───独立!如月学園/僕の学園頭蓋衝撃日記───
朝である。 今日もよく晴れている。 窓を開け、外を景色を眺める。 いい風が吹いていた。 部屋にこもるには、もったいないくらいにいい天気だ。 俺は制服に着替え、階下に降りる。 と、ダイニングでテーブルに突っ伏す少女を発見した。 悠季美「う〜……」 悠季美だ。 柾樹 「おはよう、悠季美」 一応、朝の挨拶を。 悠季美「………」 柾樹 「交わせ」 朝の挨拶は交わせなかった。 柾樹 「どうかしたのか?」 悠季美「気持ち悪いんです……頭が痛くて……」 柾樹 「ああ、それは……」 二日酔いというものだろう。 などとは口が裂けても言えない。 俺はコーヒーとして、あれを飲ませたんだ。 ……と言っても、コーヒーを頼んだらワインが出てきたんだが。 悠季美「………」 無言で、ぐったりとしている悠季美。 う〜ん、さすがに罪悪感。 柾樹 「学校、行けそうか?」 悠季美「行く……行きます……!!     ここで諦めたら今までなんのためにここまで頑張ってきたのか解りません!     ……行きます……行かせてください……」 柾樹 「どこからそんな根性が出てくるんだ?」 悠季美「腹筋パワーです」 柾樹 「かなり余裕がありそうなのは俺の気のせいか?」 悠季美「そんなことないです」 夕  「あ、おはよう柾樹くん!」 外から現れ、大きな声で挨拶する夕。 悠季美「あうぅ……脳に響きます……」 それに呼応して唸る悠季美。 本当に二日酔いだな、これは。 柾樹 「朝食は食したか?」 夕  「うん、食したよ」 柾樹 「お前に訊いたんじゃない」 夕  「うぅ〜……」 悠季美「……食す腹筋もありません」 柾樹 「腹筋は関係無いだろう」 悠季美「大ありです」 ビシィッ!と険しい瞳で唱える悠季美。 これだけ元気なら十分だと思う。 だが、険しい顔つきは、ものの2秒で消える。 うぇ〜……と表現するのが妥当なほどの顔つきに変わる。 悠季美「み……水をください……」 弱々しく唸る悠季美。 柾樹 「解った、待ってろ!」 外に駆ける。 夕  「あれ?何処に行くの?」 柾樹 「手伝ってくれ、夕」 夕  「?」 悠季美「……?」 悠季美がゆらぁ〜……と顔を上げ、俺を見る。 柾樹 「え〜と……?」 夕  「なにをするの?」 柾樹 「なにって……ミミズを掘る」 ドゴォッ!! 室内から頭突きをしたような音を聞く。 見ると、悠季美がテーブルに頭突きをしていた。 柾樹 「そんな趣味があるとは知らなかったな」 驚きの瞬間だった。 悠季美「うう……余計に頭が……」 柾樹 「当たり前だっ!」 悠季美「柾樹くんが変なこと言うからです……」 柾樹 「ズッコケでヘッドバットしてどうする」 悠季美「あまり喋らせないでください……」 はぐらかすように唱える悠季美。 ザクッ……ザクッ…… 柾樹 「ん?」 ふと外から何かが聴こえる。 夕  「ふぇ?」 夕が中庭を掘っていた。 柾樹 「だあぁっ!やめんかぁっ!!」 夕  「え?え?ほ、掘るんじゃなかったの?」 柾樹 「いや、あのなぁ……」 確かに掘るとは言ったが、掘るなとは言ってない。 しかし、中庭に生息してはいないと思うのは俺だけか? いや、いるかもしれないが……うむむ……。 柾樹 「掘らなくていいから、あがってこい」 夕  「うん」 カラン、とスコップを置く夕。 柾樹 「待て」 夕  「ふぇ?」 柾樹 「何処から持ってきた、そのスコップ」 夕  「………」 急に黙る夕。 柾樹 「……なんなんだ、その沈黙は」 夕  「そ、そこにあったんだよ」 柾樹 「そこって……」 中庭を見渡す。 ここ最近、スコップなんぞ使った憶えなんて無い。 柾樹 「……何処だ」 夕に向き直る。 と、逃走する夕。 柾樹 「待たれよ」 ガシィと夕を捕まえる。 夕  「きゃうぅう!!」 柾樹 「正直に話せ、怒らないから」 夕  「ふぇえ!!既に怒ってるよぅ!」 柾樹 「あ〜た〜り〜ま〜え〜だっ!!お前あれだろ!大門さんの家から……!!」 大門さんとは隣の家のお方だ。 近所で最恐との噂の。 柾樹 「さっさと返してこいっ!」 夕  「はうぅ……」 渋々とスコップを持って裏手に回る夕。 柾樹 「はぁ……どうしてあいつは……」 悠季美「み、水……」 柾樹 「すまん、考えてみればミミズなんてここら辺に居なかった」 悠季美「違いますってば……」 柾樹 「じゃあ、コーヒーでいいか?」 悠季美「いやですっ!!」 思いっ切りに叫ぶ悠季美。 悠季美「あぁああぁあぁっ!!!」 しかし、自分の絶叫にすら頭を抱えて苦しむ悠季美。 どうすることも出来ないとはこのことだ。 暫くすると、本気で動かなくなる悠季美。 動くだけ無駄だと悟ったのだろうか。 柾樹 「仕方無い奴だな……」 水よりはお茶の方がいいだろうか。 いや、しかし冷たい物の方がいいか。 柾樹 「……総合、間を取って水出し茶だな」 悠季美「嫌ぁ……」 当然の答だった。 柾樹 「冷たい物がいいんだよな?」 悠季美「は、はい……直感がそう言っています……」 宿主想いの良い直感だ。 柾樹 「じゃ、少し待ってろ」 俺は水の入った入れ物の水を少し捨て、氷を入れた。 たっぷりと、だ。 そしてシェイクする。 よし、冷えた。 それをコップに移し、悠季美に渡す。 悠季美「あ、ありがとです……」 それを飲む悠季美。 がくっ!! 柾樹 「あら?」 動かなくなる悠季美。 さて、ここで……とある話をしよう。 冷たい物を食べたり飲んだりしたら頭が痛くなる。 それは有名な話だと思います。 柾樹 「……悪い」 考えてみれば、これはトドメなのだろうか。 そんなことを考えていると、怒号が響く。 あの声は大門さんだな。 うん、いい発声だ。 柾樹 「じゃあ、ゆっくり休めよ」 悠季美「……だめです……!学校に行くのです……!!」 悠季美が復活した。 柾樹 「生きてたのか」 悠季美「殺さないでくだ───ぁ……───」 そこまで言うと、また死んだ。 柾樹 「……なんなんだよ、お前は……」 心底呆れる。 というか、俺が運ぶのか? 柾樹 「起きてくれって……」 この前は夕を運んだ訳なんだが……。 柾樹 「はぁ……」 溜め息が止まらない。 とりあえず……おぶるのか? またなのか? やるのか? ……仕方無い。 どこまでお人好しなんだろう。 柾樹 「はぁ……」 再び、溜め息が出る。 悠季美を背負う。 もう出なければいけない時間だ。 二つ分の鞄を持ち、家を出る。 歩きつつ、道ゆく人の視線に頭を痛める。 柾樹 「はぁ……」 三度目の溜め息。 どうしましょう。 八百屋を前に、立ちすくむ。 嗚呼、またあらぬ噂が……って、そうだ!夕に任せれば! ………………あ。 夕は家で大門さんに怒号を喰わされてたんだった。 柾樹 「……ああもう!すまん!夕!」 俺は道を逸れて、あの横断歩道側へと歩いた。 道を歩くと、あの横断歩道が見えた。 柾樹 「………?」 だが、動かない。 体がこの道を歩くのを拒んでいる。 柾樹 「な、なんだ……?」 だがしかし!行かねばなるまい! 努力だ!根性だ!!腹筋だ!!! 強引に体を動かし、道を歩く。 そして横断歩道。 実に赤だ。 どうしましょう。 無視は……いや、出来ない。 破れる約束などではない 沈んだ空気が体を包んでいた。 ここは……嫌な場所だな。 やがて青になる信号。 そして歩道を歩く。 車など滅多に通らない。 ……静かだった。 動かなかった足は自然に動き、道を歩いていた。 何もなく、何も起こらない。 ……いや、花があった。 最近、飾られたような花だった。 柾樹 「………」 頬を伝う物を感じる。 柾樹 「そっか……」 ここ……。 ここなんだな……。 ……ここに何かを感じた夕。 それはきっと、そのせいなのかもしれない。 この花はきっと、俺のよく知っている人が置いた物。 柾樹 「……行くか」 俺はその場を離れるように、道を歩いていった。 ───……。 教室の中にいる。 刹那 「どうしたんだ?」 というか、入った途端に刹那に捕まる。 柾樹 「……悠季美が行くってきかなかったんだ」 刹那 「無遅刻無欠席か」 柾樹 「ああ、そうらしい。     まったく、そういうことは自力で登校してから言ってもらいたいもんだ」 刹那 「……そうだな。ところでさ、佐奈木はどうした?」 柾樹 「大門さんに怒号を喰らってるぞ」 刹那 「……『あの』大門さん……か?」 柾樹 「ああ、『あの』大門さんだ」 刹那 「遅刻確実か」 柾樹 「だろうな」 刹那 「あの人の説教、長いしなぁ」 豆村 「お〜い、刹那ぁ」 刹那 「お?豆村」 豆村 「あいつ、誰かな」 柾樹 「あいつ?」 豆村 「ほら、あそこだ」 窓から校門を指さす豆。 刹那 「ん……子供?」 見覚えがあったりする。 というか…… 柾樹 「紫穏じゃないか……」 刹那 「なんか言ったか?」 柾樹 「家畜は友」 刹那 「なんだそれは」 柾樹 「知らん」 刹那 「相変わらず訳の解らん奴だな」 柾樹 「じゃあ、俺は出掛けてくるよ」 刹那 「待て」 柾樹 「なにぃ!?」 刹那 「そんなに大げさに言うことか?」 柾樹 「時間無いだろう?」 刹那 「俺のセリフだ」 柾樹 「いい天気だな」 刹那 「そうだな」 柾樹 「それじゃ」 刹那 「ああ」 よく解らない内に会話が成立して、俺は校門へと歩いた。 柴穏 「あ、兄ちゃん。こんなところでどうしたの?」 柾樹 「うむ、俺はこの学校のスパイなんだ」 柴穏 「そうなんだ」 あっさりと信じられると対応に困る。 柾樹 「お前は何をしてるんだ?」 柴穏 「んと……母さんを待ってるんだ」 その言葉に凍り付く。 柾樹 「……ど、どどど何処に行ってるんだ……?」 柴穏 「学食」 柾樹 「……美希子さんの所か」 どのような用なのでしょうか。 柴穏 「それから、兄ちゃんにも会いに行くって」 柾樹 「なにぃ!?」 どうしましょう。 いや、答えは決まっている。 逃走万歳!! 柾樹 「はうあ!」 そげなことしたら俺の無遅刻無欠席が! とりあえず柿が来るまで耐えればなんとかなる! 出席を取れれば逃走できる! 柾樹 「ところで……どうしてお前はここに居るんだ?」 柴穏 「母さんを待ってるんだ」 それはさっき聞いた。 柾樹 「あ〜……いや、そうじゃないんだが……」 柴穏 「ただ、母さんがふたりで話したいんだって」 柾樹 「強い母を持つと悲しいな」 柴穏 「それは言わないで……」 柾樹 「………」 同志が見つかった。 柾樹 「……っと、そろそろホームルーム始まるな」 柴穏 「じゃあ、いってらっしゃい」 柾樹 「任せろ」 俺は教室に戻ることにした。 ……そして教室の中に居る。 刹那 「知り合いなのか?」 柾樹 「まあ……義兄弟と言えるのかな。いろんな意味で」 刹那 「そうなのか」 柾樹 「ホームルームはまだか」 刹那 「どうしたんだ?やけに勉学に励めそうな勢いだな」 柾樹 「俺がそんな風に見えるか?」 刹那 「見えない」 柾樹 「正直な奴だな、折れたシャーペンの芯を贈ろう」 刹那 「いらんっ!!」 柾樹 「遠慮するな、ホレ」 刹那 「どう聞いたらこの悲鳴に似た声が遠慮と受け取れるんだ!?」 柾樹 「……違うのか?」 刹那 「違うっ!」 柾樹 「じゃあ受け取ってくれるな?」 刹那 「どうしてそこに行き着く!!」 柾樹 「我侭だなぁ」 刹那 「いいから……ホレ、柿来たぞ」 柾樹 「おお」 柿崎 「席に着け〜、日直、号令」 豆村 「規律」 柿崎 「……頼むから真面目にやってくれ」 豆村 「起立ッ!」 ガタッ、ゴトトン。 佐野 「むぎっ!」 柿崎 「……いいから早く進めてくれ……」 佐野 「ノリの悪い……」 豆村 「休めッ!」 ザッ!! 柿崎 「休ませてどうする」 豆村 「一度やってみたかったんだ」 柿崎 「………」 頭を抱え、本気で悩む柿。 豆村 「礼」 バッ!! 豆村 「拍手」 パチパチパチ……。 豆村は楽しんでいる。 やる方もやる方だが。 豆村 「校歌斉唱」 柿崎 「やめんかっ!」 豆村 「チィ……着席」 ガタッ。 気が済んだのか、着席を命じる豆村。 柿崎 「……出席を取る」 待ってました! 今こそ音速を超越せよ柿!! 俺は柿に向かってそんなオーラを放った。 柿崎 「……睦月」 睦月 「はい」 柿崎 「……長谷川」 長谷川「はい」 しかし、遅かった。 何やってるんだよ柿!コンチクショウ!! 貴様なら出来る!音速の壁を超越しろ!! そんなオーラを送ってみた。 柿崎 「……多賀」 多賀 「はい」 しかし遅い。 ……野郎。 柿崎 「……霧波川」 苛立ちが集結してきた頃になって、ようやく呼ばれる我が名字。 柾樹 「……はい」 腹いせに柿の声を真似て返事をしてみた。 柿崎 「……緒川」 しかし、気づかれなかった。 これはこれで腹が立つ。 柾樹 「まあいい」 これで目的は達成出来たわけだ。 俺は身を屈めると、静かに廊下へと前進を始めた。 静かにドアを開け、そして…… 柾樹 「………」 そして……………………足が目の前に存在していた。 誰の足だろう。 視界を徐々に上に上げてゆく。 そして俺は凍りついたのだった。 柾樹 「……がっ……うがが……」 そう。 そこに居たのは……葉香さんだった。 葉香 「エスケープか」 イエス。 目で訴える代わりに、言葉を無くす。 葉香 「丁度良かった、お前に用があった」 良くない。 俺は貴方様から逃げるために逃走を企てたのですぞ。 柾樹 「あ、やっぱりよくないですね、こういうの。それでは〜」 言って、教室に逃げる。 ……筈だった。 葉香 「気にするな。むしろ学校など来る必要も無い」 そうだった。 この人はこういう人だった。 捕まれた腕から冷や汗が流れる。 どうしよう。 柾樹 「あっ!あんな所に叔父さんがっ!」 ビシィッ!と、葉香さんの後ろを指差す。 葉香 「そうか、じゃあ行くぞ」 しかし、あっさりと流された。 まいったぞ。 相手の方が一枚も二枚も上手だ。 柾樹 「……校内では禁煙ですよ」 少しでも抵抗しようと、指摘してみる。 葉香 「そんなものはここの法則だ。私には関係ないな」 きっぱりあっさり。 ぬおお、どうしよう……。 柾樹 「なら、せめて土足は止めてくださいよ……」 葉香 「それも関係ない。     土足厳禁とは何処にも書いていないし、書いてあっても無視する」 柾樹 「………」 常識の通じない人だ。 葉香 「いいからついてこい。なに、手間は取らせない」 柾樹 「………」 信用できません。 俺の深層意識がそう訴えていた。 こういう場合は、それに間違いは無い。 そんなことをしている内にHRが終わり、柿が現れる。 柿崎 「ん?……って、霧波川!いきなりエスケ───ッ!?」 俺を発見して、声を張り上げた柿。 しかし、次の瞬間凍りつく。 葉香 「ああ、柿崎か。懐かしいな、元気だったか?」 どうやら、叔父さんばかりか、葉香さんとも知り合いだったようだ。 柿崎 「お、お元気そうで……」 顔が見事に引き釣ってる。 柿崎 「相変わらず、男調な物腰ですね」 葉香 「これは私の絶対条件だ」 どういう意味だかは謎だった。 柿崎 「……っと、もう時間だ。じゃあ、ごゆっくり」 そそくさと逃走する柿。 柾樹  <は、薄情者ォオオオオオオッ!!> 俺は心の中で絶叫した。 葉香 「あいつが教師だなんて、世の中解らないものだな……」 俺としては葉香さんが結婚出来たこと自体が一番解らん。 これは奇跡と唱えてもいいと俺は思う。 うん、文部省も認定してくれることだろう。 柾樹 「で、何の用でしょうか……」 葉香 「そうぐったりしてくれるな。そんなに面倒なことじゃない」 怪しい。 絶対に嘘だろう。 柾樹 「ぬおおおおおおおおお!!」 俺は叫んだ。 柾樹 「もうこんな時間だ!夕と約束があったんだったぁっ!!」 俺は廊下を駆けた。 しかし捕まった。 柾樹 「……あ、あの……急いでいるのですが」 葉香 「手間は取らせない。そう言った筈だが……?」 ……駄目だ。 諦めるしかなさそうだ。 柾樹 「……解りましたよぅ……」 俺は覚悟を決めた。 葉香 「よし、じゃあついてきてくれ」 仕方無くついてゆく。 そして辿り着いた場所は学食だった。 柾樹 「ここ……ですか?」 葉香 「まあ、入れ」 促されて、中へと足を運ぶ。 美希子「あれ?柾樹クン」 そこには美希子さんが居た。 葉香 「助っ人だ、使ってやってくれ」 なにやら話しているようだが、俺には理解出来なかった。 柾樹 「あ、あの……?」 美希子「あ、ごめんね柾樹クン」 葉香さんから視線を戻し、俺を見る美希子さん。 美希子「いっつも手伝ってくれてるコが熱出しちゃって。     良かったらでいいんだけど、手伝って……もらえないかな……?」 遠慮がちに言葉を繋ぐ美希子さん。 葉香 「こいつに断る必要などない。存分に使ってやれ」 遠慮がちどころか、既に所有物のように扱われている。 どうしたものか。 というか……俺に選択権は無いのだろう。 なんといっても相手は葉香さんだ。 反抗したとして…………俺に命は無いだろう。 いや、本当に命が無くなる訳ではないが、どのみち死に近づくことは確実だ。 ならば、俺は……俺の選ぶ道はひとつしかないのです。 柾樹 「わ……わか、解りました……」 美希子「あ……ごめんね?大変かもしれないけど、よろしくね」 柾樹 「ハハハ……」 笑うしかなかった。 柾樹 「で、どうしたらいいんでしょう」 美希子「うん、ちょっとこっちに来てくれる?」 美希子さんに促され、学食の奥へ。 美希子「これとこれとこれ……。それから……これとこれ。     皮を剥いておいてもらえるかな」 柾樹 「はい……」 気の遠くなりそうな量だった。 はぁ……。 ………。 ショリショリ……。 柾樹 「おっじゃ〜がじゃ〜がじゃ〜が〜♪───……はっ!!」 何を歌ってるんだ俺はっ!! イカンイカン!何気に染まってる! 柾樹 「はぁ……」 溜め息が止まらない。 美希子「結構、楽しんでたりする?」 柾樹 「ハヒョウッ!?」 横から声を掛けられ、奇妙な声を発してしまった。 美希子「嫌々ながらも楽しんでるように見えたけど」 柾樹 「……いや……別に」 ショリショリショリ……。 しかし、慣れてくれば悪い気はしない。 美希子「最初は葉香さんが手伝ってくれてたんだけどね」 スッと、部屋の隅を見る美希子さん。 柾樹 「……うわぁ……」 デコボコに剥かれたイモなどが詰められたバケツが部屋の隅に置かれていた。 美希子「途中で居なくなったと思ったら、柾樹クンつ連れてくるしさ」 柾樹 「ははは……」 なんだかなぁ。 なにやらぐったり気分。 ───待てよ? 柾樹 「あ、あの……葉香さんとはお知り合いで?」 気になった疑問を訊いてみた。 今更気になってしまったが、気づいてみれば一番気になってきた。 美希子「ん〜……まあ、知り合いには変わりないかな」 なにやらもごもごとした口調。 言いたくないのだろうか。 美希子「実は……ね。紫穏クン……葉香さんの子供ね。     そのコがとある場所で迷子になっててね。     それを発見したのが出会いだったってわけ」 淡々と話す美希子さん。 美希子「なんかさ、本気で走り回ってたんだよね。よっぽど不安だったんだね」 柾樹 「………」 多分違うと思う。 紫穏は葉香さんから逃走を図ったんだろう。 必死にもなるだろう。 俺は解ってやれる気がする。 柾樹 「……よしっと、これでいいかな」 剥くものも無くなり、俺は腰を上げた。 美希子「うん、ごくろうさま。これ報酬ね」 ぐいっと缶ジュースを数個渡される。 柾樹 「あ……どうも、すみま───……おしるこぉぉぉおおっ!!?」 美希子「なに?いらないの?」 柾樹 「あ……いや……あの、そういうわけじゃ……」 いるとかいらないとか、そんな問題でもない気がする。 しかも、おしるこなのによく冷えている。 温かくてなんぼでしょう、おしるこは……。 柾樹 「しかも全部おしるこ……」 美希子「なに?文句あるの?」 柾樹 「いえ全然。それでは失礼」 俺は逃走した。 美希子「あ、ちょっと待った!」 が、ゴキッと捕まった。 ちなみにゴキッとは俺の首が醸し出した効果音だ。 柾樹 「な、なにするんですかっ!!」 美希子「えっとさ、ついでだから食器洗いを担当してくれないかな」 ついでがどうとかの次元ではないじゃないですか。 柾樹 「そんなことやってたら日が暮れますぞ!?」 美希子「いいんじゃない?どっちみち逃げようとしたんでしょ?」 それもそうだ。 それもそうなんだが。 柾樹 「よっしゃあこうなりゃ乗りかかった船だ!とことんやってやるぁああっ!!」 乗りかかったどころか既に出航している気分だ。 美希子「じゃあ、食器洗っておいて」 柾樹 「え?別に使ったわけじゃないのに……」 美希子「使ってなくてもホコリは溜まるでしょ?」 柾樹 「………」 う〜ん、生徒思いのいい御方だ。 しかし、それは相手側になって初めて思える言葉だ。 洗う側が表現するなら吐血ものだ。 柾樹 「………」 美希子「乗りかかった船でしょ?」 悩んでいるとツッコまれる。 柾樹 「解りましたよう……」 美希子さんに遠慮が無くなった。 どうしましょう。 などと考えても仕方が無い。 言った手前、逃げるのは流儀に反する。 柾樹 「こうなりゃヤケぞ!!」 皿や味噌碗などを洗いにかかる。 柾樹 「って待てぇええっ!!」 絶叫。 美希子「あれ、どうかした?柾樹クン」 柾樹 「どうかしましたよ!なんですかこの量はっ!!」 美希子「なんですかって……普通じゃない?」 柾樹 「普通!?普通なのか!?」 美希子「だってホラ、昼まで時間が有り余ってるよ?」 柾樹 「それにしてもでございます!!」 美希子「いいからいいから、手を動かす」 柾樹 「……ぅへぇ〜い……」 カチャカチャ……。 黙々と皿洗いに没頭する。 柾樹 「はぁ……」 昼前に皿を洗うなとは言わない。 生徒側にとってはハラショーだからな。 だがな、この量は素人にとって地獄だぞ……。 柾樹 「もういいや……」 悩んでも仕方ないので、俺は再び没頭することにした。 ───……。 柾樹 「あ〜あ……終わった終わった」 皿を洗い終わり、伸びをする。 柾樹 「じゃあ俺はこれで」 片手をチャッ!と構え、その場を後にした。 美希子「ちょっと待った♪」 柾樹 「ギャッ!?」 襟首をワシッ!と捕まれる。 柾樹 「な、なんデショ……」 美希子「帰っていいなんて言ってないよ?」 柾樹 「なにを申されるか」 皿を洗うだけの契約だった筈だ。 柾樹 「皿洗えばグッドバイの約束じゃ……」 美希子「ウン、そう言ったね」 柾樹 「だったら」 美希子「そう、生徒が帰るまで皿洗いの担当ね」 柾樹 「……はい?」 美希子「わたしはそのつもりで言ったケド」 柾樹 「うわっ!サギだっ!!」 美希子「サギで結構。じゃ、よろしくね」 柾樹 「………」 時間が経過するにつれ、美希子さんの性格が理解出来てきた。 ちゃっかりしているところは、流石に姉妹だ。 って、そうか。 柾樹 「妹、いますよね?」 美希子「ウン、いるね」 なにやら怪しげに微笑む美希子さん。 柾樹 「……もしかして……」 美希子「ご名答。ぜ〜んぶ知ってるよ」 柾樹 「うわっ!確信犯!」 美希子「あ、それはヒドイなぁ。確かに知ってはいたけど、     それを糧にゆすりのようなことはやってないでしょ?」 柾樹 「今、実際ゆすられてる気分なんですけど」 美希子「それはキミの脳内の問題。OK?」 柾樹 「………」 遠慮が無くなったどころか、言葉に本性が見え隠れしている。 柾樹 「ぬおお、夕と約束があったんだ!」 わざとらしく俺は腕を見て、逃走を図る。 ちなみに見てみた腕に時計は備わっていない。 だって俺は腕時計など持たない主義ですし。 柾樹 「と、いうわけでアディオ〜ス!!」 夕  「何処行くの?」 柾樹 「どぉわぁあああああああああああっ!!!!」 夕が現れた。 柾樹 「ゆ、夕っ!?」 夕  「うん、私だよ?」 美希子「このコが夕ちゃん?」 夕  「あ、美希子さん」 美希子「あれ?何処かで会ったっけ?」 夕  「……前に、ここで会ったんだよ……」 美希子「ウン、もちろん冗談だよ」 夕  「うぅ〜……」 柾樹 「よし、大団円万歳!行くぞ夕っ!」 夕の手を引き、俺は駆けた。 美希子「あ、待ってよ!」 柾樹 「聞く耳持ちませんっ!!」 構わず逃走。 柾樹 「ナイスタイミングだ夕!よく出現してくれた!」 俺は後ろを走る少女に感謝した。 夕  「なんか、どわぁあっ!って叫んでたけど……」 それに対して、ツッコミを入れる夕。 柾樹 「気のせいだ」 夕  「気のせいじゃないよ、確かに聞いたもん」 柾樹 「目の錯覚だ」 夕  「聞いたんだってばぁ……」 柾樹 「他人の空似だ」 夕  「人の話、ちゃんと聞いてる……?」 柾樹 「聞いてるぞ」 夕  「だったら……」 柾樹 「夢でも見てたんだろう」 夕  「起きてるよぉっ!」 柾樹 「だったら夢遊病」 夕  「うーっ!!」 柾樹 「怒るな」 夕  「無茶だよぅ」 柾樹 「すねるな」 夕  「すねてないもん」 柾樹 「踊るな」 夕  「踊ってないもん!」 柾樹 「叫ぶな」 夕  「叫ばせてるのは柾樹くんだよ!」 柾樹 「大体お前、大門さんに怒られてたんじゃなかったのか?」 夕  「うん、こってりと搾られたよ」 柾樹 「果汁100%」 夕  「意味不明だよ……」 柾樹 「キリン一番搾り生」 夕  「……真面目に聴いてよ……」 柾樹 「俺は年中無休の真面目男として有名だ」 夕  「うぅ〜……嘘だぁ……」 柾樹 「お前、いくら俺でもそれは傷つくぞ」 夕  「これくらいで傷ついてたら、私だったら出血多量で死んじゃうよ……」 柾樹 「お前は言葉で血が出るのか。器用だな」 夕  「例え話だよ……」 柾樹 「謙遜するな、きっと世界初だ。奇人変人ショーで優勝出来るぞ」 夕  「……もし出来たとしても、それって私が出血多量で死ぬってことだよね?」 柾樹 「そうなるな」 夕  「………」 柾樹 「………」 夕  「うぅ〜……ヒドイよ……」 柾樹 「冗談だ、行くぞ」 夕  「ふぇ?何処に?」 柾樹 「悠季美をさらいに」 二階へと続く階段を駆け昇りながら会話する。 端から見れば異様な光景だろう。 夕  「悠季美ちゃんを?」 柾樹 「ふたりでエスケープすると、また五月蝿そうだからな」 夕  「そうなの?」 柾樹 「ああ、大変だったんだぞ?お前は寝てたから知らないだろうけど」 夕  「へぇ……聴いてみたかったよ」 柾樹 「物好きな奴だな」 夕  「ふぇ?そんなこと……って、柾樹くん!前!」 柾樹 「ん?なにぃっ!?」 ドガァッ!! 前方不注意が災いして、見事に壁に激突した。 その反動でのけぞる。 柾樹 「……ごぉおおお……頭蓋が……頭蓋がぁ……」 あまりの勢いに、頭蓋骨がへこんだ感触に襲われる。 廊下に倒れこみ、もんどりを打つ。 夕  「ねぇ、痛い?痛い?」 柾樹 「当たり前のことを訊くなっ!」 目の前がチカチカしている。 視点もまとまらず、立つことすら叶わない。 柾樹 「えぇい!しっかりせんかこの足めっ!!」 俺は足を叩いた。 しかし頭に痛覚が集中していて、足に痛みを感じない。 柾樹 「………」 この状態、非常に危険じゃないですか? 例えるならば…… 柾樹 「な、なんだ!?一体……こ、こんなバカなッ!     脚に力が……脚に力が入らん!立ち上がれないッ!」 そんな心境。 夕  「?」 夕が俺の様子を観察している。 朝顔じゃないぞ、俺は。 柾樹 「頭痛がする……!は、吐き気もだ……ぐくっ!     な、なんてことだ……この俺が……!!」 夕  「何の話?」 柾樹 「うむ、叔父さんが持っていた古本のネタだ」 夕  「……なんか、余裕を感じるんだけど」 柾樹 「他人の空似だ」 夕  「うぅ〜……」 それにしても、だ。 柾樹 「まいったなぁ……」 ふらふらしながらも立ち上がる。 しかし視点は相変わらずに、おぼつかない。 柾樹 「こっちが医務室で……」 俺は輝かしくも偉大なる一歩を踏み出した。 夕  「わわっ、そっちは下り階段だよ!」 ガシィッ!と夕に腕を引かれる。 危うく落ちるところだった。 なんて危ない場所なんだ、学校という所は。 柾樹 「こっちが屋上……」 夕  「ここは二階だから屋上なんて無いよ!」 柾樹 「なにぃ、それじゃあ昼寝が出来ないじゃないか」 夕  「屋上は昼寝する所じゃないよぉ」 柾樹 「なにぃ……じゃあ何処で寝ろと言うんだお前は」 夕  「寝ちゃダメだよ」 キッパリと言い放つ夕。 柾樹 「そんな暴挙が許されていいと言うのかっ!」 夕  「暴挙を唱えてるのは柾樹くんの方だと思うよ?」 柾樹 「俺は潔白で有名な健全一市民ぞ」 夕  「さっき柾樹くん、自分で言ってたけどさ」 柾樹 「うむ」 夕  「真面目な人は学校で昼寝したりしないよ」 柾樹 「馬鹿かお前は。一時間の勉強につき30分の休憩が、     脳内を微妙に刺激するとテレビで言ってたぞ」 俺は以前見たテレビの内容をそのまま言葉にした。 夕  「それは私も知ってるけど、学校で実行しなくてもいいんじゃないかな」 柾樹 「馬鹿っ!     どうして学校以外の貴重な時間を睡眠などに裂かなければならんのだ!!」 夕  「……それ、矛盾してるよ」 柾樹 「してない。学生の7割が俺と同志の筈だ」 まず間違いは無いだろう。 夕  「いいから、早く教室に行こうよ」 柾樹 「それならどうして二階で立ち止まってるんだ。教室は三階だぞ」 夕  「柾樹くんが壁に激突したからだよ……」 柾樹 「なにぃい、いつから人に罪を擦りつける程に冷たい奴になったんだお前は」 夕  「擦りつけるもなにも、事実だもん」 柾樹 「言い訳なんて見苦しいぞ」 夕  「それ言ったら……柾樹くん、見苦しいにも程があるよ」 ぐっ……!!これは痛い言葉だ。 しかしここで引いては今までの言葉達の死が無駄になる。 柾樹 「俺はいつだって息苦しいんだ」 夕  「見苦しい、って言ったんだよ」 柾樹 「幻聴だ」 夕  「当たり前だよ、言ったんだもん」 柾樹 「デジャヴだ」 畳み掛けるように言葉を繋げる。 夕  「言ってなかったら、こんな話にはならなかったよ」 が、それが首を締めているような気がしないでもない。 柿崎 「……お前達、こんな所で何をしてるんだ……」 その時、柿が現れた。 柾樹 「それはこっちの台詞だ」 柿崎 「俺は授業が終わったから職員室に戻るところだ」 柾樹 「俺は壁に激突したから休んでいるところだ」 柿崎 「……霧波川ぁ……。     お前、もう少しでいいから俺を教師として見てくれないか……?」 柾樹 「いや、貴殿は教師というよりも生徒と同じ雰囲気なので」 柿崎 「……それは嬉しいが、もう少し言葉とか……」 柾樹 「年齢差別は好きですか?」 柿崎 「嫌いだ」 柾樹 「なら問題解決ですな」 柿崎 「まぁ、強要することでもないからいいが……」 柾樹 「先生、教師の中で一番人気があるよ」 柿崎 「それはどうも。いいから教室に戻れ」 柾樹 「いや、我等はこれから逃走します」 柿崎 「なんだ、戻って来たと思って感心してたのに」 柾樹 「俺は葉香さんに捕まってただけですぞ。     ……誰かさんに見捨てられた所為でね……」 柿崎 「あのなぁ。あの状態じゃ俺なんか居ても居なくても同じだっただろう」 柾樹 「……そうですな」 夕  「柾樹くん、行こ?」 柾樹 「ああ、解った」 柿崎 「何処かに行くのか?」 柾樹 「悠季美を誘拐しに」 柿崎 「そうか、頑張れよ」 柾樹 「オーライ」 教師の中で、こんなことを応援してくれるのは柿ぐらいなもんだ。 端から見れば教師失格。 しかし、生徒側から見れば取っ付きやすい先生だ。 彼奴は逸材ぞ。 夕  「早くっ!」 柾樹 「解ったから急かすな」 夕の後を追い、階段を駆け昇る。 ───が、思い直して柿に訊ねる。 前々から訊きたかったことだ。 柾樹 「思ったんだけど、何故にこの学校には夏休みが無いのですか?」 柿崎 「知らん。こっちが訊きたい」 あればゆっくり出来るのに、と続ける柿。 まったくその通りだ。 夏休みに遊んでいる少年少女を見て、殺意が燃え盛ったのはもう過去のことだが、 それでも俺は夏休みに憧れていた。 約一ヶ月間の休み。 これほどの時間があれば最高だ。 柿崎 「だが、どうせお前は出された課題をやらないだろう」 流石柿だ。 俺という人物を良く知っている。 柿崎 「俺だってやらないだろうからな」 うん、実に教師に向いてない。 柿崎 「こう見えても俺は追試エスケーパーだったんだ」 それは自慢気に言えることではない。 柾樹 「……どうして教師なんてやってるんですか」 柿崎 「なに、そんな俺みたいな奴を教師という立場で見てみたかっただけだ」 柾樹 「ただ……それだけ?」 柿崎 「ああ、他意は無い」 柾樹 「………」 変わった御方だ。 だが、やっぱり嫌いじゃないな、こういう人は。 柾樹 「それでは」 柿崎 「エスケープもいいけど、少しは勉強しろよ」 柾樹 「お任せあれ!」 俺はズビシッ!とキメポーズを取ると、既に見えなくなった夕を追って走り出した。 柿崎 「教師というより、生徒……か」 ぽつりと、そんなことを口にしてみる。 柿崎 「……悪くないな」 頭を掻きながら、職員室への道のりを歩く。 時間が経つってのは早いもんだ。 ついこの前まで制服に身を包んで馬鹿話して笑ってた気分なのにな。 どうして教師なんてやってるんだ、なんて訊かれても、 教師という実感なんてものは俺の中に無かった。 多分、今でも俺は子供のままなんだろう。 だけど、それでいい。 堅い頭よりも柔らかい方が理解出来るものは沢山ある。 柿崎 「おっと、早く職員室に……」 廊下を歩く。 気ままなことはいいことだ。 階段を降りて職員室に戻る。 入る瞬間、何故か緊張する。 自分が教師になったところで、職員室は苦手だった。 そんな瞬間に苦笑しながらも中に入る。 同輩の教師と話をして、その時間を過ごす。 この時間が唯一教師という物事から離れられる気がする。 それを繰り返しながら、今日という日が過ぎてゆく……。 Next Menu back