───クズ野郎再び/帰国ブレンドアディオスボンジョリーノ煮込み───
───………………。 カラー……ン……。 カラーー……ン……。 柾樹 「………」 朝。 鐘の音を耳に、俺は目を覚ました。 だが、その目覚めは最悪だった。 頭がズキズキと痛み、体の中の何かがじくじくと疼いている。 その疼きが、俺を苛立たせた。 体を芯から掻きむしられているような疼き。 当然、心地のいいものではなかった。 柾樹 「……顔でも洗って、さっぱりするか」 制服に着替えてから部屋を出て、洗面所に向かった。 が、中に入ろうとした時、バシャバシャと音が聴こえた。 水をかき分ける音。 喩えるなら……そう。 誰かが溺れているような、そんな音だ。 柾樹 「…………?」 が、こんな所で誰が溺れるのだろう。 幻聴だろうか。 そう思って、洗面所の中へ進んだ。 モモンガ「ギャアアアアアア!!」 ばしゃばしゃばしゃばしゃ!! 柾樹 「…………」 モモンガが溺れていた。 洗面台に水を溜め、その中で。 柾樹 「……はぁ」 意識せずとも、我が心から出るは溜め息かな。 呆れながらも、モモンガを救出する。 柾樹 「なにやってんのさキミ……」 もう一度、溜め息を吐く。 水浴びでもしてたのだろうか。 蛇口、自分で捻って。 もはや俺は、こいつをモモンガと思うのはヤメた。 柾樹 「ほいっと」 栓を抜き、水を流す。 その水は臭く、緑色だった。 柾樹 「お前、今まであのままだったのか」 少し罪悪感を覚えたが、あれは正当防衛というやつだ。 噛みついてきたこやつが悪い。 柾樹 「……ん?」 そこで気がついた。 柾樹  「今日は噛まないんだな」 モモンガ「?」 首を傾げている。 柾樹 「会心したのか、そうかそうか」 納得しながら、洗面台を洗う。 所々にまだ、緑色な部分がある。 嫌な状態だ。 さすがにこの状態で水を溜めて顔を洗う気にはなれない。 柾樹 「まあ、別に溜めなくても洗えるが」 このままにしておくと、他の皆様から罵倒乱舞。 と、考えごとをしていると、モモンガが肩に乗ってきた。 ───噛まれる!? そう恐怖したが、 モモンガは鼻をヒクヒクさせるだけだった。 柾樹 「?」 なんだ? 俺の首筋に何か───ってああ!! 思い出した。 道理で昨日、噛まれた筈だ。 原因は昨日のあの焼魚にある。 悠季美が投げた魚が俺の腕に衝突した後。 問題はそこからだ。 拭きはしたが、洗ってない。 と、いうことはだ。 腹を空かせたこいつが我を忘れて噛んできたとすれば、 恐らく飛び散った魚片や香りが首や腕や足に付いていたのだろう。 ……なるほど。 謎は全て解けた。 犯人は……─── 柾樹 「お前だぁああああっ!!」 びしぃっ! ……と、指を差す。 悠季美「なんですか」 そこに居る悠季美。 柾樹 「お前が魚を投げるから」 悠季美「なんですか?まだ根に持ってるんですか?」 柾樹 「俺は執念深いと有名だ」 悠季美「マグロの目玉の方がよかったですか?」 柾樹 「勘弁して」 素直にパタパタと手を揺らした。 まあいいか。 気にせずに顔を洗うことにした。 ばしゃばしゃばしゃばしゃ……。 それが終わると歯を磨き、洗面所を出る。 悠季美「顔くらい拭いていってください」 柾樹 「ツッコんでくれてありがとう」 敢えて、水にしたたりながら出ようとした甲斐があった。 悠季美が放り投げたタオルをキャッチして、顔を拭く。 柾樹 「ふう、いい汗かいたぜ」 悠季美「顔、洗っただけでしょう」 柾樹 「いやなに、俺は顔を洗って、そして拭くとだな。     若りし頃、サッカーに明け暮れていた時代を」 悠季美「昨日は野球と聞きましたが」 柾樹 「気の所為だ」 悠季美「聞きました」 柾樹 「目の錯覚だ」 悠季美「目は関係ありません」 柾樹 「他人の空似だ」 悠季美「関係無いですってば」 柾樹 「夢だ」 悠季美「起きてます」 柾樹 「夢遊病だ」 悠季美「そんな病気、持ってません」 柾樹 「何かの間違いだ」 悠季美「記憶力には自信があります」 柾樹 「幻聴だ」 悠季美「聞きましたって、ハッキリと」 柾樹 「蜃気楼だ」 悠季美「聞いたんですってば。目は関係ありません」 柾樹 「幻覚だ」 悠季美「話を聞いてください」 柾樹 「キッチョムだ」 悠季美「意味が解りません」 柾樹 「そんなことは断じて無い」 悠季美「真面目に聞く気は?」 柾樹 「ナッスィン」 スパァーン!! 柾樹 「ギャウッ!!」 思い切り、スリッパで頭を叩かれた。 悠季美「外道な思考回路を朝っぱらから起動させてないで早く朝ご飯食しましょうよ」 柾樹 「……うへぇ〜い……」 久しぶりに外道と言われてしまった。 柾樹 「というか、モモンガってさ、魚……食すのかな」 モモンガとして見るのは止めてみたものの、やはり疑問は残ってしまうものだろう。 悠季美「そんなことはいいから、ほら早く」 が、あっさりと受け流された。 仕方無しに、促されるがままにダイニングへ。 そこでは既に叔父さんが朝食を作っていた。 凍弥 「おう、おはよう」 振り向きざまに朝の挨拶。 柾樹 「おはようですだ〜……」 俺も挨拶。 悠季美「シャキッとしてください」 柾樹 「すまん、無理だ」 どうにも体がダルい。 あまり寝ていない所為だろう。 というのも、別に悩みの雷雲が晴れないとかそういう類のものではなく、 寝る時間が少なかったのだ。 それもこれも……豆村と柿の所為だ……。 深夜3時まで粘って、俺の部屋で騒いで帰っていった。 その間中、ずっとキッチョムさんの話題で持ち切りだ。 俺がその話題に付いて行けたかどうかは……まあ、言うまでもないと思う。 そんなこんなで睡眠妨害され続け、眠ったのが3時10分という悲しい時間。 お蔭で機嫌も悪ければ頭も痛く、ひどくダルい。 顔を洗った際に、少しはスッキリしたのだが……。 これでは足りぬ。 足りぬのだ。 柾樹 「うー……」 気分から来る疲れでボヤケる視界で、情景を眺める。 ……ん? 夕が居ない。 まだ寝てるのかな。 ───……むう。 何故だか、無償に夕に会いたくなってきた。 よし、会いに行こう。 俺は先程座ったばかりの席を立ち、ダイニングを…… 悠季美「もう少しで出来るそうですけど」 ……出ようとするも、悠季美に止められる。 悠季美「いずこへ?」 訪ねられた。 柾樹 「……男には目指さねばならない場所があるんだ」 適当な言葉を繋いでみた。 悠季美「何処ですか?」 柾樹 「それは言えない」 軽くあしらった。 柾樹 「お前もいつか、解る日が来る……」 悠季美「それなら今、教えてもらってもいいんじゃないですか?」 柾樹 「そしたら楽しみが減るだろう」 悠季美「減ってもいいです」 くっ……!!厄介な!! 柾樹 「気にしてくれるな」 俺はダイニングを出た───ところで、悠季美に捕まる。 柾樹 「なにをなさるの悠季美さん」 悠季美「気になります」 柾樹 「フッ、知りたがりは長生きせんぞ」 悠季美「努力と根性と腹筋で乗り切ります」 柾樹 「……あのな、俺はただ夕を叩き起こしに行くだけだぞ?」 悠季美「……男の目指す場所?」 柾樹 「それは俺が適当に言った、答えのないデマ情報だ」 悠季美「………」 何故か殺意を感じた。 柾樹 「何故、睨むかな」 悠季美「いえ別に」 そっけなく冷血淡々にキッパリと早口に言われる。 柾樹 「………」 悠季美「じゃあ、これを」 柾樹 「ん?」 ポンと手渡される。 柾樹 「……これでどうしろと?」 悠季美「叩き起こすんです」 柾樹 「頭蓋骨が崩壊するわ馬鹿っ!!」 そう言い放ち、悠季美にハンマー(トンカチ)を返す。 悠季美「じゃあ、何で叩くんですか?」 柾樹 「ロバート」 悠季美「それは『叩く』というより『殴る』ですよ」 柾樹 「大差無い」 俺はうんうんと頷いた。 いや、頷く意味など無いが。 柾樹 「お前はどうする?……って、今日来るのか?お迎え」 悠季美「……そうでしょうね、あの親父様が簡単に納得するわけないですし。     多分、今日来ると思います。と言っても、下校してからだとは思いますが」 柾樹 「そりゃあ、こんな朝っぱらから来るわけ」 ピンポーン。 柾樹 「………」 悠季美「………」 来た。 柾樹    「流石はトーテマー」 悠季美   「……関係ないですよ」 柾樹    「さあ出ろ」 悠季美   「柾樹さん、どうぞ」 柾樹    「いやいや、どうぞどうぞ」 悠季美   「いえいえ、順番は守ってこその順番です」 柾樹    「いやいやいや、順番なんて決めてないって」 悠季美   「いえいえいえ、そんなこと」 凍弥    「いいから出ろ」 柾樹&悠季美『ハ、ハイッ!!』 ほぼ同時にビシッ!と敬礼する。 仕方無く、ふたり揃って玄関へ。 ……と、ピンポーンと再び鳴る。 柾樹 「あ、はいはい、今開けますよ〜っ」 カチャッ。 軽快な音と共に、玄関のドアを開ける。 柾樹 「どちら様?」 フェイ「ヘイ!グッドモーニングだねマサキ」 バタン。 ドアを閉めた。 柾樹 「叔父さーん、朝食出来ました〜?」 凍弥 「ああ、出来たぞ。で?誰だったんだ?」 柾樹 「いや、間違い電話」 凍弥 「そうか。じゃあ食すか」 柾樹 「そうですね」 悠季美「いただきます」 悠季美が手を揃えて言う。 フェイ「待てぇえええぃっ!!」 謎の男が家に飛び込んできた。 柾樹 「な、なんだねチミは!非常識にも程があるぞ!!」 フェイ「ヒドイじゃないかマサキ!!久しぶりに来たっていうのにその扱い!!     大体、僕は電話を掛けたわけじゃなく、こうしてこの家を訪ねてッ!!」 柾樹 「うわぁい、よく来たねレイモンド。一緒に青汁でもど〜だい?」 悠季美「わぁ…すっごい適当な言い方。しかもレイヴナスじゃなくてレイモンドだし」 フェイ「マサキ……」 柾樹 「冗談だ」 フェイ「ま、まあいい。今日はひとつだけ、伝えたいことがあって来たんだ」 柾樹 「伝えたいこと?」 フェイ「イエス。僕もようやく嫁を見つけることが出来、     カンパニーを受け継ぐことが出来る。     そうなると、もうこの国には居られない……」 柾樹 「……それってつまり」 フェイ「そう、祖国に帰るよ」 柾樹 「………」 フェイ「今日はそれを伝えに来たんだ。     恐らく、もう会うことも無くなるだろう……。     ……でも、もし会えた時は……───……また、こうして話せるといいな」 フェイが寂しそうに呟いた。 この国に来て、唯一の友達である俺に、ただそれを伝えるためだけに来たのか。 柾樹 「……そうだな。擦れ違った時はお互い、笑ってられるように」 フェイが軽く手を挙げる。 俺もほぼ同時に手を挙げて─── パシィッ!! その手を弾くように叩き合わせた。 柾樹 「元気でなっ」 フェイ「マサキこそ、病気には気をつけてなっ」 それだけで十分だった。 やがてフェイは小さなガッツポーズを決めながら、 この家のドアを閉め、この国から去っていった。 柾樹 「………」 悪くない奴だった。 いろんな意味で、面白い奴だった。 結局、祖国は訊けず仕舞いだったけど。 柾樹 「じゃあ、朝食にしますか」 凍弥 「安心しろ、もう頂いている」 悠季美「美味です」 柾樹 「………」 凍弥 「もちろん、冗談だ」 悠季美「そこまで薄情じゃないです」 柾樹 「じゃあ……どうします?」 凍弥 「寝てるんだろう。起こしてやれ」 柾樹 「………」 結局こうなるわけか……。 まあ、最初からそのつもりだったから別にいいけど。 だが、何か釈然としないものを感じる。 柾樹 「うむぅう……」 少し小言を言いながら、階段を登った。 ……で、夕の部屋の前へ。 柾樹 「えぇと」 トントン。 とりあえずはノック。 ジェントルメンは礼儀を持って行動するものぞ。 柾樹 「………」 しかし、応答は無かった。 柾樹 「夕〜?」 トントン。 再びノック。 ………………しかし、応答無し。 柾樹 「………」 さてどうするか。 柾樹 「起きろぉおおおっ!!」 やはり強行手段しかなかった。 柾樹 「起きろ!起きろ!起!き!ろぉおおおおお!!」 ドンドンドン!! ………………………………。 応答無し。 柾樹 「野郎」 ジェントルメンハート、久しく崩壊。 相変わらず早かった。 柾樹 「入るぞ〜」 カチャリ……と、ノブを回す。 柾樹 「夕?」 夕  「…………ス〜」 思いっ切り寝てました。 柾樹 「起きろ、夕」 夕  「……………………ス〜……」 柾樹 「………」 起きる気配なんぞ、微塵にも感じなかった。 ドスッ! 夕  「きゃうっ!!」 とりあえず地獄突きをしてみた。 見事に起きた。 夕  「あうぅぅうう……」 恨めしそうな顔で俺を睨む。 柾樹 「ぬおお、なんと清々しい朝よ。こんな日は何故だか地獄突きがしたくなるな」 夕  「ならないよぅ……」 柾樹 「じゃあ、行こうか」 夕  「会話に繋がりを持ってよ〜……」 柾樹 「いや、お前がああ言って、俺がこう繋げて」 夕  「強引に繋げろって意味じゃないよっ」 柾樹 「なにぃい、俺は柔軟な思考の持ち主と、近所でも有名だぞ」 夕  「あからさまに嘘だ〜……」 柾樹 「それは無い、安心しろ。嘘つきは泥棒の始まりだからな」 夕  「泥棒」 柾樹 「俺に言うな」 夕  「で、今日の朝食は?」 柾樹 「アジジのヒラキ」 夕  「アジジ!?」 柾樹 「冗談だ、さあ行こう」 夕  「うぅ〜……」 何故か渋る夕の手を引き、階下へ。 夕  「あ、あの……柾樹くん」 柾樹 「ん?」 夕  「私、まだ着替えてない……」 柾樹 「気の所為だ、気にするな」 夕  「ふぇえ……無理だよぅ……」 柾樹 「夕よ……『無理』という字をどう書くか……知ってるか?」 夕  「ふぇ?え……っと……」 少し考える。 夕  「『無くす』って字に『理科』とかの理だよね?」 柾樹 「……そこまで解れば、もう教えることはないな」 夕  「……ふぇ?」 柾樹 「これにて!免許皆伝!!」 ズビシィッ!と決めポーズをキメる。 夕  「な、なにがっ!?」 柾樹 「俺にもよく解らん」 夕  「うぅ〜……無茶苦茶だよ……」 柾樹 「いいから、さあ、食しに行こう」 夕  「う、うん」 と言っても、ダイニングはすぐそこだ。 柾樹 「おまっとさ〜ん」 凍弥 「何語だ」 いきなりツッコまれた。 柾樹 「まあまあ、夕を連行してきました」 悠季美「とうとうお縄につきましたか」 夕  「私、無実……」 柾樹 「犯人はみんな、そう言うんだ」 夕  「うぅ〜……ほんとだもん」 凍弥 「まあ、馬鹿話してないで、いい加減食せ」 悠季美「了解」 柾樹 「妖怪」 夕  「領海」 凍弥 「真面目に返事する気は無しか」 悠季美「わたしはしました」 柾樹 「なにさっ!優等生ぶっちゃってまあ!!」 悠季美「どうしてヒステリック語なんですか」 柾樹 「そこんとこだが、俺にもよく解らん」 凍弥 「いいから食せ。あまり時間、無いぞ」 ピンポーン。 柾樹 「……ん?」 また誰か来たみたいだ。 凍弥 「よし行け柾樹」 柾樹 「どうあっても俺ですか」 凍弥 「何を言う、さっきは悠季美にも言ったろう」 夕  「そうなの?」 柾樹 「うむ、過言ではない」 悠季美「どうしてそこで胸を張れるんですか」 柾樹 「ままま、いいじゃないですかぁ。では行ってくるよトニー」 悠季美「誰がトニーですか」 柾樹 「じゃあドナルド」 悠季美「トニーでいいです」 即答だった。 柾樹 「まあ、冗談だ」 会話を打ち切り、玄関へ。 夕  「誰かな」 何故か夕が付いてくる。 柾樹 「先に食してていいぞ」 夕  「いいよ、ご飯は大勢で食べる方が美味しいもん」 柾樹 「そうか?」 夕  「そうだよ」 まあそれは置いといて。 柾樹 「はい、どなたで?」 カチャリとドアを開ける。 そこには……─── 柾樹 「……何をしに来た」 忘れることも出来ない、あいつが居た。 男  「へ……へへへ、久しぶりだよな、柾樹」 髪はボサボサ、服装はゴチャゴチャ。 だが、この顔だけは忘れない。 男  「な、なぁ……ヘヘヘ、金、貸してくれよ……」 ヘラヘラと笑いながら、そう言ってくるこの男。 今更、何をしに来たのかは知らないが、見ているだけでヘドが出る。 柾樹 「あんたにそんなことをする義理は無い」 だから言ってやった。 それでも男はヘラヘラと笑っている。 凍弥 「なんだ?どうかしたのか……?」 俺の低い声が聴こえたのか、叔父さんが出てきた。 凍弥 「───!」 その顔に憎悪が現れる。 凍弥 「……啓介」 叔父さんが呟く。 悠季美「凍弥……さん?」 凍弥 「来るな、お前はダイニングで待ってろ」 出てきた悠季美に、そう言い放つ。 悠季美には、こんな奴を見せてはいけない。 こいつの所為で、悠季美は男性恐怖症になったんだ。 夕  「この人……誰なの?」 柾樹 「夕、お前も戻ってろ」 夕  「で、でも……」 凍弥 「行け、いいから」 夕  「……うん、解ったよ……」 夕と悠季美がダイニングへ戻ってゆく。 凍弥 「よく、顔が出せたものだな」 啓介 「へへへ、なぁ、金貸してくれよ……なぁ?」 相変わらずヘラヘラと笑う。 凍弥 「……今まで、お前は何をしてきた」 啓介 「あぁ?ンなもん遊んでたに決まってンでしょう」 ふざけた言い回しをして、ケタケタと笑う。 啓介 「そンで、知人の家に転がり込みながら     今まで食ってきましてネ。     だけどあいつら、俺のコト避けるようになりましてネ〜」 何がおかしいのかケラケラケラケラと顎を動かす。 柾樹 「………」 腹が立った。 変わらずにクズだったこの男に対し、沸き上がる怒りを抑えられない。 凍弥 「働けばいいだろう」 啓介 「はぁ?働く?なに言ってンですかぁ?     ンなもん時間の無駄でしょうが。俺ゃね、そんなモンに時間潰したくないの。     楽しんでナンボでしょう?この人生」 凍弥 「………」 ギリッ……と歯が擦れる音がした。 拳が堅く握られている。 啓介 「あぁ、そういや、さっきの声、悠季美かぁ?」 ドクン。 頭がカッと熱くなった。 こいつの口から悠季美の名前が出るのが許せなかった。 啓介 「どれどれ、元気に成長しましたかぁ〜?」 目の前の男が、中に入ろうとする。 柾樹 「……入るな」 それを止める。 啓介 「あぁ?ンだよ、邪魔すんな」 柾樹 「あんたにだけは会わせられない」 啓介 「……ハッ、相変わらずナイト様……ってか?」 柾樹 「あんたの所為で……あんたの所為で……!     あいつは男性恐怖症になったんだぞ……!?     そんな奴に会わせられるわけないだろう!」 俺は殴りかかろうとする自分を必死に抑えた。 啓介 「はぁ、そうですか。そりゃ可哀相に。     なんなら俺が責任とって貰ってやろうか?」 柾樹 「ッ!……この……っ!」 凍弥 「よせ、柾樹」 柾樹 「………っ」 啓介 「そうそう、暴力はいけませんねぇ、暴力は。へへへへへ……」 ニタニタとニヤける。 凍弥 「啓介」 叔父さんが向き直る。 啓介 「あぁ?ンだよ」 凍弥 「消えろ」 啓介 「はぁ?」 凍弥 「お前には、出す金はもちろん、義理も無い」 啓介 「………」 凍弥 「ここに居られても迷惑だ。ここはお前が来ていい場所じゃない」 啓介 「……あぁそうですかい。チッ、貧乏人かよ、シケてやがンな……ったく!     二度と来ねーよ!こんなとこ!ケッ!!」 男は唾を吐き捨て、フラフラと去っていった。 凍弥 「……よし、さっさと朝食を済ませるか」 叔父さんがぐうっと伸びをして、俺に向き直る。 柾樹 「そうですね、でも……」 凍弥 「ん?どうした?」 柾樹 「お互い、恐い顔してませんかね」 凍弥 「……俺はどうだ?」 柾樹 「恐い」 凍弥 「お前も恐いぞ」 柾樹 「………」 凍弥 「………」 柾樹 「しばらく、ここに居ますか」 凍弥 「そうだな」 笑い合い、空を見上げた。 凍弥 「いい天気だ」 玄関前の段差に腰掛け、叔父さんが呟く。 俺も段差に腰掛け、改めて空を見上げた。 見上げた空はどこまでも蒼く、澄み切っていた。 雲ひとつ無い空。 遠くに見えた飛行機を目で追ってみた。 柾樹 「い〜い天気ですね……」 思わず出る言葉。 なんの抵抗もなく言える言葉。 そこに当たり前の日常があることを、俺は嬉しく思った。 だからこそ思う。 柾樹 「……ずっと、続けばいいって思ってた……」 凍弥 「うん?」 柾樹 「こんな、なんでもない日常が……さ」 凍弥 「……そうだな」 今日で終わる季節。 季節の終わりがこんなに悲しく感じたのは初めてだった。 今日、この季節の中にあった、一握りの当然が無くなる。 それはもう、俺の中で確信に変わっていた。 悲しいのは確かだけど、でも……俺の心の中はとても穏やかだった。 それはきっと、この季節が俺にとって最高の思い出になるからだと思った。 風の人格の消滅は防げない。 それが解っているからこそ、俺は普通の日常を選んだ。 もがいて繋ぎ止めるんじゃない。 あがいて形作るんじゃない。 ただ普通に、俺らしく、素直になって……。 その上で、俺は少女の隣に居たいと思えるようになった。 『なにがいいか』じゃなくて、自分が歩きたい道を、どれだけ素直に進めるか。 それがどれだけ大事かを叔父さんに教えてもらった。 それは、叔父さんが昔話のように話してくれたこと。 子供の頃からその話を聞く度に、俺は素直になれたんだと思う。 勇気を持って、現実を真っ直ぐ見つめて。 その上で、その先に見える幾つかの道を歩いてゆく。 欲しいのは運命じゃない。 辿りたいのは意志の無い道じゃない。 変わり続ける未来を歩き、宛は無いけど可能性がある道を歩いてゆく。 いつだって、俺はそれを望んでいた。 その先になにがあるのかは決まっていないけど、 だからこそ希望を持って、歩いてゆけるのだと俺は思う。 そんな季節や時間。 そして、そんなことが考えられるこの場所が好きだった。 柾樹 「………」 ……見上げた空はどこまでも蒼く、澄み切っていた。 濁りの無い、綺麗な空。 遠くに見えた飛行機雲を目で追ってみた。 それはずっと遠くに連なっていて、その先は見えなかった。 ……どこまでも遠く続く空に憧れたことがある。 それは蒼い季節に眺めた情景。 常にそこにあって、身近に思えるけど遠い空。 俺はその空の果てを目指して走っていた。 くだらない昔話だ。 辿り着けないことなんて、自分が一番解っていた。 だけど、その空には何かがあるんだと思っていた。 それはとても暖かく感じる何かだった。 そこに何かの意志がある気がして……俺は走った。 その時感じた『何か』がなんなのか、俺にも解らない。 なんて言えばいいんだろう。 やさしさ……? 暖かさ……? それとも悲しみ……? まるで、そこに人が居るような……。 ……いや、そうじゃない。 空自体が人であったような、そんな感覚だった。 今思えば、本当に妙な話だ。 だけど、だからこそ……今、この瞬間がある。 だからこそ、幼かったあの日……俺は空に願ったことがある。 それが今は側にあって、俺はとても幸せだった。 あの丘から空を見上げた、雪の降るあの日。 この空はきっと願いを叶えてくれる。 俺は何故だかそう思った。 理屈がどうとかじゃない。 白い空を見た瞬間、俺はそう思えたんだ。 例えば春。 綺麗に咲いた桜の葉を見た時、やさしい気持ちになれたように。 例えば秋。 風が途切れた世界で、ふと見上げた静かに光る月。 寒くなってゆく季節の中で、微かな月の暖かさを感じることが出来たように。 例えば冬。 真っ白な世界の中を駆けた季節。 空からこぼれる雪の結晶に悲しみを感じたように。 それはまるで、初めからそこにあったかのように、この世界を見守っていた。 吹き始めた風はやさしく、とても心に暖かかった。 ……空から始まる物は空に還る。 ふと、頭に浮かんだ言葉。 浮かんだものの、意味なんて解らなかった。 でも……だとしたら、 大地から始まる物は大地に戻れるのだろうか。 ……多分、俺にはその答えは見つけられないと思う。 そう、どれだけ時間が経っても。 柾樹 「………」 ……………………………………………………時間? 柾樹 「おぉゎああああああああああっ!!」 もの凄い時間だった。 慌てて家に戻り、鞄をひっ掴む。 そして自分の皿の料理を摘めるだけ摘み、家を出る。 柾樹 「行ってきます!!」 転けそうになりながらも、俺は懸命に走った。 凍弥 「気をつけてな〜」 叔父さんの声を背に、通い慣れた町並みを駆ける。 そして、最後の夏の日が始まる。 Next Menu back