───いつか駆け抜けた春に咲く花の物語のコト───
【ケースEND:柏鷺真由美/まどろみの春】 ───季節はめぐる。 ふと見上げればいつの間にか空は蒼くて。 その空を見上げる度に、その空に一番近い桜の樹を思い出す。 不思議な体験はいつ思っても不思議な体験で。 わたしはそんな体験を忘れることなく、今もその桜の樹の下で夢を見る。 それがどんな夢なのかは解らないけれど、心が温まるのは確かだった。 だけどそれは以前ほどではなかった。 それはどうしてだろうと思うものの……どうしてか、納得している自分が居る。 悠季美「おかあさーん!」 娘がわたしを呼ぶ。 今日は知り合い仲でのお花見ということもあって、 初めてのお花見に(はしゃ)ぐ娘を見るのも新鮮なものだと笑ってしまう。 美希子「ゆーきーみ?おかあさん休んでるんだから邪魔しちゃだめだよ」 悠季美「だってー……」 美希子「おねえちゃんの言うこと聞けないの?」 悠季美「おねえちゃんそればっかり……」 ふたりの娘が言い合うのを喧嘩になる前に止めて、少し苦笑する。 親というのはやっぱり大変なものだ。 声  「おーい悠季美ちゃーん!」 悠季美「あ、柾樹ちゃんだ。ここだよー!」 美希子「……元気ッ子。わたし、ちょっと下の方行ってる」 悠季美「うん」 わざわざ遠出までしてこの街に戻ってきたのには理由がある。 ひとつ。 この樹の下でお花見をすること。 ふたつ。 自分が幸せであることを、あの子と別れたここでしようと思ったこと。 ───ねぇ、サクラ……あなたは今───幸せ……? ……小さくその樹に体を預けて目を閉じた。 やがて訪れる心地よい眠気に身を委ねる。 最後にその満開の桜を目に焼き付けて、小さく息を吐いて眠りについた。 悠季美「……あれー?おかあさん、眠っちゃった……」 柾樹 「眠らせてあげなよ。多分、お仕事大変なんだよ」 悠季美「うん。マスターの傍ならゆっくり眠られるよね」 柾樹 「ますたー?なにそれ」 悠季美「この樹はね、マスターなんだよー」 柾樹 「……変な名前つけたらかわいそうだよ」 悠季美「変じゃないもん、マスターだもん」 柾樹 「……じゃあ今日から悠季美ちゃんのこと、マスターって呼ぼう」 悠季美「マスターなのはわたしじゃなくてこの樹さんだよぅ……」 柾樹 「いきなりそんなこと言われてもわけわかんないよ。やーい、マスター」 悠季美「もーっ、柾樹ちゃんのばかー!」 ───……。
【Interlude/───】  ───やがて季節は流れてゆく。 その景色に身を委ねながら、時には笑って、時には泣いて。 そのひとつひとつが掛け替えのないものだと気づいた時。 きっと、その人の人生は幸せの中にあるんだと思う。 嬉しいと思うこと。 悲しいと思うこと。 そのどれもが確かにあるこの世界で。 『わたし達』や『ぼく達』がどんな幸せを掴めるのかは解らない。 でもきっと……その全てに幸せになる権利があることを僕達は知っていた。 例えば病気だった誰かが、誰かとの出会いのおかげで一時でも彩りを得られたとしたなら。 それは絶対に幸せだったと───僕は言える。 まだまだ穏やかなこの世界の風となって、僕は長い旅をしよう。 誰だってひとりじゃないから。 だから───その希望という名の思いを持って、歩きだそう。 ……空には彼女、地上には彼。 そのふたつに見守られながら、僕は小さな願い事を叶える。 子供の頃の思い出や、その先にある小さな幸せをあなたに。 ───僕はこの世界で幾度となくめぐりゆく季節を迎える。    悲しみや楽しみを一身に受けながらその世界を眺め。        辛いことや嬉しいことを受け入れて、分かち合いたいと思いながら。    そして願う。    どうか、キミの未来が幸せでありますように、と─── ───ある日、ひとつの樹の下にやってきた男の子が居ました。 彼は怒っているようで、その樹に辿り着くと乱暴に土を蹴りました。 どうやら親と喧嘩したようです。 凍弥、と名づけられた子供は父親との喧嘩に負けて、家出をしてきたようでした。 自分の名前の由来を聞かされて荒れた自分も馬鹿だったけど、 実の子供相手に本気で怒る親の気が知れなかったようです。 ……けれど、勢いで電車にまで乗って、 流されるままに辿り着いたそこはまるで知らない場所。 少年は苛立ちを胸に、その樹を蹴ろうとしました。 ……と、その時です。 夜で、暗かった筈の視界が急に明るくなりました。 不思議に思って空を見上げてみると、空からの光で樹が輝いているのでした。 そして、突然空中から落ちてくる少女。 彼は慌てて受け止めようとしたけれど、逆に潰されてしまいました。 文句を言おうと起き上がるとその子は目に涙を溜めながら何度も頭を下げてきました。 輝く樹の下で出会った小さな少女。 少年は思わず呆れましたが、文句を言おうとしました。 だけどそれより先に、少女が微笑んで言いました。 『あなたの幸せのお手伝い、させてください』 その笑顔があまりにも自分の現状と不一致だったのか、 少年は苛立ちを持ったまま動けなくなってしまいました。 そんな少年を真っ直ぐに見つめて少女が自己紹介をする。 ───その少女の名前は、目の前に立つ綺麗な樹と同じものだった─── Menu back