───さよならを届けよう/ただひとり憧れた貴方へ───
……今、俺は仕事をするが楽しかった。 真由美「はい、これは十番テーブルさんです」 柾樹 「はいっ」 カチャカチャ……。 真由美「これは五番テーブルさんのデザートですね」 柾樹 「はいっ」 カチャカチャ……。 もちろん、大変だということもあるけど、 それ以上に体を動かすことが楽しくてしょうがなかった。 鷹志 「柾樹くん!厨房手伝って!」 柾樹 「は、はいぃっ」 鷹志 「デザートの盛りつけ、よろしくね」 柾樹 「はい、えーと……パフェ20個!?マジ!?」 むしろ、色々なことがあって、経験にもなった。 高校の時、バイトするのも悪くなかったかもしれない。 そう思っても、もうその時間は戻らなかった。 柾樹 「ひとつふたつみっつよっつ……だああ!鷹志さん!材料足りないよ!」 鷹志 「なにぃい!?努力と根性と腹筋で乗り切れ!」 柾樹 「無茶言わないでくれぇっ!!」 三谷 「ほい材料!よろしくねっ!」 柾樹 「おお、サンクス三谷サン!」 鷹志 「俺は?」 柾樹 「ノーサンキュー」 鷹志 「うお!?そうなのか!?ならばファイトぞ!野郎ども!気合いを入れろぉっ!」 男衆 『おぉおおおおおおおっ!!』 男衆が一斉に叫ぶ。 むろん、その中には俺も混ざっている。 柾樹 「……これでよしっ!20個あがりました!」 鷹志 「了解!真由美、頼む!」 真由美「了解!……なんてね、あははははっ♪」 真由美さんが微笑みながら料理を運んでゆく。 ……ほんと、相手が鷹志さんだとアレだよな。 俺とかには丁寧な口調なのになぁ。 ……悠季美もいつか、そうなるのだろうか。 なんてことを考えてみた。 鷹志 「ところで柾樹くん」 柾樹 「え?あ、はいっ、すいませんボーッとして!オーダーですかっ!?」 鷹志 「いやいやいや、一通りオーダーは済んだから。     あとは食器の帰りを待つばかりだよ。で、本題に入ろうか」 柾樹 「……なんデショ」 鷹志さんは俺に近寄ると、 俺の耳にポソリと言葉を放った。 鷹志 「……悠季美とつき合う気、ないかい?」 単刀直入だった。 柾樹 「………………」 はてさて、これをどう乗り切ろうか。 鷹志 「俺はキミのことを気に入っているし、真由美も美希子も気に入ってくれている。     悠季美も好きみたいだし……」 柾樹 「………」 いや、正直に言うべきだろう。 柾樹 「いや……俺、好きな人、いるから」 鷹志 「……そうか?残念だな」 鷹志さんは案外、簡単に納得してくれた。 鷹志 「でもな、俺から見るに……そのコとうまくいってないだろ」 柾樹 「………」 核心だ。 鷹志 「悠季美は誰に似たのか、結構諦めが悪いから。     そのまま見送るようなことはしないと思うよ」 柾樹 「………」 ……そうだろうか。 あいつはあいつで、俺のことを考えてくれていると思う。 夕が居なくなったからって図々しくなったわけでもない。 むしろ、見守ってくれている感じがするんだ。 でも……。 鷹志 「まあ、決着はいずれ着くだろう。その時、フられてたら……」 柾樹 「それ、悠季美が喜びますかね……」 鷹志 「……無理だろうな」 声  「はああっ!!やはりここにおられましたか!」 柾樹 「う?」 フと聞こえた声。 振り向くと、そこにはひとりの老婆が居た。 鷹志 「ぐっ……み、御園ばあちゃん……」 あ、そうだ……、確かお目つけ役の……。 御園 「十五代目、こんなところで何をしておられるのですか!     早く旅館の方へ戻りなされ!!」 鷹志 「え?いや、しかしな……。俺はこっちの方が性に合うというか……」 御園 「十五代目ッ!!」 鷹志 「うわっ!?わ、わかったよ御園!行くから……っ」 御園 「解れば宜しい。さあ、早く」 鷹志 「……それじゃあ、あとは頼むよ」 残念そうに、鷹志さんが連れられてゆく。 ……気持ちは解らんでもないが、 さすがに実家の仕事を放るわけにはゆくまい。 真由美「……あら、鷹志は?」 柾樹 「え?あ、ああ……御園ばあちゃんに……」 真由美「……いつものことですね……。抜け出さずに、頑張ればいいのに……。     でも、会いに来てくれるのは嬉しいですけどね」 口調はもう戻っている。 やっぱり鷹志さんにだけのようだ。 …………それはそうと、だ。 柾樹 「えっと、真由美さん。     失礼かもしれませんけど、鷹志さんの何処が好きなんですか……?」 真由美「全部」 単刀直入すぎたかな……って答えてる!?しかも即答!? 柾樹 「………」 相当な速さだった。 柾樹 「え、えっと、きっかけとか……その」 真由美「子供の頃からずっと好きでしたよ」 俺は気を取り直してみ……速かった。 柾樹 「………あ、いや、じゃあその頃に好きになったきっかけとか」 真由美「わたしと鷹志は幼馴染で、本当に小さい頃から一緒でした。     何処に行くのも一緒で、それが当たり前で。     好きになるきっかけは簡単なことでした」 柾樹 「………」 俺の質問に間を空けずに話してゆく真由美さん。 ……速いってば。 真由美「当時、わたしが大切にしていたオモチャの指輪があったんですけどね。     それをクラスメイトだった男の子に取られたの。     ……わたしは必死で取り返そうとしたけど、やっぱり男の子には勝てなかった」 柾樹 「………」 真由美さんの目が別世界を見ている気がするのは…… …………気の所為……だろうか? 真由美「放課後になって……     それでも指輪は返してもらえずに、わたしは教室で泣いていたの。     その時、教室に鞄を取りに鷹志が来て……。     事情を話したら教室を飛び出していったの」 柾樹 「………」 え、えぇと……御陶酔なされてる気がするんですが。 真由美「しばらくしたら、ボロボロになった鷹志が戻ってきた……。     そして手に持った指輪をわたしの指にはめて、     『大事なら、ずっとはめておけ』って……そう言ってくれたの」 柾樹 「………」 子供の頃の指輪……。 そっか。 鷹志さんは勝てたのか。 そっか……。 真由美「それから色々教室内で茶化されたりもしたけど、     わたしはずっと指輪をしていたよ。     その時から鷹志のことが好きで、     『夫婦』だとか言われても逆に嬉しかった……」 柾樹 「………」 ただでは負けませんな。 ……負けてないけど。 真由美「鷹志も笑ってたよ。からかわれても怒らずに笑ってくれてた」 柾樹 「………」 そういうの、あるよなぁ……。 子供の頃にからかわれて逆上して、気づけば亀裂が走ってたりとか……。 ……鷹志さん、男やなぁ。 あ、案外、鷹志さんもその頃から真由美さんのこと……。 真由美「それでね、わたし……思い切って言ったの。     『大きくなったら、鷹志くんのお嫁さんにして』     ……って、精一杯に。そしたら……鷹志、なんて言ったと思う?」 柾樹 「……え?いや……」 真由美「『じゃあ……俺を真由美ちゃんのお婿さんにしてくれ。     ……これで、おあいこだよな?』って。そう言って微笑みかけてくれたの」 柾樹 「……うわぁ……」 鷹志さんの子供時代……見てみたいな。 まさか、そのような言動を軽く言い放つとは……。 真由美「でも……その日、家に帰ったら、わたしの耳には引っ越しの言葉が待っていた」 柾樹 「引っ越し?ずっと一緒だったわけじゃ……」 真由美「ううん、わたしが鷹志と再会したのは、     高校を卒業した時、こっちの大学を選んだから」 柾樹 「………」 思い切った行動が出来るんだなぁ……。 ……うらやましいな。 真由美「それでね、別れる時にお互いに目標を決めたの。     次会う時にそうなってたら結婚しよう、って」 柾樹 「目標?どんなですか?」 真由美「鷹志はわたしに……     頭が良くて、だけど難しい性格じゃなくて、     やさしくて、料理が上手くて、運動も出来て、     責任感があって、強くて綺麗な娘になれって」 柾樹 「うぅわっ……それは凄い……」 真由美「あ、もちろん冗談だって笑ってたよ。だけど、わたしはそれを目指したの」 柾樹 「………」 おいおいおい……。 真由美「必死に勉強して、運動も頑張って。     お母さんに料理を教えてもらって、     お父さんの喫茶店の手伝いもちゃんとこなして」 柾樹 「……辛くなかったですか?」 真由美「もちろん、楽なことじゃなかったよ。     だって、どれだけ頑張っても、     その先で鷹志が好きでいてくれなきゃ意味がないもん」 柾樹 「……ですよね」 ……というか、口調が変わってる。 鷹志さんのことになるとこうなるのか。 真由美「いろいろあったけど……でも、今こうして……た……鷹志のお嫁さんに……」 真由美さんが顔を真っ赤にしてうつむく。 柾樹 「………」 ……カワイイと思ってしまった心の自分を吊るしといた。 柾樹 「あ、ちょっとすいません、気になったんですけど。     真由美さんは鷹志さんにどんな目標を?」 真由美「……そのままの鷹志でいてほしい、って……」 柾樹 「………」 聞いているこちらが恥ずかしい。 真由美「その言葉はね、鷹志が先に言ってくれたの。     さっきの冗談を言ったあとに、     『無理に変わろうとしないで、そのままの真由美でいいから』って……」 柾樹 「うお……」 自分の顔が赤くなるのを感じる。 昔からこんなだったのか……。 真由美「もっとも……わたし、その言葉を断ったのかもしれないけど……」 柾樹 「……あ、無理に変わらないで、って……」 そうだよなぁ。 聞いた限りじゃ、明らかに無理してるみたいだったし。 真由美「それでもね?すぐにわたしだって解ってくれて、     『おかえり』って頭を撫でてくれて……。     本当に昔のままで、嬉しくて抱きついちゃった」 柾樹 「……………………」 飯も食してないのにごちそうさまを言いたくなってきた。 柾樹 「……あ、そういえば……。そのオモチャの指輪って今何処に?」 真由美「……あれね、壊れちゃったの。     もともとオモチャだったから、頑丈には出来ていなかったし……。     だから、わたしの指輪はあの指輪だけ」 柾樹 「……あの指輪……」 真由美「取り戻してくれて、ありがとうね」 そう言って、真由美さんは微笑んだ。 柾樹 「………」 嶺里 「おふたりさん、食器が雪崩てきたから話はそのへんにして!」 柾樹 「……OH、忘れてた」 真由美「わ、早く仕事に戻っ……ハッ!え、えぇと……戻りましょう」 今更ながらに口調が戻っていることに気づいたらしい。 まいった。 性格はあまり悠季美と変わらないみたいだ。 もし、鷹志さんが別の誰かと一緒だったら…… 悠季美みたいになるのだろうか。 柾樹 「………ぶっ」 それはそれで見てみたい。 真由美「こ、こらぁっ!そこっ、笑わないのっ!」 すねたような口調で言い放つ。 柾樹 「あっははははははははっ!!」 堪えられなくなり、俺は笑った。 真由美「柾樹クン……」 恨めしそうな顔で睨まれる。 だけどそれは、 拗ねた子供を見ているようなカワイイものだった。 柾樹 「……最後に、ひとついいですか?」 真由美「………」 拗ねてる。 心が変わらないのはいいことだと思う。 童心を忘れても、きっとそこに存在している筈だから。 柾樹 「結婚したのはいつですか?」 真由美「帰ってきて鷹志に会って、すぐ」 みるみる内に、真由美さんが幸せワールドを作る。 別の世界に旅立とうとしている。 ……止めたら悪いだろう。 俺は自世界陶酔している真由美さんに仕事に戻りますと言い、 皿洗いに没頭することにした。 真由美「わたし、その時に言ったの……」 ……真由美さんはまだ自世界陶酔している。 真由美「そこで鷹志がね……?」 どうやら俺の声は届かなかったらしい。 柾樹 「………はぁ」 何故か、ひじょ〜に疲れた気がする。 訊いた俺がそもそもだったのは、言うまでもなかったが。 ………………。 …………。 ようやく訪れた解放の時。 あとは後片付けをして……と。 柾樹 「おつかれさまでした〜」 片付けが終わると俺はそう言い、旅館をあとにした。 柾樹 「というかさ、トーテマー氏や真由美さん、     どうせこんな遠くまで仕事しに来るなら、     ここらに住んだ方がいいと思わないか?」 俺は勇猛果敢に街灯に飛んでゆく虫に語りかけた。 悠季美「なにをやってるんですか」 そこをツッコまれた。 柾樹 「よう悠季美。壮健かい?」 俺は軽く手を挙げた。 悠季美「馬鹿やってないで帰りましょうよ」 それさえも、軽くあしらわれる。 柾樹 「……今のはただの挨拶だったんだけどな。まあ、いいけど」 悠季美「じゃあ、帰りましょう」 柾樹 「そうだな」 駅までの距離を歩く。 柾樹 「大学、どうだった?」 悠季美「別にどうというわけでもないですけど……」 柾樹 「……だろうな」 悠季美「そっちはどうでした?」 柾樹 「地獄だった」 悠季美「……でしょうね」 柾樹 「……ところで毎回奇遇だな、こんな所で」 悠季美「……大学からの帰りの電車で止まれますから」 なんというか、まあ、毎回こんなものである。 朝、いつからか悠季美が起こしに来るようになった。 だけど大体は悠季美が来る前に鐘が響き、俺は起きる。 初めは『なんで起きてるんですかっ』などと、 かなりの無茶を言われもしたけど、そんな日常にもやがては馴染んでいった。 悠季美は女子大に入り、俺は旅館で仕事。 大学に行こうかとも考えたりもしたが、結果はギャア。 見事に落ちて現在に至る。 ……というのは冗談で、大学に行こうとはしなかった。 それというのも…… 悠季美「どうして大学、受験しなかったんですか?」 柾樹 「……またそれか」 悠季美「わたし、つまらないですよ。せっかく、大学でも一緒に通えるって……」 柾樹 「俺に女装でもしろというのかお前は」 悠季美「はい」 深く頷かれた。 柾樹 「頷くな、たわけ」 悠季美「冗談です」 柾樹 「……冗談に聞こえなかったんだけどな」 悠季美「でも、どうしてですか?今日こそは教えてもらいますよ?」 柾樹 「………」 悠季美「柾樹さんっ」 柾樹 「………」 悠季美「あからさまに無視しないでくださいっ」 柾樹 「………思考中だ。しばし待て」 悠季美「……つまり、必死に嘘を考えているんですね?」 柾樹 「立派な脳をお餅で」 悠季美「誰が餅ですかっ!」 『餅』の部分を強調したせいで気づかれてしまった。 悠季美「……でも……」 柾樹 「うん?」 悠季美「それだけ冗談が言えるなら、もう大丈夫ですよね……?」 柾樹 「…………」 ズビシッ! 悠季美「ひゃっ!?」 思いきりデコピンをした。 悠季美「な、なにをするんですかっ」 柾樹 「……バ〜カ、変なこと言ってないで帰るぞ」 悠季美「……誤魔化しましたね」 柾樹 「………」 俺は無視して歩いた。 悠季美「……うー……」 それに慌ててついてくる足音。 柾樹 「……恐いんだ」 悠季美「え?」 柾樹 「……学校がさ、恐いんだよ」 悠季美「………………はい?」 柾樹 「だから、行かなかった。行こうとも思わなかった……」 悠季美「………」 柾樹 「………」 悠季美「……あ、またいつもの冗談で……」 俺は悠季美に向き直った。 悠季美「あ………」 俺の顔を見た途端、悠季美は口を閉ざした。 柾樹 「……賑やかな場所が、恐くて仕方がないんだ」 その時、俺はどんな顔をしていたんだろう。 柾樹 「……確かに、賑やかだと色々と考えなくて済む。     でも……その瞬間に思い出を忘れている自分が、いつの間にか嫌いになってた」 もちろん、引きずるのは良くないことだ。 だけど、それで思い出を失ってしまったら、俺は何を思って泣けばいいのだろう。 そこに何も無ければ、俺はいつか泣くことさえ忘れてしまいそうで…… それがどうしようもなく恐かった。 ……それは、弱さだろうか。 柾樹 「俺はさ、弱いままなんだ。     支えている小さな枝が折れればその場から逃げてしまうような、弱い奴だ。     だけど……逃げることすら恐がって、何も出来ないでいる臆病者なんだよ……」 悠季美「そんなこと……っ」 柾樹 「……悠季美」 悠季美「………」 柾樹 「急がないと、電車……出るぞ」 俺は悠季美の言葉を遮り、その場を蹴った。 悠季美「あっ……」 ……柾樹さんが駆けてゆく。 目に涙を溜めながら。 悠季美「柾樹さんは……精一杯に生きてるじゃないですか……」 その景色が悲しくて、わたしは動けないでいた。 考えることは少なくなかったけど今はそれを振り払った。 悠季美「……弱いなんてこと、ないのに……」 微かに滲んだ視界を拭うと、やがてわたしも駆け出した。 ……家に着くと、なにをするわけでもなく、眠ることにした。 ベッドに倒れこみ、目を閉じる。 柾樹 「………」 ダルかった。 何をするにも気力というものが働かない。 そう思っていても、眠気だけは働いた。 深く息を吐くと、大した間も無く、俺は眠りについた。 ……………………。 ……………。 ……そして迎えた朝。 声  「フライングボデーあたーく!」 それは突然のことだった筈だ。 何故、起きたことなのに『筈(ハズ)』などと思うのか。 何故,頭の中で、『フリガナ(?)』までつけるのか。 それは俺の思考回路が暴走しているからだと気づいた。 仕事が休みだというのに、何者かが俺を襲った。 安眠しているというのにだ。 俺は狂気乱舞し、そいつに襲いかかった。 まだ眠っている頭で思考を急回転させたため、その頭は暴走していた。 柾樹 「人の大切な休日をなんだと思ってやがる!!     いっぺん骨の随までリフレッシュしてこい!!」 刹那 「ぎゃああああああああああっ!!!!」 刹那が叫ぶ。 刹那 「ま、待て!落ち着け!     いきなり襲ったことは謝る!非を認めよう!だがまず話を聞いてくれ!!」 柾樹 「言ってみろ、くだらなかたっら覚悟せいよ……」 刹那 「………」 ゴクリと、音が聞こえた。 刹那 「え、えっとな……」 柾樹 「………」 刹那 「僕は恋をしてしまったんだ!」 どこかで聞いた言葉だった。 柾樹 「遺言はそれでいいんだな?」 刹那 「え?あ……あいやちょちょっと待て!別に何もこれだけだなんて言ってな」 ゴパァン!! 刹那 「ギャアアアアア!!!」 スリッパが炸裂した。 柾樹 「のろけ話をするために人にフライングボディアタックするとは……     いい度胸だ、そこになおれ。成敗してくれる」 刹那 「ま、待て!のろけてないし続きがあるんだ!     まずは最後まで聞いとけって!!お買い得ですよ!聞かないと損します!」 柾樹 「損得で生きちゃいないんでな、成敗されろ」 刹那 「ぎゃああああああああああ!!!」 スリッパが唸りをあげる。 結果、軽快な音が室内に響いた。 刹那 「こ、この……っ!話くらい聞けっての!!」 刹那が反撃に出る。 柾樹 「力とはこういうものだ!!」 刹那 「やかましいっ!!」 やがて始まる取っ組み合い。 俺と刹那は持てる限りの暴走ぶりを部屋の中で発揮した。 その結果、騒音に怒りを燃やした母上に叩きのめされた。 …………。 柾樹 「……ひどい目覚めの朝だぞこの野郎……」 刹那 「どうして俺までブチノメされなきゃならんのよ」 俺と刹那は、見事に締め出された。 刹那 「で、話……聞く気になったか?」 柾樹 「……お前さ、妙なところで律儀だよな」 刹那 「そうか?」 柾樹 「俺の周囲に居た方々、みんながみんな、勝手に話してたぞ」 刹那 「それが異常だと思えるのは気の所為か?」 いや、多分気の所為じゃないと思う。 柾樹 「俺にしては普通だったとしても、多分……他の人には異常ってことなんだろ」 刹那 「ふ〜ん……そんなもんかね」 柾樹 「ああ、そんなもんだ」 刹那 「……じゃあさ、もしその異常が、     現実で世界に広まったら……それは普通になるのかな」 柾樹 「…………そうだなぁ」 ふと、空を見上げる。 何かを考える度に、空を見上げていた気がする。 空は答えてくれるわけでもないのに、見上げる度に安心していた。 柾樹 「……そうなったら……いや、なるさ」 刹那 「そうか?」 柾樹 「……奇跡ってのは、起こしてこその奇跡だ」 刹那 「……なんかお前、変わったよな」 柾樹 「そうか?」 刹那の声色を真似てみた。 刹那 「似てない、やめてくれ」 あっさりと言われてしまった。 柾樹 「変わった……か」 刹那 「ああ、特に喋り方とか」 柾樹 「より上品に?」 刹那 「いや、ようやく高校生になったって雰囲気」 柾樹 「…………同い年に言う言葉か?それ……」 刹那 「だってなぁ、前のお前ってさ、口調は普通な感じなのに、どこか丁寧でさぁ」 柾樹 「……そうかな」 刹那 「ん……まあ、いいさ。じゃあ公園にでも行って、ゆっくり話すか」 柾樹 「なんの話だっけ?」 刹那 「おい」 柾樹 「言っておくが、のろけなんか欲しくもないぞ」 刹那 「安心してくれ、のろける奴は俺が斬る」 柾樹 「斬るのか」 刹那 「ああ斬る」 その様子を見る限り、 彼はのろけられる状態じゃないと見た。 柾樹 「ああ、そういえば悠季美にフられたって」 刹那 「ぐっはぁーーーーーッッ!!!!」 刹那が叫んだ。 傷口を大きく開いてしまったらしい。 刹那 「……アタイ、もう生きていけない……」 よよよ……と泣く刹那。 柾樹 「で、どうして俺に?」 刹那 「……あ、えっとな……。ど、どうしたら好きになってもらえると思う?」 柾樹 「………」 どうしたらってアータ……。 頭が痛くなってきた。 柾樹 「お前は恋に悩むと、寝てる人にフライングボディアタックするのか」 刹那 「ああすまん、あれはどちらかと言うと、フライングボディプレスだったな」 柾樹 「そんなことは訊いとらんっ!!」 刹那 「そう言うなよ……。俺、これでも傷ついてるんだぜ……?」 柾樹 「情報屋が俺に訊いてどうする。お前、それでも情報屋か?」 刹那 「馬鹿お前、情報は聞き込み抜きにしてならずぞ」 柾樹 「だったら、別の人に訊け」 刹那 「いや……彼女ホラ、情報業嫌ってるから……」 柾樹 「ならば何故、我に訊くのじゃ」 刹那 「俺が欲しいのは情報じゃなくて助言!     ほ、ほらっ……なにかあるだろ?あれがいいとかこうしたらいいとか」 柾樹 「お前それ、結局情報じゃ……」 刹那 「うッ……」 柾樹 「………」 刹那 「……帰る」 柾樹 「まあまあ、待てって。その話抜きでも会話は出来るだろ?」 刹那 「なにかネタでもあるのか?」 柾樹 「いや、無い。適当な世話話でもするというテがある」 刹那 「……そだな」 俺と刹那は公園に辿り着くと、ブランコに座った。 刹那 「ああ、懐かしいと思えるこの浮遊感……」 柾樹 「狭いけどな」 刹那 「揚げ足とりなさんなって」 柾樹 「じゃあ、まずは基本からだな。大学はどうだ?」 刹那 「ああ、俺の知識の及ぶ場所で良かったと、感謝してもしきれない状態だ」 柾樹 「どうして大学に入ったんだ?」 刹那 「……別に、これといった意図があったわけじゃないけどな」 刹那はブランコを揺らし、風を受けていた。 刹那 「たださ、やることも特に無かったんだ。母さんは好きに生きろて言ってるしさ」 柾樹 「…………うちも同じだ」 俺もブランコに反動をつけ始めた。 刹那 「だけどさ、やろうと思うことなんて何もなかったよ。     高校の時、卒業を明日に控えても、自分の行き先が見えなかった」 柾樹 「……未来は……歩きながら実感するものだろ」 刹那 「結局、豆村に誘われて受験した大学に合格。     そんないい加減な気持ちの奴が合格だ……。笑っちまうだろ……?」 柾樹 「うわはははははっ!!」 豪快に笑ってやった。 刹那 「笑うなっ!!」 怒られた。 どうしろというのだろうか。 柾樹 「気にしたってしょうがないだろ?笑って済ませればいい」 刹那 「そんなもんか」 柾樹 「おう、そんなものぞ」 刹那 「お前だったら悩むか?」 柾樹 「……さあな。俺はもう悩むのは疲れたよ」 刹那 「……そっか」 ブランコから飛び降りる。 柾樹 「っと、これからどうする?大学か?それともサボリか?」 刹那 「俺はこれでも皆勤賞がギリギリ貰えない記録を持っている」 ダメじゃないの。 刹那 「ほんじゃ、そんなわけだから俺行くぜよ」 柾樹 「何語だ」 刹那 「じゃあな〜」 柾樹 「ああ、達者でな」 刹那が苦笑しながら去ってゆく。 ……俺はどうするかな。 考えてみた。 そして、ふと先にの方に見える森が目に映る。 柾樹 「………」 だけど俺はそこには向かわず、背を向けて公園を出た。 ……やるべきことを探していた。 俺にしか出来ない、その何かを必死になって。 だけどそこには何も無く、俺はまた探し始めた。 それをただただ繰り返して、日常を送っていた。 だけど、その行為にももう疲れて、いつしか俺は全てを捨てようと思った。 忘れれば楽だろうか。 そう考え始めた。 だけど忘れることは出来なくて、また目的を見失う。 そんなことを繰り返して、また日常を送る。 でも、俺はこう思えるようになった。 吹っ切れることは出来なくても、日常を楽しむことは出来るんじゃないだろうか。 ……かつて、叔父さんがそうしていたように。 だけど、俺が望むのは誰かになることじゃなくて、 その時を自分なりに一生懸命に生きること。 だから、俺はいつか笑ってみたいと思う。 苦笑するんじゃなくて、思いっ切り心から。 だから俺はその日、前を向いて走った。 空を見上げることなく、ただしっかりと前を向いて。 家に戻って、財布を手にして、また飛び出す。 花屋に向かって、花を買う。 それを手に、また走る。 そこに向かえば向かうほど、息が苦しくなった。 認めたくない気持ちが、嗚咽になって俺を襲う。 だけど立ち止まらずに、俺は走った。 やがて、それは見えてきた。 その先にあるひとつの場所を目指して、今度は歩き出す。 そして……それは目の前にあった。 俺は歯を噛みしめながら、それをしっかりと見る。 ……叔父さんの墓。 ここに来るのは、これが初めてだった。 認めたくなかったから。 叔父さんが死んだなんて……認めたくなかったから……。 だから花を添えることも、線香を添えることも無かった。 あの葬式の日、俺はあそこから逃げ出した。 母さんの泣く姿が苦しくて、初めて見ることが多すぎて、 なにより……やっぱり認めたくなくて……。 だけど…… 柾樹 「……叔父さん……俺、やっと解ったんだ……」 だけど、いつまでもそこに居ることは出来なかった。 いや、そうしていたくなかったんだ。 柾樹 「過去が残ることが幸せって意味が……。俺にもやっと解ったんだ……」 いつからか、俺の目には涙が伝っていた。 柾樹 「過去の悲しみを背負うんじゃなくて……     それがあるからこそ大切に思える日常がある……     悲しみは苦しむことじゃないって……     …………ッ……やっと……解ったんだ……!」 もっと早くに気づけば良かった。 そうして、その時を叔父さんと笑っていたかった。 情けないあの頃の自分じゃなくて……今……。 柾樹 「俺……遅かったよね……。もっと早くに気づける筈だったのに……。     もっと……笑っていられた筈だったのに……」 ただ、俺はそうして泣いた。 風は吹かず、その場所には俺の嗚咽だけが流れた。 今はまだ……霧に埋もれた季節を想って、俺はしばらく泣いていた。 …………。 ……涙が止まる頃、俺は手に持っていた花を添えた。 柾樹 「……あの時、お別れ出来なくてすいません」 目をこすり、息を落ち着かせながら言った。 柾樹 「でも、もう大丈夫です。俺も前を向いて歩けるから」 前までのモヤモヤは無く、心は落ち着いていた。 柾樹 「だから、安心して笑っていてください。     俺は……出来る限り、自分が思えることをやってみます」 そして線香に火をつけて、それを置く。 柾樹 「………」 立ち上がり、墓にしっかりと向き直る。 柾樹 「今でも……時々、夢を見るんです」 そして、ゆっくりと笑いかけた。 柾樹 「その夢は今までとは違って悲しくなくて、     どこか希望に溢れた夢なんです」 世話話をするかのように、穏やかな声で。 柾樹 「賑やかで……楽しくて……おかしくて……。     そんな日常の中で、俺も心から笑ってて……」 ゆっくりと、俺は別れの言葉を紡いでいた。 柾樹 「……叔父さんや由未絵さんも一緒になって、みんなで騒いで、笑って……。     そんな夢を見るようになったんです……」 思えば長い季節の四季。 柾樹 「そんな日々が現実であったなら、きっと……」 そんな一年の断片の中で色々な人に出会って、 笑って、泣いて……。 柾樹 「……いや、これは夢だから……。夢は自分で叶えるよ。     違う意味の夢でも、それは夢だから……」 いつかさよならをする時まで、 それまで一緒に居たいと願って……。 柾樹 「………」 それまで精一杯に生きて、足掻いて……。 柾樹 「じゃあ、俺……もう行くね」 いつかその時が来たなら、俺は笑ってこう言いたい。 柾樹 「……さようなら、叔父さん……」 やがて、ゆっくりと時間は動き出す。 一年ぶりに吹く懐かしい風が、ゆっくりとこの街に満たされていった。 Next Menu back