───消えない心/抑えきれない想いと涙───
───……目を開ける。 目に映るそこは暗く、しんと静まっていた。 痛みの残る頭を抑え、立ち上がる。 俺はソファーに寝かされていた。 柾樹 「………」 まいったな。 毎年のことながら、声が出ない。 あれは本当にワサビなのだろうか。 トリカブトでも混入してあるんじゃないだろうか。 洗面所まで歩き、歯を磨く。 よくうがいをして洗面所を出た。 階段を上がって自分の部屋へ。 中に入ると、そこは明るかった。 柾樹 「………」 そしてそこに悠季美が居た。 悠季美「こんばんは」 微笑むと、俺の近くに歩み寄る。 悠季美「……また……声、出せませんか?」 こくり、と、俺は頷いた。 まあ、悠季美の目的はあれだろう。 俺は今日、デパートで買ってきた物を渡した。 悠季美「……えへへ」 恥ずかしいような、照れたような顔で、それを受け取る。 悠季美「毎年どちらかが喋れなくなってますから、それだけが残念です」 複雑な顔で苦笑する。 悠季美「……それに、今年は去年までとは違いますから……」 言って、俺に向き直る。 悠季美「好きな人からの……プレゼントですから……」 諦めにも似た表情。 だけど、どこか安心しているような、そんな顔だった。 悠季美「別に怒っているわけじゃないんです。     ただ、もし……彼女だったら……。     わたしが柾樹くんの彼女だったら……。     もっと素直に笑っていられたのかな、って……」 柾樹 「………」 俺はそんな悠季美の額をぴしゃりと叩いた。 悠季美「あっ……」 そして、笑ってやる。 ……声は出ないが。 悠季美「……ごめんなさい、わたし……また」 こいつはこいつで、物事を引きずるタイプだ。 ああくそっ!声が出ないこの口が腹立だしい! 悠季美「……でも、安心していたりもするんです」 柾樹 「?」 悠季美「彼女という関係になったら、もう幼馴染という関係に戻れないんじゃないか。     そんなことを思うと、今のままでも……って」 柾樹 「………」 悠季美「───ひとつだけ、訊いていいですか?」 俺で答えられるなら。 そう振り絞りたくても声は出なかった。 くそう、もどかしいっ!! 悠季美「幼馴染と恋人……。どっちが一番近くに居られるんでしょうね……」 ふと見た、目の前の幼馴染。 無理に微笑んで、力無くその場に立っていた。 柾樹 「………」 俺は答えてやることが出来なかった。 喋れないからじゃない。 喋れたとしても、俺は悠季美の気持ちに応えてやることは出来ないのだろう。 俺が何も出来ないままでいると、悠季美が口を開いた。 悠季美「わたし……このブローチ、大切にしますね」 え……? 悠季美「そしていつか、     わたしを選ばなかったことを柾樹くんが後悔する、いい女になってみせます」 柾樹 「………」 俺は唖然とした。 悠季美「……おやすみなさい、柾樹……さん」 そう言うと悠季美は部屋を出ていった。 柾樹 「………」 柾樹さん、か。 これはきっと、彼女なりの割り切り方なのだろう。 こういう結果になってしまった以上、 周囲がそう見てくれても俺達自身が変わったのだから、 もう今までの幼馴染ではいられないのだろう。 つまり、そこには小さいけど深い溝が出来た。 そういうことだ。 だけど、今まで通り接すればいい。 今までそうであったものが、簡単に変わるものだとは思いたくない。 だから、俺は変わることなく歩きたいと思う。 一緒に話をすれば笑え、いつも一緒に居た日常。 目が合えばいつも口論ばかりだったけれど、 その日常が日常であることを、俺は願っていた。 ───…そして。 刹那 「……んあ!?こ、ここは……っ!?」 霧波川家に忘れられたひとりの馬鹿。 とことん、意味の無い刹那だった。 ───……朝である。 目を開けばそこに陽が差し込む自室があるのである。 しかし眠いのである。 柾樹 「ムー……」 俺は寝返りを打ちつつ眠気を増幅させて、布団に潜った。 しかし暑いので顔を出す。 柾樹 「うー……」 眠気はある。 あるのだが暑い。 暑さと、けだるさが中和されて、程良いだるさが生まれる。 しかし意地でも目を開けない。 眩しかったら覚醒してしまうじゃないか。 柾樹 「ぐー……」 そのまま睡眠。 いやあ、時間があるのは良きことかな。 まだ鐘も鳴ってないし、まだまだ眠れそうさ。 柾樹 「ぐー…………う……ムム……?」 突然、息苦しくなる。 というか口が塞がれている。 そして何故か鼻がくすぐったい。 尚かつ、この口を塞ぐ異様な感触は…… ま、まさかモーニングキッス……!? 柾樹 「!?」 覚醒。 柾樹 「ギャーッ!!!」 そして絶叫。 柾樹 「なにをするか!!このモモンガ!!」 モモンガである。 柾樹 「どこから入ってきたんだ!!」 謎だ。 柾樹 「はあ……」 なんのことはない。 モモンガが口の上に点在して、鼻を噛もうとしてたのだ。 柾樹 「腹へってるのか」 仕方無しに、俺は階下へと降りてエサをあげる。 柾樹 「ほら、向日葵の種だ」 向日葵の種を幾つか手のひらに乗せると、もの凄い速さで口に摘め込むモモンガ。 柾樹 「お、おい……冬眠するんじゃないんだから……」 そして口内がMAXになると、 華麗に飛んで……いけなかった。 ボテッ!! 柾樹 「………」 落下。 どうやら頬が重いらしい。 飛べないと解ると、走り去ってゆくモモンガ。 柾樹 「……やっぱり変な奴だよなぁ」 正論である。 ふと時計を見ると、俺的にはまだ朝と呼ぶには早い時間だった。 柾樹 「まだ2時間は眠れるぞ……」 嬉しくもあり、悲しくもあった。 時間はあるのに眠気が無い。 これほど悲しいことはあるまいて。 しかし他にすることも無く、仕方無しに自室へ戻る。 布団に潜り、目を閉じる。 到底眠れないと思っていたが、案外すんなりと眠れた。 眠気とは人の裏を突くものである。 ───……朝である。 今度こそきっと、朝である。 柾樹 「ムー……」 部屋がその明るさを増すと、意識も自然と覚醒してゆく。 俺の場合、残りの眠気を吹き飛ばすのは鐘の役目だ。 あの程良い音色が好きなんだ。 ……音色と呼べるかは別として。 ゆっくりと呼吸をして、もう少し眠ろうとした次の瞬間! 柾樹 「……うわっ!?」 今度は頬に異様な感触を覚える。 またモモンガかっ!? そう思ったが、どうにも先程とは感触が違う。 俺は目を開けた。 が、視界はぼやけていた。 というか対象が近すぎるのだ。 柾樹 「ギャーッ!!!!」 それが何か気づいた時、俺は絶叫していた。 夕  「おはよう、柾樹くんっ!」 先程、恐ろしく目の前に居た少女が抱きついてくる。 夕だ。 柾樹 「お、おおお、おお前ぇぇっ!!なんて起こし方するんだよっ!!」 夕  「もーにんぐきっすだよ」 柾樹 「ギャアア!!説明するな!恥ずかしい!!」 夕  「柾樹くんが訊いたんだよ」 柾樹 「なにぃ!?言ったのはお前だぞ!?」 夕  「だから、柾樹くんの質問に答えたんだよぅ」 柾樹 「なにぃ!?そうなのか!?」 夕  「うん」 柾樹 「なにぃ!?そんなにあっさり言えるのか!?」 夕  「うんっ!言えるよ?」 柾樹 「なにぃ!?そうなのか!?」 夕  「うん……って、何度も『なにぃ!?』って言わなくてもいいよ」 柾樹 「ぬう」 と、こんな意味不明な話をしていると。 悠季美「朝ですよ」 悠季美が現れた。 柾樹 「ああ、おはよう」 俺が朝の挨拶をすると、恥ずかしそうにうつむく悠季美。 柾樹 「って、あら?」 ここまできて、ようやく喋れる自分に気づく。 しかし次の瞬間───ぼかっ! 柾樹 「あてっ!!」 夕  「どうして悠季美ちゃんとばっかり、いいムード出してるの……!?」 柾樹 「寝ている男の頬を奪う奴の言うことじゃないな」 夕  「はぅう……」 悠季美「朝ごはん、出来てます」 柾樹 「え……」 悠季美「……どうしてそこで固まるんですか?」 柾樹 「どうしてだろうな」 夕  「わわっ!私に訊かないでよぉっ!」 悠季美「今日は凍弥さんが居ませんから、わたしが作ったんですけど……」 声のトーンが低くなってゆく。 悠季美「駄目……ですか……?」 柾樹 「……いや、駄目とは言ってない。食させてもらうよ」 夕  「うぅ〜……」 夕が羨ましそうに悠季美を見る。 夕  「羨ましいよ……」 見るどころか言葉にする夕。 そんな夕の頭に手をポン、と乗せて言う。 柾樹 「今度、作ってくれ。喜んで食べるよ」 夕  「う、うんっ!」 俺の言葉に満面の笑みで応える夕。 この笑顔が好きなんだ。 夕  「一生懸命作るよっ!」 柾樹 「胃薬、買っておかないとな……」 夕  「いっぱい食べてくれるの?嬉しいなぁ」 柾樹 「いや、食中毒防止用」 夕  「ふぇえ……ヘタだったのは前までだもん……」 柾樹 「うむ、あれは実にゲロマズ子さんだった」 夕  「深く頷くなんてヒドイよぉ!」 悠季美「冷めますよ?」 柾樹 「誰かが覚醒するのか?」 悠季美「覚めるじゃくて、冷めるです」 柾樹 「冗談だよ。さて、行きますか」 三人で階下に降りる。 顔を洗った後、ダイニングへ。 悠季美が言った通り叔父さんは居ないようで、ダイニングはひっそりとしている。 柾樹 「静かだな」 夕  「当たり前だよ、朝なんだから」 それなら夕にも静かにしてもらいたい。 そんな考えを思考回路が育んだ。 夕  「最初に騒ぐのは柾樹くんだよぅ……」 なに!?俺の心を読んだだと!? 柾樹 「人の心を読むとは……」 夕  「あ、やっぱり」 柾樹 「や、やっぱりってなんだ」 夕  「声に出てたよ」 ぐはぁっ!!しまった!! 柾樹 「見事な誘導尋問だ」 夕  「してないよ」 悠季美「冷めます」 柾樹 「うー……」 結局俺達が揃うと、そこには静かな朝など無いのかもしれない。 まあ楽しくはあるが。 柾樹 「いただきます」 俺は早速朝食を食すことにした。 まずは一口…… パクッ! ───ドサッ。 ───……。 悠季美「え?」 突然、柾樹さんが倒れた。 そしてピクピクと痙攣している。 夕  「悠季美ちゃん……」 悠季美「家畜は友」 夕  「関係ないよっ!!」 悠季美「変ですね。わたしはちゃんと味見をしましたが」 夕  「美味しかった?」 悠季美「美味でした」 夕  「ふぇ……そうなんだ。なら大丈夫だよ……ね?」 パクッ! ドサッ。 悠季美「あ」 死体がひとつ増えた。 悠季美「………」 さっきはあんなに美味しかったのにどうして……? おそるおそる、自分の作った料理を口にしてみる。 パクッ! 悠季美「……美味しいです」 どうして? ふたりとも倒れる理由は……。 夕ちゃんの分の皿を手に、料理を端を噛る程度に食してみる。 悠季美「うぐっ!!」 不味い……ッ!! 悠季美「そ、そんな……どうして……」 もしかして……ふたりの分を一層美味しくしようとして、 味付けを自分のものと違うやり方でやった所為……? なんにしてもこれは食せたものじゃない。 悠季美「自信あったのにな……」 トボトボと食器を片付けて、わたしは家を出た……。 ───……。 柾樹 「腹へったな……」 通学路を歩む朝の一景。 隣を歩く柾樹さんの腹の虫の絶叫が轟いていた。 悠季美「……ごめんなさい」 自分の料理だけ美味しかったなんて、他の人から見れば嫌味にしか見えないだろう。 もちろん、そんなつもりは無かった。 ただ、ふたりを祝福する意気込みで励んだ行為。 そんな行動も裏目に出てしまった。 はぁ……。 だめだな……。 頑張ろうとすると裏目に出ちゃうのかな。 わたしは何もしない方がいいのかな……。 多分、わたしはふたりを手伝うことで柾樹さんを諦めようとしているだけなんだろう。 口ではどうとでも言えるけど、現実はそうじゃない。 わたしの中にはまだ、柾樹さんが好きな自分が居る。 でも柾樹さんは夕ちゃんが好き。 解ってる。 わたしは柾樹さんの幼馴染であり、親友関係なだけ。 恋人未満な関係を悲しむ自分が心の中で泣いているのが解る。 胸が痛む。 悠季美 <こんなに近くに居るのに……> 上目づかいに柾樹さんの顔を見る。 柾樹 「?」 その視線に気づき、柾樹さんがわたしを見る。 でもわたしは視線を逸らしてしまう。 まともに顔を見れない。 やだな……。 やりきれない想いが涙腺に溢れる。 悠季美「わっ……」 慌ててこぼれ落ちそうになる涙を拭う。 でも、どんどん溢れてくる。 柾樹 「どうした?目なんか擦って」 悠季美 <わわわっ……> こんな顔は見られたくない。 そう思ったら、体が動いていた。 悠季美「すいませんっ!用事思い出したので、先に行きますね」 柾樹 「え?お、おい……」 夕  「悠季美ちゃん?」 悠季美「それではっ!」 わたしは逃げるように、その場から駆けて行った。 走る呼吸のリズムが嗚咽に変わってゆくのが解る。 悠季美「う〜……ッ!!」 苦しかった。 一緒に居たくない。 一緒に居るだけで涙が溢れる。 夕ちゃんが羨ましい。 そんな想いが胸を締め付ける。 初めて覚える感覚……嫉妬。 そんな答が自然と現れてしまう自分が嫌だった。 吐く息が嗚咽に変わる頃、わたしは道端に屈んで泣いていた。 悠季美「……苦しいよぉ……っ……!」 想いが泣いている。 涙が止まらない。 どうしたらいいんだろう。 こんなに苦しいのなら、今でも憧れを追っていたかった。 日を追う毎に強くなる想い。 叶わない想い。 叶うことなんてない想い。 それなのに消えることのない想い。 もう嫌だ。 こんな気持ちなんていらない。 これ以上、わたしを苦しめないで……。 笑っていたい……。 わたしは笑っていたいの……。 ───……教室の中に居る。 喧騒で落ち着けるのは、これが初めての経験だ。 悠季美 <……いつもはうるさいだけだったのにな……> 教室に入ったとき、『目が赤い』と心配された。 でも『目にゴミが入っただけ』と誤魔化した。 両目ともゴミが入ったのかと言われたらどうしようか。 そんな風にも考えたけど、クラスメートは納得すると、自分の席に戻っていった。 察してくれた訳じゃなくても、そんななんでもない行為が嬉しかった。 悠季美 <とりあえず、先に来た理由を作っておかなきゃ> わたしは教室に鞄を置いて、廊下に出た。 えっと……。 何処に行こうかな。 迷っていると、先の方にクラスメートが現れた。 刹那 「やや?郭鷺じゃないか」 向こうもわたしに気づいたようで、走ってくる。 刹那 「今日は柾樹と一緒じゃないのか?」 そして予想通りの質問。 わたしがひとりなのは、そんなに珍しいのかな……。 ふと、そんな思いが浮かぶ。 悠季美「あ……え……っと、先生に用事を頼まれて……」 ヘタな嘘だな……。 もっと別の言葉を探せば良かった……。 刹那 「今朝は驚いたぜよ……って、そうなのか。あ、じゃあ手伝ってやろうか?」 悠季美 <……えっ!?> わたしは予想外の反応に驚いた。 悠季美「いえ!そんなに大仕事じゃないですから!」 刹那 「気にしないでいいって、暇なんだ」 悠季美「わたしひとりで十分ですから……」 刹那 「……悩み事があるんだろ?だから、俺で良かったら相談に乗るよ」 悠季美「───!?」 そんなに悩んでいるような顔をしていたんだろうか。 悠季美「……なんのことですか?」 刹那 「隠すなって、解るんだよ。ホラ、鏡」 スッと手鏡が渡される。 促されるままに鏡で自分の顔を見てみる。 悠季美「………」 ひどい顔だった。 目が赤くて、今にも泣き出しそうな顔。 頬には涙の跡があり、これで悩みが無いなんて言っても、説得力なんて微塵も無い。 刹那 「ここじゃなんだし、そこの空室に行こう」 悠季美「……はい」 わたしは観念するような感覚で空室へと入った。 ……誰かに相談した方が気が晴れるかもしれない。 それならその方がいいから……。 朝の日差しが差し込む空室にいる。 置いてあった椅子に座り、クラスメートと会話している。 刹那 「いや〜、俺、ここ好きなんだよね。なんか程良い暖かさでさ」 ううん、会話じゃない。 相手が一方的に騒いでいるだけ。 刹那 「で、単刀直入に聞くけど、悩み事って柾樹のことで……か?」 いきなり核心を突いてくる人だ。 こういう人は苦手な人種だ。 悠季美「そんなところです」 わたしは曖昧に返事をした。 刹那 「やっぱりか」 うんうんと頷くクラスメート。 刹那 「ところでさ」 悠季美「はい」 刹那 「俺の名前、覚えてる?」 悠季美「知りません」 刹那 「ぐあ……」 悠季美「男の人は嫌いです」 刹那 「じゃ、自己紹介を───」 悠季美「結構です」 刹那 「せめて言い終わってから返事してくれ……」 悠季美「嫌です」 刹那 「………」 悠季美「それでは」 刹那 「って、待てぇっ!!」 悠季美「お断りします」 刹那 「悩み事があるんだろ!?」 悠季美「あります。でもいいです」 刹那 「それじゃ俺の目論見が……っ!!」 悠季美「目論見……?」 刹那 「あっ……!!」 まずい。 そんな顔をするクラスメート。 刹那 「あ、いや、そのだな」 そういえば柾樹さんに聞いたことがある。 この人は姉さんが好きだって。 悠季美「そうですか、さすが情報通ですね」 刹那 「うぐっ……」 悠季美「わたしの悩みを解決して、姉さんからの印象を変えようとしたんですね?」 刹那 「いやっ……俺は別に美希子さんは……」 悠季美「名前まで知ってるんですか。結構なことですね、情報屋さん」 刹那 「あ……」 パンッ!! 朝日の差し込む教室に軽快な音が響く。 刹那 「つっ……なにすんだよっ!!」 悠季美「………」 刹那 「う……」 悠季美「……わたしは……本気で悩んでたんですよ……?     目論見として相談に乗ろうとしたとしても、わたしは嬉しかったんです……。     それなのに……」 刹那 「え……あ、おいっ……!」 わたしはクラスメートの制止を聴かず、教室から出た。 柾樹 「あれ?悠季美……」 悠季美「……っ!!」 丁度、その時に柾樹さんと夕ちゃんが廊下を歩いていた。 柾樹 「用はもう───」 ドンッ!! 柾樹 「おわっ!?」 話し掛けてきた柾樹さんの横を走った。 ぶつかるつもりはなかったけど、こんな顔を見られるよりはずっといい。 柾樹 「おいっ!悠季美!?」 呼ぶ声も無視して走った。 もう、どうしていいか解らない。 ただ、涙が止まらなかった。 柿崎 「郭鷺〜!何処行くんだ〜?ホームルームを……って、止まれ!」 前の方から歩いてきていた先生に腕を掴まれた。 悠季美「───!!」 柿崎 「……?どうかしたのか?泣いたりして」 悠季美「なんでもありません……!!離してください……っ!!」 男の人に掴まれている。 そう考えただけで手が出そうになる自分を必死で抑える。 教師を殴るわけにはいかない。 柿崎 「なんだったら相談に乗るが」 そんな先生の言葉を聴いた時、わたしの中で何かが切れた。 悠季美「……いい加減にしてくださいっ!!」 柿崎 「郭鷺……?」 悠季美「どうしてみんなそうなんですか!?     どうして放っておいてくれないんですか!?     中途半端なやさしさなんて迷惑です!!離してください!離してぇっ!!」 涙で視界が歪む。 その時、先生がどんな顔をしたのかは解らない。 でも、先生の手はわたしの腕から離れた。 そしてわたしは、その場から逃げるように走った。 罪悪感が無いと言えば嘘になる。 先生は少しでもわたしを思って言った言葉だった筈だし、 そんな先生に怒りをぶつけることも間違っている。 でも今はひとりでいたかった。 苦しいだけなら、あの家から出よう。 前までに自分に戻るんだ……。 ───……悠季美が走り去っていった廊下を見ていた。 ただ呆然と。 追うこともせずに、突っ立っていた。 一瞬見えた悠季美の顔。 柾樹 「……泣いてたな」 苦しそうな幼馴染の表情。 そんな顔を見たら動けなかった。 原因が自分にあるなら尚更だった。 悠季美の飛び出してきた教室を見ると、刹那のヤツが放心状態になっていた。 ただ、椅子に座って下を向いている。 柾樹 「刹那……」 なにがあったのかを訊こうと思った。 しかし、刹那が先に口を動かした。 刹那 「悪い……柾樹……。お前の幼馴染……傷つけちまった……」 酷く絶望的な声で話す刹那。 刹那 「俺……自分のことしか考えてなかった……。ひどいことしちまった……」 泣きそうな声で話す刹那。 その表情には後悔が見て取れた。 刹那 「謝らないと……。せめて謝らないと……」 そう言って、刹那は教室を出ていった。 柾樹 「………」 夕  「柾樹くん……行こう?きっと悠季美ちゃん、家にいるよ」 柾樹 「……そうだな」 このままでいい筈がない。 あいつは俺の幼馴染だし、泣いてる顔なんて見たくない。 そう思ったら、俺の足は廊下を駆けていた。 夕  「わわ〜!ま、待ってよ〜!速いよぉ〜!!」 後ろから夕の情けない声が聴こえた。 柾樹 「なにやってるんだよ!急ぐぞ!」 夕  「うぅ〜!歩幅のハンデがあるから仕方無いよ!」 柾樹 「先に行くからゆっくり来い!」 夕  「ふややぁっ!!薄情者〜!!!」 泣き叫ぶ夕を無視して俺は走った。 途中、柿と遭遇する。 ……まずいな。 さすがにホームルームも終了しない内に逃走は心に悪い。 俺はとっさに物陰に───…… 柿崎 「霧波川か」 ……───隠れる前に見つかった。 柾樹 「ア、アハハハ……今日もいい天気ですね」 柿崎 「霧波川柾樹!!」 柾樹 「ハ、ハイィッ!」 柿崎 「お前に早退を命ずる!」 柾樹 「……エ?」 柿崎 「郭鷺を追ってやれ」 柾樹 「あ、あの……いいんですか?」 柿崎 「教師として命ずる。行かない場合は留年させる」 柾樹 「脅迫って知ってますか?」 柿崎 「脅して、嫌がることを無理矢理やらせることだ。     お前の場合はそれに当てはまるか?」 柾樹 「本気で訊いてますか?」 柿崎 「確認するまでもないだろう?さっさと行け」 柾樹 「恩に着ますっ!!」 俺は柿の横を通り、走っていった。 ───……。 柿崎 「……ったく、どうして凍弥のヤツの周りはこうなのかねぇ。     俺の担任としての評価が疑われるじゃないか。     ……ま、それもいいかもしれんが」 ぼやきながら教室へ向かう。 柿崎 「今度は、心から笑っていられるといいなぁ……」 教室に入り、いつもの時間が始まる。 柿崎 「ではホームルームを始める」 いつも居る三人が居ない教室は静かだった。 Next Menu back