───不安の日常/一生懸命の強がり───
慌てて教室に転がり込んだ時には既にチャイムが鳴り響いていた。 が、幸いにも柿は居なかった。 柾樹 「……はぁ……っ!はぁぁっ……!!かっ……柿は……っ……?」 退屈そうに座り込む刹那に訊いてみた。 刹那 「……俺もよく知らん」 刹那はそっけなく答えた。 柾樹 「なにぃい、貴様それでも情報屋か」 刹那 「……なんていうか、情報集める気力が……」 出ないんだよねぇ……と、溜め息と同時に吐く。 刹那 「……なぁ……郭鷺、まだ怒ってたか?」 柾樹 「……それは俺にもよく解らん」 刹那 「そうか……」 机に突っ伏す刹那。 刹那 「……寝る」 そう呟いて、瞼を閉じた。 柾樹 「グンナイ、トニー」 刹那 「まだモーニングだ」 その会話を最後に、俺も席に着いた。 その直後、悠季美と夕が入ってきた。 ……ぬおお、忘れてた。 悠季美「まぁ〜さぁ〜きぃ〜さぁ〜んんん〜ッッ!」 悠季美がせまってくる。 その表情は絶対なる怒気を糧に、そこに醸し出されているようだった。 ……生命の危機を感じた。 どうしよう。 いや、まだ距離はある。 ここで何かしらの手を打とう。 俺はケシゴムを手に持ち、豆村の後頭部に目掛けてシュートヒム。 ゴス。 豆村 「ギャア!?」 軽い音をたてて、ケシゴムは方向を変えて床に落ちた。 豆村 「だ、誰ぞ!俺の眠りを妨げる奴ァ!!」 豆村が席を立ち、キョロキョロしながら移動する。 その瞬間、豆村の肩が悠季美の肩に軽く衝突する。 豆村 「ウィ?」 向き直る豆村。 豆村 「ギャア!」 その後の展開が予想出来た彼は叫んだ。 悠季美「きゃぁあああああああああっ!!」 ゴパァアアアアアン!! そして大地に沈んだ。 柾樹 「気は落ち着いたか」 悠季美「はぅう……またやっちゃった……」 柾樹 「そう落ち込むな、いつものことだ」 悠季美「……こんな常識、欲しくないですよ」 夕  「うわぁ……大丈夫かな、この人」 柾樹 「3歩くらい歩けば甦るだろう」 悠季美「気絶してるから歩けませんよ。それに、どうして歩数単位で復活なんですか」 柾樹 「よく言うだろう。馬鹿と鶏は3歩歩けば忘れるって」 悠季美「言いません」 柾樹 「言え」 悠季美「どういう理屈ですかっ!」 柾樹 「理屈ではない、信念だ」 夕  「そういうのを屁理屈って言うんだよ?」 柾樹 「違う、ただの言い逃れだ」 夕  「……さっきから自分の首、締めてない?」 柾樹 「俺は自殺志願者じゃないぞ?」 夕  「そういう意味じゃなくて……」 柿崎 「席に着け〜」 話の途中、柿が現れた。 柾樹 「柿が来た、席に着け」 悠季美「そこ、わたしの席です」 柾樹 「席替えしたんだ」 夕  「ふぇえ、そうだったんだぁ……」 スパァン!! 夕  「きゃうぅっ!!」 悠季美「信じないでくださいっ!」 夕  「ふえぇえ……じゃあ何を信じろと……」 柾樹 「ドナルドでも信じてろ」 夕  「ヤ」 柾樹 「一言で打ち切るなっ!」 夕  「白顔アフロピエロ、ヤだもん」 柾樹 「ドナルドマジックをナメるな」 夕  「それやられる度に叩かれてるのは私だもん」 柾樹 「お前がボケだからだ」 夕  「ふぇえ……ボケじゃないもん……」 柾樹 「ボケ者」 夕  「そのパターンはもういいよぅっ!!」 柾樹 「なにぃ、いいのか。なら天地崩壊的アルティメットボケ」 夕  「悪化してる!どうしようもないほどに悪化してるよっ!!」 柾樹 「タラララスッタンタ〜ン♪夕のレベルが上がった!!     爵位が1上がった!ボケ者になった!     タラララスッタンタ〜ン♪夕のレベルが上がった!     爵位が5上がった!天地崩壊的アルティメットボケになった!     タラララスッタンタ〜ン♪夕のレベルが上がった!爵位が」 悠季美「いつまでやる気ですか」 柾樹 「止めてくれてありがとう」 夕  「ロクな爵位が無かったよぅ……」 柾樹 「というか爵位か?」 悠季美「自分で言わないでください」 柿崎 「席に着けって言っているんだが……」 柾樹 「やあ柿さん」 悠季美「柿さんと姉さんって、字が似てますよね」 柾樹 「ぬおお、本当だ。ありがとう、またひとつ勉強になったよ」 柿崎 「礼はいいから座れ」 柾樹 「俺は座っている」 悠季美「わたしの席です」 柿崎 「またこのパターンか……」 柾樹 「俺、焼そばラーメンなんて受け継ぎたくなかったよ」 悠季美「わたしも連休に旅館の手伝いなんて」 柿崎 「リピートすなっ!」 柾樹 「仕方の無い、さあ座れ、悠季美」 隣の席を勧める。 悠季美「………」 悠季美が無言で座る。 ……俺の膝に。 柾樹 「……どうしろというのだ」 悠季美「退いてくれませんでしたから」 柾樹 「黒板が見えないぞ」 悠季美「どうせ勉強してませんし」 柾樹 「このまま寝るぞ」 悠季美「よだれ付けたら殺しますよ」 柾樹 「………」 殺る気は上々だった。 どうしよう。 柾樹 「どうしたら良いと思われますか、柿ピー」 柿崎 「誰が柿ピーだ。もうそのままでもいいから、HR始めるぞ」 柾樹 「え?な、なにっ!?そんなことは神が許さんぞ!     い、いや!神はいずれ俺がチェーンソーで……     あぁあ!いやいやいや!神は頼りにならんし……     だぁああっ!どうすりゃいいんだ俺はぁあっ!」 夕  「ねぇ柾樹くん。『しっぺがえし』って知ってる?」 柾樹 「……敢えて知らん」 夕  「わっ、現実逃避した……」 柾樹 「俺は虚構が好きなんだ」 柿崎 「ほら、佐奈木も席に着け」 夕  「あ、は〜い」 柿崎 「では、ホームルームを始める」 柾樹 「待て!戻るから待ってくれ!」 さすがにこの状態で始める気にはなれなかった。 悠季美「今回はわたしの勝ちですね」 柾樹 「勝負は勝ち負けじゃない」 悠季美「その割には悔しそうですけど」 柾樹 「悔しいぞ」 悠季美「随分と正直ですね」 柾樹 「俺はご近所でも選りすぐりの正直者で有名だ」 悠季美「そんな噂、聞いたこともないですよ」 柾樹 「伝説の噂なんだ」 柿崎 「席に着けっつーの」 ゴスッ! 柾樹 「ギャッ!」 出席簿の角が俺の頭を襲った。 柾樹 「ギャアア!!教師が暴力を!!」 岡田 「先に進まん、席に着け〜」 柾樹 「何を言う、岡田よ。悪は彼奴ぞ」 佐藤 「シュガー!!」 それは砂糖だ。 しかも関係無い。 柾樹 「………」 俺もいい加減、席に着くことにした。 柿崎 「では改めてホームルームを始める」 いつものように出席を確認してゆく。 もちろんみんなが真面目に答えたかは考えるまでもない。 そして訪れた一時限目。 江藤 「アァ〜ン……では、この訳を……霧波川クン」 柾樹 「ワタァシ、ニポンゴワッカリマセェ〜ン!!」 俺はフェイの真似をして、おどけた。 江藤 「大丈夫、コレ、英語ですから」 ぬう、その訳をするための日本語が解らんという、俺の心意気が解らんのかメガネめ。 悠季美「………」 スッと、隣からメモが届けられた。 ありがたい。 えぇと、なになに……? 『自分で考えてください』 柾樹 「なら渡すな!!」 つい大声でツッコンでしまった。 江藤 「……立ってなさい」 キッパリと指定される。 柾樹 「座っちゃ駄目ですか?」 江藤 「駄目です」 即答だった。 仕方無い、立っていよう。 柾樹 「………」 江藤 「………」 柾樹 「………」 江藤 「どうしました?」 柾樹 「どう、って……立っております」 自分で言っておいてなんザマスかアータ。 江藤 「私は廊下で立ってなさい、と言ったの」 そんなことはアオミドロ小程度にも耳を掠めていない。 柾樹 「なにぃ、そんなことは聞いていませんぞ!」 江藤 「いいから、言ったんだから立ってなさい」 くっ、こういう時の教員は融通がきかないから嫌いさ! 柾樹 「そこまで言うなら……刹那!出番だ!」 刹那 「っしゃぁ!任せろ!」 ……カチッ。 『……なら渡すなぁああああっ!!  ………………立ってなさい』 柾樹 「どうだ!驚きのあまり、声も出まい!!」 刹那 「謂れのないことで優位に立とうったってそうはいかんぞ!」 柾樹 「ふはははははは!!」 刹那 「なぁっはっはっはっはっはっはぁっ!!!」 刹那がコンパクト録音テープを仕舞う。 そしてふたりして笑う。 江藤 「ふたりとも、廊下で立ってなさい」 柾樹 「……ハイ」 刹那 「了解」 言い改められれば、それはそれで終わりだった。 江藤 「それと、このテープは没収しておきます」 ひょぃっ、とテープを奪われる。 柾樹 「ああっ!証拠が!」 刹那 「おのれ職権乱用!!」 ギャーギャーわめきながらも、廊下に締め出された。 柾樹 「………」 刹那 「……とんだ巻き添えだ」 柾樹 「う〜む、教師は強いな」 刹那 「職権乱用とは恐れ入った」 柾樹 「さてどうする」 刹那 「立ってよう」 柾樹 「そうだな」 教師に刃向かってみるのも悪くない気がした。 一時限目戦況報告:締め出された。 二時限目。 体育。 しかもこの暑いのにマラソンだった。 というか、俺達が走っていただけだった。 柾樹 「うおおおおお!!青春ンンンン!!!」 刹那 「キェエエエエエエ!!青春ンンンン!!!」 豆村 「ぬおおおおおおおおお!!青春ンンンン!!!」 がむしゃらに走る。 茂木 「こらぁっ!お前らっ!誰がマラソンしろと言った!」 豆村 「俺が言った!だから許す!!」 刹那 「っしゃあ!よく言ったビーン!音速を越えて塵と化すぜぇえええっ!!」 豆村 「誰がビーンだうらぁあああっ!!」 茂木 「こらっ!止まらんかぁあっ!!」 柾樹 「はっはっはっは、こっちだよハニー!」 茂木 「誰がハニーだ!!こらっ!待たんかぁあっ!!」 俺達は体育教師・茂木を無視し、走り続けた。 二時限目戦況報告:息切れと脱水により、倒れた。 三時限目。 科学系実験。この時点で見事な復活を果たした。 乾  「では、各自例に従って実験を……コラそこっ!!勝手に実験をしないっ!」 豆村 「黙れ!俺は誰にも従わん!!我は風!風が如き男ぞ!!」 刹那 「っしゃあ!よく言ったビーン!それでこそ男だ!!」 柾樹 「で、納豆菌の作り方は……」 悠季美「作れないと思いますが」 柾樹 「『無理だと思うから無理なのだ。     汝、どのような時も希望を持ちて進まん』。素晴らしい言葉ぞ」 夕  「誰が言ってたの?」 柾樹 「俺」 豆村 「キッチョムァアアアアアアアッ!!」 岡田 「ギャア!やめろ豆村!アンモニアを振り回すな!」 三時限目戦況報告:当然締め出される。 四時限目。 美術。 馬島 「では、今日はモデルをひとり抜擢して、その絵を描きましょう。     では……そうですね、豆村くん」 豆村 「ええっ……?そ、そんな……アタイ、モデルなんて……」 馬島 「さ、そこに座って」 豆村 「無視ですか」 刹那 「よし、上手く描いてやるからな」 豆村 「任せた」 馬島 「では、始めてみましょう」 渚  「せっ、先生!豆村くんがっ!」 馬島 「な、なにっ?どうし…きゃああ!な、な……どうして服を脱ぐんですか!!」 豆村 「何故ってアンタ……フンッ!モデルといったら……フンッ!!     ヌードデッサンじゃあ……フンッ!!!」 馬島 「いいからっ!パンツ一枚でポージングを決めるのはやめなさいっ!!」 豆村 「よう見とくんやで刹那!柾樹!!これが浪速の商人の生き様やぁっ!!」 刹那 「きゃああ!ステキよビーン!」 柾樹 「度胸満点さビーン!!」 馬島 「さっ、三人とも廊下に立ってなさーいっ!!」 ズシャア!と締め出された。 豆村 「キャアア!ちょっと馬島ちゃん!ギャラも出さんと閉め出すなんて!     これじゃあステージに立ったアタイの硝子細工のハートとプライドに傷が」 馬島 「黙りなさいっ!!」 豆村 「いやぁん!怒らないで!小ジワが増えますわよ!?」 ぴしゃんっ! 閉められた。 豆村 「……むう、純でウヴな馬島ちゃんにはちょいと刺激が強かったか」 柾樹 「パンツ一丁で語られてもな」 豆村 「だって馬島ちゃんが服、返してくれないし」 四時限目戦況報告:やっぱり締め出された。 五時限目。 自習。 柾樹 「むう、まさか自習になるとは」 豆村 「つまらん」 刹那 「相手が居ないと、どうにもなぁ」 悠季美「あれだけやって、まだ気が済まないんですか」 刹那 「うぃっ!?あ、いや……」 柾樹 「………」 まだ、刹那は悠季美に後ろめたい心持ちのようだ。 夕  「ねねね、柾樹くんっ、一緒に勉強しない?」 柾樹 「夕……。『自習』という字をどう書くか知ってるか?」 夕  「自習」 正論だ。 柾樹 「『自分で習え』と知れ。     つまり、自分が今、やりたいことをやればいいんだ」 夕  「柾樹くんと勉強したい」 柾樹 「ヤ」 夕  「真似しないでよっ」 柾樹 「勉強ヤだもん」 豆村 「まあ待て、学ぶものを勉強とするなら、適当に学んでおけばいいんだ」 柾樹 「……おお、なるほど。夕、いいぞ。一緒に勉強しよう」 夕  「わわっ、ホント?」 柾樹 「ああ、もちろんだとも。題して!アオミドロ観察日誌!!」 夕  「ヤ!!」 柾樹 「どうしろっていうんだお前は!あれもダメこれもダメ!     そんなことで世の中を渡っていけると思っているのかね!」 夕  「私がしたいのはフツーの勉強だよ」 柾樹 「観察日誌だって立派な勉強だ。その標的のことを学ぶんだからな」 悠季美「嘘も方便」 柾樹 「嘘じゃない」 夕  「うぅ〜……でも微生物はヤだよ……」 柾樹 「……それもそうだな。じゃあ豆の観察でも」 夕  「一時間で急な成長を遂げる豆なんて無いよ……」 柾樹 「ぐあ……そうか……。何か無いだろうか……何か……」 悠季美「………」 刹那 「………」 柾樹 「………」 夕  「………」 豆村 「……何故、俺を見るかな」 柾樹 「…………豆」 刹那 「常に行動している豆……」 悠季美「喋る豆……」 夕  「歩く豆……」 豆村 「み、見るな!俺をそんな目で見るな!」 豆村がジリジリと後退しながら言う。 柾樹 「夕……ノート」 夕  「……うん」 ゴソゴソと机を探り、ノートを取り出す。 豆村 「待て!どうして静かな会話で行動してるんだ!」 柾樹 「……豆村、疑問。状態:怒り……」 カリカリ……。 豆村 「や、やめろ!書くな!書くなぁああっ!!」 柾樹 「……豆村、叫ぶ。状態:脅えに移行……」 カリカリ……。 豆村 「や、やめろぉおおおおおおおっ!!!」 ガラァッ!! ドタタタタタタ……。 柾樹 「豆村、逃走!追うぞ、夕!!」 夕  「うん!」 俺と夕は連れ立って、豆村を追うことにした。 行動は迅速に。 だが、静かに。 常に先回りをして行動に移る。 ───一階廊下─── 豆村 「こ、ここまで来れば……」 柾樹 「豆村、安堵の溜め息。状態:不安……」 豆村 「うおわっ!?」 柾樹 「豆村、驚愕。状態:ハートドキドキ……」 豆村 「か、書くなぁあああっ!」 豆村は逃げ出した。 柾樹 「豆村、逃走……と。さて、次のポイントは……」 ───空教室ベランダ/中庭─── 夕  「……あ、ホントに来た。     えぇと、豆村くん、柾樹くんの予想通り、中庭に到着。状態:疲労気味…と。     ……あ、キョロキョロしてる。これも書いておこっと。     ……わっ!目が合った!わわわ、逃げた!!     え、えっと、豆村くん逃走。えぇっと、次のポイントは……」 ───男子トイレ─── 豆村 「はぁっ、はぁあっ……!!くそっ!どうして行く先々に……!」 ぎぃぃぃぃ…… 豆村 「!?」 突如、用具入れが勝手に開いた。 柾樹 「……豆村、男子トイレに逃走……。のち、びっくり仰天……」 豆村 「ギャアアアア!!」 ───体育館・用具室─── 豆村 「こ、ここに隠れてりゃ、見つけられっこ無いよな……」 声  「……豆……ん、……通りに……」 豆村 「ヒィッ!?だ、誰だっ!!」 夕  「ふえ?あ、見つかっちゃった」 豆村 「さ、佐奈木!?ど、どうしてここに!」 夕  「柾樹くんがここで待ってろって。     すごいんだよ、次に何処に行くか先に全部教えてくれたの。しかも全部的中」 豆村 「な、な、な……」 行動は全て見切られていた。 豆村 「ち、チクショーイ!!     そっちがその気ならこっちだって裏を掻いて度肝を抜いてやらぁああっ!!     おぼえてたもれコンチクショォオオ!!」 ………………。 夕  「……スゴイ……捨てゼリフまでピッタリ……」 妙なところで感心した。 ───一階廊下─── 夕  「あ、柾樹くん」 柾樹 「よう、夕」 俺達は一階廊下で落ち合った。 夕  「今度はここで良かったんだよね?」 柾樹 「ああ、間違い無い。ひと騒動起きるが、気にせずに日誌をつけろ」 夕  「……え、えっとさ、少し気になってたんだけど」 柾樹 「うん?なんだ?」 夕  「これ、『日誌』なのかな」 柾樹 「『分誌』の方が良かったか?」 夕  「うぅ〜……そういう問題じゃないと思うけど」 柾樹 「───しっ!」 夕  「ムムッ!?」 俺は凄まじい速さで夕の口を手で塞いだ。 柾樹 「……見ろ、来たぞ」 夕  「ム……?」 夕がゆっくりと廊下の先を見る。 そこには酷く警戒した豆村が居た。 挙動不審というか、なんというか……。 夕  「プハッ……あ、入った」 豆村は無謀にも、職員室へと滑り込んだ。 夕  「……もしかして、ひと騒動って……」 柾樹 「ああ、このことだ」 俺達はただ、その時を待った。 そして……! 声  「こらっ!そこで何をしているっ!」 声  「ギャア!そこの汝、騒ぐんじゃねェーッ!!」 声  「今は授業中だろう!担任は誰だね!?」 声  「俺ァ何もしちゃいねェぜ!?むしろ平和を愛し」 声  「いいから、こっちに来なさい!」 声  「ギャアワワァアア!!聞く耳持たずですか!?     この務所に慈悲は無いのですかーっ!俺は無実ぞ!?だ、誰か!誰かーッ!     この俺に慈悲をーッ!!カツ丼なんざ欲しくねェーッ!!」 捕まった。 柾樹 「……豆村、職員室にてお縄につく……と」 五時限目戦況報告:日誌はそれで締めくくられた。 そして、ようやくホームルーム。 柿崎 「では、ホームルームを始める」 柿の言葉で、それは始まった。 ……が、それもすぐに終わった。 刹那 「我、解放されたし!」 柾樹 「故に待つのは帰宅の喜びぞ!」 悠季美「待ってください」 柾樹 「待たぬ!」 夕  「帰っちゃ駄目だよぅ」 柾樹 「俺が許す!」 悠季美「今日、わたしと柾樹さん、掃除当番です」 柾樹 「なにぃ、そんな大業、豆村にでも譲っておあげ」 夕  「……捕まってるよ」 柾樹 「あ」 思い出した。 柾樹 「……仕方無い」 諦めて、学校独特のほうきを手に取る。 柾樹 「まずは邪魔者の掃除でも……」 俺はほうきを構え、放課後なのに帰らず、 友人と会話を弾ませているクラスメイトに襲いかかった。 柾樹 「森へお帰りぃいいいやぁあああああっ!!」 岡田 「森!?……ギャアアアア!!」 柾樹 「面!」 ベキッ! 岡田 「ギャウッ!」 柾樹 「小手ぃえぇえええええっ!!」 ベチベチベチベチ!! 佐藤 「ギャッ!ギャッ!!」 柾樹 「サミング!」 ドチュッ!! 沢峰 「ぎゃぁああああああああああああ!!!!!」 柾樹 「おらおらおらおらぁっ!!けぇれけぇれっ!!」 クラスメイトが慌てて逃走する。 沢峰 「なんで俺だけサミングなんだよぉおおおっ!!」 そんな日常の中で、沢峰が不満を漏らしていた。 地獄突きの方がよかったのだろうか。 なんにせよ、掃除をしてしまおう。 刹那 「じゃ、俺も邪魔になると悪いから帰るわ」 柾樹 「ああ、チェリオ〜」 刹那 「チェリオ〜」 刹那が出ていった。 夕  「……チェリオってなんだろ……」 柾樹 「よし、準備はいいな?」 悠季美「いつでも来いです」 夕  「私も手伝うよ」 柾樹 「心強い、じゃあこの蝿叩きを」 夕  「……え?」 掃除じゃないの?と続ける夕に『今に解る』と言い、俺達は掃除を始めた。 カタカタカタ……。 柾樹 「………」 カタカタ……。 柾樹 「どうでもいいが、このほうきのカタカタって音、なんとかならんかなぁ……」 悠季美「そういう作りですから」 柾樹 「それはそうだが……なんだか必要以上にカタカタ鳴るような気がするぞ」 夕  「気にするより頑張ろ?」 柾樹 「……そうだな、スパッと済ませるか」 ──────!! 柾樹 「………」 悠季美「………」 夕  「?」 教室に緊張が走る。 柾樹 「……悠季美」 悠季美「解ってます……」 小声で言葉を交わす。 夕  「な、なに?なんなの?」 困惑する夕に、顎で視線を促す。 夕  「え?上ぃゃぇえいっ!?」 天井の隅を見た夕が、確認とともに奇妙な悲鳴をあげた。 そう、奴の名はゴキブリという名のゴッキー。 よほどの鍛錬者じゃなくては、奴に慣れるなど不可能だ。 そうなると、お台所の主である主婦は強い。 ……もっとも、毎日台所に立っていればの話だが。 柾樹 「………」 この状態、あそこまで届く武器は、この長柄ぼうきしかない。 まずこれで落として……! 柾樹 「ハイッ!!」 ドカッ! ほうきの柄で、ひと思いに突く。 しかし攻撃は察知され、避けられた。 柾樹 「チィッ!さすがにやるなっ!」 ゴキブリの攻撃。 彼奴は飛行した。 悠季美「きゃああああっ!!」 ダメージは相当なものだった。 というか、何故ゴキブリはこちらに向かって飛んでくるのだろう。 もしや、我らヒューマンが驚くことを知っているのか。 ……だが、その慢心が命取りだ。 柾樹 「夕っ!」 夕に向き直る。 夕  「ふぇっ!?え?え?」 夕も気が動転しているようだ。 柾樹 「ちょっとそれ貸せ!」 蝿叩きを半ば強引にひったくる。 柾樹 「この世に留まりし大いなる打者の魂よ。その力、今一時だけ我に与えたまえ…」 そして構える。 柾樹 「逝ってらっしゃい旦那様ァーッ!!」 ゴパァァアアアン!! 標的に向かい、思い切り振り抜くと、彼(?)は外に広がる景色へとダイブした。 柾樹 「……つまらぬものを打ってしまった」 時代劇さながらに小さく息を吐いた。 ミッションは完了した。 柾樹 「よし、掃除を再開するぞ」 悠季美「誰かに会うんですか?」 柾樹 「『再会』じゃない。くだらんボケは却下します」 悠季美「……いつも自分がくだらないくせに」 柾樹 「夕、悠季美ちゃんがいじめるんだ、俺に変わって精米してくれ」 夕  「ふぇっ!?精米!?悠季美ちゃんってお米だったの!?」 悠季美「ボケやってないで、掃除してください」 柾樹 「悠季美、お前を食っていいか?」 悠季美「米と決めつけないでください」 柾樹 「ちなみに、さっきのは精米と成敗をかけてだな」 悠季美「詳しく説明しなくていいです」 柾樹 「ハラペコなんだ」 悠季美「だからって食人鬼に成り下がる気ですか?」 柾樹 「そんな気はさらさら無いな」 悠季美「はぁ……」 溜め息を吐かれてしまった。 夕  「……ほーき」 夕は夕で、ほうきと戯れていた。 ……まあ、早い話が掃除していた。 『ほーき』という発言には若干疑問を感じるところだが。 柾樹 「三人がかりでやってるのに、どうしてこんなに時間がかかるんだ」 悠季美「遊んでいるからだと思います」 柾樹 「……俺はいつだって懸命だ」 悠季美「御託はいいからさっさと掃除してください」 柾樹 「………」 ヒドイや悠季美ちゃん。 柾樹 「よし!こうなったら手分けして終わらせよう!」 夕  「うんっ」 悠季美「いままでどうやって終わらせるつもりだったんですか」 柾樹 「揚げ足を取るでない!まず悠季美はチリトリとミニぼうきを手に!」 悠季美「妥当な分担ですね」 柾樹 「夕はほうきでゴミやホコリを集めてくれ!」 夕  「りょ〜かい!」 柾樹 「うっしゃぁ!いい返事だ!帰宅は俺に任せろ!」 ゴキィッ!! 柾樹 「いぎゃぁぁあああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!」 相当に鋭い痛みが後頭部を襲う。 頭部への刺激は、毛髪の活性にいいらしい。 近所にお住まいの薄い方なら喜ぶだろうが、俺はそれどころじゃなかった。 あまりの痛さに床を転がる。 柾樹 「ホオォォォオオオォォォォッ!!     ふぉおおおおおっ!!ハオォオオオオッ!!」 ごろごろごろ…… 夕  「わわっ……転がってる……」 悠季美「……クリティカルヒットでした……」 涙目ながらの視界で悠季美を見ると、 その手にはかつてのトーテムブリンガーが握られていた。 あれが俺の後頭部を正確にとらえたのだ。 その痛みは尋常じゃなかった。 柾樹 「ゆぅぅうきぃぃいみぃぃいいい…………!!」 俺は痛む頭を押さえながら立ち上がった。 悠季美「な、なんですかっ?悪いのは柾樹さんですよ?」 悠季美が後退る。 柾樹 「おだまりっ!!この痛み、アンナの痛み……!!     貴様だけは許さんぞギルバード!!」 悠季美「誰がギル……誰!?」 柾樹 「少年流極おしおき奥義その1!!」 俺は悠季美の腕を掴んだ。 柾樹 「ぞ〜きん〜……!!」 そして搾る。 悠季美「いたっ!?いたいいたたたいたいぃぃっ!!」 柾樹 「その2!デコピン!!」 ベチベチベチベチッ!! 悠季美「きゃっ!?や、やめてくださいっ!!」 柾樹 「その3!しっぺ乱打!!」 ベチベチベチベチベチッ!! 悠季美「いたっ!いたっ!や、やめて……!!」 柾樹 「極意!怯んだところにマッシュポテト!!」 ゴリゴリゴリ……!! 悠季美「いやぅきゃあああっ!!コメカミグリグリしないでくださいぃいっ!!」 柾樹 「成敗!」 フルコースは終わった。 夕  「おしおきというより、イジメにしか見えなかったよ」 柾樹 「やっぱりそうか?」 悠季美「あうぅうう……痛いよぅ……」 口調が戻ってる。 柾樹 「大丈夫だ、今回ばかりは俺も痛い」 悠季美「何がどう大丈夫なんですかぁ……っ」 柾樹 「知らん。それよりも掃除しよう」 悠季美「……出来ません」 柾樹 「すまん、俺も出来ない」 正直、当たりどころが悪かったのか、俺の足はふらついている。 夕  「…………遠回しに私にやれって言ってない?」 柾樹 「いや、このまま帰ろう。一度掃除しなかったくらいで滅ぶ教室じゃない」 夕  「掃除しなかったくらいで教室が滅んだら恐いよ」 正論だ。 夕  「でも掃除はするべきだよ。当番なんだから」 柾樹 「あぁンれぇ〜!ズ病の釈がぁ〜っ!!」 夕  「それを言うなら持病……」 柾樹 「まったりとしたツッコミ、痛み入る。せっかくだ、掃除していこうか悠季美」 悠季美「………」 悠季美はすねている。 柾樹 「あ〜……その……悪かったよ。あまりの痛さに反撃してしまった」 悠季美「いえ、そうじゃなくて……」 柾樹 「ウィ?」 悠季美「ちょっと脳が揺れて……」 柾樹 「そりゃ器用だ」 悠季美「直接的に受け止められても困るんですけど……立ち眩みみたいな状態です」 なるほど、立てないわけか。 柾樹 「立てーッ!立つんだジョー!!」 悠季美「誰ですか」 柾樹 「ジョー・ヒガシ」 悠季美「余計に誰ですか」 柾樹 「いや、名前以外は俺も知らん」 悠季美「んっ……すいません、肩を貸してください」 柾樹 「高くつくぞ」 悠季美「どうして素直に貸してくれないんですかぁ……」 柾樹 「時の流れが俺をそうさせたんだ」 この夏は色々なことがいっぺんに起こりすぎた。 そんな日常が続けば、現実に辛く当たりたくもなる。 もちろん、悠季美を含める知り合いに当たるのが間違いということは俺にだって解る。 だけど、思ってもそう出来ないことだってある。 柾樹 「ほら、つかまれ」 悠季美「……すいません」 思えば、悠季美には酷いことをしてばかりだった。 だけど、それ以上に感情を込めてしまうと、 俺は最低な人間になってしまいそうで、それが出来ないでいた。 ……もっとも、今のままで十分最低とも思っているが。 だけど、こんな関係の中では結局、誰が辿っても誰にも選択肢は無いのだと思う。 柾樹 「………」 悩みどころだ。 悠季美「どうかしたんですか?」 柾樹 「え?あ、いや……なんでもない」 夕  「?」 柾樹 「なんでもないって」 疑問系の眼差しを俺に向けた夕に笑って応える。 柾樹 「……客観的に見れば、簡単だと思えるんだろうな……」 ポツリと呟いた。 その言葉は誰の耳にも届くことはなかった。 その後、掃除を終わらせて俺達は家路を辿った。 ……───自室の天井を見つめていた。 その風景は見慣れていた筈なのにまるで見たこともなかったように、新鮮な風景だった。 ……どうしてこんな時に限って学校があったのだろう。 そんなことを考える。 今日は大事な日だった。 学校に費やした時間はその日常の灯し火を蝕み、残る時間は目立つものでもなかった。 それでも外はまだ明るく、何かをやろうと思えば出来た筈だった。 だけど、何をするべきかも視野に納めていない俺には、 その後に続く行動なんてものは存在しなかった。 結局俺は、日常に罵倒を飛ばしたいだけだったのかもしれない。 楽しかった時間は時とともに過ぎ、消えた日常の跡には何を求められるのだろう。 ……答えは相変わらず見つけることは出来なかった。 悩みに答えを望むこと自体が間違っているのかもしれない。 ……なんで俺、また悩んでるのかな……。 それもまた、考えるだけ無駄なことだった。 柾樹 「……あぁっ!やめやめやめぇええぃっ!なにやっとんのじゃわしゃぁあっ!!」 男弁を叫び、俺は起き上がった。 そしてコンポの電源をつけてクラシックを流した。 ……が、どうにも落ち着かなかった。 それの理由は、今度ばかりは手に取るように解る。 そう、それは焦り。 時間が無くなってゆくことに不安を覚えているんだ。 柾樹 「……くそっ!俺にだって、どうしたらいいかなんて解らないんだよ!     俺だって好きで悩んでいるんじゃない!     俺は奇跡を起こせるわけじゃない!     俺だって人間なんだ!!俺にどうしろっていうんだよ!!」 襲ってきた苛立ちからか、俺は泣きながら唸っていた。 子供のように、俺は無力だった。 あの頃から、俺は一歩も前進していないのだろうか。 また……悠季美がそうだったように、少女まで泣かせてしまうのだろうか……。 柾樹 「……く……そ……っ!!」 俺は泣いた。 それこそ今、この場所に辿り着くまでに溜めておいた涙を流すように。 その姿は酷く滑稽だっただろう。 誰かが見れば、その歳で泣くなとか言うのかもしれない。 だけど、俺は自分がそれほど強いなんて思っていない。 他人には解らないことなんて、誰にだってある。 俺の場合、それが避けることが出来ない結末だから。 泣いて楽になれるならいっそ、そうしていたかった。 Next Menu back