───ナマモノ在中/モモンガポリスストーリー後編───
───教室。 尽きること無く繰り返される喧騒。 その中で、ただひとり沈黙を守っている俺。 そんな俺を見て寄って来る夕。 夕  「どうしたの?」 柾樹 「………」 おのれ……他人のフリをした裏切り者め……!! 学校に来て尚、俺を苦しめるか。 夕  「?」 えぇい、俺のことは放っておいてくれ!! 柾樹 「す、すまんの、ワシのことは……放っておいてほしいんじゃ……」 夕  「……なんで?」 くはあっ!こ、このしつこき娘っ子めがぁああっ!! 柾樹 「フォフォフォ、ワシなりの事情というものがあるのじゃ」 夕  「なんで老人語なの?」 柾樹 「なに、いつものことじゃて」 夕  「……そっか、そうだよね」 くっ……!!人の気も知らんと……!! 悠季美「おはようござます、柾樹くん」 俺が苦悩していると、悠季美が挨拶をしてくる。 柾樹 「おやおや……悠季美さん。おはようございます……。     おや?今朝も言われた気がしますな……」 悠季美「それはそれです」 柾樹 「……うむ、そうじゃな……」 悠季美「……それにしても……」 柾樹 「いつものことじゃて」 悠季美「言い終わる前に即答しないでください」 柾樹 「ならぬ」 夕  「……あれ?モモンガは?」 柾樹 「…………………………知らんのぅ」 悠季美「知らない訳無いでしょう」 柾樹 「しっ、知らん!ワシは知らん!ワシは本当に知らんのじゃぁぁああ!!!」 悠季美「落ち着いてください」 柾樹 「まかせ……解ったのじゃ」 夕  「今のは無理あるよ」 柾樹 「放っといとくれ!これはワシの存亡を賭けた聖戦じゃぞ!!」 悠季美「意味不明です」 夕  「うん、意味不明だよ」 柾樹 「いいんじゃ……。おぬしらのように若人語を語れる輩に、     ワシの苦労など理解できようものか……」 悠季美「言われないと解りません」 柾樹 「それもそうじゃな」 夕  「うん」 柾樹 「じゃが、ワシのことなど放っといとくれ」 悠季美「嫌です」 柾樹 「なんじゃと!?」 夕  「家族だもん、ほっとけないよ」 柾樹 「さっき、他人のフリをしたのは……誰じゃったかのぅ……」 悠季美「あ……」 夕  「………」 柾樹 「そんな訳じゃ、ワシのことは放っといとくれ」 夕  「うぅ〜……」 とにかく、だ。 出席の確認さえとれればエスケープでもすればいい。 と、いう訳で……早く来てくれ柿……。 ガララァッ!! 勢いよく教室のドアが引かれる。 柿かっ!? フェイ「………」 ぐあ……!!コーヒーだった……。 悠季美「っ……!?」 明らかに警戒体勢をとる悠季美。 フェイ「……マサキ」 柾樹 「ん?なんじゃね」 フェイ「実は……」 柾樹 「うむ、うむ……何も言わんでいい……。今日、ここを発つのじゃろう……?」 夕  「なんじゃね?って言ったくせに」 柾樹 「黙っとれ!このこわっぱが!!」 夕  「うぅ〜」 フェイ「……なんで……?なんで知って……?」 柾樹 「なに、老人の勘、というものじゃて」 フェイ「………」 夕  「そっか、ほんとに転校するんだ」 フェイ「yes……僕にはカンパニーの跡継ぎという宿命がある……。     うかれている場合じゃなかった……」 柾樹 「………」 フェイ「周りから見れば変に映るかもしれない……。     でも、アルフレッドと話していて、カンパニーの重みが解った。だから……」 柾樹 「……ああ、こういうのは苦手だけど……。その……頑張れよ」 フェイ「……ありがとう、マサキ」 夕  「……はゃぁ……いつの間にそんなに仲良くなってたの?」 柾樹 「企業秘密だ」 夕  「うぅ〜……」 フェイ「ユキミ……」 悠季美「ッ!?」 ビクッと反応し、身構える悠季美。 フェイ「知らなかったとはいえ、ひどいことをした……。どうか、許してほしい……」 悠季美「………」 フェイ「それじゃ、もう行くよ」 柾樹 「ああ、元気でな」 フェイ「マサキ、外国人だと輪をかけずに僕と話をしてくれたのはキミだけだった。     ありがとう、マサキ……」 柾樹 「気にするなよ、クラスメイトだろ?」 フェイ「……ああ、ありがとう」 最後に俺達に手を振って、コーヒーが去ってゆく。 夕  「……ム〜、なんか優しかったね……」 柾樹 「まあ、な」 夕  「私には怒鳴ってばっかりなのに……」 柾樹 「お前が馬鹿だからだ」 夕  「お互い様だよ」 柾樹 「俺はお前ほど馬鹿じゃない」 夕  「うぅ〜っ!!馬鹿じゃないもん!!理知的だもん!しかも聡明!!」 柾樹 「無茶言うなぁ……」 夕  「ふぇぇ〜っ!!柾樹くんがいじめる〜!!」 柾樹 「子供か」 夕  「違うもん……あれ?」 悠季美「………」 柾樹 「お前も最後くらい、ちゃんと話せば良かったのに」 悠季美「……わたしだって……こんな体質じゃなければお別れくらい……」 柾樹 「……そうだな」 夕  「……ねえ、柾樹くん」 柾樹 「ん?」 夕  「なんか鞄が動いてるんだけど……」 柾樹 「……はうあ!?」 悠季美「一般的に言うと……ポルターガイストですか?」 柾樹 「い、いや!なんでもないんじゃ!きっと幻覚じゃろうて!忘れるんじゃ!」 夕  「気になるよ……」 柾樹 「なるでない!!忘れるんじゃ!!」 悠季美「……中、見せてください」 柾樹 「ならぬ!!ならぬぞ!!」 夕  「見せてよ」 ガシッ!!と鞄を掴まれる。 柾樹 「こ、こりゃァーッ!!!」 悠季美「まあまあ」 悠季美に羽交い締めされる。 柾樹 「な、なにをする!離せ!!えぇい、離さんか!!」 夕  「……あれ?動かなくなった」 俺は羽交い締めから強引に逃れ、鞄を奪った。 柾樹 「やらせはせぬ!やらせはせぬぞ!!」 悠季美「ますます気になります」 柾樹 「なるでないというちょろうが!!」 夕  「無理だよ」 柾樹 「茄子は成る!洗えば食える!!」 悠季美「ナスの話なんてしてません」 夕  「うん、してない」 柾樹 「黙っとれ!このこわっぱが!!」 夕  「あぁ〜っ!!また『こわっぱ』って言った〜!」 柾樹 「しぇからしか!こん娘っ子が!!ワシゃあ健全な若人ぞ!!」 夕  「ふぇえ……滅茶苦茶だよぉ……」 悠季美「落ち着いてください柾樹くん」 柾樹 「ワシゃ到って落ち着いておるわ!!」 悠季美「……やっぱり、鞄の中に何かありますね?」 柾樹 「そんなことは無いのじゃ!!」 柿崎 「あ〜、席に着け〜」 柾樹 「ムッハァーッ!!ようやく来おったか!!」 柿崎 「……それが担任に言う言葉か?」 悠季美「先生、柾樹くんが鞄に何か入れてます」 柾樹 「そりゃ入れるじゃろう」 夕  「うん」 ポカッ! 夕  「きゃうっ!!」 悠季美「中身、見たくないんですか?」 夕  「うぅ〜……うん、もういい」 ポカッ!! 夕  「きゃううっ!!」 悠季美「わたし『が』見たいんです」 夕  「だ、だって予想がついちゃったし……」 ポカッ!!! 夕  「きゃぅううっ!!!」 悠季美「肉眼で確認してこその真実です」 夕  「ふぇえ〜……いちいち殴らないでぇ……」 悠季美「脳に刺激を与えることは良いことです」 柿崎 「……もうイヤ……こいつら……」 柾樹 「早く出席確認をしてくだされ、担任殿」 柿崎 「……その老人語をやめたら始めてやる」 柾樹 「ならぬ!」 柿崎 「……だぁああああっ!!!もうやだぁああああああああっ!!     帰る!俺はもう帰るぞ!!こんな仕事やめてやるぁああああ!!!!」 柿がキレた。 柾樹 「ならぬ!!ならぬぞ!!!せめて出席確認をしてから昇天されませい!!」 柿崎 「この血筋に、この性格……。はぁ……神よ……」 柾樹 「さあ、確認するのか、せぬのか!!」 柿崎 「解った、解ったから……」 柾樹 「多謝」 柿崎 「はあ……」 …… 柿崎 「───……よし、全員出席しているな」 気がつけば確認は終わっていた。 よし、これで無遅刻無欠席は保たれた!! 後は野となれ山となれ!!! 柾樹 「ウヒョオオオオオオウ!!学生生活茶飯事奥義エスケープランナウェイ!」 ガタガタドガシャァアアアアアン!!! 俺は鞄を抱え、教室から逃走した。 悠季美「あぁっ!?」 夕  「はぅっ!?」 柿崎 「担任の前で堂々とエスケープするな!!」 悠季美「中身、なんなんですか!?気になるじゃないですかぁっ!!」 柾樹 「なるでない!!!」 悠季美「う〜っ!!追いますよ夕ちゃん!」 夕  「……え!?う、うん……」 ドタバタと問題児の駆ける景色の中…… 柿崎 「……涙が止まらねぇ……」 柿がひとり、泣いていた……。 カラーーーン…… カラーーーン………… ……朝が来た。 半焼の音を耳に、布団から出てカーテンを開く。 カシャァッ!! 窓を開けるといつも通りの町並み。 そんな景色に安心してしまう。 ふと、向かいの家を見る。 柾樹 「………」 そば処鈴訊庵。 今はもう、誰も居ない家。 そこにはただ、立ち入りを禁ずるように、 立入禁止の立て札だけが寂しく立てられている。 柾樹 「……一度、食べてみたかったな……」 確か、叔父さんの料理は由未絵さんに習ったんだよな。 柾樹 「由未絵さん、かぁ……」 どんな人だったんだろうか。 柾樹 「あんな事がなかったら、由未絵さんは幸せになれたんだろうな……」 もしかしたら、この家で叔父さんと一緒に穏やかに笑っていたかもしれないんだ。 そう思うと、やっぱり悲しかった。 よく知りもしないのに、なんでこんなに悲しいんだろう。 俺は目の奥が熱くなってゆくのを感じて、考えを振り切るように、頭を振った。 溜め息を吐いて、俺は部屋を出た。 そのあたりで夕に遭遇する。 夕  「はう、柾樹くん」 柾樹 「モーニン」 ところで『はう』って何だろう。 柾樹 「まあいいコテ」 夕  「ふぇ?なにが?」 柾樹 「いや、知らん」 夕  「うん」 既に会話が成り立っていない。 柾樹 「何処かに出掛けるのか?」 なんとなく夕は急ぎ足だった気がする。 夕  「ううん、出掛けないよ?」 柾樹 「何故?」 夕  「え?何故って言われても……解らないよ」 柾樹 「当然だな」 夕  「………」 柾樹 「それならどうして急ぎ足だったんだ?」 夕  「はうぅっ……!!」 ギクリと感じ取れる動作で俺との間合いを取る夕。 柾樹 「……お前、まさか……」 夕  「あっ!!そ、そうだ!忘れてたよぉっ!!料理の途中だったんだぁ!!」 夕は逃げ出した!! 柾樹 「待たれよ」 しかし捕まった!! 夕  「きゃぅううう!!見逃してぇえええっ!!」 柾樹 「ならぬ!!」 夕  「即断しないでよぉおおっ!!」 柾樹 「いいからいいから、ちょっとこっち来い」 俺は輝かしい爽やかスマイルで夕を引きずった。 夕  「わきゃぁあああああっ!!顔が引きつってるよぅっ!!」 柾樹 「俺は爽やかな気分になると顔が引きつるんだ」 夕  「すっごく怪しいよっ!!」 柾樹 「何を言う、これが嘘つきの目に見えるか?」 夕  「………」 柾樹 「何故、黙るかな?」 夕  「あはは、私、知〜らない」 柾樹 「そうか」 夕  「うん」 柾樹 「……ちょっと来るコテ!!」 夕  「わきゃぁあああああ!!耳引っ張らないでぇ!」 俺は夕を引っ張って部屋に引きずりこんだ。 柾樹 「さて……夕さん?説明して頂きましょうか?」 夕  「どうして小姑口調になるの?」 柾樹 「お黙り!!」 夕  「うぅ〜……」 柾樹 「どうせ俺の部屋に潜入しようとしたんだろう」 夕  「人聞き悪いよ……」 柾樹 「じゃあ何用ぞ」 夕  「………」 柾樹 「………」 夕  「うぅ〜……」 結果は変わらなかった。 柾樹 「夜が明けたならオジキもなにも無いだろう」 夕  「えへへぇ、もう日課だよ」 嫌な日課だな。 柾樹 「どうせなら悠季美を襲え」 夕  「襲わないもん」 柾樹 「驚かせてこい」 夕  「そんなことしないもん」 柾樹 「喫茶店のコーヒー飲ませてこい」 夕  「寝てるんだよ?死んじゃうよ」 柾樹 「安心しろ。その前にトーテムポールロマンスが発動する」 夕  「ト……なに?」 柾樹 「トーテムポールロマンスだ」 夕  「なに?それ」 柾樹 「叔父さんから聞いた鷹志さんのことだけどな。     あくまで予想だが、鷹志さんの娘なら有り得るかもしれん」 夕  「?」 今度やってみよう。 柾樹 「さてと、そろそろ行くかな」 夕  「え?何処に?」 柾樹 「アフロ狩り」 夕  「ふぇえ……?柾樹くん、アフロになるの?」 柾樹 「それはアフロ刈りだ!!」 夕  「うぅ〜……」 柾樹 「冗談は置いておくとして、ちょっと探検にな」 夕  「誰か刺すの?」 柾樹 「そうそう!短剣でズバーーッと!!……って、違うわボケェッ!!」 夕  「うぅ〜……」 柾樹 「なんかお前さ、最近悪化したんじゃないか?」 夕  「えと……なにが?」 柾樹 「ボケっぷりが」 夕  「ボケじゃないもん」 柾樹 「黙れボケ」 夕  「うぅ〜……」 柾樹 「なにか変な物でも食したか?」 夕  「ボケじゃないもん……」 柾樹 「解った、間を取ってバカってことで」 夕  「大差ないよ……」 柾樹 「まあ聞け」 夕  「やだよ……」 柾樹 「ごねるな!!」 夕  「ごねてないもん!!」 柾樹 「こねるな!!」 夕  「こねてないもん!!」 柾樹 「寝るな!!」 夕  「起きてるよぅ!!」 柾樹 「そうか」 夕  「………」 柾樹 「まあ、お前のボケさ加減は今に始まったことじゃないしな」 夕  「この前会ったばっかりだよ」 柾樹 「親しき仲にも礼儀あり」 夕  「今の状態では関係ないよ……」 柾樹 「そうだな」 俺はいい加減、行動に移ることにした。 夕  「あれ?何処行くの?」 柾樹 「ああ、アフロ狩りは冗談としてな。すぐ近くだ」 夕  「私も行く」 柾樹 「つまらんぞ?」 夕  「それでもいいよ」 柾樹 「まあ……いいか」 俺は着替えて外へ…… 柾樹 「………」 夕  「?」 柾樹 「なあ」 夕  「何?」 柾樹 「俺、これから着替えるんだが」 夕  「うん」 柾樹 「裸になるんだが」 夕  「……ふやっ!?は、はうぅっ!!」 柾樹 「解ったら部屋を出てくれ」 夕  「う、うんっ!ごごご、ごめんなさいぃっ!!」 障害物があるわけでもないのに、 ドタバタと部屋を出てゆく夕。 柾樹 「……天然」 そんな言葉が脳裏をよぎった。 ……着替えが済むと、俺は家を出て、目的の場所へと…べしっ!! 柾樹 「痛っ!?」 突然、後ろから叩かれた。 柾樹 「なっ、何者っ!?」 夕  「私だよ」 柾樹 「そうか、じゃあ行くか」 夕  「話、終わらせないでよ〜!!」 柾樹 「うるさい」 夕  「静かだよぅ!!」 柾樹 「それはいいから、何の用だ」 夕  「よくないよ!!柾樹くんがうるさいって言うから!」 柾樹 「用件を言え」 夕  「柾樹くん!今、私のこと置いていこうとしたでしょ」 柾樹 「薄情な奴だな」 夕  「私の台詞だよぉっ!!」 柾樹 「チッ……せっかく和訳してやったのに……」 夕  「関係無いし、元々日本語だよ!」 柾樹 「わかった、わかった」 夕  「うぅ〜、なげやり〜……」 柾樹 「行かないなら、俺だけで行くから」 夕  「うぅ〜、行くもん……」 柾樹 「そうか」 夕  「そうだよ」 柾樹 「じゃあ、行くか」 夕  「うん」 夕の言葉を聞いてから、歩き出す。 そして約11歩を歩む。 柾樹 「着いたぞ」 夕  「ふぇっ!?」 目の前には鈴訊庵。 夕  「ここ?」 柾樹 「うむ」 夕  「立入禁止だよ?」 柾樹 「安心しろ、一度や二度じゃない」 夕  「犯罪者……」 ボカァッ!! 夕  「きゃうぅっ!!」 柾樹 「行くぞ!」 夕  「はうぅ……」 俺は立入禁止のロープを越え、中へと侵入した。 夕  「……あ、蜘蛛の巣」 柾樹 「第一声がそれか」 夕  「人それぞれだよ」 コイツ程、そういう言葉が似合わない奴は居ないと思う。 ボケですし。 夕  「ねぇ、柾樹くん」 柾樹 「どうした?」 夕  「ここに何の用があるの?」 柾樹 「ああ、それはな……」 俺が意図を話そうとしたその時!! ガボシャアアアァアアアアァァァァァァッ!! 夕  「きゃうぅううううううううっ!!!!」 後ろの方で変わった音が響いた。 柾樹 「……ウィ?」 振り向くと、そこに夕は居なかった。 柾樹 「……夕っ!?」 俺は混乱した。 もしや神隠し!? はたまた何かの怨念!? そんな考えが頭をかき回す。 が、すぐに呆れた。 床に穴が開いていた。 穴は深くはないが、広かった。 そこに倒れる影ひとつ!! 夕  「うぅ〜……」 夕だ。 しかも、よくよく考えてみれば、 この穴は俺と悠季美が作った落とし穴だ。 いやぁ、懐かしき蒼い季節。(家屋破壊です) 柾樹 「お前なぁ、いきなり家を破壊するなよ……」 夕  「そんなこと言われても……うぅっ!!」 夕が小さな悲鳴をあげた。 柾樹 「どうした?」 夕  「う、うん……足、挫いたみたい……」 柾樹 「はぁ〜……ボケ」 夕  「これは不可抗力だよぅっ!!」 柾樹 「立てるか?」 夕  「うん、多分……うくっ……!!」 駄目みたいです。 夕  「……両足、挫いたみたい……」 柾樹 「な、なにぃっ!?」 マジですか……? 両足同時に捻挫するなんて、初めて聞いたぞ。 夕  「うぅ〜……」 柾樹 「立てるか?」 夕  「ごめんね、駄目みたいだよ……」 柾樹 「立て」 夕  「無理だよぉ、痛いもん」 柾樹 「どうやって帰る気だ」 夕  「あ……」 どうやら状況を理解したらしい。 夕  「………」 柾樹 「達者でな」 夕  「わわわ、待ってよぅ!!」 柾樹 「ごめんよ夕……。     僕はこんなにも近くに居ながら、何も出来ないんだ……。こんな僕を許せ」 夕  「ふぇぇ……どうして最後だけ命令口調なの……?」 柾樹 「気にするな」 夕  「うぅ〜……」 はぁ……どうしたものか……。 夕  「あ、あのさ、柾樹くん……」 柾樹 「ん……どうした?」 夕  「……あの……ね?」 柾樹 「ああ」 夕  「はうぅ……」 柾樹 「なんなんだ」 夕  「う、うん……あのね?」 柾樹 「ああ」 夕  「えっとね?」 柾樹 「ああ」 夕  「その……」 柾樹 「……どぅぁあああああああ!!早く言わんかぁああああっ!!」 夕  「だ、だってぇ〜……」 柾樹 「いいから言え!」 夕  「絶対ボケって言うもん……」 柾樹 「言わないから言え!」 夕  「絶対断るもん……」 柾樹 「断らんから言え!」 夕  「絶対?」 柾樹 「任せろ」 夕  「うん……じゃあ言うね」 柾樹 「うむ」 夕  「……て」 柾樹 「ん?」 夕  「おんぶ、して」 柾樹 「……今、なんと?」 夕  「おんぶ……」 顔を赤くしながら繰り返す夕。 柾樹 「シャープ」 夕  「それ、符号……」 柾樹 「あれ?音符じゃなかったのか?」 夕  「うぅ〜……、おんぶだよぅ……」 柾樹 「で……誰が?」 夕  「………」 黙って俺を指さす夕。 柾樹 「……誰を」 夕  「私を」 柾樹 「………」 夕  「………」 さよなら、夕……。 俺はハンケチーフをひらひらと落とし、その場から 夕  「ふえぇ〜……待ってよぉ〜……」 逃げようとしたが、さすがに泣きそうな声は胸に痛い。 柾樹 「この天地崩壊的アルティメットボケ!どうして足など挫きおったのじゃ!」 夕  「あ〜!嘘つきぃっ!ボケって言った〜!!」 柾樹 「やかましゃあ!こげんこつばするさって、黙ってらんねんわけねぇべ!!     あ〜んと訳っわからんごどばっがりしょって!」 夕  「何言ってるのか解らないよぅ!!」 柾樹 「お黙り!」 とは言ったものの、このままここに置いておく訳にも…… それこそ、捻挫程度じゃなかったら大変だ。 柾樹 「……解ったよ……」 夕  「え?」 俺は穴に降りて、夕の近くに屈んだ。 柾樹 「ホレ」 夕  「……いいの?」 柾樹 「わざわざ訊くな……恥ずかしい……」 なんか泣けてきた……。 夕  「うん、それじゃあ……」 トサッ、と、俺の背に乗る夕。 柾樹 「ぐはぁあああ!!潰れる!!圧殺される!!」 夕  「重くないよ」 柾樹 「冗談だ」 夕は軽かった。 そりゃあ、米袋とどっちが重いかと聞かれたら悩むが。 柾樹 「じゃ、立つぞ?」 夕  「うん」 俺はその場で立ち、穴から出た。 夕  「……あったかい……」 柾樹 「ん?なんか言ったか?」 夕  「ううん、なにも……」 柾樹 「そうか」 俺は家に戻ろうとゴスゥッ!! 柾樹 「あ」 出入口を通った際、夕の頭が出入口上部にヒットした。 夕  「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 声にならない絶叫を醸し出す夕。 柾樹 「……悪い」 夕  「う、ううん……」 涙声で応答する夕。 柾樹 「顔、伏せておけ」 夕  「うん、そうする……」 俺の肩辺りに顔を伏せる夕。 夕  「………」 それから双方無言で、夕の部屋に着く。 ベッドに夕を降ろし、はふ〜。と溜め息を吐く。 夕  「ありがとう、柾樹くん」 柾樹 「気にするな、こうなればヤケだ。     何かしてほしいことはあるか?今日に限り、なんでもやってやるぞ」 夕  「わっ、ほんと?」 柾樹 「任せろ」 夕  「それじゃあ……リンゴが食べたい」 柾樹 「よし、リンゴだな?」 俺は部屋を出て、リンゴと包丁を持ってきた。 柾樹 「さあ切れ」 夕  「切って」 柾樹 「……了解」 ショリショリ…… 夕  「………」 柾樹 「ムムム……」 夕  「………」 柾樹 「ムムムム……ム?」 ふと、視線を感じて顔を上げる。 柾樹 「どうした?」 そこには穏やかに微笑む夕が居た。 夕  「え?」 柾樹 「なにか面白かったのか?」 夕  「ふえ?どうして?」 柾樹 「いや、なんか楽しそうだったからさ」 夕  「うん、なんか心の奥があったかいんだよ」 柾樹 「器用な奴だな」 夕  「故意に出来るものじゃないよ……」 それもそうか。 柾樹 「……あ」 そんなことを考えていて、ふと、思い出したこと。 確か……叔父さんも由未絵さんにリンゴを……。 柾樹 「ふむ」 こんな状況だったんだろうか。 夕  「柾樹くん……?」 柾樹 「えっ!?あ、ああ、どうした?」 夕  「それは私の台詞だよ……」 柾樹 「何故?」 夕  「だって、途中で動かなくなっちゃうんだもん」 俺はオモチャか!! そう叫びたくなる自分を抑えた。 柾樹 「ちょっと考え事をしてただけだ」 夕  「そっかぁ。あ、それよりもリンゴ〜!」 柾樹 「ゴリラ」 夕  「しりとりじゃないよ……」 柾樹 「解ってる、気にするな」 俺はリンゴを半分に割り、更に半分に割る。 そして種が集結している部分を切り、夕に渡す。 夕  「いらないよ〜っ!!」 柾樹 「それでリンゴを栽培しろ」 夕  「多分、私じゃ無理だよ……」 柾樹 「うむぅ、至極もっともな意見だ」 夕  「うぅ〜……納得されると悔しいよ……」 柾樹 「言い出したのはお前だろう」 夕  「うぐ……そうだけど……」 柾樹 「まあいいか。さあリンゴを食せ」 夕  「うんっ♪」 差し出されたリンゴを食す夕。 夕  「……ぬるいよ……」 柾樹 「我侭を言うな!!」 夕  「だって……」 柾樹 「こんな物はだな、特に気にしなければ味は同じだ!!」 シャクッ!! 柾樹 「ぶわっ!!ぬるっ!!」 夕  「ほら〜っ!」 柾樹 「くっ!!こんな筈では……!!」 どんな筈になるかを考えていた訳でもないが。 柾樹 「さあ、リンゴは堪能したな?次は何だ」 夕  「堪能もなにも、不満だらけだよ……」 柾樹 「気のせいだ」 一蹴。 夕  「うぅ〜っ!!気のせいもなにもないよ!!」 柾樹 「あるぞ」 夕  「ム〜ッ!いいもん!別のお願いするから」 柾樹 「おう、ドンとこい」 夕  「……一度しか言わないよ?」 柾樹 「任せろ」 夕  「うん、任せるよっ!」 柾樹 「うむ」 夕  「えっとね?」 柾樹 「ああ」 夕  「今日だけでいいから、ず〜っと隣に居て!」 柾樹 「……本気か?」 夕  「アルティメット・マジモード、だよ」 柾樹 「ぐ……」 夕  「もちろん、いいよね?」 柾樹 「……ああもぅ!解ったよ!了解しました!!」 夕  「あははっ!やったぁっ!!」 滅多なことは言うもんじゃない。 その言葉を痛感した。 柾樹 「……まあ、いいけどな……」 何処に行こうにも、夕は動けない。 要するに、夕は俺に看病してくれと頼んだんだ。 かなり遠回しな言い方だけどな。 柾樹 「じゃあ、病人はゆっくり寝てろな」 夕  「うんっ!」 満面の笑顔。 足を捻挫したっていうのに、何が嬉しいのか。 柾樹 「……痛いのはここか?」 夕  「ううん、このへんだよ」 柾樹 「ここか?」 俺は夕の足首を曲げてみた。 夕  「はうぅっ!!イタ!痛いよぅっ!!」 柾樹 「曲げると痛い……ふむ、やはりただの捻挫だな。     骨折なんてしてたら、どうしようかと思ったよ」 夕  「一安心だね」 柾樹 「シップでも貼れば治るだろ」 俺はズゥオオオと立ち上がり、ついにはシップを捜す大冒険の旅へと 柾樹 「……うわっ!?」 出ようと思ったが、夕に服を引っ張られた。 夕  「……そんなのいいよ、隣に居て」 柾樹 「いや、しかし……」 夕  「お願い、聞いてくれる約束だったよね?」 柾樹 「うぐ……」 別に約束はしていないのだが……。 柾樹 「解った、でも湿布くらいは貼っておけ。そうしたら一緒に居てやる」 夕  「……うん、解った」 柾樹 「よし、いいコだ」 俺は夕の頭を撫でた。 夕  「ふみゅぅ……子供扱いしないでよぅ……」 柾樹 「………」 ……あれ? 以前なら迷わず手を払われてたのに……。 柾樹 「まあいいか」 夕  「ふぇ?何が?」 柾樹 「ん?いやなに、ドナルドの性別は何かな、とな」 夕  「うん」 柾樹 「謎が謎を呼ぶ」 夕  「呼ばなくていいよ」 柾樹 「それもそうだな」 俺は適当に話を打ち切り、部屋をあとにした。 階下に降りて湿布を探す。 柾樹 「まあ、ある場所は知っているんだけどな」 確かこの引き出しに……おお、あった。 丁度良く包帯もある。 俺は湿布を適当な大きさに切って、部屋へと戻った。 柾樹 「ただいまアンソニー」 夕  「アンソニーじゃないよ」 わざわざ返答してくれるから面白い。 柾樹 「お気になさるな。ほら、湿布だ」 夕  「うん、ありがとう」 俺は夕に湿布と包帯を 夕  「柾樹くんがやって」 渡すこともままならず、俺が貼るハメに。 どうやら、とことん俺を使う気らしい。 ……はぁ、馬鹿なこと言ったもんだ。 そうこう考えている内に、湿布と包帯の縫合(とは言わない)は完了した。 柾樹 「これでよし、と」 夕  「えへへ……ありがとう、柾樹くん」 穏やかに微笑む夕。 柾樹 「うむ、盛大に感謝しろ」 夕  「うん、嬉しいよ」 微妙に会話が成り立っていない。 柾樹 「……あ」 そこまできて、重大な事に気づく。 ……食料はどうするのだろう。 俺が持ってくるのか? 何をもってくればいいのだろう。 叔父さんの料理か? それとも……俺が作るのか!? いや、まさかコロネを買いに行かされるのでは……。 ……結論:リンゴでいいか。 夕  「え?何か言った?」 うわっ!?声に出てたかっ!? 柾樹 「いや、なんでもない!なんでもないぞぉっ!!」 夕  「明らかに怪しいよ……」 柾樹 「目の錯覚だ」 夕  「うぅ〜……」 柾樹 「まあまあ、気にするなって。ゆっくり回復を待ちませう」 夕  「う〜……うん……」 改めて考えると恐ろしい。 俺は今日、夕の願いを叶え続けねばならんのだ。 ちなみに今は朝である。 前途多難。 そんな言葉が脳裏をよぎる。 打開策は…… 柾樹 「夕、眠くないか?」 眠ってもらい、時間を稼ぐ。 ううむ、なんて素敵な打開策。 夕  「さっき起きたんだよ?さっぱりだよ」 3秒後、玉砕。 柾樹 「寝ろ」 夕  「無理だよ……」 柾樹 「無理でもいい。寝ろ」 夕  「いやだよ、時間がもったいないもん」 柾樹 「そんなに充実した生活を送っているようには到底、見えないのだが」 夕  「そんなことないもん」 柾樹 「ぬう……」 頑固な奴め……。 夕  「今日1日でいいんだよ。ずぅっと、お話よ?」 柾樹 「そんなにネタは無いぞ」 夕  「それなら、一緒に居てくれるだけでいいよ」 柾樹 「………」 まいった。 つまり今日、俺は何も出来ないということじゃないか。 夕  「……ね?お願いだよ……」 涙声で語る夕。 ……って、何故泣く!? 柾樹 「あぁあ、わ、解った!だから泣くな!」 夕  「……一緒に居てくれる……?」 柾樹 「……くっ……了解」 夕  「……ほんと!?やったぁっ!!」 ぐあ!?嘘泣き!? ぬおお、出ました……女の武器……!! 柾樹 「ひ、卑怯だぞ夕!!」 夕  「卑怯でいいよ、一緒に居られるもん」 開き直りやがった……。 夕  「今は……安心していたいんだよ……」 俺が頭を抱えて悩んでいると、夕が何かを呟いた。 柾樹 「ん……何か言ったか?」 夕  「ん〜ん、なぁんにも」 柾樹 「嘘をつくと為にならんぞ。さあ吐け!麦茶と鳥龍茶の違いは何だ!!」 夕  「私は……原料、だと思うよ」 柾樹 「俺もだ」 その日、結局俺は夕と一緒に居ることになってしまった。 ……と言っても今日だけだが。 しかし俺にとって、地獄はこの先だった。 時間に余裕がある内はお願いも楽なものだった。 だが、夜になる頃には……俺に『安息』の二文字は存在しなかった……。 Next Menu back