───100億円の爆発タマゴのコト───
21/昼ガッデム  ───キーンコーン…… 「お昼だよーっ!」  連続の授業内容にチンプンカンプン状態で腐っていた観咲が復活した。  ご丁寧にツヤツヤと瑞々しい。新鮮って意味ではなく。  早速コトリと取り出した弁当を机に置くと、ハンケチーフをしゅるりとほどくは観咲さん家の雪音さん。 「んっふっふ〜♪ おっべんっとおっべんっと───グレイシーヌ!《どーーん!》」  誰だよ。そこは嬉しいなと歌っておけよ。  そう思いつつも弁当片手に観咲に近づく自分。 「やあ観咲くん。俺と一緒に食わないか? 今なら漏れなく、強引に弁当を摩り替えるぞ」 「ヤ! ひとりで地獄見てなさいよホギッちゃんの馬鹿!」 「ちょっと待て! お前に馬鹿とか言われたくないぞ!」 「慣れれば珍味なんでしょー!? ほらほら早く食べなよー!」  サクラ弁当を彼女にあげたいつか以来、観咲は俺からの弁当は受け取らなくなっていた。  ちなみに今日の俺の弁当は、俺自身が作ったものだ。味にも自信アリ。  じゃあ何故交換なんてものをするのか? ……ほら、その。なんか友達っぽいじゃないか。  危険なおべんとを押し付ける、とかじゃなくてさ、普通に相手のお弁当と交換して、“オベントオイシイヤッター!”とか言いたかったのだ。 「観咲。俺の名誉のために言っておくけど、これは俺が仕込んで作った弁当だ。美味さは俺の保証付きだぞ? 血統書なんかに負けてない」 「……ホギッちゃんって時々真面目にボケるよね……」  軽い冗談を混ぜてみたら、引き気味に言われた。苦笑顔が辛い。 「そうだよね」  次いで、真由美さんにまで言われた。  ……あれ? そんなにつまらなかった? ……うん、つまらないな。 「僕はキミのそういうところ、嫌いじゃないよ」  けれども蒼木だけはにっこりと微笑んでくれた。  ……地味にいいヤツだ。言う時は言うのが玉に瑕だけど。 「ありがとう蒼木……! そう言ってくれるのはお前だけだよ……!」 「嫌いじゃないついでにいいかな。よかったらお弁当、僕のと交換してみないかい?」 「おお喜んで。……ところで───それは誰が作ってるんだ?」  言いながらも弁当を交換。  渡されたハンケチーフに包まれたソレを開くと、そこには綺麗な彩りのお弁当が……! 「うん、僕だよ」 「へぇえ……観咲の分は?」 「雪音のお母さん」 「へー……それじゃあ蒼木はそのおふくろさんに教わったのか?」 「いや、僕には昔、先生が居てね。その人に教わったんだ」 「先生? ほほぅ、料理の先生か。蒼木の腕を見るに、相当な人だな」 「どうだろうね。いろいろな面で凄い人だったけど、どこかおっちょこちょいな人だったから」  なにかを思い出したのか、蒼木はクスクスと笑った。 「不思議だなぁ」 「うん?」 「あ、いや……」 「───ああ、ハハ、そういうことか。穂岸くん、良かったら屋上で食べないかい? こんな天気の下で食べるお弁当はきっと美味しいよ」 「屋上でか? ……や、いいけど」  屋上か。結構見晴らしもいいし、悪くない提案だ。  ……が、そういう行動に誰よりも反応するおなごが挙手してまで割り込んできた。 「あ、あ、じゃあわたしもっ」  観咲である。ああ、当然の如く観咲だ。真由美さんがこういったものに割って入ってくるわけがない。……愛しの鷹志くん相手なら、どうなるか知らんが。 「ごめん、今日はふたりで話したいことがあるんだ」 「悪いな観咲、あの屋上、二人用なんだ」 「ホギッちゃん! 屋上を私物化したらだめだよ!」 「そういう意味で言ったんじゃない……珍しくこういうネタっぽいこと言ったんだから、せめて拾ってくれよ……」 「……穂岸くん。なんだかんだ言って、雪音との会話を楽しんでいるのかい?」  ヴ。心がぎくりと躍動した。  いや待て、あんまりに突っかかってくるから、その度に適当に扱うのはよくないって思っただけで、断じて可哀想だとかそういう意味でもなく、ただ急にこういう時に返せるネタとかをわざわざ調べたわけでは……! 「ネタって言ったよね? へぇえ〜……ふふっ? 穂岸くん、わざわざ調べてきたの?」 「ウェッ!? い、いや、そういうわけじゃ……」  “ただ、なにかを通してサクラが知ったことを、その、解説付きで言われたから、それを真似てみただけなのだがー”とわたわた身振りや手振りを加えて説明してみれば、にっこり笑う蒼木と真由美さん。  ……意地の悪いところで意思疎通でもしてんですかアータら。 「? なに? ホギッちゃんがネタ? 調べた? ───ホギッちゃんお寿司好きなの!?」 「───…………お前って、ほんと観咲だよな」 「ほえ? なにそれどーゆー意味?」  こてりと首を傾げられた。  続いて「あ、わたしガリ好きだよ。いいよね、ガリ」と笑顔で言う。やだ、なにこれ。たまにこんな純粋な笑顔を見てると、頭とか撫でたくなっちゃうんですけど。 (…………)  ヒナが生きてたら、どんな学園生活送ってたんだろうな。いや、それよりも俺自身がどんな人間になっていたのか。  ……シスコン? まあ、今の自分を振り返れば、当たらずとも大正解。……ん? 言葉の使い方がおかしい? おかしいことはない。当たってないけど大正解なんだ。当たりと正解は違うだろ。それでいい。それがいい。  と、脳内が賑やかに論争を繰り返していると、結局は二人になりたいという意見を前に出した蒼木を前に、観咲がぷくっと頬を膨らませた。 「ぶー、いいですよーだ。ホギッちゃんなんか屋上でおべんと食べて、水筒でお茶飲んでる時にゴミが水に入って風流じゃねーかとか言ってればいいんだよ」 「おい待てそれのどのあたりが風流なんだ」 「樹から離れて道に落ちた桜ってごみだよね? お猪口のお酒に桜が落ちて風流だーとか言ってる人ってすごいよね!」 「お前今すぐ花見を心の支えにしているリーマンさんや桜を愛する人々に謝れ。あと過程からして間違ってるから。そりゃ道に落ちた桜はホウキとかで集めて捨てるごみだぞ? でも道に落ちる前ならセーフだから」 「ホギッちゃんてば屁理屈屋さんだねー」  苦笑された。なんだか悔しい。 「うほんっ! ……例え話をしよう。アイスを食べてたら棒からアイスが落ちた。お前は咄嗟に手で受け止めた。ほれ、それはごみか?」 「ホギッちゃんすごい説得力だよ! ごみじゃないよ! そ、そうだよね! アイスは棒から落ちてもアイスだよ!」 「床に落ちたら?」 「……さ、三秒るーる?」 「さ、リーマンさんたちに謝る準備をしような?」 「がっでむー!!」 「いやいやここでガッデム言うの、リーマンさん側だからな? なんでお前がちくしょうなんだよ。……いや、もしかしてその触角が畜生の証……《ごくり》」 「やっぱりホギッちゃんってヘンなところでヘンだよね」 「どんな言葉だよそれ……場所と性格をヘンって言ってるなら教室が可哀想だろ」 「ホギッちゃんの性格の中の妙なところがヘン」 「言い直すなよ……たまに実感すると傷つくだろ」  高校デビューして変わりたかった部分だってあるんだから、ほっといてくれ。  そう思うのと同時に、もし大人になっても交友が残ってたら、花見の度に地面に落ちた桜の花を3秒以内に観咲の猪口に入れまくってやろうと密かな野望を抱いた。  野望っていうか……小さいなぁ俺。 「まあいいや、うん。まゆちゃんまゆちゃん、一緒に食べよ?」 「うん、おかずの取りかえっこしよっか」 「えへへぇ、解ってるねぇまゆちゃん! それじゃわたしはこの梅干をあげるから、その見事で立派な唐揚げぷりーずっ!」 「……ゆきちゃん、釣り合いって知ってる……?」 「知ってる! 梅干要らないからから揚げちょーだいっ!?」 「全力でいやだよ?《にこー》」  そんな会話をよそに俺と蒼木は屋上を目指した。  階段を上り、果てが見えるまで。  やがて扉に遮られた踊り場に立ち、そのノブを回した。  軽く音を立てた先に広がる世界は───とても、白かった。 「うん、いい天気だ」  太陽を身に浴びて、蒼木は微笑む。  どうしてこんなにも穏やかでいられるのかね、こいつは。 「じゃ、そこの段差でいいか?」 「いいや、屋上の最良ポイントは出入り口の上だよ。さ、座ろう」 「おう」  梯子を登ってその場に腰掛ける。  ……ここ、名前なんて言うんだろうな。出入り口の上。なるほど、名前が解らないならそれ以外に言いようがないな。  給水塔の横? ……いや、それじゃあちと違う。 「はい、これが僕のお弁当。味の保証は出来ると思うよ」 「ああ、以前ご馳走になったメシは本当に美味かった。疑う余地はないよ」  弁当を交換しながら言う。俺の弁当も今日は会心の出来だからな。満足───は微妙だが、がっかりはさせないだろう。 「いただきます」 「いただきまーす」  手を合わせたのち、弁当をつつく。  相変わらず美味い。  いったいどういう練習をしたらこんなに美味くなるんだ?  謎だ。訊いてみようか? ……訊いてみよう。ニンゲン、スナオ、イチバン。 「美味いな。どうやったらこんなに上手に作れるんだ?」 「僕がキミに教えることなんて何もないよ。こんなに美味しいじゃないか」 「そうか? 敵わないと思うけどな」 「それは自分の味だからだよ。もし並べて誰かに食べてもらったら、きっと味が解ると思うよ。思うけど……うん、僕もこの料理の腕だけは誰にも負けたくないけどね」 「へぇ、どうして?」 「大切な思い出の味なんだ。この味では誰にも負けたくはない」 「……へええ……蒼木にも負けたくない何かってあるんだな」 「それはそうだよ。他のどれでも負けていいけど、これだけは負けたくない」 「よっぽど大切な思い出なんだな。もしかしておふくろさんとかの思い出か?」 「え……はは、……実はね、僕は両親のことは全然覚えていないんだよ。僕を捨てたっていう事実しか知らない。顔も覚えていないんだよ」 「……っていうことは……」 「そう、さっき言っていた僕の先生の思い出」 「よっぽどいい先生だったんだな。今どうしてるんだ?」 「………」 「?」  質問してみれば、途端に黙って悲しそうな顔をする蒼木。  そんな顔をされてしまっては、さすがに“……あ”と気づくこともある。 「悪い……そういうことか」 「謝らなくてもいいよ。それにその人は亡くなったわけじゃないんだ。ただ遠くに行ってしまってね。もし帰ってきてくれるのであれば、それまでこの味を忘れたくないんだ」 「なるほど……女か?」 「ははっ、なんだかんだ言って、穂岸くん。きみも結構、詮索が好きなのかい?」 「うわっ、そういえば質問責めにしてるよな……悪い」 「いいんだよ、僕はキミとなら友達になれると思ってた。元々隠し事をするつもりもないから。ただひとつを除いてはね」 「隠し事? あるのか?」 「人間なら誰でもあるよ」  そりゃそうだ。  なに馬鹿な質問してるんだ俺は。  とはいっても、相手が蒼木の場合はちょっと考える。……嘘とかとは無縁っぽい、人畜無害な顔してるもんなぁ。 「さて、教室でのことだけど。“不思議だなぁ”の続きを聞いていいかな」 「え? あ、ああ……気になったか?」 「なんとなくね。予想はつくけど」 「……蒼木はその人のことになると随分と穏やかに笑うからさ。いったいどんな人だったのかなって。それを言おうとしたんだ」 「それだけかい?」 「うん? ああ、それだけ、だと思うけど」 「……うん。その人はね、親に捨てられた僕と一緒に生きてくれた人なんだ。やさしくて綺麗で、真面目なんだけどどこかおっちょこちょいでね。でもそんな彼女を見ていると、僕も悩まなくて済んだものだよ」 「彼女? やっぱり女なのか」 「言ってなかったかい?」 「あ〜───ああ、そだな、初耳だと思うが」  さっきは詮索好きって話で流れた筈だ。だから、答えはもらっていない。 「気になったんだけどさ。もしかして、その……先生? 女? の、人のこと、好きだったとか?」 「……まいったなぁ、穂岸くんはなんでもお見通しなんだね」 「エ?」  アノ、冗談ダッタンデスケド……?  蒼木に好きな人……!? 最初こそ観咲が彼女なのではとか思ったりもしたけど、まさか、まさか───! ど、どんな相手なんだ!? やっぱり温厚? それとも真面目そうだけどドジで抜けてる人とか!?  あ、でも先生ってことはきっと年上だよな。でも年上ってどのくらい年上? “先生”って括りにもいろいろあるから……ああいや、今は俺の想像は置いておこう。それよりも蒼木の答えを。 「そう、僕はその人のことがとても好きだったんだ。一緒に居られるだけで幸せだったんだよ。でも───突然、彼女は旅立ってしまった」 「なにか用事? 理由? があったんじゃないのか? というか聞いてないのか? どういった部類の先生だから知らないけど」 「先生っていうのは料理のだよ。歳はそこまで変わらない。理由や事情に関しては……うん、どうだろうね……。でも恨んでなんかいないんだ。なんとなく解る。僕の終着駅があるのなら、それはきっと彼女の居る場所なんだよ」 「……よっぽど好きなんだな、その人のこと」 「うん。彼女も僕を受け入れてくれたんだ。それがとても嬉しかった。だから……病弱な僕じゃなくて、今の───そう。元気な僕で、もう一度気持ちを伝えたい」 「そっか。……ん、ごちそうさま。弁当美味かったよ。あと、ついでにノロケ話もごっそさん」 「あはは、こちらこそごちそうさまでした。うん、やっぱり美味しかったよ。機会があったらまた交換したいね」 「お易いご用だ。むしろ俺の方が頼みたい」 「そう言ってもらえると嬉しいよ。それじゃあ教室に戻ろうか」 「ああ、そーだな」  その場から飛び降りて着地する。  ドアノブを掴んで回し、校舎の中に入るまでに至り、俺は少し考え事をしていた。誰かのためにあそこまで考えられる人が居るんだな、とか。  俺もいつかは“恋人”なんてものが出来たとしたら、こんな風に思えたりするのだろうか。 「………」  ……想像つかないな、俺に恋人なんて。  忘れよう。 22/放課後ガッデム  ───キーンコー…… 「下校だよーっ! げこー! げこー! ひゃっほい帰れるー! げこうげこー!」  ホームルーム終了を迎えると同時に観咲が飛び起きた。昼が終わってからずっと寝ている彼女の凄いこと凄いこと。  センセ達はやる気のない者はまるっきり無視してたし、観咲はそのままず〜っと寝てたし。だって言うのにホームルームが終わった途端に覚醒。凄いとしか言いようがない。  もしかして、あの触角になんらかのレーダーでも備わってるんじゃないか? とか、そんな勘繰りもしてしまうほどだった。だってほら、今もなんかゲコゲコ言ってるし、きっと人のカタチをしたガッデムに違いない。 「澄ちゃん帰ろー!」 「うん、そうだね。穂岸くんも途中まで一緒にどうかな」  蒼木に誘われた。友達と帰宅……いいな。これぞ友達って感じだ。  頭でっかちの青春なんて、人に誘われない限り静かなもんだしな……とほほ。 「ああ、帰るか。あ、真由美さんは?」 「あ、ごめんね。なんか呼び出されちゃってて」  ついでって言ったらアレだが、真由美さんに声をかけると困り顔。  呼び出し? センセか? 「呼び出し? センセ?」  俺の考えと観咲の言葉が被った。……あれ? 普通友達間だとこういう時は“あ、俺も今それ考えてたわー、やっべマぁジウケるー! ムァ〜〜ジプァヌェ〜んですけディョ〜ン”とか言うんだったか? ……ウケないからいいか。あと気色悪い。 「うん、誰だろ……手紙が入っててさ」 「それって───」 「わわっ、ラヴレター!?」  俺の少し後ろ側で話を聞いていた観咲が、俺の肩に手を置いて乗り出すようにして声を張り上げる。  ……おい、そういうのって普通、椅子に座ってるやつに立ってるヤツがすることだろ、ぴょんぴょこ跳ねてまでするんじゃない、アホの子なのかお前は。すまん馬鹿だった。 「耳元でラヴとか言うな」 「いーじゃん、ホギッちゃんてば心狭い。でもラブレターかぁ……実物を見るのは初めてだよわたし」 「だな。一言で済ませるなら“右に同じ”だな」 「そだね。じゃあ私は“左に同じ”」 「お前はいつも自分で書いて誰かに送ってるんだろ?」 「送らないよぅ、好きな人も気になる人も居ないもん」  大体わたしにラブレターなんて似合わないよ? なんて言いながら、観咲は笑う。  似合うかと言われれば……まあ、似合わない。けどギャップは相当なもんだろう。むしろ送られたヤツは大層驚くんじゃなかろうか。手紙を見て、ドキドキしながら差出人を見たら……それが恋文ではなく果たし状であること確認する、みたいな。でも中身は間違い無く恋文なわけだ。送り主の名前だけで果たし状と受け止められるその生き様、実に見事。  長々と思考を続けてしまったが、ちらりと見た真由美さんはとっくに答えは決まっていますって風情で鞄を手にする。で、俺達ににっこり笑うと、 「すぐ済むから待っててくれる?」  と仰った。おお……勇者がおる。  恋文を受け取って、指定された場所まで律儀に赴き、その上で瞬殺すると言っておられる。  え? 誰がラスボスの勇者物語だって? ……差出人なんじゃないか? 「ほえ? 済むって……なにが?」 「え? 用事だよ、用事。これこれ。それじゃね。校門で待っててくれたらすぐ行くから。あ、先に行っててくれてもいいよ?」 「んー……ねぇまゆちゃん。わたしも行っていい? 見たことないから気になるな、告白」 「だーめ。お前はこっち」 「《ぐいっ》きゃーっ! セクハラーッ!」 「腕引っ張っただけで誤解招く言い方するなっ!」  勇者抹殺劇場なんて、友人に見られて嬉しいものじゃないに決まっている。  だから、うずうずと飼い犬のようについていこうとする観咲を止めたのだが……こやつ、我が思うよりもわがままであったわ。そりゃそうか、こいつだし。 「ノアちゃんの体だけでは飽き足らず、今度は《ぼかっ!!》みぎゃっ!?」 「ちょっとこっち来いお前……!」 「あぁああああ冗談ですごめんなさいぃいっ! 悪気は無かったんだよぅ! だからやめて! あまり痛くなかったけど怒るホギッちゃんとか苦手だからやめてー!」 「ダメだよ雪音、言っていい冗談と悪い冗談の区別をつけなくちゃ」 「だだだってこれくらいのことならいつもホギッちゃんがいたたたたたっ! 耳引っ張らないでよ千切れるよぅ〜っ!」 「それじゃ、真由美さん。またあとで」 「うん、すぐ追いつくから」  にこやかに軽く手を振ると、教室を出て視界から消えていった。  あんな顔して、差出人を斬りにいくのだ……だが待て、ここで女って怖いとか思ってはいけない。  断る方だって大変なのだ。好きな人が居るなら余計だ。むしろ全部無視したっていいとさえ思っているくらいだ。なのに律儀に向かうのは、真由美さんにとってのその恋……あー、恋人? 婚約者? との関係を、誠実なもののままで想い続けたいって思っているからだろう。  いいな、青春だ。 「うう、まゆちゃんに先越されたー」 「安心しろ観咲、相手が居ないお前じゃあ先を越す以前の問題だ」 「澄ちゃん、ほらー」 「そうだね、それ以前の問題だね」 「そっちのことじゃないよぅ!」  どっちのことだ、とは言わない。  困ったことに、確かに観咲相手だと口が滑りやすいというか、結構キツいこと言っている自覚がある。  一応部分部分で謝ることにはしているものの、謝ったからって次も言っていいって話じゃない。気をつけよう、うん。 「まあいいだろ、それは。ここでこうしてるのもあれだし、校門に行くか?」 「そうだね」  蒼木を促して歩き出す……のだが、ハッシと袖を掴まれてしまう。  振り向いてみれば、にっこり笑顔の観咲さん。 「───……ねねね、気にならない?」 「ならん」 「ならないね」 「なんのことかも言ってないのに即答しないでよぅ!」  即答したら笑みが崩れた。そりゃそうだ。 「おお、それはすまん。それでなんの話だ?」 「えーとね。まゆちゃんの相手」 「ラヴレターの差出人か。気にしなくても相手、フラれるぞ?」 「え? そうなの?」 「ああ。マスター……ああ、仕事場の親父サンの話だとさ。真由美さんには将来を誓い合った相手が居るらしいぞ」 「うわ、この喩えようのない敗北感はなに……?」 「いつから勝負になったんだよ。ていうか、勝負にならないだろ?」 「ヒドイよぅ! 今言ってるのはそういうことじゃないでしょー!?」 「え? 違うのか? てっきりそうなのかと」 「えぇ? ち、違うのかい?」 「澄ちゃん最近ノリよすぎ……」  確かに。案外適当に話をしたが、詰まることなくスラーっといったし。 「さってと、話も終わったところで校門で待つとしようか」 「だめ。友人としては相手を偵察することが定であると思いますのです、ホギッちゃん先生」 「うーん……雪音? それって友人として最低のことだと思うけど」 「チッチッチ、解ってないなぁ澄ちゃん。もしまゆちゃんにフラれたショックで相手が危険なこーどーに走ったら誰が止めるの?」  言いつつ、なぜかムンッとポーズをとる観咲。  ……え? お前が止めるの? 「あ……そうだね、それは深刻な問題だね」 「こらこら、純粋な性格を利用して騙すな騙すな」 「騙すなんて人聞き悪いよぅ」 「悪いのはお前の頭の中だけだ」 「うーきゃーっ! どうしてこう関係ないことばっかり言うのさーっ!」 「蒼木、行こうか」 「そうだね」 「ホギッちゃん! ホギッちゃんこそ澄ちゃん騙さないでよー!」 「騙してない。お前と一緒にするな」 「むかむかぁーーーっ! ふんっ!」 「《ごげしっ!》くぉあっ!? な、なにすんだよ!」  のっしのしと肩を怒らせ接近してきた観咲が、俺の左足をゴシャアと踏みつけてきた。  体重の乗った、良いストンピングだった。 「ッあーらごぉめんあさぁっせ!? そんなところに足があるなんて思いませんでしたわ!」 「───」 「《どげしっ!》いたぁっ!?」 「おやおやダメじゃないですかもっと離れて歩かないと! うっかり踏み潰してしまいましたよ!」 「のしのし歩いてきといてうっかりとかないよホギッちゃんのばか!」 「お前に言われたくないって言ってんだこのばか!」 「うー!」 「ぬー!」  ……最近の俺、子供。  自覚がある分、思い出すと後で赤面なんだけど、困ったことに観咲がこう、打てば響くみたいな性格のため、つついては一緒に燥ぐような時間が増えている。  蒼木はそんな俺の立ち方がなのなく解っているのか、「うーん……友達と兄妹を同時に持った気分だよ」なんて言って笑っている。  当然こっちもそんなことを言われると、子供な自分がバーンと顔を出すどころか飛び出すわけで。 「ヒナはこんなアホゥよりよっぽど良い子だったわっ!」 「こんな兄なんて冗談じゃないよ!」  ほら、こんなもん。  また「うー!」とか「ぬー!」とか言って睨み合う俺達は、実に子供だった。 「じゃあ行こうか。先に校門で待ってるよ」  そしてそれを軽く流す蒼木、大人。 「ああ行く行く! 行くって!」 「わたしはまゆちゃんの行く末を見に行くーーっ!」 「だからやめろって! 結果は見えてるんだから!」 「む〜……ホギッちゃんが譲らない───……あ、そだ。澄ちゃん来て!」 「? なんだい雪音《がしっ》え? ……雪音?」 「あ、おいっ!」 「ふはははは! 雪音ちゃんは大変なものを盗んでいきました! えーとなんだったけ、えと、ぶ、物理的に! そう物理! うわーははははーーーっ!」  観咲が蒼木の腕を掴んでゴシャーと走り去って行く。  ……やられた! 蒼木を連れていかれては、一緒に帰るという“実に友達らしい行為”が潰されるも同然。  そんな青春を送りたい俺は当然ついていくしかなく…… 「あははははー、僕連れ去られるみたいだー」 「笑ってる場合かーーーっ!! あ、あーもう!」  とっても愉快そうに笑いながら連れ去られる蒼木。  あれはあれで楽しんでいるようだ。……まあその、俺も。  その証拠に、顔は勝手にニヤケるし、この足はまるで正当な理由を得たとでもいうかのように、喜々として二人のあとを追うのだ。  ……可愛くないな、俺。 ───……。 ……。  で。 「………」 「あはは」 「はぁ……」  結局こうなるんだな。  俺もほとほと意思が弱い。  しかし校舎裏の薄暗い一角にて、真由美さんと謎の男子生徒を発見。  ここまで来てしまったからには、目を輝かせて耳を澄ませる以外に取る行動がありましょうか。いや無い。 「あ、あの……俺と付き合ってくだ」 「ごめんなさい」 「!?」 (早ァッ!!?)  ……南無。  あまりの即答っぷりに、男子生徒が驚いてる。  即答というか、相手のセリフに食い気味どころか喰らいついていた。 「好きな人が居るから他の誰とも付き合えないの」 「そ、そいつの名前はっ!?」 「……言ったところでどうにもならないでしょ?」 「うぐ……こ、この……少しモテるからってムカツク態度とりやがって!」 「幻滅してくれれば嫌いになれるんじゃないかなって。……好きになるのが悪いとは言わないけど、ハッキリ言わないと引き下がらないでしょ? ……わたしだって、こんな言い方したくないよ」 「ふざけんなこのっ!」  あ───逆上した男が真由美さんに襲いかかった! 「観咲っ!」 「任せて! 狙撃のかみさま、わたしに力を! シュートヒム!」  観咲が地面に落ちていた石を拾って、鋭く投げつけ───って真由美さんに当たったらどうす 「《どぼぉっ!》うげぇっく!?」  当たったぁあーーーっ!? すげぇ! しっかり男子に当たったよ!  どんなコントロールしてるのキミ! とか思った時には観咲はとっくに走り出していて、反射的に振り向いた男子生徒へと飛びかかっていた。  そして「スーパージャンピングニーパァーット!」 「《ドズゥッ!》ぐぅぁっ!?」  投擲した石に怯んだ男の脇腹にジャンピングニーパットをキメる観咲。  突然の不意打ちにやられた所為か、それとも純粋に観咲が強かったのか。男は観咲がつけた助走の勢いのままに大地に倒れた。  で、観咲は着地、大勢を整えながら、「技巧の神の力を! ゼブラの芸術的てくにっくを与えたまえー!」とか言っていて。 「フィニッシュニィイイイドロップゥウウッ!!!」  倒れた男の腹にニードロップを炸裂させると、問答無用で沈黙させた。 「うわぁ死んだぁあーーーっ!!」  当然傍から見ていれば惨殺劇場チックな状況だ。  慌てて駆け寄ってみると、観咲はけらけら笑いながら言う。 「死んでない死んでない。ほら」  指差される男はピクピクと痙攣していた。  ……ああ、生きてた。 「……与一くん?」  で、隠れていたのに出てくれば当然見つかるわけで。  真由美さんの低い声に肩をビクゥと弾かせつつ、振り向けばそこに。 「あ、いや、俺はそのっ! こここれは観咲のヤツが!」 「そっかぁ、覗き見してたんだぁ」  にこにこと笑いながらジリジリと近づく真由美さん。  そんな真由美さんの笑顔になにかの危険を感じるっ……! 恐怖っ……! これが恐怖っ……!! ……恐怖なら割と感じてたな。べつに初めてじゃないしそそそそこまで怖いものでもごめん嘘ついたやっぱり怖い! 「落ち着こう、暴力はいけない」 「暴力はしないよ。一応助かったから。でももうやめてね」  恐怖を感じさせる笑顔が苦笑に変わる。  思わずホッと息を漏らした俺は悪くない。 「んー……まゆちゃん、好きな人居るから断ったの?」 「うん、そう」 「わ、言いきった。あ、ねねね、その人の名前訊いてもいい?」 「……訊いてもどうにもならないと思うけど」 「いーのいーの。まゆちゃんが好きな人ってどんな人?」 「う……ん。やさしい人だよ」 「おお! 名前ー! 名前教えれー! 名前知りたい!」  両手を挙げてまで騒ぐ観咲のテンションは、実にやかましい。テンションがやかましいっておかしな言い回しかもしれないが、ほんとそんな感じなのだ。  居るだろほら、存在がやかましいっていうか、話すだけでやかましいって人。あれだ。あれのテンション版。 「お前なぁ……“教えれー!”じゃないだろ」 「だって気になるじゃん。気になることは知ろうとすることが大事って、ガッコのセンセに教えてもらったし。なんかね、脳がよくなるらしいよ?」 「言っておくけどそれ、考えることが大事なんであって、すぐに答えを知ったら意味ないって解ってるか?」 「え? 知ろうとすることだよね?」 「そうだな、知ろうとすることだ」 「知ろうとしてるよ?」 「ちっとも考えずに答えを得ようとしてるの間違えだろ」 「………」 「………」 「わたしセンセに騙された!?《がーーーん!》」 「そうじゃねぇよ」  つい強い口調でツッコんでしまった。  そんな俺と観咲のやりとりに笑い始めた真由美さんが、やっぱり“仕方ないなぁ”って感じで苦笑を残して口を開いた。 「いいんだよ与一くん。えっとね、ゆきちゃん。わたしの好きな人の名前はね、橘鷹志って名前なの」 「たちばな、たかし?」 「うん」  苦笑からとても嬉しそうな顔に変わり、真由美さんは微笑んだ。  その頬がとても赤くて、彼女は本当にその人が好きなんだなぁ、と感じました。まる。まるで小学生の読書感想文並みの残念な感想だ。 「わーわー……! いーないぃなー! わたしもそんな人欲しー! 名前を呼ぶだけで顔が赤くなるとか、すっごく好きってことだよね!? ね!?」 「え、えぅ、う、ぅうぅうん……!《かぁああ……!!》」 「おおお! 聞き方によっては“ううん”って否定してるようにも見える頷き! うきゃー! まゆちゃんかわいー! かわゆいー! ねーねーまゆちゃん! 恋ってどうすればできるの!? わたしもしてみたい! やっぱりえっと、パンかじって曲がり角!?」 「……ゆきちゃん、さすがにそれはないよ……」 「………」  想像してみる。  パンをかじった観咲と誰かが曲がり角で。 =_=/イメージ! イメージ!!  ドドドドドドドド!! 「んぐぐんぐもぐっ! はむふっ! んぐぐもぐーーーっ!!」  速ァーーーい!! パンをかじりつつ全力疾走をするのは我が高ノ峰高等学校の雄───観咲雪音だァーーーッ!!  普段からやかましい女! 観咲雪音! 学校へたどり着くことよりもパンに夢中で前方不注意甚だしいまま突進するゥゥ!!  遅刻を目前としたこの状況! セーフでかざれるかァーーーッ!! 「《ドグシア!》グワーーーッ!!」  あぁーーーっとモブくんふっとばされたーーーっ!!  曲がり角から出てきたモブくん! 為す術なく空を飛んだーーーっ!! -_-/ホギっちゃん  ……うん。 「とりあえず曲がり角での出会いじゃ、お前はパンを優先して男なんぞ吹き飛ばすと思う」 「なっ! なんてこと言うのホギッちゃん! わたしだって誰かにぶつかったらきちんと───」 「実はそのパン、とってもおいしいと評判の限定パンだったんだ」 「ぶつかってくる方が悪いよ!《どーーーん!》」  つまりパンは美味しい。  結論も出たところで、この逆切れ男が復活しても困るということで移動することにした。  もちろんその際、男子生徒は放置されっぱなしだ……ったんだが。  彼は観咲の厚意で、額に“肉”と“王”と“中”と“M”と“|无《ウー》”を書かれ、上着を剥ぎ取られた上にシャツに“逆ギレナンパ男”と書かれていた。  真由美さんがやりすぎだよぅと止めたけど、自業自得ってことで解決した。むしろさせた。観咲が。  ああ、なんていうか平和だなーっと……。 22/暴走したノアさん  観咲たちと別れ、自宅もどきの玄関扉を開けると、おきまりのただいまーと言いつつ中に《どがしゃーーーん!》……やあ、またなにかトラブルの予感がするよ。  入った途端に大量の片手鍋とかが落ちたみたいな音がするって、どんな事態でしょうか。  ていうか宅にそのような数のお鍋はなかった気がするのですが。  なんでしょうねこの不安感。ああほら、漫画とかである風呂のシーン。自分以外に人が居ない描写なのに、桶がどこかにぶつかったカポーンって音が鳴る恐怖に似たアレ。あれどうなってるんだろうな。  などと風呂の桶にの音についてを考察していると、どたばたと広くもない廊下を駆けてくるサクラの姿。 「よよよ与一ぃいいッ!」 「《がばーっ!》おうわっ!? ど、どうしたっ!?」  その勢いのままに抱き着いてきたのだから、なにやら恐ろしいことが家の中で起きていることを、なんというかもうご恒例とばかりに受け入れた。ああまたか、と。 「ノアが! ノアが暴走してるです! 与一が出ていってから暴れ出したです!」 「ノアが……?《ぴとっ》ぉんっ? ……ってノアッ!?」  背中になにかが寄り添う感覚。  首を動かしてみてみれば、背中に両手と頬を添えるようにしてくっつくノアの姿……が、かろうじて見えた。全体図見えたら俺の首とかろくろっ首級だろう。怖いわ。 「みぎゃあ出たですーーーっ!《ズシャーーーアアアア!!》」  ノアの姿を確認すると同時に凄まじいスピードで離れてゆくサクラ。  その一方でノアが俺の背中に寄り添ったまま、すりすりと頬を滑らせてくる。 「ノ、ノア?」 「はい……マスター……」  とりあえず顔が見えないのはやりづらいので、ノアへと体ごと向き直る……と、ぽー……という擬音が合ってそうな顔で俺を見上げるノアさん。  ……え、なに? なんなんだ? 一体何が起きている? 「おいサクラ、暴走って」 「中に入ってみれば解るです!」  いつの間に移動したのか、部屋の入り口からこちらを覗くように言うサクラさん。  あの、なんかすっごい怪しいですよ? と、なんとなく警戒してしまう。だってあんなこと言われたらなぁ。  入った途端に謎の仕掛けがズガーと出てくるとか想像しちゃうよな。  ───なーんて、そんな考えは甘かった。 「なぁっ……!? なんだこりゃぁああっ!!」  部屋の入口をくぐってみると、その先は荒廃していた。荒廃っていうか……ひどく崩壊っていうか……。 「だッ…………だだだダメじゃないかサクラ……! ここぉここここんなに散らかしちゃッ……!」 「サクラじゃないですっ! どーして真っ先にサクラを疑うですか!」 「…………ノア?」 「………」 「……《ぴとっ、すりすり》……いやあの……おーい、ノアさーん?」 「ますたー…………」 「…………《すりすり》」  再び背中にひっついて、すりすり。だめだこりゃ。  などと思っていると、部屋の奥の窓がガラァと開き、何故か見て聞いたことのある有名な宅配ピザの店の制服を着た男が現れた。 「よー、元気かお前らー」  思考停止。───え? 不法侵入!?  そこまで考えてようやく再起動。侵入者ァァァァと叫ぶよりも戸惑いが勝ってしまい、思うように動けない。  ……だが、そんな俺をほっぽりっぱなしで、男は俺を見るなり人懐こそうな笑顔ですたすた近寄ってきて、俺の肩をバムバムと叩き出した。 「おーおー! お前かー! お前が穂岸遥一郎かー! いやーもういっちょ会いたかったんだ丁度良かった! せっかく来たのに会えないとかめんどいもんなー! あ、これ土産。さあ受け取れ」  頭が混乱している最中にアレコレホレコレと状況が流れてゆく。  気づけばポンと渡されたものが手の中に。 「……卵?」 「卵なら任せろ。天界名物の竜印卵だ。竜印食堂の卵黄丼は至高の味と言えるだろうなぁ」 「………」 「ところで……これはなんの遊びだ?」  ピザ男が俺の背中のノアを指さしてきょとんとする。  いや。いやいやいや、それ以前に言わせるべきこととかあるだろう。 「その前に。あんた誰?」 「俺か? 俺はレイル・ベルナード。サクラかノアから聞いてなかったか?」 「───《ぴくり》」  レイル。今、レイルと申したか。 「───そぉ〜かそぉか〜……あんたがレイルかぁ……! 一発殴らせろぉおっ!」 「なにぃ!?《ブォンッ》ひょいとな」 「うおっ!? っとっと」  すかさず殴りかかってみるも、あっさりと避けられた。  いやまあ、避けられるようにひどく大振りなものだったりもしたが……殴りたいって気持ちはもちろんありました。ハイ。 「いかんなぁ、そんな私怨を抱いた攻撃じゃあ俺は捉えられんよ。つか、避けさせる気満々だっただろ今───の?」  がしょんっ、という音を耳にした。  お蔭でレイルとやらの声に疑問が混ざり、振り向けばそこに。  ……なんというか、“振り向けばそこに”っていろいろな物語によく使われてそうだよな。  BGMとかの名前でもありそう。でも振り向いた先にあったのは、大変物騒なものでございました。 「え?」 「お?」  突如、ノアの頭のメットから物騒なモノが顔を出したのだ。“がしょん”の音の正体はこれだろう。  ええとなっていったっけ。あー…………ああそうそう、ガトリングカノンとか───ガトリングカノン!?  え、あ、お、あわっ、と慌てている内に、それはキュイイイイインという“もっとも”な音……まあつまりはそれが出すのだとしたらそういう音だろうなぁと奇妙に納得してしまうような音を出しつつ、回転したのだ。  え? ああうん、もちろん銃口はレイルとやらに向けて。 「おぉわぁあああああああああっ!!?」  ガラタタタタタとけたたましい音とともに、火花……のようなものが散り、レイルのやらを襲った。  連続して放たれるソレは痙攣しているように見えるほど勢いよくレイルとやらを撃ち付け、やがてそれが終わると、そこには蜂の巣となたレイルとやらが……!  ……なんてことにはならなかった。  カロロ、と床を転がってきた弾が気になって拾い上げてみると、なんとそれは大豆であったのだ。  マア、節分が楽しみ! ……じゃなくて。 「いぢっ……! いぢぢぢぢ……! ちょっと待て……! アークってガトリング砲なんて装備してたか……!?」 「……わたし以外にマスターに近寄る者は……邪魔……」 「………」 「………」 「……なぁ少年。こういうの、地界でなんと言ったか」 「無理に低温絞り出した声を出さなくても雰囲気とか伝わってるから……ええと、なんていったっけ。……や、やんでれ?」  心が病んでらっしゃる人が好きな人のために“なんでも”出来ちゃう不思議な名称。  恋ってスゴイ! でもそれって支配欲とか独占欲だよね?  だったら止めなければだ。人を想うこと、それはきっと素晴らしい。けど、だからって人を傷つけていい理由にはならないだろ。 「ノアッ!」  だから、振るった。軽くだが、拳を握って……ノアの頭に、落とす。 「あ───」 「だめじゃないかこんなことしたら! この家は借り物なんだぞ!?」  いやそこじゃないだろ。とツッコミが入りそうだが、ごめんなさいやっぱりこのレイルとやらには私怨が……!  そ、そう! こいつ撃つ分には全然構わない! でも流れ弾が飾り物とかを傷つけたら俺にはどうしようもないんだッ! 「…………ふぇ……《じわり》」 「!?」 「ま、ますたーが……ぶった……《じわじわじわ……!》」  ギャアア涙が蓄積されていっている! ああ泣く……泣くねこれ……! 「《ブンッ!》」 「……《スッ》」  もの凄い速さでレイルとやらに向き直る。───と、彼はただただ合掌するのみであった。よく解らないけどこれあなたが原因でしょうが! 教育係ならそこで合唱せず諭すくらいしてくれません!?  こうなるって解ってても、だからってダメなものをダメと言わないでどうする! 「ノア、いいか? 借り物は壊しちゃダメだ。俺のものだったら壊しても“俺が”許せるけど、他人の物はその人の思い出があるかもしれないんだ。それを“借りていた人”が壊してしまったら、どうやっても侘びることなんて出来ないんだよ。“許してくれたならそれでいい”じゃないんだ」 「……ますたー……」 「ノアが俺のために何かをしたかったことは嬉しいけど……こういうのはダメだ。人に迷惑をかけちゃいけない」 「………」 「わかった?」  かつての日、妹にそうしたようにやさしく、けれど言うことだけはぼかさないようにハッキリ言う。  言われたノアはどうしてか、すぅう、と息を吸うみたいに軽く顎を上げるような動作と一緒に目を見開いて、けれどそれもすぐに引っ込んで……俯き、ぽつりと呟いた。 「……マスター……わたし、迷惑ですか……?」 「え?」 「マスターの傍に居たいんです……他の誰にもマスターの傍に近寄ってほしくないんです……これってわがままですか……?」  いや、わがままっていうか……そもそもなんで? と俺はツッコミたい。  なのに隣にやってきてドドンと胸を張るレイルとやらが、「ちっとも迷惑じゃないぞ。だから存分に甘えろ」などと言い出すものだからさあ大変。  ていうかノア? ノアさん? キミも「はいっ」とか嬉しそうに言わないで!?  俺なんにも言ってないからな!? ちょっと待とうよ! 待って!? なに勝手に話進めてますかアンタらぁあっ!  ツッコミたいことや訊きたいことが多すぎて言葉に詰まっていると、そのレイルとやら……ああもうレイルでいいや。レイルが俺の肩に手を置いて、ダンディっぽく見せたいような引きつった笑みをして「地上の理解者よ、娘を頼むぞ」などとほざきやがった。 「って……むすっ!? 娘ぇ!? むすっ……えぇっ!? その外見で年齢とかどうなってんだあんた!」 「軽いジャンガリアンジョークだ。“教育係り”の俺が親なわけなかろうが」 「………」  もうやだ天界人。 「ん? ああ、ところでサクラは?」 「はぁあ……サクラ、サクラね……。確かそこらへんにキャーーーッ!?」 「居たか? ってキャーーーッ!?」  軽く探してみれば、部屋の先の方で倒れているサクラを発見。  どうやら流れ弾が当たったらしい。 「サ、サクラぁああっ!?」 「こりゃいかん! 瞳孔が開いてる!」 「そういうことはせめて目を開けて確認してから言え!」  少なくとも駆け寄りながら言う言葉じゃない。 「まあ冗談だ。さっきの弾はただのスタンブレットだったみたいだな。ちなみに地界で言う大豆に似ているが、パライビーンっていうシビレ豆だ。衣服越しだろうとシビレさせる」 「あんた食らってただろうが」 「常に腹筋を絞めて、あらゆる毒に対抗している俺に隙はない。いやまあ空界で散々食らってたから、ノアに会う時は抗体になる薬飲んでるだけだけど」 「……やっぱり殴っていいか?」 「フフフやめておけ。俺は強いぞ」 「………」  相手が強いからって出来ないツッコミほど歯がゆいものはないとつくづく思う。  ともあれ、気絶したサクラを抱き起こし、ノアには背中に張り付かれ、溜め息を吐きつつ─── 「んじゃあちょいとお邪魔するぞ。|天鶏《てんけい》の卵は最高だからなー」  妙に高揚しながら家を闊歩するお方を見送りながら、俺は少々涙した。  ああくそ……なんだって俺がこんな目に……。 ───……。 ……。  その後。 「うーむ、地界の茶ってマズイなぁ」  正直な感想を頂いた。 「文句あるなら帰ってくれ」 「はっはっは、せっかく降りてきたのにいきなり帰るようなことが出来るもんか。あ、エッグ弁償してくれるなら別だが」 「エッグ? ああ、あの玉子みたいなアレか。いくらだよ」  可能なら払うから帰ってくれ。そしてもう来るな。 「おお、支払う気満々か。えーとだな、100エルフィムだ」 「エル……なに?」 「エルフィム。地上で言えば100億」 「払えるかぁっ!」  100億って! あんな爆裂卵が100億って!  ていうか別にそれほど空気もよくなった気がしなかったんですが!? 「おいおい、無茶言うなよ。天界の極一部でしか手に入らない稀少石で作られたものなんだぞ? 本来なら地上金なんぞでは交換するなんて馬鹿馬鹿しい話だ。100億って言ったのは俺の良心だぞ?」 「壊したのは俺じゃないだろ……!」 「ほお、ならば貴様はサクラに押しつけると?」 「送ってきたアンタが悪い」 「はっはっは、おお、そう来るか。だが残念ながらエッグを送らなけりゃサクラ達が倒れるだけだったんだぞ?」 「なんで」 「天界と違って、地界は空気が汚れているからなぁ。こんなところで行動を続ければいずれ倒れる。病気にならないためにも必要だったのさ。地界の医者なんぞにその病は治せない」 「アンタは病気になったりしないみたいだけど」 「鍛え方が違うからな!《ビッシィーーーン!》」  ……ご丁寧に決めポーズまで取る目の前の人を見て、少々引いた。  もうやだ、実家に帰りたい。あー……蒼木よ、お前だけが俺のオアシスだよ……。  実家は言ってみたかっただけだ、あそこにはもう帰りたくない。 「ところで、いつまで背中にノアをくっつけてる気だ?」 「気になるんだったら取ってくれよ……」 「面白いから断る」 「くはっ……」  もういや、この人……。  などと思っていたら、文句を言いながらも茶を飲みきったレイルがガタリと立ち上がる。  するとあからさまに高揚する俺の心。“帰れ!”と心が叫んでいる。 「お前本当に解りやすいな……まあいいけど。そんじゃあそろそろ帰るかねぇ。……あ、そうそう。ノアのことが気になるんだったらディグに会うといい」 「ディグ?」 「リュオルク・ディグメイル・マルドゥーク。“天界の知”って言われたほどの回復業に長けたヤツだよ。そいつに聞いてみればそいつの症状も解るだろ。そんじゃな」 「ああ是非さっさと帰って───って待て待て待て!」 「ふっ、見送りの言葉は要らねぇよ《ニヤァアーーーン!!》」  ニヤケ顔を隠しもせずに見せつつそんなことを言う。  見送りの言葉、欲しかったのか。じゃなくて。 「なに寝ぼけたこと言ってるんだよ。その人の住所知らなかったらどうしようもないだろ」 「……どうでもいいがさ、初対面に近い相手にその口調はどうかと思うぞ」 「アンタの所為でどれだけ人が苦労したか考えればこれくらい当たり前だ!」 「あらそう。で、住所だが───ほれ、これが住所だ」  ごしゃーと紙に文字を書き連ねて俺に渡すレイル。  ……マテ、紙とペン、どっから出した。ていうか最初から渡す気だっただろこの人。 「……隣街?」 「そゆこと。明日どうせ日曜で休みだろ? 行くなら行け。───したらな!」  言うだけ言って、握り拳から人差し指と中指だけを伸ばした右手を軽く振るうと、彼は走り、なぜか窓から出ていった。  …………。なんでピザ屋の制服だったのか、訊くの忘れた。 「………」  なんだかなぁ……まあいいや。  さてと、明日までどうするかなぁ、この状態。 「ますた……ますたぁ……」 「うう……背骨がゴキゴキ鳴ったです……」  ……こんな筈じゃなかったんだけどなぁ、俺の素晴らしき一人暮らしの人生。  とほーと溜め息を吐いていると、耳に届くは電話の音。  誰だろう、と首を傾げつつ出てみれば、『ィヤッホゥ! ホギッちゃーん!』という元気な《がちゃん》……ふう。 「えーと、今日の夕飯はどうするか」  なかったことにした。  大丈夫、俺の家に電話をかけてきて、名乗ってもいないのに人をホギッちゃん呼ばわりするヤツなんざ居ない。  なのでOKこれでOK《prrrrr……》…………。 「《ガチャッ》もしもし?」 『いきなり切らないでよぅ! ひどいじゃないのさホギッちゃん!』 「……お前が俺になんの用だ……」 『明日ヒマ?』 「ヒマだったがたった今用事が出来た。お前と遊ぶ時間はない」 『あーうー、ひどいよー。用件くらい聞いてよー』 「聞いても行けない。明日は隣街に用があってな」 『わーお、バッチリなタイミングだー! わたし達も隣街に遊びに行くんだー!』 「うそつけ」 『……即答はひどいよぅ』 「それじゃあな、もしホントなら駅で会うことになるかもな。時間は教えん」 『あぁヒドーイ! 時間くらいいいじゃ《ブツッ》』  悪は去った。 「ふう……ところでノア? そろそろバイトなんだ、離してくれ」 「………」 「《ぎゅー》ノア……」 「………」 「《すりすり》…………どういう状態なんだろな、これって」  頭が痛い。  ───ちなみに。  結局このまま仕事に行くことになって、真由美さんとマスターに散々冷やかされることになった。  ノアはいつまでも背中から離れないため、仕方なく負ぶさることになって……  俺は常連さんに“子守りの穂岸”という異名をつけられてしまった。  うう、泣くぞちくしょう……。
ネタ曝しです。 *グレイシーヌ  おべんとおべんと嬉しいなーという謎の歌に突如割り込んできたなにか。  べつに意味はなく、検索するとアークザラッドのこととかが出てくる。 *オベントオイシイヤッター!  忍殺語的なアレ。  いきなりな忍殺語は無用なNRSを引き起こすので、たぶんホギッちゃんはもう使わない。 *ああ泣く……泣くなこれ……!  電撃ドクターモアイくんより、父蔵が危険時にこぼしたモノローグ。  もうどんな状況だったかは覚えておりません。  ああ……死ぬ……死ぬな……こりゃ……。 ◆あとがきでござんす  未更新のまま一年と三か月経っちゃった。  うる星のラムさんが言ったら「経っちゃったっちゃ」って凄く言いにくくなる。関係ないですね。  ラムさんといえばReゼロがアニメ化しまして実におめでとうございますです。  はい、凍傷はレムさんが大好きです。ラムさんの話をしてたくせに。  しかし最近あんまりにも小説に集中できないので、頭の中を小説だらけにしたいなぁとともかく筆ではなくキーボードを手にする習慣を。  そして書いている途中で寝オチするわけで。  時間が無いは言い訳だー! なんて以前は思っていたものですが、最近体が疲れやすくなりまして、起きていられない……!  ああっ……それにしても時間が欲しいっ……! 眠気と人間性をささげるので僕に時間をくださいゴッド。   と、いうわけで。  基本、ギャフター以外はそのままUP、ギャフターは活動報告で報告する方向で行こうかと思います。 Next Menu back