訪れる日々は平凡なものばかりだった。 不満が無いって言ったらウソになるけど、不幸になりたいなんて思ったことは一度も無い。 それだけ俺達は幸せを好み、不幸を嫌っていた。 不幸っていうのは言葉の中では『死神』に似ているんだと思う。 直接手を下されるわけでもないのに、 それは恐怖という言葉に名前を変えて、いつだって自分達を不安にさせていた。 そんな柵から解放されたくて、自分はいつだって走っていた。 だけど立ち止って振り返るタイミングくらい、幼い頃から知っていた。 自分を必要としてくれる人がぼくの名前を呼ぶとき。 ぼくは、いつだって笑いながら振り返った。 ───白紙に彩られる蒼色の思い出のコト───
やってきました日曜日! ああ、この日をどんなに待ったことか! ……この際、いっつもサボってただろうがという野次は却下する。 うん、一学生として日曜を楽しみにするのは悪ではないのだよ。 むしろ当然、いや必然。 運命とまで言う気はさらさら無いけどな。 遥一郎「というわけで……」 やることがない。 結局かい!ってツッコミさえも却下したい。 ひとりノリツッコミほど虚しいものはないのだ。 なにせ、笑う人も冷める人も居ない。 ボケツッコミは誰かが居てこそ花なのだ。 冷める人しか居なくても、だ。 遥一郎「いいかね?つまりボケツッコミとは」 サクラ「与一、なにしてるです?」 遥一郎「おわぁっ!」 い、いつの間に……!? 遥一郎「……サクラさん?人の部屋に入る時はノックを忘れちゃならないぞ」 サクラ「したです」 遥一郎「……うん、そうくると思ってた」 サクラ「えぅ?」 こんなことはチャメシゴトぞ。 パターン化しつつあるこの世の中、 俺がボケツッコミに心を奪われていた隙にノックがあったことくらい予想出来る。 ふふふ、俺という男を侮るでないわ……っ! 遥一郎「……最近俺、自分で自分が変に思えてきたんだ」 サクラ「認めたらそれで終わりです」 遥一郎「だよ……な、うん」 虚しさのエッセンスが体中を迸る。 思わず独り言でボケツッコミを語る自分が余計に虚しい。 遥一郎「ところでサクラ?何か用なのか?」 サクラ「部屋の前通りかかったら、ブツブツと声が聞こえたです」 遥一郎「………」 虚しさと恥ずかしさがシェイクされた気分だ。 コンコン。 遥一郎「ん?鍵はかかってないぞー」 考え事の最中に聞こえたノックに返事を返す。 少しの間のあとにドアが開かれ、フレアが現れた。 フレア「与一さん、少しいいですか?」 遥一郎「ああ、別に遠慮する仲じゃないだろ。どうかしたか?」 フレア「ええ、ちょっとお願いがありまして」 遥一郎「うん、なに」 身構える必要もないので、いつも通りに返事をする。 俺はこれでもお人好しで通っている。 というか……小中と、学校では本当に『お人好しの穂岸』の名を欲しいままにしていた。 放任主義の両親に頼らずに生きるために、 俺は自己を高めるかのように人の困りごとに首を突っ込んでは解決してきた。 それもこれも……俺が兄で居たかったからだった。 それでお人好しって言われたって否定するつもりはなかった。 自分でもお人好しだって思ってたし。 それでヒナが笑っていてくれたらよかった。 親があんな調子だったから、俺は親に甘えた記憶なんてない。 だからせめて、ヒナだけでも人に甘えるってことの喜びを知ってほしかった。 でも───精一杯に背伸びして生きてきた俺が、 ようやく背伸びをやめて兄として立っていられるようになった頃。 ヒナは階段から落ちて、俺の妹ではなくなった。 病院で会ったヒナは俺の知っているヒナじゃあなかった。 その時俺は…… 今までずっと我慢していた寂しさや辛さをヒナにぶつけるようにして……泣いた。 初めて頬を伝うものが熱くてたまらなかった。 こんなにも心が冷たいのに、どうしてその涙は熱かったんだろう。 そう思った時、俺を支えてくれていた人が居なくなったことが、 こんなにも悲しいことだったんだと知った。 俺が頑張れたのはヒナが居たからだった。 泣かせたくなかったし、ずっと守ってやりたかった。 親に甘えられないなら、俺が親代わりになってやろうって、そう思った。 遥一郎「………」 フレア「……与一さん?」 遥一郎「え?あ、ああ……なんだ?」 フレア「もう、やっぱり聞いていなかったんですね?     人の話はきちんと聞かなければいけないんですよ?」 遥一郎「ああ……悪い」 フレア「……わかりました、もう一度言いますから。     実はですね、天界の知と呼ばれる方が、この地域付近に居るらしいんです」 遥一郎「この地域?近くなのか?」 フレア「隣町に居るそうです。鈴問高等学校というところで教師をやっているとか」 遥一郎「へえ……サクラ、知ってるか?」 教師、と聞いて少し違和感を感じた俺は、話をサクラに振ってみた。 サクラ「……?」 サクラはきょとんとしながら首を捻る。 どうやらそういうことらしい。 遥一郎「知らないか。あ、天界の知って人のことだぞ?」 サクラ「あ、それなら知ってるです。与一、訊くことの内容はきちんと言うべきです」 遥一郎「そうだな、ごめん」 苦笑しながら謝った。 まさかサクラに注意されるとは思わなかったからだ。 ……なんかサクラってぽやぽやしてるイメージがあるから、 注意とかしてきそうにないって先入観があるんだよなぁ。 遥一郎「───でも匕首とか振り回す光景を思えば……」 ……うん。 それはただの錯覚に思えてくる。 よし、くだらない先入観はこの際うっちゃってしまおうか。 遥一郎「で、その天界の知って人の名前は?」 サクラ「はう、それは」 フレア「リュオルク=ディグメイル=マルドゥークさまです」 サクラ「………」 なにやらサクラがフレアを睨む。 言われてしまったのが悔しいらしい。 サクラ「……フレア、ちょっとどころか凄く気になってたことがあるです」 フレア「はい?なんですか?」 フレアは何かを訊かれることを予想していたのか、焦る風もなく言い返す。 サクラ「耳が悪かったのに、どうして名前の発音とか解るです?」 ……ああ。 言われてみれば。 遥一郎「そういえば不思議だよな。なにゆえ?」 フレア「日々、学習してますから」 サクラ「学習です?」 フレア「ええ、学習です。魔器にもいろいろあるということですよ」 遥一郎「魔器───ってそうだよ」 フレアの魔器がなんなのか知らないや俺。 遥一郎「そういえばフレアの魔器ってなんなんだ?」 フレア「……えっと、腕輪みたいなものです」 そう言ったフレアは巫女服の袖を捲くり、それを見せてくれた。 遥一郎「へえ……」 それは本当に、一見ただの腕輪だ。 和服好きの彼女には少し不恰好に見える。 ほうきとかだったら面白かったんだけど、 フレアがほうき持っているところなんて見たことなかったし、 フレアはどんな暑い日でも巫女服や着物以外は着なかった。 そんなだから腕はずっと服の袖に隠れて見えなかった。 腕輪をしてるってことでさえ今の今まで知らなかったくらいだ。 故意に隠していた、それとも天然……あ、いや、ただ単に暑いのが好きだったのか。 どちらにせよ今まで隠していたのは見事だ。 フレア「能力は……秘密です。     ただアルベルトさまがいろいろといじってくれたおかげで、     様々な機能があるんですよ。言語学などの練習機能の他にいろいろと」 遥一郎「へえ……なるほど」 フレア「ただ、今までは耳が聞こえなかったから意味が無かったんですがね」 ふむ……。 遥一郎「そのアルベルトって人も意地悪だな。     そんな機能を入れてくれるなら、     最初から補聴器くらい作ってくれたらよかったのに」 サクラ「無理です。その頃はまだこの補聴器に必要な稀少石が見つかってなかったです」 遥一郎「ほら、そこのところは神様の力でズビーと」 サクラ「与一、神様は地上で言う『だいと〜りょ〜』と同じです。     確かに他の天上人とは比べ物にならないくらい魔力があるです。     でも、本当にそれだけです。     未知のことはあるし、出来ないことだってあるです」 遥一郎「なるほど……つまりはただの道標みたいなものなのか」 サクラ「それとはちょっと違うですけど……はう、似たようなものです」 少し考えながら、でも頷くサクラ。 遥一郎「そか。じゃあ話を戻そうか。そのマルドゥークって人がどうかしたのか?」 フレア「ええ。与一さん、昔わたしが病気にかかった時のこと、憶えていますか?」 遥一郎「憶えてる……痛烈に。地上の薬が効かなくて困ったもんだよな」 フレア「ヒナちゃんと泣きながらおろおろしてましたね」 遥一郎「うぐっ……その部分は是非、忘れてくれ……ていうか泣いてたのはヒナだけだ」 フレア「そうでしたっけ?」 遥一郎「そう……うん、そうだよ。あの頃はまだヒナも記憶喪失になってなくてさ。     俺とフレアとでよく遊んでたんだ。     耳も聞こえないし喋る発音も解らなかったフレアに、     スケッチブック渡して笑ってたよな。     でも読み書きは出来ても言葉の意味が解らなかったから、     結局そのスケッチブックも無駄になっちゃって。     あいつ、ぴーぴー泣いてたな」 フレア「無駄になんかなってませんよ。今でもちゃんと持ってます」 遥一郎「え……とっくに捨てられたかと思った」 フレア「そんなことしませんよ。     記憶を無くしてしまっても、ヒナちゃんはわたしの大切な友達ですから」 にっこり微笑んでのその言葉。 ……せっかくなら、ヒナにも聞かせてやりたかったな。 遥一郎「…………ん?」 ヒナ? 遥一郎「……あ、なあサクラ、フレア。ちょっと訊きたいんだけど───」 サクラ「はう?なにです?」 フレア「どうかしたんですか?」 遥一郎「ああ。その『天界の知』さんはスゴイのか?」 フレア「スゴイ?」 サクラ「はう、脱いでもスゴイです」 遥一郎「……サクラ。その発言は誤解しか招かないからやめような?」 サクラ「スゴイです」 遥一郎「わかった。わかったから……」 そもそも、どうスゴイのかなんて想像したくない。 忘れるべきだ。 サクラ「髪は剃り込みが入ってて漆黒のサングラスかけて、懐には愛用の匕首が」 遥一郎「な、なにぃ!?」 ってことはアレですか!? ヤクザ屋さんですか!? そんな人が天界の知なのか!? 遥一郎「って、そんな馬鹿な……」 ……いや。 天界人って変わり者ばっかりだからな……。 そんなヤツにヒナを任せるってのも……いやいやいや。 遥一郎「な、なぁ。天界っていう所は極道が主流なのか?」 サクラ「冗談です」 遥一郎「───」 コリッ。 サクラ「やぅ?」 ぐりぐりぐりぐりぃ〜っ……! サクラ「あぅややややややぁあっ!!ぐりぐりはやめるです〜っ!!」 サクラがズシャアと俺から逃走を謀った。 遥一郎「王馬鹿者!一瞬以上に本気にしてしまっただろうがっ!王馬鹿!女王馬鹿!」 サクラ「みぅう……ひどいです……」 遥一郎「ひどくないっ」 サクラ「あうぅ……」 フレア「それよりも与一さん、ディグメイルさまになにかあるんですか?」 遥一郎「ああ。スゴイ人ならさ、ヒナの記憶を戻すことが出来ないかなって……」 フレア「あ───そうですね」 俺とフレアは自然と黙った。 引っ掛かるものは、もし記憶を蘇らせることが出来たとしたら、 今のヒナはどうなるんだろうってこと。 フレア「でも試す価値はあります。     たとえ記憶の復活が出来なくても、知恵を授かることは出来るかもしれません」 遥一郎「うん……」 ……そっか。 そうだな。 遥一郎「フレアはその人のところに行くつもりだったのか?」 フレア「ええ、さっきも話ように、     病気の時のために天界の薬を分けてもらえればと思いまして」 遥一郎「ああ、それは名案だ」 ふと、昔のことを思い出してみる。 蒼い季節、フレアが原因不明の高熱に襲われた。 俺とヒナは慌てながら自分が出来ることを散々とした。 しかし熱は下がらず、ヒナは泣くしフレアは苦しそうだし、俺も相当まいっていた。 親は放任主義だったし、男の俺がなんとかしなきゃって思ったのはその時が初めてだった。 だけど結果はフレアの自然治癒に終わった。 俺がしてやれたことは濡れタオルを交換してやることと、 水を飲ませてあげたりお粥を作ってあげることくらいだった。 その頃の俺はまだ不器用で、 手に火傷つくったりお粥を焦がしたりと大変だったのを憶えてる。 でも───絶対に泣かなかった。 意地だったのかもしれない。 親に甘えることを許されなかった自分が、 自分の意思で泣いたら、もう立てないんじゃないかって。 そう思って、俺は泣くことを拒否した。 案外ひとり暮らしを望んだのも、 あんないい加減な親から離れたかったからかもしれない。 ……まあ、だからといってヒナやフレアと離れたかったわけじゃない。 正直な話だけど、一緒に来てくれたことに安心した。 置いてくるには心配が残るふたりだから。 はは……そういえばヒナは、俺が市内の高校以外を受験するって言ったら泣いたっけ。 親が放任主義じゃなければ、 ヒナがこっちの中学に転校することもなかったんだろうけど……。 よく手続きはしてくれたもんだよな、あの親が。 まあ多少なりの後ろめたさとかがあったのかもしれないな。 遥一郎「……俺も行っていいか?」 フレア「与一さんが……ですか?」 遥一郎「ああ。出来ることなら、ヒナの記憶のことで相談したい」 フレア「あ……」 フレアが頷く。 フレア「与一さんが一緒じゃないと動きそうにありませんからね」 遥一郎「だよなぁ」 苦笑が漏れた。 ふたりして笑う中、サクラだけが会話に置いてけぼりをくらって首を傾げていた。 ───パンポーン。 遥一郎「うん?」 フレア「お客さんですかね」 サクラ「リビングにノアが入るから平気です」 遥一郎「そうだな」 耳を澄ませてみると、とたとたと歩く音と玄関が開かれる音。 そして 声  「やっほうホギ」 ツキューン! 声  「ゔっ……!」 ……聞き覚えのある銃声と、くぐもった声。 そして倒れる音。 ───おまけにとたとたと歩いてゆく音。 遥一郎「……放置プレイか」 サクラ「プレイ?プレイってなにです?」 遥一郎「気にするな」 サクラ「?」 サクラがくいっと首を傾げる中、フレアも首を傾げていた。 もしかして俺、失言しましたか? まあ無視されたツムリエルショッカーほどに無視する勢いで話を流すとして。 遥一郎「あ、ところで俺にお願いってなんだったんだ?」 フレア「え?」 遥一郎「ほら、部屋に入ってきた時に言ってただろ?俺にお願いがあるって」 フレア「………………そうでした。     元々、与一さんに付き添ってもらおうと頼みに来たんですよ」 どうやら目的を忘れてしまっていたらしい。 遥一郎「……まあ、今日は暖かいからな」 フレア「どういう意味ですかそれは」 遥一郎「いやいや、どうってことないよ」 フレア「……話、通じてますか?」 遥一郎「宇宙人だったんだ、ぼく……」 フレア「ええっ!?」 遥一郎「いや、本気で驚かないでくれ」 フレア「…………最近、与一さん変わりましたよね」 うぐ。 自覚しているだけあって、心当たりがありすぎる。 遥一郎「や、やっぱりそう思うか?」 フレア「以前とは比べ物になりませんから」 遥一郎「う、うむう……それは恐らくツムリエル毒素の所為だ。     厄介なレトロウィルス……じゃなくて、うむ。クレイジーウィルスだな。     もしくはマイマイ雑菌というか黴菌というか」 フレア「……与一さん……この街に来る前は理知的で聡明だったのに……」 遥一郎「ぐあっ」 俺の人格が疑われてますか!? 遥一郎「ち、違うのだよマイフレンド。     これにはMIUの精製に必要な海洋深層水が取れる場所よりも深い理由がある。     そこに至った者からは、     毛根から瀬戸内海を覆い尽くすほどのマイナスイオンが溢れ出すんだ」 サクラ「……ロレツが回りすぎです。与一、確かに変わったです」 遥一郎「会ってそう時間経ってないのに解るんかいお前は」 サクラ「解るです」 解るらしい。 そりゃあ、本人が気づくくらいの変わり様だしなぁ。 遥一郎「ところでいつ頃行くんだ?」 フレア「早い方がいいですね。今日は学校は休みですよね?」 遥一郎「ああ。よっぽどの学校じゃない限りは大丈夫だろ」 サクラ「学校が休みならセンセも休みじゃないです?」 遥一郎「だよな。まあ宿直のセンセが居たらその人に住所を訊けばいいんだし、     行って損はないと思うぞ?」 フレア「そうですよね」 こくこくと確かめるように頷くフレア。 ……さて、そうなれば用意くらいはしないとな。 遥一郎「すぐ行くだろ?」 フレア「ええ、与一さんさえよければ」 遥一郎「構わないよ。それじゃあ───」 がたっ、どたんっ! サクラ「……なにです?」 遥一郎「音の方向からして……玄関あたりだな」 ツムリエルが目覚めたか? だとすると厄介だな。 やかましいヤツに掴まったら逃げ切れる自信がない。 どうしようか。 遥一郎「……ま、いいか。うるさくなったらノアに撃ってもらおう」 よし、未来図想定完了。 しかも悪くない。 遥一郎「じゃあ用意しておいてくれフレア。俺はちょっとツムリーをなんとかしてくる」 フレア「ツ、ツム?」 遥一郎「気にするな」 パパッと靴下を履いてサイフをポケットに突っ込んだ。 そのまま部屋を出て、足音に気をつけながら玄関に近づく。 ……ふふふ、ヤツの吠え面が目に浮かぶわ。 そもそも吠え面しか浮かばない。 いっつも犬みたいにキャンキャン吠えてるし。 いや、キャンキャンは可愛すぎだな。 迫力としてはドーベルマンも靴を履いて逃げ出すくらいだろう。 遥一郎「……ちなみに靴を履いて、というのはだな。     犬は元々素足なわけだから『裸足で逃げる』と言うには、     ちょっと違うと思ったからであって……俺の知識不足じゃないことを公言したい」 雪音 「なにブツブツ言ってるのホギッちゃん」 遥一郎「うおっ!?」 ば、馬鹿な!いつの間に!? 遥一郎「平然と勝手に上がってこないでくれ」 雪音 「あれ?上がっていいって言わなかったっけ」 遥一郎「今日はまだ初対面だ。言ってない」 雪音 「うーん、ノアちゃんが応対してくれたところまでは覚えてるんだけど」 遥一郎「今すぐ忘れろ」 雪音 「……なんか引っ掛かるけど。まーいいや。     ところでホギッちゃん、ちょっとモノは相談なんだけど」 遥一郎「帰れ」 雪音 「ま、まだ何も言ってないよっ?」 遥一郎「ああすまん、俺これから隣街まで出掛けるんだ。     だからお前の相手をしているヒマはないのだよ。解ったら帰れ」 雪音 「むー、ガッデム……。ホギッちゃん言うことキツイよ……」 遥一郎「うるさい。貴様の所為で俺の人格が疑われたんだぞ。     ガッデムを唱えたいのは俺の方だ」 雪音 「むー……って、隣街?」 ツムリーが触覚をピンと立たせて、何かに気づいたように語りかけてくる。 ……なんか嫌な予感。 遥一郎「あ、ああ、そうだけど」 雪音 「奇遇だねぇ、わたしも隣街に行くところだったんだよー」 遥一郎「なにぃそうなのか?     悪いな、お土産を買ってきてくれるために要望を訊きに来るなんて」 雪音 「誰がホギッちゃんごときにお土産やるもんですか」 遥一郎「……帰れコノヤロウ」 雪音 「まーまー、話はこれからなんだよ。というわけで一緒に行コ?」 遥一郎「何処へ?」 雪音 「え?隣街」 遥一郎「……マテ。お前はなにか?俺が行こうが行くまいが誘うつもりだったのか?」 雪音 「ほえ?そうだけど」 遥一郎「………」 雪音 「だって、少しは慣れてるからって女のコひとりで行くのは危険じゃん?」 …………なにをぬかしとるんだこの馬鹿は。 お前の実力なら絡んできたチャラリーナさんくらい瞬殺だろうが。 遥一郎「殺しはいけないと思うぞ」 雪音 「あの……ホギッちゃん?どうしてそうなるのかな」 遥一郎「俺に殺人現場を見せたくてそう言ったんじゃなかったのか?」 雪音 「ホギッちゃんてさ、殺人に思い入れでもあるの?」 遥一郎「それはお前だろうが」 雪音 「ないないないっ!そんなの無いよっ!」 遥一郎「謙遜するなよ」 雪音 「してないっっ!」 ガオオと咆哮をプレゼントしてくれるツムリー。 どうやら謙遜はしてないらしい。 遥一郎「謙遜してないとは……お前がそこまで生粋の殺し屋だとは知らなかったな」 雪音 「……当たるまで殴っていい?」 遥一郎「学習能力が無いのか馬鹿っ!     お前の拳で殴られたら脳髄がグシャアと破壊されるわ!」 雪音 「……ホギッちゃん、わたしのことなんだと思ってるの?」 遥一郎「へ?なにって……」 …………。 遥一郎「……ツムリー?」 ぼごぉっ! 遥一郎「ぶはっ!」 目にも留まらぬ早さで放たれたツムリーの拳が俺の頬を的確に捉えた。 遥一郎「な、なにをするツム」 雪音 「───!」 ギシャアア! 遥一郎「ッ……!」 ツムリーが殺意を込めた視線をプレゼントしてきた。 思わず立ちすくんだ。 ドラクエのモンスターなんて目じゃないな、これは。 遥一郎「す、すまんマイーマ、俺が悪かっ」 ブンッ! 遥一郎「ひぇえいっ!な、なにをする!」 マイーマの下段蹴りが空を切った。 そこで悟る。 ヤツが本気になれば、俺に気づかれずに俺を始末することくらい造作もないことだと。 ……ますます殺人鬼じゃないか。 遥一郎「…………マイ……いや、観咲よ。     お前にオススメしたい免許みたいなものがある」 雪音 「………」 ポムと肩に手を置く俺を訝しげに見るマイーマ。 遥一郎「……マーダーライセンスを取れ。俺が許す」 ぼぐぅっ! 遥一郎「ごほぉっ!」 有無も言わさずにマイーマの拳が俺のミゾオチにめり込んだ。 思わず吐きそうになる程の見事な角度だ。 遥一郎「ま、待て……!俺を殺してもどうにもならんぞ……!」 雪音 「殺さないってば……!」 明かな怒気をはらむその言葉に俺は恐怖した。 殺すつもりはなくても五体満足には居られまい。 からかう相手を誤ったか……! 遥一郎「くっ……無念」 雪音 「……あのさ、ホギッちゃん?     ひとまず一緒に行ってくれるかくらい答えてくれないかな」 遥一郎「ことわ───」 ギリィと拳が握られる。 遥一郎「……いえ、一緒に来てくれればこれほど心強い人は居ません。     どうぞ我らのボディーガードになってください」 雪音 「……普通逆じゃないかな」 遥一郎「それこそ謙遜するな。     まったくの予想だが、お前なら近所のゴロツキにも平気で圧勝だぞ」 雪音 「まったくの予想でそこまで断言しないでよ」 正論だ。 でも俺は本気だ。 フレア「与一さん、準備出来ました」 遥一郎「あ、フレア。そかそか、では俺はヒナを連れてくるから。     こいつで遊んでてくれ」 雪音 「こいつ『で』!?ちょ、ちょっとホギッちゃん!?」 遥一郎「あー聞こえません聞こえません!聞こえません聞こえません!」 観咲の言葉を無視してヒナの部屋を目指して早足る。 まったく、一度話し始めたら止まらんやつじゃわい。 ……原因の大半が俺にある気がするが、そんなものは気の所為として扱う。 正当化も立派な自己防衛手段だ。 度が過ぎなければカワイイものなのですよ? 遥一郎「っと」 ブツブツと考え事している内にヒナの部屋の前。 うむ、と頷いてノックをした。 コンコンコン、と。 声  「……誰?」 素っ気無い声が返ってきた。 こいつも俺以外には無関心というか、異常なまでに素っ気無いからなぁ。 何が気に入らないのかは謎だけど。 遥一郎「俺だけど」 ドグシャーンッ!! 遥一郎「うおう」 どたばたがたっ!ごしゃっ!だたたたたたっ! がちゃぁっ! 雛子 「お、お兄ちゃんっ!?」 遥一郎「……そうだが。あのな、ヒナ?危険だからあまり家の中は走るなよ?」 雛子 「う、ううう、うん……」 ……なにを真っ赤になっとるんだこいつは。 遥一郎「ちょっと出掛けるんだが───お前、ちょっと付き合ってくれ」 雛子 「え───どこに?」 遥一郎「隣街までな。都合、いいか?」 雛子 「いいっ!すっごくいいっ!」 遥一郎「……すごくいい都合ってなんだよ……ま、いいか。     準備出来たらすぐ行くから。玄関前に来てくれ」 雛子 「う、うん、すぐ行くねっ」 遥一郎「いや、そんな急ぐことないから」 雛子 「う、う、うん!急がないですぐ行くからっ!」 遥一郎「……どっちだ?」 そう訊く前に、部屋に戻ってどたばたと走りまわるヒナ。 ……よく解らんが、急がずに急ぐ方法があるらしい。 是非訊いてみたいが、一生かかっても聞き出せない気がした。 Next Menu back