」 どさっ。 真っ先に水を飲んでクジを引いた男が倒れた。 校長?「さて、そろそろ飲ませた毒が効いてくる頃だと思うが」 男塾万歳ーーっ!!?? 遥一郎「うえぇっ!げほっ!ごほっ!」 吐こうとして目一杯咳き込む。 しかしそれだけで出れば苦労はしないし、さっきの様子からしてかなりの速攻性だ。 そうこう考えている内に体が勝手に力を無くしてゆく。 遥一郎「も、桃ーっ!」 そしてとうとう俺も倒れた。 ど、どういう高校だクソ……! 校長?「解毒薬はわしの手元にある。クジを引いてアタリを引いた者に渡そう」 遥一郎「!」 それを聞いた生徒達が死力を振り絞って立ち上がる。 そして我先にと苦事備鬼へと走り、その場は予想通りの乱闘になる。 勉強一筋だった生徒達の乱闘などは前代未聞だろう。 そんな中─── 女子 「そりゃそりゃそりゃそりゃあああああっ!!!!!」 バキベキと男子生徒を薙ぎ払ってゆく女生徒。 ありゃあ……空手だな。 君主、危うきに近寄らず。 暴れている内に掠め取るのが良策かと思われますぞ殿。 そろ〜りそろり……っと。 女子 「させるかぁあっ!!」 遥一郎「なにぃ!?」 苦事備鬼に手を伸ばした途端、さっきの女子が襲いかかってきた。 肉体労働は苦手です。 ということで彼女の飛び蹴りをかわした。 女子 「はれっ!?あ、わわーっ!」 どがしゃああっ! 女生徒が激しくコケた。 女子 「………………ガッデムーッ!!」 がばっ!と起き上がり、俺につっかかる女子。 そんなことをしている暇があったら苦事備鬼を引けばいいのに。 ───どしゃあ。 おろ? 女子 「あ、あう、あうあう……?」 ……どうやら動き回りすぎて毒が回ったらしい。 すまん、普段なら見捨てないが自業自得すぎて助ける気も起きないぞ。 さて、クジを……どかぁっ! 遥一郎「うわっ!?」 男  「い、いやだぁっ!死にたくないぃっ!」 遥一郎「あっ、くそっ!離せっ!」 男子が突然タックルしてきた。 腰から下への、申し分ないタックルだった。 って、そんなこと思ってる場合じゃないっての! 遥一郎「お、俺だって死にたくはないわっ!は、離せって!」 男  「俺だっ!俺が先に引くんだぁっ!」 遥一郎「お、おいっ!」 がさがさ……! 男  「これだぁっ!───大凶!?」 ───……どしゃあ。 気が抜けたのか、彼は涙を流しながら気絶した。 ……やばい。 俺の体も動かなくなってきた。 お、男塾万歳……。 どさっ。 校長?「なんじゃ不甲斐無い、死ねぇい貴様らーっ!」 く、くそ……!こんな高校に入るんじゃなかった……! と、そんな時。 声  「こらーっ!なにをしておるかーっ!」 そんな声が響いた。 なんとか首を動かしてみれば、そこには怒った顔をした中年男性が。 校長?「ゲェーッ!?しまった見つかった!」 その途端、校長かと思っていた男は慌てた。 で、慌てた拍子に顔の輪郭がズレ、マスクのようなものが落ちた。 そのマスクの下には───普通の俺達と同年代くらいの男の顔があった。 校長?「今日はこのくらいにしておくわーっ!     せいぜい校長の椅子で踏ん反り返っておればいいわこの耳毛が!     なんだい!せっかく盛り上げてやろうと潜入したってのにハゲーッ!」 校長 「ハゲ!?こ、こら待てーっ!」 男  「はっはっはっは!また会える時が来たら今度こそ我が校長ぞ!     その時までせいぜい頭を洗って待っていろ!」 首じゃないんだ……。 男  「さらば!」 ドチュンッ!! 煙が立ち込めたかと思うと、次の瞬間にはもう男は居なかった。 …………しばらくして体にあった痺れは治まり、ただの痺れ薬であったことが判明。 これは実際になってみないと男塾塾生の気持ちは解らないな。 ───……。 さて。 クジで分けられた俺達生徒。 その中で俺はひとつの教室の前に立ち、そのクラスを確認する。 ……うん、ここだな。 頷いてから教室に入ると、もう他の生徒達も来ていた。 女子 「あ……」 遥一郎「うあ……」 で、そこで見知った顔を発見。 俺に飛び蹴りを食らわせようとした女だ。 女子 「……あれはべつにわたしの負けじゃないからね」 遥一郎「べつに勝負なんてしてないだろ、飛び蹴り女」 女子 「むかっ……!飛び蹴り女って言うなー!」 ヒュッ! 遥一郎「おっと」 女子 「あっ!」 女が放った下段蹴りをかわす。 遥一郎「ふっふっふ、大振りすぎて何が来るのかが余裕で解るな」 女子 「むむむむむ〜……!」 余裕の面持ちの俺を睨む女。 そんな視線を送られつつ教壇を見ると、もう先生が来ていた。 遥一郎「先生来てるぞ。お前も座れ」 女子 「うー……!」 キッ!と俺を睨むと、女は適当な席に座った。 俺も適当な席に座ると、それから先生のありがたい話が始まった。 ─── 亮錐 「というわけで、私がキミ達の担任になる浅田亮錐だ。     いいか?用水じゃないぞ?りょ、う、す、い、だ」 女子 「用水?」 亮錐 「亮錐だ!」 いきなり間違えられて怒号する亮錐センセ。 亮錐 「えー、では適当に自己紹介していけ。そっちの列からだ」 永森 「ほーい、永森です、あんじょうよろしゅう」 亮錐 「……下の名前はどうした」 永森 「そ、そんな、下の名前だなんて……!先生ってばダ・イ・タ・ン♪」 ドパァン! 永森 「ぐおぉっ!」 ……ドシャア。 永森が死んだ。 亮錐 「……次」 出席簿のようなものを投げた亮錐センセが、その後ろの男子を睨む。 金川 「金川卓巳です、よろしく」 ……とまあこんな感じで一通りの自己紹介は終わった。 亮錐 「えー、では……制服と教科書を取っていくように。     サイズごとに分けてあるので、各自自由にな」 生徒 『はーい……』 各自が面倒くさそうにして教科書だの制服だのを手に取る。 支給してくれるのはありがたい。 えーと、これとこれと……がしっ。 遥一郎「む」 雪音 「あ」 飛び蹴り女だ。 確か観咲雪音っていったか? 遥一郎「……手を離せ。これは俺が目をつけたものだ」 雪音 「ホギッちゃんこそ離してくれない?これはわたしのだよ……」 遥一郎「ホギ……?なんだよそれ」 雪音 「穂岸だからホギッちゃん」 遥一郎「……妙なあだ名をつけるな」 雪音 「そっちが先に飛び蹴り女なんてあだ名つけたんでしょ?」 遥一郎「そんな昔のことは忘れたな」 雪音 「むー……!」 遥一郎「……まあいい、それは譲ってやる。どれも同じだしな」 パッと手を離してその下のものを手に取った。 えーと、あとは……がしっ。 遥一郎「……なにをする」 雪音 「譲ってもらったって嬉しくないよ、張り合いがないとつまらないじゃない」 遥一郎「そんなの知るか。他の誰かと張り合ってろよ」 雪音 「他人にここまで遠慮無しな人、初めてだもん」 遥一郎「失礼なヤツだな。お前の方がよっぽど遠慮ないじゃないか」 雪音 「そりゃそうだよ。わたしは好きでこんなエリート学校に入ったわけじゃないもん。     どっちかって言うとざっくばらんな高校に入りたかったくらいだし」 遥一郎「親の勝手な都合ってやつか。ちょっとは同情するな」 雪音 「だよねだよねっ!?ひどいよね!?」 遥一郎「でも俺には関係ないな、だから離せ」 雪音 「ヤ」 遥一郎「ひとことで打ち切るなっ!」 雪音 「いーじゃん、一緒にやんちゃしようよー。     張り合いのある人、ず〜っと探してたんだよぅ」 遥一郎「新手のナンパか。まいったな」 どげしっ! 遥一郎「おほうっ!」 雪音 「そんなんじゃないぃっ!」 遥一郎「なにぃ、するとアレか。空手の勧誘部員だったのか」 雪音 「確かに空手はやってたけど、それは違うよぅ……」 遥一郎「俺は肉体労働は苦手なんだ」 雪音 「そうかな。その割にはいい動きしてたけど……って、勧誘じゃないってば」 遥一郎「そういう訳だから、チャオ」 雪音 「チャオ♪って待ってよぅ!」 がしぃっ! 遥一郎「きゃーっ!追い剥ぎよーっ!」 雪音 「おいはぎっ!?ちちち違うよっ!」 遥一郎「俺の肉体美が見たいならそう言え」 雪音 「見たくないよ……」 遥一郎「なら引き止めるな。まったく時間の無駄な……」 雪音 「ね、ねぇ……もしかしてホギッちゃん、ヘンな人?」 遥一郎「ヘンだぞ」 雪音 「わ、言い切った」 遥一郎「お前には負けるがな」 雪音 「むかっ!ちょっとそれどういう意味ー!?」 遥一郎「まあ落ち着け馬鹿。まず、あそこを見てみろ」 雪音 「う、うんん……?……なにもないよ?ホギッちゃ」 亮錐 「観咲、早く席に着け」 雪音 「え?は、はれっ!?ホギッちゃん!?」 観咲がキョロキョロしている。 俺がさっさと席に着いてまったりしていたことなど気づかなかったらしい。 雪音 「〜〜〜〜っ……!」 顔を真っ赤に染め上げて慌てて席に着き、予想通りに俺を睨む観咲。 勝手に睨むがいい、俺は知らん。 ───…… キーンコーンカーンコーン…… 終了の音色はいつ聞いても清々しい。 それはどれだけガリ勉しているヤツだって同じに違いない。 そう思う中、俺はひとつの問題に直面していた。 遥一郎「………」 雪音 「………」 何故か俺の歩くあとを観咲が付いて来るのだ。 遥一郎「まいったな、まさかストーキングされる日が来るとは」 どげしっ! 遥一郎「ぐおっ!」 雪音 「人聞きの悪いこと言わないでよっ!」 遥一郎「我慢出来なくなって襲いかかるとは。ストーカーの風上にも置けんヤツめ」 雪音 「ストーカーじゃないってば!」 遥一郎「ストーカーはみんなそう言うんだ」 雪音 「ぐぅうう……!それじゃあホギッちゃんはストーカーなの!?」 遥一郎「そうだ」 雪音 「ええっ!?」 遥一郎「俺は日々を追跡する者だ。貴様のような凡骨ストーカーとは次元が違うのだよ」 雪音 「うう……なんか間違ってる気がするけど屈辱的だよぅ……!」 遥一郎「そういうわけでもう森へお帰り。夫のサーベルタイガーが待っているぞ」 雪音 「人を獣みたいに言わないでよ!」 遥一郎「うるさい。     初対面の人に飛び蹴り未遂されたのは産まれて初めてだったんだぞ俺は。     そんな闘いにのみ生きる野獣のような貴様を獣扱いして何が悪か」 雪音 「その考え自体が悪だよぅ!」 遥一郎「そうか。それなら解決だ。森へ帰れ」 雪音 「果てしなく解決してないよ……」 遥一郎「しつこいな、お前は何がしたいんだ」 雪音 「えーとね、いろいろあってアレだったけどさ。気に入ったから友達になろ?」 遥一郎「飛び蹴りをする女とは関係を持つなって、爺さんの遺言なんだ」 雪音 「そんな限定された遺言なんて知らないよぅ」 遥一郎「そういうわけだから。     飛び蹴りをしたのが不運だったと思ってやすらかに成仏してくれ」 雪音 「いきなり殺さないでよぅ!」 遥一郎「ほんとにしつこいな。俺と友達になってもつまらんぞ。諦めろ」 雪音 「そんなことないよ。だって生徒達の中じゃあホギッちゃんが一番ズレてたもん」 遥一郎「お前な、そういうことを本人の目の前で言いますか普通。JAROに訴えるぞ」 雪音 「マンモスマン?」 遥一郎「それはアイスロックジャイロだ」 的外れもいいとこだ。 遥一郎「とにかく。もう付いてくるなよ?」 雪音 「家がどこにあるのかくらい見てもいいじゃん」 遥一郎「だめ」 雪音 「なんで、どーしてー!?」 遥一郎「あーもううるさいヤツだな。お前に見つかったら入り浸りになりそうじゃないか」 雪音 「そんなにヒマしてないもん」 遥一郎「だったら今はどうなんだ」 雪音 「うん、ホギッちゃんの勧誘に大忙し」 遥一郎「ほらみろやっぱり勧誘じゃないか」 雪音 「あう、今のは言葉のアヤってやつで」 遥一郎「もういいだろ?そろそろ家に着くんだからお前もさっさと帰れ」 雪音 「うー、こんなに懐いてる女の子を突き放すなんて……     ホギッちゃんてもしかしてサヴ?」 ぼかっ! 雪音 「はうっ!」 遥一郎「とっとと帰れっちっとろーが……お前の耳は節穴か?」 雪音 「どっちかって言うと女子アナかな」 ぼかっ! 雪音 「はうっ!」 遥一郎「だったらニュースキャスターでもやってろ馬鹿。俺に付き纏うな」 雪音 「はたたたた……ホギッちゃんヒドイ……って、あれれ?なんか人が立ってるよ?」 遥一郎「え?あ、ホントだ。誰だ……って……」 見えてきた俺の家。 そして、その前に立ち、何かをじっと待っているノア。 …………まさか。 ノア 「……おかえりなさいませ、マスター」 距離があるにも関わらず、ペコリとお辞儀するノア。 ……俺は明かに嫌な予感を抱きながら、視線をゆっくり…… 雪音 「……おっきな家……メイドさん……!?ほ、ホギッちゃんってばお金持ち!?     御曹司!?坊ちゃん!?住む世界が違うから見下してたの!?」 遥一郎「落ち着け」 ノア 「マスター、入浴の準備が出来ています。     今日は暖かかったので少なからず汗をおかきになられたでしょう。     どうぞ、ゆっくりとお流しください」 俺の心内をまったく無視して話を続けるノア。 こころなしか、観咲を見る目が憎しみに満ちているというか…… いや、なんか俺も睨まれてる。 ノア 「……マスター?よろしければいつものようにわたしが湯浴みを手伝いましょうか」 雪音 「───え?」 遥一郎「え?」 ノアがなんかとっても恐ろしいことを言う。 雪音 「ゆ、湯浴み……?お手伝い……?」 ノア 「……また、わたしを可愛がってくださいませ……」 雪音 「!」 遥一郎「ぐあぁっ!?な、なに言い出すんだよノア!     そんなこと一度だってたことなかっただろ!?」 ノア 「そんなっ……!……い、いえ……!     使用人風情が主との関係を求めることが間違いだったのですね……」 雪音 「ほ、ほぎ……ホギッちゃん……!?」 遥一郎「お、落ち着け!まあ落ち着け!落ち着かないと状況判断が出来ないぞ!     こらノアっ!ありもしないことを言うのはやめろ!」 ノア 「……マスターに就く時に覚悟はしていたことです……。     でもどうか、一夜限りの愛だったとしても……忘れないでください……」 雪音 「………」 遥一郎「ぎゃああ!な、何言ってるんだノア!     って観咲!?落ち着け!だいたいお前には無関係───」 雪音 「女の敵ぃいいっ!!」 ばちぃいいいいいいいんっ!! ……………… ───。 雪音 「あ、あはは……誤解なら誤解って言ってくれればよかったのに……」 遥一郎「……問答無用で反動つけたビンタ食らわせたのは誰だよ」 雪音 「うー、面目ない……」 リビングに腰をかけている。 あれから騒ぎ立てる観咲を怒号で黙らせ、説得して現在に至るわけだが…… ノア 「あのー、マスター……?そろそろ降ろしていただけないでしょうかー……」 遥一郎「反省しろ」 ノアは蓑虫状態で吊るしてある。 時折サクラにぐるぐると回されては、あううううと唸っている。 自業自得だ馬鹿。 遥一郎「というわけだから、誤解も解けたことだし帰れ」 雪音 「うわ、ストレートだぁ。もうちょっといいでしょホギッちゃん」 遥一郎「却下。激しく却下」 雪音 「うう……」 遥一郎「もう用は無いんだろ?」 雪音 「あるよ。友達の件」 遥一郎「だめだ」 雪音 「うわ、キッパリ言った……。でも、いいって言うまで帰らないよ」 遥一郎「そうか。ノア、     俺ちょっと散歩してくるからこいつをあらゆる手段で追い出しておいてくれ」 雪音 「ええっ!?じゃ、じゃあわたしも行くよ!     ホギッちゃんが居なきゃ話にならないじゃないのよぅ!」 遥一郎「そんなもの知るか」 溜め息を吐いた。 そしてこんな状況をどうしたものかと思案した時、リビングにくる足音を聞いた。 フレア「与一さん、おかえりなさい」 フレアだった。 穏やかな笑みを俺に向けながらリビングに入ってきた。 雪音 「わっ、和服……!?う、ううん、巫女さん……!?」 遥一郎「……落ち着け。フレアは日本好きなんだよ」 雪音 「でんとーしょくにん!?」 遥一郎「それは違う」 雪音 「わーわー!いーないーな!ねねね、それ着せて!ね!?」 フレア「……ん……与一さん?」 遥一郎「俺に訊かれてもなぁ」 フレア「うーん……」 雪音 「ほらほら、早くっ」 フレアを急かしながら制服を脱ぎ出す観咲バカァアンッ!! 雪音 「ふぎゅっ!な、なにすんのさー!」 遥一郎「こんなところで脱ぐなっ!常識ってものを知らないのかお前は!」 雪音 「ふーんだ、女の子3人とひとつ屋根の下で暮らすホギッちゃんに、     そんなこと言われたくないよーだ」 遥一郎「それは偏見というものだぞ」 雪音 「しかもメイドさんと巫女さんで両手に花どころか木ですかー?最強ですねー」 遥一郎「……殴るぞ」 雪音 「倍にして返すよー」 遥一郎「今日のところは見逃してやる」 雪音 「うわ、早い」 遥一郎「いいから帰れ。友達にでもなんでもなってやるから帰れ」 雪音 「わ、ほんと?うん、わかった、帰るよー」 フレア「帰るんですか?」 遥一郎「疑問に思うな。帰るのが普通ぶはぁっ!?」 フレア「?」 クエスチョンマーク(?)が浮かび上がるほどに首を少し傾けるフレア。 俺はそんなフレアに 遥一郎「脱ぐなっ!」 と叫んだ。 フレア「交換するんじゃなかったんですか?」 遥一郎「帰るらしいから放っておきなさい……」 フレア「そうなんですか。わかりました」 雪音 「あ、交換してくれるならそっちの方が」 遥一郎「帰れ」 雪音 「ぬー……あ、そーだホギッちゃん。送ってって?」 遥一郎「なんで俺が」 雪音 「だってさ、もうあれだよ?暗くなるよ?」 遥一郎「空手があればなんとかなるだろ。変質者だって屠れる」 雪音 「その人が殺人鬼で、包丁とか持ってたら?」 遥一郎「む……」 雪音 「ね?そう遠くじゃないからさ」 遥一郎「……わかったよ、送っていけばいいんだろ?」 雪音 「わ、ホギッちゃんには珍しく物分りがいい」 ……喧嘩売ってるんだろうかこの女は。 いや、買ったところで勝てませんがね。 情けない限りだが、こればっかりは仕方ない。 遥一郎「それじゃあちょっと出てくるよ。昼食は適当にとっててくれ」 フレア「はい、いってらっしゃい」 遥一郎「って、そういえばヒナは?」 フレア「まだ帰ってきてませんよ。少し長引いてるんでしょう」 遥一郎「そっか。途中で会ったら声かけてみるかな。あ、それじゃ」 フレア「はい」 軽く手を挙げて外に出た。 ─── 雪音 「んーふーふーん♪」 観咲は鼻歌なんぞを奏でながら上機嫌にてこてこと歩いている。 なんにせよ、あまり楽しい状況とはいえない。 雪音 「ホギッちゃん暗いよぅ、もっとハッスルしようよ」 遥一郎「黙れ。大体どうして俺がお前を送らなきゃならんのだ」 雪音 「ガールフレンドは大切に扱うものだよ?」 遥一郎「男女差別はしない性質なんだ」 雪音 「屁理屈に聞こえるけど……」 遥一郎「屁理屈だからな」 雪音 「ぬー……最初の勢いはどうしたのよぅー!」 遥一郎「騒ぐな馬鹿。     俺はノリ気じゃないってだけなんだから、送ってるだけで十分だろうが」 雪音 「もっとさ、ギャーギャー言い合えるくらいの勢いが欲しいんだよぅ。     わたしの周りにはそういう人居なかったから」 遥一郎「今はそんな気分じゃない」 雪音 「むむー……あ、そうだ。ちょっと澄ちゃんのところ寄ってこ?」 遥一郎「澄ちゃん?誰だ?」 前を歩く観咲に訊ねてみる。 すると観咲は振り返りもせず言った。 雪音 「……わたしの幼馴染かなぁ」 遥一郎「……かなぁ、って」 雪音 「えっとね?確かに幼い頃に馴染みのある人だからそう呼べるんだろうけど、     わたしと澄ちゃんって遊んだことが一度もないんだよ」 遥一郎「厳しい家の子供だったとか?」 雪音 「ううん、そういうのじゃなくてね。……澄ちゃん、病気なんだ……」 遥一郎「………」 雪音 「ちっちゃい頃から病気でね?     親にも見放されて病院にも見放されて、今はこの近くの病院に居るの。     ……そこもいつ見放されるか解らないけどね……」 遥一郎「……そっか」 ……いろいろな病院に見放され……あれ? 確かこの言葉、どっかで聞いたような─── 雪音 「……うん、わたしの友達は澄ちゃんの友達だしね。     行コ、ホギッちゃん。紹介したげる」 遥一郎「とわっ!?」 観咲が俺の手を取って急に走り出す。 遥一郎「こ、こらっ!いきなり走るなよコケるだろっ!?」 雪音 「そしたらわたしが手当てしてあげるよー!」 遥一郎「勘弁してくれ、傷口が腐敗する」 雪音 「なっ……それってどういう意味ーっ!?」 遥一郎「ほれほれ、早く行け。日が暮れるだろうが」 雪音 「まだお昼だよー!」 立ち止まってギャーギャー叫ぶ観咲の背中を押して先を促す。 やれやれ、済し崩しとはいえ、これでよかったんだろうか……。 ───…… 雪音 「着いたよ、ここ」 遥一郎「ここか」 目の前に立つ病院を見た。 確かに少し小さめの病院だ。 そこは病院と呼ぶにはあまりに小さく。 どちらかと言うと山奥の診療所のような雰囲気を見せている。 事実、公園近くの林……いや、森の中を少し歩いた中に、それはあった。 遥一郎「この中か?ひとり分の病室しかなさそうなんだが」 べしんっ。 遥一郎「あたっ。な、なんだっ!?」 いきなり頭に軽い衝撃を受け、俺は驚いた。 で、振り向けば老人。 老人 「悪かったの、小さな病院で」 腰を曲げるなんてことをしていない老人が俺を睨んでいた。 かなり健康そうな爺さんだ。 その手にはなにかの板。 診察とかするときに看護婦が持ってる、なんとかボードだ。 どうやらこれで叩かれたらしい。 遥一郎「あ、すいません」 老人 「……かまわんよ、ボロいのも小さいのも確かじゃ。     しかし小僧、ここは健康な者の来る場所ではないぞ」 遥一郎「えっと……俺はこいつに連れてこられて」 老人 「む……?」 雪音 「チャオ、じっちゃん」 老人 「なんじゃお前か……。騒がしいから来るなと言っておるのに……」 雪音 「それは偏見だよじっちゃん」 老人 「……フン、澄音なら中じゃ。抜け出すなと釘付けするくらいなら許すぞ」 雪音 「え?抜け出したの?」 老人 「御託はいい、とっとと入るんじゃな」 老人は不機嫌そうに建物の中に入っていった。 雪音 「うー、今日は不機嫌みたいだ」 遥一郎「そうなのか?」 雪音 「多分、澄ちゃんが抜け出したのが効いたのかも」 遥一郎「……どうなるやら」 少し自分の先のことを考えて心配になった。 だがしかしこんなところで立っていても仕方が無い。 俺はうむ、と頷いて建物の中に入っていった。 ─── 遥一郎「……ふむ。今気づいたけど……空気が澄んでる気がするな」 雪音 「うん。ここは管理がしっかりしててね、じっちゃんだけが営んでるから」 遥一郎「意味がよく解らんが……つまり、あまり街からの空気が飛んでこないと?」 雪音 「不法投棄さえなければもっと綺麗だよ、きっと。     じっちゃんも都会より田舎がいいって言ってるほどだし」 遥一郎「気持ちは解るな。     どこか、余計な人の手が届いてない田舎でゆっくりと病院営むのも悪くない」 老人 「……解っとるな、小僧」 遥一郎「うわっ!?」 い、いつの間に……!? 老人 「都会なんぞ金のかかる娯楽があるだけで、     空気は汚い、病原菌は腐るほどある、水が不味い。     汚点を挙げればキリが無い。     確かに田舎には何も無いと言う輩も多いじゃろう。     じゃがな、だからこそいい。何も無いと言うのは怠慢した小僧ッ子の戯言ぞ」 遥一郎「はあ……」 老人 「お主はどうじゃ?都会と田舎、どちらが好みじゃ」 遥一郎「当然田舎」 老人 「……ほう。それは何故じゃ?」 遥一郎「田舎でだって楽しめるだろ。楽しめないっていうなら自分が子供に戻ればいい。     大事な服が汚れたって騒いでいられるくらいにね」 老人 「……ふむ。現実は理屈ばかりじゃ開けぬが、理想じゃな。     いいじゃろ、付いてこい」 遥一郎「え?」 老人は俺を促すと部屋の奥へと歩いてゆく。 な、なんなんだ? 雪音 「行かないの?」 遥一郎「……ん、いや、行くけどさ」 ……なにが『いいじゃろ』なんだか解らないんだよ。 老人 「なにをしておる。友人に会いに来たんじゃなかったのか?」 遥一郎「あー、行きます行きます」 雪音 「行きます〜」 俺と観咲は微妙に慌てて老人のあとを追った。 そして、その部屋へ辿り着く。 狭い病院なんだから当然だが、随分とあっさりと。 老人 「小僧、客人じゃぞ」 老人が話し掛けると、窓から外を眺めていた男がこちらを振り向いた。 そいつは……─── 澄音 「やあ雪音。また来てくれたのかい?」 ……昨日、公園の高台で会ったあいつだった。 遥一郎「……よ」 俺は軽く手を挙げて挨拶した。 その声に、俺がここに居るのが当然だと言うかのように微笑み、自然に挨拶を返す。 澄音 「昨日ぶりだね。なんとなくキミとはまた会える気がしていたよ」 雪音 「え?会ったことあったの?」 遥一郎「昨日、ちょっとな」 雪音 「じゃ、じゃあ澄ちゃんの脱出を手伝ったの!?」 遥一郎「馬鹿かお前は。いや、馬鹿だったな。悪い」 雪音 「へんな同情を含んだ顔で見ないでよっ!」 遥一郎「俺が彼と出会ったのは……そう。     若葉が萌える公園の高台に一陣の風が吹いたあの日のことだった……」 雪音 「ポエムみたいな語りをしないでよぅ!」 遥一郎「ポエムじゃないっ!だいたい俺はポエムなんぞ知らんっ!」 雪音 「むー!」 遥一郎「ぬー!」 雪音 「うー!」 遥一郎「ふかーっ!」 互いに威嚇し合って距離を取パコン。 遥一郎「うおっ?」 また、なんとかボードで叩かれた。 なんだったっけアレ。 老人 「病人の前じゃぞ、静かにせぇ」 遥一郎「あ、そっか」 澄音 「構わないよ。賑やかなのは嫌いじゃないから」 老人 「黙っとれ。お前さんはもう少し周りを気にするべきじゃぞ」 澄音 「そうですかね」 老人 「そうじゃ。いいか童(わっぱ)ども。     騒ぐつもりなら実力行使で追い返すから覚悟せぇよ」 老人が溜め息を吐きながら部屋を出ていった。 ……ていうか。 遥一郎「あの人……何歳?」 雪音 「今年で87歳だそうだよ」 遥一郎「…………白髪は生えてるけどさ。あの元気なところとピンッと立った背中は」 雪音 「うーん……なんかね、コツがあるんだって」 遥一郎「へえ……」 俺も老人になってもあれくらいピンと背筋を立てたいものだ。 雪音 「ところで澄ちゃん。脱走したってホント?」 澄音 「うん。最強にして最高の脱走劇だったよ。     ところが帰ったところでレイラに掴まって、散々怒られたよ。ははは」 雪音 「澄ちゃんもやるねー。最強〜」 遥一郎「なにが最強なんだ?」 雪音 「ノリと意味不明言語は同義語なんだよホギッちゃん」 遥一郎「解るように話せ」 雪音 「普段、人を馬鹿馬鹿言ってるくせに……」 遥一郎「黙らっしゃい」 澄音 「でも偶然だね。こんなところに他の誰かが来るとは思わなかった」 俺を見て、澄ちゃんが言った。 遥一郎「そうだな。まさかこの馬鹿の言う幼馴染がお前だったとは」 澄音 「うん。そうだ、自己紹介をしようか。     僕は蒼木澄音。好きに呼んでくれていいよ」 遥一郎「じゃあ……蒼木。俺は穂岸遥一郎っていうんだ。そっちも好きに呼んでくれ」 澄音 「うん、それじゃあ穂岸くん」 遥一郎「くん、は余計だと思う」 澄音 「ごめん、これは性分だよ」 遥一郎「そっか。まあ嫌なわけじゃないけど」 頭を少し掻いて息をついた。 随分とマイペースなヤツだ。しかも悪気が一切無い。 悪口とか言うこともないんだろうなぁ。 雪音 「そういえばレイチェルさんは?」 澄音 「レイラは───」 レイラ「呼びましたか?」 遥一郎「うわっ!?」 いきなり背後から声が聞こえて、俺はたまげた。 レイラ「ああ、ごめんなさい。驚かすつもりはなかったんですが」 ペコリとお辞儀をする目の前の女の人。 笑顔が印象的な人だった。 レイラ「澄音さん、こちらの方は?」 澄音 「うん、僕の友達の穂岸遥一郎くん」 ……うおう。 いつの間にか友達になってる。 別に嫌じゃないが。 レイラ「そうですか。澄音さんのお友達でしたら大切なお客さまですね。     わたしはレイチェル。レイチェル=イレーズ=ランティスといいます」 遥一郎「はあ、こりゃどうも。穂岸遥一郎です」 レイラ「あまり畏まらないでくださいね。     お客さまに畏まられたら肩がこってしまいますよ」 ……誰よりもアナタが畏まっていると思うのは……あっしの気の所為でしょうか姐さん。 ………………ん? 遥一郎「はて」 雪音 「どったのホギッちゃん」 遥一郎「いや……どっかで聞いた名前だなー、って」 雪音 「レイチェルさん?」 遥一郎「いや……なんだろ。つい最近、そんな名前を聞いたような……」 どこだったか。 ていうか、あれ? 遥一郎「なぁ観咲よ」 雪音 「なにかな」 遥一郎「レイチェルの姐さんはアレか?外国人か?」 雪音 「え?んー……えっとね、レイチェルさんは天」 ぐしぃっ! 雪音 「おほうっ!」 遥一郎「うおっ!?」 突然、観咲が叫んだ。 しかも雄々しい。 思わず北斗の拳のラオウを思い出してしまった。 雪音 「あう、あうあうあーう……」 足を庇うように一歩下がる観咲。 その横では、いつの間にかレイチェルの姐さんが居た。 レイラ「……雪音さん?それは秘密だと言った筈ですが……?」 雪音 「あう、あう、あう……」 こくこくと頷く観咲。 レイラ「解ってもらえればいいです。えーと、穂岸さん?     わたしはカナダのピットファイターとでも思っていただければ、     それで構いませんよ」 ジャック・ハンマー!? 遥一郎「ド、ドーピングとかなされるんですか?」 レイラ「その気になればいくらでも」 ヒィ!血管ムキムキでパワー百倍!? しかもその内マックシングですか!? レイラ「冗談ですよ」 遥一郎「そ、そうですよね」 焦った。 レイラ「本当はスペインで軍人将棋を教える教室を営んでいまして」 遥一郎「渋ッ!!」 シブすぎですぞ!? ていうか何故にスペインで軍人将棋!? 遥一郎「ず、随分とシブイ趣味をお持ちで……」 レイラ「こう見えて師範ですから」 遥一郎「師範!?軍人将棋で!?」 レイラ「冗談です」 遥一郎「───……」 なんかこのパターン、どこか……最近で体感したような……。 特にこの『冗談です』っていうのが…… 遥一郎「………」 気の所為だな、うん。 遥一郎「ま、まあ出身なんてどうでもいいか。それじゃあ……」 雪音 「それじゃあ?」 遥一郎「……どうしよう」 雪音 「なにそれ」 遥一郎「こういうところに来たはいいけど、特にやることがない」 雪音 「なにもなくても楽しめるって言ったじゃん」 遥一郎「うむ、それは確かだぞ。俺は物事を楽しむ術を持っているのだ」 雪音 「例えば?」 遥一郎「んー……ナイフとか無いか?」 雪音 「あるけど」 観咲が懐からバタフライナイフを 遥一郎「どうしてそんなモン持ってるんだお前はっ!」 雪音 「え?ああ、違う、違うよ。ほらほら」 観咲がバタフライナイフの先端をいじる。するとスコン、と別のナイフが姿を見せた。 雪音 「バタフライっぽいのは大袈裟なナイフの鞘でしたー♪」 遥一郎「………」 ややこしいな。 雪音 「これで何するの?」 遥一郎「うむ、付いてまいれ側近よ」 雪音 「側近言うな」 それでも付いてくるのはなんだか笑える。 遥一郎「ちょっと出てくるよ。あまり時間かからないと思うけど」 澄音 「うん」 レイラ「いってらっしゃい」 蒼木が微笑む横で、レイチェルの姐さんがクスクスと笑いながら送りだしをした。 『いってらっしゃい』って言葉がなんだか新鮮だったような、そんな感じだった。 言ったことがなかったのかな。 ……まさかなぁ。 Next Menu back