───楽しむこと、笑うこと、微笑むこと。 それは僕らには大事なものだった。 表情を無くすことは、僕らが人形になる瞬間。 だから、いつまでも笑い合う───ただ、それだけだった。 好きな人との想い出を人形の想い出にしたくない。 だから今、俺は笑っている。 それは苦笑いにも似た、情けない笑顔だった。
───田中が散ったあの日/魔王ユキミドラとの戦い───
柾樹 「起床ォオオオオオオオ!!ちぃいッ起床ォオオオオオオオオ!!」 朝である。 今日も実に良い天候模様。 そんな情景の中、意味不明に叫んでみたりする。 ……廊下で。 悠季美「うるさいですよっ!今何時だと思ってるんですか!!」 柾樹 「オヤジ」 うん、実にサムイ。 柾樹 「ウッハッハッハッハ!!ハァーッハハハハハ!!」 固まった悠季美を無視して、夕の部屋をノックする。 昨日帰る筈だった悠季美は、まだこの閏璃家に居る。 それというのも、悠季美が『せめて夏が終わるまで』だとか言って、 トーテマー氏の説得に成功したからだ。 鷹志さん、もっと強くあってくれ……。 柾樹 「朝だぁああああ!起きろぉおおおお!!」 悠季美「やかましいですってば!!」 柾樹 「ぬおお、意外に立ち直りの早いコト」 悠季美「それより何事ですか、まったく……。まだ6時じゃないですか……」 柾樹 「何事もなにも、朝だが」 うむ、間違ってはおるまいて。 悠季美「確かに朝ですけど、もっとこう、常識を……」 柾樹 「いいのいいの、俺は常識などに縛られていたくないのですわ」 悠季美「周囲の迷惑も考えて、ってことですよ」 柾樹 「そげんこつば気にさすてたら、んなんも出来ねでねぇが」 悠季美「何弁ですか」 柾樹 「海苔弁」 悠季美「誰がいつ、お弁当の話をしましたか」 柾樹 「なにぃ、海苔弁は美味なんだぞ、海苔弁はなぁ」 悠季美「そんなこといいですから、静かにしてください」 キッパリと言われてしまう。 柾樹 「冷水より尚、冷やかに」 悠季美「わたしは年中無休で暖かいですよ」 柾樹 「そりゃ、年中冷たいのはゾンビくらいだろ」 悠季美「それと比べないでくださいよ」 柾樹 「ケチ……」 悠季美「ああもう!一体なんなんですかっ!!     今日の柾樹さん、明らかにいつにも増して、     思考回路が馬鹿者のラッシュアワーですよ!?」 柾樹 「意味が解らんぞ」 悠季美「細かいことは気にしません!で、どうしたっていうんですか」 柾樹 「うむ、実はな」 悠季美「な、なんですか……?」 柾樹 「目が冴えて、二度寝できないんだ」 悠季美「……はい?」 柾樹 「俺だけ眠れないなんて不公平じゃないか」 悠季美「………」 思いきり呆れている。 柾樹 「そういうこっちゃけん、共に叫ぼう。     ウォ〜ゥ牧場〜ウィャァァアォみ〜ど〜り〜♪」 悠季美「それを歌うなら、おぉ〜牧場〜は〜み〜ど〜り〜♪ですよ」 柾樹 「……歌、上手いな……」 悠季美「そんなことないですよ」 柾樹 「俺が思うに今の歌より昔の歌の方がステキなものが揃ってる気がするのだよ」 悠季美「それは言えてますね」 柾樹 「でも、今の世にも良い歌はよぅとござるデショ」 悠季美「それはそうですよ」 柾樹 「つまり、何が言いたいのかと言えば、良い歌に今も昔も無いのです」 悠季美「と、いいますと?」 柾樹 「つまり!昔の歌だからと敬遠してる者!!それは間違っているぁあああ!!」 悠季美「誰に言ってるんですか」 柾樹 「刹那」 悠季美「がってんです」 即答だった。 悠季美「でも、今話してるのは睡眠妨害の話です。     話題をすり替えないでください」 チィ……!! 柾樹 「ヌオゥ、ソーリーネ。     ワガハイニッポン初メテデスカラ右モ左モワッカリマセーン!ナノデェ〜ス」 悠季美「約18年間、ずっと日本在住の人が、何をほざきやがりますか」 柾樹 「冗談だ、怒るな」 悠季美「……もういいです。水でも飲んできます……」 柾樹 「なにぃ、水でもとはなんだ水でもとは。     昔の人は水不足で、それはそれは苦労したもんじゃてなんだぞ?」 悠季美「意味が解りませんよ」 柾樹 「理解しろ」 悠季美「………」 俺の言葉に呆れながら、階下へ降りてゆく悠季美。 柾樹 「なにも無視しなくても……」 まあ、無茶な話だ。 柾樹 「さて……と」 夕の部屋の前のドアへと向き直る。 柾樹 「夕〜、朝だぞ〜」 コココン。 細かくノックする。 ………………。 柾樹 「返事がない、ただの屍のようだ」 声  「殺さないで〜……」 突如聞こえる声。 夕の声だ。 かなり眠そうだ。 カチャ……。 目の前のドアが開く。 夕  「う〜……おはよう、柾樹くん……」 柾樹 「なんなんだお前は」 いきなり言ってやる。 夕  「なんなんだ、って……何が……?」 柾樹 「いや、騒ぎよりも屍に反応して起きるオナゴさんなど、     生まれてこのカタ見たことがないんでな」 夕  「わぁ、じゃあ私が一番だね」 意味が解らん。 柾樹 「ほら、いいから顔洗ってこい」 夕  「んぅ〜……」 とたとたと階段を降りてゆく。 柾樹 「……よし、と」 とりあえず道連れはできた。 さて、これからどうしようか。 柾樹 「……解らん」 わずか3秒で考えを打ち切ると、俺も階下へと足を運ぶ。 ダイニングルームに集まる。 柾樹 「さて、今日みなさんを起こしたのは他でもない」 悠季美「さわやかに寝ているわたし達への妬みですね?」 柾樹 「キツイよ悠季美……」 悠季美「貴重な睡眠時間を抹消されて、喜ぶ人なんていませんよ」 柾樹 「なにぃ、寝不足はお肌の敵なんだぞ」 ズパァーン!! 柾樹 「ギャア!!」 悠季美「……だったら尚更でしょうが……!!」 柾樹 「お前、キツくなったよなぁ……」 悠季美「悟ってますから」 柾樹 「何をどう悟ってるんだか……」 悠季美「服屋さんが言ったことが全てじゃない。……つまり、そういうことですよ」 柾樹 「……むう、ワケ解らんな」 頭をひねる。 悠季美「で?何か時間潰しをしてくれるんでしょうね」 柾樹 「任せろ。こう見えて、俺は暇人だ」 悠季美「どう見ても暇人です。安心して話してください」 柾樹 「夕、悠季美ちゃんがいじめるんだ。なんか言ってやってくれ」 夕  「うぅ〜……うく〜」 寝てました。 柾樹 「起きろ!起きて魔王ユキミドラを殺せ!!」 ポガッ!! 夕  「……うく〜」 寝てます。 柾樹 「……たいしたオナゴぞ」 悠季美「なんですか、ユキミドラって」 柾樹 「いい名だ。きっとこの子は大きく育つ。     名付けよう!貴様の名はユキミドラ!!大魔王、ユキミドラじゃ!」 ズパァーン!! 柾樹 「ギャウッ!!」 思いきり、頬をスリッパで叩かれる。 柾樹 「ぬおお、容赦無い……」 何気に攻撃的な感じがする。 柾樹 「痛いじゃないか、何をなさる、俺に、この」 倒置法。 その意味は曖昧ではあるが、倒置法。 悠季美「わたしは生来、この名前で生きてますのよ?     勝手に名前を名付けないでくださいます?」 早く起きた朝、寝起きのために機嫌の悪い悠季美は、 何故か質の悪い貴婦人語だった。 う〜む、寝起きが悪いということが解った。 柾樹 「まあ、それはそれとして。ほうら、コロネでござ〜ますよ夕さん」 夕  「……!」 ガブリ。 柾樹 「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!!!」 指を噛まれた。 というか、噛まれてる。 柾樹 「な、なにをする!痛いじゃないか!     は、離してたもれ!離せっ!離せぇええええっ!!」 悠季美「どこからコロネ出したんですか?」 柾樹 「そこは今ツッコむべきところじゃないだろっ!」 悠季美「解ってますよ、あえて言ってますから」 か、確信犯……ッ!? 柾樹 「ヒドイわユキミドラ!あたいが何をしたと!」 悠季美「そこまで言ってて解らないなら、     随分と立派な脳をお持ちってことですよ」 柾樹 「解ってる。あえて言ったから」 ゴパァーン!! 柾樹 「ゴハァッ!」 首がゴキリと音を奏でた。 柾樹 「何をなさるの?」 悠季美「ヘンに冷静に返さないでください」 柾樹 「いいから、こいつをなんとかしてくれ」 悠季美「手を抜けばいいじゃないですか」 柾樹 「手刀を抜刀しろと?」 悠季美「飛んでる思考を巡らせてないで、真面目に受け取ってください」 柾樹 「任せろ。これでも昔は野球好きだったんだ。受け取るのは得意だぞ」 ズビシッ!! 柾樹 「ギャッ!!」 首にチョップを頂いた。 頚動脈を狙うのがミソである。 悠季美「真面目に話を聞く気は無いんですね?」 柾樹 「そんなものがあるなら、テストの結果で目立たない成績に留まってないな」 悠季美「……そうでしょうね」 呆れ果てて、思い切りに長い溜め息を吐かれてしまう。 なんとも悲しい瞬間だった。 柾樹 「いい加減、離してくれ……」 俺は、空いている片方の手で夕の頭をポンと叩いた。 途端、噛まれている方の手が噛みしめられた。 柾樹 「ギャッ……ギャァアアア!!」 鋭い痛みがボクのおててを襲いました。 思考の最果てで子供の絵日記が展開された。 注意:犬が物を噛んでいる時、    不用意に頭に触れようとすると尚更に強く噛むことがあります。 柾樹 「……犬だったのか、お前は」 悠季美「今の状況からどうやってその答が出るんですか」 柾樹 「まあいいや。ちょっと手伝ってくれ」 悠季美「なにをです?」 柾樹 「解ってて言ってるだろ……」 悠季美「あ、解ります?」 柾樹 「解らいでかっ!!」 悠季美「じゃあ、夕ちゃんのアゴを外しますね」 柾樹 「恐いこと言うな」 悠季美「大丈夫ですよ、このトーテムメリケンで     アッパーカットブレイクでもすれば、たちまち顎の骨が砕けて」 柾樹 「爽やかに喋るな、恐い」 悠季美「じゃあ、口を開けさせますね」 柾樹 「ああ、頼む……って待て」 悠季美「なんです?」 柾樹 「なんだそれは」 悠季美「ワサビです」 柾樹 「………」 悠季美「これで目覚めはバッチリです。     ちょぉっと喋れなくなりますがねェ……クックック……」 いかん。 悠季美が眠気と暑さで暴走してる。 というか、喋れなくなるワサビといえば、叔父さんの……!? こ、これは黙って見ていられん、自力でなんとかしよう! 柾樹 「フルパワァァア……!!」 俺は強引に夕の口を開けて、手を抜いた。 うおお歯形がくっきり! そんな俺には構わず、悠季美が夕にワサビを構える。 柾樹 「やめんかボケッ!!」 ボカッ!! 悠季美「きゃっ!」 柾樹 「何をやっとるんだ何を!!」 悠季美「ワサビです」 柾樹 「答えになってないっ!!」 悠季美「ワサビって、実は体にいいんですよ」 回った目をしながら言われてもな。 柾樹 「お前さ、やっぱり昨日帰るべきだったんじゃないか?」 悠季美「それは違います」 柾樹 「違いなんて訊いてないんだが。でも、8月が終わったら帰るんだよ……な?」 やはり寂しさを感じる。 今月───8月の終わりはもう目前と言っても過言ですらない。 柾樹 「それはつまり、こうして騒げるのももう……」 悠季美「……なに言ってるんですか。     確かに帰りますけど、ここに来るのをやめるわけじゃないですよ」 柾樹 「……まあ、そうだろうなぁ」 心の何処かで、俺は安堵の溜め息を吐いた。 悠季美「その時こそ、マグロの目玉を大量に」 柾樹 「持ってこなくていいっ!!」 悠季美「いけずぅ〜……」 柾樹 「行かず後家」 悠季美「誰がですかっ!!」 柾樹 「いや、言い方がなんとなく似てたから」 悠季美「……不愉快です」 柾樹 「俺は愉快だ」 悠季美「いつか友達無くしますよ」 柾樹 「未来に幸あれィ!!」 悠季美「で?これからどうしてくれるんですか」 あっさりと話題を変えられた。 柾樹 「せっかくだ、俺が昔話をしてやろう」 俺はテーブルに肘を立て、手の甲を顎へと動かした。 これぞ市長スタイル。 柾樹 「って、どこが市長やねん!どこがーっ!!」 悠季美「な、なんですか突然!」 おっとしまった。 つい思考回路にツッコミを入れてしまった。 柾樹 「え〜と、日本むかスィ〜話」 とりあえず語ることにした。 悠季美「無視ですか」 柾樹 「むか〜しむかし、あるところに……」 夕  「あるところってどこ?」 柾樹 「ナイアガラの滝」 悠季美「日本じゃないじゃないですかっ!!」 柾樹 「待て、今のは間違いだ」 夕  「ナイアガラって日本なの?」 柾樹 「というか、いつの間に起きたんだお前は」 夕  「うん、『どこが――っ!!』てところで」 柾樹 「……変な趣味をお持ちで」 夕  「趣味じゃないよぅ」 悠季美「いいから続き、語ってくださいよ」 柾樹 「なんだかんだ言って、気になるのねユキミドラ」 悠季美「そのユキミドラっていうの、やめてください……」 柾樹 「では、続きだ。あるところに、アスモデウスが住んでいました」 悠季美「どんな昔話ですかっ!!」 柾樹 「だぁあっ!もう!揚げ足を取るでない!」 悠季美「だって、どう考えたってアスモデウスは変ですよ!」 柾樹 「なにぃい!アスモデウスは変じゃないぞ!」 悠季美「わたしが変って言ってるのは日本昔話でアスモデウスが出演することです!」 柾樹 「パンデモニウムの方が良かったか?」 悠季美「そういう問題じゃありません!」 柾樹 「なにぃ、ではどういった問題なのだ!?」 悠季美「輪が5つ連なって出来る物は?」 柾樹 「オリンピック」 悠季美「そんな問題です」 柾樹 「訳解らん!!」 悠季美「柾樹さんに言われたくないですね」 柾樹 「ぐっ……いちいち痛いところを突くなぁ……」 凍弥 「まあ事実を否定していても意味は無いだろう」 柾樹 「そりゃそうかもしれ……───ギャア!!」 悠季美「あ、凍弥さん」 凍弥 「モーニン」 サワヤカに挨拶された。 夕  「モーニン♪」 凍弥 「こんな朝早くから何をやっとるんだおのれら」 柾樹 「いや、一呼吸に追求されても」 悠季美「あ、わたし達は被害者です」 柾樹 「そうなんですよ。夕が突然『味付けは塩ォオッ!』って叫んで」 夕  「……人の所為にしないでよぅ」 柾樹 「で、叔父さんは如何なさったの?」 凍弥 「どうして貴婦人語なんだ」 柾樹 「悠季美の影響」 悠季美「人の所為にしないでください」 柾樹 「なにぃ!?事実ぞ!」 悠季美「それで、ホントにどうしたんですか?」 柾樹 「無視すなぁあああっ!!」 凍弥 「お前らなぁ……。それだけ騒いでても理由が解らないのか……?」 夕  「あ、ハイッ!」 夕が手を挙げた。 別に銃を突き付けられている訳ではない。 凍弥 「ハイ、佐奈木さん」 夕  「えっと、柾樹くんの所為」 柾樹 「こらぁあああああっ!!」 凍弥 「当たらずとも遠からずだな」 柾樹 「ええっ!?」 悠季美「あ、それじゃあ……」 悠季美が手を挙げる。 凍弥 「ハイ、郭鷺さん」 悠季美「柾樹さんの所為」 柾樹 「結局俺なのか!?」 凍弥 「まあ、そうだな。100%果汁入りで正解といったところだ」 柾樹 「さっき『当たらずとも遠からず』って……」 凍弥 「気の所為だ」 柾樹 「ぐくっ……」 凍弥 「よし、少し早いが朝メシにするか。何かリクエストはあるか?」 柾樹 「フォアグラ」 凍弥 「帰れ!!」 柾樹 「帰宅指令!?」 夕  「コロネ」 凍弥 「ヘブントゥエルブで買ってこい」 悠季美「トーテムポール」 凍弥 「食せるかっ!!お約束のボケをかますんじゃない!」 柾樹 「ちょっとした冗談ザマス」 凍弥 「……よし、お前らにはレタス盛りを贈呈してくれよう」 柾樹 「ギャアア!!」 夕  「レタス〜♪」 悠季美「どうするんですか!     朝食がレタスだと眠いことこの上無いじゃないですか!!」 柾樹 「俺に言うな!ほら夕!何か言ってやれィ!!」 夕  「レタス、美味しいよね」 柾樹 「ボケ者!!眠いと何もやる気が出ないだろ!?」 夕  「ボケじゃないもん」 柾樹 「だからボケ者と言っているだろう!!」 悠季美「そういう問題じゃないと思います」 凍弥 「冗談だ、騒ぐな」 柾樹 「………」 凍弥 「日本の朝食と言えば焼魚にご飯と味噌汁。今日はこれでいこう」 柾樹 「時間かかりそうですな」 凍弥 「手間のかからん料理など無い」 正論だ。 柾樹 「じゃあ、何処かで時間を潰すか」 夕  「あ、私は凍弥くんのお手伝いするから」 柾樹 「……そっか、頑張れよ」 夕  「えへへ、頑張るよ」 柾樹 「じゃあ、俺達は部屋に居るんで」 凍弥 「ああ、出来たら呼ぶ」 悠季美「あ、わたしも手伝いま」 ボカッ!! 悠季美「いたっ!?」 柾樹 「お前はいいの」 悠季美「あうぅう〜〜……」 ……階段を登る。 すぐ後ろにはブツブツと文句を言う悠季美。 柾樹 「………」 『凍弥くん』、か……。 夕の口から自然に出た呼び方に不安を覚えた。 だけど、それは俺がどうこう出来るものでも、言えるものでもない。 柾樹 「………」 少しずつ。 だけど確実に記憶がハッキリとしてきている。 それは夕の中の夏の終わりを告げるかのように、時間だけがそれを証明している。 もう、残り時間は僅かだ。 暦の上では、夏は明日で終わる。 その後、俺と夕はどうなるんだろう。 ………………。 柾樹 「だぁあっ!!やめやめっ!!」 俺は声に出して、考えを振り払った。 それにより、驚いた悠季美が文句を飛ばす。 それを『やかましい』の一言で却下すると、部屋へ。 柾樹 「………」 悠季美「………」 何故か悠季美も入ってくる。 柾樹 「なんなんだお前は」 悠季美「ヒューマンです」 正論だ。 柾樹 「まあいいか、悠季美」 悠季美「なんですか?」 柾樹 「キャッチボールでもするか?」 悠季美「嫌です」 先ほどの仕返しとでも言うかのような即答っぷりだ。 柾樹 「じゃあ、ゲームでもやるか」 悠季美「あるんですか?」 柾樹 「実はあるぞ」 俺はクレイステーションを出して、ゲームを選ぶ。 柾樹 「格ゲー、落ちゲー、レース。他に、ふたり同時プレイ可能なシューティング。     挙げ句の果てにクイズゲームがあるが」 悠季美「落ちゲーってボケツッコミのゲームですか?」 柾樹 「いや……オチってそういう意味じゃなくてな」 というか、ボケはボケであって、オチとは違うと思う。 悠季美「じゃあレースゲームで」 柾樹 「よしきたっ」 レースゲーム『音速を超越せし者』をセットする。 暫くすると、タイトルが現れた。 2人対戦にして、他にCPUを6人入れる。 よし、機体選択だ。 俺は一番使い慣れているアトマーヘイズを選んだ。 バランスタイプの安定重視の機体だ。 さて、悠季美は……。 悠季美「………」 悠季美は色々と慎重に選んでいる。 パラメーター等を見て、じっくりと。 そして選ばれたのはこのゲームで最速を誇る、イリュージョンウィンドだった。 全てのパラメーターをスピードに託したような機体。 機体を選び終えると、CPUの機体がランダムセットされる。 さて、コースセレクトだ。 場所は……街→農村だ。 このゲームの面白いところは、信号などの障害があることだ。 赤信号なら止まらなければならない。 ……っと、始まった。 それぞれの機体がスタンバイする。 カウントダウンが始まり、ゼロになると一斉にスタート。 ───……した途端、 悠季美の機体が恐ろしい早さで見えなくなった。 このゲームは機体のスピードに加減が無い。 まあ、そこが面白いのだが。 悠季美の画面……まあ、線を引いてすぐ隣だが、 それを見ると早くも『赤信号です、停止してください』と文字が流れる。 ドガシャゴシャゴシャ!! 音声 『ウギャアーーーッ!!』 柾樹 「うおっ!?」 しかし、あろうことか悠季美は信号を全く無視し、車を吹き飛ばし、疾走した。 ……おいおい。 その後、俺の機体をパトカーが追い抜く。 このゲーム、ルールを無視するとしっかりとパトカーに追われる。 そして、それを妨害(例えば機体をぶつけて邪魔する)をすると、 共犯として目をつけられる。 追われるプレイヤーの前にのみ検問が張られたりする、なかなか凝ったゲームだ。 そうこう考えている内に、悠季美の画面に検問が見え……たのだが、 それすらも吹き飛ばし、激走する。 おいおいおい!!そんなことすると……!! 予想していた通り、警察が手段を変えた。 このゲーム、悪行が行き過ぎると『生死問わずモード』が発動して、 なんとしてでも止めようとするのだ。 悠季美「あっ……」 悠季美が声をあげた。 画面を見ると、悠季美の車が警察が地面に張ったオイルで滑り、 大回転しながら田中さんの家に突っ込む。 後、田中家炎上。 柾樹 「た、田中さぁあああん!!」 わざわざ家の名前まで出るのは制作者の拘りだろう。 3秒後、悠季美の機体が再起動。 つい、機体の中の人は不死身ですかとツッコミたくなる。 ───……結局、悠季美は警察に追われまくり、 民家を破壊し、田畑を燃やし尽くしながらも七着目。 俺は六着目だった。 で、栄光の一着目はCPU。 何故かと言えば、勝てないと悟った悠季美が俺の進行を邪魔し始め、 お互いに足を引っ張った結果がこれだ。 ……なにをやっているんだか。 悠季美「うう……柾樹さんの所為で七着です……」 柾樹 「人の所為にするな!大体、俺だって確実に1stルートだったのに、     お前が妨害アイテムを俺にばっかり使うから」 悠季美「アイテムは使ってこそです」 柾樹 「じゃあ峠部分での体当たりはなんなんだ。     あれの所為でふたり揃って落下して、森を炎上させたんじゃないか」 悠季美「道連れが欲しくて」 柾樹 「そんなものに欲を張るな!」 くっ、レースは駄目だ……別のゲームでもやるか……。 柾樹 「次、何がいい?」 悠季美に訊く。 悠季美「クイズです」 柾樹 「よし、やってくれる」 『クイズ〜謎であればこその問題〜』をセット。 2P早押し対戦を選択。 悠季美「クイズには自信があります」 柾樹 「俺も負けないぞ」 さあ、ゲームスタート。 『第一問!!豆腐とカボチャを同時に食すと美味か!それとも涙モノか!!』 柾樹 「知るかっ!!」 悠季美「な、なんですかこの問題!!」 『タイムオーバー!』 柾樹 「って待て!!早すぎるぞ!」 悠季美「……こういうゲームなんですか……?」 柾樹 「い、いや、1Pモードだと、ちゃんとしたクイズなんだ。     2Pをやるのは今日が初めてなんだが……」 ……まさか、こんなにも内容が変わるとはなぁ……。 『第二問!!アオミドロとケンミジンコ、どちらが大きい!?』 柾樹 「知るかぁっ!!」 悠季美「こうなったら───」 悠季美がいちかばちかで対応ボタンを押す。 A─アオミドロ。 ブッブー! 『これは微生物のクイズゲームではないので、ンなこたァ関係ござんせん』 悠季美「うっきゃぁあああああああああああああっ!!」 悠季美、絶叫。 悠季美「壊す!ブチ壊してさしあげますわ!コンチクショォオオオオオ!!」 悠季美がどこからか金属バットを持ち出し、 クレイステーションに襲いかかる。 柾樹 「おわぁああっ!?やめろ馬鹿っ!こんなゲームでも金で入手したんだぞ!」 悠季美「だってだってだってぇえええええっ!!」 柾樹 「落ち着けって、な!?」 悠季美「これが落ち着いておられますかぁあああっ!!     うっきゃぁああああああああああっ!!」 悠季美、大暴走。 柾樹 「くっ、アオミドロやケンミジンコでここまで怒れるオナゴが存在しようとは」 悠季美「どういう意味ですかっ!!」 『第三問!!タマネギとネギは同じ野菜であるか?』 柾樹 「………」 悠季美「………」 こ、これは……。 悠季美「どういう意味でしょう……」 柾樹 「さ、さあ……」 つまりなんだ……? ネギとタマネギは同じ作りなのか、それとも野菜同士として同じなのか。 ……答の趣旨が解らん。 柾樹 「……B?」 カチッ。 ブッブー!! 柾樹 「!?」 『これは野菜のクイズではないので、ンなこたァ関係ござんせん』 柾樹 「───……壊そうか、悠季美」 悠季美「そうですね、柾樹さん」 俺は悠季美が持ってきたバットを借り、ゲームを取り外した。 そして空中に放り、思い切り─── 柾樹 「チェストォッ!!」 ごぱきゃあっ!! ───打ちました。 そして壁に衝突して昇天。 柾樹 「成敗!!」 丁度その時、階下からお呼びがかかる。 声  「柾樹、悠季美ーっ!出来たぞーっ!!」 叔父さんの声だ。 柾樹 「行きますか?」 悠季美「行きましょう」 頷き合って部屋を後にする。 ゲームの処理はまた今度ということで。 俺と叔父さん、夕と悠季美で食卓を囲む。 柾樹 「それではお手を拝借!!」 悠季美「そんなもの、犬に頼んでください」 その『おて』じゃない。 柾樹 「こうしてメッシャァを食せることに大いなる農村の茂雄さんに感謝」 手を合わせる。 悠季美「誰ですか茂雄って」 柾樹 「英雄」 悠季美「どうして農村に英雄がいるんですか」 柾樹 「いつの日にも、英雄は田舎から生まれる」 凍弥 「馬鹿やってないで食すぞ」 柾樹 「アァユゥ・クレイズィイイイイイイイ!!」 悠季美「馬鹿」 柾樹 「真顔で溜め息吐きつつハッキリ言うな」 悠季美「注文が多いですね、どれかひとつにしてください」 柾樹 「魚をくれ」 悠季美「嫌です」 即答だった。 柾樹 「……いただきます」 観念して食すことにした。 もぐもぐ……。 柾樹 「んまぁあああっ!!ちょいと夕さん!!」 夕  「ふぇ?な、なに?」 柾樹 「なんですかこのお味噌汁は!!具が大きいじゃないのザマス!」 凍弥 「ないのザマスって……何語だ」 柾樹 「というか、ワカメがデカイよトニー」 凍弥 「誰がトニーだ」 悠季美「食事中は静かにしてください」 柾樹 「あ、ゴッキー」 悠季美「ひぃやぁあああああああああっ!?」 悠季美が飛び上がる。 もちろん、ゴキブリなど居ない。 柾樹 「うるさいぞ悠季美。食事中は静かにしろ」 悠季美「うぅぐぐぐぐ……!!」 悠季美が顔を赤くして唸る。 ……襲ってくるかな? そう思ったものの、悠季美は黙って魚に取り掛かった。 柾樹 「………」 むう、あやつらしくないな。 まあいいか。 俺も魚に取り掛かる。 もぐもぐ……。 ずずっ……。 もぐもぐ……。 悠季美「魚頭ブラストォオオッ!!」 柾樹 「なにぃいいっ!?」 突如、悠季美が吼えた。 視線を上げると魚頭(うおがしら)。 べちっ!! 柾樹 「ギャア!!」 軽い音だが、けっこう痛い。 柾樹 「な、なにをするか!このたわけ!」 なんのことは無い。 悠季美が焼魚の頭だけを取り除き、それを投げたのだ。 そっちがその気なら……!! 柾樹 「………」 俺はご飯のひと粒を取り、ドシュウ!と発射する。 それが見事に悠季美の頬に付着する。 ハッ!?と気づく悠季美。 だがもう遅い。 柾樹 「あぁンら悠季美サン、頬にオコメツブが付いてらしてよ?     少しは落ち着いてお御食しになられたらいかが?オーホホホホ!!」 声高らかに笑ってやった。 悠季美「〜〜……!!」 またも顔を赤くする悠季美。 さてと、飯に取り掛かベチャッ。 柾樹 「………」 頬に何かが飛んできた。 ぬぐってみる。 柾樹 「………」 ワカメだった。 悠季美「あらあら柾樹サン?     お味噌汁を飲んでいて、どうやったら頬にワカメが付着なさるの?     作法がなってらっしゃらないんじゃなくて?」 や、野郎……!! こうなったらカルボーン魚リアーを贈ってくれる! ───説明しよう! 『カルボーン(ウオ)リアー』とは、その名の通り魚の骨である!! 別に戦士ではないので安心してほしい! どちらかと言えば戦死なのである!! 柾樹  <距離良し方向良し、尚且つ角度も良し!!     唸れ魚魂!!骨になりとも悪を討てィ!!> 魚の骨に野心という名の心を込める。 柾樹 「シュートヒム!!」 ドシュウ!! 魚の骨を悠季美目掛けて狙撃する。 しかし、悠季美に届く前に落下。 悠季美「……ハン?」 肩をすくめられ、鼻で笑われた。 なんか、とてつもなく悔しかった。 仕方無い。 こうなったら下手な小細工は無しだ。 ブンッ!! べちっ!! 悠季美「きゃっ!?」 魚頭を飛ばした。 ……というか投げた。 悠季美「………」 柾樹 「………」 火花が散りそうな程に睨み合う。 お互いに、次の獲物を手探りする。 柾樹  <───抜きな。どちらが早いか勝負だ> 悠季美 <……後悔しても知りませんよ……?> 柾樹 「………」 悠季美「………」 夕  「あっ……」 夕が箸を落とした。 カタン。 柾樹 「!!」 悠季美「!!」 反応はほぼ同時だった。 問題は獲物だ。 そうは思ったものの、俺は迷わず魚の胴体を掴んだ。 悠季美は───同じ!? くっ!!唸れ!魚パワー!! 柾樹 「シャァアアッ!!」 悠季美「てりゃぁあっ!!」 双方共に投球。 と同時に、魚が飛んでくる。 それを紙一重で防御。 いわゆるジャストディフェンスだ。 ベシュウ!! 柾樹 「ギャアア!!」 上手くガードはしたのだが、 魚肉がエメラルドスプラッシュが如く俺に襲いかかる。 腕をどけ、悠季美を見る。 悠季美「………」 平然としている。 そして…… 柾樹 「あっ……」 悠季美の座る椅子の向こうで、頭の無い焼魚が無惨に砕けていた。 避けられたんだね、魚リアー……。 ……なんてことをしてしまったんだろう。 彼(?)に罪は無かった筈だ。 それなのに、戦の武器にしてしまった。 破壊力的には冷刀-秋刀魚剣-(れいとう-ざんまけん-)には究極に劣るが、それは今の問題じゃなかった。 オケラだってミミズだってアメンボだって生きている。 その中でアメンボだけは歓喜乱舞していて、凄まじい速さで水面を滑走している。 よく解らんが、そういうことなのだ。 胸が締め付けられる思いだった。 というか、締め付けられているのは腹だった。 まいった。 おかずの主たる焼魚が粉々だ。 締め付けられるというより、腹が減った。 柾樹 「………」 仕方無いので、ごはんと味噌汁を食す。 もぐもぐ……。 ずずずっ……。 柾樹 「………」 悠季美「………」 悠季美と目が合った。 悠季美「………」 柾樹 「………」 ほぼ同時に溜め息が出た。 食し物を粗末にするもんじゃないなぁ。 しみじみと納得した。 諦めて、もそもそと食し続けることにした。 ちなみに言うと、食後に食物粗末罪でおかずの代わりに叔父さんの説教を喰らった。 Next Menu back