───バーニングマイホームのコト───





02/桃色娘と僕

 ハッと気づけば叫んでいた。

「このお馬鹿さぁああああああん!!」

 あれからなんとか回復。多少の幸福感に包まれた俺は、それはもう絶叫した。
 目の前には少女。桃色ヘッドの文字通りな少女。

「ひゃややぁっ! ご、ごめんなさいですっ!」
「絶望と死の体感を同時に味わったよ! 安楽死ってやつがどれほど心地良いかって確信が持てそうなくらいだったよ!」
「ごめんなさいです……」

 リビングの床に座った少女が俺の叫び声にビクッと体を震わせる。
 そんな状況をふとした瞬間に客観的に捕えた瞬間、続く叫びは喉に詰まった。
 怒りはあるものの、初対面のちっこいのになにを怒鳴る必要が……と、心がセーブをかけようとする。ハテ、怒鳴る理由? 殺されかけました。……十分な気がする。

「はぁっ……! 落ち着け俺ぇえ……っ!! …………よし。……サクラ」
「み、みぅ」

 みぅ、で返された。
 返事なのだろうかそれは。

「お前が幸せを集める存在、っていうのはまあ……解った。信じられないって意識の方が強いけど、実際に絶望を味わわされたら納得するしかないし、話が進まない。で、だけどさ。……もっと、まともな魔法っぽいものは無いのか?」

 人が絶望して体が死を選ぶようなものじゃなくてさ。
 そう続けると、サクラが「……あるです」と返して、機械に手を当てる。
 途端、心が“ヒィ!?”と拒絶反応を起こした。もちろん止めた。阻止したとも。

「いやっ!その機械はもういいっ! 頼む、勘弁してくれっ!」

 ハッキリ言って、もう死にかけるのは嫌だ。
 絶望を味わったのは初めてじゃないが、好んで味わいたいとは絶対に思えない。
 そんな真剣さが届いたのか、機械に触れようとした手も正座中の膝に戻る。
 そしてもぞもぞしてらっしゃる彼女。……足、痺れたんだろうか。

「はぁ……その機械を使わなきゃ、魔法っぽいのは一切出来ないのか?」
「そんなことないです」
「だったら」
「でも……」

 うつむいて、言い渋る。
 たっぷりと時間をかけて、言うか言うまいかを悩んでいるようだった。

「……サクラの魔法は、どんな願いでも叶えることが出来る魔法です」

 そんな彼女がゆっくりと、視線を逸らしながら言う。その顔は、どこか寂しげだ。

「え? 凄いじゃないか」

 逆に俺は素直に驚いていた。
 どんな願いでもって、本当にどんな願いでもか?

「でも、その代償として……」

 あんな目にあった所為か、どんな願いでも叶えるという言葉に少し期待した自分。けど、ハッと気づく。よく見ると、サクラは震えていた。
 そんな様子に気づくと、サクラは一度大きく息を吐いて、俺の顔を真っ直ぐに見てから言った。
 その言葉は───

「……自分の存在が消えるです」

 ……静寂。
 息をするのも忘れて、その場に立っていた。
 嘘だろう? と問おうとしたが、顔を見ればそれが偽りではないことなんて解った。震えているのだ。寂しそうに。
 軽い気持ちで訊いた自分が恥ずかしく思えてきた。
 どんな願いを叶えることが出来ても、それとは別にひとつの命が消える。
 いや、消えるのは存在らしい。
 世界から、人の記憶から、記録から。
 全てから忘れ去られてしまうのだという。
 そして最後には消滅する。
 存在価値、存在理由、存在意義。
 全てから見放された者は、残った力とともに別の“何か”になるのだという。
 それが最後の、自分の存在理由なのだ、と。
 別の何かになることで、誰かが再び自分を見てくれることだけがせめてもの救い。
 ただそれだけ。
 自分では“変わる先”は選べないそうだ。

 人になれることもあれば、鳥や魚に。
 記憶が残ることは奇跡に近い。
 また、“自分の体”───つまり、存在理由の無くなった自分の抜け殻に変わる確率なんていうものは、世界中の生物の中のひとつになるということ。
 何億、何兆分の1の確率。
 そんなものは奇跡が起きたって有り得ないし、もし……うまくいったとしてもそこに自分の記憶が残っているとは限らない。

  “それ”の名前は“奇跡の魔法”。

 使うならそれだけの覚悟がいるのだという。

「……お前は、使うことが出来るか?」

 訊いてみた。
 すると少女は首を横に振り、呟いた。

「そんな勇気、ないです」

 それはそうだ。
 当然の答えだろう。

「……、……? あれ? でもそれが解るってことは、誰か使った人が居るのか?」
「……サクラの前の担当の人が使ったです」
「その人は、どうなったんだ?」
「家族以外に忘れられて、今は別の存在になったです」
「へえ……家族には憶えていてもらえるんだな。───……ん? 待て、それじゃあ……」
「……そです。サクラの前の担当だった人はレイチェル・イレーズ・ランティス。サクラのお姉様、レイラでしたです……」
「…………本当に……消えたのか……?」
「お姉様は幸せだったです。一緒に暮らしてた人を好きになって、その人のために力を使って、微笑みながら消えていったです」
「……そっか」
「………」

 なんとも居心地の悪い空気が流れる。
 重苦しい沈黙。
 どうしたものかな、なんて考えてもなかなか解決法は見つからない。

「………」

 ああいや、大事なことをひとつ忘れていた。そうだ、これがあった。

「そういえば、自己紹介がまだだったな」
「はう、そでしたです」

 どうして『そうでしたです』とは言わないのだろう。
 謎だ。
 “う”が嫌いなのか、この娘っこは。

「俺は穂岸遥一郎。仲良かったやつはみんな、名前から“よ”と“いち”を取って“よいち”って呼んでたよ。長い名前だし、与一って呼んでくれ」
「えと、どう書くです?」
「文字か?」
「です」
「えっとだな、まず遥か───って、書いた方が解りやすいな」
「目には目をです」

 それは違う。そうツッコミつつ玄関に戻って、荷物からメモ用紙とペンを持ってきた。

「待ったかい?」
「サクラも今、来たとこです」
「………」

 なかなかノリの良い娘だった。

「で、文字だったな」
「です」
「まず……」

 紙に自分の名前を書いてみた。サラサラサラ、と。
 サクラはそれを、じぃっと見ている。

「───と、こう書くわけだ」
「……なるほどです」

 穂岸遥一郎。そんな文字を見て、うんうんと頷く。
 そうしてから一言。

「だったら|遥《はるか》ちゃんです《ディシィッ!》みうっ!」
「それだけはダメだっ! って、それよりもさっき与一って呼べって言っただろう!?」
「えぐぅ……殴られたです……」

 痛みに耐えるように、額を押さえる少女。
 ちなみに殴ってはいない。デコピンだ。

「じゃあ、次はお前の番だ」
「……遥ちゃんの方が可愛いです《ディシッ!》みぅうっ!」
「ダメなものはダメ」
「えぐぅ……殴られたです……」

 再び額を押さえる少女。懲りることを知ってほしい。

「……解ったです。もう遥ちゃんって呼ばないです……」

 肩を落として呟く。そんなに残念に思うことでもないと思うんだが。

「じゃあ、次はサクラの番です」

 ペンを取り、サラサラと書き連ねてゆく。
 これで結構文字は上手いらしい。上手い……上手いよな? ていうか何語だこれ。

「───です」

 疑問を抱く俺を完全に置いてけぼりにして、満足げにフスーと鼻息荒く、胸を張る少女さん。
 ……メモ用紙を見下ろす。
 ……なにやら、謎の文字がある。
 なんと読むのかは一切謎だった。

「……なに、これ」

 訊いてみる。

「天界文字です」
「読めるかっ!」

 読めなくて当然だった。そしてまた“天界”である。天国の住人かなにかなんだろうか、この幸せクラッシャー様は。

「えっと、サファイア・クラッツ・ランティス。頭の文字を取って、サクラって呼ばれてるです」
「……サファイアって名前なのにどうして持ってるのが翡翠付きの機械なんだ?」
「これは天界で渡されたものであって、名前には関係無いです」

 腕の機械を見せる。そりゃそうだった。

「んん……」

 それをじっくりと拝見してみる。

「……これってさ」
「ふや?」
「攻撃魔法とか無いのか?」
「ないです。これは人を傷つけるためのものではないです」

 ……俺はそれで、傷つくを通り越して死にかけたんだが。
 そう言おうと思ったけど、やめておいた。

「じゃ、え〜っと……」
「サクラでいいです」
「そうか? じゃあサクラ。来て早速で悪いんだが、これを手伝ってくれ」
「どれです?」
「これです」

 届いた荷物を指差す。
 住まわせることは決定した。追い出したら絶対に夢見が悪い結果に繋がる。断言しよう。
 だからまずは数日。
 誘拐扱いになる前の数日間だけ様子を見るということで……捜索願が出されたらすぐにお届けしよう。
 それまではその〜……か、髪をお染めあそばれた派手好きの妹的な存在、ということで。
 なんて、思考を回転させていると、指をさしてまで促した荷物……主にダンボールを見て、少女が第一声。

「……入るです?」

 頭の中で花畑どころかジャングルでも栽培しとんのかこの娘っこは。

「入りませんです」
「じゃ、どうするです?」
「………」

 サクラにとってダンボールとは“入る物”らしい。
 変なヤツだ。
 いや、天界では当然のことなのかもしれない。
 天界って存在を信じますかと問われたら、とりあえず幸せクラッシャーズとして認識している、ということで納得。じゃないと話が進まない。

「で、どうなんだ?」
「はや?」

 心の中でした、“天界では当然のことなのか?”という質問は首を傾げられて終わった。……うん、心は読めないようだ。
 まあ当然か。

「えっとな、荷物の整理を手伝ってほしいんだ」
「……整理です?」
「整理です」
「サクラもやるのです?」
「サクラもやるのです」
「………」
「………」
「わ、解りましたです」

 小さく拳を握るサクラ。
 なにやら非常に頼りなさそうだが、人手は多いに越したことはない。

「じゃあ、二階の部屋まで運んでくれ」

 荷物のひとつをヒョイと持ち上げながら言う。
 サクラはコクリと頷いて、「解りましたです」と返してくれた。
 そんな彼女に「よし」と返して、荷物を持ったまま階段を登る。
 急な階段じゃないのは救いだった。
 たまにあるよなぁ、どうしてこんなに狭い階段にしたのかって思うやつ。

「……っしょ、と」

 部屋の前まで行くと、一度荷物を置く。
 ドアを開き、再度荷物を持ち上げる。

「……あ」

 と、そこでハタと思い出す。
 サクラに食器のダンボールは動かさなくていいって言っておかなくちゃな。
 そう思いながらも部屋の中にダンボールを置いた───その時だった。

  耳に届く、素敵な騒音。

 確認するまでもなく一階からだ。
 しかもあの音から察するに……食器でございましょう。
 結論に達すると、大慌てで階下へ。
 するとそこには腰を落としているサクラ。
 で、目の前には無惨に砕け散り、ダンボールの隙間から溢れ出ている食器の破片と。

「あ、あぅう……」

 おろおろとしながら、俺の様子を窺う少女が居た。

「……とっても、とっても、重かったです……」

 上目遣いに俺を見る。
 今にも泣き出しそうな顔だ。

「……はぁ」

 溜め息を吐く。吐くなっていうのは無理だ。
 まさか一歩目からこうだとは。いや、もちろん言わなかった俺が悪いんだが、何故にそのとっても重いものから運ぼうと思ったのか。

「ごめんなさいです……」

 よく見ると震えていた。
 脅えているのだろうか、俺に。
 そう思うと寂しい気持ちになってきた。

「あー……うん。まあ……その。そう脅えるな」
「………」

 そう言うと、サクラは首を横に振った。
 意地でも怯えたいと申すか。

「別に怒ってないから、な?」

 落ち着こう。
 ようするに、気持ちの置き方を変えてやればいいんだ。
 俺が先に言わなかったのが悪い。
 それで十分だ。

「俺が先に言わなかったから悪かったんだ」
「……違うです」
「え?」

 しかし、サクラはそれを否定する。

「サクラ、そう思われるのが一番悲しいです」

 ……なんだ? 意味が良く解らない。

「誰が悪いじゃなくて、結果としてこうなったからにはちゃんと言うべきことを言ってほしいです」
「………」

 どうやら、妙なところに意地があるようだ。

「……あのな、サクラ」
「………」
「確かに俺は誰が悪いかで考えていた。それは謝る。けどな、俺は思ったことを言っただけだ」
「………」
「ただ、出来そうに無いことだったら最初に言ってくれな。無理強いはしたくない」
「……はいです」

 サクラの横に屈み、ダンボールを開けてみる。
 中身はほぼ、落とした衝撃の連鎖反応で割れていた。
 中心あたりにあったものは……ありがたいことに、割れていなかった。

「これとこれとこれ……そしてこれ」

 それらを割れた物と分けてみる。……ん、なんだ。必要な物は大体ある。
 日常に欠かせないようなものは一応揃っていそうだ。
 ひとますは安心だな。

「よし、続けるか《くいっ》おわっと!?」

 言って、立ち上がる……筈だったんだが、服を引っ張られた。
 屈んだ体勢から立った勢いに引っ張られるように、軽く腰を浮かしたサクラが俺を見上げていた。

「どうした?」
「………」

 少し気まずそうな表情。

「サクラ、手伝うです」

 次いで、一生懸命な表情でそう言ってくる。

「無理するな、その気持ちだけで嬉しいんだ」

 ポン、と頭を撫でる。

「みうっ……サクラ、頑張るですっ……だから」

 必死に訴えてくる。
 ……この娘はこの娘なりに頑張りたいんだろう。

「……じゃあ、運んだ物の整理を頼む。それで……いいか?」
「……ありがとですっ!」

 目に涙を溜めながら、満面の笑顔で階段を登る。
 心底嬉しそうだった。
 根は悪い娘じゃないんだろう。どういった経緯で俺の幸せを狙いに来たのかは知らないけど、まあ……話が出来る相手がいるっていうのは、悪いことじゃあない筈だ。

「コケるなよっ」
「《ドグシャア!》ぴうっ!?」

 コケた。

「………」
「だ、だいじょぶです……ドジは踏みませんです」

 コケる前に言おうな。
 実にドジだ。

「頑張るです」

 小さく拳を握り、階段を駆け登ってゆく。
 それを見送りつつ、抱いた感想を口にしてみれば……

「……元気だなぁ」

 全てはそれだけに落ち着いた。それでいいんだと思う。

「よしっ、俺も頑張るかぁっ」

 ダンボールを持ち上げて、えっちらおっちらと階段を上がる。
 バランスを崩せば落下しそうなものだけど、階段の上り下りにはなによりも気をつけている自分だ、そこはご安心。
 階段を登り切ると、サクラがうろうろしていた。

「? どうした?」

 声を掛けてみる。
 すると、バッと向き直り、足早に近寄り、しがみついてくる。

遥一郎「おわっ……ど、どうしたんだっ」

 少し焦りながら言葉を繋ぐ。
 その言葉に反応してサクラが俺を見上げながら……

「部屋が、部屋が解らないですぅ……」

 ……と、情けない声を出した。

「解らない、って……あのなぁあ……」

 溜め息を吐きつつ、“ドアが開いてる部屋があるんだから見当がつきそうなものだろ?”と言ってやる。
 するとどうでしょう。「裏を掛かれましたです……!」と、真剣な表情で頷く。
 ……まいった。
 どういう|小宇宙《しこうかいろ》をお持ちなんだ、このピンクっ娘は……。

「サクラ、頑張るですっ」

 再びパタパタと走っていく。
 そしてコケる。
 コケるなよ、と言おうとした矢先にこれだ。

「えぐぅ……痛いです……」

 どうして何もないところでコケることが出来るんだ。
 器用、と呼べるのだろうか。
 ……呼べるな。
 疑問に思うことはない。
 この娘は別の意味で器用だ。

「はぁぅう……鼻をぶつけましたです……」

 わざわざ状況説明までしてくれる。

「はう、そです」

 そんな、一人賑やか劇場を展開していた彼女が、パッと顔を上げる。思わず“今度はなんだ”と身構えてしまった俺は悪くない。

「どうした?」
「与一、お腹空いてないです?」

 腹……? ああ、そういえば少しドタバタしたから……。

「ん、空いてる……かな」

 夜食になるけど。
 そんな俺の言葉を聞いて、ぱぁっと顔を綻ばせる。

「じゃあ、サクラが作ってあげるです!」
「えっ? お前が?」

 思わず問い返した。

「お前じゃないです、サクラです」

 いや、それは別にいいんだが。
 まあ自分で言うからには得意なんだろう。

「まあいいや、作ってくれるのか?」
「はいですっ♪」
「そりゃ助かる」

 って、待て。
 考えてみれば材料が無い。

「いや待てサクラ。考えてみれば材料が無い」
「………」

 サクラが、傍まで近づいて荷物を置いた俺を見上げる。
 そしてニコッと微笑んだ。……なんだろう、少女の微笑みに嫌な予感しか抱けない自分は、どこかおかしいのだろうか。

「だいじょぶです、材料なら天界から持ってきてあるです」
「へ? どこに?」

 見る限り、それらしきものは無い。
 思い返してみても、ダンボールにはサクラ以外は入っていなかった筈だ。
 そしてやっぱり天界。
 ……怪しい団体の回し者じゃないことを心から願おう。あんな目に遭っておいてアレだけど。

「この中です」

 小脇に抱えた小さなポシェットを見せる。
 いや、抱えたと言うか、ぶらさげているというか……。
 それにしても、料理の材料が入っているとは思えない。
 それくらい、小さい。

「……ビスケットが入ってるとか?」

 叩いて割れば塵になるまでいつまでもビスケットが食べられます、とかじゃあないよなぁ……なんて不安を胸に、訊いてみる。

「ふえ? ビスケットって何かの料理になるです?」

 いや、聞いたこともない。
 あるのかもしれないが、少なくとも俺は知らない。

「だってな、そんな小さなポシェットの中に、そんなに物が入るとは思えないだろ」
「そんなことないです。ほら、たくさんあるです」

 言って、ポシェットに手を突っ込む。
 そして出された手には───

「………?」

 リンゴがちょこんと乗っていた。
 それを俺に手渡すと、次から次へと出してゆく。
 梨、キャベツ、レタス、小僧星拉麺。野菜や果実、菓子もあればナマモノもあった。
 さすがにイキのいいアメマスを出された時はたまげたが。
 この小さなポシェットの何処からこんなに……。訊いてみたが、サクラもよくは知らないらしい。

「じゃあ、作ってくるです」
「食器はさっき出したやつ、使ってくれ」
「はいです」
「フライパンとかは食器の入ってたダンボールに入ってるから。指、切らないように気をつけてな」
「だいじょぶです〜〜〜っ」

 階段を降りながらの返事。
 慌ただしい奴だ。

「………………」

 さて。

「行かせてよかったのか俺……!」

 とりあえず悩むことにした。
 自信満々だったのだから、きっと大丈夫とは思うものの……いやいやそれもちょと違うだろ!
 ポシェットから食材!? 天界!? 幸せを吸い取る機械!?
 いろいろありすぎて理解が追いつかない!
 こんな時……こんな時は……!

「よし保留」

 解らなかった場合、理解出来るところから少しずつ受け入れるのが賢いやり方。
 OKそれでいい。

「……さてと」

 手当たり次第にダンボールを開けてゆき、中身を整理していく。
 ハテ、整理を頼んだ少女が料理をしに駆けていってしまったんだが、よかったのだろうか。
 ……気にしないでおこう。

「これはここで……うむう、本棚が欲しいな」

 参考書や辞書など、そういった本を置く場所もない。

「ぐはっ、机すら無いっ……!」

 重大なことに気づいてしまった。
 想定外だ。家に机がないなんて、想像の基準から外れていた。
 なんて、部屋の中で頭を抱えていると、後ろから声をかけられた。
 振り向けばピンクっ娘。

「どうした?」
「料理が出来るまで、散歩してきたらどです?」

 いや、“どです?”と言われても。

「極力、『う』は抜かすんだな」
「そんなことないです。ほら、料理って言ってるです」

 ……意地でも『う』を使わないってわけでもないらしい。
 というか自覚はあったんだな。直す気はないのか。……あったらとっくに直ってるか。忘れよう。

「それより、休憩は大事です」
「……そうだな」

 元々、荷物が届く前は散歩しようと思っていたんだ。お言葉に甘えさせてもらうとしよう。

「じゃあ、10分程度で戻ってくるよ」
「はいです」
「サクラも頑張れよ」
「もちろんです」
「その……。料理経験は……あるんだよな?」
「です」

 よ、よーし、安心。それなら安心だ。

「じゃあ、行ってくるよ」
「いってらっしゃいです」

 階下に降りて、靴を履き、外に出る。
 あれ? そういえば外、雨が降ってたんじゃ……
 そう思ったが、空は星で輝いていた。

「………」

 理不尽な天気だ。
 まあ散歩出来るからいいケド。

(とりあえず知らない場所だからな。その辺をうろついてみるか)

 道を忘れないように周囲の景色を見ながら歩く。

「………」

 静かだ。この時間で騒がしかったら困るけど、見慣れない景色だからだろう……そんな静けさがなんだか嬉しい。普通は不安になるんだろうけど、今は少し頭を落ち着かせたかった。

「あ」

 しばらく歩くと公園を発見した。
 結構広そうだ。

「おお、これぞ町のオアシス」

 やはり公園がなくては。
 中に入ってみると、思った通り中々に広い公園だ。
 よくある遊具と、砂場。ところどころに伸びた木々、綺麗に並んだ花々。
 山に続くかのように作られた石段を見つけて長いそれを登ると、そこは草原のような広場になっていた。
 綺麗な丘のような場所。
 街を一望出来る、見晴らしのいい場所だった。

(これで、ここらへんにででんと大きな木でもあればなぁ)

 そんなことを思ってしまう。
 木に登って見下ろせば、もっとよく眺められそうなのに。

「っと、そろそろ10分くらい経ったかな」

 じゃ、帰ろう。
 石段に向き直る───と、なにかが視界によぎる。

「?」

 何かが見えた方向を見る。

「………」

 どうやら、何かの建物のようだ───って、学校じゃないかっ!

「オウ……」

 校舎があった。
 よく見ると坂にはなっているが、道のようなものもあった。
 目で道を辿ると、校舎の裏側に続いている。
 こっち側からでは見えないけど、多分ここと向こう側を繋ぐ道になっているのだろう。
 なんとなく気になり、道を降りてみる。
 と、その前に立て札を見つけた。
 ……よく見えないな。
 えぇと……この先、高ノ峰高等学校……。

「高ノ峰ぇっ!?」

 これから自分が通う学校の名前が、そこにあった。

「………」

 驚いた。うん、驚きましたよ僕ァ。
 まさか偶然にも、近道を発見するなんて。
 よし、覚えておこう。

「それはそれとして」

 家に帰らないと。いやいや、一人だからって独り言が多いのは、夜道が怖いとか不安だとかじゃないぞ? ほんとに。うん。ほんと。
 考えても仕方のないことを振り払いつつ、降りた坂を再び登っててっぺんまで辿り着く。そこから家に続く道を──────……あれ?
 ちょっと待て。
 なんかさっきと景色が違う。
 目に映る町並みの景色に目を疑う。
 なにやら、一軒の家から白煙が舞い上がってらっしゃる。

「……バ、バルサンか?バルサンだよなぁ」

 とりあえず己の中の落ち着いた現実を叩きつけてみる。
 チラチラと赤いものが見えたりするが、あれはきっとトマトだ。
 断じて炎などではない。
 そう思い込み、その場に向かう。
 トマトが唸りを上げ、煙を出している場所───マイホームへ。
 う〜む、凄まじいトマトだ。
 家を侵食してゆく。
 周囲の家の民は寝ているのか、騒ぎひとつ無い。そりゃそうか、トマトだもの。
 この地方ではトマトが家を喰らうのか。新発見だ。
 などと物凄い現実逃避をしているうちに家の前に辿り着くと、サクラが慌てていた。

「はうぅっ! 与一ぃっ……!」

 俺を見つけるなり、しがみついてくる。

「か、火事です! コンロが爆発したです! 炎です! 炎が止まらないです」
「落ち着け! あれはトマトだ!」
「はゃやっ!? トマト!?」
「───トマト、だったらよかったのになぁ……!」

 くうっ、信じたくなかったとはいえ、本当に火事とは!

「魔法でなんとかならないのかっ!?」
「あ……そでした」
「おいっ」

 サクラが腕の機械のスイッチを押す。
 すると家の上空に大きな輪が出来て、そこから勢いよく霧状の水が吹き出される。

「………」
「………」

 火はあっと言う間に鎮火した。

「……は……わはははは……」

 とりあえず笑った。
 なんという前途多難な状況だろうか。
 住む家が無くなってしまった。
 それどころか参考書や辞書や着替えまでもが……。
 これをどのように叔父に説明しろと言うのだ。
 借りたばかりの家を一日も経たずに燃やすなんて。
 怒るかな。
 怒るだろうなぁ。
 ああ、どうしまショ。

「サクラぁ……これ、魔法で直すとかは……」
「ご、ごめんなさいです。直すことは出来ないのです……」

 ぬおお……なんてこったい……!!
 終わった……。
 嗚呼、俺の人生って一体なにさ……。
 幸せを胸に埃の溜まった家に来て、掃除した後に骨組みの上で寝て、素性もよく解らない女の子と住むことになったと思ったら今度は家がトマトで炎上……。
 俺って……もしかしなくても不幸……?

「はははははは……はぁ……」

 人間、心底呆れたりすると笑えると言うが、本当らしい。
 しかし、それが溜め息に変わるまで、さして時間はかからなかった。
 幸いなことは周囲の方々が気づいていないことだ。
 自分の家が火事になっても気づかないだろう。
 夜中で良かったよ。
 ああ、でもこれからどうすればいいんだよ……。

「……これから、どうすればいいと思う……?」

 藁にもすがる思いでサクラに訊いてみる。
 きっとまだ現実に心が追いついていないと自分でも解っていながら。

「あ……あうぅ……」

 まともな答えは返ってこなかった。
 いいや、激怒を覚悟で叔父様に電話してみるか……。

「えっと、携帯は……」

 ああ、そっか、確か家の荷物に───って……目の前の焼けた家を見やる。

「……は……はははは……」

 ……やっぱり不幸ダー……。





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