───プリンシパルウィーク/その料理に秘めた思い───
───……約束。 約束をした。 少女との約束。 子供の頃に繋いだ約束。 ……微笑みを抱いていた。 ひとつの約束によって見ていられた少女の微笑み。 暖かい夢だった。 楽しい夢だった。 悲しい夢だった。 永く短い夢だった。 それでも、絆だけは信じていた。 きっと暖かい未来が迎えてくれると、ずっと信じて疑わなかった。 幸せだった。 雪の降る季節の中を少女と走る夢を見ていた。 とても……とても幸せな夢だった。 日常が崩れても笑っていた。 雪が降るたび笑っていた。 涙を拭うこと無く笑っていた。 永い永い時の中。 夢を見て微笑みながら日常を歩いていた。 ───雪が降っていた。 森を抜けた途切れた丘の景色に。 丘から見下ろす街の景色に。 少女と駆けていた想い出の景色に。 夜と朝の迫間に、綺麗な微笑みが降り揺れていた。 綺麗な雪景を眺めていた。 夢の続きを求めるように、雪景の景色を眺め続けていた。 でも───嬉しいとか懐かしいとか思う反面。 その全てが過去形であることに気づいて、いつしか自分は泣いていた。 凍弥 「………」 夢を見た。 蒼い季節。 少女と街の路地を駆けていた。 もちろん夢だ。 解っている。 少女はもう居ない。 夢の中で微笑む少女はもう、想い出なんだ。 ……解っている。 凍弥 「……朝、か……」 部屋の中に朝の陽の光が差し込んでいた。 布団から出て時間を確認する。 8時29分。 普通なら柾樹達も学校に行っている時間だ。 凍弥 「確か、28日休みだったな……」 静かな朝だった。 暖かい季節の中で、いつも通りの日常を歩く。 いつも通りに目を覚まして楽しくもある日々に身を置く。 凍弥 「ハハッ、なんにも変わっちゃいないな……」 服を着替えて部屋を出る。 廊下に出ても、静かな世界は続いていた。 凍弥 「まだ寝てるのか……。まぁ、折角の休みだしな……」 静かな廊下を歩き、洗面所へ。 顔を洗い、眠気が覚めたところでダイニングへ。 凍弥 「………」 静かなダイニングルーム。 凍弥 「さて、今朝は何を食うかな……」 冷蔵庫を開けて、適当な食材を手にする。 凍弥 「料理か……。俺がここまで上達するなんて、世の中解らんものだな……」 ふと、脳裏をよぎる朝の一景。 凍弥 「ふふ……。料理、か……」 静かな朝。 思い出した一景を胸に、小さく笑った。 凍弥 「あいつ、料理と勉強だけは得意だったな……」 食材を調理しながら、少女の微笑みを想い浮かべていた。 凍弥 「そういえば……あの時の料理……」 懐かしい朝の一景を想い浮かべていた。 冬の季節。 少年の時代。 少女と笑っていた、あの頃の記憶。 『……あははっ♪そっか、じゃあわたしが何か作ってあげるよ』 そう言って、少女が部屋を出ていった。 ………………………………………… 由未絵「凍弥くん……」 声が聴こえた。 凍弥 「ぐ、ぐふっ……」 俺は巨大な猪に潰されていた。 そんな自分を思い出すに至り、 なんだか自分がとても貴重な体験をしたのだということを思い出す。 ……って言ってもぬいぐるみだが。 由未絵「大変だよ……」 凍弥 「なにぃい!?それは大変だ!!」 由未絵「まだ何も言ってないよ……」 凍弥 「冗談だ」 由未絵「うぅ〜……」 凍弥 「で?どうしたんだ?」 由未絵「キッチン、お母さんが使ってるんだよ……」 凍弥 「なにぃい!?それは大変だ!!」 由未絵「さっきと同じ驚き方だよ?ホントに困ってる……?」 凍弥 「俺は常時困惑している」 由未絵「わわっ、凄いね……」 凍弥 「うむ、凡人には不可能な芸当だ」 由未絵「ところで……来流美ちゃんは?」 凍弥 「ロバにKOされて、そこでのびてるぞ」 由未絵「あ……ロバートの頭がへっこんでる……」 凍弥 「気のせいだ」 由未絵「気のせいじゃないよ、見事にへっこんでるもん……」 凍弥 「目の錯覚だ」 由未絵「変な顔になっちゃってるよ〜……」 凍弥 「いい面構えだ」 由未絵「ふぇえ〜、怖いよぉ……」 凍弥 「……ところで……」 由未絵「………」 凍弥 「……由未絵?」 由未絵「……うや?」 凍弥 「寝るなボケッ!!」 由未絵「ボケじゃないもん」 凍弥 「そうだったな、ボケ者だ」 由未絵「凍弥くん……」 凍弥 「不服か?」 由未絵「当たり前だよ……」 凍弥 「ならアルティメットボケか?」 由未絵「ボケから離れようよ……」 凍弥 「トニオが料理を捨てるくらいに不可能だ」 由未絵「ふぇえ……じゃあ私、ずっとボケ……?」 凍弥 「うむ」 由未絵「救われないよ……」 凍弥 「ところで、そろそろ助けてほしいんだが……」 由未絵「ふぇ?誰を?」 凍弥 「俺を」 由未絵「どうして?」 凍弥 「猪が重いから」 由未絵「あ……」 そこまで言ってやると、ようやく事態に気づく。 ていうか猪のぬいぐるみってなんだよ……。 凍弥 「やはりボケだ」 由未絵「うぅ〜、そんなこと言うと助けてあげないよ?」 ぬう……それは困る。 凍弥 「よし、取引をしよう」 由未絵「ふぇ?」 凍弥 「ふぇ?じゃない、取引だ。     俺をここから助けてくれたら、抽選で豪華な商品をプレゼントしよう」 由未絵「わわわ、何?何がもらえるのっ?」 凍弥 「ひじき」 由未絵「いらないよ〜っ!!」 凍弥 「なにぃいっ!?いらぬと申すのか!!」 由未絵「当たり前だよ……」 凍弥 「戦後の人は飯を食うのでさえ苦労したのだぞ?」 由未絵「戦後時代の話なんてしてないよ……?」 凍弥 「俺はしている」 由未絵「凍弥くん、滅茶苦茶だよ……」 凍弥 「ならばこうしよう。俺を助けると、もれなく冷えたコロッケパ」 由未絵「いらない」 凍弥 「最後まで聞け!」 由未絵「ヤ」 凍弥 「一言で打ち切るな!!」 由未絵「じゃあさ、こうしよ?助けるから凍弥くんの家で料理作らせて?」 凍弥 「だめだ」 由未絵「ふぇえ〜……少しは考えてよ〜……」 凍弥 「まあ、このまま動けないのも残酷だ。涙を飲んで、その条件を承諾しよう」 由未絵「……もしかして、わたしの料理、嫌い……?」 凍弥 「いや、料理の腕だけは認めている」 由未絵「素直に喜べないよ……」 凍弥 「悪い、冗談が過ぎた」 由未絵「……ううん、大丈夫だよ。じゃあ、退かすよ?」 凍弥 「ウィ」 由未絵「よい……しょ……!!」 ゴロゴロ……。 ゴキィッ!! 来流美「おほぅっ!!」 由未絵「あっ!!」 俺の上から転がった猪は、そのまま転がって来流美を襲った。 由未絵「………」 凍弥 「………」 沈黙。 凍弥 「ぬおお……なんと素晴らしき朝の一景ぞ……。     こんな日は暖かいご飯が恋しい……」 由未絵「わわっ、爽やかな顔して去っていかないで〜!」 凍弥 「だめだ」 由未絵「即答しちゃ駄目だよ……」 凍弥 「なら……………………………………………………………………………………………     ………………………………………………………………………………………駄目だ」 由未絵「延ばしても意味ないよ〜っ!」 凍弥 「どうしてほしいんだお前はっ!!」 由未絵「ふぇえ〜……」 凍弥 「それより早く食事を取りたいんだが……」 由未絵「え?だって来流美ちゃんが……」 凍弥 「安心しろ、朝食は沢山食ってきたらしいから」 由未絵「そうなんだ、なら安心だね」 凍弥 「ああ、安心だ」 由未絵「えへへっ、はりきっていくよ〜っ!」 来流美「……待ち……なさいよ……!!」 雑巾をしぼったような声が聴こえた。 来流美「例えになってない……」 まったくだ。 由未絵「♪〜」 幸い、由未絵は気づいていないらしい。 好都合とは、まさにこのこと。 凍弥 「むりゃっ!!」 ドカンッ!!!! 来流美「むぎっ!!」 俺はロバートで来流美にトドメを刺した。 由未絵「ふぇ?麦?」 凍弥 「ん?何か聴こえたか?」 由未絵「え……うん。なんか雑巾をしぼるように『麦!』って……」 凍弥 「麦?」 由未絵「うん、麦」 凍弥 「戦死者か?」 由未絵「解りっこ無いよ……」 凍弥 「それもそうだ」 由未絵「気のせいかな……」 凍弥 「力が入らん。そろそろ本当に頼む……」 由未絵「あ、うん!すぐ始めるねっ!」 凍弥 「阿ーッ!!」 鷹志 「云ーッ!!」 由未絵「わっ!?鷹志くん!?」 鷹志 「……ハッ!?こ、ここは何処ぞ!?」 凍弥 「化け物かお前は……」 鷹志 「誰かが『あ、うん』と唱える時、多分俺はどこにでも降臨する」 凍弥 「帰れ」 鷹志 「いや……お前ら毎日遅刻寸前風味だろ?     だからさ、どんな朝模様かと偵察しに来たら何か直感的な物を感じたわけで」 凍弥 「なんにせよ不法侵入だ」 鷹志 「アンローフル・インヴェイジョン」 凍弥 「落ち着け」 鷹志 「任せろ」 由未絵「えと……凍弥くん、キッチン使っていいんだよね?」 凍弥 「ああ、おぞましくも驚く程に、自由奔放、手加減無しに使ってくれ」 由未絵「普通にしか使えないよ……」 正論だ。 鷹志 「なんだ、今から飯か?」 凍弥 「ああ。大いなる聖戦の後の飯は、さぞかし美味なことだろう」 鷹志 「一理ある」 凍弥 「じゃ、行こうか由未絵」 由未絵「うんっ!」 鷹志 「俺は食ってきたしな……先、行ってるぞ?」 凍弥 「ああ、偵察ご苦労様」 鷹志 「任せろ」 凍弥 「そう言って、鷹志は闇に消え去って行った」 鷹志 「消え去れるかっ!!」 凍弥 「消え去れ」 鷹志 「出来んわ!」 凍弥 「人が折角、解説してやったのに」 鷹志 「されても出来ん!!」 正論だ。 由未絵「早く行こうよ凍弥くん」 凍弥 「ああ、解ってる」 鷹志 「じゃ、また後でな!」 凍弥 「ああ、満を待しておけ」 鷹志 「何をだ」 凍弥 「知らん」 由未絵「先、行くよ〜?」 凍弥 「今行く!じゃあな!」 鷹志 「おう」 鷹志が去って行った。 俺と由未絵は俺の家に入り、キッチンへ。 由未絵「え〜と、何がいいかな……」 凍弥 「ハルマゲドン」 由未絵「無茶だよ〜っ!!」 凍弥 「ビッグバン」 由未絵「料理だよ、料理!」 凍弥 「モッツァレラチーズとトマトのサラダ」 由未絵「食材が無いよ……」 凍弥 「娼婦風スパゲティー」 由未絵「作ってる時間、無いよ……」 凍弥 「どうしろというんだお前はっ!!」 由未絵「凍弥くんが無茶すぎるんだよ〜っ!!」 凍弥 「なら……荒岩流クッキング」 由未絵「知らないよ……」 凍弥 「和田アキ子風灼飯」 由未絵「灼飯の素が無いよ……」 凍弥 「何も作れんではないか!!」 由未絵「ふぇえ〜っ!!無茶だよぉ〜っ!!」 凍弥 「仕方無い、適当に作ってくれ」 由未絵「ん……うん、解った」 ガチャ、と冷蔵庫を開けて品定めをする由未絵。 由未絵「あっ、これなら……」 なにやら、閃きヴォイスを上げる由未絵。 そして食材を手に調理を開始する。 凍弥 「まだか?」 由未絵「作り始めたばっかりだよ……」 凍弥 「冗談だ」 ぐぅ〜〜〜〜〜〜〜。 しかし、腹は容赦無く鳴り響く。 凍弥 「光を越えろ」 由未絵「私が速くなっても料理は出来ないよ」 凍弥 「ぬう……」 由未絵「の〜んびり待っててよ」 凍弥 「……了解」 調理を再開する由未絵。 料理の完成を待つ俺。 だが、とある重大なことに気づいてしまった。 凍弥 「暇だ」 暇だった。 凍弥 「何か手伝おう」 由未絵「えと……じゃあ、タマネギ微塵切りにして」 凍弥 「目が痛くなるから断る」 由未絵「じゃ、じゃあ……お鍋を見てて」 凍弥 「そんな趣味は無い」 由未絵「何も出来ないよ……」 凍弥 「これは迂闊だ」 由未絵「もう少しで出来るから待ってて」 凍弥 「了解」 結局、暇と死闘を繰り広げなければいけないらしい。 まいったな……。 凍弥 「………」 ……やはり暇だ。 しかし何もやることが無い。 凍弥 「………」 いや、これは試練だ。 貧しい国の人々の気持ちをミジンコ大程度でも知れという神からの試練なのだと、 この時の俺は繊細かつ美麗に受け取った。 ならば俺は神をも越えてくれる!! カチャカチャ………。 試練は続く。 ぐぅ〜〜〜〜〜。 腹の悲鳴も続く。 凍弥 「………」 由未絵「えっと、これでいいかな?」 由未絵が料理の味見をしている。 由未絵「……うんっ!完成!」 凍弥 「美味っぽく出来たか?」 由未絵「うん、多分」 試練は終了した。 凍弥 「食させて」 由未絵「あ、ちょっと待って」 凍弥 「なにぃ!?これ以上待てというのか!?」 由未絵「うん、お皿に盛りつけるから」 凍弥 「そのまま食してくれる」 由未絵「行儀悪いよ……」 凍弥 「味見するのと大差無い」 由未絵「うぐ……うぅ〜……」 凍弥 「腹、空いているんザマス」 由未絵「すぐ終わるから待っててよ、ね?」 凍弥 「ぬう……」 試練は続くらしい。 だが、もう待てぬ。 由未絵「えと……お皿お皿……」 由未絵が食器棚へと小走りする。 その隙を見計らって料理を 由未絵「……駄目だよ」 摘めなかった。 凍弥 「………」 由未絵「………」 凍弥 「なんと悲しき朝よ……」 由未絵「すぐ終わるから大丈夫だよ」 凍弥 「ぬおお……」 カチャカチャと食器棚から適当な大きさの皿を取り出し、 それを持って戻ってくる由未絵。 由未絵「凍弥くん、席に座って待ってて」 凍弥 「そんな薄情な真似はせん」 キッパリと断る。 由未絵「見られてるとやりずらいよ……」 お前がそんな繊細な感覚持ってるとは思えん。 そうツッコミたかったけど、朝食が長引くのは嫌だ。 凍弥 「了解、待機致す」 仕方無く椅子に座る。 凍弥 「まだか?」 由未絵「1分も経ってないよ〜……」 凍弥 「今こそ音速の壁を越えろ」 由未絵「それこそ無茶だよぅ……」 凍弥 「くっ……時という物がこれほど長いとは!」 由未絵「凍弥くんがせっかちなだけだよ」 凍弥 「速さは大切だ」 由未絵「焦りすぎて失敗したら?」 凍弥 「お前が悪い」 由未絵「矛盾しすぎてるよ……」 凍弥 「それより、まだか?」 由未絵「ふぇ?もう持って来てあるよ?」 凍弥 「………」 目の前に料理がある。 凍弥 「俺に気づかれず行動するなんて……。立派な忍者に成長したな、由未絵……」 由未絵「ふぇ?わたし、忍者じゃないよ?」 凍弥 「悪魔富豪か?」 由未絵「訳解らないよ……」 凍弥 「まあいい、いただくよ」 由未絵「うんっ!」 では早速、この物体Aを…… パクッ。 凍弥 「………」 もぐもぐ……… 由未絵「………どうかな、どうかなぁ?」 凍弥 「………」 パクッ。 もぐもぐ……。 由未絵「凍弥くん?」 凍弥 「………」 カッカッ……。 もぐもぐ……。 由未絵「……凍弥くん、感想ほしいの……」 凍弥 「………」 がつがつもぐもぐ……バクッ!もぐもぐ!! 凍弥 「……」 ズズー……コトッ。 凍弥 「最後にお茶が恐い」 由未絵「うぅ〜……、感想……」 凍弥 「馬鹿」 由未絵「えぇっ!?お、美味しく……なかった……?」 凍弥 「少しは行動で察しろ」 由未絵「え……あ……」 由未絵が空になった皿に目を移す。 凍弥 「25点満点中、27点だ」 由未絵「なんか半端で喜べないよ〜……」 凍弥 「満点を超越してるんだ、素直に喜べ」 由未絵「ならせめて100点満点で現してよ……」 凍弥 「うむ……100点満点中、102点」 由未絵「結局2点しか増えてないよーっ!!」 凍弥 「本来、100点行けば十分だと思うが」 由未絵「その微妙な2点が余計気になるんだよ〜っ!」 凍弥 「気にするな」 由未絵「無理だよ〜っ!」 凍弥 「じゃあ、技術点ってことで」 由未絵「『じゃあ』って何……?」 凍弥 「炊飯器」 由未絵「それ、電子ジャー……」 凍弥 「中にピッコ○大魔王が封印されているぞ」 由未絵「恐いよ……」 凍弥 「しかし、料理ってどうやって会得したんだ?」 由未絵「え?あ、うん。この料理は……」 凍弥 「阿ーッ!!」 …………… 由未絵「………」 凍弥 「………」 凍弥 「由未絵………」 由未絵「ふぇっ!?え、ええ!?わ、わたしっ?」 凍弥 「定である」 由未絵「うぅ〜……え、えと……う、云……?」 凍弥 「エィイ!力が足りぬ!」 由未絵「ふぇえ、無茶だよ〜!!」 凍弥 「まあいいか」 由未絵「どうでもいいなら強要しないでぇ〜……」 泣きそうな声でうつむく由未絵。 凍弥 「悪い、話を戻そう」 由未絵「うん……」 凍弥 「この料理、本か何か見たのか?」 由未絵「……えへへ……これはね?     まだ鈴訊庵が忙しくなる前に、お母さんが教えてくれたものなんだ……」 凍弥 「へぇ……あのオフクロさんが……」 由未絵「うん……」 凍弥 「オフクロさん、好きなんだな」 由未絵「うん、大好きだよ」 凍弥 「俺は……苦手かな」 由未絵「え……なんで?」 凍弥 「あの頃のお前、オフクロさんのせいでよく泣いてたからな……。     そのせいかな、苦手なのは」 由未絵「凍弥くん……」 凍弥 「娘の誕生日すら忘れるくらいだからな」 由未絵「うん……でも、そのおかげで凍弥くんとこうして話してるんだと思うんだよ」 凍弥 「ん……確かにそうだな。     いじわるママさんじゃなかったら俺と会うまでも無く、     家で大人しく遊んでただろうな」 由未絵「でもね?わたしが一番感謝してるのは、やっぱり凍弥くんなんだよ」 凍弥 「由未絵……」 由未絵「こうして普通に話せるのも、雪を見て笑っていられるのも……     きっと凍弥くんのおかげ……」 凍弥 「買い被りって知ってるか?」 由未絵「そんなのじゃないよ。     本当に嬉しかったんだよ、心から日常を楽しんでいられることが……。     本当に嬉しいんだよ……」 凍弥 「バ、バカ!何泣いてるんだよ……」 由未絵「ア、アハハ……バカでもいいよ。嬉し泣きは最後まで泣いていたいから……」 凍弥 「……ったく」 由未絵「え?わっ……」 俺は由未絵の隣に行き、頭を撫でた。 由未絵「凍弥くん……」 凍弥 「早く泣き止め。じゃないと遅刻するぞ」 由未絵「あ……アハハッ……」 凍弥 「な、なんだ?」 由未絵「凍弥くん、顔赤いよ?」 凍弥 「気のせいだ」 由未絵「うん、そうだね」 凍弥 「ああそうだ」 由未絵「えへへ、もう大丈夫だよっ。そろそろ学校行こ?」 凍弥 「ん?ああ、そうだな」 由未絵「歩いてもまだ間に合うね」 凍弥 「よし、行くか!」 由未絵「うんっ!……あ……」 突如、由未絵の動きが止まった。 凍弥 「どうした?」 由未絵「わたし、ご飯食べてないよ……」 凍弥 「ボケッ!!」 由未絵「ふぇえ……絶対言うと思ったよ……」 凍弥 「このまま行くぞ!!」 由未絵「やだよ、お腹空くもん」 凍弥 「エィイ!何故に自分の分も作らんのだ!!」 由未絵「作ったのに凍弥くんが全部食べちゃったんだよ」 凍弥 「ゴメンナサイ」 謝るのは早かった。 由未絵「じゃ、一緒に作ろっ?」 凍弥 「……ウィ?」 由未絵「ウィ?じゃなくてね?一緒に作れば早いよ」 凍弥 「俺の料理なら死ねるぞ?」 由未絵「大丈夫、作り方教えるから」 凍弥 「……本気か?」 由未絵「うんっ!」 由未絵はやる気MAXだ。 凍弥 「……了解」 由未絵「やったぁっ!じゃあ頑張ろうねっ?」 凍弥 「どことなく任せろ」 由未絵「えと……じゃあまず……」 料理を教えてもらった。 あの頃は作ることなんか無かったけど…… 父さんと母さんが仕事の都合で別の地域に住み、 姉さんが個人の家に住むようになってから。 それからは自分で料理を作ることになって……。 一番最初に作ったのが、この料理だった。 懐かしい味がした。 自分で作った物が美味いなんてことは初めてだった。 不思議と笑みがこぼれた。 それとは逆に、目からは涙がこぼれた。 由未絵みたいには上手く作れなかったけど、でも……暖かい料理だった……。 ……………………………… 声  「……さん……じさん……!」 声が聴こえる。 声  「叔父さんっ!!」 凍弥 「えっ!?」 ふと気づくと、隣に柾樹が居た。 凍弥 「ああ、おはよう」 柾樹 「おはようございます……って違う!焦げてますよそれ!!」 凍弥 「ん……うおっ!?」 目を移すと、フライパンの上に黒い物体が乗っていた。 凍弥 「しまった!」 カチッ!! 慌てて火を止める。 凍弥 「注意する前に火くらい消してくれっ!!」 柾樹に言う。 柾樹 「いや、なんか楽しそうな顔してたから……」 凍弥 「そりゃあ……なあ?」 夕  「わたしに訊かれても解らないよ……」 凍弥 「違いない」 夕  「うぅ〜……」 凍弥 「よし!俺のおごりで何か食いに行くかぁっ!」 悠季美「まだ、何処も開いてません」 凍弥 「迂闊!」 柾樹 「残りの材料は……なんとかなるな」 凍弥 「よし、なら俺が作ろう。お前達はゆ〜っくりと座って待っててくれ」 夕  「うんっ!」 悠季美「了解です」 柾樹 「大丈夫ですか?また焦げたりは……」 凍弥 「任せろ」 柾樹 「………」 夕  「大丈夫だよ」 柾樹 「その根拠は?」 夕  「直感だと思う」 柾樹 「直感って……」 悠季美「いいから、座ってください」 柾樹 「……解ったよ」 柾樹が席に着くのを確認してから、調理に移る。 丁度、必要な食材もある。 久しぶりに作ってみるか。 俺は焦げたフライパンを洗い、再度加熱した。 凍弥 「………」 料理でこんなに楽しめるとはなぁ……。 凍弥 「ハハ、これも由未絵のおかげかな……」 ……その日の朝、閏璃家の食卓を懐かしい香りが包んだ。 味はやっぱり由未絵には勝てそうになかったけど、俺は幸せな気分の中に居た。 ───……さて。 とりあえず昼である。 柾樹 「……まいったな」 悠季美「まいりましたね……」 夕  「?」 柾樹 「まいっとけ」 夕  「うん」 本日快晴、素晴らしき昼なのである。 悠季美「まさか凍弥さんが連勤だなんて……」 柾樹 「3人共、料理も作れなきゃ、大した材料も無し。     インスタントも在庫無し。神は俺達が嫌いなようだな」 悠季美「買い出ししようにもお金も無いですし……」 夕  「?」 柾樹 「悩んどけ」 夕  「うん」 現在、我らは食料不足に悩んでいた。 柾樹 「冷蔵庫には……」 ガチャッ! 柾樹 「……バターしか無いぞ」 悠季美「それならトーストを……」 柾樹 「あると思うか?」 悠季美「………」 柾樹 「………」 ハァ………。 出る溜め息はほぼ同時だった。 夕  「?」 柾樹 「吐いとけ」 夕  「うん」 状況の理解すらしていない夕が、小さな溜め息を吐く。 柾樹 「財布の中身は……」 俺は自分の財布の中を見た。 柾樹 「………」 まあまあというところだろう。 俺だけなら食える。 袋ラーメン1つくらいだが……。 柾樹 「まいった……」 夕  「ねえ、柾樹くん」 悩んでいたところに、夕が話し掛けてくる。 柾樹 「ん?どうした夕……」 夕  「えっとさ、お金ならあるよ?」 柾樹 「気休めはよしてくれ」 悠季美「虚しいだけです」 俺と悠季美は再び溜め息を吐いた。 夕  「あるんだよ、ほら」 スッ、と五千円札を見せる夕。 柾樹 「………」 悠季美「………」 夕  「………?」 幻覚か? はたまた夢でも見ているのか? 柾樹 「………」 試しに俺は、頬をつねってみた。 ギュッ!! 夕  「きゃぅうっ!?」 夕が叫んだ。 夕  「ふぇえ……痛いよ……」 柾樹 「夢ではないらしい」 悠季美「いいえ、つねられたから痛いと感じただけかもしれません」 柾樹 「ぬおお、一理ある」 夕  「………?」 柾樹 「という訳で、だ」 悠季美「くすぐってみましょう」 夕  「……え?あ、わ、わわっ!?そ、そうだ!そろそろゴリアテ物語が……!!」 夕は逃げ出した。 柾樹 「待たれよ」 ガシィッ!! しかし捕まった。 夕  「やだぁあああああああああああっ!!!!!」 柾樹 「観念しなせぇ」 悠季美「確信を得るためです、覚悟を決めてください」 夕  「自分で試してよぉおぉおおおっ!!!!」 柾樹 「駄目だ」 悠季美「駄目です」 夕  「即答しないでよぉっ!!あ、きゃうっ!?」 悠季美が夕を押さえつけ、横たわらせる。 そこに俺の手が伸び─── 柾樹 「ハハハハハ」 悠季美「うふふふふ」 夕  「やあああああああああああっ!!!!」 ───間。 柾樹 「……どうやら夢ではないらしい」 悠季美「そのようですね」 昼の一景。 その中で頬を涙で濡らした夕が、ぐったりと倒れている。 柾樹 「いい昼だ」 夕  「ぅ……えぅう……」 柾樹 「泣くな。くすぐっただけだろ?」 夕  「ひどいよ……やめてっていったのに……」 悠季美「まあまあ、これで確信が持てました」 柾樹 「ありがとう、夕」 夕  「嬉しくない……」 柾樹 「ム?」 悠季美「?」 夕  「全然嬉しくないよっ!!」 言いながら走り去る夕。 柾樹 「………」 悠季美「………」 柾樹 「……やりすぎた、かな?」 悠季美「普通、だと思いますけど」 柾樹 「なんにせよ放ってはおけないな」 悠季美「それもそうですね」 柾樹 「では、行ってまいります」 悠季美「油は注がないでくださいよ?」 柾樹 「任せてくれ」 俺は夕を追って、ダイニングを出た。 二階へ行き、夕の部屋へ。 ガチャッ! 柾樹 「……夕?」 中に入って部屋を見渡す。 柾樹 「………」 異様にもりあがっている布団を発見。 布団が好きらしい。 柾樹 「夕」 俺は布団の側まで行き、声をかけた。 夕  「……ノックくらいしてよ……」 布団に潜ったままの夕が声を漏らす。 柾樹 「したところで入れてくれないだろう」 夕  「………」 黙り込む夕。 柾樹 「その……悪かった。ちょっと、やりすぎた……」 夕  「凄くやりすぎだよ……」 柾樹 「……ごめん」 さすがにやりすぎた。 夕の様子を見て、そう思った。 夕  「謝ったって許してあげないもん」 明らかに拗ねた声。 柾樹 「拗ねるな」 夕  「拗ねてないもん……」 拗ねているだろう。 そう言おうと思ったが、やめた。 こういう時に同じ言動は禁句だ。 柾樹 「どうしたら許してくれるんだ?」 夕  「………」 沈黙。 いや、何かを考えているのかもしれない。 夕  「……コロネ、食べたい」 柾樹 「コロネ?」 夕  「チョココロネ、柾樹くんのおごりで」 柾樹 「そりゃ……なんとか買えるが……」 夕  「食べたいの」 柾樹 「……解った、約束するよ」 夕  「……ホント?」 柾樹 「ああ、ホントだ」 夕  「……うん、解ったよ……」 そう言うと、もぞもぞと布団から顔を出す夕。 柾樹 「じゃ、早速行ってくるか……」 夕  「うん」 よっ、という掛け声とともに立ち上がる。 ……何故か、夕も。 柾樹 「……お前も来るの?」 夕  「だめ……?」 柾樹 「ダメってことはないが……つまらんぞ?」 夕  「それでもいいよ、行こ?」 柾樹 「……ま、いいか」 一件落着。 かもしれない。 立ち上がり、そのまま階下へ。 そこで丁度、悠季美が話し掛けてくる。 悠季美「何処かに行くんですか?」 柾樹 「ちょいとコロネを買いに、な」 悠季美「お金は?」 柾樹 「見よ、魂の125円だ」 悠季美「魂ですね」 柾樹 「ああ……魂だ……」 俺と悠季美は『だはぁ……』とチャージブレスを吐いた その一方で、夕は─── 夕  「早く行こっ?」 ……玄関近くで歓喜の波動を蒔き散らしている。 悠季美「あっちはすっかりご機嫌ですね」 柾樹 「ああ、まったくだ」 しかも、俺と一緒に来る気らしい。 コロネ1つ買うのにふたりもいらんだろう。 柾樹 「俺がパッと行ってくるから、待ってろって」 夕  「ヤ」 柾樹 「一言で打ち切るな!!」 夕  「退屈嫌いだもん」 柾樹 「……解った、解ったよ……」 夕  「やったぁっ!」 何が『やった』なのだろう。 柾樹 「と、いう訳だ。留守を頼むよ母さん」 悠季美「ハイあなた、って!なにやらせんですかっ!!」 柾樹 「冗談だ」 夕  「いってきま〜す」 先立って外に出る夕。 悠季美「……成り行きで留守番、ですか?」 柾樹 「……すまん」 ハァ、と同時に溜め息を吐く。 柾樹 「いってくるよ」 悠季美「ハイ」 重い足取りで外に出る。 夕  「早くっ、早くぅっ!!」 家の前で急かす夕。 柾樹 「………」 何をあんなにハシャいでいるのだろう。 考えたところで答は出なかった。 Next Menu back