───二度目のお別れ、未来への希望のコト───
【ケース41:観咲澄音/汚い心】 雪音 「澄ちゃーん!澄ちゃぁあん!!」 空に近い場所を駆けまわった。 だけど澄ちゃんは居ない。 さっきから消えない悪い予感がいつまでも頭にこびり付いて離れてくれない。 どうして、もう会えないなんて思ってしまうのか。 それ自体がもう解らなかった。 雪音 「澄ちゃんのばか……。変なことばっかり言って……」 突然にいろいろなことが起こりすぎて、頭が変になっている。 少しは考える時間が欲しい。 雪音 「澄ちゃ───え?」 街の中を走っていたら、路地裏の方から声が聞こえた。 知っている声だ。 だけど澄ちゃんじゃない。 あれは───まゆちゃん? こんなところで何やってるのか───あ、そうだ。 もしかしたら澄ちゃん見たかもしれない。 わたしは声の聞こえる方へ走った。 けど、大きな声を聞いて、その速度を緩めた。 男  「……なぁ、いいから俺の女になれよ。かわいがってやるからよ」 真由美「いやだよ」 男  「好きな男ってのもどうせ大したことねぇんだろ?そんなの諦めて俺の女に」 真由美「いやだよ」 男  「……チッ」 ……あ、あの時の逆ギレナンパ男だ。 男  「お前、今の状況解ってるのか?ここにはお前と俺しか居ないんだぜ?     あとから俺の仲間も来る。逃げられると───思ってねぇよな?」 真由美「わたしはあなたが大切な話があるって言うから、     その気持ちを考えて来ただけだよ。逃げる逃げないの問題じゃない。     でも見込み違いだったみたいだね。     自分のことしか考えていない人が誰かを幸せに出来るわけがない。     そこを退いてください。帰ります」 男  「お前バカか?逃がさねぇって言ってんだよ」 真由美「………」 うーわー、あの逆ギレナンパ男ってこういうヤツだったんだー。 手加減無しで殴って悪かったなー、とか思ってたんだけど……。 まぁ顔だけはいいみたいだからそういうヤツってことは頷けるねー。 でも性格最悪。 減点一億。 男  「おら来いよっ!仲間が来るまで俺と仲良くしようぜ。なぁ?」 真由美「触らないで」 男  「お前の許可なんていらねぇんだよ。睨まれたって怖くないね。     綺麗な顔だから睨まれても平気だぜ?よかったなー、美人に生まれて」 雪音 「死ねェーーーッ!!」 ドバァンッ!! 男  「ごぉっはぁっ!?」 ドダッ!ズシャア! 雪音 「いえーい!前方回転ドロップキック大成功ー!一度やってみたかったんだー!」 真由美「ゆきちゃん……?どうしてここに……?」 雪音 「ふふーん、ヒーローは誰かのピンチに必ず駆けつけるものなのだー!     ───裁きを申し渡す!その方、逆ギレナンパ男の上に、     未だに額に『中肉王』の文字を称えている罪において極刑に処する!」 がしっ。 雪音 「え?」 男2 「なにを処するって?」 真由美「ゆきちゃ───んぐっ!?」 男  「お前はこっちだ。ったく、遅かったじゃねぇか」 男2 「変な男に体当たりされてよ、ボコってたら時間くっちまった。     しっかし驚いたね、お前ふたりも連れてくるなんてやるじゃん」 男  「おまけだよ。そんじゃあそろそろお楽しみタイムといきますか」 男2 「へっへっへ、そうだな。そんじゃあ」 ガブッ! 男2 「いってぇっ!?」 男  「シゲッ!?」 シゲ 「て、てめぇっ!」 雪音 「まゆちゃん!逃げるよ!」 男  「へっ!ひ弱なカワイ子ちゃんが男の俺から逃げられるかよ!」 雪音 「シュートヒム!」 ボゴォッ! 男  「ゲフッ!?」 投擲したスーパーボールが男の目元に直撃する。 雪音 「しゃぁああらぁあああああああっ!!」 ドゴォッ! 男  「ぐうっ!?」 怯んだ隙にミニッツスパイクをブチこむ。 倒れた男からまゆちゃんを助け出し、その場から─── シゲ 「おっと、ここからは通さねぇぜ?」 雪音 「う……」 男  「てめぇ……っ!もうシャレじゃすまねぇぞ……!」 うう……元からシャレで済まそうと思ってなかったクセに、 どうしてこう屁理屈みたいなこと言うのかなぁ……。 雪音 (───まゆちゃん) 真由美(え───?) 雪音 (いい?合図したら脇をくぐって逃げるよ。まゆちゃんは左、わたしは右から) 真由美(───うん) まゆちゃんに小声で作戦を打ち明け、構える。 雪音 (いっ……せぇのぉ……せっ!) 真由美(───っ!) ダッ! シゲ 「あっ!」 男  「チッ───!待てコラァッ!」 驚いた。 まゆちゃんてばタイミングバッチリ。 伊達に男子の間で完璧女とか言われてないってことかなぁ。 雪音 「まゆちゃんバッチタイミング!」 真由美「そんなこと言ってる場合じゃないよっ!」 逆ギレナンパ男が追ってくる。 もうひとりの方は足は速くないみたいで助かったけど─── 逆ギレナンパ男の方は間違い無くわたし達より速い。 あうー、ショックだぁ。 手も早ければ足も速いってことかなぁ。 でももうちょっと。 路地裏出ちゃえばこっちのものだよ。 雪音 「まゆちゃん、もうちょっと!」 真由美「うんっ!」 男  「ッチ───!逃がすかよぉっ!」 ドンッ! 真由美「え───?」 雪音 「あ……っ」 男  「っ───!?」 逆ギレナンパ男がまゆちゃんを後ろから突き飛ばした。 その頃にはわたし達は路地裏なんて出てて─── それで─── それで…… ───ドクン。  まず、心臓の音が聞こえた。 ───ドクン。  次に、クラクションの音。 ───ドクン。  ゆっくりと倒れてゆくまゆちゃんと。 ───ドクン。  そこへ走ってくる、─── 雪音 「いやぁああああああああああああああああああああっ!!!!!!」 最後にわたしの叫び声に掻き消されるように、衝突音。 目の前でまゆちゃんは撥ねられて、地面に倒れて───血を流した。 ───一瞬だったのか、数時間だったのか。 自分の耳にはなんの音も聞こえなくなっていた。 だけどやがて音が聞こえてくる頃、随分前に澄ちゃんが言ってた言葉を思い出した。 『人間というものを簡単に信じちゃいけない』 その言葉は人全てに言われた言葉だった。 無意識だとか咄嗟にだとか、そんなことはどうだってよかった。 ただ、少しでも、さっきまでわたし達を追っていた人や車に乗っていた人が─── 救急車を呼ぶなり、応急処置をしてくれればと、確かに思った。 だけど現実はそうじゃない。 追ってきていた男は震えながら『逃げるから悪いんだ』とか何度も呟いていて、 車に乗っていた人は『俺は悪くない』とか何度も呟いていた。 これが現実なら、人っていうのはなんてくだらないのだろうか。 何も出来ずにまゆちゃんに呼びかけていた自分すらも情けなくなって、 わたしは歯を噛み締めて泣いた。 やがて男は人事だと言うかのように逃げ出し、 車に乗っていた男はようやく救急車を呼びにいった。 雪音 「まゆちゃ……まゆちゃん……!まゆちゃぁん……!」 返事は一切ない。 綺麗だった長い黒髪がどんどん血に染まってゆく。 そんな様子を見たら、もう心が折れてしまいそうだった。 『助からない』『もうダメだ』なんて、 友達として絶対に思いたくもないことばかりが脳裏に浮かぶ。 ───そんな時だった。 彼女が現われたのは─── 彼女───ノアちゃんはまゆちゃんにゆっくりと近づき、 そして何かを諦めるかのように微笑んだ。 雪音 「ノアちゃん……どうしてここに……」 さっきまゆちゃんが言ったようなことを、今度はわたしが言った。 ノア 「……夢を見ました。とても幸せな夢です。     わたしは小さな子供になっていて、男の子の背中を追っていました。     最初はそれがなんなのか解らなかった。だけど───」 ノアちゃんがまた微笑む。 今度はどこか幸せそうだった。 ノア 「───マスター……お兄ちゃんに伝えてください。     また、お別れも言えないでごめんなさい、って……」 それだけ言うと、ノアちゃんの体が光に包まれる。 雪音 「え?え……?な、なんなの……!?」 ノア 「わたしの命はもう長くないみたいです。     だから、せめてお兄ちゃんが言った通りに、     誰かの未来のお手伝いをしたいから……。     ……最後に、ありがとうって伝えてください……」 雪音 「ノア、ちゃん?あなたって……」 ノア 「───……お兄ちゃんをお願いします。ああ見えて寂しがり屋なんです」 解らないよ……。 どうして笑っていられるの……? 同化ってなんなの……? 『お兄ちゃん』って……? 雪音 「ノ、ノアちゃ───」 ガカァッ! 雪音 「うぅっ!?」 大きな光が瞬いた。 辺りが真っ白になって、それなのに目を開けても眩しくなかった。 光のひとつひとつが暖かくて、それに触れるだけでとても幸せな気分だった。 そんな景色がやがてまゆちゃんに流れ込む頃。 小さな、とても穏やかな声が耳に届いた。 ───遠い未来で真由美さんの子供が生まれて、    もしその子の性格が妙でも許してあげてくださいね。    同化ですから、そのくらいの悪戯は見逃してください─── いたずらっぽい苦笑のような声。 そんな声が段々遠くに聞こえてくる中。 ───……さようなら、お兄ちゃん─── そんな言葉が泣き声とともに聞こえた。 それを最後に、景色は元通りになってゆく。 辺りは静まり返っていて、わたしはただ呆然とその場に座り込んでいた。
【Side───……】 ───夢を見た。 とても穏やかで、とても幸せな夢。 なんて暖かい夢……。 わたしは少女になって、彼をずっと追いかけていた。 彼───お兄ちゃんはとてもやさしい人だった。 わたしからすれば誰よりもやさしくて、誰よりも一番だった。 彼を追いかけて、その差が出始めると決まって泣き言を言う自分。 そんなわたしに嫌気を憶えるわけでもなく、お兄ちゃんは振り向いてくれた。 その笑顔が好きだった。 そのやさしさが好きだった。 いつまでもこうして、あの背中を見ていられたらきっと幸せなんだろう。 ずっと、そう思っていた。 だけどある日を境にそれは終わった。 階段から落ちるなんて、自分でも呆れてしまう。 わたしの声を聞いたお兄ちゃんは自分の部屋から飛び出してきてわたしを介抱してくれた。 その顔はとても心配している顔だった。 だからわたしはやせ我慢をして、お兄ちゃんを送り出した。 本当は体が痺れたみたいに動かなかった。 苦しくて、痛くて。 本当ならお兄ちゃんに助けてもらいたかった。 だけどわたしが見たかったのは笑顔だったから。 帰ってきたら笑顔で迎えてやるんだ、とか思っていた。 そうしたらきっと、お兄ちゃんも笑ってくれる。 そう信じて疑わなかった。 ───それなのに。 黒い服を着たお兄ちゃんはずっと泣いていた。 わたしはそれを、泣きながら見下ろしていた。 声をかけても届かなくて。 泣かないでと言っても泣き止んでくれなくて。 ただ笑って欲しかったのに、お兄ちゃんはもう笑わなくなってしまった。 ……だけどいつからだろう。 ある女の子がお兄ちゃんの心を開いてくれた。 その女の子は少し前にお兄ちゃんが知り合った子らしくて、綺麗な子だった。 だけど───そのフレアという女の子は喋れなかった。 ───その子。 フレアちゃんは喋れなかったけどやさしい人だった。 泣いているお兄ちゃんにいろいろしてくれたりして慰めてくれた。 時折、わたしの方を向いては微笑んだ。 見えてるのかな、とか思ったけど……期待はしなかった。 お兄ちゃんさえ笑ってくれていれば良かったから。 だけど、その笑顔はまた崩されることになる。 ……お父さんとお母さんはわたしのことで荒れていた。 喧嘩もよくしてたし、仲が良かった夫婦とは思えない様子だった。 そんな中でお兄ちゃんはその間に入っては叩かれたり怒られたりしていた。 お兄ちゃんはそのことをフレアちゃんに話して聞かせていた。 そしてその時は来る。 ……ううん、来たのはきっかけ。 『与一さんはそれが辛いですか?』 そう書いたノートをお兄ちゃんに見せるフレアちゃん。 その顔はとても悲しそうだった。 だけどその目が語っていた。 『自分によくしてくれたこの人のために、せめてなにかを───』と。 それが何を意味するのか。 その頃のわたしにはまだ解らなかった。 ある日、彼女がわたしに手招きをした。 そして『こんにちは』とノートに書いてみせる。 やっぱり見えているようだった。 そして書く。 『手伝ってほしい』と。 ───フレアちゃんの考えはこうだった。 自分には自分を犠牲にして何かを叶える力がある。 自分はその力であの人に恩返しをしたい。 だけど自分だけじゃあ出来ないから、わたしにお願いしてきた。 『思いの力』を『奇跡』に変える力らしくて、確実に成功させたいからお願い、と。 そうお願いしてきた。 ……もちろん、わたしは断りはしなかった。 それでお兄ちゃんが笑ってくれるなら、と。 だけどやっぱりわたしは子供だった。 お父さんとお母さんが仲直りしてくれたところで、 フレアちゃんが消えてしまったら笑ってなんか居られる筈がなかったのに─── たとえ霊体でもお兄ちゃんの傍に居たかった。 けれどわたしはフレアちゃんと一緒に光に包み込まれて、 気がついたら知らない場所に居た。 そこではわたしは『ノア』という名前で、妙な格好をしていた。 わたしは大きな部屋に案内されて、そこでおじいさんに頭を撫でられて─── その瞬間、全てが心のずっと奥底に沈められた。 わたしは完全に『ノア』になって、天界でずっと生きてきた。 自分が転生体だということすら知らず、仮初の父と仮初の母に見守られ。 やがてわたしは成長して、ひとつの仕事を任された。 ───穂岸遥一郎という人物を幸せにしてやって欲しいと。 データとしてその名前、その顔を見た時、どうしてか涙が出た。 とても嬉しくて、今まで出来なかった分、いっぱい悪戯して困らせてみたくなった。 その時はどうして『今まで出来なかった分』だなんて思ったのか不思議だったけれど。 ───……今なら解る。 でもごめんなさい。 また悲しませちゃうかもしれません。 泣かないでとは言いません。 だけど……どうか。 いつか必ず、あの頃のように笑ってください。 わたしはそれだけで幸せだから……。 ……お別れも言えずにごめんなさい。 そして……変わらないままで居てくれてありがとう、お兄ちゃん─── 【Side───End】
───。 雪音 「───まゆちゃんっ!」 ハッとして見下ろしたまゆちゃんには傷ひとつなかった。 雪音 「あ、あれっ?どうして?」 訳が解らなかった。 さっきまであんなに血が出てたのに。 真由美「ん……」 雪音 「まゆちゃん!」 真由美「……あ、ゆきちゃん……?え……?わたし、車に轢かれて……?」 雪音 「うぅ、まゆちゃ〜ん!よかったよぅ、よかったよぅ〜!」 がばーっ! ぼかっ! 雪音 「ぐおっ!」 真由美「……ゆきちゃん、さっきまで誰か居なかった……?」 雪音 「うぅ……だ、誰も居なかったよ……?だって記憶にないもん……」 真由美「………」 雪音 「あ、あれ?まゆちゃん、泣いてるの……?」 真由美「え?あ───」 どうしてか、まゆちゃんは泣いていた。 しかも本人は気付いてなかったみたいだった。 ……痛かったのかな。 ……そりゃそうだよね、車にぶつかったんだし。 雪音 「あ、そーだ!ねぇまゆちゃん!澄ちゃん見なかった!?」 真由美「……えっと」 流れる涙を拭って、まゆちゃんはわたしを見た。 真由美「ここに来る前にね、苦しそうにしながら走っていったの。     呼びとめたんだけど聞こえてなかったみたいで走って行っちゃって……」 雪音 「ビンゴーッ!そ、それでどっちに!?」 真由美「病院の方かな……」 雪音 「病院?」 真由美「うん」 ……病院って……あの病院だよね。 変だなぁ。 澄ちゃんってばあの病院嫌いだった筈なのに。 う、ううん!突き進むが吉!悩んでる暇なんてないよね! 雪音 「まゆちゃんありがとー!それじゃあもう男なんか信用しちゃだめだよー!」 真由美「う、うんー!」 ずどどどどどど……───どどどどどどどっ! 雪音 「そ、それから病院にはちゃんと行くんだよっ!?     どこか痛めてるかもしれないんだからっ!」 真由美「……大丈夫。大丈夫だよ」 雪音 「でもでもっ!それでも行くの!」 真由美「…………うん」 雪音 「そいじゃねーっ!一緒に居てあげられないでごめんねーっ!」 ずどどどどどどーーーーっ!!! 【ケース42:柏鷺真由美/疑問と───】 真由美「…………」 不思議と……涙が出た。 とても悲しいのに、なんて暖かい涙……─── わたしはその涙を拭うと空を見上げてみた。 下を向いていると涙が止まらなかったから。 でもどうしてだろう。 こんなに悲しいのに……こんなにやさしい気持ちになれた。 さっきの夢がなんだったのか解らないけど、わたしは誰かに感謝しなきゃいけない。 自分の命が偶然で助かったなんて思っていない。 ここには確かに誰かが居たから。 それなのに……その笑顔が、思い出せない─── 【ケース43:穂岸遥一郎/焦りと不安、忘却と消滅】 ───……。 夜が訪れた。 黒く染まる空を上目遣いに見上げ、息を吐く。 遥一郎「はぁっ……はぁっ……!」 探し回っても蒼木は見つからなかった。 遥一郎「まったく……何処に行ったんだあいつは……!」 散々探し回って疲れたながら家に戻った。 これだけ時間が経てば、もうノアも帰って来てるだろう。 遥一郎「……ただいま」 玄関を開けて中に入った。 それと同時に奥からぱたぱたという足音。 サクラ「お帰りです与一〜っ」 遥一郎「ただいま……」 サクラ「……澄音、見つからなかったです?」 遥一郎「ああ……」 息を整える。 病み上がりだっていうのに無茶して走りすぎたか。 遥一郎「サクラ、ノアは帰ってきてるか?居るなら探知して」 サクラ「はう?」 遥一郎「うん?」 サクラ「……ノアってなにです?」 遥一郎「へ?ノアはノアだろ。ボケるな」 サクラ「ノア……?ハコブネです?」 遥一郎「ノアの箱舟か。あったなー、そういうの。ってそうじゃなくて」 いつもの調子でふざけた。 サクラ「与一、変です。疲れてるです?」 遥一郎「……いや、疲れてるけど平常だぞ。サクラこそ誤魔化してないで教えてくれ。     出来るだけ早く探したいんだ。なんか嫌な予感がしてさ。     このままじゃ、もう蒼木に会えない気がして……」 サクラ「サクラ誤魔化してなんかないです。ノアってなにです?人です?」 遥一郎「───サクラ。構ってやれなかったのは悪いと思ってるよ。     でも人のことでふざけるのはやめないか」 サクラ「ふざけてないです……」 遥一郎「サクラッ!」 サクラ「ひゃうっ!……ふ、ふざけてないです……与一、怖いです……」 遥一郎「………」 焦ってる。 俺は今、とても焦ってる。 蒼木のことでじゃない。 いや、蒼木のこともあるけど、それよりも…… サクラがウソを言っているようにはどうしても見えなかったから。 だから焦って、怒鳴りつけてしまった。 ……解らない。 なにがなんなのか、まるで解らなかった。 遥一郎「どうなってるんだよ……」 ノアの存在が、歴史から消えてしまったかのように忘れ去られていた。 サクラは怒鳴りつけた俺を心配そうに見上げ、小さく俺の服の袖を掴んでいた。 俺はそんなサクラ頭をやりきれない気持ちのまま撫でた。 ───ルルルルルルル…… 遥一郎「……電話?」 ───まさかノアッ!? ガチャッ! 遥一郎「も、もしもしっ!?」 声  『…………』 遥一郎「───ノア、か……?」 声  『……ごめん、悪いけど僕はノアちゃんじゃないよ』 遥一郎「蒼木───っ!?お前っ……何処に居るんだよ!こっちはお前を探して……!」 声  『───ごめん』 遥一郎「謝ってばっかじゃ解らねぇよぉっ!」 声  『……ノアちゃんが、消えたんだね……?』 遥一郎「───……!?」 なに……? 遥一郎「あ、おぎ……お前……なんか知って……?」 声  『……明日、学校が終わってから学校の屋上に来てほしい。     僕はそこでキミを待っているから……』 ───ブッ……。 ツーツー…… 遥一郎「蒼木……?お、おい蒼木……おいっ!!」 ───くそっ! 解らない……なにがなんだか解らないよ……! ノアが消えた……? 消えたってどういうことだよ……! サクラ「与一……」 遥一郎「……なぁサクラ、ほんとにノアのこと忘れちゃったのか……?」 サクラ「……ごめんなさいです、与一……。     サクラ、与一が何を言ってるか解らないです……」 ……どうしたらいいんだ。 この抑えようのない苛立ちを……どうしたら……。 どうしてこんなことになったんだ……ノアはどうなったんだよ……。 ピンポーン!ピポピポピンポーン! 遥一郎「───!」 サクラが動くより先に走った。 そして乱暴に玄関ドアを開ける。 がんっ! 声  「ぐおっ!」 ───妙な声が聞こえた。 雪音 「うう……ホギッちゃんヒドイ……」 遥一郎「───……」 ……期待してなかったと言えば嘘でしかない。 それでも打ち砕かれた時は……いったいどんな顔をしたらいいんだろう。 雪音 「……ホギッちゃん、澄ちゃん居た……?」 遥一郎「───……」 雪音 「……ホギッちゃん?」 遥一郎「あ……な、なぁ……観咲……」 雪音 「ほえ……?なに?」 遥一郎「…………あの……」 ノア、見なかったか? そう訊こうとしているのに口が動いてくれない。 ここで否定されたら、それこそ俺は─── 雪音 「…………黙ってちゃ解んないよぅ」 遥一郎「っ……」 いや、訊くべきだ。 本当に消えてしまったのなら……俺はそれを確信しなきゃならない。 ───あの頃と同じように。 遥一郎「───あの頃……?」 雪音 「え?」 ……まて。 俺、なにか大事なこと忘れてる。 そうだ。 これ……あの時と……フレアが消えた時と同じだ……。 公園で遊んでた俺とフレアを知ってたじいさんが突然フレアのことを忘れた。 たまに公園に来て、お菓子をくれた女の人がフレアを忘れた。 ……あの、俺以外が彼女の存在を忘れたあの時と───? だとしたら───! 遥一郎「サクラッ!」 声  「はっ、はいですー」 ぱたぱたぱた……。 サクラ「なにです?与一」 遥一郎「天界に───」 雪音 「?」 遥一郎「………」 ぐいっ。 雪音 「わっ?ちょっとホギッちゃん!?な、なんで押すのー!?」 遥一郎「大事な話がある。席を外してくれ」 雪音 「あうぅ、ちょっと待ってよぅ、     わたしもホギッちゃんに大事な話があったんだよぅ」 遥一郎「……蒼木なら見つかってない」 雪音 「そうじゃなくって……誰に言われたのか解らないんだけど、     伝えなきゃいけないことがあるんだよぅ」 遥一郎「誰に言われたか解らない?なんだよそれ」 雪音 「いいからっ!言わないとスッキリしないから聞くっ!」 遥一郎「……わかった。早く言え」 雪音 「う、うん……えっとね……『またお別れも言えないでごめんなさい』って」 遥一郎「……なんだよそれ」 雪音 「うー、待ってよ……。     わたしだってどうしてこんなこと言ってるのか解らないんだから……」 遥一郎「……それだけか?」 雪音 「ううん、だから待ってってば。えーとね……───     『わたしの命はもう長くないみたいです。     だから、せめてお兄ちゃんが言った通りに、     誰かの未来のお手伝いをしたいから……』だって。     それから……あ、あれ……?なんで涙が出るんだろ……」 観咲は話の途中でぽろぽろと涙を流した。 だけど俺しはそれよりも観咲の言葉に異常ともとれる感情を抱いていた。 ……お兄ちゃん……? 未来の手伝いって……まさか……! 雪音 「え、えっとね、それと……ありがとう、だって……」 遥一郎「───……」 ───俺の知り合いで困っている人が居たら……助けてやってほしい。    その人の未来の手伝いをしてやってくれ。お前達なら、きっとそれが出来る。 ───…………マスター……それは命令ではなく、お願いです。 ───え……?あ、そうだな……はははは。    でも───頼む。俺にとって、俺の周りに居た人は誰もが大切な人だ。    誰ひとり欠けちゃいけない。だから、助けてやってくれ。 ───それでマスターは喜んでくださるのですか……? ───ああ、もちろん。 ───解りました。心に留めておきます。 ───……すまない。 ───謝らないでください。マスターの気持ち、解りますから。 ───ありがとう……。 ───はい。 ……瞬時に、ひとつの会話が思い出された。 観咲の言う言葉が本当にノアの言葉だとしたなら─── ノアが消えた原因は俺にあって、そして……ノアは、ヒナの─── 遥一郎「命が長くないってなんだよ……。あんなに元気だったじゃないか……。     ───っ!観咲ぃっ!笑えない冗談言ってると承知しねぇぞっ!!」 雪音 「え?わ、わーっ!ちょちょちょっとたんまーっ!     わたしはホントに伝えたいこと伝えただけだよーっ!」 遥一郎「誰ひとり欠けちゃいけないって言ったんだ!     あいつが……ノアがそれを破るわけないだろっ!?」 雪音 「そんなことわたしに言われても解らな───……     ……ホギッちゃん……泣いてるの……?」 遥一郎「!」 掴んでいた観咲の襟首を離して顔を逸らした。 雪音 「…………ノアって人、そんなに大事な人だったの?」 遥一郎「やめてくれ……覚えていないのに同情するのは……」 雪音 「………………」 サクラ「与一……」 遥一郎「やめてくれ……!頼むから……やめてくれぇ……っ!」 視界が大きく滲んだ。 ……まただ。 また、あいつが苦しんでいた時に何もしてやれなかった。 気づいてやれなかった。 俺は……─── 遥一郎「なんなんだよくそぉっ!」 ガダァンッ! 雪音 「ッ!」 サクラ「ひゃうっ!?」 どうして……どうして何も言ってくれなかった……! 俺はお前を救いたかったのに……! また俺に後悔しろっていうのかよぉ……っ! ヒナ……!ノアぁ……! 遥一郎「…………観咲……」 雪音 「え……え?な、なに?」 遥一郎「あいつは言ってたんだよな……誰かの手伝いをしたいって。     ……観咲。あいつは誰の未来の手伝いをしたんだ……?」 雪音 「え……そんなこと言われても訳わかんないよぅ……」 遥一郎「……その場にはお前以外誰も居なかったのか?」 雪音 「え?えと……まゆちゃんが───あ、そう!まゆちゃんが車に撥ねられて」 ───! 遥一郎「…………わかった。ありがとう……」 雪音 「……ホギッちゃん……?」 遥一郎「八つ当たりして悪かった……。今日はもう……帰ってくれ……」 雪音 「…………う、うん……」 ───…………バタン。 ………… サクラ「……与一?」 遥一郎「サクラ、訊きたいことがあるんだ。隠さずに全てを話してくれ」 サクラ「……?」 遥一郎「天界には自分を犠牲にして何かを叶える魔法ってあるのか……?」 サクラ「……サクラ以外でです……?」 遥一郎「………」 サクラの言葉に頷く。 サクラ「……あるです。サクラの血筋───ランティスには必ずこの魔法があるです。     でも時々、変異みたいなもので突然使えるようになったり、     生まれた時に身についていたりする人が居るってレインにいさんがいってたです。     その例は『転生』、『同化』、『希望』です。     転生は誰かを転生させる力です。     記憶をそのままに、好きなものに転生させるです。     同化はそのままの意味です。     誰かと同化することでどんな怪我も病気も治したりするです。     そして希望は……どの奇跡の魔法よりも無茶な奇跡を起こすです。     初めて会った時、話したやつです。     自分を犠牲にして願いを叶えるのはどれも変わらないです。     その三つ、どれであろうと使ってしまうと別の何かになるです。     木になるかもしれないし雲になるかもしれないし、     見知らぬ誰かになっているかもしれないです」 遥一郎「………ルイードって血筋はどうなんだ?」 サクラ「……どうして与一が天界の名前知ってるです?」 遥一郎「いいから」 サクラ「うにゅう……ルイードは突然変異で魔法を憶えた例です。     パターンは同化。誰かと融合するタイプの奇跡の魔法です。     同化した人に記憶を植え付けることも可能です。     でも本人が強く望まない限り、それはできないです」 遥一郎「………」 真由美さんの中にノアの記憶もあるかもしれない……。 そういうことか───。 遥一郎「その同化した人はどうなるんだ?」 サクラ「……与一……その魔法は使った時点でもう取り返しがつかないです……。     使ったらもう、他の何かになるですよ……」 遥一郎「それじゃあ戻る方法は」 サクラ「………ないです」 遥一郎「───!」 ───……神さま……これが現実なのか……? 誰かのために頑張ってくれた者をこうやって消すことが現実なのかよ……。 遥一郎「───……」 がっくりと項垂れた。 これが現実だ。 ノアはもう……消えた。 消えたんだ……。 受け入れたくなくても、もう心が理解してしまった。 だけど…… 遥一郎「───……あ、れ……?なぁサクラ。     一番最初に魔法のこと話した時、お前言ったよな?     『家族以外の全てに忘れられる』って」 サクラ「そです。奇跡の魔法を使うと家族以外の全てに忘れられるです。     でもその人と心が通じ合ってた人は忘れないらしいです」 遥一郎「………」 俺はノアを大切に思ってた。 ヒナに似ていたからってこともあったかもしれない。 だけどそれ以上に、あいつは俺の家族だった。 だから俺は忘れなかったのかもしれないし、 ヒナの生まれ変わりだったからって考えもある。 だけど───なんでだ? どうして蒼木がノアのことを覚えていたんだ……? 遥一郎「……サクラ」 サクラ「…………はいです」 遥一郎「レインハートって知ってるか?」 サクラ「───レインハートは『転生』のパターンの奇跡の魔法の所持者です。     想いの力を魔力に変えて奇跡を起こすです」 遥一郎「───それじゃ、やっぱり……あいつは……」 ───天界人、だったんだな……。 ああ……フレアが消える前、どうして思いつめた顔をしてたのかがやっと解った……。 そして、どうして喧嘩してた両親が急に仲直りしたのか……。 ……馬鹿……。 あんなことのためにお前が犠牲になることなかったのに……。 くそっ!どこまで馬鹿なんだ俺は……! サクラ「………」 ……きゅむ。 遥一郎「サクラ……?」 サクラ「与一……泣かないでほしいです……。     サクラが一緒に居るです……ずっと、傍に居るです……」 遥一郎「………」 ぎゅっ。 サクラ「……みぅ……」 遥一郎「……ありがとう……ありがとな……」 人が居なくなるのは怖い。 それがどういうことなのか、俺はまた知った。 いや……思い出してしまった。 それが親しすぎる者であれば、それはなおさらだ。 情けなく涙を流してサクラを抱きしめる俺を、サクラは微笑みながら抱きしめた。 ───明日。 蒼木と学校で会って何があるのか、正直まるで解らない。 だけど今はただ─── 大切な人のために流れる涙を、自分の心の気が済むまで流そう。 そうじゃないとぼくはもう耐えられそうになかったから。 ───俺は……ありがとうだなんて言われるほど出来てないんだよヒナ……。    助けたかった人も、守りたかった人も救えない情けない奴なんだよ……。    それなのに……どうしてお前は勝手に居なくなっちまうんだよぉ……! ……俺はサクラを抱き締めながら泣いた。 随分と力が入っていたはずなのにサクラは何も言わず、ただやさしく微笑んでいた。 ───やがて涙が枯れる頃。 その、『運命』って呼ばなきゃならない日は訪れた。 その頃にはサクラは俺の腕の中で小さな寝息を立てていて、穏やかな寝顔を見せていた。 ……俺はその寝顔に『ごめんな』と言い残すと、 サクラを部屋のベッドに寝かせ、家を出た。 そこで俺は苦笑するのだ。 自分のことは自分が一番よく解っている、と。 きっとこれが最後だ。 せめて俺は───あの悲しい顔の友人のために何かをしよう。 ノアが、俺にそうしてくれたように─── ───最後に、世話になった家に向き直って頭を下げた。 歩を進めた先にどんなことが待っているかは解らない。 だけど多分───結末は変わらないんだと思った。 痛み始めてきた体を見下ろして、俺はまた笑った。 せめて……あいつと会うまでもってくれ、と。 Next Menu back