───蘇る記憶のコト───
───……さて、唐突だが。 家を出て電車に揺られた俺達は隣街に降り立ったわけだが─── 遥一郎「それでさ。何処なんだ?」 フレア「なにがでしょう」 すっとぼけた声でにっこりのフレア。 遥一郎「あのな……俺達の目的は?」 フレア「リュオルク=ディグメイル=マルドゥークさまを探すことです。     この地界では真凪美音都と名乗っているそうですが」 遥一郎「その話はこれで4回目だな。それでだ。さっさと場所を確定してだな───」 フレア「それが……あの。地界の地図の見方はどうにも……」 遥一郎「あ、あのなぁ……それなら今まで歩いた距離はなんだったんだ?」 フレア「あの……ほら。軽い運動だと思って───」 遥一郎「……いいから地図貸して。えーと……」 フレアから地図を受け取って、ざっと目を通───って 遥一郎「どうして世界地図なんだ」 フレア「……え?これが噂に聞く世界地図なんですか?」 真顔で聞き返してくるフレア。 フレア「……レイルさまから送られてきた地図だったんですが」 遥一郎「そいつに不幸の手紙でも送ってやれ。宛先を絶対間違えるなよ」 フレア「よ、与一さん……」 苦笑いを浮かべながら俺の手から地図を手に取るフレア。 俺も苦笑しながらその悩み顔を横目に眺めた。 雛子 「お兄ちゃん……どこに向かってるの?」 遥一郎「俺に訊くな……レイルって野郎に聞いてくれ」 そう。 俺達は道に迷っていた。 どうすればいいかとかよりも、 見知らぬ街での放浪は不安を招く以外のことをもたらさなかった。 ……学校、学校ねぇ。 ───お? 遥一郎「おお、あんな所に元気な好青年が」 ふと気づいて見てみれば、道を軽快に走る男。 遥一郎「おーい、そこのあなた。ちと道を訊ねたいのだが───」 ずどどどどーーー!! 男  「うおおおお!A定が俺を呼んでいるーーっ!!」 どどどどどど…… 遥一郎「……お、おーい……」 ……行ってしまった。 なんて呆れている内に、もうひとりの男が走ってゆく。 男  「おい柿崎ぃいいっ!!     どこ行くんだよ!鈴訊庵で食うって話だっただろぉっ!?     そもそも今日ガッコ休みで───って聞けぇえええっ!!」 どどどどどど……!! 遥一郎「………」 なにが起こってるんだ? ここの街では走ることが常識なのか? 遥一郎「……どうする?」 フレア「どうしましょう」 雛子 「………」 どうすることも出来ん。 遥一郎「んー……仕方ない、交番でも探すか───って、     そんなことするくらいなら高台でも見つけて探した方が早いな。     そもそも一緒にくっついてきた……     観咲と蒼木とレイチェルの姐さんはどうしたんだ」 フレア「どうしたんでしょうね……」 ふたりして首を捻った。 ノアの魔器のおかげで状態が楽なままの蒼木は、 現在レイチェルの姐さんに付き添われながら青春を謳歌している。 青春、というのは大袈裟な表現だが……まあつまりは思い出作りをしている最中だ。 満足に走ることはおろか、歩くことすらままならないこともあった蒼木は、 ただ歩いて景色を眺めるだけでも感動していた。 もともと自然が凄まじいほどに好きな蒼木だからこその芸当だ。 もちろん満足に動ける体じゃなかったことも関係しているんだろう。 どこまでも穏やかなそいつは今、前よりもよく笑顔を見せていた。 苦笑混じりの笑顔ではなく、心からの笑顔。 俺はそんな笑顔を見れることが、なんだか痒いくらいに嬉しかった。 ……あんな、どこか諦めが入ったような笑顔はもう見たくないから。 今でこそ解るが、ちょっと前の蒼木はどこかそんな顔を見せていた。 そんなあいつが未来を夢見ている。 それが、どうしてか自分のことみたいに痒くなる。 フレア「……あの、顔が弛んでますよ」 遥一郎「ゔ……い、いや。友を思えばこその現象だろう。     ……なんかさ、笑ってる人ってのは多い方が嬉しいだろ?     俺としては知り合いが嬉しそうなのは自分のことみたいに嬉しいものだよ」 フレア「……そうですか?」 遥一郎「もちろん。だってさ、知り合いの幸せを喜べないヤツは悲しすぎるだろ?     あ、でも違うからな?俺は義務的に思ってるわけじゃないからな」 フレア「解ってますよ。昔から人の喜ぶ顔が好きでしたからね」 ……そうなのか? 自覚無いな。 ということで……気の所為だ。 遥一郎「それよりだ。何処に行けばいいのやら」 キョロキョロキョロ、と…… 女性 「……そこの挙動不審男。気持ち悪いからキョロキョロするな」 遥一郎「ぬおっ!?」 突然の声に振り向いた。 そこに立っていたのは───ひとりの女性だった。 懐からタバコを取り出して、火をつけている。 遥一郎「……あの?」 女性 「あー、うだうだゴトを聞くつもりはない。それで?なにやってるんだ?」 遥一郎「……ふむ。学校を探しているんですが」 女性 「学校?……それなら反対側だ。ここの道を……ダルイ。勝手にうろついていろ」 遥一郎「ええ!?」 女性 「……この道を登っていけ。     しばらくしたら見える信号を渡って右に曲がってそっちの道を真っ直ぐ行け。     そこらまで行けば学校くらいは見えてくる」 遥一郎「………ウィ、了解」 女性 「……ったく。どうして男ってのはこう変なヤツが多いんだ」 大きなお世話だ。 雛子 「……お兄ちゃん、変じゃない」 女性 「うん?」 雛子 「変じゃないんだから……」 遥一郎「お、おいヒナ……?」 女性 「……やれやれ、誰かを思い出すな。     どうしてこういうヤツはこういう馬鹿なヤツを好きになるんだか」 遥一郎「はい?好き?」 雛子 「───ッ!」 ぐしぃっ! 女性 「ぐあっ……!!」 遥一郎「だわぁあっ!?ヒ、ヒナッ!?」 ヒナが足踏み潰しを実行した。 女性に?のダメージ。 女性 「ぐぅ……!わ、わたしに攻撃を与えるとは……!」 なにか、意外なものを感じたのか……女性は驚きを隠せずにいるようだ。 雛子 「よ、余計なこと言わないでっ!」 女性 「…………ふむ。性格の本質は由未絵と変わらんな。     こういうヤツは大人になった頃が楽しみだ」 『まあ許せ』とだけ言って、女性はかったるそうにその場を離れていった。 遥一郎「……なんだったんだろ」 フレア「さ、さあ……」 遥一郎「あ……ヒナ?好きって?」 雛子 「ひやぁあっ!?え、あ、あのっ……なんでもないですぅうっ!?」 遥一郎「……声、裏返ってるぞ」 雛子 「あ、う、ううんっ、本当になんでもないからっ……。     こ、こっちだよね?いこっ?」 捲くし立てるように早口で言って、ぱたぱたと走ってゆくヒナ。 ……だから、何を赤くなってるんだあいつは。 遥一郎「って、おいヒナっ!あんまり走るとコケるぞっ!」 フレア「そこまでドジじゃありませんよ。それより急ぎましょう?」 フレアが時計を見ながら言う。 確かに迷った所為で時間をロスしてしまった。 休みとはいえ、時間は惜しい。 いや、休みだからこそだ。 休みの日の一時間は学校が終わってからの一時間より遥かに大切でしょう。 遥一郎「あー……でも心配だからちょっと止めてくる。急がなくていいからな?」 フレア「はい。気をつけてくださいね」 遥一郎「まかせとけっ」 普段通りに心配してくれるフレアに言葉を返して、俺はヒナを追った。 ……って、結構足速いんだなヒナのヤツ。 これは全力で走らなきゃ追いつけないぞ。 遥一郎「信号があるって言ったよな……。     無視するとは思えないけど、もしもがあるから世の中は恐いんだし───」 俺は全力以上にペースを上げてヒナを追った。 遥一郎「とまれヒナー!そこまで急ぐ必要は無いんだよー!」 そう言ってはみたが、ヒナはそれを聞いてないのか聞こうとしないのか、 どんどんと走っていってしまう。 遥一郎「───待てって言ってるだろっ!」 人の助言めいた言葉を聞かない人って心底ムカツキますよね。 俺はヤケっぱちにも似た気分を我が身に宿し、ヒナ目掛けて地を蹴った。 そして、信号の手前でその手を掴む。 遥一郎「はっ、はっ……まったくこの……」 ゴォォゥンッ! 遥一郎「───ッ!」 その次の瞬間。 その横断歩道をゴツイ車がすごい勢いで走っていった。 遥一郎「……おいおい、信号赤だろうが……」 確かに場所なんかを見たら人なんて通りそうに無い場所だけど…… 遥一郎「……危ないから走るな。いいな?」 雛子 「………」 ヒナはただ黙ってこくこくと頷いた。 それにしても……この街では信号守らん輩がそんなに居るのか? 傍迷惑は話だ。 何をそんなに急いでるんだか。 遥一郎「ひとまずフレアを待とうか。走った所為で疲れたし」 雛子 「……ごめんなさいお兄ちゃん」 遥一郎「自分から謝るくらいに反省してるなら、言うことなんて何もないよ。     そんなにしょんぼりするな」 ポムと頭を撫でてやり、だけど心の内では溜め息を吐いた。 ……運動不足だな、と。 ───フレアが来てから俺達は学校へ向かった。 見知らぬ女性が教えてくれた通り、その道の先には学校の屋上らしきものが見えて、 行ってみればそこは確かに学校だった。 遥一郎「ほへー、中々大きな学校だな」 フレア「そうですね……」 雛子 「………」 こくこくと頷くヒナとフレア。 もちろん俺も無意味に頷いた。 いやはやなんとも……。 遥一郎「まあウチの高校よりは小さいか。無駄に大きいからなぁ、あそこは」 フレア「そうなんですか?」 遥一郎「ああ。そんなに入学してくるヤツが多いのか?って疑問に思うくらいにはデカイ」 うむ、と頷く。 それに対してフレアは相槌をうつように頷く。 遥一郎「よし、まあなによりもまず中に入らないとな。     中に居るんだろ?その……マサなんとかさん」 フレア「真凪美音都、です。……居るかどうかは別ですが」 遥一郎「うお……アポイントとかとってないのか」 フレア「取れませんよ……連絡先が解らないんですから」 正論だ。 タウンページでも見ればなんとかなってかもしれないけど。 遥一郎「そっか……じゃあひとまず中に居る先生かなんかに訊いてみるか」 フレア「そうですね」 俺とフレアとヒナは、まずその一歩を 声  「やあ、どうかしましたか?」 突然の声。 その声が聞こえた方向を見ると、いつの間にかそこに人が立っていた。 遥一郎「へ?あ、ああ先生ですか?丁度良かった、えーと……真凪美音都って人を」 真凪 「私ですか?」 遥一郎「そうそう……って……はい?」 真凪 「真凪美音都は私ですが」 遥一郎「……ええっ!?」 真凪 「なんでしょう」 ……若いッ! 『天界の知』ってくらいだから俺としては爺さんを予想していたんだが───! 真凪 「なにやら期待を裏切ってしまったようですね」 遥一郎「え?あ、いや……すいません」 真凪 「構いませんよ。わたしに話があるのでしょう?」 遥一郎「はあ……」 真凪 「ではついてきてください、宿直室で話ましょう。     天界のことは適当な場所で語るようなものじゃありませんから」 そりゃそうだ。 ─── 真凪 「…………ふむ。なるほど?」 話したいことを話して一息ついた頃、真凪氏は頷いた。 真凪 「解りました、薬は私が用意しましょう。それと、彼女の記憶ですが───」 遥一郎「はい」 真凪 「……ええ、どうにかなりますよ。本人がそれを望むなら、ですが」 遥一郎「………」 俺は黙ってヒナを見た。 ヒナは不安そうに俺を見上げる。 遥一郎「……大丈夫だ。どうにもなりはしないよ」 雛子 「………」 遥一郎「真凪さん、今の記憶が無くなるとかは無いんですよね?」 真凪 「ええ。今の記憶と失った記憶を『成長』という形で融合させますから、     どちらかが無くなるなどということは絶対にありません」 遥一郎「……ほら、大丈夫だって」 雛子 「……うん」 真凪 「では……構いませんね?」 雛子 「………」 ヒナは静かに頷いた。 ゆっくりと、微弱ながらに。 気を配らなきゃ気づけないほどの小さな頷きだった。 真凪 「それでは始めましょう。───あ、キミ達は部屋から出ていてください。     巻き込まれたら記憶の融合に巻き込まれるかもしれませんから」 遥一郎「っと……それは恐いですね」 言われる通り、俺とフレアは宿直室を出ようと立ち上がる。 ヒナが不安そうに俺を見ていたが─── 1:やっぱり留まる 2:これもヒナのため 3:……我慢だ 結論:3 ヒナのためだとは言わない。 自分の身勝手かもしれないけど、俺はヒナに戻ってほしかった。 自分の意思で無くしたわけじゃないんだ。 それなら戻って欲しいと思う。 ……ぴしゃん。 ドアが閉まると、俺は息をついた。 安堵の溜め息などではない、ただ不安からもたらされるもの。 自分以外の人の不安を感じるっていうのはこういうことなんだろうか。 とても気分が悪い。 フレア「大丈夫ですよ……。きっとディグメイルさまなら……」 遥一郎「………」 俺ももっとあの人のことを知っていたら、笑顔で任せられたんだろうか。 俺にとっては大切な妹だ。 放任主義だった両親なんて知らない。 俺にとって家族と言えるものがあるとしたら、ヒナとフレアだ。 そして血の繋がりがあるのはヒナだけなのだから……。 遥一郎「………」 どうなるんだろう。 今までの記憶が無くなることはないと、彼は言っていた。 信じていないわけじゃない。 『信じる』っていう言葉とは別に、人間とは弱い生き物だ。 この不安は……俺の弱さなのか? 遥一郎「……だろうな」 少し考えて、その場に腰を降ろした。 不安を感じない人間なんてどこかの回路がイカレちまってる。 深層意識っていうのは多分変えようがない。 だってそこは意識出来る場所ではないのだから。 それを軸に人は動いている。 人と人とが少しずつ違うのはそれの所為なんだと思う。 もちろんそれは誰かが決定付けたものじゃないからいつかは接触出来るのかもしれない。 だが思う。 たとえ科学で解明出来たとしても、 それは誰かが発見した事柄だというだけで、必ずしも正解とは限らない。 元よりこの世界にただひとつの正解なんて存在するんだろうか。 ……ヒナの記憶が確実に戻るという可能性は? 必ずふたつの記憶を混ぜた状態で戻ってくるという可能性は? 本当にゼロか? それは正しい計算なのか? 一体何を根拠にそんなことを言う? ……過信は人を滅ぼす。 だけど信じながら待てば、信じた分救われる時だってある。 もちろんその逆もあるのは当然だ。 俺は何を信じればいいんだろう。 からかう以外に人を疑うことには馴れていないはずだったのに……。 フレア「きっと、大丈夫ですから……」 結局俺は、その言葉を信じるしかなかった。 ───その時に思った。 誰かの言葉を信じれば後が軽いっていうのは本当なのかもしれない、って。 誰かの言葉を信じて、 その結果が悲しいものだとしてもその人に怒りをぶつけられるから。 だけど……俺はただ『そんなの、幼稚だな』と思った。 何が正しくて何が間違いなのかなんてのは知らない。 結局俺達は先人の知の下で動いているだけなのだから。 意思はあるけどそれは変わらない。 それは当然だ。 人は情報がなければ何も出来ないのだから。 本能で行えるものなんてタカが知れている。 三大欲求に走るか、破壊、殺人、自我崩壊の衝動に走るか。 俺が考える人間の程度っていうのはそんなものだ。 極限状態で人を気遣える人なんて居ない。 でも─── 遥一郎「……馬鹿か、俺は」 もうやめよう。 俺がいくら悩んだって、全ては部屋の中のふたりの問題だ。 成功すると言われた時ほど偶然が恐いことはない。 ……普段は偶然が好きなのに身勝手だな、と思った。 しばらくして、真凪センセが宿直室から出てきた。 真凪 「やあ、お待たせ」 遥一郎「ハイ、それでヒナは?」 真凪 「ヒナ?ああ、雛子さんのことですね?もう大丈夫ですよ、落ち着きしました」 遥一郎「……落ち着き?」 真凪 「いえですね?記憶の云々はすぐに終わったんですよ。     ただ喉が乾いたというので飲み物をあげたら悶絶しまして」 遥一郎「……参考までに訊きますが、一体何を……?」 真凪 「あなたも飲みますか?私が栽培した果実などで作ったジュースです」 どこから取り出したのか、スッと俺に飲み物を差し出す真凪氏。 ……別に変なニオイはしない。 色もオレンジジュースと変わらない。 ……では? 遥一郎「……はあ。それじゃあいただきます」 うん、と頷いてそれをグイッと一息でブファッ!! 遥一郎「ゲハァーーーッ!!」 うぅわ辛ッッッ!! 辛いよコレ!なにコレ!ワ、ワサビ!? 遥一郎「エェッホ!ゲホォッ!ウッフォッ!!」 真凪 「はっはっは、やっぱりこの顔は最高ですね。     言い遅れましたがこの中にはワサビが入っています。     しっかりとした擦り方をしたワサビを混ぜて、消臭の魔術を織り交ぜてみました」 遥一郎「そ、そんなの飲ませ───ゲホッ!ゴホッ!」 真凪 「あなたもどうです?」 フレア「け、結構です!」 フレアは物凄い勢いで首を横に振った。 懸命な判断だ。 これは自殺行為にも等しい。 本当に泣ける。 泣けますぞこれは! こ、これが感動!? 遥一郎「うー……と、とにかくヒナは中に居るんですね?」 真凪 「あ、呼びますよ。すぐに帰るんでしょう?」 フレアに薬箱を渡す真凪氏が微笑む。 そんななんでもない笑みが恐ろしいと感じるのは俺だけだろうか。 遥一郎「そりゃ帰りますよ。また飲まされたらたまったもんじゃない」 真凪 「はっはっは、また飲みたくなったらいつでも来るといいですよ。     今度はちゃんとしてものをご馳走します」 遥一郎「……ホントでしょうね」 真凪 「安心してください、その時はまず私が飲んでみせますから」 遥一郎「………」 まあいいか。 雛子 「お兄ちゃん」 遥一郎「え?ああヒナか。もういいのか?」 雛子 「うん、もう大丈夫。帰ろ?」 遥一郎「ああ。それじゃあ……」 真凪 「はい、またいつでも」 フレア「お世話になりました」 フレアが最後にお辞儀をするのを見ると、俺はさっさと宿直室前から逃走した。 ヒナとフレアが慌てて追ってくる中で、 真凪氏だけがクスクスと笑いながらその場に留まっていた。 ───さて。 遥一郎「……そういえばさ」 雛子 「うん?」 俺は家に戻ってから、自室でヒナと話していた。 記憶の云々で妙なところが無いか、不安だったことが大体の原因だ。 遥一郎「自分で何か変わったところがあるって思う部分はあるか?」 雛子 「うーん……べつに、     階段から落ちてお兄ちゃんが戻ってきてくれたところまでは覚えてるし───     それから病院で目を覚ましたところからも憶えてるよ。変な部分はないかな」 遥一郎「そか。よかったよかった」 うんうんと頷く。 障害とかは何もなさそうだ。 雛子 「ただ───」 遥一郎「うん?」 雛子 「………」 遥一郎「どうした?」 雛子 「……う、ううん、なんでもないよ」 遥一郎「……そうか?」 なんか凄く怪しげだったんだが。 雛子 「それじゃあわたし、部屋に戻るね」 遥一郎「ああ、何も無いとは思うけど、今日くらい何もするなよ」 雛子 「お兄ちゃん心配性だよ。大丈夫だから」 遥一郎「お前なぁ、そう言って俺を学校に行かせといて倒れてたのは何処の誰だよ」 雛子 「はう……」 遥一郎「…………わかった、ヒナはここで寝てろ」 雛子 「ここって?」 遥一郎「ん」 ポムポムと、俺のベッドを叩く。 雛子 「え───えぇえええっ!?」 遥一郎「やかーしぃ。いいから寝ろ。お前ってヤツを見てると心配でしょうがない」 雛子 「で、でも……だって」 遥一郎「なんだよ、人が惰眠を貪ってた時に人を枕代わりにしてたのは誰だ?」 雛子 「あ、あれは記憶がない時のわたしで───」 遥一郎「今だって似たようなものだろ?もとの記憶が入っただけなんだ」 雛子 「わ、わたしはその元の記憶がベースになってるんだよぅ……」 遥一郎「…………なんか地球人らしくない会話になってる気がしないか?」 雛子 「それはそうだよ……天界人っていう信じられない人達と関わってるんだもん」 遥一郎「───んー……ヒナ」 雛子 「え?なにかな、お兄ちゃん」 遥一郎「お前の変わったところ発見」 雛子 「なに?」 遥一郎「よく喋る」 雛子 「…………他には?」 遥一郎「なに?他を所望か?……そうだな……喋り方と物腰があの頃のヒナだ」 雛子 「だからさっきそうだって言ったよ……」 遥一郎「おお、そうだった」 雛子 「お兄ちゃん、もしかしてわたしの知らないところで……」 遥一郎「ん?」 雛子 「その……」 遥一郎「なんだ?」 雛子 「……頭、悪くなった?」 でしんっ! 雛子 「あいたっ!」 遥一郎「お前はっ!何をもごもごと唸ってるかと思えば!」 雛子 「だ、だってお兄ちゃん、なんか昔と違って変なんだもん」 遥一郎「これだけ時間が経てば変わるわっ!……まあ、大元の原因は観咲だが」 雛子 「観咲?」 遥一郎「うむ。俺と同じ高校に居るカタツムリの化身だ」 雛子 「……その人の所為でお兄ちゃんが変になっちゃったんだ……」 遥一郎「まあ、過言じゃないな」 雛子 「………」 なにやら異様な気配を感じたが無視することにした。 ああ、外から流れ込む風のなんと緩やかなことよ。 やがてうん、と頷くと、ヒナは俺のベッドに寝転がった。 俺はのんびりと参考書を読みながら、勉学の遅れを補おうとしていた。 ……故意じゃないとはいえ、休みすぎだろ俺。 そんなわけで一日は過ぎてゆく。 ───余談ではあるがその日以来、 観咲が『最近視線を感じる……』とか言うようになった。 よく解らんが、『スナイパーに狙われてる』と言ったあいつは、 間違い無く馬鹿なのだろうとひとり納得した春の日であった─── Next Menu back