───凶は沙羅堕の秘/ご一緒にカレーの王子さまをどうぞ───
……あの教室での一件以来、 いろんなことが解ったにもかかわらず、叔父さんはいつものように振る舞っていた。 叔父さんにとって、夕は夕であり、由未絵さんじゃない。 そんなことは当たり前なんだけど、俺は吹っ切れない。 だって、夕の中には確かに由未絵さんの記憶が存在する。 それだけで、俺は不安を隠しきることが出来ない。 その度に、自分は弱い男だと沈んでしまう。 悩んでも仕方が無いことなんて、誰にだって解る。 でも、それには果てが無いから、どうしようもない。 どうしようもないから……悩む。 柾樹 「……叔父さん」 凍弥 「ん?どうした柾樹」 柾樹 「叔父さんはさ、どうして落ち着いていられるんですか?」 それは前々から気になっていたことだ。 凍弥 「落ち着いている……そう見えるか?」 俺は黙って頷いた。 凍弥 「それは違うな。俺は溜め込んでいるだけだよ」 ……本当にそうだろうか。 だとしたら、何処にどう、発散しているのだろう。 柾樹 「悩みや矛盾の発散場所なんて無いのに……」 凍弥 「そうでもないさ。結構、多いぞ。例えば……来流美だ」 母さん? 凍弥 「あいつとは気兼ね無く話せる上に、多少無茶な行動も共に出来る。     そういう意味では、俺の大事な拠り所だ」 苦笑しながら淡々と話す。 凍弥 「そして、お前と悠季美」 柾樹 「うぇっ?」 俺は驚いて、変な声を上げてしまった。 凍弥 「昔から、お前や悠季美と居ると退屈だけはすることがなかった。     俺もまだまだ子供だからな、楽しめる時には思いきり楽しんだ」 子供って……。 柾樹 「叔父さんは子供じゃないですよ。     俺は叔父さんの色々なところに憧れてたんだ」 俺もそうなりたいって、ずっとそう思っていた。 声の低くなってゆく俺を見て、叔父さんは口を開いた。 凍弥 「お前はお前だ、自分の人格を壊すようなことはするな。     憧れを持つなとは言わない。だが、俺のようにはなるな」 柾樹 「なんですか、それ……。     俺はずっと叔父さんのようになりたいって、そう思ってた。     俺の目標だったんだ」 凍弥 「違うんだよ……。お前が思う程、俺は強くない」 …………。 凍弥 「……柾樹、夕のことが大事か?」 柾樹 「え?なんですか、突然に」 凍弥 「答えてくれ」 …………。 柾樹 「大事、です」 凍弥 「……なら、尚更だ。     お前はお前として、夕に接してやれ。そして、側に居てやれ」 柾樹 「……はい」 言葉と共に頷くと、叔父さんが笑った。 凍弥 「俺は由未絵の悩みを何も聞いてやれなかった、ダメな男なんだよ。     一緒に悩んでやることも出来なかった」 ぽつぽつと、自分の抱えていた物を降ろすように、 叔父さんは喋り始めた。 凍弥 「……だが、とても幸せだった。     そんな日常の中でも、幼馴染のふたりと道を歩けることが嬉しかった」 柾樹 「………」 叔父さんが空を仰ぐ。 凍弥 「目が合えばお互いにふざけ合う。     それが当然になるまでに時間はかからなかった。     だから、俺はずっとふざけていた。それが当然だと信じていたんだ」 空にはいつの間にか、雨雲が漂っていた。 凍弥 「ふざけ合うことで、     ずっとその関係が続いてゆくんだと……信じて疑わなかった……」 ぽつりと、雨のひと雫が俺の頬に落ちる。 それに次いで降り注ぐ雨粒。 凍弥 「でもな……違ったんだ。俺に必要だったのはふざけることじゃない。     ……素直になることだったんだ。     ほんの少しでいい。素直になっていれば……」 やがて雨粒は線状に変わり、地面を激しく打ちつけた。 それでも空を仰いでいる叔父さんの目に、 雨に混る、別の雫がこぼれ落ちたように見えた。 ───最後に叔父さんが口を動かしたが、 雨音に遮られ、その声が俺に届くことはなかった。 ───…………。 …………。 ……。 悠季美「いったい何をやってるんですか……」 悠季美が呆れた顔で、タオルを渡してくる。 凍弥 「お、サンキュ」 柾樹 「ふう、ひどい目にあった」 そのタオルを手に、階段を上がってゆく。 叔父さんはそのままバスルームへ。 俺はベランダから我が家へ行き、バスルームへ。 ───……約20分後、俺はベランダから部屋に戻る。 と、そこに悠季美が待っていた。 柾樹 「アンローフル・インヴェイジョン」 悠季美「なんですか、それ」 柾樹 「知らん」 ただなんとなく、頭に浮かんだ言葉だ。 柾樹 「で?どうしたんだ?」 悠季美「ちょっと話があったんですよ」 柾樹 「歯が無いのか、大変だなぁ」 悠季美「歯無しじゃありません!」 柾樹 「怒るな」 悠季美「もう……真面目に聞いてくださいよ……」 ふてくされる悠季美。 柾樹 「で、どうした?」 悠季美「ん……あ、えっと……ですね」 柾樹 「ああ、真面目に聞くからドンとこい」 悠季美「えっと……」 柾樹 「………」 悠季美「………」 柾樹 「聞く気になったら今度はだんまりか?」 悠季美「うー……実は、ですね……?」 柾樹 「ああ」 悠季美「あぅ……」 柾樹 「早く言えって」 悠季美「わ、わたし、家に帰ることになったんですっ」 柾樹 「………………え?」 悠季美「さっき、家から電話が来て……」 柾樹 「帰るって……グッドバイ?」 悠季美「グッドバイです……」 そっ……か。 帰るのか……。 柾樹 「……静かになるな」 スパァーン!! 柾樹 「ギャア!!」 悠季美「どうしてそこで『寂しくなるな』って言えないんですかっ!!」 柾樹 「いやっ……つい本音がっ……!!」 悠季美「そんな本音、嬉しくないもん!」 柾樹 「話方が戻ってるぞ!」 悠季美「柾樹さんのアルティメットバカぁぁああっ!!」 ドタバタと騒音を残しながら、悠季美が部屋から出ていった。 柾樹 「……ふざけすぎたかな……」 さすがに罪悪感。 声  「全ては聞かせてもらった……」 唐突に響く、謎の声。 柾樹 「おわっ!?だ、誰だ!?」 部屋を見渡してみる。 声  「フハハハハハ!!何処を見ている!」 再び響く声。 何処を見ているもなにも、貴殿を探しているんだが。 声  「理解出来ないようだな、仕方の無い……。     クローゼットを開けてみるがいい!」 クローゼットを見る。 柾樹 「………」 服の一部らしきものがハミ出ている。 究極なまでに怪しさ大爆発。 柾樹 「ていっ!」 意を決して、一気に開け放つ。 ボゴォッ!! が、何故かカウンターを喰らう。 見ると、クローゼットの中からボクシンググローブが飛び出ていた。 過去の漫画とかでよく使われた、あのトラップだ。 声  「フハハハハハ!こんな初歩的なものにかかるとは!     まだまだ修行が足らぬぞ!」 三度目の声。 柾樹 「……叔父さん、遊んでないで出てきてください」 凍弥 「まあ、冗談だが」 何故かベッドの下から現れる叔父さん。 柾樹 「どうしてそんな所から現れるんですか」 思わずとも、溜め息が出る。 凍弥 「気にしてくれるな、それより悠季美が帰るそうだな」 柾樹 「そのようで」 凍弥 「いつ帰るか解るか?」 柾樹 「いや……」 そういえば、それは訊いてなかった。 柾樹 「ちょっと訊いてきます」 凍弥 「ああ」 少し足早に部屋を出た。 ───……コンコン。 一応、ノックをする。 考えてみれば悠季美がここに来てから、この部屋を訪ねるのて初めてじゃないか? ……う〜ん、妙な気分だ。 悠季美「はい?」 カチャッと、目の前のドアが開く。 そして目が合う。 その目は怒気を育む草原のような眼光を放っていた。 器用な目だ。 柾樹 「いつ、帰るんだ?」 遠回しに訊いても、かえって機嫌を損ねるだけだろう。 ここは単刀直入に訊くに限る。 悠季美「今日ですっ!」 ズバンッ!! 大声と共に、目の前のダが閉ざされた。 柾樹 「こりゃまた、随分と急なお引っ越しで……」 なんて穏やかに納得している場合じゃないだろう。 俺は早速、叔父さんに戦況報告をするために部屋へ走る。 凍弥 「なにぃ、今日なのか!?」 部屋に入った途端、叔父さんが叫ぶ。 それはハッキリとした驚きの言葉だった。 正直、俺も驚いている。 というか、どういう聴覚してるんだ。 凍弥 「随分と急な話だな」 柾樹 「ぐむぅ……」 凍弥 「恐らく、トーテマーが寂しさを感じたんだろう」 なるほど。 凍弥 「阿ーっ!!」 鷹志 「云ーっ!!」 柾樹 「おわっ……!!」 凍弥 「出たなトーテマー」 鷹志 「お前さ、もっと普通に呼べないのか?」 凍弥 「だったらお前も普通に現れろ」 正論だ。 鷹志 「俺はただ、悠季美を迎えに来ただけだ。     ちゃんと下の女の子に断って上がり、     そして偶然にもここを通りかかり阿云の呼吸法をだな……」 凍弥 「詳しく説明せんでもあらかた解る。しかし、お前も変わらないな」 鷹志 「ふ……お前に言われたくはないな」 凍弥 「俺だってお前には言われたくない」 鷹志 「気が合うな」 凍弥 「まったくだ」 合っているのだろうか。 鷹志 「それより悠季美の部屋は何処だ?」 凍弥 「覗く気か、この変態」 鷹志 「お前さ、言うことキツくなったよな。父さん悲しいよ」 凍弥 「トーテムバカを父に持った憶えはないな」 鷹志 「うわ、非道い言い方。まあいいけど」 柾樹 「悠季美の部屋なら……」 凍弥 「ああ、待て待て。その前に鷹志、お前に話がある」 鷹志 「そんな……あたい、妻子持ちなのに……」 凍弥 「いっぺん死ぬか?ビッグバンボケ」 鷹志 「冗談だって。で?どうしたんだ?」 凍弥 「あ、すまん柾樹。席を外してくれ」 柾樹 「ここ、俺の部屋……」 凍弥 「気にするな居候」 柾樹 「ぐくっ……確かに俺は居候だけど……」 凍弥 「なに、すぐ終わりそうな雰囲気だ。何かあったら110番するから」 柾樹 「んなとこに掛けたって俺は出ませんよ」 凍弥 「解ればいい、さあ行け」 鷹志 「お前、前にも増して意味不明になったな」 凍弥 「任せろ」 柾樹 「まあいいや。それでは壮健で」 鷹志 「ああ、すまないね」 柾樹 「いえ、気にしておりませぬ」 パタン。 鷹志 「………」 凍弥 「………」 鷹志 「……理解のある息子だな。親と違って……」 凍弥 「やっぱりそう思うよなぁ……」 鷹志 「もし、くるみ割り人形(あだな)だったら……     こうあっさりとはいかないだろうなぁ」 凍弥 「来流美は馬鹿だからな」 ひどい言われ様である。 ───ふぅ。 さてと……どうするかな、これから。 柾樹 「部屋を取られてはやることがない」 って、そうだよ。 かき氷を食す予定だったんじゃないか。 つい少し前の記憶を思い出した俺は、一気に階下へと駆け降りた。 ダイニングへ行き、テーブルを見てみる。 柾樹 「………」 夕が寝ていた。 と言っても、テーブルに寝転がって睡眠……というわけではない。 詳しく言えば、テーブルに突っ伏して寝ている。 夕  「く〜……す〜……」 規則正しい寝息。 かなりの確率で幸せそうに寝ている。 柾樹 「………」 ここで悪の技を見せねばポリスィ〜に反する。 むう、どうしてくれよう。 1:サラダにはドレッシング 2:イチゴシロップ 3:リンゴとハチミツ 4:レタスには安眠効果があるらしい 5:ミートソース 結論:1〜サラダにはドレッシング〜 柾樹 「サ〜ラスパ〜ラッサ〜ラスパ〜ラッ♪     サ〜ラスパ〜ラッポ・ポ・ロ♪」 俺は溢るる遊び心に火を灯し、ドレッシングを手にした。 そしていざ、夕という名のサラダに…… 夕  「……うや?」 うわ、起きた!? ど、どうする!? 1:そのままかける 2:あえてかける 3:むしろかける 4:今だからこそかける 5:どうあってもかける 結論:全部 なんかもう、同じようなことしか浮かばなかった。 柾樹 「今日は〜サラダの日〜♪サ・ラ・ス・パ・の・日〜♪」 トクトクトク……。 夕  「うぅ……?きゃぅうううううううっ!!!」 絶叫。 ぬおお、どうする! 1:尚もかける 2:更にかける 3:容赦なくかける 4:やはりかける 5:アルティメットファイトに手加減は無用 結論:やっぱり全部 柾樹 「サラダ〜の為のサラス・パ♪ポポロ・サ・ラ・ス・パ♪」 トクトクトクトクトク……。 夕  「きゃぅっ!きゃぅうーっ!!」 逃げまわる夕を追いかけながら、ドレッシングをかける。 そうこうしている間に、ドレッシングが尽きた。 柾樹 「母さん、シャンプーが尽きたよ」 夕  「ふえぇええ〜っ、シャンプーじゃないよぉっ」 本気で涙目になって抗議する夕。 すっかりドレッシングさんだ。 柾樹 「なにぃい……リンスだったのか……ッッ!!」 夕  「そういう問題じゃないよっ!!」 柾樹 「いつもの冗談だ、気にするな」 夕  「ふえぇ……臭いぃ……」 ドレッシングによって水浸し……もとい、ドレ浸しになった夕の身体が、 窓から差し込む雨上がりの陽光を受けてキラキラと輝いた。 その姿は息を飲む程に綺麗だった。 ……臭いが。 柾樹 「綺麗だよ、夕……」 もちろん、臭さ以外は全て冗談だが。 夕  「ちっとも嬉しくないよぉっ!!なんてことするんだよぅ!!もうっ!!」 柾樹 「うむ、何故か突然ドレッシングをかけたくなったんだ。     暑さのせいだろう、うんうん」 あからさまに頷いてみせる。 夕  「ふぇえ……この服、お気に入りだったのに……」 柾樹 「ベストドレッサーコンテストで優勝出来るぞ」 再びうんうんと頷いてみせる。 夕  「どうせ、ドレッシングが付いてる人だから『ドレッサー』ってオチでしょ」 柾樹 「あ、解る?」 夕  「うぅーっ!!」 いかん、かつて無い程に御立腹だ。 柾樹 「風呂、入ってこい。臭いぞ」 夕  「臭くしたのは柾樹くんだよっ!!」 柾樹 「怒るとシワが増えるぞ」 夕  「怒らせてるのは誰!?」 柾樹 「夕の深層意識」 夕  「その元になってるのが柾樹だもん!」 柾樹 「なにぃ、俺は怒りの根源だったのか!」 夕  「うぅ〜……もういいもん……」 トボトボとダイニングを出てゆく夕。 う〜ん……悪ふざけが過ぎたか。 なんか、いじめたくなるんだよなぁ。 おっと、そうだ。 柾樹 「おい、夕」 バスルーム前のドアをノックする。 声  「うぅ〜……なに?」 いじけたような、そんな声が内部からもれる。 柾樹 「着替え、持ってきたか?」 風呂入っても、着替えが無いんじゃ困るだろう。 ………………。 柾樹 「……夕?」 声  「……ふえぇええええ……」 うわっ!ヤバイ!本気で泣いてるっ!? 柾樹 「あ、いやっ!わ、悪い!悠季美に頼んで取ってきてもらうからっ!」 俺は慌ててドアから離れると、 そのままの勢いで走り、階段を駆け登った。 柾樹 「悠季美っ!」 ドンドン!! 悠季美の部屋のドアを叩く。 柾樹 「悠季美ー!!居留守は良くないぞ!大人しく出てこい!出てきてーっ!!」 意味不明に叫ぶ。 柾樹 「悠季美っ!!」 叫びながら、自分の心が穏やかじゃないことが手に取るように解る。 うわぁあああ!!夕を泣かせてしまった!! なにやってんだよ俺っ!! 普通に接していたかった筈なのに! どうして夕にあんなことしたんだ!? ああもう!訳が解らんっ!! 悠季美「もうっ!なんですかっ!?」 目の前のドアが開く。 柾樹 「ああ悠季美!頼みがあるんだ!聞いてくれ!     聞かないと、このレタスの命は無いわよーっ!?」 ヤバイ。 気が動転しているのが自分でも解る。 悠季美「何処にレタスがあるんですか」 冷静、というよりは冷めたツッコミを入れられる。 柾樹 「いいから聞け!」 俺は一気にコトの次第を話した。 そして、その後の悠季美の反応……。 悠季美「……ばか」 またまた魂が冷やかに凍える程に冷静に言われてしまう。 悠季美「なんだって、そんなことしたんですか」 柾樹 「そんなことは俺が訊きたいくらいだ!」 悠季美「………」 柾樹 「な、なんだよ」 悠季美「やっぱりバカ」 柾樹 「わ、解ってるよ!」 悠季美「いいえ、解ってませんね。こっちが呆れてしまう程ですよ、まったく」 柾樹 「何が言いたい……」 悠季美「これ、どうぞ」 俺に本を渡すと、悠季美は夕の部屋へ入っていった。 柾樹 「お、おい……」 なんなんだよ、まったく。 柾樹 「………」 なんの本なんだ? 柾樹 「……うわっ!?少女漫画!?」 あるページを開けながら渡されたが……。 これは見ている途中だから開けておけという訳か? 柾樹 「………」 何気に見てみる。 ………。 見てみると、まだこういうネタ使ってたのか、と。 そう思って少し笑ってしまった。 が、あることに気がつくと……耳まで赤くなるのを実感した。 と、そこに悠季美が戻ってくる。 手には適当な着替え。 夕のものだ。 そして、俺は悠季美の顔をゆっくりと見る。 柾樹 「……つまり……アレ、か?」 おそるおそる訊いてみる。 が、やはり自分が情けない。 というか、恥ずかしい。 穴があったら入りたい。 悠季美「……その様子だと、自分でも納得したようですね」 柾樹 「ぐくっ……!」 そう。 不覚にも納得してしまった。 言い返すことが出来ない。 つまり、アレだ。 昔はよくあっただろう。 好きな娘だからこそ、逆にイジメてしまうってやつ……。 ああ、俺って馬鹿……。 凄まじい程に不覚……。 悠季美「顔、真っ赤ですよ」 柾樹 「言うな……」 顔から炎が出る思いだよ……。 どうして今更になって、こんなことしてるんだか……。 ……いや、解ってる。 夕が居なくなることが解ってるから。 だから夕も俺を好きでいてくれてるって証拠が欲しくて、 でも時間が無いって思うと気が焦って……。 それで急かすように当たってしまう。 でも、どうしたらいいか解らないから。 だから、その気はないのにイジメてしまった。 はぁ〜……情けない……。 今日ほど自分を子供だと思った日、無いぞ……。 心の底から溜め息が出た。 柾樹 「……頭、冷やしてくる……」 悠季美にそう言うと、俺は家を出て、我が家へ向かった。 ベランダを通ろうにも、自室は叔父さんとトーテムさんが使っている。 しかも謎の話らしいから、入るのは失礼だろう。 柾樹 「ふう」 霧波川家、正門。 それを眼前に溜め息を吐く。 玄関は鍵がかかっているので別ルートから行こう。 別にいつも通りにハンガーで開ければいいんだが……。 生憎、持ち合わせていない。 ともなれば、やはり実力を行使して……。 1:無難に別ルート 2:鍵穴破壊 3:叔父さんの家の自室に殴り込みを入れる 結論:……2!! ……と行きたいところだが、さすがに危険だ。 と、いうわけで……1、だな。 しかしな。 柾樹 「別ルートなんてあったか?」 ………………。 無いな。 諦めよう。 柾樹 「……よし、あそこに行くか」 思い立ち、俺は歩き出した。 ───……風……。 町並みを撫でるように吹く、穏やかな風。 気温の影響、または……その風の想いのせいか。 この場所に吹く風は色々な意味で暖かかった。 ……丘の上に立っている。 途切れた丘。 見下ろす町並みは賑やかで、小さく聴こえる人々の喧騒が耳にやさしかった。 小さな吐息を吐くと、その場に寝転がる。 そうすることで、自然と目に映る空の景色。 風に吹かれて、ゆっくりと移動する雲。 柾樹 「……いい天気、だなぁ……」 声に出して言ってみる。 その声は風に溶け、すぐに消えていった。 柾樹 「………」 目を閉じると、心地よい眠気が俺を包んだ。 ……でも、さすがにここで寝たら死ねる。 大きな寝返りでも打とうものなら、途切れた岸壁を真っ逆さまに、ジ・エンド。 まあ、寝たことは何度もあるけど。 それはそれとして…… …………。 ……。 やっぱり、いい天気だよな。 風が吹く度に、心地よさを覚える。 風に揺られて、森が静かな演奏をするように、静かな音を醸し出す。 柾樹 「………」 少女のことを考えてみる。 ……正直、俺は自分が情けない。 夕のことが大事なのは確かだ。 居なくなって欲しいとも思わない。 だけど……。 そんな少女のために、してやれることが無いと思うと……俺は、自分が嫌になる……。 何かをしてやりたいのに、俺は無力だ。 自分が願ったことにすら責任を持てない。 ……なあ、夕……。 俺はさ、お前に何をしてやれる……? お前自身、何か願うことはないのか……? ……自問自答の繰り返し。 大きな奇跡の前では、俺はひどく無力だった。 奇跡が起きて、必ずしも人が幸せになるとは限らない。 その奇跡の先に起こることなんて、俺達は知りもしないのだから。 柾樹 「……情けねぇ……」 自分を罵倒するように、俺は唸った。 夏の終わりはもうすぐ近くだった。 始まりは長くて終わりは短いもの。 人の時間への感性は、そうやって構成されていると思う。 でも、終わりの刻は誰にも解らない。 定められた時間以外のものは、全てにおいて曖昧だ。 だけど、終わりの解る夏の奇跡を前に……俺は何かを残したいと思う。 終わる前に、何かをしてやりたい。 柾樹 「………」 でも、何が出来るのだろう。 ……考えても答えは出ない。 柾樹 「……はぁ」 溜め息が出る。 と、その時だった。 『……今はただ……側に居てあげれば、それでいいと思うよ……』 柾樹 「えっ!?」 突然、耳を掠めた声に驚いて、飛び起きる。 だけど、辺りには誰も居なかった。 空耳……か? だけど、やけにハッキリ聴こえた。 柾樹 「………」 ……いや、気のせいだな。 柾樹 「さてと、帰るかっ」 頭を振り、立ち上がる。 物事の答えなんてものは灯台下暗しだ。 俺は俺らしく、最後まで夕と一緒に居よう。 それが俺の出来ることだった筈だからな。 大きく伸びをすると、来た道を引き返した。 いつの間にか、心の濁りは穏やかになっていた。 Next Menu back