夏の風を受けていた。 風が森を撫でるのを眺めていた。 遠い夏の日、俺達は長い夢を見て笑っていた。 でも……限りある季節の中で、 自分の大切なものを必死に探して、 本当に守りたかったものに気づいて、 それがひと夏という季節だったということを知ったとき…… 俺もまた、叔父さんのように───過去に泣いていたのかもしれない……。 ───夢と恐怖/過去と誤解と恐怖とオジキ───
雪が降っていた。 夏に見る夢の中で、白黒の空から幾つもの冬の結晶が舞い降りていた。 白く染まった路地。 赤く染まった路地に───歌が奏でられていた。 白黒の空に、悲しい歌が飲み込まれていた。 全ての思い出が『過去形』になってしまう以前、未来を望んだ少女がいた。 少しずつ少しずつ、小さな夢を重ねていた少女がいた。 そんな少女が冬の夜空へ歌を奏でていた。 静かな夜だった。 赤く染まった雪の中で、歌が消えてゆくのを眺めていた。 何も出来なかった。 目の前で苦しむ少女に、夢を見ていた少年は何もしてやれなかった。 涙が止まらなかった。 知り合いだという訳でもない。 親しかった訳でもない。 夢の中で初めて会った少女。 それなのに……涙が止まらなかった。 どうして俺は泣いているのだろう。 どうして涙が止まらないのだろう。 いつしか歌は途切れていて、 少女は目覚めることのない眠りについていた。 雪が降っていた。 空が泣いていた。 でも…… 少女が笑っていた。 瞳から一筋の涙がこぼれて、赤い雪に溶けていた。 悲しい笑顔だった。 悲しい寝顔だった。 そんな景色を見て…… そんな笑顔を見て…… 俺もまた……泣いていた。 ……風が吹いていた。 少女の微笑みを抱くように吹く暖かな風。 その風もやがては消え、ゆっくりと夜が明けていた。 そこに残ったのは悲しい夢だった。 静かにひとりの少年の日常が崩れていった……。 キーンコーンカーンコー…… 柾樹 「んぐ……?」 チャイムの音を耳に、意識が覚醒してゆく。 柾樹 「くぁ……あぁ〜〜ぁ……」 ぐぅっと手を挙げて大きく伸びをする。 柾樹 「眠い……む?」 気がつくと授業などとっくに終わっていた。 柾樹 「……あれ?」 朝、悠季美と大慌てで教室に滑り込み、それから…… 柾樹 「……それから……」 机に突っ伏して寝た。 柾樹 「う〜む……」 学校における睡眠の新記録だ。 周りを見ても見事に誰もいない。 柾樹 「……帰るか」 それしか道は無さそうだった。 柾樹 「はぁ……」 眠気から来る溜め息を吐きつつ、鞄を持って廊下へ。 実に寝に来たようなものだった。 柾樹 「ただいま〜」 玄関のドアを開けて中へ。 夕  「あっ、おかえり柾樹くん」 その途端に夕に迎えられる。 というか…… 柾樹 「何やってるんだ?お前」 夕  「ふぇ?何が?」 俺の後ろで夕が首を傾げる。 柾樹 「お前も今、帰ってきたのか?」 夕  「うん、そうだよ」 柾樹 「さぼりか?」 夕  「人聞き悪いよ……」 柾樹 「似たようなものだろう」 夕  「うぅ〜……」 柾樹 「叔父さんは?居るか?」 夕  「私、今帰って来たんだよ?」 柾樹 「そんなに長い間、外に居たのか?」 夕  「うん」 柾樹 「そうか」 言って、中に入る。 柾樹 「なら悠季美と会ったか?」 夕  「会ってないよ」 柾樹 「そうか」 言って、二階へと足を運ぶ。 柾樹 「何処に行ってたんだ?」 夕  「散歩だよ」 柾樹 「そうか」 言って、自室へと足を運ぶ。 柾樹 「ところで、やっぱり学校すら思い出せないのか?」 夕  「うん、そうなんだよ……。鈴問って名前しか……」 柾樹 「変な記憶喪失だな」 夕  「きっと記憶喪失にも多種多用があるんだよ」 柾樹 「とりあえず、こういう時に使う言葉じゃないぞ」 夕  「よく解らないよ」 柾樹 「身元確認出来れば早いだろう」 夕  「身元?」 柾樹 「ああ、例えば……何処から来た?」 夕  「えと……森」 柾樹 「密林の帝王かお前はっ!!」 夕  「ふぇえ、だって本当なんだもん!!」 柾樹 「嘘はいい」 夕  「本当だよっ!気がついたら変な場所に倒れてたんだよ!」 柾樹 「変な場所?」 夕  「うん……。そこから森を抜けて、ここに来たんだよ」 柾樹 「で、腹が減ったから飯を食おうとしたが」 夕  「財布が無かったんだよぉ〜〜っ!!」 柾樹 「ええい泣くなっ!!」 夕  「うぅ〜……」 柾樹 「名前は自分で決めたのか?」 夕  「え?違うよ」 柾樹 「矛盾してるぞ。記憶喪失だったんだろう?」 夕  「そこが変なんだよ。どういう訳か、名前だけは自然に出たの」 柾樹 「ほう……」 夕  「………」 柾樹 「記憶、戻るといいな」 夕  「う、うん……」 柾樹 「どうした?」 夕  「え?えと……その……ね?そのロバ、何に使うのかなぁ〜って……」 柾樹 「微力だが手伝ってやろうかと」 夕  「微力どころかハルマゲドンパワーだよっ!!」 柾樹 「妙なところに知識があるな」 夕  「うん、私もそう思うよ」 柾樹 「じゃ、覚悟はいいな?」 夕  「う、うん!記憶が戻るかもしれないなら……」 柾樹 「よし!歯をくいしばれ!!」 夕  「ッ……!!」 ドカンッ!! 夕  「あきゃッ!?」 柾樹 「………」 夕  「うくっ……」 柾樹 「………」 夕  「ふぇえ〜〜〜〜〜っ!!殴ったぁっ!ホントに殴ったぁああっ!!」 柾樹 「俺はやると言ったらやる男として有名だ」 夕  「ふぇええええええん!!首が痛いよぉ〜っ!!」 柾樹 「気のせいだ」 夕  「痛いよぉっ!!」 柾樹 「感覚麻痺だ」 夕  「痛いんだよっ!?」 柾樹 「腰痛だ」 夕  「首が痛いんだよっ!!」 柾樹 「目の錯覚だ」 夕  「目は関係ないよ!!」 柾樹 「幻聴だ」 夕  「もっと関係ないよっ!!」 柾樹 「そんなことは断じてないと言えそうな雰囲気が無くもない」 夕  「あるんだよぉっ!!」 柾樹 「俺は痛くないぞ」 夕  「殴られたのは私だよ!!」 柾樹 「これは迂闊だ」 夕  「ふぇえ〜〜〜〜〜ん!!」 柾樹 「ご近所に迷惑だ、泣き止め」 夕  「殴ったのは柾樹くんだもん!」 柾樹 「承諾したのはお前だ」 夕  「ホントにやるとは思わなかったんだよっ!!」 柾樹 「やると言ったらやると言っておいただろう」 夕  「殴られた後だよ〜っ!!」 柾樹 「ぬおお、これは迂闊だ」 夕  「わざとらしいよ〜!」 柾樹 「なにを言う、アルティメット・マジモードだぞ」 夕  「どこまでが本気なのか怪しいよっ!!」 柾樹 「俺は正直者で有名だ」 夕  「絶対嘘だぁ〜〜〜っ!!」 柾樹 「そんなにハッキリ言われると、いくら俺でも傷つくぞ」 夕  「傷ついたのは私だよ!」 柾樹 「そうか」 夕  「そうだよ!」 柾樹 「どうやら記憶が曖昧なようだな」 夕  「そう……え?」 柾樹 「だが安心しろ。俺の計算ではあと数回殴ればハッキリする」 夕  「し、しないしない!しないよ絶対!!」 柾樹 「噛みしめて言ってやる。そんなことはない」 夕  「あるよぉっ!!」 柾樹 「ハハハハハハ、俺からの気持ちだ、受け取れ」 夕  「やだぁああああああああっ!!!!」 夕は逃げ出した。 悠季美「柾樹くん、帰ってるんですか?」 夕  「はうぅっ!?」 しかし回り込まれた。 柾樹 「丁度いい、そいつを抑えてくれ」 悠季美「夕ちゃんを?」 夕  「や、やめてぇええええ!!」 悠季美「何事なんですか?」 柾樹 「ショック療法で記憶を蘇らせる」 夕  「柾樹くんがロバで殴るんだよぉっ!!」 悠季美「……イジメの協力は流儀に反します」 夕  「あ、ありがと〜っ!」 柾樹 「あ、そういえば夕。昨日お前、叔父さんと一緒にケーキ食ってたろ」 夕  「え゙……!?さ、さよならっ!!」 夕は逃げ出した。 悠季美「ホホホホホ……お待ちになって、佐奈木さん。ていうか待ちなさい」 しかし見事に捕まった。 夕  「わきゃっ!?」 悠季美「さ、柾樹くん♪……殺っちゃってください!!」 夕  「やだぁああああああああああっ!!!!!」 柾樹 「ハハハハハハハハ」 悠季美「うふふふふふふふ」 夕  「うきゃぁああああああああああっ!!!!」 柾樹 「この一撃に全てを懸ける!見ててくれ故郷のみんな!     オラはやるだ!ウララァーーーッ!!」 ボゴシャア!! 夕  「うきゅうっ!?」 ………ドサ。 チィーン……。 柾樹 「皆さん、お揃いですね……?では、ご家族の方から焼香を……」 悠季美「いません」 柾樹 「そうか。では、これにて終了とさせて頂きます」 チィーン……。 夕  「勝手に殺さないでよぉっ!!」 柾樹 「なんだ、生きてたのか」 悠季美「なによりです」 夕  「悠季美ちゃん……。その、いかにも『チッ』て顔は何?」 悠季美「そんな顔してません」 柾樹 「うむ、その通り!」 夕  「じゃあ柾樹くん……。その『ホームラン打った』って顔は何?」 柾樹 「青春の汗だ」 夕  「青春に殺されるところだったよ……」 柾樹 「そこらへんに青春の心意気があるんだ」 夕  「嘘はいいよ」 柾樹 「うむ、それもそうだ」 夕  「やっぱり嘘だぁ〜っ!!」 柾樹 「ぬおお、誘導尋問にかけるとは!」 悠季美「かけてません」 柾樹 「冗談だ」 夕  「結局記憶は戻らなかったし……」 悠季美「大丈夫ですよ夕ちゃん。次は生かして帰しません」 夕  「微笑みながら言う台詞じゃないよぉ〜っ!!」 悠季美「……あ、本当は『すぐ戻りますよ』って言おうとしてたのに……。     建前と本音が逆になってました」 柾樹 「相変わらず腹黒いな」 悠季美「ミステリアスは大事ですよ」 柾樹 「そんなもんなのか……?」 声  「お〜い、メシが出来たぞ〜!!」 突如聴こえた叔父さんの声。 柾樹 「なんだ、居たんじゃないか」 悠季美「今日の当番は凍弥さんだったんですか」 夕  「やった〜!!私あの人の料理大好きっ!!」 悠季美「この香り……あっさり系の料理ですね」 柾樹 「よく解るな……」 悠季美「伊達に旅館の手伝いしてませんよ」 柾樹 「流石っ!」 夕  「はうぅ〜っ!!お腹ぺこぺこだよ〜っ!!」 夕が先立って部屋を出て、階段を降りてゆく。 柾樹 「行動早いな、アイツ……」 悠季美「旅館の料理より、よっぽど美味しいですから」 柾樹 「そうか?」 悠季美「家庭的な暖かさは、そういうところにある物だと思ってます」 柾樹 「そっか……」 声  「柾樹ー!!悠季美ー!!お前らも早く食えー!」 柾樹 「今行く!」 悠季美「さ、冷めない内に行きましょう」 柾樹 「ああ」 悠季美と連れ立って階下へと降りる。 柾樹 「突然、ロールキャベツを食いたくなった」 悠季美「絶対に無いです」 柾樹 「ああ、俺もそう思う」 夕食の一景。 夕  「はうぅ〜ん♪美味しいよ〜っ♪」 悠季美「美味なる物には音があるそうです」 夕  「ふぇ?そうなの?」 悠季美「真偽は謎です」 柾樹 「ならマンドラゴラはさぞかし美味だろうな」 悠季美「食べる前に死ねます」 柾樹 「うむ」 夕  「そんなに危険な食べ物なの?」 柾樹 「食べ物と断定するな」 夕  「だ、だって柾樹くんが……」 柾樹 「まあ……そうだな。     例えるならばトカゲがティラノサウルスに喧嘩を売る程に無謀な挑戦だ」 夕  「えと……よく解らないよ」 凍弥 「じゃあ……そうだな。     ムッ○がスポーツでガチャ○ンに挑戦する程に敗北の解り切った結末だ」 夕  「ふゎ……そんなに危険なんだ……」 叔父さんの例えに納得する夕。 ちなみに俺は解らなかったりする。 それは悠季美も同じ様で、頬に手をやり首を傾げている。 柾樹 「ム○クとガ○ャピンって誰?」 凍弥 「過去、お茶の間の話題を欲しい侭にした漢達だ」 ますます、噛みしめて言える程に解らん。 そうなると、夕が理解出来るのが不思議でならない。 柾樹 「夕……」 夕  「んぐ?なに?柾樹くん」 柾樹 「なんでそんなもの知っているんだ貴様は!!」 夕  「なんでって……知ってるからだよ」 柾樹 「またそのパターンか!?」 夕  「私からすればドナルドの方が謎だよ」 柾樹 「なにぃ!?あんなに白いのにか!?」 悠季美「白さは関係無いと思います。重要なのはあの見事なアフロです」 柾樹 「それもそうだな、すまなかった夕」 夕  「アフロで解決するなんて怖いよ……」 凍弥 「いやいや、あれは見事なアフロだった」 柾樹 「アフロ最高」 悠季美「最高、アフロさん」 夕  「意味不明だよ……?」 凍弥 「噂では、奴の本体はピエロ姿のアレではなく……アフロの方だそうだ」 夕  「すっごく怖いよぉ!!」 柾樹 「一度、本人に会ってみたいな」 夕  「絶対やだよっ!!」 柾樹 「怖くないぞ」 夕  「怖いよぉっ!!」 柾樹 「どうやら好印象は植え付けられなかったようだ」 凍弥 「残念だ」 悠季美「そういえば一度だけ、木曜の怪談という番組に出ていたと父から聞きました」 凍弥 「おお、あれだな」 柾樹 「どんな役だったんだ?」 悠季美「ナイトメア役でした」 柾樹 「ナイトメアって、あの夢魔のナイトメアか?」 悠季美「ハイ」 夕  「夢魔って……なに?」 凍弥 「夜、寝ている人の夢の中に入ってきて夢を見ている人を殺すと伝えられている」 夕  「殺されると……どうなるの?」 凍弥 「現実でも死ぬ」 夕  「………」 悠季美「そうらしいですね。     なにしろナイトメアの作る夢は現実とリンクしているそうですから……」 夕  「………」 柾樹 「……夕?」 ポンッ、と夕の肩を叩いた。 その瞬間ビクッと震え、そのままの体勢で横に…… 柾樹 「倒れるなっ!!」 夕  「や、やだぁっ!!」 悠季美「倒れると痛いです」 夕  「だって怖いんだもんっ!!」 柾樹 「怖いと倒れるのかお前はっ!!」 夕  「ふぇえっ!!眠るのが怖いんだよぉっ!!」 柾樹 「寝ろ」 夕  「あっさり言わないでぇ〜っ!!」 凍弥 「寝不足はお肌の天敵だぞ」 夕  「い、いいもん!別に気にしてないから……」 柾樹 「ニキビが出来るぞ」 夕  「……いいもん」 柾樹 「目が充血するぞ」 夕  「……いいもん」 柾樹 「魚の目が出来るぞ」 夕  「……えっ!?」 柾樹 「しかもマグロ級の巨大眼(ビッグアイズ)(ウオ)ンチュー」 夕  「……えぅぅ……」 凍弥 「そして大きくなった魚の目は、     やがて目玉のオジキと化し、大地へと舞い降りる」 夕  「目玉の……オジキ?」 凍弥 「目玉から手足の生えたナイスガイだ。     その全長はエベレストを軽く凌ぎ、その足は一歩のみで太平洋を渡り、     その手は蟻を掴むのに最適な程、小さいという」 夕  「バランス悪すぎるよぉっ!!」 凍弥 「ちなみにこの話を聞いた方の中から、     抽選で語尾に『よ、ん』を巧みに付ける人の夢に、     どうあってもその夜訪れるそうな」 夕  「やだぁああああああああああっ!!!!」 悠季美「素敵な物語ですね」 凍弥 「ああ。感動巨編、大増47Pな程に素敵だ」 夕  「怖いよ!」 柾樹 「その後、オジキは?」 凍弥 「通行人に圧殺される」 柾樹 「そんなにデカい通行人が居るとは……感動だ」 夕  「どこも感動出来ないよっ!!」 悠季美「そんなことないです」 夕  「だって怖いよ!?」 凍弥 「外見で判断するな」 夕  「え……?もしかして平和の使者とか?」 凍弥 「いや、性格は獰猛で破壊好きの野人系だ。     ただバファリンが好きらしい。故にやさしきビッグアイズヒューマンの筈だ」 夕  「やさしさがどうとかの次元じゃないよっ!!」 凍弥 「気のせいだ。バファリンの成分の半分はやさしさで出来てるんだぞ」 夕  「滅茶苦茶だよ!!」 柾樹 「そんなことはない」 夕  「すっごく怖いよ!」 悠季美「オジキの愛です。     せめて受け取ってから昇天してください」 夕  「ふぇえ……みんなひどいよ……」 柾樹 「俺はやさしい人として有名だぞ」 夕  「あからさまに嘘だよっ!!」 柾樹 「安心しろ、バファリンを使用した。     そうすることにより俺の中でやさしさが鼠算式に増加している。     しかもTOP発動中だから効果が1.5倍だ」 夕  「怖すぎるよっ!!」 柾樹 「そんなことないぞ。     俺の体からやさしさが溢れ出している。特に毛根から」 夕  「すっっっごく嫌だよっ!!」 凍弥 「バファリンとは恐ろしい」 悠季美「まったくです」 夕  「危機迫る空気の中、穏やかに話さないでよぉ……」 柾樹 「危機迫ってるのはお前だけだ」 夕  「だ、だって魚の目が!オジキがぁぁっ!!」 どうやら本気で信じているらしい。 柾樹 「……叔父さん」 凍弥 「俺は知らん」 悠季美「同意見です」 夕  「きっと夢の中に出てきて街を破壊してその眼光で田畑を焼き尽くしてヘッドバット     で人々を一撃の名の下にジェノサイドして私なんか一口でペロリと食べられちゃう     んだ〜っ!!うわぁあああああああああん!!!」 柾樹 「落ち着け」 夕  「……そういえばさ、口あるのかな」 柾樹 「知るかっ!!いきなり冷静になるな!!」 夕  「うぅ〜、だって柾樹くんが落ち着けってぇ〜!」 柾樹 「お前が極端すぎるんだ!」 夕  「……そんなことないもん」 凍弥 「いいから、その辺にしておけ。キリがないぞ」 柾樹 「第三者を楽しんでたくせに……」 凍弥 「見物は大切だ」 柾樹 「ややこしくなっただけですよ」 凍弥 「気のせいだ」 夕  「……ごちそうさまでした」 夕が席を立ち、ダイニングを出てゆく。 凍弥 「う〜ん、中々のショックだったと見える」 今までの経緯を見れば誰だって解る。 柾樹 「じゃ、俺もごちそうさま」 俺も席を立ち、自室へと足を進める。 凍弥 「何気なく宥めておいてくれ」 柾樹 「なだ……?って、動物じゃないんですから」 悠季美「フェレットあたりが妥当です」 凍弥 「人見知りを知らんあたりはオケラ系だぞ」 柾樹 「オケラは人じゃないですって……」 凍弥 「そこがポイントだ」 悠季美「奥が深いのです」 柾樹 「………」 いかん。 既に会話になってない。 柾樹 「じゃあ、俺はこれで……」 俺はそそくさとダイニングから逃走した。 柾樹 「は〜、食した食したぁ……」 ドサッ!! 自室に戻り、ベッドに倒れこむ。 声  「みぎゃっ!!」 柾樹 「………」 猫が腹を強く締め付けられたような声が聴こえた。 そして異様に盛り上がっている布団。 柾樹 「………」 声  「ふぇえ……」 柾樹 「気のせいだな」 俺は布団に全体重を委ねた。 声  「え……えうぅ……」 泣き声にも似た声が聴こえた。 柾樹 「最近の布団は喋るのか」 驚きの瞬間だった。 声  「ぇぅぅ〜……」 モゾモゾと布団の盛り上がりが移動する。 柾樹 「………」 それを遮るように寝返り(?)をうつ。 声  「ふぇぇ……」 その度にモゾモゾと方向転換する盛り上がり。 柾樹 「最近の布団にはマッサージ機能まであるのか」 尚も俺は寝返りをうち、行く手を遮る。 声  「うっ……うぅ〜……」 そろそろヤバそうだ。 俺は行く手を遮るのをやめた。 モゾモゾと布団が動き、夕が顔を出す。 夕  「……ひどいよ……」 開口一番はそれだった。 柾樹 「ぬおお、居たのか!?全然気づかなかったぞ!!」 夕  「………」 冗談言ってる場合じゃないらしい。 柾樹 「何やってたんだ?人の布団で」 夕  「……怖いの」 柾樹 「……ウィ?」 夕  「怖いの……」 柾樹 「さっきのあれか?」 夕  「………」 ゆっくりと頷く夕。 柾樹 「俺の布団で寝ても怖さは変わらんと思うぞ」 夕  「………」 柾樹 「いいからもう戻って寝なされ」 夕  「……ヤダ、ここで寝る」 柾樹 「………」 どうやら俺の布団が気に入ったらしい。 柾樹 「……仕方無いな、今日だけだぞ?」 夕  「……うんっ!」 俺の言葉を聞いて、目に涙を溜めながら頷く夕。 柾樹 「じゃ、ゆっくり寝ろよ」 カチッ。 部屋の電気を消して、俺は部屋を出た。 やがてドアを閉めようとして 夕  「やだぁあああああああああっ!!!」 どかぁっ! 柾樹 「ぐわっ!?」 しかし夕が背中に抱きついてきた! これは意外な攻撃だ!完全に裏をかかれた! この一瞬でここまでの間合いを詰めるとは! 夕  「えぅう……っ!!やだぁあ……!!」 ていうか泣きながら震えている。 解らんヤツだ。 柾樹 「ぬうう貴様!俺の布団の何が気に入らないというのだ!     ことと次第によっては貴様!百物語の刑だぞ!?」 夕  「……気に入る気に入らないとかの問題じゃないよぅ……!!」 さらに解らんヤツだ。 なにやりたいんだこいつ。 柾樹 「なら心置無く睡眠を取れ。一日だけ許す」 俺は背中から夕を引き剥し、部屋へと入れた。 が、夕が俺の腕を離そうとしないため、俺も中に入る結果になってしまった。 そして入ると離れる夕の腕。 柾樹 「……何が目的なんだ貴様は」 夕  「……貴様じゃないもん」 柾樹 「おやすみ」 カチッ! 俺は電気を消して光の速さで逃走した。 夕  「きゃぅううううぅぅーっ!!!!!」 バタンッ!! 泣きながら追ってくる夕の前で自室のドアを閉める。 夕  「……ふ……ふぇ……!!」 ガチャ!ガチャッ!!ガチャチャッ!! 頻りにドアノブを回転させようとする夕。 しかし、俺が反対側のノブを押さえているため回らない。 夕  「ふぐっ……えぅう……!!うぅ〜……ッ!!     開いて……!開いてよぅっ……!!」 ……カチッ!! その時、部屋に何かの音が響いた。 夕  「……ひぅう……ッ!?」 フィー……ン……。 何かの音パート2。 夕  「えぅう〜っ!開けてっ!開けてよ〜っ!!」 ダン!ダンダンダン!! 激しくドアを叩く夕。 そして次の瞬間…… チャ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜 ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜ララ チャ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜…… 謎の音楽が流れる。 夕  「ッキァアアアアァァァー…ッ!!!」 絶叫する夕。 パタッ。 そして聴こえる人の倒れた音。 柾樹 「夕っ!?」 ドアを開けて中に入ると、見事に夕が気絶していた。 そして流れる音楽は…… 凍弥 「おお、『およげたいやきくん』か。これはまた懐かしい物を聴いているな」 柾樹 「えっ?」 いつの間にか隣に居た叔父さんが呟いた。 柾樹 「知ってるんですか?この曲……」 凍弥 「過去の名曲だ」 あ、そういえば……。 『過去の歌 大全集』ってタイトルがあったから、 コンポのタイマーで録音設定をしたような……。 凍弥 「この歌で気絶した奴なんて初めて見たぞ」 柾樹 「歌で気絶すること自体、不可能だと思います」 凍弥 「それもそうか」 というか、どうすればいいんだ俺は。 柾樹 「………」 とりあえず居間のソファーにでも寝かせておくか。 俺は夕に近づいて、抱き抱えた。 柾樹 「よっ……と、……お?」 驚いた。 思っていたより、ずっと軽い。 夕  「………」 が、立ち上がった途端、夕の目が開く。 柾樹 「え……!?」 ガバァッ!! 柾樹 「ぐわっ!?」 そしてしがみついてくる。 柾樹 「ぬおお!?心優しき純なる少年をたばかったな!?」 夕  「柾樹くんヒドイよぉ……!開けてって言ったのにぃっ……!!」 涙まじりで避難の声をあげる。 凍弥 「ふむ、余程のダメージだったと見える」 柾樹 「俺にどうしろというのだお前は!!」 夕  「え、えと……うぅ〜……」 凍弥 「ひとりでは怖いから一緒に寝てくれ、だそうだ」 柾樹 「なッ!?」 夕  「えぅぅ〜っ!!大きな声で言わないで〜っ!」 凍弥 「トリケラトンプソン唯一の生き残りである俺に翻訳できぬ言葉など皆無だ」 柾樹 「トンプソン!?」 凍弥 「それに、その様子じゃ納得するまで離れんぞ」 俺と夕に指を差し、淡々と喋る叔父さん。 柾樹 「………」 凍弥 「諦めろ。そのテの性格の者はな、     かたつむりになってでも相手が承諾するまで離さないんだ」 夕  「………」 柾樹 「離れろ」 夕  「ヤ」 柾樹 「一言で打ち切るなっ!!」 夕  「怖いのやだぁっ!!」 凍弥 「諦めてさっさと寝ろ柾樹」 柾樹 「いや、しかしですなぁっ!!」 凍弥 「うだうだ言うな、悩むなら明日にしろ」 そう言って、自室の方へ歩いてゆく叔父さん。 こうなったらもう、どうしようもない。 柾樹 「……今日だけだぞ」 夕  「うんっ!」 十分元気じゃないかとツッコミたかったが、やめた。 最近良いことが無いと、頻りに悩む18の夏だった。 ───ちなみに。 一緒の布団で寝たことは確かだが、 アダルトな物語にはてんで興味が無い俺にとっては、 別に苦痛にもなんにもなりませんでした。 むしろ『なにもしないよね……?』とかほざく夕に喝を入れたほどだ。 自分からここで寝るとか言っておいて、なにをたわけたことを、と。 それにしても……嗚呼、俺の明日は何処……? Next Menu back