昔話があったとする。 誰も知らない、誰もが忘れてしまった昔話だ。 例えばそれは、ひと夏の瞬間。 想い出を胸に、駆け続けた奇跡の夏。 そこに物語があったとしたなら、俺はそれを何と呼べばいいのだろう。 風はただ……奇跡という名の力を宿し、俺にひと夏の夢を見せてくれていた。 その夢が覚める時、きっと俺は泣くのだろう。 大切な物があったんだ。 とても大切な物だった。 無くしてしまったけど、俺は笑っていたよ。 だって、見つかるって信じていたから。 いつも近くにあったんだ。 確かに存在していたんだ。 だから……見つかるって信じてた。 でもね?ある日、叔父さんが訊いたんだ。 探し物は見つかったか?って。 ……次の瞬間、俺は泣いていた。 大切な物だったんだ。 決して失いたくなかった物だったんだ。 その頃の俺は、ずっとあの丘で泣いていたよ。 けれども、いつからか泣かなくなった。 その理由は解らないけど、俺は笑っていたんだ。 ただ、風が暖かかったのを覚えている。 いつか時が経って、探していた物が見つかった時。 それは俺の中で昔話に変わってしまっていた。 俺はそんな瞬間に寂しさを覚えていた。 どうして大切だったのかさえ忘れてしまっていたから。 いつまでも大切に思える物なんて無いんだ。 いつまでも想っていられる物なんてないんだ。 俺はそう思っていた。 でも、それが間違いだったことに気づいた時。 俺はやっぱり泣いていた。 そんな瞬間だったからこそ、俺はこう思ったんだ。 人の真実は弱さを見せた時に気づけるものなんだって。 ───ナマモノ在中/モモンガポリスストーリー前編───
声  「ありがとうございましたーっ!」 店員の声を背に、スーパーを出る。 柾樹 「コロネ買うのが、こんなに大変なものだとは」 悠季美「わたしも驚きました」 柾樹 「お前がややこしくしたんだ!」 悠季美「そんなことないです」 柾樹 「あるんですっ!!」 悠季美「気のせいですよ」 柾樹 「………」 はぁ……。 なんかもう疲れた……。 柾樹 「早く帰ろう……」 悠季美「そうですね」 俺と悠季美は帰路を歩いた。 悠季美「あ……」 しかし、途中で悠季美が立ち止まる。 柾樹 「どうした?」 悠季美「あれ……見てください」 柾樹 「あれって……」 悠季美が指差す先を見る。 柾樹 「電柱がどうかしたのか?」 悠季美「その電柱に張り付けてある物です!」 柾樹 「ん……」 確かに張り紙があった。 しかも写真付き。 柾樹 「って、コレ……捜索願いじゃないか」 悠季美「どこまでもとぼけないでください!」 柾樹 「とぼけるって何のことだよ」 悠季美「この写真!」 柾樹 「写真って……」 悠季美「………」 柾樹 「………!?」 悠季美「どう思います……?」 柾樹 「どうもなにも……夕じゃないか!」 悠季美「やっぱりそうですよね……」 柾樹 「なんだ、家族居たんじゃないか」 まあ、普通に考えれば当然か。 柾樹 「じゃ、早速連絡を……」 悠季美「待ってください」 柾樹 「……?なんだよ」 悠季美「このまま夕ちゃんを帰す気ですか?」 柾樹 「このままって……あ!」 そうだった。 あいつ、記憶喪失なんだっけ……。 柾樹 「でもさ、家族の近くの方が記憶は戻りやすいんじゃないか?」 悠季美「可能性はありますが、今の家の状態をどう説明しますか?」 柾樹 「どうってそりゃぁ……」 ───想像VTR開始。 声  『はい、佐奈木ですが……』 柾樹 「どうも」 声  『誰ですか?』 柾樹 「お宅の娘さんと半週間を共にした者ですがね」 声  『!?娘はっ!?娘は無事なんでしょうね!?』 柾樹 「落ち着いてくださいよ。別に誘拐した訳じゃないんですよ」 声  『何が目的なんですかっ!!』 柾樹 「いや、だから……」 声  『ああ、可哀相な夕……!!』 バターン!! 柾樹 「おわッ!?」 警察 「逆探成功!!大人しく御縄につきゃんせぃ!!」 柾樹 「え?ちょ、ちょっと……」 警察 「総員突撃ィィイイイッ!!」 柾樹 「お、俺は無実だァーッ!!」 警察 「ヌフハハハハハ!!悪人は皆、そう言うのさっ!!!」 柾樹 「元祖悪人のバカヤローッ!!!!」 ───想像VTR終了。 柾樹 「……どうしよう」 こんな結末なんて嫌ザマス。 悠季美「とにかく夕ちゃんに、それとなく話してみましょう」 柾樹 「あ、ああ。そだな……」 俺と悠季美は帰路を急いだ。 程無くして見えてくる家。 そして人影。 柾樹 「まさか警察ッ!?」 くそ!もう嗅ぎつけて来おったというのか!! 凍弥 「ん?おお、柾樹じゃないか」 柾樹 「あ、叔父さん!?」 人影の正体は叔父さんだった。 凍弥 「おう、叔父さんだぞ」 柾樹 「丁度良かった!ちょっと話が……」 凍弥 「安心しろ、俺も話がある。多分、内容はお前達と同じ事だ」 柾樹 「え?じゃああの張り紙見たの……?」 凍弥 「まあ、とりあえず中に入れ」 柾樹 「あ、ああ……」 悠季美「色々な所に張られているんでしょうか……」 柾樹 「多分……」 まいったな。 隠すどころの問題じゃ無くなってきたぞ。 八百屋のおっちゃん、噂好きだからな。 すぐにでも警察が突貫してくるかも。 そうなったら俺は…… 柾樹 「……縁起でもない」 俺は考えを振り払い、家に入った。 ………… …… 凍弥 「……夕は?」 柾樹 「部屋で寝てました」 凍弥 「そうか」 悠季美「凍弥さんも、あの張り紙を見たんですか?」 凍弥 「ああ、それで家族とやらに会ってきた」 柾樹 「そうですか……って、えぇっ!!?」 悠季美「会ってきたんですかっ!?」 凍弥 「うむ」 平然と言い放つ叔父さん。 柾樹 「う、うむって……」 悠季美「それで、その家族は……!?」 凍弥 「よろしくお願いします、だそうだ」 柾樹 「いきなり結論!?」 悠季美「順を追ってください凍弥さん」 凍弥 「記憶喪失だから落ち着くまで家で引き取る。そう言った。そうしたら頷いた」 柾樹 「………」 悠季美「………」 呆れて物も言えない。 これがその状況だった。 またひとつ利口になった。 凍弥 「実は、さっきまで家に来ていた。     その時も夕は寝ていたが、その寝顔を見たら、安心して預けられるとな?」 柾樹 「………」 悠季美「………」 開いた口が塞がらない。 今、まさに体感した。 そしてまたひとつ、利口になった。 凍弥 「一件落着だ。ちなみに八百屋にはもう知らせてある。     これで妙な噂は流れたりはしない」 柾樹 「………」 なんと手順の良き御人(おひと)よ……。 悠季美「なんか、どっと疲れました……」 柾樹 「安心しろ……俺もだ……」 凍弥 「もう寝るか?」 柾樹 「まだ7時ですよ……って、そういえば叔父さんは連勤じゃあ……」 凍弥 「ああ、連勤するまでも無い。さっさと終わらせてきた」 柾樹 「………」 悠季美「………」 ああ……あなたは修羅にてござる……。 凍弥 「昔よりは体力に自信がある」 柾樹 「体力が物を言う仕事なんですか?」 凍弥 「そうとも限らん。まあ家庭内七不思議のひとつとしておこう」 柾樹 「………」 まだ六つも不思議があるのだろうか。 柾樹 「なあ悠季美、叔父さんの仕事って……」 悠季美「柾樹くんが知らないことを、わたしが知る訳無いじゃないですか……」 柾樹 「いや……凍弥さんマニアのお前ならと……」 悠季美「嫌な呼び方しないでくださいよ……」 俺達が話していると、叔父さんが立ち上がった。 凍弥 「さてと!夕飯でも作るか!」 悠季美「あ、手伝います」 凍弥 「………」 柾樹 「………」 悠季美「……どうして凍りつくんですか?」 凍弥 「柾樹」 柾樹 「了解」 悠季美「あっ!?ちょ、ちょっと柾樹くん!?痛っ!え?ちょっと何ですか!?     耳引っ張らないでくださいよ!痛いです!!」 柾樹 「い〜から……!!ちょ〜っとこっち来い……!!」 悠季美「わ、わたしは凍弥さんのお手伝いを〜っ!!」 凍弥 「また次の機会にな?」 柾樹 「さあ、出来上がるまで夕と遊ぼう」 悠季美「勝手に遊んでてくださいよーっ!!」 柾樹 「駄目だ」 悠季美「即答しないでくださいっ!!」 柾樹 「駄目だ」 悠季美「それすらも即答ですか!?」 柾樹 「速さは大事だ」 悠季美「一理ありますね」 柾樹 「ああ」 凍弥 「ゆっくり待っててくれ悠季美」 悠季美「はい!お任せあれ!さあ行きましょう柾樹くん!」 柾樹 「……了解」 なんだってこう切り替えが早いんだ……? 謎は深まるばかりだった。 凍弥 「柾樹、あまり気にするな」 俺の心情を知ってか、叔父さんが声をかける。 柾樹 「……努力はします」 そして俺と悠季美は二階へと上がった。 ……… 柾樹 「………」 悠季美「………」 夕  「……ス〜……」 柾樹 「……………」 悠季美「……………」 夕  「……ぅく〜……」 『ぅく〜』って何だろう。 柾樹 「寝てますな」 悠季美「平穏この上無い程にご就寝ですね」 夕  「うぅん……」 柾樹 「本人は『寝てない』と否定しているぞ」 悠季美「どうしてですか?」 柾樹 「『うぅん』だと」 悠季美「ただの寝言です」 夕  「……ふにゅう……」 柾樹 「腐った牛乳について、ドリーム会議しているぞ」 悠季美「だから、どうしてですか」 柾樹 「『腐乳(ふにゅう)』と」 悠季美「凄まじい受け取り方ですね」 柾樹 「任せろ」 悠季美「何をですか」 夕  「……うぅ〜……」 柾樹 「そうかと思いきや、今度は長良川(ながらがわ)か」 悠季美「何がですか」 柾樹 「鵜飼している夢だぞきっと」 悠季美「ただ『うぅ〜』と言っただけですが」 柾樹 「そこがポイントだ。きっと『鵜ぅ〜』と言いたかったのだろう」 悠季美「何の話ですか」 柾樹 「長良川の鵜」 夕  「……うや?」 柾樹 「今度は鵜の家か」 悠季美「鵜家(うや)ですか」 柾樹 「うむ」 夕  「……何やってるの?」 柾樹 「起きたか。平穏就寝否定系腐乳会議実行委員長鵜飼ガール」 夕  「……なにそれ……」 柾樹 「気にするな。ホレ、コロネだ」 俺は買ってきたコロネを夕に渡した。 夕  「わぅっ!ありがと〜っ!!」 『わぅっ』て何だろう。 柾樹 「あ、ちなみにな?     今、叔父さんが夕飯作ってるから、コロネ食うなら明日にしとけ」 夕  「ふぇ?」 すでにコロネを口にしている夕が首を傾げる。 柾樹 「おぉ〜まぁ〜えぇ〜なぁ〜〜……!!」 夕  「きゃぅううぅーッ!!痛いいたいーっ!!     コメカミぐりぐりしないでぇーっ!!!」 柾樹 「人の忠告は聴くものぞ!?」 夕  「ふぇえ……。貰った瞬間、もう開けてたもん……。     柾樹くんが遅いんだよぉ……」 柾樹 「なにぃ!?俺は速さには自信があるぞ!?」 悠季美「そういう問題じゃないと思います」 柾樹 「ぬう……」 夕  「おいしいよ〜♪」 コロネを幸せそうに食す夕。 柾樹 「相変わらずの脳味噌ピーカンガールっぷりだ」 夕  「ふにゅ?どういう意味?」 柾樹 「早い話がスーパーノヴァ的アルティメットボケ」 夕  「ボケじゃないよっ!」 柾樹 「安心しろ、アルティメットボケだ」 夕  「何をどうしても安心できないよ……」 柾樹 「受け入れれば楽だぞ」 夕  「ボケじゃないもん」 柾樹 「なんと!バカの方が良いと申されるか……」 夕  「どっちも嫌だよ」 柾樹 「ワガママな奴だな」 悠季美「どうすればそこに行き着くんですか」 柾樹 「ふう……解った、俺も悪鬼じゃない。百歩譲ってアボボで手を打とう」 悠季美「アボボ?」 柾樹 「なんでも過去に点在したゲームに名を馳せた、     変な顔のマッスルだと聞いている」 夕  「すっごく嫌だよ」 悠季美「ちなみに誰に聞いたんですか?」 柾樹 「叔父さん」 悠季美「よろしくね、アボボちゃん」 夕  「いきなり受け入れないでよ〜っ!」 柾樹 「照れるなアボボ」 夕  「アボボじゃないし、間違っても照れないよ!」 柾樹 「アジジの方が良かったか?」 夕  「名前的にあまり変わらないよ……」 柾樹 「まあいいか」 夕  「よくないよ、アボボじゃないもん」 柾樹 「解ってるよアジジ」 夕  「輝かしい笑顔で言う台詞じゃないよ……」 悠季美「え〜と、これからどうします?」 柾樹 「俺は……う〜ん、何かCDでも聴くかな……アジジは?」 夕  「アジジじゃないもん」 柾樹 「アボボ?」 夕  「違うよぉっ!」 柾樹 「どうしてほしいんだお前は!!」 夕  「アボボとアジジから離れようよぉっ!!」 柾樹 「ぬおお……駄目と申すか!?」 夕  「申すよっ!!」 悠季美「当然ですね」 柾樹 「悠季美までそげなこと!!」 夕  「歌聴くにも、泳げたい焼きくんはやめてね」 柾樹 「変わった奴だよな、お前」 あれを嫌いな奴がおろうとは。 夕  「すっごくびっくりしたんだよ」 柾樹 「あ〜、解った。解ったよ、うん解った」 夕  「投げ遺りに答ないでよ……」 悠季美「どんな歌ですか?」 柾樹 「癒し系」 夕  「死刑?」 柾樹 「無理に間違えんでよろしい」 夕  「うん」 柾樹 「おうおう、素直で良い娘っ子じゃて」 悠季美「どうして老人的になるんですか」 柾樹 「場のノリは人類の至宝」 夕  「ふゎ……そうなんだ……」 悠季美「そんなに簡単に信じたら、いつか後悔しますよ?」 柾樹 「人聞き悪いなぁ。     俺は後悔するような『からかい』は、断固として拒絶するタイプだぞ?」 悠季美「そういえばそうかもしれませんね。人の気持ちは考える馬鹿ですからね」 柾樹 「それ、誉めてるつもりか?」 悠季美「誉め称えてます」 柾樹 「……」 喜べというのが無茶ですな。 夕  「えと……歌、つけないの?」 柾樹 「ああ、忘れてた」 俺は適当なCDを取り出し、コンポへ…… 声  「夕飯できたぞーっ!!」 階下から聴こえる叔父さんの声。 悠季美「あ、できたみたいですね」 夕  「わぅ〜っ!」 それと共に部屋を出てゆく夕と悠季美。 柾樹 「………」 そしてCDを持ったまま取り残される俺。 柾樹 「………」 こういう事って……あるよね……。 柾樹 「HAHAHA……」 泣けてきました。 柾樹 「解ってたさ……」 俺はCDを片付けて、部屋を出て階下へ。 ダイニングまで行くと、凄まじい勢いで無くなる夕飯の姿があった。 柾樹 「ぬおお!?待てコラ!俺の分まで食う気か!」 俺の分の皿にまで手をつける夕に喝を入れる。 夕  「美味しいの」 柾樹 「やかましい!」 夕  「うぅ〜……」 差し出した箸の行き場に困る夕。 悠季美「譲り合いは大切ですよ?」 それを見て、口を開く悠季美。 柾樹 「譲り合いも何も、既に一方的に奪われるしかないじゃないか」 夕は既に自分の分の皿を食い尽くしていた。 夕  「美味しいの」 柾樹 「美味くても駄目だ」 夕  「うぅ〜……」 柾樹 「いただきます」 俺は椅子に座り、箸を動かした。 夕  「うぅ〜」 柾樹 「……うん、確かに美味」 夕  「う〜……」 もぐもぐ…… 夕  「うー……」 柾樹 「ぬおお、最高……!!」 ぱくぱく…… 夕  「うぅ〜……」 柾樹 「この謎の物体なんか特に……!!」 夕  「うぅー……!!」 俺は叔父さんが作る料理で、この謎の物体が一番好きだ。 それは夕と悠季美も同じようで、毎回、味わって食す。 そして俺は今まさに謎の物体を食さんとバクッ!! 柾樹 「アイヤーッ!?」 謎の物体が箸から消えた。 夕  「ふにゅぅ〜っ、美味しい〜♪」 柾樹 「お、俺の謎の物体が……ッ!!」 夕  「幸せ〜♪」 柾樹 「ちくしょうっ!返せよぅっ!!」 夕  「ヤ」 柾樹 「一言で打ち切るなよぅっ!!」 夕  「ヤ」 柾樹 「返せ!返せぇえっ!!」 もぐもぐ……ゴクン。 柾樹 「あ……」 その時、時間が止まった。 柾樹 「すまん謎の物体……!!     俺の箸を動かすスピードが……もっと早かったなら……!!」 ちなみに謎の物体は毎回、ひとりふたつまでだ。 ひとつ目は既に食してしまった。 謎の物体はふたつ食してこそ、味が引き立つ食品なのだ。 柾樹 「お、おのれ……!許さん……許さんぞ貴様……!!」 夕  「わっ!血の涙!!」 柾樹 「流すかボケェッ!!」 夕  「冗談だよ」 柾樹 「……はぁ……もういいや……」 今度、夕のを奪えば良いことだ……。 柾樹 「ごちそうさまでした」 ちなみに、たいして食した気なんて微塵もない。 さて、これからどうするか。 そう考えながらも、とりあえずは部屋に戻る。 柾樹 「ふう……」 やはり自室は落ち着くものよ。 夕  「おかえりなさい」 柾樹 「ああ、今帰ったぞ」 夕  「お風呂にしますか?それとも夕飯ですか?」 柾樹 「今、食したばかりだ」 夕  「あ、そう言われればそうだね」 柾樹 「うむ」 夕  「じゃあお風呂だね」 柾樹 「入るとは言ってないぞ」 夕  「うぅ〜」 柾樹 「というか、何故俺の部屋に居る」 夕  「遊びに来たんだよ」 柾樹 「帰れ」 夕  「即答しないでよ」 柾樹 「駄目だ」 夕  「うぅ〜」 柾樹 「まあいい、何か用か?」 夕  「遊びに来たんだよぅ……」 柾樹 「帰れ」 夕  「ふえぇ……」 柾樹 「いいからいいから、ほら、森へお帰り……」 夕  「や」 柾樹 「お前なぁ……」 夕  「なに?」 柾樹 「いや、言っても無駄だな」 夕  「言われないと解らないよ」 柾樹 「安心しろ、俺は解る」 夕  「私が解らないと、会話にならないよ」 柾樹 「そんなことはないぞ」 夕  「あるよ」 柾樹 「気のせいだ」 夕  「うぅ〜……」 悠季美「いいえ、目の錯覚ですよ」 柾樹 「そうそう……ってコラ!!」 悠季美「なんでしょう」 柾樹 「やかましい!!」 悠季美「会話が成立してませんよ?」 柾樹 「サランラップ!!」 悠季美「シャラップです」 柾樹 「そんなことはどうでもいい!!」 悠季美「なら言わないでください」 柾樹 「お前なぁ!!」 もはや、この家では常識は通用しないのか!? 夕  「おやすみなさい〜」 柾樹 「ん?おお、寝るのか。おやすみ」 夕がテクテクと部屋を歩き、そして布団に潜る。 柾樹 「コラ」 ドム!! 夕  「きゃうっ!?」 布団の上から、頭らしき部分を殴る。 柾樹 「自分の部屋で寝ろ」 夕  「えっとね?眠気って少し歩くだけでも、すぐに無くなっちゃうんだよ」 柾樹 「大丈夫だ、俺は問題無い」 夕  「ひどいよ……」 悠季美「正論ですよ」 夕  「うぅ〜……悠季美ちゃん、どっちの味方?」 悠季美「己の信条です」 柾樹 「うむ、実に悠季美らしい答だ」 悠季美「当たり前ですよ。わたしなんですから」 柾樹 「おお、言われてみれば」 夕  「何の話をしてるの?」 柾樹 「我、己が道に魂を削らん!!」 悠季美「己を極めてこその人生です」 柾樹 「うむ」 夕  「………」 柾樹 「黙るな、虚しい」 夕  「それこそ無茶だよ」 柾樹 「そんなことないぞ」 悠季美「やろうと思えば出来ることは、世界に溢れていますよ」 柾樹 「うむ、茄子は成る。洗えば食える」 悠季美「それを言うなら成せば成るです」 柾樹 「目の錯覚だ」 悠季美「そんなことないですよ」 夕  「うん」 柾樹 「グルになるとは卑怯な!!」 悠季美「グルにしないでください」 夕  「そうだよ」 柾樹 「解った、解ったよ。頼むから自室に戻れ」 悠季美「頼みながらも命令的ですね」 柾樹 「食後のマッタリタイムは大事だぞ」 悠季美「……そうですね。じゃあ、おやすみなさい」 柾樹 「恩にきる」 夕  「すー」 ゴパァアアアアアアアァァァァァァァン!!!! 夕  「うきゃああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」 悠季美「往生際が悪いですよ」 夕  「痛いよぅ……」 本気で痛そうだった。 悠季美「さ、行きますよ?」 夕  「ゃう〜……」 悠季美「ゃう〜じゃないです」 夕  「うぅ〜」 ズルズルと引きずられてゆく夕。 柾樹 「ふたりとも、おやすみ」 なんとなく、挨拶をしておく。 悠季美「はい、おやすみなさい柾樹くん」 夕  「お、おやすみなさい……」 何故か納得いかないような表情で返事をする夕。 そんな夜が今日も過ぎてゆく……。 ───空港。 その賑やかで慌ただしい景色の中。 ひとり、異質な空気を放つ人影があった。 少年 「……ココが……日本……(英語)」 明らかに日本出身では無いのだと言い張るような発言。 男  「フェイ様、お荷物を……(英語)」 隣を歩く大柄の男が、少年に話し掛けていた。 フェイ「いい、このくらい自分で持つ」 フェイと呼ばれた少年は大きなアタッシュケースを手に、 唸る人垣の中を静かに歩いて行った。 男  「貴様等!邪魔だ!!」 大柄の男が声を張り上げる。 すると、やかましい喧騒は止まり、モーゼの十戒の如く人垣が割れる。 フェイ「あまり五月蝿くするな、迷惑だろう」 男  「は……失礼しました」 少年に指摘されて、頭を下げる大柄の男。 少年の言葉通り、まったくもって迷惑した空港の皆様であった。 豪華な車が走る。 ちなみに、この街で乗るには素敵な程に場違いな車だ。 フェイ「何処へ向かうのだ?」 男  「まずは屋城を見つけましょう。全てはそこからでございます」 フェイ「そうだな……ハッ!?……止めろ。おい!止めろ!」 突然、フェイが叫んだ。 キッ!! 少し高い音を上げて、車が止まる。 男  「ど、どうなされましたか?」 フェイ「……僕は夢を見ているのか……ッ!?」 男  「は……?」 フェイ「素敵だ……」 男がフェイの目線の先を見ると、ひとりの少女がいた。 男  「お……おおお!!     どんなに美しい女性にも見向きもしなかったフェイ様が……!     ついに……ついに!!だ、旦那様ァーッ!     レイヴナスカンパニーは安泰ですぞォーッ!!」 大柄の男、号泣。 フェイ「僕の心が熱く燃えているよアルフレッド!」 男  「おめでとうございますフェイ様ァーッ!!」 アルフレッドと呼ばれた大柄の男は、再び号泣。 チャッ!! フェイが車のドアを開け、少女に駆け寄った。 そしてそのまま…… 少女 「きゃぁあああああああああああああっ!!!!」 少女に抱きついた。 バタバタバタ……!! 階段を荒ただしく駆け上がる音を耳にする。 その騒音が俺の部屋の前で止まり、 ドカァッ!!! 轟音と共にドアが開かれる。 柾樹 「な、なんだ!?」 部屋の主である柾樹は、それはもう驚いた。 柾樹 「悠季美……?」 ドアを開けたのは悠季美だった。 悠季美「……っ!!」 そして俺の顔を見るなり、走り寄ってきた。 柾樹 「え……?」 ガバァッ!! そして抱きついてきた。 柾樹 「おわぁっ!?」 悠季美「……っ……ぅぅ……」 俺の頭は素敵に混乱していた。 悠季美は明らかに泣いている。 柾樹 「……何かあったのか?」 酷く脅えた悠季美に問いかける。 悠季美「………!!」 しかし、悠季美は首を横に振るだけだった。 柾樹 「………」 これは落ち着くまで待つしかないな。 俺は悠季美の頭を撫でて、落ち着くまで待つことにした。 柾樹 「………」 しかし、悠季美がこんなに脅えるとは……。 ……いや、待てよ……? 昔にも、こんなことがあったような……。 ……… 暫くした後、悠季美がようやく落ち着いたようで、やっと俺から離れた。 柾樹 「なんとなく予想はついたが、何かあったのか?」 俺が聞くと、悠季美が静かに頷く。 悠季美「……知らない男に……抱きつかれた……」 やっぱりか……。 こう見えて、悠季美は男性恐怖症なのだ。 何故か俺と叔父さんは平気らしい。 恐怖症と言っても、触れられたり、近づきすぎなければ生活する上で問題は無い。 過去、クラスメイトがふざけて抱きついた。 結果、悠季美はかつて無い程の大きな悲鳴を上げた。 そしてそのクラスメイトは変態のレッテルを貼られ、悲しい学生人生を送っていった。 ちなみに、そいつは悠季美からはクリティカルビンタを貰っていた。 つまり、俺と叔父さん以外の男性が近づくことは、ハッキリ言って自殺行為だ。 ちなみに、以前学校で柿が俺と悠季美を押していた時は、 柿はしっかりとバケツで押していたりする。 予測するに、悠季美に抱きついたという男は……。 柾樹 「………」 その場で撃沈されていることだろう。 柾樹 「手、大丈夫か?」 悠季美「……痛いです」 柾樹 「まったく、また思い切り叩いたんだろう」 悠季美「………」 柾樹 「ほら、冷やしてやるからこっち来い」 悠季美「……はい」 一方その頃……。 フェイ「………」 とある路地で倒れている少年が発見される。 アルフ「フェイ様……」 クリティカルビンタをくらったフェイが倒れていた。 フェイ「フ……フフフ……」 アルフ「フェイ様?」 フェイ「素敵だ!素敵すぎる!!アルフレッド!!彼女の居場所を調べてくれ!」 アルフ「は、はあ……」 捜索隊を派遣するも、カンパニーの未来に不安を感じる執事であった。 フェイ「ああ、なんて素敵な人だ……。日本に来た甲斐があった……」 ビンタを貰って尚も素敵と言える人。 端から見れば変態である。 アルフ「旦那様……。このアルフ、頑張っておりますぞ……」 結局、一番かわいそうなのはこの執事だと思う。 Next Menu back