時々、このなんでもない日常に引っかかりを感じる。 この日常はいつまで続くのか。 この日常はいつまでこの日常でいてくれるのか。 そんな小さな思いが形として現れた時、自分はそれを不安として感じた。 だけど焦ることはなかった。 続かないなら作ればいいだなんて単純な考えをもって、その日々を歩いていた。 実際、無くなってしまうのなら作らなければどうにもならない。 でも、それしか道がないからするのではなく、自分は自分としてその日常を作りたい。 そう考えた時に見上げた空は、どこまでも蒼く、澄みきっていた─── ───無駄と呼べなくもない一日のコト───
{ケース1:ノア=エメラルド=ルイード───朝模様} ───……りりりりりり……かちゃっ。 目覚ましを止めて起きあがった。 頭はまだボ〜っとしているけどこのまま二度寝に洒落込むわけにはいかない。 わたしは壁に掛けておいた服に着替えると、頭の中の余計なネボケを払拭した。 一流のメイドたる者、これくらいは出来なければならない。 仕事着を着れば、自分はもう主人のために生きる修羅なのだから。 ノア 「まずは身嗜みを整えなくては」 階下へ降りて顔を洗い、歯を磨く。 その他もろもろの女の準備を整えて姿勢を正して鏡を見る。 ……うん、完璧。 ノア 「さてと。あとはマスターを……」 最後にもう一度身なりのチェックをして、マスターの部屋へ急いだ。 時間はそろそろいい頃だ。 マスターの部屋の前に立ち、まずはノック。 コン、コン。 ………… 返事がありませんね、熟睡中でしょうか。 ……もっとも、わたしはその方が嬉しいのですが。 キィ……とドアを開けて中へ。 他の部屋のそれより少し狭いその部屋は、 特に目立つものが置いてあるわけでもなく質素なものだった。 わたしはマスターが眠るベッドの脇に立ち、その寝顔を覗き込んだ。 遥一郎「ん……」 トサ、と寝返りをうったその顔は……危険なくらいに無防備でした。 もうこのまま自分のものにしてしまいたいくらい!ええ!とっても! ───ハッ!い、いえ、メイドがそのようなことを考えてはいけませんね。 遥一郎「う……ノア……」 ノア 「マ、マスター?」 遥一郎「……ん……」 ……どうやら寝言のようです。 少し驚きました。 こればっかりは使用人の特権ですからね。 この無防備な寝顔を見ていいのはわたしだけです……。 遥一郎「うぅ……ノア……ノアぁ……」 ノア 「……マスター……わたしの夢を……?」 少しドキッとした。 こんな切なげな声でわたしを呼ぶマスター……。 なんて、なんて……! 遥一郎「や、やめろノア……!料理は作るなって言ってるだろ……!     やめっ……!うあぁあああ……!鍋が、鍋が溶けてるっ……!」 ノア 「………」 ……なんて失礼なことでしょう。 でも許します。 この寝顔を見たら、もうなんでも許せてしまいます。 だからいつまでも眠っていてください!そう!永久(とこしえ)に!! ───ハッ!ま、またやってしまいました。 コンセントレーションコンセントレーション……うん。 この間だけはマスターの寝顔に集中していればいいのです……。 ノア 「………」 遥一郎「………………んぐ?」 ……チィ、目覚めてしまいました。 でもこの目覚めた時の無防備さもまた別の美しさが……! ノア 「おはようございます、マスター」 遥一郎「ああ、おは……おはあああっ!?」 あ、マスターが飛び起きました。 何気に器用ですね。 ノア 「どうかされましたかマスター」 遥一郎「す、するわーっ!どうして俺の部屋に居るんだよっ!」 ノア 「使用人として、主人の朝を見届けるのは当然のことですが。それがなにか?」 遥一郎「そんな当然捨ててしまえっ!」 ノア 「命令ですか?」 遥一郎「お願いだよっ!」 ノア 「お断りします。     これはわたしが独断で決めたことですが、大切なことには変わりありません。     納得させるのであれば、     わたしの心を動かすほどの説得力をもってお挑みください」 遥一郎「うー……」 ノア 「言うことが何もなければ、どうか身支度をなさってください。     ……それとも、お手伝いいたしましょうか」 遥一郎「じ、自分で出来るからっ!」 ノア 「そうですか。残念です」 ペコリとお辞儀をして退室した。 ドアを閉めて一息。 ……やっぱりマスターをからかうのは最高だ。 あのお顔を見ているとどうしてもからかう……いえ、苛めたくなると言いますか……。 とにかくなにかしらのちょっかいを出したくなる。 そしてそれが成功した時のあの慌て様……。 ああ、マスター……あなたを愛してよかったです……。 ─── {ケース2:穂岸遥一郎───モルゲン} ……ノアがペコリとお辞儀をして退室した。 まったく、どうしてこう元気かね。 俺のどこが気に入ったのか知らないけど、あまりやんちゃしすぎるのは勘弁してほしい。 遥一郎「起こしてくれるのはありがたいけどね……よ、っと」 起き上がって制服に着替える。 気分はちょっとダルめだけど、休みが欲しいほどにダルいわけじゃない。 制服に身を包むとぐぅっと伸びをして部屋を出た。 遥一郎「おろ?」 ……部屋を出ると、居ると思っていたノアの姿は既に無く、しんと静まり返っていた。 ───ま、まさか料理か!? それだけは避けねば! 遥一郎「ノ、ノアーッ!早まるなぁああっ!」 大慌てでリビングを目指す。 このままでは体がもたないっす!もう勘弁してほしいっす! そんな泣き言を反芻しつつ辿り着いたリビングには…… ノア 「おはようございます、マスター」 俺に向かってもう一度朝の挨拶をするノアの姿があった。 遥一郎「………」 で、テーブルには料理。 嫌な汗がだらだらと流れるのを実感した。 ひとことで言えば……いやーん!! 遥一郎「……これは、ノアが?」 ノア 「いえ、この料理を作ったのはわたしではありません」 遥一郎「……そ、そうか」 ノア 「あの……マスター?何故、心底安心したようなお顔をなされるのでしょうか」 遥一郎「俺は元々こういう顔なんだ」 ノア 「………」 ノアが怪訝そうな顔で俺を見る。 だが体に毒なものを取り入れるわけにはいかんのだよノア。 遥一郎「じゃ、じゃあいただくかな」 深呼吸をして椅子に座る。 そしていただきますと言って、料理を口に運ブファッ!! 遥一郎「な、なんじゃこりゃあっ!」 ノア 「ちなみに作ったのはサクラです」 遥一郎「………」 泣きたくなりました。 ていうかもう涙出てるよ……。 ちくしょう、これだから天界のやつらは……! 遥一郎「……あ、あのさ……サクラは?」 ノア 「味見をして気絶しましたが」 遥一郎「こらこらこらぁっ!人が気絶するようなモノを食卓に乗せるなっ!」 ノア 「お言葉ですがマスター、食べなければ食材がもったいないと思います」 遥一郎「う、うぐぐぐ……」 確かにそうなんだが……。 遥一郎「う……」 舌に苦味が残っていることを感じて、既に置かれた水を口に含んバッハァッ!! 遥一郎「か、辛ぁああああっ!?」 ノア 「マスター、それは塩水です。     料理を美味しくいただくためには舌を鋭敏にしなければなりません。     そのためには塩分と水分が必要だということを聞いたので」 遥一郎「塩入れすぎじゃあっ!!糖尿病になるわ!」 ノア 「も、申し訳ありません……」 ノアが頭を下げる中、俺は気持ち悪さを体感していた。 うう……胃がムカムカする……。 遥一郎「も、もういい……このまま行く……」 ノア 「い、いけませんマスター、朝食は必ず食べなければ力が出ませんよ……?」 遥一郎「そう思うんだったらもうちょっとマシな料理出してくれ……。     それか、早く起こしてくれれば俺が作るから……うぐっ……!」 ゲフッ……き、気持ち悪ぃ……! ノア 「……マスター……」 遥一郎「そんな顔するな。     起こしてくれたのは嬉しかったし、料理を用意してくれたのも嬉しかったんだ。     でも、料理の腕は上げような……」 ポンポンと頭を撫でて、俺は玄関へ向かった。 ノア 「マスター……気づいていたんですか?」 遥一郎「俺の部屋出てから暖めたんだろ?あの味は他のヤツには出せないよ」 ノア 「うぐ……申し訳、ありません……」 遥一郎「いいからいいから。起こしてくれてありがとうな。     それじゃ、行ってきます」 ノア 「あの、本当によろしいんですか?朝食を食べないのはお体に障るのでは……」 遥一郎「確かにそうだけどな。まあ、なんとかなるよ」 ノア 「……あの、失礼とは存じますが、これをどうぞ。     何も食されないよりはいいと思います」 ノアが小さなリンゴを差し出してきた。 ……多分、自分の料理が美味しくないことくらい知っていたんだろう。 まったく、不器用っていうかなんていうか。 遥一郎「……うん、ありがたくいただくよ。それじゃ」 ノア 「はい、いってらっしゃいませマスター」 外に出た俺を、ノアが見送ってくれた。 その姿は曲がり角を曲がるまでずっとそこにあって、それがなんだか嬉し恥ずかしかった。 遥一郎「……最初からリンゴを出すつもりはなかったのかな」 カシュッ、とリンゴを噛んで呟く。 ……まあ、自分の料理を認めてほしかったのかもしれないな。 でもそれならもうちょっと頑張ろうな。 遥一郎「……ん、ムカムカした胃にも丁度いいな。リンゴはスバラシイ」 個人的には梨も捨てがたいが。 うーむ、この歯ごたえも音も最強ぞ。 ……なんて、浸っている時だった。 声  「ホギッちゃぁああ〜〜〜ん!!」 ……馬鹿の声が聞こえた。 どうしようか。 個人的には逃げたい。 まあ団体行動しているわけじゃないんだから個人の意思を尊重するべきだよな。 というわけで逃走! 声  「あっ!ど、どうして逃げるのホギッちゃん!!」 声がどんどん近づいてくる。 チィ……!やっぱり運動ではヤツの方に分があるかっ! しかし───う。 声  「……はれっ?」 立ち止まる。 そして歩く。 雪音 「どったのホギッちゃん」 やがて追いついた観咲が俺の横に並んで訊ねる。 遥一郎「……モノ食って走ると体に悪いんだぞ」 雪音 「?」 先ほど受け入れてしまった気持ち悪さが体を回り始めた。 うう……気持ち悪い……。 遥一郎「……あ〜、リンゴ美味ぇ……」 カシュカシュとリンゴを噛む。 もちろん早く楽になりたいからである。 リンゴやリンゴ、リンゴさん。 オイラの胃を癒しておくれ……。 雪音 「ホギッちゃん大丈夫?なんか顔色真っ青だよ?」 遥一郎「…………おえっぷ……」 がくっ。 雪音 「わわわっ!?ホギッちゃん!?ホギッちゃーん!!」 ……ア、アカン……意識が遠退く……こらアカンわ……。 ………… ─── {ケース3:観咲雪音───お荷物、お持ちしましょうか?} 突如、ホギッちゃんが倒れた。 何気に泡を吹いてることから、かなりの重症と見る。 雪音 「あわわ……ど、どうしよ……」 そしてパニック。 泡吹いている人間を目の前にして冷静でいられる人はある意味最強だと思う。 雪音 「そ、そうっ、お医者さん!……って、この近くのお医者さんていったら……」 童栄のじっちゃんの顔が頭の中に浮かんだ。 ……うん、一刻を争うことかもしれない。 急がなきゃ。 雪音 「ホギッちゃん、ちょっとごめんね」 ホギッちゃんを背に担ぐ。 ……って 雪音 「うわ、軽いっ!普段なに食べてるのホギッちゃん!」 痩せてるとは思ったけど、こうまで軽いなんて…… 雪音 「って、そんなことより急がないと。れっつごー!」 そしてわたしは走り出した。 童栄のじっちゃんならなんとか出来るかもしれない。 病院は小さいけど、腕は確かだ。 ───…… 雪音 「じっちゃんじっちゃんじっちゃ〜ん!」 息が切れてるのに無理矢理叫び、じっちゃんを探す。 病院はもう目の前だが、じっちゃんが居なければ意味がない。 童栄 「なんじゃ、騒々しいぞ」 雪音 「あ、じっちゃん!患者さん連れてきたの!」 童栄 「……ふむ。昨日の小僧か。キサマがやったのか?」 雪音 「そんなことしないよぅ!」 童栄 「ちょっとしたジョークじゃ。中に入れ、調べてみよう」 雪音 「う、うん……」 一応診てもらえることになった。 これで安心だよね。 そう思いながらホギッちゃんを背負ったまま病院の中へ。 相変わらず殺風景だなー、とか思いながら奥の部屋へ行くと、澄ちゃんが居なかった。 雪音 「あれ?澄ちゃんは?」 童栄 「懲りずに脱走じゃよ。ほっとけば帰ってくる」 雪音 「わー……」 童栄 「それも今日はレイチェルも一緒じゃ。まったく、医者の気持ちも考えんと……。     ───なにをしておる、さっさと小僧をそこのベッドに寝かせんか」 雪音 「あう、は、はい」 抱えてたホギッちゃんを降ろし、ベッドに寝かせる。 童栄 「ふーむ……こりゃあ食中毒じゃな。     しかもちょっとした特殊なものも混ざっておる」 雪音 「とくしゅ?」 童栄 「詳しくは解らんが、聞いたことも見たこともない毒じゃ。     こんな症状は見たことがない」 雪音 「えぇっ!?それじゃあ助からないの!?」 童栄 「そうは言っとらん。ひとまずこの注射を討ってみよう。     これで治らなければ、別の方法を考えねばならん」 雪音 「あうぅ……」 童栄 「安心せい、それよりキサマ、学校はいいのか?」 雪音 「え?───あぁあっ!!ち、ち、遅刻しちゃうよっ!」 童栄 「小僧はワシが診ておる、さっさと行くんじゃな」 雪音 「う、うんっ!」 慌てて走り出す。 途中、澄ちゃんとレイチェルさんを見たけど立ち止まってられなかったから、 『いってきま〜す』と大きく叫んで走りぬけた。 ─── {ケース4:蒼木澄音───穏やかな森林} 雪音 「いってきま〜す!」 雪音の声が聞こえて振り返った。 そこには全力で走っていく雪音。 こんな朝からここに来るなんて珍しいな、とか思いながら。 僕もいってらっしゃいと言った。 レイラ「さ、澄音さん。あまり外に居ると冷えますよ」 澄音 「うん、ありがとうレイラ」 レイラが車椅子を押してくれる。 僕は穏やかに風を感じながら、病院……いや、診療所へ向かった。 ─── 診療所に入ると、いつもの心地よさがより一層高まっていた。 童栄 「なんじゃキサマか。もう帰ってきたのか?」 澄音 「ええ、レイラが体が冷えるって」 レイラ「ただでさえ体が弱いんですから、これくらい当然です」 澄音 「そうだね。ありがとう」 レイラが奥の部屋へ僕を押してゆく。 童栄 「悪いがキサマはこっちじゃ」 だけど童栄さんがそれを遮って、横の部屋を促す。 レイラ「どうかしたんですか?」 童栄 「病人が泡吹いて倒れておるのでな。悪いがこっちを使ってくれ」 澄音 「そうですか。解りました」 レイラ「はい」 改めて、レイラが車椅子を押す。 やがて横の部屋に着くと、僕はベッドに降りた。 澄音 「ところで童栄さん。その病人って雪音が?」 童栄 「ああそうじゃ。まったく余計な仕事を増やしおって……」 澄音 「はは、その割には嬉しそうですよ?」 童栄 「黙っとれっ」 澄音 「あはははは、すいません」 童栄 「まったく……まあよいわ。キサマはそこで寝ておれ。     安静にしていろと言っている筈じゃぞ」 澄音 「篭の中の鳥は、いつだって空に憧れるものですよ」 童栄 「ワシはキサマの道徳を聞きたくてここに居るんじゃない。いいから寝ておれ」 澄音 「はい、お心のままに」 怒られた僕は苦笑しながらベッドに寝転がった。 童栄 「レイチェル、あまりこやつを甘やかすな。キサマの悪い癖じゃ」 レイラ「わたしは澄音さんのために居る存在ですから。     澄音さんの願いを断ることなんて出来ませんよ」 童栄 「それでこやつがダメになっては元も子もないじゃろう。     とにかく、出てよいのはこの森の中だけじゃ。それ以上はワシの力が届かぬ」 レイラ「……力?」 童栄 「なんでもない、忘れろ。よいな、安静にしておくんじゃぞ。     それから大きく深呼吸をして外の余計な空気を吐いておけ。悪化するぞ」 澄音 「はい、童栄さん」 童栄 「……フン」 童栄さんは悪態をつくように鼻を鳴らして部屋を出ていった。 澄音 「……怒らせちゃったかな」 レイラ「根は優しい人ですから、きっと大丈夫ですよ」 澄音 「そうだといいな。どうであれ、人と争うのは好ましくないからね」 レイラ「そうですね。……あ、それでしたらわたしが童栄さんの様子を見てきましょうか」 澄音 「……うん、頼めるかな。     覗くんじゃなくて、堂々と話し掛けてくれると嬉しいよ。     黙って様子を見るのは、なんだか卑怯な感じがするから」 レイラ「ええ、解ってますよ」 澄音 「ありがとう」 レイラは微笑みながら部屋を出ていった。 ─── {ケース5:レイチェル=イレーズ=ランティス───偵察騎兵ド・ズーカ} コンコン。 部屋の前の開かれっぱなしのドアをノックした。 童栄 「なんじゃキサマか。小僧の看病はいいのか?」 レイラ「ええ、雪音さんの連れてきた患者のことが気になるので」 童栄 「小僧に様子を見てくれと頼まれたんじゃろ。顔に書いておる」 レイラ「う……」 どうしてこう、この人はするどいのだろうか。 時々解らない。 童栄 「ま、好きなだけ見ておけばいい。わしはちょっと小僧に話がある」 レイラ「そうですか。解りました」 童栄さんは澄音さんの居る部屋へ姿を消した。 ……さて。 あながち、連れてこられた患者が気になるというのは嘘じゃなかったわけで。 ちょっと見てみましょうか。 ………………。 レイラ「……穂岸さんじゃないですか。しかも真っ青ですね」 それに泡を吹いていらっしゃる。 これは…… レイラ「確か、天界の調味料のクラウドペッパーですね。     分量を間違えると毒になる、あの……」 確か天界から降りてくる際にいろいろと用意しましたから、 わたしの薬箱に解毒薬があった筈……。 確かここに……ああ、ありました。 レイラ「……初めて使いますけど……錠剤だったんですか。     では、この天界水と一緒に……」 わたしは解毒薬を天界水で穂岸さんの口に流し込んだ。 だが気を失っている所為で飲まない。 ……ここは─── レイラ「……覇ッ!!」 ドンッ!! 遥一郎「ゲブゥッ!」 体を起こして上を向かせた状態で、背中に衝撃を送ってみた。 やがて───ゴクリ。 喉が鳴り、口の中にあったものが流れていったようだ。 ああ、良かった。 飲んでくれました。 レイラ「即効性ですからすぐに治ると思いますが───」 遥一郎「げふっ!げふっ!な、なんだぁっ!?」 あ、起きました。 ─── {ケース6:穂岸遥一郎2───再起動} 気色の悪いモノが胃で溶ける感触。 だが、その流れる水分自体はとても澄んでいて、そう悪い気分じゃあなかった。 ……でも気持ち悪いことには変わりは無い。 遥一郎「げふっ!げふっ!な、なんだぁっ!?」 俺は身震いしながら覚醒した。 ハッキリ言って気持ち悪い。 ……さっきよりはマシなのだが─── 何度も言うようだが、気持ちが悪いことには変わりは無い。 レイラ「大丈夫ですか?」 聞こえた声に顔を上げると、そこにはレイチェルの姐さん。 遥一郎「あ、あれ?俺……確か学校に向かってて……」 レイラ「どうやら倒れたあなたを雪音さんが運んできたようですよ」 遥一郎「……倒れたのか。記憶にないな」 レイラ「それより、学校はいいのですか?」 遥一郎「んー……うおう」 時間はとってもステキでした。 こりゃ行っても無駄ですわ。 雪音 「うわーん遅刻したーっ!」 とか思っている時に馬鹿来襲。 レイラ「あら雪音さん。おかえりなさい」 雪音 「うう……聞いてよレイチェルさーん……。     急いでガッコ行ったのに校門閉まってるんだよー?     おまけにセンセ達が見回りしてるし……こんなこと中学校じゃなかったよー」 レイラ「それでは途中から入るということは出来ないんですか」 雪音 「そーゆーことみたい……」 遥一郎「……やっぱり行っても無駄か」 雪音 「あれ?ホギッちゃん、もう大丈夫なの?」 遥一郎「ああ、気持ち悪さもだんだんと引いてきた」 レイラ「……穂岸さん。単刀直入に訊きますけど」 遥一郎「え?」 レイチェルの姐さんが真剣な表情で俺を見る。 なに?なんなの? レイラ「天界をご存知ですか?」 雪音 「わっ……!レ、レイチェルさん、まずいよっ……!」 遥一郎「………」 俺は少し頭を掻いて、素直に答えた。 遥一郎「知ってる。随分と昔っからね」 レイラ「……やっぱりそうですか」 雪音 「え、えぇえっ!?」 観咲は心底驚いたようだ。 なにやら慌てている。 レイラ「それで、貴方のところに天界人は居るんですか?」 遥一郎「居るよ。3人ほど」 レイラ「さっ……さんにん、ですか。よろしければ名前を聞かせてもらえますか?」 遥一郎「いいけど……えーと、姐さんも天界人なんだよな?」 レイラ「……姐さん?」 遥一郎「いや、なんとなく呼んでるだけだから気にしないで」 レイラ「……まあ、はい。天界人です」 遥一郎「そっか。それなら隠す必要もないよな。     家に居るのはフレア=レインハート。     えーと、この人が俺が子供の頃からずっと一緒に居る天界人。     そしてノア=エメラルド=ルイード。人の家に寄生していた娘だ。     それからサクラ───サファイア=クラッツ=ランティスに……あれ?」 レイラ「……………………はい?」 ランティス? ……ランティスって確か─── レイラ「あの、もう一度訊いていいですか?」 遥一郎「……サファイア=クラッツ=ランティス」 レイラ「………」 なんかビンゴみたいです。 遥一郎「あの、つかぬことをお尋ねしますが……」 レイラ「……はい、間違いないと思います」 やっぱり。 確か姐さんのフルネームがレイチェル=イレーズ=ランティス。 ランティスってことは……サクラと同じ名前だ。 つまりこの人は レイラ「……妹……サクラが地上に来ていたなんて知りませんでした……」 こういうことだ。 雪音 「なんだー、ホギッちゃんてば天界のこと知ってたのー?」 遥一郎「知ってちゃ悪いか」 雪音 「そんなこと言ってないってば」 遥一郎「………」 観咲を無視して姐さんを見た。 なにやら考えているようだ。 遥一郎「あ、なんなら会っていきます?」 レイラ「え?あ、いえ。わたしは澄音さんと一緒に居ますから」 遥一郎「ふむ……」 レイラ「澄音さんを置いていくことなんて出来ませんし、     むしろするつもりが素粒子ほどにもありません」 遥一郎「うおっ!?素粒子ですか!?」 雪音 「そりゅーし?なにそれ」 遥一郎「原子を構成する究極に小さい粒だ」 雪音 「え?原子って、それ自体が一番小さいんじゃないの?」 遥一郎「その原子を構成してるものがあるんだよ。それが素粒子」 雪音 「……つまり、澄ちゃんを置いてどこかに行くだなんて、     考えたこともなかったってことだよね……」 遥一郎「そういうことになるな……」 ここまで一途ですか。 相当だな。 雪音 「……レイチェルさんって澄ちゃんのことになると周りが見えなくなるから……」 遥一郎「そ、そうなのか?」 雪音 「うん。この前、澄ちゃんの頭の上にそこにある薬箱が落ちてきたんだけどね?     それを思いっきり叩いたの。澄音さんあぶなーい!って。     それがじっちゃんの背中に直撃してね?     だけどもんどり打って苦しむじっちゃんより、     無傷の澄ちゃんの心配しかしなくてさ。     澄ちゃんの無事を完璧に確認してから、     ようやくじっちゃんに薬箱が当たったことに気づくほどだったの」 遥一郎「……相当だな、本当に」 雪音 「レイチェルさん、澄ちゃんにベタ惚れなんだよー」 遥一郎「話聞いただけでも解るわい……」 雪音 「って、あれ?レイチェルさん居るのになんで澄ちゃん居ないの?」 レイラ「澄音さんならそちらの左手の部屋で休んでます。     ……そうですね、穂岸さんも良くなりましたし、わたしはこれで」 ペコリとお辞儀をして、姐さんは退室した。 ……心なしか早足で。 遥一郎「相当お熱ですな、観咲サン」 雪音 「ええ、レイチェルさんは澄ちゃんに相当お熱です。     イフリートもサンダル履いて逃げるほどです」 遥一郎「どうしてイフリートでサンダルなんだかは知らんが、微笑ましいものですな」 雪音 「ええ、まったくで」 遥一郎「それでどうしてお前に彼氏が居ないんだかな」 雪音 「ええ、ほんとに……ってホギッちゃん!?」 遥一郎「うう、げほげほ、急に心拍数が……」 雪音 「誤魔化しにもならないよ……」 まったくだ。 遥一郎「しかしまいったな。いきなり学校を休むハメになってしまった。     出来れば皆勤狙いたかったんだけどなぁ」 雪音 「わぁ、ホギッちゃんたら真面目だー」 遥一郎「真面目不真面目の問題じゃなくてだな、     俺はそういう称号っぽいものが好きなんだ」 雪音 「へー……そうなんだ」 遥一郎「ああ。なんか遣り遂げたって感じがするだろ?」 雪音 「あ、それはあるかも」 遥一郎「でも……これでおじゃんザマス」 雪音 「そうだね」 なんとなく気持ちが伝わったのか、観咲もムハァと息を吐いた。 ……しっかし、また随分と急な休日が来たもんだ。 しかも公ではサボリみたいなものだから、遊びにいけるわけでもない。 こう見えて、俺はサボリなどしたことがなかったのだ。 結構ショックだったんだが…… 雪音 「これからどうしよっか。サボリなんて久しぶりだけど」 遥一郎「………」 こいつにしてみれば、そう珍しくないらしい。 遥一郎「中学の頃からサボってたのか」 雪音 「巻き込まれサボリってやつだよ。自分でやるなんてとてもとても」 ……うそくせー。 な〜んかうそくせー。 雪音 「その最初っから信じてないって顔、やめてよホギッちゃん」 遥一郎「サボってから外に出て遊んでたりしたのか?」 雪音 「巻き込まれ、だからね。友達に引っ張られていろいろと」 遥一郎「そうか……大変だったな」 雪音 「大変?なんで?」 遥一郎「え?無理矢理だったんだろ?つまらなかったんじゃ」 雪音 「楽しかったよ?」 遥一郎「………」 やっぱりこいつの性根は遊び人だ。 騙されないようにしよう。 同情するべきでもないことがよ〜っく解った。 遥一郎「でも本当にどうするかな。このままここでぼ〜っとするのもアレだし」 雪音 「もう大丈夫なら家に帰ったらどうかな」 遥一郎「んー……そうだな。それじゃあ帰るか」 雪音 「わたしも行っていい?」 遥一郎「来るな」 雪音 「えー?」 遥一郎「えー、じゃない。お前は自分の家で大往生しろ」 雪音 「だっ……!?やすらかな死を迎えるには早すぎるよっ!」 遥一郎「長かったくらいだ」 雪音 「勝手に人の死期を決めないでよーっ!」 遥一郎「冗談だ、怒るな」 雪音 「がるるるる……!」 観咲のハートに火がついた。 だが生憎、付き合う気はない。 童栄 「小僧、もういいのか?」 と、そんな時。 童栄のじっちゃんが俺の様子を見に来た。 姐さんが報告したんだろう。 むしろ来るのが遅かったくらいだ。 遥一郎「童栄さん、お世話になりました。あの……お金とかは?」 童栄 「ワシは好きでこの仕事をしとるんじゃ。     金なんて貰ったらワシのプライドが傷つくわ」 遥一郎「うお……」 男らしいな。 童栄 「よいな、無理はするな。金なんぞ取らんからいつでも来い」 遥一郎「は、はあ」 童栄 「……フン」 吐き捨てるようにして童栄さんは部屋に引っ込んでいった。 遥一郎「……いい人だな。俺ああいうシブイ人好きだぞ」 雪音 「わっ、やっぱりサヴ」 ぼかっ! 雪音 「あいたっ!」 遥一郎「サヴ言うな!お前やっぱり女らしくない!」 雪音 「わたしが目指すのはヴォーイッシュな女なんだよー!」 ズビシィッ!とポーズを決めてまで言う観咲。 ……あまりにもぴったりなものだったので何も言えなくなった。 遥一郎「えーと……なんだ?うん。よく似合ってるぞ、ボーイッシュ。     これで『十分女らしいよっ!』とか言ってたら、     俺が刺し違えてでもブチノメすところだった」 雪音 「……ホギッちゃん……真顔で怖いこと言わないでよ……」 いや、俺は本気だったが。 遥一郎「それじゃあ俺は帰るよ。童栄さんによろしく言っておいてくれ」 雪音 「う、うん……」 俺は手を振ると、 雪音 「───って、わたしも帰るってばーっ!ホギッちゃん待ってよーっ!」 いきなり走り出してきた観咲から逃げるように、診療所をあとにした。 雪音 「ホギッちゃんなんで逃げるのー!?」 遥一郎「イ、イヤァアアア!助けてー!この人変質者ですーっ!」 雪音 「わ、わぁあっ!誤解しか招かないこと言わないでーっ!」 遥一郎「はっはっはっはっは!いやぁああっはっはっはっは!」 からかうのが面白くて、笑いながら走った。 こんなに騒ぐのも久しぶりだと感じながら、俺はひたすらに走ったのだった。 Next Menu back