───ブレンディ〜/吼えよ謡えよホーリーレイ───
叔父さんの家の中に居る。 我が家より落ち着けるエルドラドが此処にある。 我が家より美味なる物が此処にある。 なんにせよ、助かった。 俺は緊張感から解放されたが如く、布団へと倒れた。 ボスン!! 声  「みゃあっ!!」 柾樹 「………」 どうして、また居るかな。 夕  「えぅう……」 柾樹 「チョークスリーパーで気を失ってたんじゃ……」 夕  「チョ……なに?」 柾樹 「早い話が首締め(?)だ」 夕  「?」 解らないらしい。 夕  「私、ここから動いた記憶、無いよ?」 柾樹 「寝ぼけてたからだろう」 夕  「……寝返りくらいは……うったかも」 柾樹 「そんなことは訊いてない」 夕  「うぅ〜……」 柾樹 「……本当に何も憶えてないのか?」 夕  「だから、記憶喪失だって……」 柾樹 「そんな前の事じゃないっ!」 夕  「ふぇえ……訊いてきたから答えただけなのに……」 柾樹 「どうしてこうボケかな……」 夕  「人のこと言えたものじゃないと思うけど……」 柾樹 「おだまり」 夕  「うぅ〜」 そんなことを話していると、突如開かれるドア。 悠季美「柾樹くん!」 悠季美が現れた。 悠季美「……今、心の中で解説しませんでした?」 柾樹 「してないぞ」 鋭い奴だ。 柾樹 「それより何か用があったんじゃなかったのか?」 悠季美「あ、そうでした。見てくださいこれ!」 スッと手渡される紙。 柾樹 「なんだ?え〜と……柾樹と……喫茶店へ行ける券だぁっ!?」 悠季美「はいっ♪」 満面の笑みで頷く悠季美。 柾樹 「叔父さん、本気でこんなの作ったのか!?」 悠季美「『こんなの』じゃないですよぅ」 口を尖らせる悠季美。 柾樹 「いやしかしだな……」 凍弥 「安心しろ、まだまだあるぞ」 柾樹 「だぁっ!?いつから居たんですか!?」 凍弥 「チョークスリーパー辺りからだ」 柾樹 「初めから居たんじゃないですか!」 凍弥 「そうなるな」 悠季美「それより!時間が無いから行きましょう!」 柾樹 「行くって……何処に」 悠季美「喫茶店です」 柾樹 「なにぃ!?今からかっ!?」 悠季美「だってこれ……」 再度、紙を見せる悠季美。 悠季美「有効期限が今日までなんです」 柾樹 「………」 凍弥 「危機迫る方が面白いだろう」 柾樹 「あのですねぇ……ッ!!」 夕  「まだまだあるって何?」 凍弥 「ん?ああ、これだ」 叔父さんがバッ!と紙を見せる。 柾樹 「ゲェーッ!?」 柾樹とデートできる券、柾樹と一緒に眠れる券、 柾樹と登校できる券、柾樹と補習できる券。 柾樹1日所有券まである。 柾樹 「人を餌にしないでくださいっ!!」 凍弥 「いや、柾樹と補習券は欲しがらないだろう」 柾樹 「そういう問題じゃなくてですね!」 夕  「あ……私、補習券欲しい」 柾樹 「なにぃ!?」 悠季美「あ、わたしも」 柾樹 「何故!?」 悠季美「麗らかな午後の学校……     そして部活動をしている人の喧騒を耳に、教室で補習を受けるふたり……」 なにやら悠季美が話し始めた。 悠季美「落ちた消しゴムを拾おうと手を伸ばすと、ふと触れ合う手と手……嗚呼」 ズパァーン!!!! 悠季美「きゃあっ!!」 柾樹 「嗚呼じゃない!!」 悠季美「冗談ですよ。大体、補習受ける程に悪い成績じゃないです」 柾樹 「……嫌味か?」 悠季美「違います」 柾樹 「いいんだ……どうせ俺は3人の中で一番成績低いんだし……ハハハハ」 悠季美「それでは、勉強も兼ねて喫茶店に行きましょう」 夕  「私が教えるから大丈夫だよ」 悠季美「そんなことないです」 夕  「私に任せておけば大丈夫だよ」 悠季美「いいえっ!わたしが教えます!」 夕  「うーっ!」 悠季美「うーっ!」 凍弥 「モテるな」 柾樹 「そう見えますか……?」 凍弥 「見えない」 柾樹 「それじゃ、俺はふたりが争ってる内に……」 ガシィッ! 柾樹 「……うぇえ……」 振り向きたくなかったりする。 悠季美&夕『何処行く気(ですか)!?』 柾樹   「いやぁ……邪魔になっちゃ悪いと思って……」 悠季美  「柾樹くんが居なければ話が進みません!」 柾樹   「す、進んでただろ!?進んでたじゃないか!」 夕    「そんなことないもん!」 柾樹   「お、叔父さん!助けて!」 凍弥   「すまん、頑張れ」 柾樹   「ヒィイ!」 悠季美  「さあ!わたしと喫茶店へ!」 夕    「私と喫茶店に!!」 悠季美  「喫茶店券を貰ったのはわたしです!」 柾樹   「ふ、ふたりとも落ち着───」 悠季美&夕『柾樹くんは黙ってて(ください)!!』 柾樹   「ヒィッ!!」 なんのために俺はここに引き留められているのだろう。 凍弥 「じゃあ、俺はこれで」 柾樹 「逃すかぁっ!」 凍弥 「なにぃっ!?」 俺は出て行こうした叔父さんを捕まえた。 凍弥 「何をする!離せ!えぇい!離さんか!」 柾樹 「逃しはせぬ!逃しはせぬぞ!」 来流美「静かにしなさいっ!」 一同 『静かになんて出来(ません)(ないよ)るかっ!!』 来流美「やかましいわねっ!」 凍弥 「来流美っ!柾樹を剥してくれっ!」 来流美「めんどいからや〜よ」 凍弥 「お前なぁっ!!」 悠季美「ああっ!喫茶店閉まります!!」 柾樹 「閉店万歳!」 悠季美「いいから来るんです!」 柾樹 「ギャアア!!」 凍弥 「ぐあああ……!!く、苦し……離……ッ!!」 スリーパー&カニ挟みで叔父さんに掴まっている俺を引っ張る悠季美。 凍弥 「ぐ……が……ぎぎ……!!」 来流美「わ、真っ赤な顔」 凍弥 「ぐが……ごげがぐ……」 その所為か、余計に締まるスリーパー。 来流美「まあ、頑張りなさいよ」 凍弥 「ギョォウ!」 グワシッ!! 来流美「!?」 凍弥 「お、俺ひとり……では……死なぬ!!」 母さんの手首を掴む叔父さん。 柾樹 「は、離すんだ悠季美!叔父さんが死ぬ!」 悠季美「柾樹くんが離せば万事解決ですっ!」 夕  「この前、24時間営業の喫茶店を見つけたよ。     だから時間は気にしなくて大丈夫」 柾樹 「うああ!余計なこと言うな!」 悠季美「いいことを聞きました……」 パッ!と離される手。 凍弥 「は、早く離せ柾樹……!!」 柾樹 「あ、失礼」 手を離す。 凍弥 「ぐはぁっ……!!はぁっ……はぁ……」 来流美「ちょ、ちょっと……!凍弥こそ早く離しなさいよ!!     手が……血が……痺れて……!!だぁっからもう!!離せってのぉっ!」 ドガァッ!! 凍弥 「ぐはぁっ!!」 来流美「ああもう!手形が付いてるじゃない!どうしてくれるのよ!!」 凍弥 「やかましい!俺だってゲホッ!ゴホッ!」 来流美「あぁら〜、むせて話にならないわねぇ」 凍弥 「お前がスリーパーなんぞするから!」 柾樹 「叔父さんが俺を見捨てて行こうとするから!」 夕  「……喧嘩、いつになったら終わるのかな」 悠季美「知りません」 夕  「あ」 悠季美「?」 夕  「結局さ、券の有効期限が今日までなら、今日行かないと意味ないんじゃ……」 悠季美「あ……」 ガシィッ!! 悠季美「行きますよ柾樹くん!」 柾樹 「諦めたんじゃなかったのか!?」 悠季美「誰もそんなこと言ってません!!」 柾樹 「言ってくれ!ていうか言え!」 悠季美「嫌です!」 あああ!!こんなことをしている間に、俺の安息の時間は……!! 柾樹 「……解った、行こう」 ここでこうしているよりはマシだろう。 悠季美「え?」 柾樹 「え?じゃなくて。行こう、と行っているんだ」 悠季美「………………いいんですか?」 柾樹 「いままで散々に誘っておいて、なんだその言いぐさは」 悠季美「言いぐさがどうとか言われるほど、酷い言い方はしてませんよ」 それもそうだな。 凍弥 「観念したか」 柾樹 「叔父さん……あの券、もう燃やしてください」 凍弥 「便利なんだが」 柾樹 「迷惑です!」 凍弥 「ぬう、仕方無い」 悠季美「じゃあ、行きましょうっ?」 張り切る悠季美。 夕  「……じゃあ、今日は私はお留守番だね」 柾樹 「ああ、悪い」 夕  「いいよ、楽しんできてね」 柾樹 「喫茶店で、どう楽しめと……」 悩みつつも、俺と悠季美は外へと繰り出した。 ……夜である。 さっきまでも夜だったから、今も当然夜である。 夕  「う〜……」 ダイニングのソファーに座っている。 目の前には来流美さんという女の人。 凍弥さんはお風呂に入っている。 来流美「由未絵……ねぇ……この子が……」 さっきからこの人はブツブツと呟いている。 なんか恐い。 来流美「ねぇ?」 夕  「ひゃうぅっ!?」 突然声を掛けられたので驚いてしまった。 来流美「なによ、そのあからさまな態度は」 夕  「ふぇえ……」 やっぱり恐い。 来流美「まあいいけどね」 いいのなら言わないでほしい。 時々に言う悠季美ちゃんの気持ちが解った気がした。 来流美「あなた……料理できる?」 何を聞かれるかと不安で一杯だったけど、日常的だった。 夕  「は、はう。あわわっ!じゃなくて、はいぃ!」 来流美「忙しい子ねぇ……」 それなら、その獲物を見つめる眼光は止めてほしい。 来流美「ちょっと作ってもらえる?」 夕  「……!」 もしかしてこれは……最近ドラマで見る『姑式:追い出し作戦』!? 掃除してる妻を余所に障子に指を滑らせて 『あぁんら夕さん!ここにまだホコリが残ってるわよ!』 等々の『いびり』を散々して、妻を追い出す姑業!! 夕  「………」 思ってて赤面してしまう。 夕   <わ、わわ私が柾樹くんの……> 来流美「目の前で百面相されても対処に困るわよ」 夕  「は、はうぅっ!」 見られていたらしい。 しかも顔に出ていたみたいだ。 来流美「退屈なのは解るけどね。凍弥はお風呂に入ってるし」 常に騒いでいないと落ち着かないタイプなのかな。 来流美「だからさ、夕飯を作ってもらえないかしら」 どうしてそこに行き着くんだろう。 夕   <流石は柾樹くんのお母さんだ……> なんか納得してしまう。 でも、頼まれて悪い気はしなかった。 料理は上手になったから、自信もある。 夕  「じゃあ、作ります」 来流美「ん♪素直でよろしい」 ちなみに私の来流美さんへの印象は『姐御さん』だった。 ……… 凍弥 「ふう、熱すぎず、そしてぬるすぎず。絶妙な湯加減だった」 風呂を出る。 凍弥 「……ん?」 出た途端、香ぐわしい香りが鼻腔をくすぐる。 凍弥 「これは……」 懐かしい香りだった。 もう二度と現れることなどないと思っていた香り。 凍弥 「由未───」 言い終わる前に、俺の体はダイニングへと駆けていた。 ───が。 声  「きゃぅうううううううううううぅぅぅぅっ!!」 辿り着く前に悲鳴を聞く。 凍弥 「な、なんだぁっ!?」 俺は緊迫感の無い悲鳴に呆気にとられつつも、 ダイニングへと急いだ。 凍弥 「どうしたっ!?」 声を張り上げる。 すると…… 夕  「ごっ……ごごご……んぐっ……ゴキィ……ッ!」 涙ぐみながら必死に訴える夕。 凍弥 「なんだ……ゴキブリか」 焦って損した気分にかられる。 来流美「なんだじゃないわよっ!は、早くなんとかしてよっ!!」 来流美まで逃げまどっている。 凍弥 「お前……まだゴキブリにも慣れてないのか」 来流美「現代でこれほど謎の物体は居ないわよ!」 まあ、こいつがゴキブリ嫌いになった訳は俺にあるが。 凍弥 「よし夕。これを使え」 夕  「ふぇっ!?わ、私っ!?」 凍弥 「これで奴を滅ぼすんだ」 ポン、と武器を渡す。 夕  「ふ、ふぇえええ……」 来流美「泣かせてどうすんの!」 凍弥 「やれやれ……じゃあ、ホレ」 来流美に武器を渡す。 来流美「……これ……」 凍弥 「当たれば一撃だ」 来流美「そうかもしれないけど……肉片飛ばない?」 凍弥 「だからお前に頼んでいるんだろう」 来流美「それじゃあなに!?私を犠牲にする気っ!?」 凍弥 「過言ではない」 来流美「過言よっ!!」 凍弥 「まったく仕方の無い。貸せ、俺がやる」 来流美「初めからそうしなさいよ!」 凍弥 「いちいち怒鳴るな、やかましい」 来流美が投げた武器を受け取る。 そして狙いを定める。 凍弥 「………」 来流美「ちょ、ちょっと!わざわざ私の近くに来た時を狙わなくてもいいでしょ!?」 凍弥 「チッ……バレたか」 来流美「バレるわよ!」 凍弥 「それでは……ヘルユー!!」 ドシュッ!! 俺は武器のトリガーを引いた。 ドカァッ!! 見事にゴキブリをしとめる。 夕  「わわっ!すごいね!なんですかそれ!」 凍弥 「ホーリーレ●だ」 来流美「ただの電動釘打ち機でしょ!?何処から持ってきたのよそんなもの!!」 凍弥 「ドナルドマジック」 来流美「……あんた何者よ!」 凍弥 「冗談だ、仕事場からだよ。さぁ、料理を続けてくれ」 夕  「ふぇ?いいの?」 凍弥 「良いも悪いも、作っててくれたんだろ?」 夕  「うん、来流美さんが作れって言ったから」 来流美「ええっ!?ちょっと待って!私、命令口調なんて使ってないわよ!?」 夕  「ふぇ?そうだっけ」 来流美「こ、この子ったら……!!」 凍弥 「引きつってるぞ」 来流美「うるさいわねっ!」 凍弥 「それにしても、見事なボケっぷりだ」 来流美「まったくだわよぅ……」 凍弥 「なあ……来流美」 来流美「なによ」 凍弥 「懐かしい香りだよな……」 来流美「………」 凍弥 「柾樹からは料理は下手だって聞いてたのに……」 来流美「頑張ったんじゃないの?昔の誰かさんみたいに……」 凍弥 「誰かさん……?」 来流美「由未絵よ」 凍弥 「あいつが何を?」 来流美「あんたねえ、初めから料理の上手い人なんて居るわけないでしょ?」 凍弥 「………」 来流美「あの子ねぇ、『凍弥くんに食べてもらうんだ♪』     なんて言って、いっつも練習してたんだから」 凍弥 「由未絵が……」 来流美「ホントに最初の頃なんて見る影なかったのよ?     目玉焼が黒目だけになっちゃうし、ウインナーが花林糖になっちゃうし」 凍弥 「か、かりんとう……!?」 来流美「焼きすぎてサクサクなのよ」 凍弥 「なるほど」 来流美「それがあんなに上手くなって……わたしは……そりゃもう嬉しかったわ……」 凍弥 「見届けていた割には、お前は下手だよな」 来流美「こういう時くらいツッコミはよしなさいよ……」 凍弥 「そういえば、子供の頃に行ったクヌギ林、憶えてるか?」 来流美「……やめて……思い出したくないわ……」 凍弥 「あの時お前、クワガタと間違えてゴキブリ掴んでなぁ」 来流美「やめてって言ってるでしょ!?」 凍弥 「いい思い出だ」 来流美「大体あれは凍弥が……『そこのクワガタ捕まえろ』なんて言うから」 凍弥 「あそこに連れていったのも俺だしな」 来流美「確か由未絵が来る前の夏よね?」 凍弥 「そうか……もうそんなに経つんだな……」 ゴトリ…… 凍弥 「ん?」 懐かしい気持ちと寂しい気持ちを抱いていると、窓際から物音が聴こえる。 凍弥 「……?」 カラカラと窓を開ける。 来流美「どうかしたの?」 と、来流美が声を掛けてくる。 凍弥 「ああ……なんか聴こえた気がしたんだが……」 声  「ヘルプミィィィイイ〜〜…………」 凍弥 「うおおっ!?」 地面付近を見ると、ネスカフェが倒れていた。 フェイ「ストマックが悲鳴を挙げてまス……」 凍弥 「よく生きてたな」 感心に値する。 フェイ「胃薬ギブミ〜……」 凍弥 「バファリンでいいか?」 フェイ「ノー!!それは頭痛デース!!」 段々とエセ外人風になってゆく。 フェイ「ノリとツッコミは人類の至宝……」 どうやら冗談だったらしい。 フェイ「とにかくヘルプ……」 凍弥 「せいろ丸でいいか?」 フェイ「……あの独特の香りの薬か……」 心底嫌そうな顔をするゴールドブレンド。 フェイ「しかし、文句を言っている場合じゃない」 決意を新たにするコーヒー。 フェイ「薬を!」 凍弥 「ホレ」 差し出した薬と水を受け取り、一気に飲む。 フェイ「フゥ……」 落ち着くかのように溜め息を吐くネスカフェ。 その息はせいろ丸の香りを醸し出している。 これで彼はゴールドせいろ丸ブレンドだ。 凍弥 「………」 馬鹿なこと考えてないで中に戻るか。 フェイ「オヤ?マサキは何処へ?」 ふむ。実にやりづらい。 凍弥 「待っていろ、地図を描く。……よし、この喫茶店に居る筈だ」 コヤツのことは柾樹に任せるとしよう。 フェイ「謝謝」 ……このゴールド、本気で何処の国の人物だ? 謎は深まるばかりだった。 そして柾樹を探しに裸足で駆けてゆくコーヒー。 凍弥 「靴くらい履け!!」 フェイ「オオウ!忘れていたよアントニオ!」 凍弥 「誰がアントニオだ!」 フェイ「細かいことは気にシナーイ!HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!!!」 笑いながら駆けてゆくゴールドブレンド。 凍弥 「……疲れる……」 嘘、偽りの無い正直な気持ちだった。 溜め息を吐いた後、室内に戻る。 と、夕が皿を並べているところだった。 そして俺と目が合うと柔らかく微笑む。 夕  「つまみ食いはダメだよ」 しかも釘付き。 来流美「凍弥の性格をよく知ってるわね」 凍弥 「放っとけ」 というか、そんなに狙ったような顔をしてたのか? 夕  「柾樹くんと悠季美ちゃんの分も作っちゃった」 ちょっと困ったような顔をする夕。 来流美「あぁ、そろそろ帰ってくるでしょ」 夕  「うん……でも、むこうで食べてないかな、って」 来流美「……なるほどね」 凍弥 「………」 俺は香りに誘われて、今まさに…… 夕  「……ダメだよ」 ギクゥッ!! 凍弥 「……ぬおお、なんと悲しき夜ぞ……」 来流美「まあったくぅっ!!いつまで経っても変わらないわねぇ!」 凍弥 「仕方無いだろ!?懐かしいんだよ!!こんなにいい香りではないか!!」 来流美「いいから!柾樹達が帰るまで───」 くぅ〜〜〜……。 来流美「あ……」 腹が鳴った。 凍弥 「……まだ何か言うことがあるか?」 来流美「……意義無し」 夕  「だ、だめだよぅっ!!」 凍弥 「駄目だ」 夕  「そ、それは私のセリフだよっ!!」 来流美「どうせ柾樹達はむこうで食べてるわよ」 夕  「そんなことないもん!柾樹くんはそんなに薄情じゃないもん!」 凍弥 「……信頼しきってるなぁ」 来流美「そうは言っても、一番に不安を口に漏らしたのはこの子でしょ」 夕  「うぅ〜……」 凍弥 「まあまあ、そんなにいじめるな」 来流美「……まったく、由未絵のことになると甘いんだから凍弥は……」 凍弥 「ん?なにか言ったか?」 来流美「なんでもないわよ。……確信なんて無いんだし」 凍弥 「いや、だからハッキリ言えって。後半が聴こえなかった」 来流美「いいのよ、これは私が解明してみせるわ。じっちゃんの名に賭けて!!」 凍弥 「懐かしいな」 来流美「そうね」 夕  「うん」 来流美「……知ってるの?」 夕  「うん、金田二」 凍弥 「合ってはいるが、間違ってもいるぞ」 夕  「?」 来流美「……あははっ!ホントにボケね♪」 夕  「ふぇえ……ボケじゃないもん……」 凍弥 「いぃや、ボケだ」 夕  「うぅ〜……」 来流美「………」 凍弥 「ん?どうした?」 来流美「ん〜?うん、久しぶりだなって思ってさ」 凍弥 「なにがだ?」 来流美「知りたい?」 凍弥 「なんだそれは……お前から言ってきたんだろう」 来流美「それもそうね、あはははは!」 何がおかしいのか、笑う来流美。 凍弥 「で?なんなんだ?」 来流美「んふふ〜♪凍弥のその顔よ」 凍弥 「顔?顔がどうかしたのか?」 来流美「そういう表情、懐かしすぎて笑えるわ」 凍弥 「そんなに変な顔してるか?」 来流美「あはははは!だぁってぇっ!昔のまんまなんだものぉっ!」 凍弥 「……ごきげんだな」 来流美「ええ、楽しんでるわよ。こんなに楽しいのは高校生活以来よ」 凍弥 「……そうか」 来流美「私ね、今の仕事止めてさ、家に近い所で働こうかと思ってるの」 凍弥 「どうしてだ?」 来流美「凍弥も言ってたでしょ?もっと柾樹の近くに居てやれって。     ……自覚はあるのよ、酷い親だって」 凍弥 「だろうな。お前も由未絵の親が嫌いだったからな」 来流美「それがどうしてこんな風になっちゃったのかな。     そりゃあ仕事は楽しいわよ?でも……なんか本気で笑えないのよね」 凍弥 「来流美……」 来流美「私は子供だった頃に戻りたい。また……あの頃みたいに笑っていたい。     なんだかんだ言ってもさ、     私にとっても由未絵と一緒に居た時が一番楽しかったのかもしれない」 凍弥 「………」 来流美「ドジでボケで間抜けで寝起きが悪くて     失敗ばっかりで泣き虫でそそっかしくて、それでもいつも一生懸命で……」 凍弥 「……救い様が無いぞ」 来流美「私、由未絵の笑顔って好きだったな……」 凍弥 「俺には負けるだろうけどな」 来流美「ム……!」 凍弥 「なんだよ……!」 来流美「フン……。私は凍弥の倍以上は由未絵の笑顔が好きだわよ」 凍弥 「自意識過剰」 来流美「おだまり!」 凍弥 「はははっ」 来流美「……なによ、笑えるじゃない」 凍弥 「当たり前だ!」 来流美「高校卒業してから笑ったことなんてあった?」 凍弥 「……まあ……な」 来流美「一回きり、だなんて言うんじゃないでしょうね」 凍弥 「バッ……バカ言え!」 来流美「大きく出る雰囲気ね。で?どのくらい笑えた?」 凍弥 「……5回」 来流美「………」 凍弥 「………」 来流美「随分……小さく出たわね」 凍弥 「冗談だ。     鈴問が建て直しのために壊される時期には気持ちの整理は着いてたよ」 来流美「え?どうして」 凍弥 「……さあな。雪が降ったからじゃないか?」 来流美「……?訳が解らないわよ」 凍弥 「そんなもんだよ、答なんてものは」 来流美「ム〜……」 納得がいかないような顔をする来流美を無視して、 ササッと料理を摘む。 夕  「ダメだったらぁっ!」 ───前に、夕に怒鳴られる。 凍弥 「う〜む、仕方無い。柾樹達が帰って来たら呼んでくれ」 夕  「うん」 今度は満面の笑顔。 忙しい奴だ。 なにか引っ掛かるものを感じながらもダイニングを出る。 二階に上がろうともしたが、気が変わり外に出る。 凍弥 「ふう……」 深呼吸をするように夏の夜空の空気を吸った。 夏の夜空の下は涼しく、夏であることを忘れさせてくれるようだった。 それでも、鈴虫の奏でる音色が夏を思い出させる。 これが季節というものだろう。 そんな静かな景色の中、遠くから聴こえる足音。 かなりのスピードだ。 声  「叔父さん叔父さん叔父さぁああああん!!!」 おまけに聴こえてくる声。 確認するまでもなく、柾樹だ。 その隣を走るコーヒー。 そして……柾樹に抱えられている悠季美。 凍弥 「何事だ……?」 目の前で止まる柾樹に話し掛ける。 柾樹 「あああいやその……っ!!予想がバッチリ当たってしまったようで……!」 凍弥 「予想?」 柾樹 「とにかく悠季美をお願いします!俺、水持ってきますから!」 言って、家に疾走する柾樹。 凍弥 「……喫茶店だったよな、行ったの」 なんとなく嫌な予感がする。 とりあえず悠季美は寝ているんじゃなくて、気絶させられているようだった。 凍弥 「なにかあったのか?」 なんとなくゴールドブレンドに訊いてみる。 フェイ「あれはもう、思い出しただけでも恐ろしい惨状でござった」 凍弥 「惨状?」 フェイ「喫茶店の中が……」 凍弥 「中が?」 フェイ「うぶっ……吐きそうデス……」 凍弥 「……説明出来そうにないな。仕方無い……悠季美、起きろ」 柾樹 「叔父さん、水……ってどわあああ!!!     起こしちゃ駄目ぇえええええええええっ!!!」 凍弥 「ん?」 悠季美「んん……」 柾樹 「あ……」 時、既に遅し。 悠季美「トーテムポールロマンスゥーッ!!!」 絶叫。 そして何処からか瓶を取り出し、中身を…… フェイ「ギャァアアアアアアアアア!!!!」 手当たり次第に投げ始めた。 ちなみに中身はマグロの目玉だ。 なるほど、これなら吐きそうにもなる。 しかも恐らく『惨状』と言ったからには、喫茶店は地獄絵図であること間違い無しだ。 凍弥 「ま、柾樹っ!!お前コーヒーを飲ませたなぁっ!?」 柾樹 「ちょ、ちょっと試すつもりで……」 などと話している内に、瓶の中の目玉が尽きた。 凍弥 「今だっ!!」 柾樹 「あ!まだ……」 柾樹が叫んだ瞬間。 悠季美の片手に別の瓶が握られているのに気づいた。 凍弥 「し、しまっ……」 時、既に遅し2。 凍弥 「ゴールドバリアー!」 フェイ「ギャアアアアアアアアア!!!」 しかし俺はネスカフェを盾にして一命を取り留めた。 恐ろしい体験をした後、大地に沈むコーヒー。 それに追い打ちを掛けるように、マグロの目玉を3瓶空ける悠季美。 凍弥 「……まいったな、容赦無い」 普段、瓶をいくつ所持しているのやら。 結局のところ、これでは埒があかない。 凍弥 「よし柾樹!俺が犠牲になるから、その水を悠季美に飲ませてくれ!」 柾樹 「は、はい!」 凍弥 「チェストォオオオッ!!!」 俺は素早く悠季美の後ろに回り込み、羽交い締めをした。 悠季美「!?」 見境を無くしているせいか、 俺に触れられても抵抗を見せる悠季美。 そして発動するクリティカルビンタ。 凍弥 「甘いっ!」 俺はとっさにコーヒーを盾にした。 ゴパァーーーン!!!! ドグシャアッ!! アスファルトに叩きつけられるコーヒー。 そしてその隙をついて水を飲ませる柾樹。 飲み下すと、パタリと柾樹に寄り掛かるように気を失う悠季美。 凍弥 「……人騒がせな奴だ」 安息は溜め息と共に来た。 凍弥 「さてと、飯にするか」 そんな言葉を発すると、険しい顔が目に映る。 柾樹 「……母さんの料理じゃないよね?」 凍弥 「夕の料理だ。作って待っててくれたんだぞ」 柾樹 「よ、良かった……じゃあ、さっそく行きますか」 凍弥 「ああ、俺も腹が減った」 言いながら家に入る。 フェイ「ゲフッ……へ、ヘルプ……」 ───寸前のところで、コーヒーの呻き声を聴く。 柾樹 「あ……」 凍弥 「………」 忘れてた。 柾樹 「……散々、盾に使ってましたね」 凍弥 「あ〜……その……なぁ?」 柾樹 「なぁ?と言われても」 なんてことを話していると、大柄な男が現れた。 フェイ「アルフレッド……」 アルフレッドという名前らしい。 アルフ「やはりここに居られましたか。さあ、帰りますぞ」 フェイ「す、すまない……」 アルフ「それでは、お騒がせ致しました」 大柄の男は一礼をすると、 コーヒーを抱えて帰っていった。 柾樹 「………」 凍弥 「………」 柾樹 「なんだったんでしょうか……」 凍弥 「知らん……」 考えても謎は謎のままだった。 凍弥 「……戻るか」 柾樹 「……そうですね」 今度こそ家に戻る。 それぞれで、少し冷めてしまった夕の料理を食した。 やはりそれは、香りとともに懐かしい味で、 俺にしてみれば言葉に出来ないほどに最高の料理だった。 そんな味に。 懐かしさに、ふと泣いてしまいそうになる自分が居た。 俺にとっては、それが大切なことだから。 でも、いつまでも泣いてはいられない。 あいつと交わした約束は『笑顔』だから。 だから俺は次の瞬間にはもう笑っていた。 そんな俺を見て苦笑する来流美。 無理することなんてないのに……と聴こえた声。 俺は来流美に向き直り、心からの笑顔を贈った。 唖然とする来流美を余所に、来流美の料理を盗む。 すると始まる幼馴染の口喧嘩。 もちろん、これは双方で笑い合っているのと変わらない。 こんな日常がいつまでも続けばいいなと、俺は想い出の中の少女に微笑みかけていた。 Next Menu back