───その景色を美しいと感じたことを覚えている。

目の前を散る幾多の細かい輝きを美しいと感じた。

遠くの空に輝く満月を美しいと感じた。

そして、満月が輝いた空に存在した黄昏の陽を、美しいと感じた。

砕けた硝子が夕陽を受けて、春に舞う桜のようで美しかった。

胸を打つ感情の全てが今の自分にはあり、

だけど誰にも打ち明けることもなく、その感情を大事に大事に受け入れる。

目を開けてみても、見える景色は全て眩い緑。

だからこそ何度も何度も過去を思っては、幸せだった頃の夢を見る。

……そう、数え切れぬ夜の狭間で、幾度も、幾度でも───飽きることなく夢を見た。

いつか目が覚めた時、自分が誕生した意味が……

どうかその先にありますようにと願いながら。

ずっとずっとそうやって、きっと訪れるであろう瞬間を───

流れる時節とともに、何十年も待っている───













───天地空間/プロローグ───
───世界には名があった。 地球、なんて名前じゃない。 ソレをそう呼んでいるのは地球人と称されている人々だけで、 それ以外はそうは呼ばなかった。 そもそも地球という大地に居るから地球人、 なんて安直な喩えを、彼ら彼女らは真実安直だと笑った。 自分達が立つ場を彼ら彼女らの言葉で表すのなら“地界”。 この世界には五つの分類で世界があり、彼らはその世界の名で人々を区別した。 ようするに“地球人”ではなく、“地界人”。 そう呼んだのだ。 当然地球人として己を呼んでいた彼ら彼女らは憤慨した。 地界に居るから地界人では、自分たちの呼び方と少し変わっただけだと。 けれどそれは違って─── ようするに彼ら彼女らの言う“地球”には事実、五つの世界が存在していた。 地界人よりも進んだ技術を持ち、法術という特殊な力を行使する雲の上の世界、天界。 いわゆる“地球人”が住む世界、地界。 地球上の空間の中に存在するといわれる剣と魔法の世界、空界。 地界人言うところの神が住まう世界、神界。 そして、死神たちが住み、死んだ魂が行き着く果ての世界、冥界。 それらを揃えて唱えた世界を、“天地空間”と呼んだ。 地界を除いた全ての世界は他の世界のことを知っていて、 地界人の中でも他世界のことを知るのは極一部。 詳しく言えば、知らなかったが教えられたのだ。 そして……それをきっかけに、教えられた者が見ていた世界は大きく変わる。 普通が当然だった日常が、ある日突然に非日常になった。 それでも、教えられた者……彼は、その非日常を日常として受け入れた。 器用だったわけではなく。 全てを受け止められるほどの強さがあったわけでもない。 ただ幸せを望み、きっと誰よりも親の愛情に憧れた彼。 彼にはおよそ、生きるためにせいぜい必要な程度の感情しか無かった。 流されるままの浮き草のように日々を生き、 だが無自覚ではあったが幸せだと思える日常を確かに歩いていた。 辛いことに向き合い、苦しい過去を乗り越え、その先にきっと彼は立った。 満月が輝く黄昏の中……そんな普通ではない景色を美しいと感じた時、 彼は確かに全ての感情を取り戻し、幸せそうに涙を流しながら微笑むことが出来た。 長い長い階段の横に座って、ただ滲む視界の中で綺麗な満月を見上げた。 “月”と“彼”は産まれて来た瞬間から今まで、 切ろうとしても切ることの出来ない縁の中にあった。 そうあることを望んだわけでもなく、それは産まれる前から決まっていたことだった。 それでも彼には文句なんて無かった。 だからこそ笑うことが出来たんだろうし、喜びの涙を流すことも出来たのだ。 人形と呼ばれたり王と呼ばれたり、バケモノと呼ばれたり英雄と呼ばれたり。 滅茶苦茶な人生だったというのに、彼に後悔の念はもう無かった。 だから、笑みを浮かべ、満月を眺めながら旅立った。 戦いは終わった。 月が輝いたその日に、ようやく自分達は幸せに向かうべき瞬間を手に入れたのだ。 それ以降に戦いと呼べる戦いなんて無く、それこそ世界は平和になった。 誰もが笑っていられる世界ではなかったが、きっとそこには彼らが望んだ幸せがあった。 それぞれがそれぞれの道を歩き始め、 様々な人々は英雄の存在を知ることもなく生きてゆく。 ……否、元々英雄なんて存在は居なかったのだ。 全てを危険から救った存在は英雄などではなく、仲間たちとの幸せを願った少年だった。 傷だらけになりながらも全てが終わったことに喜び、 やがて日常へと戻っていった彼らは、なんでもない日常がそこにあることを喜んだ。 彼らの中にも、そして天地空間に生きる他の誰の中にも─── 世界を救った英雄の名を知る者など居なかった。 ───大きな戦いがあった。 それでも死んだ者など誰もおらず、失ったものなどなにもなかった。 が、大戦が起きた場所は崩壊し、今では影も形も残っていない。 日常に戻っていった人々も、その出来事については忘れるよう努め─── その大戦は事実、人々の記憶から段々と薄れていった。   ……そして───そんな大戦から百と数十年。 ───……。 彰 「……こんな森の中になにがあるってんだよ」 ミア「彰くん。手掛かりは探さないと見つからないって解ってる?」 彰 「あのねミアさん?キミが半端な魔術しか出来ないから俺がこげな目にだね……」 そこは空間世界。 空界として分類される世界にある、大きな森の中だった。 歩く影は二つ。 巨大な木々と、緑溢れる景色───そして木漏れ日が眩しく暖かい場所だった。 どこからか吹く風は気持ちよく、 およそ地界では感じることの出来ない澄んだ風が吹いていた。 その世界は建物よりも自然が多く、 特にその森は世界を癒す大樹がある森と呼ばれていて、名をサウザーントレントと言った。 歩くだけで心地よく、寝転がればすぐにでも眠れる穏やかさがそこにはあった。 彰 「はぁ〜あ……さっさと地界に戻りてぇや……」 ミア「………」 しかし男───弦月彰(ゆみはりあきら)
はこの世界の産まれではなく、 隣に居る空界の少女、ミア=チェルシートンによって空界に召喚された人間だった。 どれだけ故郷よりも澄んだ空気があろうが、住むべき場所は住むべき場所なのだ。 彼は自分の世界へ戻ることを望んでいた。 彰 「大体キミね!何故この俺にあの本を渡したりしたのかね!?    私にも解るように平明に答えてもらいたいものだねぇ!!」 ミア「彰くんってそればっかりだね」 彰 「な、なにをおっしゃいますやら!?この俺がワンパターンとでも!?」 ミア「じゃなくて、いっつも騒がしいってこと」 彰 「そりゃおめぇ……アレだ。俺から騒がしさを取ったら…………なにが残るんだろう」 ミア「能力だけじゃないかな」 彰 「うるせーコノヤロー!!吊るすぞコラ!!」 彼と少女の旅は、始まってからまだ日が浅かった。 空間世界とはいえ一つの世界であるそこは、 一日やそこらで歩き回れるほどの小ささではなく。 なにより当てとなるものが無い現状の中では、ただ歩くだけでも心労は増えていった。 そんな時に寄った場所が、自然の精霊と緑竜の王が居るとされるこの森だった。 ミア「あ、そうだ。先に言っておくけどね、彰くん。    もし奇跡的に精霊に会えたとしても、失礼なことを言っちゃダメだよ?」 彰 「解った。じゃあ挨拶はビッグバンタックルにしとく」 ミア「なんでそうなるの!?」 彰 「バカヤロー!!貴様が“言っちゃダメ”とか言うから、    肉体で出会いを演出しようとしてるんでしょうが!    何を言っているのかねこの小娘は!    体当たりでの出会いが地界では伝統的な出会いの挨拶なのだよ!?    キミはなにかね!?私を馬鹿にしているのかね!?」 ミア「彰くんは今さら馬鹿にする必要もないくらいに救いようの無い馬鹿でしょ?」 彰 「うわヒデッ!」 ミア「せっかくあげた転移水晶を文句を言うためだけに使った彰くんに、    自分が馬鹿じゃないなんて言う資格なんて皆無だよ!」 彰 「馬鹿とはなんだコノヤロウ!!    大体なんだね!?何故俺にあげなもんを渡したのかね!!」 ミア「………」 彰 「ウィ?」 ミア「知らない。それより早く行こ?    もし運良くドリアードに会えたら、地界への空間転移方法が解るかもしれないし」 彰 「おおそりゃステキ」 彼が召喚され、一度地界に戻ってから今日で六日目となる。 ミアは魔力に長けていて、召喚するのも送り返すのもお手のものだった。 ……魔導書さえあれば。 彼と彼女が一緒に過ごした時間は三日間だけ。 それを約束に彰はこの世界に留まり、ミアとともに丘の上の屋敷で一緒の時間を過ごした。 そして約束の三日目の夜、 ずっと一人暮らしで孤独が何より嫌いだったミアは彰との別れを惜しみ、 空間転移魔法陣を発動させてから、 選別にと空間転移用の呪文が書かれた魔導書と転移水晶を渡してしまった。 何を思うことなく、その二つの選別が今の状況を作り─── 彼はミアに召喚され、空界で三日間を過ごしたことが原因で高校人生の留年が決定し、 さらに“こんな救いようのない馬鹿はいらない”と家から追い出されていた。 三日間だけと言ったのは誰でもない彰だったのだが、そこにこそ誤算があったのだ。 事実三日間だけならば、きっと試験を受けることが出来たのだが。 この空界は百数十年前の大戦が原因で、時間の経過が捻れていたのだ。 その捻れが巻き起こした今回の時差は、 この世界で過ごす三日間が地界にとって一週間という、 彼にとっては泣きたくなる時間差だった。 そうして彼は家を追い出され、呆然とするも─── この全ての原因は、 空界と地界に時差があることを前もって言わなかったミアにあると決め付け、 この世界に戻りたいと強く願ってしまった。 それが現状に至る原因1。 強く願うことで空間の壁を越すことさえ出来る、転移水晶の力が発動したのだ。 その願いが“ミアに文句を言うこと”というのは、彼女にとって悲しい記憶である。 ともかくそうして一度地界に戻った彰は再び空界に辿り着き─── 文句を言い終えると帰ろうとしたが、そこで現状に至る原因2が発生。 彰はミアに選別として渡された空間転移魔導書を地界に置き忘れてきてしまったのだ。 それからは……言うまでもないのかもしれない。 彰 「写本でもなんでもいいから無いのかよぅ……。    どうせなら世界にある空間転移書を屋敷に全部頂戴しときゃよかったのに」 ミア「あれはわたしが集めた魔導書じゃないもん。もう、彰くん文句ばっかりだよ」 彰 「だってよぉおおおお〜〜〜……    留年決定した上に家まで追い出されたんだもんよぉおおお〜〜〜……    文句言うなってほうが無理ってもんだよぉおおお〜〜〜……」 ミア「彰くんって嘘泣きがわざとらしすぎるよね」 彰 「まあ……やかましくてカタッ苦しい親父と会わないでいいってのはいいかもだが。    しかしな、ちっこいの。俺にはご先祖様が大事にしてたっていう、    “約束の木”を守る使命があるのだ」 ミア「約束の木?」 彰 「イエス。前に言ったよな?    俺の先祖には親友が居たっていう、たった一人の親友の話」 ミア「あ、うん。その人と関係すること?」 彰 「そう。なにせ、その二人が出会った場所ってのがその約束の木の前だったんだ。    俺はご先祖様の生き方に共感する。    だから、あの木を切り倒すとか言った親父が大嫌いだった」 ミア「……もしかして、彰くんが地界に戻りたい理由ってそれ?」 彰 「厳密に言えば“それだけ”だ。    あんな空気が汚くて退屈な世界にゃ他に興味が無いよ」 彼はじっとしていることが苦手なタイプの人間だった。 それでも自分の在り方を弁えているつもりではあるし、 努力でなんとか出来るものは努力して乗り切ろうと思える人間。 家族は居るものの、 産まれ持った異能力のために周りからはバケモノ扱いされて嫌われていた。 ミアが彼を召喚するに至った理由もそこにあり、 弦月彰は普通の地界人とは明らかに違った存在だった。 ───地界には“月の家系”というものがある。 弦月という名が示す通り、月の顔の数だけ名が存在するという、奇妙な家系。 弦月というのはその中でも最も色濃くその血を継いだ家系であり、 異能力も他とは比べ物にならないほどに異質なものだった。 それに加え、彼が持つ“創造の理力”は世界の在り方を越えたものだろう。 何も無いところから物体を作り出すという、異質中の異質能力。 イメージをそのまま形として外に出す、真実“創造”を司る能力だった。 それ故に他の誰からも気味悪がられ、地界では孤立した存在だった。 それでも彼がこんな元気な性格のままに育つことが出来たのは、 かつての先祖も青春時代を孤独に生きたという話を聞いた故だろう。 月の家系には古くからの言い伝えがあり、 それが“月の家系の者は孤独に生きる”という呪いめいたものだった。 けど先祖はそんな呪いなんてあっさりと破り、 たった一人の親友と一緒に楽しき時代を駆け抜けたのだという。 ……そんな過去に、同じ境遇の彼が憧れない筈はなかったのだ。 彰 「なぁミアよ」 ミア「ん……なに?彰くん」 彰 「ところで友達ってのは何をするものなんだ?」 ミア「…………わたしも友達なんて居なかったから知らない」 彰 「そか」 彼と彼女は同じ孤独仲間だった。 ミアは出生の秘密において親からも見捨てられ、 周囲からは丘の魔女として気味悪がられていた。 彰は家系に伝わる異能力と創造の理力を、 幼い日の友人と思っていた存在に見せた頃から周囲に嫌われていた。 “人に能力を見せてはいけない”という暗黙の戒律がある中、 それを破った彰は家族からも罵倒され、結局地界には居場所など無かったのだ。 それでも、同じ境遇にあった先祖が大事にしていた木を、場所を、守っていたかった。 たとえ周りからどれだけ罵倒されようとも、だ。 ミア「彰くん、もしグルグリーズが出てきたらどうしようか」 彰 「ファブリーズ?ああ、あの衣服の消臭の」 ミア「違うよ!……グルグリーズ。さっき言った、緑竜の王の名前だよ」 彰 「いや、どうすると言われても。いきなり襲い掛かってきたりするのか?」 ミア「ううん、竜王の中でも一番穏やかな竜だから、いきなりは流石に無いと思う」 彰 「へえ……男として、竜族は見てみたいな」 ミア「そうなの?ヘンなの」 彰 「馬鹿とはなんだコノヤロウ!!」 ミア「ヘンって言っただけだよぅ!!」 一方のミアにも大切にしている樹がある。 自分の出生の鍵となった樹であり、 自分が産まれたために枯れてしまった樹をとても気にしていた。 しかしそれを癒し、治したのが彰の創造の理力である。 それは確かに地界で友人を始めとする皆に嫌われるきっかけとなった能力だった。 しかし、口にはしなかったが“初めて人に喜んでもらえた”と心の中で喜んではいたのだ。 それ以来、彰とミアの関係は友達のソレだったと言える。 一度帰ってしまってから戻ってきてからも、 それ以前とそう変わらない取っ付き合いをしては、なんのかんのと笑っていた。 それは二人が初めて共有することの出来た、 自分の異能力を気にすることもなく話し合っていられるという、 とても眩しい遠慮なんてものが要らない時間だった。 彰 「しっかし広い森だな……」 ミア「世界の癒しの中心だからね。    それだけマナも存在するし、木々や草花も遠慮なく成長できるんだよ」 彰 「なるほど……。地界じゃこんな澄んだ空気や綺麗な景色は有り得ないからな。    素直にこの世界の凄さに驚かされた」 ミア「人口が少ないっていうのが一番の救いかな。    精霊からしてみれば、“人は存在するだけで自然を壊す”らしいから」 彰 「地界はまさにその典型だな」 やれやれ、と彼は溜め息を吐いた。 故郷を思っては、この世界とのあまりの違いに呆れているんだろう。 かつてはきっと同じくらいに自然があったのだろうと夢想するも、 今さら自分がそれを思ったところで仕方の無いことなのだと理解する。 彰 「話は変わるけどさ。やっぱこの世界には王様ってのは居るのか?」 ミア「うん。この世界には三つの国があって、それぞれに王様が存在するの。    て、あ……全部合わせたら四つになるのかな」 彰 「全部って?」 ミア「お空の上の話だよ。空界にはね、空に浮かぶ島があるんだよ」 彰 「ラピュウタ!?」 ミア「名前はノヴァルシオ。ああ、空界じゃ空中庭園をノヴァルシオって言うんだけどね。    庭園、ていうか都市の名前はサーフティール。    歳をとらない人達が、ずっとそこで暮らしてるんだって」 彰 「へえ……歳取らないって、マジで?」 ミア「うん。本にそう書いてあった。全員、元地界人らしいんだけどね」 彰 「……訳解らんな、それ。ずっと空中に居て、食料とか尽きないのか?    もしかして食わなくても平気な人?」 ミア「ううん、百数十年前に地界から来てからずっと、    そこからは誰も降りてきてないんだって。    時々面識のある魔導魔術師が会いに行ったりしてるらしいけど、    この百数十年間、人口が増えた記録なんて一切無いの。    食料も必要な分だけ栽培してるんだって」 彰 「へーえ……どうやって乗るんだ?空中にあるんだろ?」 ミア「興味本位で誰かが訪れたりしないようにって、乗り方までは書いてなかったよ」 彰 「ダメじゃん……」 彰は心底残念そうに溜め息を吐いた。 空中庭園なんて場所、行けるのなら是非行ってみたいと思ったからだ。 しかし肝心の話がまだ途中だったと気づくと、 気を取り直して横を歩くミアを見た。 彰 「そうそう。その庭園は王国として数えられてるんだよな?    そこの王様ってどんな名前なんだ?一応、王なんだろ?」 ミア「うん。えっとね───」 彼女が王の名を言おうとした時、ふと景色がさらに開けた。 目に映るのはこの世のものとは思えない、とても幻想的な景色。 他の木々よりも巨大な大樹と、それを中心に存在する光り輝く泉。 大樹には、木々の天井が開けた空から降り注ぐ陽の光り。 それが泉に反射して、そこに舞う薄い緑色の球体……マナを照らし、輝いていた。 彰 「………」 ミア「………」 思わず言葉を失ったのはどちらも同じだった。 マナの粒子が大樹の周りを楽しむように浮遊しては、 空から降る光りを浴びて燈るように輝いている。 幾多もの輝きが見せる幻想は、だが今目の前にある現実だ。 二人は息をするのも忘れ、言葉では表現できない感動を胸の中で燻らせた。  ───そんな時だった。 いつからそこに居たのか、開けた空間の横に一体の巨竜が居るのに気づいた。 緑色の鱗を持つその存在はただ二人を睨むでもなく見つめ、 しかし彰を見ると満足げに……笑んだ、ように見えた。 彰 「………」 それがきっかけとなって、彰は一歩、また一歩と進む。 緑竜の王はそんな彼の行動を静かに眺め、 彼と彼女は気づいていないが、その行動を見守っている自然の精霊を見て今度こそ笑んだ。 そして小さく、人では認識することの出来ない言葉で呟いた。 “時が来た”と。 その言葉に反応したのは一匹の猫だった。 大樹の幹の脇に寝転がる変わった模様の毛を持つその猫は、 耳をピンと震わせると顔のみを起こし、 そして……竜と同じように彰の顔を見ると、ゆっくりと体を起こした。 なにをするでもなく、ただ彰が大樹の下に辿り着くのを待つかのように。 彰 「……あ───」 おずおずと歩を進め、やがて泉の傍まで来た時。 彼の目には、大樹の幹に存在する楕円形の球体が留まった。 その場からでは上手く認識出来ないが、その中に居るのは恐らく人だった。 それも、自分と同じくらいの背格好の。 まるで揺りかごの中で眠る赤子のように、目を閉じたまま動こうともしない。 彰 「………」 ただ気になっただけだった。 いや、気になりすぎたのだ。 いつしか彰は一緒に居たミアのことも忘れ、泉へと歩を進めようとしていた。 泉に沈んででも進み、その先にある楕円形の球体の少年を見てみたかった。 けれど進めた歩は泉に沈むこともなく、突如として現れた木々の橋によって支えられた。 彰 「え……───いや」 どうして、と思ったが既に気にならなかった。 彰はさらに歩を進め、やがて───大樹の幹に辿り着いた。 そんな彰を幾つものマナの結晶たちが踊りに誘うように集まり、 やさしく、感触の無い身体で彰の頬や手に触れてきた。 まるで綿胞子に突かれているような感覚。 そんなとても幻想的な状況に困惑しながらも、彼の意識は少年に向けられていた。  そして───彼がその楕円形の球体に手を伸ばした時。  新しい“人生”という絵画が、今───彩られ始めた。 ───これは、彼らがここに至り、そしてその先の夢を描いていくため…… 様々な人々が泣き、苦しみ、けれど確かに笑っていられた五つの世界の記憶。 運命と戦い、偶然を望み、だが打ち勝てずに何度も涙した人々の記憶。 そして───
誰よりも互いの未来を望み、誰もが笑っていられる未来を夢見た二人の少年と。 誰よりも仲間を愛し、ささやかな願いを胸に未来を目指した、一人の人間の物語。  さあ、行こうか───可能性がある限り……いや、たとえ無くても。  どんな困難が待ち受けていても構わない。  俺達三人が居れば、どんな壁だって越えて行けるのだから───
Back