───ニ馬鹿とワサビのハーモニーのコト───
23/休日ガッデム  ───翌日。  本日は隣町にいらっしゃるディグとやらと会うべくお出掛けの予定。  当然、いつ戻れるか解らないから、マスターに事情を話して仕事の休みを貰った。  マスターの対応はとても暖かく紳士的であり、実に大人だなぁと落ち着いて事情を話せた。もちろん居候がおかしくなったのでちょっと天界人と会ってきますなんて、馬鹿正直に言えるわけもないので……まあその、ちょっと病院に、って感じで。  そんなこんなで駅に来たわけだが…… 「あ! やっほーホギッちゃーん!」  どうしてあいつが居るんだ……? そしてどうして俺に向けて手を振ってらっしゃるのか。手というか、腕ごとブンブカと。 「うっふっふ、こんなこともあろうかと朝から張ってた甲斐があったよーーーっ!《ドジャァアーーーン!》」  ものすごいドヤ顔でふんぞり返ってらっしゃる。  馬鹿だ……みんな〜、ここに馬鹿がおるよ〜……。 「でもさすがに朝はまだ冷えるね」 「蒼木も来てたのか」 「強引に連れてこられちゃって。でも悪くないね、朝の空気は美味しいよ」 「毎日嫌でも吸ってるだろ?」 「休みの日は違うものだよ。ああ、いい天気だ。こんな日はいい出会いがある気がするよ」 「そうか?」  うん、と頷く蒼木は、それじゃあ行こうかと先を促してくる。  時間もいい頃だ、むしろさっさと切符買わないと面倒なことになりそう。 「えっと、行く場所って隣街でいいんだよね? ホギッちゃん」 「ああ、そこのガッコのセンセに用があるんだ」 「ガッコのセンセに用事……ハッ! もしかしてホギッちゃんてばその学校の生徒じゃないことをいいことに、退学届を突き付けてえーとえーとげこくじょー! とか……!」 「いきなり物騒な話に持っていくな」 「あはは、そだねー」 「まあ雪音の発言は置いておくとして……穂岸くん、サクラちゃんは?」 「留守番。ちょっとスタンブレットくらってな。ノビてる」 「?」  サクラもな……“サクラもついていくですー!”と張り切っていたんだ。早朝までは。けど撃たれて気絶した。気絶したならしょうがない。  ともあれ、他愛ない話をして、電車に乗る。  やがて流れる景色を眺めると、少しは気を紛らわすことが出来た。 「ところで穂岸くん。ノアちゃん、どうしたんだい?」  紛らわしていたら、早速訊かれてしまった。  気にしないでくれてよかったのに。  そう、ノアは未だに俺にしがみついている。座席に座った俺の右側に座り、右腕にぎゅーと抱き着いて離れない。  思い出せば呟くように、ますたぁますたぁと言っている。 「その……なぁ。……昨日から甘えられてるんだ……。助けてくれるなら命の覚悟をしてから助けてくれ」 「わぁ、物騒だねホギッちゃん。でもそれって大袈裟《ツキューン!》だよっ───!? …………《ぼてっ》」 「? ……雪音?」 「なんだ観咲、眠かったならすぐ寝ればよかったのに」 「なんだ、そうなのかい?あはは、雪音は眠るの早いからね」  ノアとは逆の隣に座っていた観咲が、無言で面を上げたアークの銃口から放たれた豆によって、ぼてりと気絶。  なんか微妙に白目をむいている観咲の顔を手で覆い、それを調整する。大丈夫、バレてないバレてない。  今はまだやすらかに眠れ、観咲。……けど、ああ、なんでこんなことに……。  狙撃したノアはノアで、俺の腕に体を預けて幸せそうな顔をしている。  “これだけ”だったらまだカワイイのになぁ。 (ああ、平和だ。平和、すっごい平和。平和ダイスキィイ!!)  サワヤカに無理矢理な現実逃避をして景色を楽しむことにする。  ……観咲の左隣の蒼木は、少々疲れ気味の俺を見て小さく笑った。  俺もそれに苦笑する。  あー、ほんと、なんかの病気なら治してもらわないとなぁ。  そんなことを考えながらノアの頭を撫でる。  昨日解ったことだが、ノアは俺に頭を撫でられることがとても好きなようだ。  撫でるととても嬉しそうな顔をする。  そんなノアを見ていると、昔にもこういうヤツが居たなと思って苦笑するのだった。 ───……。 ……。  ───さて、いろいろあって現地に到達。 「右も左も解らないね」  しかし、隣街に辿り着いた途端、俺達はいきなり道に迷った。  考えてみれば俺はこっちのことは何一つ知らないのだ。  それは蒼木も同じらしく、俺達は─── 「おぉおーーーっほっほっほっほげぇーーーっほごほっ!! 〜〜……女王さまとお呼びーーーっ!!《どーーーん!》」  ……こいつに希望を託さなければならないのかもしれない。 「らっきーだねホギッちゃん! わたしの案内受けられるなんて最高だよ!」  最高に不幸って意味だろうか。……いっそ迷ってしまおうか。  迷ったら迷ったで駅はどこか訊ねればいいんだし……。 「よし、俺は適当に回ってみるよ。お前の手は借りん」 「うわ、意地っ張り。でもそーだね、わたしたち学校には用がないから」 「こちらに居るっていう雪音の叔母に用があるんだよ。僕はそれのボディーガードらしいんだけどね」 「言っちゃ悪いと思うけど、ボディーガードには見えないよな」 「はは、同感だね。構わないよ」 「そいじゃあホギッちゃん、わたしたち行くね。会えたら一緒に帰ろーね〜」 「おー、アディオース」  恥ずかしげもなく手をブンブン振る観咲に言葉だけ返して歩を進める。  さてと……学校ねぇ。 「……って、そっか。駅には大体地図があるもんだよな。えーと……」  学校学校……お、ここか。  |鈴問《すずとい》高等学校……ああ、なんだ、近くじゃないか。  しかし鈴問か。後ろに“土”とかをつけて、レイモンド高等学校って名前にしようって珍妙なセンスが校長にはなかったんだろうか。  ……校長は関係ないか。設立者さん、もうちょっと楽しく生きてみようよ。 「よし、行くかノア」 「………」  ……ノアは相変わらずホケ〜としている。  なんなんだがなぁホント。  まぁそれを確認するか治すかするために紹介された場所だし、なんとかなるだろ。  行こう行こうさっさと行こう。 24/脳味噌ピーカンガール  -_-/観咲雪音  お空は蒼天、輝くお日様しゃいにんぐ。  ゆえにわたしは上機嫌であるっ! すこぶる上機嫌なのだっ!  晴れっていいよね。なんか元気になる。  遊ぶなら断然雪景色だけどね! 「OHO〜H中骨の〜骨髄〜♪」  思わず意味不明な歌を歌っちゃうくらいに上機嫌!  何故ってそれは─── 「上機嫌だね、雪音」 「う? あ、解る? 叔母さんに会うの久しぶりだもん。昔からやさしい人だから久しぶりに会いたいって思ってたんだー」 「そうかい? それはよかったね」 「よかったよかったー」  そう、叔母さんは昔からやさしい人で、いろいろとやんちゃをしてたわたしを可愛がってくれた人。  わたしは小さい頃から叔母さんが大好きで、会える用事が出来ただけでも嬉しい。  何度でも会いにくればいいんだろうけど、電車賃だって馬鹿にならないし。 「僕にもそういう人が居るのかな」  ふと、澄ちゃんが立ち止まってそんなことを言った。  でもわたしが少し先を歩くとまたトコトコと歩く。 「んー……どうだろね。でも叔母くらい居るのは普通だよ?」 「うん、そうだろうね。はは、何を言ってるのかな僕は」  んむー……澄ちゃんには前からこんな意味不明な部分があったけど、最近は特にだ。  もしかして─── 「ホギッちゃんの毒素に感化された?」 「はは、あまりヒドイこと言っちゃだめだよ」  澄ちゃん否定。  でも絶対そうだと思うよ。  ホギッちゃんに会ってからの澄ちゃん、なんかヘンだもん。 「……澄ちゃん、その言葉わたしが苛められてる時に聞きたかったなぁ……」 「苛められてたかい?」 「ホギッちゃんと言い争ってる時、どう見たって苛められてるよぅ」 「楽しそうにしか見えなかったよ。だから今日も穂岸くんを待ってたんじゃないのかい?」  うぐ……澄ちゃんてば妙なところで鋭い。 「うー、結構傷つく言葉も言われてるんだけどさ。でも張り合いがあるって、なんかとっても楽しいんだよね」 「好意を持っているんだね?」 「ブッ!?」  好意!? 好意って……えぇっ!? まさか! 「おっと、ダメだよ雪音、道は雪音だけのものじゃないんだ。ツバなんて飛ばしたら他の人に迷惑がかかるよ」 「澄ちゃんがヘンなこと言うからだよぅ!」 「違うのかい?」 「違うもん! そんなのじゃないもん!」  違う! 絶対に違う!  確かに張り合いがあって歯応えのある人だけど、もし好きになるなら澄ちゃん選ぶもん!  ホギッちゃんなんてペッ! だよペッ!! 「そっか。僕の目もモウロクしてるんだね」 「うー……」 「ああ、それにしてもいい天気だね。願わくばこの空の下、いつまでも目的地に辿り着かずに歩いていたい気分だ」  ……顔が熱いって感じる中、澄ちゃんは大空を見上げて微笑んでる。  およそ、それがひとつの結論にしか達しないということに気づいてないみたい。 「……澄ちゃん知ってる? それって遭難って言うんだよ……」 「え? ……ああはは、確かにそうだね」 「澄ちゃんの未来が心配になってきたよ……」 「───大丈夫だよ、心配する必要もないんだ」 「え?」 「なんでもないよ。行こうか」 「あ───澄ちゃん?」 「うん?」  ……なんだろ。  なんか今、とっても不安な気分に……あれぇ? 「あ、えと……もしかして未来とかにあまり希望をもってないの?」 「まさか。僕は未来が好きだよ。ただ好きだからこそ、どんなことが起こっても心配する必要もないんだよ。……ありがとう、心配してくれたんだよね」 「うぐ……うん、そうだけど」 「……ごめんね。僕は心配されるほど人間が出来ているわけじゃないのに」 「ずっと一緒だったでしょ? 心配くらいするよー」 「………」 「澄ちゃん?」 「もし……」 「?」 「───いいや、なんでもないよ」  はぐらかした。  澄ちゃん、わたしには滅多にそんなことしなかったのに。 「うんん……? 気になるー、言えー」 「ははは、だめだよ」 「即答!? 澄ちゃん、ホギッちゃんの真似はしない方がいいよぅ!」 「いいじゃないか。僕はこういう自分、嫌いじゃないみたいだし」 「むー……澄ちゃん誤魔化す時、絶対そう言うし」 「誤魔化してなんかいないよ。それよりほら、雪音? そろそろ行かないと陽が暮れるよ?」 「あう、そうだった。それじゃあ急ごっか───ってまた誤魔化したー!」 「あはははは、そんなことしないって。ほらほら、急がなきゃ」 「うー!」  納得いかない。  わたしの方が澄ちゃんのこと知ってるのに、最近ホギッちゃんに澄ちゃんを取られてる気がする。  うー、なんか嫌な気分だよぅ。  こんなの……澄ちゃんが入院してた時以来だよね……?  あの時も、───……あれ? 誰だったっけ……?  わたしと澄ちゃんの他に、誰か居たような……──────……。 25/ワサビーフン -_-/ホギッちゃん  ……駅から散々歩いたその後。 「だはぁ……つ、着いたぁ……」  あーもう、散々迷ったぞちくしょう……あの地図おかしいんじゃないか……? 「ノアは相変わらず背中でゴロ猫状態だし……」  途中でボケ〜っとした時間が極まったノアは、俺に抱きついて寝てしまった。  一体全体どうなってんだかまるっきり謎である。 「ていうか……ガッコ休みなのにセンセ居るのか?」  いまさらながら、重要なことを思い出した。  そうだよ、今日休みじゃないか……。  って、そうか。  教師名簿見せてもらえば住所とか解るよな。  えーと名前は……リュオルク・ディグメイル・マルドゥーク……ってオイ。天界の名前のまま教師やってるわけないじゃないか! どうするんだよこれ!  あ、いや……ノア達だって天界の名前だよな。  案外外国人デースとかいって普通に教師やってるかもしれないし。……どうしたらいいんだ? 「……なぁノア、ここで教師やってるセンセの地上での名前、解るか?」 「………は、はいますたー……レイルさまが“ヘンな名前”と言ってました……。たしか……最初が“|真《まさ》”だった筈です……」 「まさ? まさ……まあいいか、調べてみよう」  いざ、見知らぬ異郷の地へ「こらそこー。なにをしている」ゴホォいきなり見つかった!? 「あ、あの……ちょっと訊ねたいことが」 「訊ねたいことぉ?」  いかにもガンコ教師といった感じの男が俺を睨む。  渋い顔に眼鏡がよく似合ってた。  ……頼むからこの人だけは勘弁してくれ。 「隣街から人を訊ねてきたんですけど……この学校の先生で名前の最初に“真”が付く人、居ますよね?」 「まさ……? ああ、ひとり居るが、何の用かね?」 「その人に会わせたい人が居るんです」  正確には診てもらいたい人だが。ここで正直に言ったって、門前払いされるだけな気がする。 「……ふむ。真凪先生なら宿直室に居るだろう。案内しよう、付いてきたまえ」 「あ、ハイ、ありがとうございます」  見かけによらず、いいセンセだな。  ガンコ親父っぽいだなんて思ってごめんなさい。 「フン、キミが会わせたい人というのが真凪先生の知人かどうか、確認しなければな」 「………」  よし前言撤回。  最低だこのセンセ。 ───……。 ……。  ガチャッ。  宿直室と書かれた扉が開かれた。  そしてその先に居る、とても穏やかそうな人。  長い髪を首の後ろ辺りでひと房に束ねた、モノクル……とは違うんだろうが、ほら、その、あるだろ、あのちっこい眼鏡っぽいの。あれをつけている。 「真凪先生、あなたにお客さんですよ」 「え? あ、これはこれは、わざわざすみません神楽先生」 「……真凪先生、このふたりは知っている人ですかな?」 「うん?」 「……ども」 「………」 「やあ、ノアじゃないですか。久しぶりですね。今日は一体どうしたんですか?」 「……ふん」  知り合いだということが解ると、神楽と呼ばれた男は不機嫌そうにパタンと扉を閉め、去っていった。  散々疑っておいて、すまなかったもないとは恐れ入った。 「……すまないね、彼は人が出来ていないんだ」 「構いませんよ。それより……」 「ええ、レイルから聞いてはいますよ。穂岸遥一郎くん、ですね?」 「あ、はい……」 「それと……ノア。元気にしてましたか?」 「………? ノア? 元気にって《ぎゅーーー……!》……のっ……ノア? ノ……!? ……離れないか……?」 「………」 「…………《ギュー!》……すいません」  離れてくれん。引きはがしてやりたいんだけど、生憎とこの穂岸遥一郎、勉学以外に自信がない。  こうして引きはがそうとするだけでもすぐに体力が無くなり、「はー! はー……!」……この有様である。疲れるの早いよ。もうちょっと運動しよう、うん。 「ははは、いいんですよ。さて、ここに来たということは何か理由があるということですね?」 「はー、ふー………………はい。このノアの症状の原因を調べてほしくて」 「ははぁ、なるほどまったくレイルらしい。人を便利屋扱いにするとは」 「すいません」 「責めているわけではありませんよ。さて……」  真凪氏、小さな眼鏡っぽいのをクイと持ち上げると、じいっとノアを見つめた。  それに対して、ノアは警戒している。警戒しているというか、俺にしがみついたまま真凪氏をジーっと睨んでいる。  そんなノアに対し、やれやれと苦笑を漏らすと、彼はとことこと近づいてくるや「ちょっと失礼。とう」と、ノアに手刀を落とした。  するとどうだろう、ノアがあっさりと力を無くして倒れそうになり、慌てて抱きとめると……なんと気絶してらっしゃった。  すげぇ! 手刀で気絶とか本当に出来る人居るんだ!! 今かなり感動! でも少女が手刀で気絶って、見ててあんまり良い光景じゃないですね! 「ちょっと気絶してもらっただけですよ。安心してください。彼女が起きているといつアークが襲ってくるか解りませんからね」 「アーク……? そういえばなんなんですかそれ」 「うん? ああ、ノアが被っている魔器のことですよ。確かサクラも下に来ているんですよね? ノアの魔器はアーク、サクラの魔器はイマンシペイト。それぞれ適当な名前がつけられているんですけどね。アークは意思を持った稀少石で作られているため、ノアの意思を感知すると攻撃してくることがあるんですよ。だから意識を絶っておく必要があったのです」  アークとイマンシペイト……ノアとアークって、箱舟?  イマンシペイトは解放……だっけ。ああ、まあ意味はいいか。適当な名前がついてるとか言ってるし。 「正直説明されても……よく解らないんですけど」 「ええ、それで結構ですよ。それでは検診させていただきますね」 「は、はぁ……」  真凪氏がノアの状態を調べてゆく。  一通りの視診が済むと、次は手をぼんやりと輝かせてそれをノアの上の虚空で動かす。  ……ああ、ますます常識がスッ飛んでいく。光ってるよ。手、光ってるよ。 「……ふむ。脳の方に少し小さな淀みがありますね。これは記憶によるもののようです」 「記憶?」 「心配しなくても大丈夫ですよ。人の記憶に干渉するほどヒドイ医者ではありませんよ私は」 「あ、いや……」  ただ疑問に思っただけで、べつにそれは心配してなかったんだが。 「まあ、言ってしまえばこれはアレですよ」 「アレ?」 「“恋心”というものですね」 「───はいぃっ!?」 「厳密に言えば憧れに近い部類ですが───うん。それじゃあこの恋心を微調整して、普通通りに暮らせるようにしましょう」 「え? だって干渉しないって」 「彼女の意思でいつでも外せるようなプロテクトですよ。もっとも、それと同時にもうひとつのプロテクトも外れるかもしれませんが。少なくともこのままの状態で帰るよりはいいと思いますよ? このまま帰るなら、なんのために私を訊ねてくれたのか解らないじゃないですか」  それは確かに。  これでなにもしないで帰ったら、本当になにしに来たのか。散々迷って、辿り着いたら教師に胡散臭がられて。  ……よしやってもらおう。是非とも。けどその前にだ。 「もうひとつのプロテクトって?」  不安材料は取り除くべきだろう。  この手が光る人が、その手でどう、なにを出来るのかは解らないものの、プロテクトとやらをかける前からプロテクトがあるというのは、なにか妙なものを感じた。  もしやそれが外れると暴走するとか? ……いやいやないない。 「輪廻転生をご存知ですか?」 「そりゃあ、まあ」  たぶん、誰でも一度は聞いたことがある言葉だろう。  聞いたことはなくても、見たことくらいは。 「人は誰でも死ぬと別のものに生まれ変わると云われています。天界人もそれは同じですよ。その際、記憶は綺麗に消去されるんですが……なんらかの手違いでそれに失敗して記憶を持ったまま転生する人も居るんです」  それもたまに聞く。  前世の記憶を持った子供〜とか言って。  生前の恋人と再会して話をした、なんてものもあった。 「彼女の場合、おそらくそれだったのでしょう。つまりノアは天大神さまに記憶の封印を施されたのですね。いや、それとも故意に残されたのか…………ああ、いえ、あるとは思えませんが、もしや……」 「?」 「……ああ、ええと。いずれにしろ、私のプロテクトが彼女の強い意思によって外された時、そのプロテクトも外されることでしょう。どうにも元から弱い術式で封印さていたようですし」 「………」 「あ、これは失礼。込み入った話は解り辛いですね。ノアの治療はこれで完了です。目を覚ませば以前通りのノアに戻る筈です」 「は、はぁ……」 「話ばかりで疲れましたね。なにか飲みますか?」 「え?」 「私は園芸が趣味でしてね。自分で栽培した野菜や果物をジュースにしているんですよ。さ、これをどうぞ。疲れが取れますよ」 「あ……どうも」  サム、とオレンジジュースっぽいものを頂いた。  用意がいいなぁと思いつつ、「さあ」と促されるままに一口《ゲボハァ!!》 「ぐぅっはぁ! ゲホッ! ガハッ! な、なにっ……! わ、ワサッ……!? いや痛ぇっ!! ト、トリカブト!? げほっ! ごほっ! いやっ! ワサビだこれ! 痛っ! 鼻っ! 痛ァアア!?」 「はっはっは、いやー引っかかってくれてありがとう。生徒達じゃあもう警戒されていてね、久しぶりにその顔を見れましたよ」 「ゲホッ! ゲホッ! 辛い通り越して痛い……!」 「すみません、ですが疲労は取れたと思いますが」 「今ので妙な筋肉使った……余計疲れた……」 「おや。それはいけない。ではこちらの飲み物を」 「け、結構です! ノア、帰るぞ!」 「帰るんですか。それではまたいつか」 「失礼しましたっ!」  鼻を襲う激痛と、喉を焼くような辛さに耐えつつ、起き上がってはぼーっとしていたノアを引っ張ってさっさとその部屋をあとにした。  途中からはノアも走ってくれるようになって、その勢いのままに。  だから─── 「……ふう、やれやれ……。天大神さまも酷なことをする……。しかし……前世ですか……おかわいそうに───」  だから。あの男が最後になにを言っていたのか。  俺には聞こえなかった。 26/途切れた丘の上の邂逅 -_-/───  ───穏やかな風を身に受けながら、彼は歩いていた。  見上げる空は蒼空。  彼───蒼木澄音はその空を見て苦笑した。  幼馴染は叔母に用があるらしく、長引くから適当に時間を潰してくれと言った。  そんなわけで、彼は見知らぬ土地で当てもなく歩いていた。  ただ。  その蒼空を見上げていたらどうしようもない気持ちが溢れてきて。  彼はその街で一番高い場所を探した。  いや、ある程度高ければよかったのかもしれない。  ただ出来るだけ高く。  彼はそう思って、目についた高い場所を目指した。  ───探して辿り着いたのは公園だった。  その奥の森へ足を運び、感じるままに歩く。  木の幹にある何かの目印を見て、どうしてか微笑むと……彼はより奥へ進んだ。   ……やがて、彼はその場所に辿り着く。 「……んあ?」  そこにはひとり、先客が居た。  途切れた丘の手前に寝転がりながら空を見上げる男。  蒼木澄音はその少年を見て、ただいつも通りに笑った。 「やあ、お邪魔するよ」 「……珍しいな、ここに人が来るなんて」  悪ぶる風でもなく、少年は体を起こした。 「もしかしてあの目印はキミが?」 「ん? んー……ああ、昔の話だ。それよりどうだ? 見たところヤなヤツじゃなさそうだ。寝ていくか?」 「うん、お邪魔しようかな」 「ぬおう、まさかそう返されるとは。まあ、のんびりしてってくれ」  再び寝転がる少年。「あー、平和だー」なんて、目を瞑りながら言っている。  澄音は男の隣に寝転がると、胸一杯に空気を吸い込んで、やがて吐いた。 「───蒼空は好きかい?」 「随分いきなりな質問だな。好き嫌いの問題じゃない気もするが───まあ雨の日よりはマシだな。だとしたら好きな方に分類することになるか?」 「キミの好き嫌いの判断基準を決めるのは僕じゃないよ」 「……そりゃそうだな。ああ、嫌いじゃない。お前は?」 「僕は───……うん、僕も嫌いじゃないよ。好きかどうかも解らないけど」 「そうだよな。好きって言うには見飽きてる」 「それでも、空が無ければ僕らは道が解らない。好きでいることを強制するわけではないのだろうけど……これは酷だね」 「……ふむ、お前もしかしてヘンなヤツか?」 「ふふ、よく言われるよ」 「ああ、別に気にならないが。知人がヘンなヤツだらけだからな。俺も含めて。ところで───空になにか思い入れでもあるのか?」 「……そうだね。僕は空に届きたいんだよ。あの蒼い空に」 「蒼くなくちゃだめなのか?」 「───空はどこまでも遠く、澄み切っていなければならない。そして……その先には、僕が求める幸せがあるんだ。僕にとっての澄み切った空は蒼空だから。だから僕はその空以外に幸せは求めないよ」 「───……」  男は困惑する。どうやらあまり頭がいい方ではなさそうだ。  澄音は空の先を見るような目で景色を見つめ、やがて横の彼を見て微笑んだ。 「……あまり気にしないでいいよ。思いつきを言っただけだからね」 「いや、別にいいけど───……空はどこまでも遠く、澄み切っていなければならない、か。お前って詩人か?」 「ただの夢見る世間知らずさ。空へ辿り着く方法を探している馬鹿な男だよ」 「むう、中々にヘンだな。是非名前を聞かせてくれないか?」 「僕は───……いいや、名前はお互い黙っておこうか。未来の巡り合わせを信じてみよう。キミにはまた会える気がする」 「そうか?」 「その時はお互い、悔いのないような夢を見ようか。……あ、その時まで自己紹介しなかったらごめん。こう見えて忘れやすいんだ」 「ヘンなヤツだな、やっぱり」 「お互いさまだと思うよ」 「どうしてそう思う?」 「ケチをつけるわけじゃないけど、休みの日にこんなところで寝ているだけだなんて、よっぽどの変わり者だよ」 「……ははっ、確かに。しかし調子が狂うな、普通そんなこと言われたら言い返すんだが。お前さん、全然悪気があるように感じないんだもんな」 「こういう自分は嫌いじゃないよ」 「……もしかして今、誤魔化したか?」 「どうだろうね」  澄音の言葉を聞くと、男は少し体勢を変えて苦笑する。 「……やっぱり調子狂うな。俺の周りにはお前みたいなヤツは居ないからなぁ」 「そうかな。案外居るのかもしれないよ」 「やめてくれよ、俺は騒がしいのが好きなんだ。幼馴染の馬鹿女とかボケ者とか級友の馬鹿男とか、そういう騒がしい要因があれば十分だ」 「そうかい? ふふ、そうかもしれないね。───ああ、いい天気だ。願わくば、この蒼い景色がずっと空にありますように」 「おいおい待て、それは待て。それじゃあ農村の人々が苦労するじゃないか」 「え? ……ああ、ははは、雨が降らなければ僕達もいつか餓死するね」 「うむ、だから我らは農村の英雄、|茂男《しげお》さんに感謝する必要があるんだ。茂男さんはすごいんだぞ、腕とか胸とか、それはもう茂ってるんだ」  農村云々はまるで関係がなかった。 「そっか。キミは僕の友達に性格が似ているよ」 「……マジでか。自分で言うのもなんだが、俺みたいなヤツが……?」  何も持たない手で手鏡を持つような仕草をしては、「俺みたいなナイスガイが他にも……!」と無駄に戦慄していた。それが悪ふざけであることくらい、澄音にも解り、くすくすと笑う。 「顔じゃないよ、性格がね」 「気の所為だ」 「うーん、似ているんだけど」 「他人の空似だ」 「そうかな」 「夢だ」 「夢は関係ないんじゃないかな……」 「夢遊病だ」 「ははは、僕の病気は夢遊病の類じゃないんだよ」  軽口の中、聞いてしまった言葉に、悪ふざけの最中だった少年の顔が瞬時に引き締まる。 「って、おい。病気なのか?」 「……そうだね。そうかもしれない。一時的に治っているだけだと思う」 「…………大丈夫なのか?」 「心配してくれるのかい?」 「お前みたいな性格のヤツは稀少だからな。居なくなるのはもったいない」 「そうなんだ……」 「ああ、珍しい。……っと、そろそろ昼時だな。なぁあんた、時間あるか?」 「どうだろうね。僕はひとりで来たわけじゃないから勝手に動くと迷惑がかかるよ」  頭に浮かぶのは、触覚が生えたような髪を持つひとりの幼馴染。  遅れても事情を話せば理解してくれそうではあるが、それでもやかましそうだった。 「かまわん。友人ってのは迷惑をかけてこそ知人だ。迷惑をかけていなかったヤツが突然迷惑をかけたからって、いきなり態度が変わるヤツらなんぞ友人である資格なんてないんだよ」  体を起こして真面目な顔をするや、少年は拳からピンと人差し指だけを立てて、説明をしだす。 「知人や友人てのは迷惑をかけたりかけられたりしないとモロイもんだ。そんな事情から耐性がついていくからこそ気兼ねなく仲良く出来るんだよ。一方が一方に迷惑をかける関係ってのもどうかと思うが、そこはホレあれだ。かけられているほうがそれで良しって思ってるなら、ちゃんと友情だろそれ」 「………」  少年の言葉に、澄音はしばらく呆然としたのち、くすっと笑って「そうだね、そうかもしれない」と頷いた。 「おし、ってわけで。俺がいい蕎麦屋に連れてってやろう。まあ俺がバイトしてる蕎麦屋なんだが味は保証す……あぁっ! しまった! 今日日曜じゃないか! バイトがっ……!」 「?」 「わ、悪い! こんな所でのんびりしてる場合じゃなかった! えーと……名前わからんからお前! またいつかな!」  それだけ言うと、彼はずどどどどと物凄い勢いで走り去っていった。 「───……忙しい人だなぁ」  残された少年は、見送るために起こしていた体をもう一度寝かせ、空を眺めた。  やがて目を閉じた時、懐かしい人の顔が見えた気がして、小さく涙した。 27/そして彼らは  ───だはぁ。  なんだってこんな目に遭わなきゃならなかったんだ。  ああ、口の中が痛い……。 「普通、飲み物にワサビ混ぜるか……?」  拭っても拭っても涙が止まらない。くそう、俺がなにをした。  平和な一人暮らしを望んだ筈なのに、なんだってこんなことに……! 「ぬおおおおおおおっ!!」 「うん?」  とぼとぼと歩く中、妙な奇声を耳にした。  振り向けば男がふたり。なにやら全力で走っている。 「たっ、鷹志! なんで一緒に走ってるんだよ!」 「腹が減ったから|鈴訊庵《すずきあん》で食おうと思ったんだよ! どうせ今からバイトなんだろ!? 俺とお前、どっちが早く辿り着くか勝負ぞぉおおっ!」 「望むところだ男じゃわしゃぁああっ!!」  ママー、あそこにヘンな人がおるよー……。そんなことを言いたくなりそうな人達が走っていた。ああ、もちろん母親に対してママだなんて言わないし、甘えた言葉なんて投げかけたりもしないが。  そんな中で片方の男が余所見をして口笛を吹きつつ足を引っ掛けた。  「おぉわっ!? っとっととぉっ!? っ〜〜……っぶないだろうがこらぁっ!」 「はっはっは! まだまだ甘いな鷹志! そげなことでは俺は越えられん! 越えられんぞぉ! アァ〜バヨ〜ゥ、とっつぁ〜ン!」 「こンのっ……卑怯だぞ凍弥ぁあっ!!」  ……愉快な面々が駆けてゆく。  でも“たかし”って確か……いや、“たかし”なんて名前、よくあるものだよな。  隣街程度で会いに行かないのも変だし。いやまあ、いろいいろあって転校に転校が続いてってオチかもしれないけどさ。  うーん……真由美さんの好きな人ってどんな人かなぁ。  と、顎に右手を当てつつ、左手でノアの手を引っ張っていたそんな時。 「やっほうホギッちゃーん!」  ナメッ○星人の馬鹿者が現れた! もとい、若者が現れた! 触覚がゆんゆん揺れている。名前はきっとツムリーだろう。いや、マイーマかもしれない。 「おっと、急用を思い出した。もう行かねば」 「わぁ待って待って! お腹がとってもハングリャーだからお誘いに来たんだよぅ! 正直会えるとは思ってなかったけど!」 「おごりか。悪いなぁ」 「誰もおごりだなんて言ってないよ」 「お誘いじゃなかったのか。ケチなヤツめ」 「勝手に切り出しといてヒドイよぅ」 「ヒドくない。俺は善良な一市民だ」 「善良な一市民はヒトをコケにしたりなんかしないもん。善良な一市民っていうのは澄ちゃんのこと言うんだよ」 「ああ、それは頷けるが。ところでその蒼木はどうした?」 「時間潰してて、って言ったら消えちゃった」  いやおい、勝手に連れてきておいて、用事があるからどっかで暇潰しておけって……おおあなたひどい人。 「極悪人だな、素直に」 「えぇっ!? なんでよぅ!」 「ここまで勝手に連れてきておいて、いざ用のある場所に着いたら厄介者扱いか。これじゃあ蒼木も苦労するわけだ」 「澄ちゃん苦労してるなんて言わないもん」 「そっか、知らないんだな……。実はさ、昨日相談されたんだよ。 ほら、昼の時、屋上に誘われただろ? その時にな……」 「え? えっ? う、うそだよね? 相談って、べつにおかしなこととかじゃ……」 「“最近雪音、やることがエスカレートしてるんだ……。僕のことを道具としか見てないみたいで、適当に扱うし……”って」 「えぅうっ!? 冗談だよね!? ホギッちゃん!? ねぇっ!」 「………」 「どーして哀れみの目で見るの!? ホギッちゃあん!」  俺が悲しい瞳で観咲を見ていると、観咲の後ろ側の景色からひょこりと現れる蒼木。  俺達に気づいて、てこてこと歩いてくる。邪気のない良い笑顔だ。 「やあ、用は済んだのかい、雪音」 「え、あ、すすす澄ちゃぁあん!! 澄ちゃんごめんね!? ごめんねぇっ!? わわわたしそんなつもりじゃ」 「冗談だ」 「───……ん……もぉおおおっ!!」 「ふむふはははははは! 馬鹿め! 蒼木がそんなこと言うわけなかろうが! 幼馴染を信じきれなかった貴様の負けだ! この敗北者め!」 「ムキィーーーッ! 勝負だぁっ!」 「鮮やかな勝利だったよ、穂岸くん」 「サンキューフレンド《ビシーン》」 「澄ちゃんそれはもういいってばぁっ!」  無駄にビシーンとポーズを決めてみたら、一層に怒られた。  うん、かなり調子に乗った。自分も恥ずかしい。でも言いたいことは言おうな。これ大事。 「だったらお前も懲りずに勝負だとかぬかすな!」 「うー!」 「ぬー!」 「まあまあ、それよりお昼はどうしようか。そろそろいい時間帯だけど」 「うっふっふ、この雪音ちゃんに手抜かりはないのだぁ! こんなこともあろうかと叔母さんにここらへんで美味しいお店聞き出したのだ! やっぱりわたしってカワイくて頭がきれるー!」 「彼氏は居ないけどな」 「いちいち揚げ足とらないでよぅ!」 「うわー、頭のきれるヤツがキレたー。うわー、たすけてー」 「ムキィーィイイイイ!! 罵るのにももっと誠意をもって罵ってよ!」 「………」 「…………ぇぅっ? え、な、なに? なんで急に黙って……」 「…………はぁ。………………ふぅうう〜〜…………───馬鹿」 「せ、誠意込めすぎだよぅ! そんなどん底に突き落とすような暗い声で!」  真の心と書いて真心と読むを思い切り込めて言ってみたら怒られた。 「どうしろって言うんだお前は!」 「揚げ足とらないでって言ってるのっ!」 「相解った。で?どこに行くんだ?」 「むぅ……え、えっとね? あっちにね? おいしいおそば屋さんが───」 「お、あんな所に蕎麦屋があるぞ。あそこに行こう蒼木」 「鈴訊庵かい? いいね、行こうか」 「あるっ…………〜〜〜……」 「………? 観咲? どうした?」 「雪音?」 「うきゃあああああああっ!!」  やせい の ミサキ が おそってきた!  ミサキ の こうげき! ぐるぐるぱんち! 「うわっ!? な、なんだ観咲! どうしたんだいきなり!」 「うきゃぁあああーっ! 馬鹿ぁっ! 馬鹿ぁーーーっ!!」 「お前に馬鹿って言われたくおぉわっ!? やめろって馬鹿! やめ───ギャーーーッ!!」 ───……。 ……。  そうして鈴訊庵に逃げ込み───もとい辿り着き、“もりそば”を頼んで数分。  俺は痛む頭で考え事をしていた。 「あのなぁ、言おうとしていたことを言われたからって暴力を振るうのは」 「ホギッちゃんに言われたくない」 「俺だってお前にそう言われたくない」 「むー」  考え事というか、どうしたものかってものなんだが。  主に正面に座るガッデムを。 「大体だな、年頃のいい若いモンが上段回し蹴りなど……」 「わぁ、時代錯誤の老人が居る」 「黙れ最先端馬鹿」 「さっ……最先端馬鹿ぁっ!? それって最先端を目指す馬鹿ってことじゃなくて、馬鹿の原初みたいに聞こえるじゃないのさ!」 「ああ、そう聞こえなかったか?」 「むかむかぁ〜っ! ふんっ!」 「ひょいとな《スカッ》」  わざわざ座っていてもそうするって解るくらいの動作で足を蹴りにきたので、足を横にずらして避ける。  案の定、足が元あった場所に、でしんと響く音。 「避けないでよぅ!」 「はっはっは。甘い甘い、虫歯が出来るほど甘すぎるわ。テーブル越しで見えないからといって、貴様が俺の足を踏もうとしていたことなどお見通しだ」 「むむむむむむ……!」 「まあまあ」  観咲の隣に座る蒼木が観咲を宥める。  手の掛かる幼馴染を持つとロクなことがなさそうだ。  でも……まあ。それはそれで面白そうだと感じるのは、俺にはそういった相手がずっと居てくれなかったっていうのもあるんだろう。 「ん……あ、あれ? マスター……?」 「お? やっと意識がシャッキリしたかノア。おはよう」  手を引っ張ってはいたものの、どこかポーッとしていて大した反応がなかったノアが、ようやく目をぱちくり、声を発した。 「あ、はい……おはようございます。ところでここは?」 「そば屋だ」 「お蕎麦屋さんでしたか。それではわたしが最高の蕎麦を打ってみせますね……」  ノア、決意を新たに立ち上がるの巻。ってこらこらこら。 「こらこらっ、微妙に寝ぼけてるなっ?」 「……そんなことはございません。わたしは主人であるマスターを思えばこそ、どのようなことでもこなせる使用人でなければならな……な、ら……」  ああ、うとうとしてる。  寝てたワケじゃないけど、さっきまで半眼でてほてほ歩いていたからなぁ。  ずっと半眼続けてると、案外眠たくなったりするよな。  え? ならない? 俺はなるが……まあ今はともかく。 「ノア、まずは座りなさい。さっき蕎麦を頼んだから、そこに立ってたら営業妨害だ」 「はい、失礼致しました」  しっかりとした言葉を発して、ちょこんと俺の隣に座りなおす。  厳格とも思える語調とは裏腹な仕種に、思わず笑いが込み上げてきた。 「でもおかしいね。人気店なのにわたし達とあのヒトしかお客さん居ないよ?」 「そういうこともあるだろ。そろそろ込むんじゃないか?」 「そっか。それじゃあわたし達とあのヒトはラッキーだったんだね」 「って、あのヒト……」 「おやや? 知ってるヒト?」 「おややってなんだよ。まあ、えーと、名前だけは」  ちらりと見てみれば、奥の席に座ってハフーと息を吐いている……同年代くらいか? の、男。  先ほど全速力で走りながら、足を引っかけられていた方の男だ。 「へー。なんてヒト?」 「知りたがり屋は早死にするぞ」 「なにそれ」 「なんでもない。あのヒトは“たかし”さんというらしい」 「たかし? って───あぁまゆちゃんの! こんなところに居たんだぁ!」 「まてまて、ただの同名ってだけだろ。 たかしなんて名前、どこにでも」 「やっほー鷹志さーん!」  ……って、おぉい! なに人の話を最後まで聞かずに突き進んでいやがりますかっ!? 「ん? お、え? お、俺?」 「ば、馬鹿ーーーっ! ちょっとこっち来いお前っ……! あ、すんません! ははは! こいつさっき塩を振りかけられてドゥジュルモジュル蠢いているだけのナメッ○星人の馬鹿者なんで! いきなりな行動には目を瞑っていただけると助かるっていうか!」 「えぇっ!? ホギッちゃん!? その誤魔化し方ヒドすぎ!!」 「…………? つまりその、なんなんだ? おい? おーいー……?」  観咲の腕を引いてたかしさんから軽く離れて、この触覚馬鹿さんに説教をプレゼント。  しかしその引っ張る力にすら負けてしまう俺の腕力、プライスレス。いやプライスレス関係ない。 「なに考えてるんだ……! あの人が真由美さんの好きな人って決まったわけじゃ《ドボォッ!》ごぉっはぁっ!?」  全て言い終える前に、彼女の拳が俺の鳩尾にめり込んだ。  あ、だめ、これだめ、意識刈りにきてらっしゃる……! 馬鹿な……なんてパワーしてやがる……! よしときゃよかった、こんなタフガイを止めるなんて……! いやガイじゃないけどさ。 「えーと、橘鷹志さんだよねー?」 「へ? あ、ああ、そうだけど」  ほらみろやっぱり───なにぃ!? 本人!?  え!? いやうそだろ!? 同姓同名ってやつだろ!? 「柏鷺真由美、って人知ってる?」 「───真由美を知ってるのか!?」  ギャアこれビンゴだ! なんで隣町なの!? 会いたいなら簡単に行ける距離ですが!?  なんて俺の思考も関係なしに、鷹志さんとやらは真由美さんの名を聞いた途端に立ち上がって、観咲の両肩をぐわしぃと掴んでそう叫んだ。  ……まではよかったんだが。 「っきゃー! セクハラー!」 「《ドボォッ!》フグオッ!?」 「あ、しまった。ホギッちゃんの時のクセで」 「あが……がが……! な……なんでやねん……!」  天さんが死んだ! じゃなくて奇跡的に隣町で出会えた真由美さんの想い人が、観咲の容赦無い脇腹打ちで撃沈。第一印象はきっと最悪なものになった。 「初対面相手になにやってんだ……! だ、大丈夫ですか!? すいませんウチの触角が!」 「安心しろ、ダメージは高い」 「ダメじゃんそれ!」  後ろで観咲が「触角ってなにさー!」と怒っているが、見ず知らずの人にいきなり攻撃はかなりヤバい。  のに、相手はなんだかそれほど気にした風でもなく、脇腹を押さえながらも俺達を見る。 「はぁ、しかし。真由美のこと知ってる貴様らはどこのどなた?」  あ、やっぱり恨んでる。貴様呼ばわりだ。しょうがないけど。 「わお、さりげなく貴様呼ばわりされてるよホギッちゃん。ほら言い返して」 「言われてるのお前だからな? いきなり掴みかかったこの人もそりゃあ悪いが。女の子相手にいきなり叫んぶみたいにして掴みかかられれば当然驚くが。その拍子に殴られたってそこまで文句は言えないと思うが。場所が場所ならポリスが呼ばれそうな自体ではあるが」 「イキナリ掴ミカカッテゴメンナサイ、ポリスハ勘弁シテツカァサイ」  そしていきなり謝られた。  ほら、と促すと、観咲も殴るのはやりすぎたと感じたのか、きちんと謝る。  よし、これでお互い許し合ったってことで。 「それで本題に向かうわけだが……」 「あ、そうそうそれ。それが訊きたかったんだよわたしも! ということで……貴様、まごうことなき橘鷹志であろうな」 「ちっ……疑り深いヤツめ……。そら」  何気にノリのいい彼がサイフの中の生徒手帳を見せてくれる。  そこにはきちんと橘鷹志の文字が。 「フッ……こんなこともあろうかと持っといてよかったぜ」 「騙されちゃダメだよホギッちゃん! どーせーどーめーってこともあるかもだし!」 「……ほんとに疑り深いなオイ」  とほーと溜め息を吐く橘氏。ええと、なんて呼ぶべきなんだ? ……呼ばなきゃいいだけか。生憎とそれほど対人に慣れているわけじゃない。  なんて思っていると、奥から暖簾をのけて出てくる一人の男。手にはお盆、その上には……どんぶり。 「ほい鷹志、天ぷらうどん」 「おほっ、待ってました!」  どうやら橘氏が注文したものらしい。……おお、いい匂い。  これは期待していいんじゃあないだろうか。途端に胃袋が活発になったような、奇妙な感覚を覚える。嗅覚からくる空腹って、なんかいいよな。 「ていうかだな。いつの間に移動したんだよお前。一応伝票には客席番号も書くんだから、混雑中に移動するつもりならひどいぞ」 「いやー悪い悪い。思いがけないところで知人の友人に会ってな。せっかくだから広いところで、と」 「騒ぐのはやめてくれな。おふくろさん、怒ると怖いから。……って、ああ、アンタ」 「やあ、しばらくぶり」  ちらりと視線を動かした、よくある食事処の白衣っぽいのを着た男が、蒼木を見て目をぱちくり。  蒼木の知り合いだったらしい。 「10分20分程度のしばらくってどんなのだよ」 「好意を持った人に会えない10分は一週間にも勝るって、昔誰かが言ってたよ」 「好意を持ってるのか?」 「どうだろうね」 「……やっぱり掴みどころのないヤツだな」  知り合い、というには短すぎる邂逅だったっぽいが。  いつどこで会ったのやら。 「《ぞぼぼぼぼ! もっちゃもっちゃ》ふへ〜、ほうははほんはほほひふはんへ、へふはひひは」 「食うか喋るかどっちかにしろよ」 「まへ。《もぐもぐごっくん》……うむ。“凍弥がそんなこと言うなんて、珍しいな”」 「人をなんだと思っとるんだお前は」 「超絶屁理屈屋代表」 「あのなぁ……」 「お前のことだし、どうせこの涼しげボーイにもあれやったんだろ? 気の所為だ、他人の空似だ、夢だ、夢遊病だって」 「……やってないぞ?」 「目ぇ逸らさず言え」 「蒼木、言われたのか?」 「うん、言われたね」 「ぬおおっ……! 思わぬところに伏兵が……!」  “マイガー!”と頭を抱えるフリをする彼。  案外ノリがいいらしい。  そんな彼に声をかける女の子が一人、のれんをくぐるようにして声をかけてきた。 「ちょっと凍弥、遊んでないで仕事しなさいよ」 「ぬおっ……因業ババァが来た」 「誰がババァよ誰がっ!」  彼女も知り合いらしい。というか、多分友人かなにかなんだろう。  さすがにあれが“おふくろさん”とやらではないことくらい、俺にだって解る。  似たような白衣、三角巾をつけて、はぁ、と面倒くさそうに溜め息を吐いている。その両手には蕎麦の乗ったお盆。 「よぅ霧波川。相変わらず苦労してるな」 「えーえー、苦労してるわよ? この馬鹿が幼馴染ってだけで苦労よ」 「うむ、俺も毎夜、この暴力馬鹿が幼馴染であることに枕を濡らしてるんだ」 「枕を濡らす男じゃないでしょアンタ!」 「なにぃ、濡らしてるぞ。ヨダレで」 「うわ汚ッ」 「いきなり引くなよ、傷つくぞ」 「それよりほら、お蕎麦」 「おう。ほいほい失礼ね……ていうか座ってくれ、なんか置きづらい」  言われるまま着席すると、ほいほいともりそばが置かれてゆく。  こういう時ってなんだかわくわくするのは俺だけだろうか。  ……しょうがないだろ、外食なんてした覚えが特にないんだから。 「おお、美味そうだな」 「うむ、俺の汗がブレンドされてて珍味だぞ」 「……おお、食欲が無くなった……」 「《コッパァン!》あでぇって!?」  瞬間、幼馴染……ムナミガワ、とかいったか? 彼女が取り出し、振るったスリッパがトーヤとやらの頭に炸裂した。 「なにやってんのよこのお馬鹿! お客様の気分を害してどうすんの!」 「だからって叩くこたないだろ! これだから貴様はいつまで経っても馬鹿なんだ!」 「アンタに馬鹿とか言われたくないわよ!」 「なんだとこのボケ!」 「違う罵倒なら平気とかそういう意味で言ったんじゃないってのよ!」 「大体だな! 親にもぶたれたことがないピュアな俺の頭部になんだってスリッパを!」 「葉香さんになら散々殴られてるでしょうが! ていうか殴られたことがないなんてよくまあそんな嘘言えるわね!」 「ね、ネエサンのことは関係ナイデショ……! アアアアアレはなんてゆゥかもう人類を超越してるってゆゥか……!」  ……賑やかな職場だ。直後におふくろさんとやらに怒られて、二人ともしょぼんとしてるし。 「………」 「………」  そんな目の前で展開された喧嘩もどきを見ての俺の……というか、俺と観咲が感じたものはといえば、多分既視感というか既知感というか、それめいたなにかだったに違いない。 「二人とも、どうかしたのかい?」 「あ、いや───な〜んかどっかで見た光景だな〜って……」 「わたし、最近になって随分と同じこと聞いた憶えがあるな〜って……」 「マスター、それよりも昼食をいただきましょう。伸びてしまっては美味しくなくなります」 「あ、ああ……そうだな」  小さく溜め息を吐いて、手を合わせていただきます。  薬味などをつゆに投下、蕎麦をひたし、口にした。 「───……ぉぉおぉ……!」  ───ああ、こりゃ美味い。  なるほど、人気が出るわけだ。  ああ、でも─── 「ああもうアンタの所為でわたしまで怒られたじゃない! いいわ! 真面目に働かないってことをおばさまに言って減給してもらうから!」 「キャーーーッ!? やめろこの馬鹿|来流美《くるみ》サン!! それだけは勘弁してやって!?」 「さらっと馬鹿とか言った直後に“さん”付けってなんなのよ……。けど、ふふふ? どうしようかしらねぇ。誠意を見せてくれたら考えてやらなくもないけど」 「せ、誠意とは?」 「わたしのことを来流美さまと呼びなさい!」 「出来るわけねぇだろボケ」 「むはっ!?」  ……でも。この騒がしい状況はなんとかならんだろうか。  懲りることってのを知ってくれ、二人とも。 「く、来流美ちゃん、凍弥くん、あんまり騒いだらだめだってば……! お母さん、また怒ってるよ……?」 「力とはこういうものよ!《どーーーん!》」 「やかましい!」  ムナミガワとやらはクルミという名前らしい。  再びのれんの奥から出てきた大人しそうな女の子が、わたわた慌てながら注意をしに来た。  ……ていうか、クルミとやらは力というものに絶対的な自信でも持っているんだろうか。まさか女性が“力とはこういうもの”とか言い出すとは。しかも胸を張って言うとは。  ……ちなみに、べつに、全然関係のないことだが。  クルミとやらは普通。もう一人の大人しそうな子は大きかった。何がとは言わない。 「いいこと|由未絵《ゆみえ》。わたしはこの馬鹿に正しい接客を教えているだけで」 「待てこの暴力女。客にお茶ぶっかけたヤツに教わることなど何も無いぞ」 「アレはあのエロオヤジがわたしのお尻を触ったからよ! 大体凍弥だって|蒸籠《せいろ》ごと蕎麦を客に投げつけたじゃない!」 「あのエロオヤジが由未絵の尻を触りやがったからだ! 許せるか!? 許せねぇだろ! うむ許せん!」 「わわっ、とと凍弥くん、そんな大声で言わないでよぅ……」  ……。ああ、うん。なんとなく解った。  このトーヤとやら、このユミエとやらのことが相当───……大事なんだな!《どーーーん!》 「はぁ……な〜にキレかけてるのよ。ほんと、由未絵のこととなるとすーぐこれなんだから」 「む? キレてないぞ。うむ、キレてない」 「……自分の心にもニブイ奴を好きになった娘って苦労するでしょうね……ま、がんばんなさい由未絵」 「ニブイ? なんのことだ?」 「なんでもないわよ。ねぇ由未絵?」 「ふえっ? え? く、来流美ちゃんっ!」 「あはははは、それじゃあわたしは洗い場手伝ってくるから」 「うぅー!」  ……なんかよく解らんことになってるが……まあ、ごちそうさま。  手をしっかりと合わせて一息ついた。  ちなみに由未絵さんとやらは二人を止めるついでに、なにやら妙なにごり湯を持ってきてくれた。  そば湯、というらしい。  これを、食べ終えたつゆの中に入れて、ズズゥと飲むのだという。  …………美味い。ホッとする味だ。 「もう食ったのか。早いな」 「美味かった。ごちそうさま」 「ふっひぃー、ごちそーさまぁーっ! なんか安心する味だねぇこのえっと、ソバ・ユー?」 「観咲、そば湯な」 「うん、美味しかったね。ごちそうさまでした」 「……ごちそうさまでした。こんな味があるなんて……これはマスターのために要・学習ですね……」  俺達が食べ終わる頃、丁度熱い汁まで飲み干したらしい橘氏が、ごはぁーと豪快に息を吐いた。 「ごっつぉさん。やっぱたまに食うあったかいメニューは美味いなぁ。みぃんなここは冷たい蕎麦だっていうけど、俺、あったかいのも好きだぜ? あ、ところで食後のコーヒーは?」 「食後のコーヒー望むなら喫茶店にでも行きやがれ」 「だったら献立にコーヒーなんて入れるなよ」 「それはおやっさんに言ってくれよ。俺に言われてもしょうがない」 「だな。まあいいや。ほんじゃおあいそ」 「6億円だ」 「払えるか!」 「なにぃ、払え」 「無茶言うな!」  男同士の会話に溜め息を吐きながら、橘氏が食べ終えた食器を下げるムナミガワさん。どう書くんだろうな。結構すごい苗字だ。  で、俺達の食器は由未絵さんとやらが下げに来た。  結構テキパキ。なんとなくスローなイメージがあったのに、動きに迷いがない。慣れてるんだろうなぁ、こういう仕事。って思わせる何かを感じた。  ……というか、彼と彼女が言う“おばさま”とやらをお母さんと言ったからには、ここの娘さんなのかもしれん。つまりは彼女も彼と彼女の幼馴染あたりってところか。  賑やかなことだ。 「ふぅ、よし。それじゃあこっちもお勘定」 「二千円だ」 「ほい、丁度ね」  ふっかけられずに会計が済んだ。  24憶とか言われたら喜んで反撃に出たのに。観咲が。 「もりそば四枚で二千なのに天ぷらうどん一杯で6億かよ!」 「今なら分割ローンも効くが」 「やらんっ!」 「なにぃ、なら一括払いか。……雄々しいな鷹志。俺はお前を見直したぜ」 「払わんというのに!!」 「従業員の前で堂々と食い逃げするつもりかお前は」 「人をからかうのはやめぃっ!!」  …………。  ぎゃーぎゃー騒ぐ男達の横を通り、俺達は店を出た。 「うーん残念。まゆちゃんのこと訊きたかったけど訊ける雰囲気じゃなかったね」 「いろんな意味で忙しかったな、あの店」 「賑やかなのはいいことだよ」 「でも静かな方が好きなんだろ?」 「度合いにもよるけどね」  はぁ、と一息。でも美味かった。  またこっちに来る予定が出来たら是非また来よう。 「ところでその……マスター? ここは何処でしょうか」 「へ? あ、そっか。学校で眠らされたんだっけ。そのあともボーっとしてたしな。まあ気にするな、今から帰るところだから」 「はあ……」 「え? もう帰るの?」 「やることないしな。あ、観咲」 「ウィ? なに? やっぱどっか遊びにいく? 付き合うよ! うんうん!」 「もりそば代金500円よこせ」 「えぇ!? おごりじゃなかったの!?」 「それは俺のセリフだ!」 「わたしはおごらないって言ったよぅ! ……むぅ、はい」  しぶしぶ、500円玉が渡される。  それをきゅっと握って回れ右。 「よし、じゃあ行くか」 「あれ? 澄ちゃんとノアちゃんの分は?」 「おごりだ」 「なっ───ちょっと待ってそれヒドイよぅ!」 「ヒドくない。俺は善良だ」 「うぅ……差別だぁ……」 「マスター」  涙目の観咲がぶちぶちと小言を言う中、ノアが小声でぽそり。  背が低いから俺が屈む形になり、それでもノアはつま先立ちでぽそぽそ。 「あの。あまりからかうのはよろしくないのでは……」 「ああ……うん、解ってはいるんだけどな。口と体が勝手に動く」 「わたしは───マスターのすることですから深く口添えはしませんが……」 「………」  言われてみて、しみじみ。いい性格してないなぁ俺。  そもそも人付き合いというものをきちんと出来ていなかったというのも原因の一つだけど、そもそもそれは俺が勉強ばっかりだったのが悪い。  ……ん、よし。  決意を胸に、ポムポムとノアの頭の上で手を弾ませ、撫でると、きょとんとするノアに「気が回る限り、控えてみるよ」と決意表明してみる。 「マスター……すいません、口が過ぎました」 「いいんだよ、ありがとう。俺も嫌なヤツになりたくて一人暮らしを始めようとしたわけじゃないんだから。……おーい観咲ー」 「……なに? 冷血漢」 「いきなり中傷するな。ホレ」  とぼとぼと寄ってくる観咲に俺からも近づいて、その手を取って、掌に500円をぽすんと置く。  観咲は「あう?」と首を傾げ、潤んだままの目で俺を見上げてきていた。  ……うおお、罪悪感がすごい……! 「あー、その。すまん。ちょっとした冗談だ。本気になるな」 「……うー、それなら最初からやらないでほしかったよぅ。せっかくありがとうな気持ちだったのに……」 「悪い」 「……マスターはいじめっ子のケでもあるのですか?」 「いや、そんなんじゃないと思うが……」  言われてみると、ただのイジメにしか思えないんだから、自覚って怖い。  ……もうちょっと人にやさしい自分であろうな。ほんと。 「? なに?」 「なんでもないぞ」 「うー」 「雪音。穂岸くんはね、雪音に謝ってるんだよ」 「そうなの?」 「そんなわけあるか」 「マスター……《ギロリ》」 「すまん、俺が悪かった。謹んで謝らせてくれ」  ああ、怖かった。今の目、間違い無く人を殺せる目だったぞ。いや、そんな目なんて見たことないけど。  しかしそんな恐怖も気にした様子もなく、観咲は少し嬉しそうにしながら「あ、うん……えへへ」と笑った。  ……。いや。いやいや。可愛いとかべつにそんなこと思ってないぞ? いやほんと。 「雪音、ここは照れるところじゃないよ」 「だってホギッちゃんが謝るなんて滅多にないよ?」 「そうかな」 「あ、撤回。“わたしに謝ること”が滅多にないんだ」 「……マスター。まさかとは思いますが、初めて、なんてことは……《じとー……》」 「うっ……知らん。俺は何も知らん」 「あー! ホギッちゃんてば照れてる〜!」 「だぁっ! うっさい! 〜〜〜……ノア、蒼木、先を急ごう。こいつは無視だ」 「あっ、あっ、冗談だよぅ!もう茶化したりしないから待って!」 「だめだ」 「即答しないでよホギッちゃんのいじわる!」 「なにをぅ!?」  で。  やさしい人であろうと決意した矢先にこれである。  成長しよう。いろいろ。そして余裕を手に入れた時こそ、自立して念願の一人暮らしを……! 「はは、ふたりとも元気だね」 「元気という次元の問題でしょうか」 「ふたりが元気だから騒げるんだよ」 「……そうでしょうか」 「大体お前は───!」 「ホギッちゃんこそ───!」 「…………そうですね。これだけ元気があれば、騒がないのはおかしいです」  ノアの溜め息が聞こえた。  なんにせよあの状態が治ってなによりだ。  けどなんだったのかな、あの真凪って人の言葉。  記憶の封印……? ……うん、よくわからない。  というわけで流そう。  ワケの解らんものを考えてても時間の無駄だ。 「あー、でもさ。鷹志さんのこと、まゆちゃんに言ったら喜ぶかな」 「どうだろうな」 「ふたりに何か特別な事情がなければ大丈夫だと思うよ」 「人の事情に首を突っ込むのは感心致しかねますが」 「そうだな。言うのはやめとこう」 「むー……知ってるのに教えないって、嫌な気分だよぅ」 「まあ、その気持ちは解るな……」  そんな言葉を交わしながら、やがて駅に着く。  電車に乗り込んで十数分。  電車が動き出す頃には、ノアはまた眠っていた。  どんな夢を見ているのかは解らなかったけれど、彼女は再び泣いていた。  そんなノアの涙を拭って頭を撫でてやると、その顔は微笑みへと変わってゆく。  そうした景色の中、俺はただ───遠い昔のことばかりを思い出していた。
ネタ曝しです。 *ドジャァアーーーン!!  ジョジョ7部、SBRより、大統領。  どジャアァァ〜〜〜ん。 *ワサビーフン  スナック菓子の1。  子供の頃は苦手でした。 *知りたがり屋は早死にするぞ  魔界塔士Sagaより、 *ナメック星人の馬鹿者  SFCスーパーサイヤ伝説に出てきたツムリー、マイーマを指す。  ほぼ役に立たず、あっけなく戦場から姿を消すため、一部の者には馬鹿者として知られていた。 *こんなタフガイを  ジョジョ第一部より、スピードワゴン君。 *あが……がが……! な……なんでやねん……!  太陽拳をサングラスで防がれた天津飯の末路。 *まごうことんかい○○○であろうな  ちっ、疑り部会ヤツめ。そら。  うる星やつらより、海が好きの浜茶屋のアレ。   Next Menu back