───過去の約束/今もなお消えぬ想い───
───……開かずの間。 別に中がどうなっているということもなく、ただ噂話から人々を遠ざけていた教室。 ここからの景色は何故か落ち着いていて、 他の教室から眺める景色のそれとは何処かが違った。 柾樹 「ここです」 静まり帰った廊下で声を上げる。 今は授業中なので、 グラウンドを走る生徒の声以外にこれといったものは聴こえなかった。 ガラッとドアを開け、中へ。 凍弥 「……ここか」 中に入るなり、叔父さんはハッとする。 凍弥 「……いや、まさかな」 しかし、すぐに首を振って溜め息を吐く。 柾樹 「どうかしたんですか?」 なにか引っかかりを感じた俺は、叔父さんに訊いてみた。 凍弥 「いや、悪いな。なんでもないんだ」 苦笑いにも似た表情をして、叔父さんが窓に向かう。 その先の窓は開いていた。 凍弥 「……あの時以来か」 ポソリと呟く。 その声はとても小さく、俺には聴こえなかった。 凍弥 「あまり学校は好きじゃないんだ」 俺に向き直り、そう言う叔父さんの顔には、ハッキリと悲しみが見て取れた。 その時、俺はこう思ったんだ。 『ああ、そうか。この人はまだ吹っ切れてないんだ』と。 それもそうだろう。 辛い思いや、想い出。 それを完全に断ち切れる人なんて居ないのだろうから。 たとえそれが、どんなに強い人でも……。 何かこみ上げる物を感じた俺は、出来るだけいつもと変わらずに声を出した。 柾樹 「学校、好きな人なんていませんよ」 凍弥 「……そうでもないさ」 窓から空を見上げる叔父さんが呟く。 凍弥 「少なくとも、あいつは楽しんでいたから……」 そこまで言うと、叔父さんが再び俺に向き直る。 凍弥 「ここ、開かずの間、だったよな?」 唐突に訊いてくる。 柾樹 「そうですけど」 凍弥 「どうして窓が開いてるんだ?」 柾樹 「え?」 そこまで言われて、疑問に思う。 またか? このあいだ来た時も確か開いてたよな。 柿に訊いてみればよかった。 凍弥 「そういえば、どういう経緯で開かずの間になったんだ?」 当然の質問だ。 柾樹 「えっとですね、実は鈴問の頃から噂はあったらしいんですよ。     朝から夜までここと同じ場所にあった教室で、     椅子に座っている女の霊を見たって」 聞いた噂と同じ内容を口にする。 叔父さんは何も言わず、俺の話を聞いている。 柾樹 「初めは普通の生徒だろうと思って、     宿直の先生が教室に入って注意しようとしたらしいんですがね」 頭の中から聞いた話を掘り返す。 柾樹 「ドアを開けた途端、     その女の霊が塞いでいた顔をバッと上げて、先生を見たらしいんです。     とても嬉しそうな顔で。     だけど、その後に悲しい顔をしたかと思ったら……消えたそうなんです」 それが最初の噂になるきっかけだった、と続ける。 柾樹 「それから噂は広まって、興味本意に肝試しに行った生徒全員が目撃した。     それで噂どころじゃなくなったんです」 凍弥 「………」 柾樹 「でも、別に人に危害を加えるようなものじゃなかったそうです。     一部の人の話によると『何かを待っているようだった』そうですから」 そこまで言うと、疑問に溢れていた叔父さんの顔が……確信へと変わった。 その顔は酷く悲しそうだった。 うつむきながら、ポソリと何かを言ったようだった。 ……ごめんな。 俺にはそう聴こえた。 柾樹 「でも、取り壊される前だったかな。     なんかその霊が現れることはなくなったって。     どうしてかは解らないけど」 凍弥 「………」 柾樹 「でも、それだけじゃ終わらなかったんですよ」 凍弥 「なに……?」 柾樹 「それだけで終わるなら、ここも開かずの間にはならなかっただろうし」 そう。 この話には続きがある。 もっとも、過去の話が噂されただけなのかもしれない。 噂話ほど、オヒレが付くものだから。 でも、実際に俺は噂を確信に変える物を見た。 今思い返せば……。 柾樹 「ほら、この教室は他の教室より汚れてますよね。     だから、鈴問の時の教室をそのまま使っているって噂もあるんです。     俺はただ、噂の所為で掃除されなかったからだと思ってました」 確かに、以前来た時もそう思っていた。 でも、それはやっぱり…… 柾樹 「でも、ここは掃除されてるんですよ。     ずっと手入れされてなければ床はホコリだらけの筈なんです……」 見下ろした床はよく掃除されているようで、綺麗なものだった。 つまり、噂は本当だったんだ。 どうして昔の教室を使うのかなんてことは、俺には解らない。 例えば創立者に何かしらの思い入れがあるとしても、それは俺の知るところではない。 そして、来る度に開いている窓。 わざわざここに来て開ける人なんて居るのだろうか。 ずっと開いていては、不用心なことこの上無い。 凍弥 「この教室でのことを聞かせてくれ」 叔父さんが口を開く。 柾樹 「え?あ、はい」 突然だったので、どもってしまった。 それでもわざと咳をして、喉を落ち着かせる。 柾樹 「ここが建て直されて、その景色が落ち着いてからのことです。     再びここで噂が出るようになったのは」 もちろん俺も、聞いただけではあるけど、と続ける。 柾樹 「鈴問の時に一度見たって人がまた見たそうです。     その人は教師だったらしいんですけどね。     その霊っていうのが自分の教え子だったとかで、     なんと、話をしたらしいんですよ」 凍弥 「……そうか」 柾樹 「……あら?あまり驚きませんね」 凍弥 「いや、いいんだ。続けてくれ」 柾樹 「……そうですか?まあ、はい。じゃあ続きですけど。     その先生と話していた子、とても幽霊とか、     そんな次元のものには思えなかったそうです。     それというのも、その教師と話している時に穏やかに笑ったそうなんですよ」 凍弥 「───ッ……!!」 柾樹 「霊とかって、冷たいイメージしか浮かばないんですけどね。     そんな霊なら一度会ってみたかったなぁ……」 凍弥 「………」 柾樹 「その先生、もう教師をやめたそうです。     一度、話を聞いてみたかったんですけどね。……って、叔父さん?」 凍弥 「そ……か……。笑ってたんだな……?」 柾樹 「え、ええ……どうかしたんですか?」 凍弥 「いや、変わった霊だな……ってな……」 柾樹 「ははっ、確かにそうですね。     あ、でも……今年に入ってから目撃する人が居なくなったんですよ」 凍弥 「……それは、今年のいつ頃からだ?」 柾樹 「ん……夏に入ってしばらくしてからかな。     そうそう、ドタバタしてて忘れてたけど、夕が来た時あたりからだった」 そういえばそうだ。 自分の言葉に納得する。 柾樹 「……と、俺の知ってるのはこんなところまでで。     幽霊恐さで人が寄らなくなってからは、     ここは開かずの間と呼ばれるようになりました」 凍弥 「……すまないな、長話をさせて」 柾樹 「いえ、俺もなんかいろいろ整理できたから……」 ふと見た叔父さんの顔。 その目が赤く見えたのは気のせいだろうか。 叔父さんは再び窓際に寄り掛かり、空を眺めている。 柾樹 「叔父さん……」 凍弥 「……ん……?」 柾樹 「叔父さんの話って、なんだったんですか?」 その言葉に首を振ると、叔父さんは笑ってみせた。 凍弥 「いや、もういいんだ」 その笑みは苦笑いだったけれど、どこか懐かしく思えた。 ……ああ……そうだ。 叔父さんが過去の話をする時は、いつもこんな顔してたっけ……。 柾樹 「叔父さん、聞いてほしいことがあるんだ」 俺はひとつの決心をして、口を開いた。 凍弥 「……なんだ?」 柾樹 「由未絵さんのこと」 凍弥 「……続けてくれ」 もう、叔父さんも知っているのかもしれない。 叔父さんの目はとても穏やかで、まるで全てを理解しているような表情だった。 だけど、ちゃんと話さなきゃいけない。 それはとても大事なことだから。 柾樹 「ひとつの物語があったんだ。ひとりの少年が憧れた人のことだった」 凍弥 「…………ああ」 柾樹 「その少年は、冬のある日が来る度に泣いている、     憧れの人に強くあってほしいって願ったんだ。     そんなことを、途切れた丘の上で呟いたんだ」 凍弥 「……ああ」 柾樹 「……雪が降っていたよ。綺麗な景色だったのを憶えている。     そんな中で、ひとつの願い事を空へと唱えた」 俺には願いたいことがあった。 そして、願ったことがあった。 柾樹 「昔話があったんだ。誰も知らない、奇跡のような話が。     冷たく悲しい思いと暖かい雪が繋がって出来る、     たったひとつの願いを叶える奇跡の話……」 雪の降る中、あの丘で。 季節外れに降る雪は暖かくて、だけど、それは…… とても悲しいことだった……。 ……とても……とても……。 そして、俺は願ったんだ。 柾樹 「その少年は子供だったから、どうすれば憧れの人が強くなれるか。     その答えを簡単なものでしか出せなかった。     『叔父さんと由未絵さんを会わせて』って」 でも、そんなことが無理だっていうことは、 子供の俺にだって理解出来ていた筈だったんだ。 既に存在しない人を会わせることなんて出来やしない。 だけど、そこに奇跡はあった。 確かに存在していた。 それは風。 過去、ひとりの少年と少女が駆け抜けた季節の中、 いつもふたりを見守るように吹いていた風。 風は想い出を抱いて、丘の上でずっとその瞬間を待っていた。 そして、その時はやってきた。 偶然、丘に辿り着いた佐奈木 夕に、想いの風は舞い降りた。 それはきっと、由未絵さんの想い出だったのだろう。 叔父さんと一緒に駆けていた想い。 母さんと一緒に駆けた想い。 いろいろな想いが風に託された結果、 いつか母さんが言った通りの人格になった。 由未絵さんと叔父さんと母さん。 それを足して割ったような性格。 どこかふざけていて、でも純粋で、怒りやすくて……。 だけど、奇跡の代償として記憶を失っている。 おぼろげに思い出されるものはいつもあやふやな物で、 それでも叔父さんのことは忘れていなかった。 もし、奇跡を願ったとして、そこに奇跡の価値があるのなら…… それはきっと、ひと夏という短い季節を精一杯に生きるセミと同じなのだろう。 短いからこそ大事に思える瞬間。 柾樹 「……夕は、由未絵さんです」 実にみじめなものだった。 叔父さんの為に願ったことが叶ったのに、その奇跡を俺が好きになってしまって。 でも……今。 それを自分で手放そうとしている。 凍弥 「……そうか」 叔父さんは、そう呟くだけだった。 柾樹 「知っていたんですよね」 凍弥 「……うすうすは、だが。人が別の人になるなんて考えたくはないだろう」 柾樹 「………」 凍弥 「でもな、夕は夕だ。     たとえあいつが由未絵であっても、その以前には佐奈木夕は存在する。     もう、あいつが俺を待つ必要は無いんだよ……」 柾樹 「でも……」 凍弥 「柾樹……お前の言っていた幽霊な。由未絵なんだよ」 柾樹 「えっ……!?」 凍弥 「あいつ、馬鹿だから……     教室が、約束の場所が壊されなかったからってずっと待ってたんだ……。     俺なんかを……」 柾樹 「それじゃあ、その教師って……?」 凍弥 「真凪 美音都……。おそらくあいつだろうな……。     ……ははっ……馬鹿だな……由未絵のやつ……。     どうして、こんな俺なんかをずっと……!」 叔父さんは目に涙を溜めながら、壁を殴った。 凍弥 「馬鹿だな……本当に……」 そして……壁にもたれて泣き崩れた。 ───……憧れた人が居た。 その人はやさしくて穏やかで、だけどいつも、悲しそうな顔をしていたから。 だから俺は、その人に強くあってほしかった。 だから俺は願った。 『たったひとときでいいから、叔父さんと由未絵さんを会わせてやってくれ』と。 ひとときなんて言わなかったら、幸せはずっとそこにあったのかもしれない。 だけど、それももう終わりが近づいている。 解るんだ。 俺が願ったことだから。 夏の終わりとともに、俺の知っている夕は消える。 それが答えだ。 ひとときとは、ひと夏の奇跡。 消える時が解っている小さなロウソクの火を、俺は毎日見ている。 だけど、後悔はしたくないから。 夕と過ごす季節を悲しいだけの想い出にしたくないから。 だから、俺は誓うことが出来た。 その先に待っている瞬間がどんな結末であっても、最後まで笑っていようと……。 夕の───……いや。 由未絵さんの記憶は、夏の終わりが近づくにつれ、鮮明になっていっている。 でも、最後まで戻ることはないだろう。 『夕の中の夏』がどの日までかは俺には解らないが、 暦の上に残る日常は、あまりにも少なすぎる。 おそらく、本当の佐奈木夕でも由未絵さんでもなく、その迫間に存在する人格。 俺の知っている夕のまま、彼女の夏は終わるのだろう。 柾樹 「………」 くしゃっ……。 夕の頭を撫でてみた。 夕  「ん……」 俺が家を出た時と同じように、ソファーで眠る少女。 夕  「……凍弥くん……?」 薄く目を開いて俺を見る夕。 でも、その口からこぼれる名前は俺のものじゃなくて…… 俺にはそれが、たまらなく悲しかった。 柾樹 「違うよ……俺は柾樹。霧波川柾樹だ……」 泣きそうになる自分を必死に抑える。 夕  「……うぅ〜……来流美ちゃん……?」 俺から伝えた名前も、名字にしか反応しなくて…… 柾樹 「違うよ、柾樹だ。俺は柾樹なんだよ」 夕  「……うぅ〜……」 しばらくすると、夕は眠ってしまった。 ……解ってる。 由未絵さんの記憶の中に、俺は存在していない。 もちろん佐奈木夕の記憶にも。 俺は風の記憶の中にしか存在していない。 柾樹 「………」 俺を知っているのは風の中の夕だけ。 どの人格でもその人は俺の好きな人の姿なのに…… その口から自分の名前が聞けないことが、俺にとっては……とても辛かった……。 柾樹 「……俺、最後まで笑っていられるかな……」 出てくる不安は、その勢いを増すばかりだった。 でも、俺は……どれだけ傷つくことになるとしても、 それでもこの少女と一緒に居たいと…… ───……あれから俺は、必要以上に夕と一緒に居るようになった。 それは不安からだろうか。 一緒に居ないと、いつの間にか消えてしまうんじゃないかって。 ありもしない恐怖に抱かれていた。 いつの間にかこんなにも好きになった夕。 夕  「?」 俺を見上げるように振り向く少女が好きだった。 そして、そんな少女を失うことが恐かった。 ……失いたくない。 最後まで笑っていようなんて言葉は飾りでしかなかった。 俺の心はやっぱり弱くて。 なによりもこの微笑みが俺の前から無くなることが恐かった。 夕  「あ、ああああの、まま柾樹くん……?」 気がつくと、俺は夕を抱き締めていた。 夕  「みんな見てるんだけど……」 路地の中央で、俺は泣いていた。 どんなに背伸びしようとしても、やっぱり俺は子供で、 今まで散々馬鹿にしてきた夕の方がよっぽど大人のように見えて……。 その度に側に居るのが夕じゃなくて由未絵さんに思えて。 それが恐くて……俺は泣いていた。 夕  「あ、あうぅう……」 夕はおろおろして、俺が泣いていることには気づかなかった。 夏が終わるまでに、俺は彼女に何をしてやれるのだろう。 ただその瞬間を見届けるだけなのだろうか。 ……だとしたら、俺はなんてちっぽけなんだろう……。 俺はまた悩んでいる。 その悩みに果てがあるのかなんて、俺には解らない。 今、俺に出来ることはなんだろう。 少なくとも、うじうじと悩むことばかりじゃない筈だ。 ……なにが最後まで笑っていようだ。 結局、決意なんてものは些細なことで崩れるものなんだ。 柾樹 「………」 溜め息を吐く。 声  「まっさ〜きくんっ!あっそびっましょ〜♪」 ドア付近から聞こえる夕の声。 柾樹 「鍵はかかってないぞ」 俺が悩んでいたって解決しないのは解っている。 だとしたら、誰が悩めば答えが出るというのだろう。 多分、それにも答えは無い。 だったら、悩むこと自体が間違いなのか。 それとも…… 夕  「遊びにきたよ柾樹くんっ!ハオッ!!」 ズビシィッ!とポーズを決める。 柾樹 「今日はどうしたんだ?」 夕  「遊びに来たんだよ」 柾樹 「それは知ってる」 夕  「それだけじゃダメ?」 柾樹 「いや、そうじゃなくてだな。何で遊ぶ気だったんだ、お前は」 夕  「柾樹くん」 柾樹 「俺はオモチャじゃないっ」 夕  「冗談だよ。えっとね……」 俺の部屋をグルリと見渡す。 夕  「……どうしよっか」 何をしたいんだこいつは。 夕  「そうだ、かき氷食べよっ?」 柾樹 「かき氷?」 夕  「うん、えっとね。     さっき凍弥さんの掃除の手伝いしてたら、倉庫の中から発掘されたんだよ」 柾樹 「俺はホコリまみれのかき氷を食す趣味は無いんだが」 夕  「そのまま受け止めないでよ。さすがの私でも洗うもん」 柾樹 「……そうだな」 楽しめる内に楽しんでおいた方がいいもんな。 柾樹 「よしっ、行くか」 夕  「うんっ」 部屋を出て廊下へ。 すると、丁度自分の部屋から出てきた悠季美を発見する。 柾樹 「悠季美、一緒にかき氷でもどうだ?」 俺の声に、振り向く悠季美。 悠季美「かき氷……ですか?」 柾樹 「ああ、かき氷だぞ」 悠季美「……そうですね、いいかもしれません」 コクリと頷き、俺を促す。 それに従うように階下へ。 ダイニングルームへ行くと、テーブルにかき氷機(?)が置いてあった。 既に洗ってあるようで、綺麗なものだった。 柾樹 「お前が洗ったのか?」 夕  「ん、そだよ」 悠季美「あ、わたし、氷持ってきますね」 柾樹 「ああ、頼む」 悠季美がとたとたと冷蔵庫に向かう。 夕  「じゃあ、私はシロップを持ってくるよ」 柾樹 「それなら、俺はなにか適当な容器を」 それぞれが適当な担当で、必要なものを揃える。 柾樹 「えぇっと、これでいいかな」 俺はガラス細工の涼しげな容器を三つ手に取った。 カチャカチャとテーブルの上に容器を置く。 悠季美「氷、適当な入れ物に入れてきましたけど。このくらいあればいいですよね?」 柾樹 「まあ、そんなに食すわけでもないだろうしな」 夕  「はぅう、持ってきたよ〜」 夕が小走りに戻ってくる。 夕  「あはは、探すのにちょっと苦労しちゃったよ。     えっとね、メロンにイチゴ。レモンに……ドレッシング!!」 ボカッ!! 夕  「きゃうっ!」 柾樹 「どうしてドレッシングがあるんだっ!!」 夕  「うぅ〜……だって、一緒に並んでたから……。     ふぇえ……ボカッて、凄い音が鳴ったよぉ……」 柾樹 「かき氷に合うかどうかくらい解りそうなもんだろ馬鹿!」 夕  「ううん、もしかするととんでもなく美味しいかもしれないよ」 柾樹 「安心しろ、それは絶対ない」 夕  「ふぇえ……はっきり否定するなんてヒドイよぉ……」 柾樹 「俺は善人で有名だとゆ〜とろ〜が。何度も言わせるな」 悠季美「外道が言っても説得力に欠けます」 柾樹 「外道って言うな!」 悠季美「じゃあ、早速作りますか」 柾樹 「……無視か」 悠季美「人聞きが悪い言い方ですね。ちゃんと聞いてますよ」 柾樹 「そこで返事をしないから無視と言うんじゃないのか?」 悠季美「……それもそうですね。じゃあ作ります」 結論的には無視したいらしい。 ヒドイ奴だ。 夕  「えっと、氷はこれくらいでいいかな」 悠季美「上等です」 柾樹 「どうしてそこで『上等』って言葉が出る」 悠季美「茶化さないでください」 柾樹 「茶化しとは、まったく別のものだと思うぞ」 夕  「氷を入れて、シロップを……」 トクトクトク……ボカッ!! 夕  「きゃぅっ!!」 柾樹 「どうして削る前からシロップ入れてるんだ!」 夕  「えぇっ?味付けは『したごしらえ』が肝心で」 ボカッ!! 夕  「きゃうっ!!」 柾樹 「下拵えもなにもあるかっ!     しかもシロップかと思ったら、これドレッシングじゃないか!」 夕  「ふえぇ……柾樹くんがいじめる……」 柾樹 「正当なジャッジメントだボケ者!!」 夕  「裁きに拳は必要ないよぅ……」 柾樹 「俺が編み出したオリジナルジャッジメントだ。ありがたく裁かれろ」 夕  「ふぇええぇ……無茶だよぉ……」 悠季美「一度洗ってきますね」 柾樹 「ああ頼む。これじゃあ臭くて使えない」 夕  「うぅ〜……」 凍弥 「おっ?かき氷か」 柾樹 「叔父さんが洗われた」 凍弥 「状況説明しながら人を勝手に洗うな」 柾樹 「冗談です」 凍弥 「丁度良かった。いい氷があるんだが」 柾樹 「氷?」 凍弥 「ああ、中庭に来てくれ」 叔父さんに連いて行き、中庭へ。 凍弥 「暇だったんでな、こんなものを用意してみた」 叔父さんがそれを見せる。 というか中庭に出てから、嫌でも目に入った物体。 目を凝らす。 顔を上げる。 目の前に氷柱。 柾樹 「───……これをどうしろと?」 凍弥 「氷柱割りッ!!」 叔父さんが声高らかに叫んだ。 柾樹 「本気ですかっ!?」 凍弥 「冗談を言う程、暇ではない」 柾樹 「……さっき、暇だったんでな、って」 凍弥 「気のせいだ」 柾樹 「うう……」 このパターンで反論しても無駄なことなのは、俺がよく知っている。 仕方ない。 柾樹 「じゃあ、どうぞ」 凍弥 「何を言う、やるのはお前だ」 柾樹 「俺!?何故!?」 凍弥 「いや、なんとなくだ」 柾樹 「………」 俺は目の前の氷柱を軽くゴツゴツと殴ってみた。 柾樹 「無茶苦茶に硬いんですけど」 凍弥 「安心しろ、俺は全然痛くない」 柾樹 「………」 どうあってもやれとのことだ。 よし、俺も男だ。 覚悟を決めよう。 氷柱の上にタオルを置く。 柾樹 「コォオオ……」 それっぽい呼吸。 気分はすっかり格闘家だ。 柾樹 「チェェエエエエエエストォオオオオッ!!」 ペキッ!! 柾樹 「ギャア!!」 指が変な音を醸し出した。 柾樹 「イッツァァアアッ!!無理!無理だよこれ!!」 その場でもんどりを打つ。 凍弥 「……別に素手で割れとは言ってないが」 柾樹 「ぐあ……」 言われてみればそうだった。 柾樹 「止めてくださいよ!」 凍弥 「いや、ホントに割るかどうかとな」 柾樹 「無茶すぎですって……」 それ以前にこんな氷、かき氷には使えない。 柾樹 「なにやってんだ、俺って……」 非常に馬鹿らしい。 叔父さんは笑いながら、俺の指を診てくれた。 Next Menu back